外国史(東洋)「唐王朝の国際性」【玉川大学】

会員540円 | 非会員648円
ダウンロード カートに入れる
ページ数3
閲覧数527
ダウンロード数0
履歴確認

    ファイル内検索

    資料紹介

    ※玉川大学通信教育部「外国史(東洋)」平成23年度課題<評価>A(合格)
    <批評>羈縻政策、首都長安、南海貿易などの留意事項を踏まえ、唐王朝の国際性について的確に論じている。

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

     このレポートでは、「唐王朝の国際性」について述べる。
     概要を先に述べれば、唐王朝は国際色豊かであった。唐の首都長安には、東西貿易や南海貿易を通して周辺国から大勢の商人や留学生が来訪し、物だけでなく様々な宗教や文化が伝わったからである。その国際性の背景には、西の突厥、東の百済・高句麗という強敵を滅ぼし、西方のアラル海から朝鮮半島まで勢力と領土を拡大したことや、その領土内を統治する羈縻政策の成功がある。
     以下では、まず、唐王朝の国際性の背景について述べる。次に、その国際性の実態について述べる。
    〈国際性の背景〉
     六世紀末、南北朝を統一した隋はわずか三八年で滅亡し、代わって李淵・李世民親子によって、六一八年、長安を都として唐が建国された。六五七年には西の西突厥を大破して滅亡に追い込み、アラル海にいたる西域を支配下におさめ、さらに、東は新羅と結んで百済(六六〇年)・高句麗(六六八年)を滅ぼすなど、唐の勢力と領土は西方のアラル海から東方の朝鮮半島まで拡大し、一大帝国を築いた。
     この領土内の異民族に対しては、それぞれの部族長に唐朝の官爵を与えて、間接的に諸部族を支配する羈縻政策を採用し、..

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。