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		<title>タグ“R0712”の公開資料</title>
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		<description>タグ“R0712”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[佛教大学 R0712社会学概論　第二設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946318076770@hc13/120092/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 現役教員　佛大通信修了]]></author>
			<category><![CDATA[現役教員　佛大通信修了の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 02 May 2015 10:53:54 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946318076770@hc13/120092/" target="_blank"><img src="/docs/946318076770@hc13/120092/thmb.jpg?s=s&r=1430531634&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信課程のレポートを作成する際に参考になれば幸いです。

添削担当者の評価を以下に示します。
【設題の把握】　十分
【テキストの理解】　十分
【評価】Ａ
添削者からの訂正が無く、合格でした。[291]<br />多文化社会の共生にとって障壁となる認知構造について
　グローバル化という言葉が多用される近年において、国籍あるいは人種・民族の差異を用いて個人を判断する指標とするという手法が誤謬をもたらすこともはや自明となっている。反面、その様な差異が差別の材料として用いられることも多々あり、ここにグローバル社会の難しさを指摘することも可能である。また、上記した国籍・民族の差異はしばしば文化の異同にもつながり、グローバル化とあいまって多文化社会が成立する要因となっている。
かつてわが国の首相中曽根康弘は、「アメリカは複合民族なので教育などで手が届かないところがあるが、日本は単一民族なのでやさしい」といった旨の発言をし、米国内で問題とされたことがある。元首相の発言の真意はさておいたとしても、日本が単一民族であるという誤解は、たとえば1985年の『外交青書』にも記載されたことがある表現であり、少なくとも一世代前の日本人にはある程度共有されていた観がある。ただし、当時の日本において、アイヌ民族や在日朝鮮人の存在が見過ごされていたかというとそうではなく、むしろあえて彼ら彼女らの存在を無視することで、単一民族性..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[佛教大学 R0712社会学概論　第一設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946318076770@hc13/120091/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 現役教員　佛大通信修了]]></author>
			<category><![CDATA[現役教員　佛大通信修了の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 02 May 2015 10:53:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946318076770@hc13/120091/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946318076770@hc13/120091/" target="_blank"><img src="/docs/946318076770@hc13/120091/thmb.jpg?s=s&r=1430531633&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信課程のレポートを作成する際に参考になれば幸いです。

添削担当者の評価を以下に示します。
【設題の把握】　十分
【テキストの理解】　十分
【評価】Ａ
添削者からの訂正が無く、合格でした。[291]<br />タルコット・パーソンズの社会学について
　タルコット・パーソンズは20世紀に活躍したアメリカの社会学者である。彼は、自らの提唱したAGIL理論を用いた社会分析などにより機能主義の代表者として知られている。以下では、まず彼に先行する社会学説の流れを概観する。その後、彼による社会の分析方法を確認し、パーソンズ社会学の内容を明らかにすることを努める。
パーソンズ以前の社会学
　社会学という言葉は1800年代に活躍したフランスのコントによって初めて使用されたとされている。彼は社会を「わからないもの」としてとらえ、このわからないものがいかに形成され、いかなる理論によってその活動が説明されうるかを解明するのが社会学であると位置づけた。その後、19世紀から20世紀の転換期にこのわからないものを独自の理論で解決しようと試みたのが、ドイツのヴェーバーと、フランスのデュルケムである。
(1) マックス・ヴェーバー
ヴェーバーによる社会分析の基本的立場は、社会というわからないものを、個人の行為というわかるものでもって説明するということである。すなわち、わかるも（行為）の集積としてわからないもの（社会）が存在..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[R0712 社会学概論　設題１，２]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950915929819@hc11/89613/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ＊＊るか＊＊]]></author>
			<category><![CDATA[＊＊るか＊＊の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 18 Jan 2012 21:32:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950915929819@hc11/89613/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950915929819@hc11/89613/" target="_blank"><img src="/docs/950915929819@hc11/89613/thmb.jpg?s=s&r=1326889943&t=n" border="0"></a><br /><br />２０１１年度A評価レポート。社会学概論の設題１，２のセットです。時間のない人にお勧めです。
設題１はテキストに沿った内容、設題２はテキストが参考にならなかったので、ほかの資料(地方自治体のHPなど)を参考にして作成しました。
参考文献一覧も[346]<br />社会学概論
第1設題　
マックス・ウェーバーの社会学の性格について述べよ
1．社会学とは何か
そもそも社会学とはどういった学問なのか。ウェーバーの社会学の性格を理解するうえで、まずこの点に関して理解しておくことが必要不可欠な準備であると思われる。
社会学の誕生について、それがいつのことであったのかを特定的に語ることは困難である。しかし、新しい科学としての社会学がフランス革命や産業革命といった18－19世紀初頭にかけて、ヨーロッパで起こった世界的な出来事、そしてそれにともなう社会の転換という時代背景のもとに成立したということは言えるだろう。
社会学という言葉がはじめて使われたのは、1839年にオーギュスト・コント(1798－1825)が著した『実証哲学講義』第4巻においてのことであった。コントが社会学という言葉を生み出したのはフランス革命から50年後のことである。フランス革命は「理性」に導かれたものであり、18世紀の啓蒙思想は「理性」への信頼によって「自由」で「平等」な社会を基礎づけようとした。しかし、この「理性」による社会の企ては失敗を繰り返し、革命による社会の進歩や再構築を期待した人々を幻滅させる結果となった。コントにおいては伝統的なキリスト教を否定するのみにとどまらず、フランス革命の理念をも否定した。彼にとってフランス革命は社会に外傷的混乱を引き起こした以外の何ものでもなかった。ゆえにかれは、革命によって荒廃した社会秩序を回復するために自然科学で価値が認められた方法を用いて社会秩序の法則を発見し、そうした秩序を維持するための手段を発見しなければならなかった。こうして発見された法則が、人間の知識はすべて神学的段階から形而上学的段階を経て実証的段階に至るという、いわゆる「知識の三段階の法則」である。この3つの段階のうち、実証的段階にある社会を再組織化するための新しい学問を確立することがコントの最大の関心事であった。彼は、数学、天文学、物理学、化学、生物学という学問の最上位に位置するものとして、社会の秩序や構造を研究する「社会静学」と社会の変動や進歩を研究する「社会動学」からなる新しい学問を構想し、これをのちに「社会学」と名付けた。これが「社会学」という社会を対象にする実証主義的な科学の第一歩であった。
しかし、社会学が一つの個別社会科学として認知、確立される段階..]]></description>

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