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		<title>タグ“R0111”の公開資料</title>
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		<description>タグ“R0111”の公開資料</description>
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		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[日本文学概論レポート　第1設題＆第２設題セット　M6104]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/944517347902@hc14/117685/]]></link>
			<author><![CDATA[ by knatsu]]></author>
			<category><![CDATA[knatsuの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 03 Jan 2015 16:51:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/944517347902@hc14/117685/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/944517347902@hc14/117685/" target="_blank"><img src="/docs/944517347902@hc14/117685/thmb.jpg?s=s&r=1420271484&t=n" border="0"></a><br /><br />2017年作成の最新版です。
ともに合格済み（A判定）。

参考にご活用ください。[110]<br />国学の歴史と日本文学研究の歴史を調べ、その類似点と相違点、および、問題点についてまとめよ。
本レポートでは、一．国学とはどのようなものであるか、二．日本文学（研究）とはどのようなものであるか、の二点について述べ、それぞれの類似点と問題点についてまとめる。
一．国学とはどのようなものであるか
　国学とは、仏教や儒教などといった外来思想の影響を受ける前の、日本固有の文化や精神の特質を、『古事記』や『万葉集』などの古典の文献によって厳密に研究しようとするものである。
　我々が日本の文化というとき、つい茶道や華道、柔道、などを連想してしまいがちである。しかし、坂井は「一般に「日本的」と呼ばれている文化は、実をいうと、日本古来の文化ではないのだ。いずれも、仏教や儒教、要するに外来思想の影響を受けたものにすぎない」と述べている（『日本文学概論』、２０１０、佛教大学通信教育部、ｐ４３）。つまり、国学の研究によって明らかになる日本固有の文化や精神は、我々日本人でさえ抱いている日本のイメージとは少し違ったものである可能性があるのだ。
　国学の代表的な学者には契沖、荷田春満、本居宣長、平田篤胤などが挙げられる。
　契沖は、古典の解釈はその時代の書物によって行われなければならないと考えた。これは儒学研究の古学派とも同様の立場であり、契沖はその手法を用いたのである。これは現在においても、文献学的方法の基本とされている。
　荷田春満は『万葉集』などの古典研究を行い、門人を育てた。荷田の特徴は古語を明らかにして古義を知り、そこから古学を起こそうとした点にあったといえる。
賀茂真淵は『万葉集』の研究を受け継ぎ、春満と同様の手法で古典から古意、古道を明らかにしようとした。晩年になって『古事記』の研究の重要性に気づき、その未来を宣長に託した。
本居宣長もまた、同じ手法で古道を明らかにすることを目指した。助詞や活用語の研究をとおして、儒学によって身についた理屈や考え方ではとらえられない、古代人の心を重視する「もののあはれ」の論にいたった。これについて坂井は、次のような非常にわかりやすい実例を挙げている。
「たとえば『源氏物語』の、不倫ともいえる行ないなどは、儒教の倫理から見れば、きわめて非道徳的なことだが、「もののあはれ」、つまり、人情の自然から見れば、分からなくもない、というのである。なるほど..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学 M6104 R0111 日本文学概論　第一設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946318076770@hc13/120149/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 現役教員　佛大通信修了]]></author>
			<category><![CDATA[現役教員　佛大通信修了の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 08 May 2015 01:55:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946318076770@hc13/120149/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946318076770@hc13/120149/" target="_blank"><img src="/docs/946318076770@hc13/120149/thmb.jpg?s=s&r=1431017744&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信課程のレポートを作成する際に参考になれば幸いです。

添削担当者の評価を以下に示します。
【設題の把握】　十分
【テキストの理解】　十分
【評価】Ａ
添削者からの訂正が無く、合格でした。[291]<br />国学の歴史と日本文学研究の歴史を調べ、その類似点と相違点、および問題点をまとめよ
　国学と日本文学研究の類似点と相違点について述べる。
　まず「日本文学概論」を参照しながら、国学について述べる。国学とはそれまでの儒教の古典や仏典の研究を中心とする学問を否定し、日本の古典や古代史の等の文献を厳密に研究し、日本独自の文化や思想、精神の在り方を明らかにし見出していこうとうする学問である。外国や特に中国の漢文の影響を受けた作品には否定的であり、外来文化の影響を受ける前の日本本来の文化思想精神を明らかにしようとするものである。これは江戸時代、幕藩体制の継続維持のための朱子学が学問の中心として定められたが、その儒教的思想や教えを批判し、人間のありのままの感情の自然な表現を評価していく流れとなったものが国学である。当初は木下勝俊・戸田茂睡らが形骸化した中世歌学を批判する形で現れた。その流れに乗り下河辺長流・契沖の万葉集の研究につながっていく。特に契沖の『万葉代匠記』は重要である。契沖は、古典を研究するには古典をその時代のままで解釈する必要があると考えた。つまり、後世の書物に頼らず、その時代の書物によ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学 M6104 R0111 日本文学概論　第二設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946318076770@hc13/120069/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 現役教員　佛大通信修了]]></author>
			<category><![CDATA[現役教員　佛大通信修了の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 02 May 2015 10:53:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946318076770@hc13/120069/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946318076770@hc13/120069/" target="_blank"><img src="/docs/946318076770@hc13/120069/thmb.jpg?s=s&r=1430531621&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信課程のレポートを作成する際に参考になれば幸いです。

【設題】
芥川龍之介の「鼻」を読み、出典と比較して論ぜよ。

添削担当者の評価を以下に示します。
【設題の把握】　十分
【テキストの理解】　十分
【評価】Ａ[326]<br />芥川龍之介の『鼻』を読み、出典と比較して論ぜよ
　芥川龍之介は、王朝物と呼ばれる平安時代を舞台にした作品を好んで書いていたが、その多くが『今昔物語集』を典拠としている。『鼻』の典拠は、『今昔物語集』の「池尾禅珎内供鼻語第二十」である。
　『鼻』は、内供の鼻の説明、中童子がくしゃみをして鼻を粥の中に落とした話、内供の鼻を短くするための努力、医者に聞いた鼻を短くする方法の実践、鼻が短くなり笑い物にされる、そしてまた元に戻るといった構成である。『今昔物語集』の話は、内供の鼻の説明、鼻を短くするがすぐに戻る、童が鼻を粥の中へ落した話、その話は語り継がれたという構成である。『鼻』で中心となっておる話は、『今昔物語集』では書かれていない、鼻が短くなり笑いものにされる話である。『今昔物語集』に書かれている内容は、内供を客観的に記しているのに対し、『鼻』では内供の心理がきめ細かく書かれている。また、話の終わり方も違い、『今昔物語集』では内供が嘲笑されるような終わり方に対して、『鼻』は内供の物悲しい感じが伝わってくる描写である。ここでは、細かく比較して述べていく。
　まず、鼻に対しての内供の意識について..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学　通信　日本文学概論　第２設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960057307006@hc09/95655/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yuuchi103]]></author>
			<category><![CDATA[yuuchi103の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 06 Aug 2012 00:02:26 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960057307006@hc09/95655/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960057307006@hc09/95655/" target="_blank"><img src="/docs/960057307006@hc09/95655/thmb.jpg?s=s&r=1344178946&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信学部　R0111 日本文学概論 第二設題「芥川龍之介の「鼻」を読み、出展と比較して論ぜよ。」B判定 レポートです。 提出後、手は加えていませんので、誤字などに注意してください。 2011年度課題ですので、内容が変わっているかもし[330]<br />芥川龍之介の「鼻」を読み、出展と比較して論ぜよ。
　芥川龍之介は、ある時期、王朝物と呼ばれる平安時代を舞台にした作品を好んで書いたが、その中の多くが「今昔物語集」を典拠としている。「鼻」の典拠は、「今昔物語集」の「池尾禅珍内供鼻語第二十」である。
芥川龍之介の「鼻」は、この「今昔物語集」の「池尾禅珍内供鼻語第二十」をほぼ原作のまま使用している作品である。例えば、物語の中心人物が「内供やその弟子」であり、物語の題材が内供の「鼻」を中心としていることなど、物語の流れは同じように感じる。しかし、きちんと比較していくと大きく異なった作品であることがわかる。本レポートでは、両者を比較し、類似点・相違点を考える。
　また、以下『今昔物語集・池尾禅珍内供鼻語第二十』は「今昔物語集」、芥川龍之介の書物『鼻』は「鼻」、人間の顔にある『鼻』は鼻と記載する。
１．類似点
　まずは「鼻」と「今昔物語集」の類似点を考える。
主人公はどちらも「池の尾に住む弟子がいる僧」であり、「他の人とは違う非常に長い鼻をしている」ことが共通している。物語はどちらもこの僧が「鼻について苦労している様子」が語られる。そして、鼻を「..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[R0111 日本文学概論　第２設題　佛教大学]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953256000696@hc11/94059/]]></link>
			<author><![CDATA[ by geo2154]]></author>
			<category><![CDATA[geo2154の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 06 Jun 2012 17:11:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953256000696@hc11/94059/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/953256000696@hc11/94059/" target="_blank"><img src="/docs/953256000696@hc11/94059/thmb.jpg?s=s&r=1338970270&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学のレポートです。図書館で資料を収集してから作成したレポートですのでA判定をもらっています。 わたしは文系大学院を卒業してから佛大に入学しました。 質の高いレポートを作成できていると評価されていますので参考にしていただけると思いま[350]<br />[第二設題] 芥川龍之介の『鼻』を読み、出典と比較して論ぜよ。
（一）鼻に対する内供の意識
　この節では、まず出典である『今昔物語集』における内供が自分の鼻についてどのように思っているのか、また芥川の『鼻』における内供の鼻に対する思いについて考察する。
　まず、『今昔物語集』における内供の鼻に対する意識を読み取っていく。内供の鼻に対する意識をまとめると次のような内容になる。
　「内供の鼻は五、六寸もの長さがあり、長いだけでなく、赤紫色をしており、表面は蜜柑の皮のようにぶつぶつとふくれている。内供はその鼻がかゆくてたまらない。そこで鼻を小さくするために、鼻を湯で茹でること計画して実行に移した。」
　『今昔物語集』の内供の悩みは自分の鼻のかゆみについての悩みであることがわかる。人並みはずれた鼻の長さ、大きさについての記述はあるが、そのことについて内供が悩んでいるかどうかは読み取ることができない。鼻のかゆみに関しては、それが鼻を湯で茹でるという過激な行為を行った理由であると明記されている。このことから、内供の悩みの大部分を自分の鼻のかゆみが占めていることが読み取れる。このことは、鼻茹での二、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[R0111 日本文学概論　科目最終試験]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955970377091@hc10/92663/]]></link>
			<author><![CDATA[ by pluss]]></author>
			<category><![CDATA[plussの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 20 Apr 2012 23:11:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955970377091@hc10/92663/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955970377091@hc10/92663/" target="_blank"><img src="/docs/955970377091@hc10/92663/thmb.jpg?s=s&r=1334931061&t=n" border="0"></a><br /><br />平成２３年度の最新版です。試験は合格済みです。[69]<br />R0111日本文学概論
１．国学の歴史のあらましと日本文学研究との関係について説明したうえで、日本文学研究上の問題点について述べなさい。
　国学は、日本文学が成立した明治よりも以前に成立していた。国学も広義の文献学と同じように、古典の文献を厳密に文献学的に研究することによって、日本文化と精神の特質を明らかにしようとするものであった。この点、ヨーロッパの文献学がギリシア・ローマの文化・精神を明らかにしようとしたのと似ているが、現在の日本文学に対する国学の特徴は、日本本来の固有の文化と精神の特質を明らかにしようとした古学であった点にある。
　文献学としての国文学と国学との本質的な違いはこの点にある。つまり、国学は、『古事記』や『万葉集』といった古い時代の文献を研究することで、古い日本本来の固有の文化と精神を明らかにしようとするものなのだが、国文学は、日本のあらゆる時代の文献を研究することで、それぞれの時代の文化や精神の特質と、外国の文化に対する日本の文化と精神の特質を明らかにしようとするものなのである。
　江戸時代に入ると徳川幕府は、朱子学を幕府の学問と定め、林羅山に命じて昌平黌を設立するなど、儒教の影響が強まった。これは儒教が主従の忠孝を強調するなど、幕藩体制の維持に都合がよかったからだということは、よくいわれることである。
　このような官製の思想に疑問を持った人たちの間に、外来文化の影響を受ける以前の、日本本来の固有の文化・精神を明らかにしようとする風潮が高まっていった。その中で生まれたのが国学である。ある意味で、徳川幕府の封建的支配体制に対する反発であり、その意味では人間性解放のための学であったともいえるだろう。
　国学の代表的な学者には、契沖、荷田春満、賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤をあげることができる。
　契沖、春満、真淵、宣長は、古典を古典のままに解釈しようとする、実証的な国学を発展させていったのであるが、平田篤胤になると、少し事情が変わってくる。篤胤は、キリスト今日を含めてさまざまな文献を研究するのだが、彼は国学を古典研究の学問から、天皇崇拝の宗教へと変質させてしまった。篤胤は、宣長と同様、古道を明らかにしようとはしたのだが、宣長が日本の古典を研究することによって古道を明らかにしようとしたのに対し、日本の古典にとどまらず、さまざまな領域、さまざまな国の文..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[R0111_日本文学概論_第2設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/55282/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lockpan]]></author>
			<category><![CDATA[lockpanの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 13 Sep 2009 23:22:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/55282/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/55282/" target="_blank"><img src="/docs/961741372636@hc08/55282/thmb.jpg?s=s&r=1252851724&t=n" border="0"></a><br /><br />｢国木田独歩作『忘れ得ぬ人々』を読み、そこに表現されている人間意識及び人生観について述べよ。｣
　独歩は詩人として出発し、初期の散文詩に近い短編小説をはじめ、清新な浪漫的香気に富む諸作品を世に送った文学者である。『独歩吟』の序で、｢日本の[356]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[R0111_日本文学概論_第1設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/55281/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lockpan]]></author>
			<category><![CDATA[lockpanの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 13 Sep 2009 23:22:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/55281/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/55281/" target="_blank"><img src="/docs/961741372636@hc08/55281/thmb.jpg?s=s&r=1252851722&t=n" border="0"></a><br /><br />｢『徒然草』第７段、第５１段、第６０段、第７４段、第９２段、第１０６段、第１５５段を読み、そこに共通する作者の考えを論ぜよ。｣
兼好は後醍醐天皇の父にあたる後宇多天皇に仕え、その後出家遁世する。後宇多天皇が亡くなった後も、兼好は鎌倉の崩壊[356]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[R0111 日本文学概論 科目最終試験]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66400/]]></link>
			<author><![CDATA[ by foreveryoungjpjp]]></author>
			<category><![CDATA[foreveryoungjpjpの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 02 May 2010 07:48:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66400/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66400/" target="_blank"><img src="/docs/958828040823@hc09/66400/thmb.jpg?s=s&r=1272754082&t=n" border="0"></a><br /><br />過去問の集計により、科目最終試験に出題されると予想される６問について、その解答をまとめた資料です。

ちなみに2009年度のものですので今年度も同じかどうかはシラバスなどで確認してください。

この解答例は私が自分用にまとめたものな[336]<br />Ⅰ［和歌形態］要約
和歌の形態には、長歌・短歌・片歌・せんとう歌などがある。
１　長歌
長歌は５・７をいくつか重ねていく方式で、最後を7でとめる。少なくとも５・７を三つ以上連ねている。日本語の音調が５音と７音に調和していたため、５・７調が基本的な韻律として確立した。
長歌は他のに比べて構成上の工夫がいる。万葉集の柿本人麿はこれを叙事詩的な構成によって、情熱的な長歌として高い芸術的境地を完成した。
長歌は難しいからなくなった　
２「片歌」　
片歌は歌問答に用いられ、一方が５・７・７で問いかけると対手が５・７・７で答え両方が結合して一つの完全な表現となる。　
３［旋頭歌］
片歌二つを一人で読むとき
４［短歌］　短歌は５・７・５・７・７の全３１音からなる詩形である。
概ね、５・７調の「万葉調」と７・５を主体とする「古今調」が代表的である。
万葉調は率直・素朴で男性的な表現であり、ますらおぶりとも呼ばれ、明治以降、正岡子規などアララギ派の歌人事好まれた。
古今調は歌の格調が優美繊細で、貴族的な趣向に合うので、平安時代以降短歌の長い伝統である。芸術的なリアリティーがない。
新古今調は、古今調の単..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[R0111　日本文学概論　第２設題 国木田独歩]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66394/]]></link>
			<author><![CDATA[ by foreveryoungjpjp]]></author>
			<category><![CDATA[foreveryoungjpjpの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 01 May 2010 19:29:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66394/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66394/" target="_blank"><img src="/docs/958828040823@hc09/66394/thmb.jpg?s=s&r=1272709784&t=n" border="0"></a><br /><br />国木田独歩作「忘れ得ぬ人々」を読み、そこに表現されている人間認識及び人生観について述べよ。
　　はじめに
Ⅰ　本作品の主題
Ⅱ　「自然」が本作品の主題となる根拠
Ⅲ　筆者の見解
はじめに
本論文では、国木田独歩作「忘れ得ぬ人々」に関しての考察を行う。まず、独歩が本作品において表現しようとした主題を、独歩の人間認識及び人生観という観点から、筆者なりの考えで提示する。そして、その主題及び人間観、人生観に対する筆者の考えを、現代社会と照らし合わせて述べる。
Ⅰ　本作品の主題
筆者は、本作品の主題が「自然」であると考えた。そして独歩が描こうとしたこの「自然」という主題には二点の意味が含まれていたと筆者は考える。一点目は山・川・海など風景としての「自然」、二点目は「ありのまま」という意味の「自然」である。
Ⅱ　「自然」が本作品の主題となる根拠
では、筆者が本作品の主題を「自然」であると考えた根拠を二点提示する。
一点目であるが、まず下記の文章に注目してほしい。下記の文章は本作品の冒頭である。
「多摩川の二子の渡をわたつて少しばかり行くと溝口といふ宿場がある。其中程に亀屋といふ旅人宿がある。恰度三..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[R0111　日本文学概論 第１設題　徒然草]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66393/]]></link>
			<author><![CDATA[ by foreveryoungjpjp]]></author>
			<category><![CDATA[foreveryoungjpjpの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 01 May 2010 19:29:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66393/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66393/" target="_blank"><img src="/docs/958828040823@hc09/66393/thmb.jpg?s=s&r=1272709781&t=n" border="0"></a><br /><br />『徒然草』第７段、第５１段、第６０段、第７４段、第９２段、第１０６段、第１５５段を読み、そこに共通する作者の考えを論ぜよ。
はじめに
Ⅰ　徒然草、各段に共通する作者の考え
Ⅱ　第Ⅰ章での主張の根拠
Ⅲ　筆者の見解
はじめに
本論文では、吉田兼好作「徒然草」に関しての考察を行う。まず、リポート設題に指定されている徒然草の各段を熟読し、第Ⅰ章で各段に共通する作者吉田兼好の考えを、筆者なりの解釈で提示する。そして、第Ⅱ章でその根拠を提示し、第Ⅲ章で吉田兼好の考えに対する筆者の見解を述べる。
Ⅰ　徒然草、各段に共通する作者の考え
筆者は、リポート設題に指定されている徒然草の各段に共通する作者の考えは、「真理を見極めよ」であると考えた。そして、設題箇所は特に「見失いがちな真理」に関する記述であり、その中でも大きく分けて「人生の真理」と「人間の真理」という二点に焦点を当てて書かれていると筆者は考えた。
Ⅱ　第Ⅰ章での主張の根拠
それでは本章では、「見失いがちな真理」に関する記述を各段の要約とともに提示し、筆者の第Ⅰ章での主張の根拠とする。
第７段
本段で記されている真理は、「人生は限りがあるから良..]]></description>

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			<title><![CDATA[R0111_日本文学概論_試験]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/56952/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lockpan]]></author>
			<category><![CDATA[lockpanの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 01 Nov 2009 15:49:03 +0900</pubDate>
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