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		<title>タグ“Q0706”の公開資料</title>
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		<description>タグ“Q0706”の公開資料</description>
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		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学　社会学概論　第1・2設題　Q0706　A評価]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/932817446863@hc17/132523/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ASK-F]]></author>
			<category><![CDATA[ASK-Fの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 06 Feb 2018 23:31:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/932817446863@hc17/132523/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/932817446863@hc17/132523/" target="_blank"><img src="/docs/932817446863@hc17/132523/thmb.jpg?s=s&r=1517927507&t=n" border="0"></a><br /><br />2017年度にA評価で合格したレポートです。購入にあたっては以下のことを確認してください。
①丸写し、コピペ等は避けてください。法令・校則等で処罰の対象となります。
②あくまでA評価の基準を示すものであり、合格または高評価を保証するもの[340]<br />マックス・ヴェーバーの社会学の性格について述べよ。
マックス・ヴェーバー(1864～1920)は、19世紀後半から20世紀初めに活躍したドイツの社会学者である。ヴェーバーは社会学の黎明期において大きな業績を残した人物である。特に理解社会学や価値自由などの方法論の提唱は大きな論争を起こすこととなった。また、社会学とは社会現象の実態やその現象の起こる因果関係を明らかにするための学問である。研究対象は行為や行動のようなミクロレベルから社会構造や社会変動といったマクロレベルまで様々である。
ヴェーバーの著作のなかでも有名であるとされるのが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』である。この論文は大きな反響と論争を巻き起こすこととなる。ここで、ヴェーバーはイギリスやアメリカの様にカルヴァン主義の強い国では、カルヴァン主義をはじめとする禁欲的プロテスタンティズムの陶冶した方法的生活態度が、やがて近代資本主義を成立させるというプロセスが描かれ、真本主義が発展した原動力とされた。禁欲的プロテスタンティズムの倫理に支えられた禁欲的生活態度こそが、生活を徹底して方法化・合理化し、さらに経営や労働の合理化をもたらし、近代資本主義を生み出すのに適合的であったことが明らかにされた。
社会科学は科学とされている以上、そこに示される認識は客観性が要求されることは当然である。新カント派の影響を受けたヴェーバーは、著書である『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』の中で人間は自らの価値理念から一面的にしか認識することはできないとの考えを示した。人間の認識が主観から離れてはありえないという前提に立つが、社会科学の認識も主観でしかないことはありえない。ヴェーバーは主観的であるからこそ客観性を強く求め、価値理念や価値判断を明確にし、それを自覚的にコントロールする態度こそが客観的な態度であると主張した。後に、ヴェーバーこのような態度を価値自由と定義づけた。
価値自由というヴェーバーの学問方法論と密接な関連にあるのが、理念型という概念である。理念型は個別現象をある特定の観点から一面的に協調して得られる、一つの無矛盾的な思想像である。よって、理念型は現実そのものでも平均的なものでもなく、そのままの形では存在しない理想的な社会である。そのままの意味で捉えるならば、理念型は非現実的なものと言えるだ..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[佛教大学　社会学概論　第2設題　Q0706　A評価]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/932817446863@hc17/132522/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ASK-F]]></author>
			<category><![CDATA[ASK-Fの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 06 Feb 2018 23:31:47 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/932817446863@hc17/132522/" target="_blank"><img src="/docs/932817446863@hc17/132522/thmb.jpg?s=s&r=1517927507&t=n" border="0"></a><br /><br />2017年度にA評価で合格したレポートです。購入にあたっては以下のことを確認してください。
①丸写し、コピペ等は避けてください。法令・校則等で処罰の対象となります。
②あくまでA評価の基準を示すものであり、合格または高評価を保証するもの[340]<br />異文化理解の障壁となる考え方について述べよ。
　異文化理解について、文化の違いは日常についても見られる。細かくみれば日本国内であっても社会的立場や出身地などの違いによっても、多くの異文化が存在し交流が行われている。
　文化を本質的に見れば恣意的で相対的なものである。これが異文化理解を可能にする根拠といえるが、文化は一つの体系内にあるときは必然的なものとして経験されるものである。この特徴を有しているものは他に言語体系が挙げられる。人間は必ず一定の文化という行動様式の体系の内側に生まれ、その自分化の中で成長する。子供の時期は自分化を絶対的なものとして受容し、習得した文化という差異の体系を基に世界を様々に分節化していくこととなる。こうした経験は社会化の中で特に言語の習得によって媒介されたものという性質を持つ。この媒介性によって人間の経験は、身体によって感じる現在・この場所から時空間的に拡張し、一定の歴史性を帯びたものとして理解可能な地平性を獲得する。ここで留意すべきは我々が当然とみなしている自分化による世界の分節の仕方が、実は相対的であるという点である。しかし、自分化の分節化の様式はまずは自..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学　社会学概論　第1設題　Q0706　A評価]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/932817446863@hc17/132521/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ASK-F]]></author>
			<category><![CDATA[ASK-Fの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 06 Feb 2018 23:31:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/932817446863@hc17/132521/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/932817446863@hc17/132521/" target="_blank"><img src="/docs/932817446863@hc17/132521/thmb.jpg?s=s&r=1517927507&t=n" border="0"></a><br /><br />2017年度にA評価で合格したレポートです。購入にあたっては以下のことを確認してください。
①丸写し、コピペ等は避けてください。法令・校則等で処罰の対象となります。
②あくまでA評価の基準を示すものであり、合格または高評価を保証するもの[340]<br />マックス・ヴェーバーの社会学の性格について述べよ。
マックス・ヴェーバー(1864～1920)は、19世紀後半から20世紀初めに活躍したドイツの社会学者である。ヴェーバーは社会学の黎明期において大きな業績を残した人物である。特に理解社会学や価値自由などの方法論の提唱は大きな論争を起こすこととなった。また、社会学とは社会現象の実態やその現象の起こる因果関係を明らかにするための学問である。研究対象は行為や行動のようなミクロレベルから社会構造や社会変動といったマクロレベルまで様々である。
ヴェーバーの著作のなかでも有名であるとされるのが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』である。この論文は大きな反響と論争を巻き起こすこととなる。ここで、ヴェーバーはイギリスやアメリカの様にカルヴァン主義の強い国では、カルヴァン主義をはじめとする禁欲的プロテスタンティズムの陶冶した方法的生活態度が、やがて近代資本主義を成立させるというプロセスが描かれ、真本主義が発展した原動力とされた。禁欲的プロテスタンティズムの倫理に支えられた禁欲的生活態度こそが、生活を徹底して方法化・合理化し、さらに経営や労働の合..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会学概論　第二設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933921839386@hc17/131041/]]></link>
			<author><![CDATA[ by pipopotamas]]></author>
			<category><![CDATA[pipopotamasの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 21 Oct 2017 02:08:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933921839386@hc17/131041/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/933921839386@hc17/131041/" target="_blank"><img src="/docs/933921839386@hc17/131041/thmb.jpg?s=s&r=1508519327&t=n" border="0"></a><br /><br />国公立大学法学部卒です。
教科書やインターネット（出典の確かなもののみ）を参考に作成しています。評価はAもしくはBをいただいたものになります。
何度も推敲を重ね、教科書を引用する際も文章に違和感のないよう仕上げています。設題が同じであれ[348]<br />国公立大学法学部卒です。
教科書やインターネット（出典の確かなもののみ）を参考に作成しています。評価はAもしくはBをいただいたものになります。
何度も推敲を重ね、教科書を引用する際も文章に違和感のないよう仕上げています。設題が同じであれば科目コードなど違っても利用できるかと思います。
丸写しに関しては厳しい罰則がございますので、参考程度にお願いいたします。
社会学概論　第二設題　評価A
異文化理解の障壁となる考え方について述べよ。
　人は誰も、生まれる前に親や国や母語は選べない。人間は必ず一定の文化という行動様式の体系の中に生まれ落ち、その自文化の中で成長する。しかし、私たちが当然のこととみなしている自文化による世界の文節の仕方は、実は相対的なものだということは念頭に置かなければならない。自文化という文節化の様式はまず自明性を特徴とするために、そのままの状態ではそれが相対的であることに気付かないのである。
したがって異文化を理解することは、実は自文化を理解することにつながる。たとえば文化摩擦という事態について考えてみると、一方では当然の作法や行為連関が、他方からは奇怪な出来事に移る、と..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会学概論　第一設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933921839386@hc17/131040/]]></link>
			<author><![CDATA[ by pipopotamas]]></author>
			<category><![CDATA[pipopotamasの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 21 Oct 2017 02:08:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933921839386@hc17/131040/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/933921839386@hc17/131040/" target="_blank"><img src="/docs/933921839386@hc17/131040/thmb.jpg?s=s&r=1508519327&t=n" border="0"></a><br /><br />国公立大学法学部卒です。
教科書やインターネット（出典の確かなもののみ）を参考に作成しています。評価はAもしくはBをいただいたものになります。
何度も推敲を重ね、教科書を引用する際も文章に違和感のないよう仕上げています。設題が同じであれ[348]<br />国公立大学法学部卒です。
教科書やインターネット（出典の確かなもののみ）を参考に作成しています。評価はAもしくはBをいただいたものになります。
何度も推敲を重ね、教科書を引用する際も文章に違和感のないよう仕上げています。設題が同じであれば科目コードなど違っても利用できるかと思います。
丸写しに関しては厳しい罰則がございますので、参考程度にお願いいたします。
社会学概論　第一設題　評価A
マックス・ヴェーバーの社会学の性格について述べよ。
社会学という学問は、19世紀前半にフランスのコントがはじめてその名前を創作し用いるようになった若い学問である。コントは社会学を、複雑すぎて人間の精神にはとらええない「社会」の法則を観察する学問であるとしている。その「社会」とは、一人ひとりの人間の人生よりもずっと長く存在し、またその一人ひとりの意思を超えたかたちで動くことも多い摩訶不思議な存在である。
マックス・ヴェーバーと並んでふたりの巨人と称されるデュルケムは、その著書『社会学的方法の規準』の中で、個人の心理を研究しても社会について知ることにはならないと述べている。人と人とが長い歴史の中で培ってきた..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[Ｑ０７０６　レポート　社会学概論　第２設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933940365340@hc17/129352/]]></link>
			<author><![CDATA[ by シュリーマン]]></author>
			<category><![CDATA[シュリーマンの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 16 May 2017 20:24:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933940365340@hc17/129352/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/933940365340@hc17/129352/" target="_blank"><img src="/docs/933940365340@hc17/129352/thmb.jpg?s=s&r=1494933869&t=n" border="0"></a><br /><br />私のレポートの多くは教科書とインターネットのみで作成しており、参考文献を用いたものは末に記載しております。評価はAが多く、不合格になったことはありませんので安心してください。
先輩・後輩・友人たちとレポートや試験のことを対策できる四年制大学[356]<br />アイヌ民族の権利主張運動が、日本人社会に認識させたものはなにかについて述べよ。
《はじめに》
国民国家形成の過程で同化を強要されてきた人々の間では、次第に不満や要求が溜まっていく。それが様々なかたちで噴出したとき、国民国家の虚構性が顕在化する。その例としては、フランスにおける独自の言語や文化を持つ地域での地域主義運動や、アフリカでの国内の対立や紛争が挙げられる。我が国においてもそれは例外ではなく、今回扱うアイヌ民族に関する問題はその代表例であるといえる。
以下にアイヌ民族の権利主張運動に関する事象をいくつかの章に分けて整理し、それが日本人社会に認識させたものを述べていく。
《アイヌ民族の権利主張運動》
現在日本では、アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の実現を目標とした「アイヌ文化振興法（通称）」が制定されている。また、アイヌ民族に対する差別的法律である「北海道旧土人保護法」は１９９７年に廃止され、日本国内にアイヌ民族が存在するという事実が法的に認知されている。
さらに日本政府は１９９１年には国際的にもアイヌ民族が日本国内に居住する少数民族であるとは認めていたが、アイヌ民族は..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[Ｑ０７０６　レポート　社会学概論　第１設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933940365340@hc17/129351/]]></link>
			<author><![CDATA[ by シュリーマン]]></author>
			<category><![CDATA[シュリーマンの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 16 May 2017 20:24:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933940365340@hc17/129351/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/933940365340@hc17/129351/" target="_blank"><img src="/docs/933940365340@hc17/129351/thmb.jpg?s=s&r=1494933869&t=n" border="0"></a><br /><br />私のレポートの多くは教科書とインターネットのみで作成しており、参考文献を用いたものは末に記載しております。評価はAが多く、不合格になったことはありませんので安心してください。
先輩・後輩・友人たちとレポートや試験のことを対策できる四年制大学[356]<br />エミール・デュルケムの社会学の性格について述べよ。
《社会学》
　「社会学」という言葉は、フランス革命から５０年後の１８３９年に王党派のカトリック家庭出身のフランス人であるオーギュスト・コントが著した『実証哲学講義』によって誕生した。学問としては比較的歴史の浅いものであり、社会現象の実態や、現象の起こる因果関係を解明する。
社会学の研究対象としては「個人の外に客観的に実在するもの（マクロ社会）」、「自我や意識などの頭や心の中の社会を含む、個人に認知されて主観の中に存在するもの（ミクロ社会）」、「群衆や市場のようにその外部と内部とを隔てる境界が固定したかたちで存在しない流動的でダイナミックな人々の集団（マクロ準社会）」が挙げられる。つまり、社会学は社会に存在するあらゆる領域の事象を扱っているのである。
《エミール・デュルケムの社会学》
　デュルケムはコントの後に登場した代表的な社会学者であり、その学問的立場は方法論的集団主義とよばれている。デュルケムと並んで社会学の権威と評されるマックス・ヴェーバーが個人の行為という「わかる」ものから「わからない」社会へと至る方法をとるのに対し、デュルケ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【2016年度合格リポート】Q0706 社会学概論 第１設題 A判定]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/127220/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ミスターT]]></author>
			<category><![CDATA[ミスターTの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 15 Nov 2016 10:23:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/127220/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/127220/" target="_blank"><img src="/docs/938787005757@hc15/127220/thmb.jpg?s=s&r=1479173012&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学の通信教育課程で、2016年度にA判定にて合格したリポートです。
コードは、高等学校地理歴史、中学校社会課程のQ0706です。
コードが違っても、設題が同じ場合はご参考にして頂けるかと存じます。
第1設題についてまとめております。
[330]<br />第１設題：マックス・ヴェーバーの社会学の性格について述べよ。
1.社会学とは
　そもそも社会学とはなにか。
　社会学は、数学や天文学などと違い比較的歴史の浅い学問である。その始まりは19世紀前半で、フランスのコントが始めたものである。
　社会学はその名の通り「社会」を研究する学問であるが、その「社会」には二つの側面が存在する。それは、未知なものとしての「社会」と既知のものの「社会」である。
　未知なものとしての「社会」は、単に自分の周囲、周辺で起きる出来事を観察すればその物事のことを理解できるような存在ではなく、何らかの特別な方法を考案しなければそれを理解することが出来ないという、未知の面を持つものである。選挙の結果や経済状況が予想していたものより異なるものになるのは、現代の日本社会が、封建的な社会や絶対王政の支配下にある社会ではないからである。社会は、19世紀に大衆が獲得した自分たちの勢力を「継承し反映する」ことを目指しており、一人ひとりの人間の人生よりも長い間存在し、その一人ひとりの意思を超えた形で動くこともある、不思議で複雑な存在である。個人の心理を研究しても知りえない、人と人..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【2016年度合格リポート】Q0706 社会学概論 第２設題 A判定]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/127219/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ミスターT]]></author>
			<category><![CDATA[ミスターTの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 15 Nov 2016 10:23:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/127219/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/127219/" target="_blank"><img src="/docs/938787005757@hc15/127219/thmb.jpg?s=s&r=1479173012&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学の通信教育課程で、2016年度にA判定にて合格したリポートです。
コードは、高等学校地理歴史、中学校社会課程のQ0706です。
コードが違っても、設題が同じ場合はご参考にして頂けるかと存じます。
第2設題についてまとめております。
[330]<br />第２設題：異文化理解の障壁となる考え方について述べよ。
1.異文化理解とは
　異文化理解は、そのまま自文化を理解することにつながり、自分自身を理解することでもある。
文化摩擦という事態を例に見ると、そこでは複数の文化の違いが問題視される。一方の自明な作法や行為関連が、他方において奇怪な出来事にみえると仮定すると、両者は驚き、排他的な感情を抱く可能性がある。その時点では、異文化理解には至らない。それは、驚くことが、自分自身が意識していない自明性を捉える契機となり得るからである。異文化理解の過程はこの驚きから始まる。
文化というのは本質的に、恣意的で相対的である。これこそが異文化理解を可能とする根拠である。しかし、文化は1つの体系の内にあっては、必然的なものとして経験される。これは、言語体系と同様の特徴である。
人は誰も、国、言語、親、いかなるものも選べない状況で生まれる。反対に言えば、人間は必ず一定の文化という行動様式の体系の内に生まれ、その文化の中で成長する。子どもはその時の文化を自文化という「絶対的なもの」として受け入れ、習得した文化という差異の体系をもとに世界を様々に分節化してい..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【Q0704】社会学概論　第二設題〔佛教大学〕]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/940049707603@hc15/126606/]]></link>
			<author><![CDATA[ by dddddb]]></author>
			<category><![CDATA[dddddbの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 11 Oct 2016 01:07:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/940049707603@hc15/126606/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/940049707603@hc15/126606/" target="_blank"><img src="/docs/940049707603@hc15/126606/thmb.jpg?s=s&r=1476115649&t=n" border="0"></a><br /><br />リポートの作成にお役立てください。評価はＡを頂いております。[90]<br />アイヌ民族の権利主張運動が、日本社会に認識させたものとはなにかについて述べよ。
　・アイヌの権利主張運動の原因
　権利主張運動の話を始めるのであれば1854年の日露通商友好条約から見ていくべきである。この条約により北海道、千島列島、樺太を居住地としていたアイヌ民族は自分たちの住む土地を日本、ロシアという大国に勝手に分割されました。この後、1869年に日本は開拓使をおき和人が大勢北海道に移住してくることとなったのです。このような日本とロシアによる領土分割が今日の権利運動に繋がる発端となったのである。
　アイヌの人々の権利はこの条約の後も無視され続けました。1875年の千島・樺太交換条約により樺太に住んでいたアイヌの人々はロシア国民となってしまいました。松前藩との結びつきを強く持つ人々もおり北海道に移住する人が数多くいたのにも関わらず、開拓使は樺太アイヌの強制移住を推し進めたのです。また北千島のアイヌも強制移住に苦しみました。占守島のアイヌたちは色丹島へと強制移住させられました。1884年には97人いたアイヌが10年後には58人となる悲惨さでした。
　開拓使はアイヌの文化についても否定し..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【Q0704】社会学概論　第一設題〔佛教大学〕]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/940049707603@hc15/126605/]]></link>
			<author><![CDATA[ by dddddb]]></author>
			<category><![CDATA[dddddbの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 11 Oct 2016 01:07:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/940049707603@hc15/126605/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/940049707603@hc15/126605/" target="_blank"><img src="/docs/940049707603@hc15/126605/thmb.jpg?s=s&r=1476115648&t=n" border="0"></a><br /><br />リポートの作成にお役立てください。評価はＡを頂いております。[90]<br />エミール・デュルケムの社会学の性格について述べよ。
　・エミール　デュルケム
　1858年にフランス、ロレーヌ地方のエピナルでユダヤ人の両親から生まれた。父も祖父もラビであり研究家の血筋だったと言えよう。ドイツに留学するなどして実証的社会科学を学んだあと、フランスのボルドー大学で教鞭をふるった。この時に「社会分業論」や「自殺論」などの代表作を執筆していた。その後、ソルボンヌ大学の教育科学講座に転じ、教育を中心に研究を続け「教育と社会学」や「道徳教育論」などの論文を執筆するに至る。また他方では宗教研究も続けられており「宗教生活の原初形態」が執筆された。これらの研究成果は、後に教育社会学および宗教社会学として成立することとなる。第一次世界大戦で息子や友人を失ったショックで講義を中止し静養していたがそのまま死去した。
　・デュルケムの学説
　デュルケムの社会学思想の中心は、社会的事実をものとして、あるいは物のように取り扱う実証的科学という考え方である。社会的事実をものとして取り扱う実証主義的方法の他に社会学にふさわしい方法として比較法を重視していた。比較法は信念、伝統、習俗などの社会制度が..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[[2017年度対応版合格リポート!!]佛教大学通信教育課程 Q0706 社会学概論 第２設題 A判定]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/937497640774@hc16/126210/]]></link>
			<author><![CDATA[ by peta1111]]></author>
			<category><![CDATA[peta1111の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 08 Sep 2016 11:51:31 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/937497640774@hc16/126210/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/937497640774@hc16/126210/" target="_blank"><img src="/docs/937497640774@hc16/126210/thmb.jpg?s=s&r=1473303091&t=n" border="0"></a><br /><br />本レポートは、Q0706　社会学概論の第2設題のレポートです。
2016年度設題が変更となりました。
本レポートは、設題変更後のものに対応したレポートです。
判定はA　でした。
以下に所見を書いておきます。
「異文化接触、文化的要素と帰属意[328]<br />本レポートは、Q0706社会学概論の第２設題のレポートです。
2016年度、設題が変更となりました。
本レポートは、設題変更に対応したものです。
判定は、A　でした。
所見を書いておきます。
異文化接触、文化的要素と帰属意識からなるエスニシティとその定義、異文化理解の認知構造とその具体的事象が非常によくまとめられたリポートになっています。
とのことです。
他のコードでも課題が同じであれば、参考にしていただけると思います。ダウンロードしていただき、参考にしていただければ幸いです。
異文化理解の障壁となる考え方について述べよ。
&lt;異文化理解&gt;
そもそも、異文化を理解することは、自文化を理解することに繋がるものである。文化摩擦を例にとってみると、複数文化の差異が問題となる。これは、一方から見ると当然の作法・行為連関であるが、他方から見ると奇怪な出来事としてとらえられるというものである。そこで、両者は驚き、排他的感情を抱くかもしれないが、この驚きという感情が自分自身も意識していない自明性を捉える契機となり、これが、異文化理解の始まりに繋がるのである。
&lt;エスニシティ&gt;
これは、新語であり、英語..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[[2017年度対応版合格リポート!!]佛教大学通信教育課程 Q0706 社会学概論 第1設題 A判定]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/937497640774@hc16/126209/]]></link>
			<author><![CDATA[ by peta1111]]></author>
			<category><![CDATA[peta1111の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 08 Sep 2016 11:47:26 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/937497640774@hc16/126209/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/937497640774@hc16/126209/" target="_blank"><img src="/docs/937497640774@hc16/126209/thmb.jpg?s=s&r=1473302846&t=n" border="0"></a><br /><br />本レポートは、Q0706　社会学概論の第１設題のレポートです。
2016年度設題が変更となりました。
本レポートは、設題変更後のものに対応したレポートです。
判定はA　でした。
以下に所見を書いておきます。
「M.ウェーバーの方法論、主要著[326]<br />本レポートは、Q0706　社会学概論の第１設題のレポートです。
2016年度設題が変更となりました。
本レポートは、設題変更後のものに対応したレポートです。
判定はA　でした。
所見を書いておきます。
M.ウェーバーの方法論、主要著作の内容、主要な概念とその類型等がよくまとまったリポート内容となっています。
とのことです。
他のコードでも課題が同じであれば参考にしていただけると思います。
ダウンロードしていただき、参考にしていただければ幸いです。
マックス・ウェーバーの社会学の性格について述べよ。
そもそも「社会学」は19世紀前半にA.コントにより創作されたものである。当時のヨーロッパでは高度な社会的分業に特徴づけられていた。分業され、多様化した社会は従来の政治学、経済学等の個別の学問では把握できなくなっていた。そのような状況下で生成された社会学は、急激に変動し、分断された社会を統一的にとらえ、その将来を予見することを目指したのである。
　そうした中登場した、マックス・ウェーバーは、資本主義の発展によりもたらされた近代社会やその諸制度が、いかにして生まれたのか、という歴史的問題を個人の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[Q0706_社会学概論_第２設題（2013年A評価）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949261412949@hc12/112016/]]></link>
			<author><![CDATA[ by RCat]]></author>
			<category><![CDATA[RCatの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 16 Apr 2014 21:13:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949261412949@hc12/112016/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/949261412949@hc12/112016/" target="_blank"><img src="/docs/949261412949@hc12/112016/thmb.jpg?s=s&r=1397650390&t=n" border="0"></a><br /><br />2013年にA評価で合格済みです。
なるべく教科書にそって書きましたが、私見は自分なりの考えを述べました。
ちなみに、私は同志社大学法学部卒業です。

＜第２設題＞
アイヌ民族の権利主張運動が、日本人社会に認識させたものはなにかについて述べ[340]<br />『アイヌ民族の権利主張運動が、日本人社会に認識させたものはなにかについて述べよ。』
■ 日本における民族問題
　ある日本の政治家の一人が、「（日本は）一国家、一言語、一民族といっていい。北海道にはアイヌ民族がおりますが、今はまったく同化されておりますから。」と発言し物議をかもした。また、他の政治家で、「日本国籍を持つ方々で差別を受けている少数民族はいない。」と発言した人もいた。
国民を代表する立場である有名な国会議員が、このような発言をしたことにひどく驚いた。発言者の中には、北海道選出の国会議員もおり、まるで同化政策が良かったかのような発言で、アイヌの方々の心を深く傷つけたのではないかと想像できる。このように日本では、民族問題について存在を否定したり、軽々に扱ったりする傾向が強いように思える。
　アイヌ民族の問題のみならず、日本には、沖縄の人々への偏見・抑圧や在日韓国人・朝鮮人への差別・抑圧が無くならない。また、近年では、日本の労働力不足解消のため、多くの外国人非熟練労働者が来日し、その滞在は長期化し、定住化の傾向が見られる。
　多くの民族問題や移民の問題が存在する日本であるが、その問..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[Q0706_社会学概論_科目最終試験解答例５題セット（2013年８５点合格！）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949261412949@hc12/112003/]]></link>
			<author><![CDATA[ by RCat]]></author>
			<category><![CDATA[RCatの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 15 Apr 2014 23:09:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949261412949@hc12/112003/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/949261412949@hc12/112003/" target="_blank"><img src="/docs/949261412949@hc12/112003/thmb.jpg?s=s&r=1397570997&t=n" border="0"></a><br /><br />2013年に８５点で合格済みです。
ちなみに、私は同志社大学法学部卒業です。

私が確認できた過去問は次の通りです。
※すべての過去問ではないので、ご注意下さい。

（１）現代の日本社会の社会移動の趨勢について述べよ。
（２）家族機能の歴史[338]<br />現代の日本社会の社会移動の趨勢について述べよ。
社会移動とは、親と子の社会的地位が異なることを言う。多くの場合、社会的地位として、職業階層が使われる。職業は各種の社会的地位を総合的に表しているからである。
例えば、社会全体をホワイトカラー、ブルーカラー、農業の3カテゴリーに分けた場合、親が農民で、子どもがブルーカラーになった場合、親子の地位が異なるので、社会移動が起きたと言える。
職業選択の自由がある社会でも、医者の子が医者に、先生の子が先生になるような世襲は時々見られ、そのように親子で同じ職が多い場合、移動が少ない「閉鎖的社会」という。一方、親の職業と関係なく、自分の職業に就いている人が多い場合、「開放的社会」という。
現代日本においては、自由に職業を選ぶことができるが、現実には、親子で同じ職業の人も多い。
調査によると、父親が専門職である143人のうち、専門職ではないにしても、多くがホワイトカラーに就いており、ブルーカラーや農業についている人はごく少数である。つまり、親子の職業には、世襲が多いなど何らかの関連がある。
バブル崩壊後の日本についての議論として、日本は移動が多く十分に開放的（流動的）という主張があるのに対して、「日本社会は流動性の低い社会に方向転換した」という主張もある。
このように対立する主張が生じる理由の一つとして、分析結果の解釈の問題がある。保守的で政府寄りの立場では、結果を肯定的に解釈し、今の日本には問題がないという主張をしがちである。
それ以外にも分析上の問題がいくつかある。第一に、研究者によって用いる職業分類が異なるという問題がある。日本をいくつの階層に、どのように分けるかということで分析結果が異なるという問題がある。
第二に、カテゴリー数が同じでも意図的に移動を多く見せることが可能であるという問題がある。例えば、閉鎖的な専門職と、開放的な管理職やホワイトカラーを合併して一つの職業にして分析すれば、閉鎖的な特定の階層が見えなくなる。つまり、職業分類の作り方を変えれば、社会移動を意図的に多めに見せることが可能ということである。
第三に、移動の距離の問題がある。社会移動分析では、親子の職業が異なれば、どんな移動でも移動とみなされる。しかし、世間一般では、低収入な農業の子が低収入な工場労働者になった場合、社会的地位が変わったとはみなさない。..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[Q0706_社会学概論_第１設題（2013年A評価）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949261412949@hc12/112001/]]></link>
			<author><![CDATA[ by RCat]]></author>
			<category><![CDATA[RCatの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 15 Apr 2014 22:52:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949261412949@hc12/112001/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/949261412949@hc12/112001/" target="_blank"><img src="/docs/949261412949@hc12/112001/thmb.jpg?s=s&r=1397569921&t=n" border="0"></a><br /><br />2013年にA評価で合格済みです。なるべく教科書にそって書きましたが、私見は自分なりの考えを述べました。ちなみに、私は同志社大学法学部卒業です。＜第１設題＞エミール・デュルケムの社会学の性格について述べよ。★ 先生の所見は、「方[336]<br />『エミール・デュルケムの社会学の性格について述べよ。』
■ 社会学とは何か
　社会学は、フランス革命後の混乱と動乱に満ちた初期近代フランスを生きたオーギュスト・コントによって作られた。コントは、当時の産業主義と合理主義を背景として、社会学とは、社会現象の実態や、現象の起こる原因に関するメカニズム（因果関係）を解明するための学問であり、「秩序と進歩」に寄与する「社会物理学」であって、歴史学、心理学、経済学を統合する実証主義的な科学的研究でなければならないと考えた。
　社会学の研究対象は、社会を、集団単位としてではなく、個人及び個人間の相互行為や諸関係に視点を絞って見るミクロレベルのものから、群集、市場などの準マクロレベル、さらには、家族・学校・企業・都市・国家など、個人を超えて存在し、個人の外に実在している集団に視点を当てて見るマクロレベルに及ぶものまで様々ある。
　
■ エミール・デュルケムの社会学の性格
エミール・デュルケムは、コントが提唱した実証主義の流れを受け継ぐ社会学者の一人である。
デュルケムは、個人の心理を研究しても社会について知ることにはならないと著書で述べている。これは..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[Q0706社会学概論　第2設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949276790327@hc12/111760/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 私のリポートは全てA判定かB判定]]></author>
			<category><![CDATA[私のリポートは全てA判定かB判定の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 08 Apr 2014 15:26:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949276790327@hc12/111760/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/949276790327@hc12/111760/" target="_blank"><img src="/docs/949276790327@hc12/111760/thmb.jpg?s=s&r=1396938381&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信課程の合格済みレポートです。あくまでも学習の参考としてお使いください。各科目B判定以上です。テキストを中心にまとめています。[202]<br />多文化社会の共生にとって障壁となる認知構造について述べよ。
　多文化共生社会とは、自文化とは異なる他社の文化を尊重・承認し、複数の民族や複数の文化的背景をもつ人々が、互いに共存することが可能になっている社会の状態のことである。経済のグローバル化がすすみ、人の国際移動も活発になっているという現在の社会状況のなかで、さまざまな文化的背景をもつ人々の共生は、検討すべき重要な課題の一つである。
　多文化社会の共生において、重要となるのが異文化理解である。
文化は一つの体系の内にあっては、必然的なものとして経験される。人は誰も、生まれる時に親も国も母語なども選べないため、人間は必ず一定の文化という行動様式の体系の内に生まれ、その自文化を「絶対的なもの」として受容し、習得した文化という差異の体系をもとに世界を様々に分節化していく。しかしながら、このように私たちが当然のこととみなしている自文化による世界の分節化の仕方は、実は相対的であるものの、それらの様式は自明性を特徴とするために、相対的であることに気づくことがないのである。
異文化では世界の分節化の仕方が異なるため、自文化の自明性は通用しない。..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[Q0706社会学概論　第1設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949276790327@hc12/111759/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 私のリポートは全てA判定かB判定]]></author>
			<category><![CDATA[私のリポートは全てA判定かB判定の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 08 Apr 2014 15:26:19 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949276790327@hc12/111759/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/949276790327@hc12/111759/" target="_blank"><img src="/docs/949276790327@hc12/111759/thmb.jpg?s=s&r=1396938379&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信課程の合格済みレポートです。あくまでも学習の参考としてお使いください。各科目B判定以上です。テキストを中心にまとめています。[202]<br />タルコット・パーソンズの社会学の性格について述べよ。
　タルコット・パーソンズは、ピューリタンの牧師兼大学教授を父にもつWASPの出身であった。パーソンズはロンドンやハイデルベルクに留学し、ヴェーバーやデュルケムの社会学をも取り入れて、ヨーロッパ社会学をアメリカにもたらした。彼の社会学の特徴は、いかにして異なる意思や利害をもった人々がひとつの社会を作りうるか、というアメリカ社会の謎を出発点にしており、その理論の特徴は理論体系的である。
　パーソンズの社会学理論の中心となっているテーマは、人間の行為と社会秩序の関係である。人間はそれぞれ自由に行為しているが、人間は自分の欲望を満たすために、相手を騙したり、力で脅したりすることもありうるため、自由に行為しているだけでは社会の秩序は生まれない。つまり、社会にはそのような騙しや脅しが広まらないような仕組みが必要なのである。そこでパーソンズは社会に共有された価値（望ましさの観念）や規範（社会のルール）の存在を重視したのである。価値や規範とは、決して各人が自由な交渉を通じて決めていくものではなく、人間の心の中（内面）にあるものであり、各人は実際の..]]></description>

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