<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:taxo="http://purl.org/rss/1.0/modules/taxonomy/" xmlns:activity="http://activitystrea.ms/spec/1.0/">
	<channel>
		<title>タグ“P6510”の公開資料</title>
		<link>https://www.happycampus.co.jp/public/tags/P6510/</link>
		<description>タグ“P6510”の公開資料</description>
		<language>ja-JP</language>
		<generator uri="http://www.happycampus.co.jp/" version="1.0">happycampus rss generator</generator>
		<docs>https://www.happycampus.co.jp</docs>
		<managingEditor>cs@happycampus.co.jp</managingEditor>
		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[P6510　東西比較哲学　第2設題　A判定合格]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/124977/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ton138]]></author>
			<category><![CDATA[ton138の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 May 2016 18:32:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/124977/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/124977/" target="_blank"><img src="/docs/946329577035@hc13/124977/thmb.jpg?s=s&r=1463995973&t=n" border="0"></a><br /><br />アウグスティヌスの『告白』について説明し、それに対する自分の意見を、具体的な体験を交えて述べなさい。
　アウグスティヌスが『告白』を書いたのは、年齢46歳の時、マニ教からキリスト教信仰に回心し12年を経てからのことである。
全13巻から構成される『告白』は、アウグスティヌスの自叙伝であり、彼の生涯と思想の大要を知ることができるものである。
又、アウグスティヌス自身の過去の半生を回顧し、己れの愚かさと神の恩恵とを告白し、神を賛美するものでもある。
全13巻の構成は2つに分かれており、1巻から10巻までは主に自分自身についての要約であり、11巻から13巻では聖書について書かれているものである。
第1巻では、幼年期と少年時代の罪を告白する話であるが、罪と言っても、どこにでもいる普通の子どもがいたずらをしたりする程度のものであり、筆者的には罪とは思えないが、キリスト教などの解釈では罪になるのであろう。第2巻では梨盗みのエピソードを含む青年時代について書かれており、第3巻ではカルタゴ時代の恋愛、その女性との同棲、そしてアデオダートゥスという息子を授かるも、その女性の身分が卑しいものであるため結..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[P6510　東西比較哲学　第1設題　A判定合格]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/124976/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ton138]]></author>
			<category><![CDATA[ton138の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 May 2016 18:31:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/124976/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/124976/" target="_blank"><img src="/docs/946329577035@hc13/124976/thmb.jpg?s=s&r=1463995889&t=n" border="0"></a><br /><br />プラトンの「イデア論」について説明し、それが自分にとってどのような意義や関わりを持っているかを述べなさい。
　イデアとは目で見ることができず、他のいかなる感覚（知覚）によってもとらえることのできないものだと言われている。つまり、魂の目で見ることができる「物の本質」と言うべきものなのである。
例えば、日本のきもの職人は、人が着る衣料としての「きもの」を作るものであるが、その形、色、デザイン、刺繍、染め方などは、制作する人によりまるで違ったものになる。
職人が初めて制作にとりかかる「きもの」であっても、その初の試みは、作る前から「きもの」であることは職人自身が、分かっているはずである。それは、きもの職人が「きもの」という存在の観念のようなものを、すでに頭の中にもっており、初めて制作にとりかかる、その「きもの」を制作することができたのだと考えることは、ごくごく自然のことであり、あたりまえのことでもある。
きもの職人が、何も考えず手を動かしていたら、たまたま綺麗な織物、反物の「きもの」ができあがってしまったなどということはありえないことであり、基本的には、観念なく「きもの」を作るということは..]]></description>

		</item>

	</channel>
</rss>