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		<title>タグ“P6508”の公開資料</title>
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			<title><![CDATA[P6508西洋文化史　第2設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/124975/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ton138]]></author>
			<category><![CDATA[ton138の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 May 2016 18:30:05 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/124975/" target="_blank"><img src="/docs/946329577035@hc13/124975/thmb.jpg?s=s&r=1463995805&t=n" border="0"></a><br /><br />筆録説教と範例説教から読み取れる「声」と「文字」の関係について論述せよ。
　過去に存在したほとんどすべての社会は、発展のどこかで声の文化から文字の文化への決定的な移行を経験し、一度文字の文化に移行した社会は再び声の文化に戻ることは無いのである。この移行を分水嶺を超える歩みに例えたのが大分水嶺である。
　西欧中世において大分水嶺を語るとすれば、それは11世紀の文字文化への移行が始まったとされる時点である。
　5世紀から10世紀までの中世初期と、11世紀から15世紀までの中世後期に書かれたものの量を比較すれば、後者は前者のおそらく数千倍、数万倍に達するとされている。この書かれたものの増大には読み書き能力の拡大も伴っていたと推測される。
　文書の増加も読み書き能力の拡大も量の問題であるが、量の増加はどこかで質の変化に転じることとなり、文字の増大によって声の文化は変容するのである。
　知識や情報が記憶に蓄えられ声によって伝えられていく時代から、文字に記され参照される時代へと変化を遂げる。文字を知る人とは単にアルファベットを知り、読み書きできるだけでなく、ラテン語を理解し、かつ聖職者である人を..]]></description>

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			<title><![CDATA[P6508西洋文化史　第1設題　A判定合格]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/124974/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ton138]]></author>
			<category><![CDATA[ton138の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 May 2016 18:27:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/124974/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/124974/" target="_blank"><img src="/docs/946329577035@hc13/124974/thmb.jpg?s=s&r=1463995633&t=n" border="0"></a><br /><br />11世紀以降のヨーロッパにおける書法と読書形態の関連について論述せよ。
　外国語としてのラテン語が生み出した革新は、M.B.パークスが「読みやすさの文法」と名付けた読みの工夫の発展である。
　8世紀中頃ブリテン島で作成されたベーダ『「箴言」註解』の写本には様々な読み易さの工夫がなされている。引用文と註解部分が一見して区別出来るように書かれており、数は少ないが句読点が打たれているのも島で発達した「読みやすさの文法」の重要な一部である。
　他方、7世紀中頃アイルランドで作成されたセビーリャのイシドールス『語源誌』写本では、段落表示に特徴がある。段落の最初を装飾風の大きな文字で始め、次第に縮小させ本文につなぎ段落頭を明示している。
　島のラテン語学者たちが生み出した最大の工夫は「分かち書き」の手法である。古代から中世初期までのテクストは「連続記法」で書かれていおり、連続記法は一見して語を同定することが困難であり読みにくく、これを読み易くするための最初の工夫は、語の切れ目を記号で表示することであった。
　更に島嶼小文字で書かれた註解部分は、語と語の間に空白を置くことで語の独立性を示す分かち書..]]></description>

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