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		<title>タグ“M5104”の公開資料</title>
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		<description>タグ“M5104”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[京都と文学（近・現代）佛教大学]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/919474289804@hc21/147560/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 小太郎くん]]></author>
			<category><![CDATA[小太郎くんの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 20 Feb 2022 09:00:21 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/919474289804@hc21/147560/" target="_blank"><img src="/docs/919474289804@hc21/147560/thmb.jpg?s=s&r=1645315221&t=n" border="0"></a><br /><br />明治時代の京都を詠った詩人と作品を取り上げ、どのように詠ったのか具体的に述べよ。

本レポートでは、まず、明治初年の京都から江戸へと時代が流れ、京都の人はどのようにしたのかについて述べ、次に、京都を詠った詩人にふれ、代表作品と京都をどのように詠ったのかについて具体的に述べる。最後に京都と詩の関係性について触れる。

・歌人とは和歌を作る人、歌詠みのことをさし、和歌とは漢詩に対して、奈良時代までに発生した日本固有の詩歌のことを指す。
・俳人とは俳句を作る人のことをさし、俳句とは一般に、5.7.5の3句17音からなる定型詩で、季題によって自然の風物・人事をよむ。明治以後のものを俳句と呼ぶ。
・詩人とは詩歌を作ることを専門とする人のことをさし、詩とは一般に、一定の韻律に則って選ばれた句を一定の形式に配列して表現される言語芸術をいい、詩歌は主に和歌や俳句が挙げられる。
・小説家とは小説をつくる人、また江戸期の戯作などの作者のことをさし、小説とは民間に伝わる話や市中の話題を記述した、散文体の文章。正式の、改まった文章でないものを指す。（デジタル大辞泉）

はじめに1868年（明治元年）、江戸は東..]]></description>

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			<title><![CDATA[【2024年度対応】京都と文学（近・現代) リポート＆試験解答例セット]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/926032529572@hc19/140857/]]></link>
			<author><![CDATA[ by zinchenko]]></author>
			<category><![CDATA[zinchenkoの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 07 Jun 2020 11:11:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/926032529572@hc19/140857/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/926032529572@hc19/140857/" target="_blank"><img src="/docs/926032529572@hc19/140857/thmb.jpg?s=s&r=1591495887&t=n" border="0"></a><br /><br />【佛教大学 京都と文学（近・現代） リポート＆試験セット 】
リポート１題と、科目最終試験で出題された問題の解答例をセットにしてあります。本科目は同じ問題が繰り返し出題されることはありませんが、過去出題されたどの問題も解答の作り方は同じで[350]<br />明治時代の京都を詠った詩人と作品を取り上げ、どのように詠ったのか具体的に述べよ。　

はじめに
　
　1868年、江戸は東京と改められ、1869年に京都は首都の座を東京に明け渡した。京都の住民にとって遷都は、二条城を中心にして新時代にふさわしい官庁街をつくるといって期待を持たせてきた新政府の裏切りであり、さらには禁門の変の被害からまだ十分には立ち直っていなかっただけに、致命的な凋落の危機であった。
　また、明治時代の近代文明開化の中で、京都の人たちは、京都が時代に遅れた古都として取り残されることを嫌い、伝統の継承と変革を求められていた。
　本リポートは、明治時代において、京都という土地がどのような文学作品を生み出し、また、舞台装置としての機能を働く京都の郷土性が、それぞれの作品のなかで、具体的にどのように描かれ、イメージを作られたのかを明らかにすべく、特に詩人と作品に焦点を当て、どのように詠ったのかについて具体的に述べるものである。また、本リポートは、河野仁昭編著『京都の明治文学　伝統の継承と変革』(白川書院,2007）の内容をまとめたものである。

　〇高安月郊「落瓦賦」

　まずは、高安月郊(1869-1944)についてみていきたい。月郊の生家は、大阪市瓦町の六代続いた医家で、近隣に名が知られていた。母の野恵は京都の南朝の遺臣の家系に生まれた人であり、その影響で月郊は京都に熱い思いを持っていた。また、父も母も大の芝居好きであったことも彼に影響をもたらせた。
　兄が死に、月郊は家業を継ぐものと決められており、13歳の時に医学就業のため上京した月郊であったが、芝居に心を奪われ、また浪漫的性向から政治に興味を抱くなどで、医学からは遠ざかる一方であった。図書館へ通って西洋の浪漫派の小説を読み漁りもした。医学向きには生まれていなかったのである。
　そのような生活を8年ほど続けた月郊は、1889年に東京生活を切り上げたが、さすがに実家には帰り辛かったらしく、京都の黒谷の寺に身を寄せた。医学修業を放棄したものの生涯の方針を心に決めていたわけではなかった。悶々とした日々だったであろうが、いくばくもなく彼の足は大阪の実家へ向かった。月郊は、後にこの理由について寺の寒さが身に染みたからだと述懐している。しかし、寺での一人暮らしの経験は、彼の生涯における一つの転機をもたらしたので..]]></description>

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