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		<title>タグ“A6107”の公開資料</title>
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		<description>タグ“A6107”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[A6107　教育学入門第1設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/931734502378@hc18/133641/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sarabeth]]></author>
			<category><![CDATA[sarabethの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 16 Apr 2018 09:10:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/931734502378@hc18/133641/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/931734502378@hc18/133641/" target="_blank"><img src="/docs/931734502378@hc18/133641/thmb.jpg?s=s&r=1523837447&t=n" border="0"></a><br /><br />教育学入門第1設題、2018年3月にA判定をいただきました。そのまま写しての提出はご遠慮ください。[133]<br />「教育」を表す言葉（漢語・邦語・英語）の語源のうち最も興味をもったものを一つ選び、それと関連させて、あなたの教育観を述べなさい。
　英語における&rdquo;education&rdquo;の語義に興味を持ったので、これに関連させて、私の教育観を以下に述べる。
　オックスフォード大英語辞典によると、この語の最も古い用法は①「子ども、青年あるいは動物を養い育てる過程」(The process of nourishing or rearing a child or young person, an animal)である。続いて16世紀になると、②それぞれの社会的身分に応じて、マナーや習慣などを若者に「しつける過程」(The process of &lsquo;bringing up&rsquo;)という意味が現れる。さらに17世紀には③職業の準備のために若者に与えられる「組織的な教授、学校教育、訓練」(The systematic instruction, schooling, or training)という意味が定着する。最後に、19世紀半ば以降は③の意味を含みながらも、「単なる知識・技能の伝達」に終わるのとは対照的に④知的、道徳的..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[A6107 教育学入門 第1設題＋第２設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943239051373@hc14/126185/]]></link>
			<author><![CDATA[ by first_star]]></author>
			<category><![CDATA[first_starの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 07 Sep 2016 17:05:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943239051373@hc14/126185/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/943239051373@hc14/126185/" target="_blank"><img src="/docs/943239051373@hc14/126185/thmb.jpg?s=s&r=1473235501&t=n" border="0"></a><br /><br />教育学入門、第１設題と第２設題のセットです。Ａ判定いただきました。リポート作成の参考になさってください。

（１）「教育」を表す言葉（漢語・邦語・英語）の語源のうち最も興味をもったものを一つ選び、それと関連させ、あなたの教育観を述べなさい。[356]<br />（１）「教育」を表す言葉（漢語・邦語・英語）の語源のうち最も興味をもったものを一つ選び、それと関連させ、あなたの教育観を述べなさい。
（２）あなたが今日の日本の教育が直面している最も大きな課題と思うものを一つ挙げて、それと教育との関連について述べなさい。
　（１）「教育」をあらわす語源のうち、教育職を目指している私が最も興味をもったものは、邦語の語源である。邦語における「教育」という言葉は、１７００年代後半あたりから一般的に用いられるようになったとされている。それまでに用いられていたであろう「大和言葉」としては、「をしふ（おしえる）」と「そだつ（すだつ）」が挙げられる。以下からは、この２つの言葉に着目して述べていくこととする。
　まず、「をしふ」の語源についてであるが、口語では「おしえる」である。日本国語大辞典では、①「愛惜する情から起こるものであるところから、ヲシム（愛）と通じる」、②「人の悪いところをおさえ、よい事をしらせる意から、ヲシヘはオサヘの転」、③「親が子に食物の取り方を教える自然の習性が教訓の意に転じたところから、ヲシアへ（食饗）の約」などが挙げられている。教育について考える場合は、「教える」という行為が「愛情」を基盤としたものであり、大人や親たちが子どもに生命を維持し守る方法や、さまざまな知識や技能、生きるための行動や態度などを教授し、指導するといった意味も含んでいると捉える視点が大切になってくる。つまり「をしふ」という言葉は、親を含めた大人たちが、生活に必要な知識だけでなく、人間としてふさわしい行動や生き方といった根本的な道徳観や、社会においての基本的なルールを教授するということを表わしているのである。そして、この点において「おしえる」ということが、大人が子どもに対して抱いている「愛惜する情」にもとづいているとしている。　次に「そだつ」の語源について見ていきたい。自動詞としては「スダツ（巣立・巣起）」に由来しており、「鳥の雛が成長して巣立つ」という意味で用いられる。現在では、①「生物が生まれてから一人前になるまでの過程を進む。時間とともに成長する。おいたつ。大きくなる」、②「能力などがのびる。内容などが豊かになる」という意味である。また他動詞の「そだつ」は、口語では「そだてる」にあたり、「ソタツ（添立・傍立）」、あるいは「ソヒタツ（添立・副立）..]]></description>

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			<title><![CDATA[佛教大学　教育学入門　科目最終試験対策（6題）　2018]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/942535311651@hc14/116865/]]></link>
			<author><![CDATA[ by strawberry8]]></author>
			<category><![CDATA[strawberry8の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 14 Nov 2014 04:52:26 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/942535311651@hc14/116865/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/942535311651@hc14/116865/" target="_blank"><img src="/docs/942535311651@hc14/116865/thmb.jpg?s=s&r=1415908346&t=n" border="0"></a><br /><br />2018年の問題に対応しております。

教育学入門の科目最終試験の対策のために作りました。

内容はテキストの該当する部分をまとめたものとなっております。余計な言葉が入っておらず、試験に必要な部分のみがまとまった「コンパクトな教科書」のよう[344]<br />「生きる力」を育てるために、あなたは何が最も大切なことと考えるか。理由をあげて述べなさい。
　1996年に出された第15期中央教育審議会第一次答申は、時代を超えて変わらない価値あるものを大切にするとともに、社会の変化に的確かつ迅速に対応する教育を実現するために、「生きる力」の育成という新しい教育の目的を提示した。「生きる力」とは、「全人的な力」であり、「人間としての実践的な力」（知・徳・体のバランスのとれた力）であり、「生きていくための『知恵』」ともいうべきものである。
　この答申における「生きる力」の育成という教育目的は教育実践を導く具体性を帯びている。しかし、「生きる力」の把握はあまりにも静的、並列的であり、人間存在の構造的把握と対応した、よりダイナミックで、相互連関的なものにならなければならない。
　「生きる力」を育成するために、「教育」はどうあるべきか。これまでの「教育」のあり方をどう変革すればよいのであろうか。
　第15期中央教育審議会第一次答申は、「生きる力」を育むにあたって、特に、①学校・家庭・地域社会の連携と家庭や地域社会における教育の充実、②子どもたちの生活体験・自然体験等の機会の増加、③「生きる力」の育成を重視した学校教育の展開、④子どもと社会全体の「ゆとり」の確保、の四つの視点を重要と考えている。
　私は、「生きる力」を育てるためには、「生（活）」優先の教育から「生命・生（活）・いのち」の連関重視の教育へと転換されることが最も大切なことと考える。なぜなら、上田閑照が述べるように、「現代、『生きること』即ち『生命と生といのち』の連関そのものに最も基礎的なところで何か狂いが生じている」からである。現代、多数の知識・技能の習得が要請され、また基礎学力や受験学力の向上を求める世論にも押されて、知識・技能を詰め込む教育が「全人的な力」としての「生きる力」を育成する教育を圧迫しかねない状況にある。
　もちろん、子どもに「確かな学力」を身につけさせることも必要である。「確かな学力」は「生きる力」の知的側面として、生きる上で不可欠の条件であり、学校教育が主たる目標の一つとしなければならないものである。しかし、大事なことは、「確かな学力」を変化の激しい社会の中でどのような方向に生かし、また児童生徒の個性、能力、興味・関心に合った「生き方」にどう生かすことがで..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[佛教大学 A6107教育学入門&nbsp; 第一設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946218219481@hc13/104434/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kinnrti]]></author>
			<category><![CDATA[kinnrtiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 28 Jun 2013 19:41:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946218219481@hc13/104434/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946218219481@hc13/104434/" target="_blank"><img src="/docs/946218219481@hc13/104434/thmb.jpg?s=s&r=1372416062&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信教育課程 A6107教育学入門 第一設題 レポートです。『「教育」を表す言葉(漢語・邦語・英語)の語源のうち最も興味をもったものを一つ選び、それと関連させて、あなたの教育観を述べなさい。』2012年度 A判定レポート[316]<br />A6107
　教育学入門　第一設題
　　　佛教大学通信教育課程
「教育」を表す言葉(漢語・邦語・英語)の語源のうち最も興味をもったものを一つ選び、それと関連させて、あなたの教育観を述べなさい。
　「教育」をあらわす語源のうち、私が最も興味をもったものは邦語の語源である。
邦語における「教育」という言葉の語源は、「をしふ(教)」と「そだつ(育)」からきている。
まず、「をしふ」の語源について日本国語大辞典では、「愛惜する情から起こるものであるところから、ヲシム(愛)と通じる」、「人の悪いところをおさえ、良いことをしらせる意から、ヲシムはオサヘの転」、「親が子に食物の取り方を教える自然の習慣が教訓の意に転じたところから、ヲシアへ(食饗)の約」などが挙げられており、親を含めた大人たちが、子どもに対して生きるために必要な知識だけでなく、人間としてふさわしい行動や生き方といった道徳観や、社会においてのルールを教授するということを表わしている。そして、この点に関して、「おしえる」ことが、大人が子どもに対する「愛惜する情」を基盤としている。
次に「そだつ」の語源についてだが、「みづから巣立ち行き生..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[佛教大学 A6107教育学入門 第二設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946218219481@hc13/104308/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kinnrti]]></author>
			<category><![CDATA[kinnrtiの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 25 Jun 2013 19:47:33 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946218219481@hc13/104308/" target="_blank"><img src="/docs/946218219481@hc13/104308/thmb.jpg?s=s&r=1372157253&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信教育課程 A6107教育学入門 第二設題レポートです。『あなたが今日の日本の教育が直面している最も大きな課題と思うものを一つ挙げ、それと教育との関連について述べなさい。』2012年度 A判定レポート作成の際に、参考に[322]<br />A6107
　教育学入門　第二設題
　　　佛教大学通信教育課程
あなたが今日の日本の教育が直面している最も大きな課題と思うものを一つ挙げ、それと教育との関連について述べなさい。
　私が今日の日本の教育が直面している最も大きな課題と思うものは、「コミュニケーションと教育」についてである。
　人は生きている限り、他者とのコミュニケーションは欠かせない。そのため、言語や身振りを使ったコミュニケーションは、人間の最も基本的な行為だと考えられる。人間は、赤ん坊として世に生まれ出たときから他者とつながる手段であるコミュニケーションを順に学んでいく。言葉を発せない赤ん坊でさえも「泣く」ことで親や周りの大人とコミュニケーションを図り、他者と意思を交わす手段を学んでいるのである。そうした初期の段階でのコミュニケーションの学習が失敗となると、そこから成長していくにあたってさまざまな障害が出てくるだろう。コミュニケーションの未熟さは、後のいじめや引きこもり、衝動的暴力といった大きな社会的問題につながる可能性もある。学校や教師、家庭(家族)や地域社会の大人たちとの関係、カウンセリング、国際化や価値多元化、環..]]></description>

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			<title><![CDATA[教育学入門　設題１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/104087/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ton138]]></author>
			<category><![CDATA[ton138の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 14 Jun 2013 15:01:06 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/104087/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/104087/" target="_blank"><img src="/docs/946329577035@hc13/104087/thmb.jpg?s=s&r=1371189666&t=n" border="0"></a><br /><br />「教育」を表す言葉（漢語・邦語・英語）の語源のうち最も興味をもったものを一つ選び、それと関連させて、あなたの教育観を述べなさい。
『教育学への誘い』（第1編・第1章p.4-5参照）漢字における「教育」の語義のなかで、「教育という漢字は生まれた子どもを育て、その子どもが学ぶべきことを教えることを意味していること」とあるが、この文章に本来の「教育」の目的や意味が含まれるすばらしい言葉だと感銘を受けた。
広義の「教育」とは、親にも教育者にも地域社会にも子どもを育てるという言う意味での「教育」が存在し、それこそが一番大事であると個人的に感じているため、漢語の意味を改めて考察すると大変興味深く、自分の思う教育観と重なる部分がある。
以前は「教育」という言葉が意味するものは、学校や教師などの教育機関のみであると思っていたが、テキストを含め参考文献を読む中で、この考えは大きく変わり、一児の母である私の「教育」に対する思いも何かが違っていたかのように思う。
「教育」＝「学校」や「教育」＝「教育者・教師」という私の勝手な概念は部分的に間違っていたと感じるのである。
テキストの漢字における「教育」の語義..]]></description>

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