<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:taxo="http://purl.org/rss/1.0/modules/taxonomy/" xmlns:activity="http://activitystrea.ms/spec/1.0/">
	<channel>
		<title>タグ“高句麗”の公開資料</title>
		<link>https://www.happycampus.co.jp/public/tags/%E9%AB%98%E5%8F%A5%E9%BA%97/</link>
		<description>タグ“高句麗”の公開資料</description>
		<language>ja-JP</language>
		<generator uri="http://www.happycampus.co.jp/" version="1.0">happycampus rss generator</generator>
		<docs>https://www.happycampus.co.jp</docs>
		<managingEditor>cs@happycampus.co.jp</managingEditor>
		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[ 高句麗の王権　始祖神話の創成と王権]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430589301@hc06/8054/]]></link>
			<author><![CDATA[ by orpheus12]]></author>
			<category><![CDATA[orpheus12の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 17 Apr 2006 19:48:31 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430589301@hc06/8054/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430589301@hc06/8054/" target="_blank"><img src="/docs/983430589301@hc06/8054/thmb.jpg?s=s&r=1145270911&t=n" border="0"></a><br /><br />　東アジア諸民族の共通の始祖、つまりはイデオロギーである東明王の伝説は今日まで長く渡って語り継がれている。しかし、東アジア諸民族が共有する東明王伝説については従来の見解に反論をする研究者もいる。従来、扶余族と高句麗族は同属という認識があり、[360]<br />高句麗の王権　始祖神話の創成と王権
　東アジア諸民族の共通の始祖、つまりはイデオロギーである東明王の伝説は今日まで長く渡って語り継がれている。しかし、東アジア諸民族が共有する東明王伝説については従来の見解に反論をする研究者もいる。従来、扶余族と高句麗族は同属という認識があり、両族に同じく東明王伝説があるために、扶余と高句麗との民族的アイデンティティはますます強調されることとなった。
　しかし、白鳥によると高句麗の朱蒙伝説は扶余の東明王伝説の改作にすぎず、その創作の目的は、高句麗が扶余族によって取り囲まれた長寿王の時代に、扶余の始祖を自国の始祖とすることによって扶余族に安堵を与えるためと推論している。
　ただ、上記の当否を置いておいても東明王伝説が時代を経る中で手を加えられ、歴史的に形成されたものであるということだけは認めてもよい。
　ここから高句麗の始祖に関する中国の認識をみていく。南朝の宋の時代、『後漢書』が編纂された４２４～４４５年には高句麗と扶余の民族的同一性の認識は見られない。そして続く斉の時代、『宋書』が編まれるが高句麗殿はもっぱら高句麗との交渉関係の記事だけが掲載されており..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[高句麗の興亡]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432203901@hc05/1822/]]></link>
			<author><![CDATA[ by nicework]]></author>
			<category><![CDATA[niceworkの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 28 Jul 2005 16:16:40 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432203901@hc05/1822/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432203901@hc05/1822/" target="_blank"><img src="/docs/983432203901@hc05/1822/thmb.jpg?s=s&r=1122535000&t=n" border="0"></a><br /><br />序論
　最近、中国の文化部（日本の文部科学省相当）が中国の東北地方、主に中国の吉林省の高句麗王国の王城の遺跡を世界文化遺産として、国連の教科文組織に申請を出されたところ、認められた。ところが、それは北朝鮮や韓国の大きな反発を招かれた。北朝[356]<br />　　　　　　　　　　　　　高句麗の興亡
　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　序論
　最近、中国の文化部（日本の文部科学省相当）が中国の東北地方、主に中国の吉林省の高句麗王国の王城の遺跡を世界文化遺産として、国連の教科文組織に申請を出されたところ、認められた。ところが、それは北朝鮮や韓国の大きな反発を招かれた。北朝鮮、韓国は高句麗ガ朝鮮民族の歴史で、高句麗の遺跡も歴史も朝鮮の属すものだと主張され、高句麗王城を中国の歴史上の一部に位置づけるというのを強く批判すると。今やもう中国と北朝鮮・韓国との三国二方の政治外交の紛争となったという。
　　本論で、まず、高句麗を起こした高句麗民族の起源を考察し、そして、高句麗の建国の経緯を述べ、また、高句麗建国から、中国の中原王朝との戦いを回顧し、最後に高句麗の滅亡を書く。全体としては、高句麗その民族構成は確かに現在の朝鮮民族の先祖であるが、その歴史のほとんどは間違いなく中国の地で演じていたという観点を論じることにする。
　　　　　　　　　　　　　　　　　本論
　　　　　　　　　　　第一章：高句麗民族の起源
　朝鮮の古代諸国..]]></description>

		</item>

	</channel>
</rss>