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		<title>タグ“部落”の公開資料</title>
		<link>https://www.happycampus.co.jp/public/tags/%E9%83%A8%E8%90%BD/</link>
		<description>タグ“部落”の公開資料</description>
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		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[同和教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/148896/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sengoro]]></author>
			<category><![CDATA[sengoroの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 28 Jun 2022 14:00:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/148896/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/148896/" target="_blank"><img src="/docs/930858578376@hc18/148896/thmb.jpg?s=s&r=1656392454&t=n" border="0"></a><br /><br />同和教育
同和教育どうわきょういくとは、日本の教育全般において、部落差別を解消するために行われ
る教..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[部落解放のゆくえを考える　A判定レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/920583177968@hc21/145113/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mistiness]]></author>
			<category><![CDATA[mistinessの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 09 Aug 2021 16:36:48 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/920583177968@hc21/145113/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/920583177968@hc21/145113/" target="_blank"><img src="/docs/920583177968@hc21/145113/thmb.jpg?s=s&r=1628494608&t=n" border="0"></a><br /><br />社会問題を扱う授業にて、A評価を受けたレポートです。
部落問題について自分の考えを論じました。どうかご参照ください。[171]<br />1 
被差別部落：根本的対策のゆくえを考える 
社会学部 
*** 
1 ．はじめに：テーマの選定理由 
被差別部落問題（以下部落問題）は未だに根絶されずにいる。同和対策特別措置法の
30 年余の実施により、部落の暮らし向きは改善されたものの抜本的な解決策とならずに済
んだ。筆者は、以降自治体に一任された対策事業が統一性に欠け、部落を社会より一層孤
立させる実態を顧みる必要性を覚えたため、部落問題を論じようと考えた。故に本稿では
講義の内容を踏まえ部落問題と解放運動の負の遺産を概説し、解決に向けての究明の在り
方を探りたい。 
2 ．遅々として進まない被差別部落問題の解消 
本節では部落問題が直面してきたジレンマについて二分して説明を行う。第一に、部
落解放運動の運用失策による問題解決の遅延である。代表的な解放運動団体である部落解
放同盟は、39222年登場した最初の全国規模の団体であった水平社の脈を継承する団体で、
3926 年より現名称を維持しており各都道府県に支所を置く。同団体により、固くタブー視
されていた部落問題の掘り起こしが可能になり始め、現に狭山事件（392 0）の被害者..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学　人権（同和）教育（2単位）　Ｓ0536]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946591254436@hc13/106120/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kayayaya]]></author>
			<category><![CDATA[kayayayaの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 27 Aug 2013 09:57:05 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946591254436@hc13/106120/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946591254436@hc13/106120/" target="_blank"><img src="/docs/946591254436@hc13/106120/thmb.jpg?s=s&r=1377565025&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学、人権（同和）教育（Ｓ0536）のリポートです。
2013年度、最新です。Ａ判定済みです。
様々な文献を読み作成したリポートなので、参考にしていただければ幸いです。
「50年に及ぶ戦後の同和教育史を概括すること。また、人権（同和）教[334]<br />５０年に及ぶ戦後の同和教育史を概括し、同和（人権）教育の意義と学校における同和（人権）教育実践のあり方を具体的に論述すること。
１.　同和教育の意義
（１）同和教育とは
　同和教育とは、「同和問題を解決するための教育の営みの総称」1）であり、未だに我が国で根強く残存する部落差別を中心とした差別や偏見を除去し、すべての国民が自由で豊かな生活ができる社会を目指して行われる教育の取組みである。また、一人一人の教育権を保証するとともに「確かな学力」の定着を目指し、「平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な」1）児童・生徒を育てる取組みである。
（２）同和教育の意義
　同和教育の主な内容となる、①学力保障の取組み、②家庭・地域との連携、③個別の指導計画、④「生きる力」を育てる取組みは、教育の根源であり、また、教育の原点とも言える。これらの内容は、人間形成に関わるものとして重要な役割を果たすものであると言える。
２． 同和教育の歴史
（１）同和教育のはじまり
　１９５１年、「オールロマンス事件」が生起した。これは..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学 S0536人権(同和)教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946218219481@hc13/104349/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kinnrti]]></author>
			<category><![CDATA[kinnrtiの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 26 Jun 2013 19:10:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946218219481@hc13/104349/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946218219481@hc13/104349/" target="_blank"><img src="/docs/946218219481@hc13/104349/thmb.jpg?s=s&r=1372241456&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信教育課程 S0536人権(同和)教育 レポートです。

『50年に及ぶ戦後の同和教育史を概括し、同和(人権)教育の意義と学校における同和(人権)教育実践のあり方を具体的に論述すること。』

2012年度 B判定

レポート作成の[306]<br />S0536
　人権(同和)教育
　　　佛教大学通信教育課程
50年に及ぶ戦後の同和教育史を概括し、同和(人権)教育の意義と
学校における同和(人権)教育実践のあり方を具体的に論述すること。
　同和教育は、同和問題を解決するための教育の営みの総称である、と言われている。日本国憲法、教育基本法において教育権、義務教育が条文化されており、同和教育とはまさにこの条文に記されている理念の実質化を目指した実践である。すなわち、一人ひとりの教育権を保障するとともに、「確かな学力」の定着を目指し、「平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な」児童・生徒を育てる取り組みそのものであるのだ。
　戦後、「国民主権・平和主義・基本的人権の尊重」を三大原則とした日本国憲法が施行されたが、それらは国籍や民族を問わずすべての人の人権を保障するということではなく、民族排外主義的な部分を残したままの民主化の改革であった。部落は戦前の劣悪な環境のまま行政からも放置され、民衆の部落に対する差別意識も戦前と変わらない状況にあり、教育面に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[専修大学教職社会科必修日本史a]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948876677435@hc12/96258/]]></link>
			<author><![CDATA[ by かつおのえぼし]]></author>
			<category><![CDATA[かつおのえぼしの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 21 Aug 2012 23:49:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948876677435@hc12/96258/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948876677435@hc12/96258/" target="_blank"><img src="/docs/948876677435@hc12/96258/thmb.jpg?s=s&r=1345560550&t=n" border="0"></a><br /><br />2011年度専修大学教職中学社会科教員免許必修科目日本史の課題レポート。
歴史的差別をテーマにした指導案の作成。[158]<br />２０１１教職日本史a
前期レポート課題
前期講義の感想
えた・ひにんというワードについて、小中高と授業を受けてきて特に注目して考えたこともなかった。受験ワードの一つくらいにしか思っていなかった。それは自分が実際に部落差別という状況に関わった、あるいは見聞きしたことがなかったためである。身分制度は江戸時代で終わり、身分解放令によって階級差別はほぼなくなったものだと信じていたこともある。調べてみると、現在でも関西方面では被差別地域が存在することを知り、驚いた。学校教育のなかで、関東地方では寝ている子を起こすなという状態ではあるが、改めてどのようなものか学ぶ機会として良いと思う。
高等学校総合科目：..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[部落差別]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956128677046@hc10/84443/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hapeace]]></author>
			<category><![CDATA[hapeaceの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 04 Aug 2011 16:27:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956128677046@hc10/84443/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956128677046@hc10/84443/" target="_blank"><img src="/docs/956128677046@hc10/84443/thmb.jpg?s=s&r=1312442854&t=n" border="0"></a><br /><br />部落差別をこえて
　私は臼井敏男著の『部落差別をこえて』を読んだが、体験談ごとに話が分けられておりあっという間に読み終えてしまった。被差別部落の問題を扱ってる著書ということで、どことなく重い感じと読みづらそうなイメージがあった。実際に読んでみると、部落差別の奥深さ・怖さを知ったと同時に、意外にも私たちの身近に存在する問題であることに気づかされた。私はこの人権教育の講義を受講するまで部落差別の存在について深く知らなかった。講義を受け、著書を読み、インターネットで部落差別について調べてみると、私の出身である鹿児島にも多くの部落が存在しており、親戚が住んでいる地もあり大変驚いた。私は田舎で育ったが、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[伊是名島の神女組織について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955342918529@hc10/77962/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ねこぱんつ]]></author>
			<category><![CDATA[ねこぱんつの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 24 Jan 2011 17:44:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955342918529@hc10/77962/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955342918529@hc10/77962/" target="_blank"><img src="/docs/955342918529@hc10/77962/thmb.jpg?s=s&r=1295858681&t=n" border="0"></a><br /><br />沖縄県北部にある伊是名島は琉球王朝第二尚氏の始祖生誕の地として古くから特別視されてきた。とりわけ神女組織には特異性があり、本レポートではそれらについて古文書の引用や独自に作成した図を、用いてわかりやすく解説している。歴史分野におすすめです。[360]<br />1 
伊是名島の神女組織について 
1．はじめに 
伊是名島には尚円王(金丸)の姉 真世仁金を鼻祖とする「阿母加那志」という神職があり、
近年まで伊是名部落の名嘉家(屋号：御殿
ウドゥン
)で継承されてきた。また、尚円王の伯母にあたる
真世仁金は「二カヤ田の阿母」という神職を賜ったが、二人の娘がこれを継いだために、「二
カヤ田の阿母」は「北の二カヤ田」(伊礼家にて継承される)と「南の二カヤ田」(玉城家に
て継承される)の二家に分離し、存続していくことになった。さらに尚円王の叔父にあたる
真三
ま さ ぶ
良
ろう
は真和志の銘苅の領为「銘苅の大屋子」の職を賜り、代々その職を世襲していった。 
以上の四家を四
ユ
殿内
トゥヌチ
と呼び、これらは他地域にみられない第二尚氏ゆかりの特別職であ
る。ここでは特に、神女職である阿母加那志と北・南の二カヤ田の阿母を取り上げ、その
性質や役割を中心に以下に詳しく述べる。 
2．伊是名島の祭祀における阿母加那志とノロの実態 
赤嶺(2010)では、阿母加那志の参加するのは以下の七つの行事であると述べられている。 
・三月の「御嶽折目」 
・三月の「田..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[読書ノート2]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/67583/]]></link>
			<author><![CDATA[ by left]]></author>
			<category><![CDATA[leftの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 20 May 2010 10:06:03 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/67583/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/67583/" target="_blank"><img src="/docs/962877421286@hc08/67583/thmb.jpg?s=s&r=1274317563&t=n" border="0"></a><br /><br />差別と日本人 2010年１月20日 野中広務・辛淑玉 私は仕事柄、全国を旅して回ることが多いが、その私の目には、京都の人たちの物腰の柔らかさは独特の何かを含んでいるように見える。表面的には低姿勢でありながら、頑なとしてよそ者を受け入れないある種の特権階級意識をその視線の中に感じる、そういう人と出会うことがしばしばあった。
今でも、結婚差別に関する実態調査をすると、京都の社会意識としての差別観念は他に比べて高いと言われ、実際、どこが被差別部落なのかといった話になると、私が京都で出会った多くの人が、密やかに小声で被差別者やその居住空間を特定できた。
まず、差別をするという実態が先にあり、それから「部落民」が作られ、「被差別部落」という空間が形成される。逆ではないのだ。差別する側があいつは「部落民」だと決めれば、そこから差別が始まる。要するに関係性の問題なのだ。
自分は他者より優位だという感覚は「享楽」そのものであり、一度その享楽を味わうと、何度でも繰り返したくなる。特に人は、自分より強い者から存在価値を否定されたり、劣等感をもたされたりしたとき、自己の劣等意識を払拭するために、より差別を受..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[[レポート]人権(同和)教育[T0716]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956905632225@hc10/66595/]]></link>
			<author><![CDATA[ by vissel]]></author>
			<category><![CDATA[visselの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 04 May 2010 22:05:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956905632225@hc10/66595/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956905632225@hc10/66595/" target="_blank"><img src="/docs/956905632225@hc10/66595/thmb.jpg?s=s&r=1272978327&t=n" border="0"></a><br /><br />「50年に及ぶ戦後の同和教育史を概括し、同和（人権）教育の意義と学校における同和（人権）教育実践のあり方を具体的に論述する事。」

序
同和教育とは、教育全般において部落差別を無くすためのすべての活動を指している。日本国憲法においても[344]<br />「50年に及ぶ戦後の同和教育史を概括し、同和（人権）教育の意義と学校における同和（人権）教育実践のあり方を具体的に論述する事。」
序
同和教育とは、教育全般において部落差別を無くすためのすべての活動を指している。日本国憲法においても十四条一項において「すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と定められているが、部落差別は今なお残されており、これらの同和問題の解決は「国の責務であり、同時に国民的課題である」との考え方が、1965年8月に出された「同和対策審議会答申」で示されている。
　今回本論では50年に及ぶ同和教育の中でも、同和地区内での学力問題を中心に、行政の取り組みや教育現場での実践例等も参照しつつ論じて行きたいと思う。
第１章：同和教育のはじまり
　まず同和教育の始まりであるが、1947年に施行された日本国憲法の第十四条第一項の「すべての国民は法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と定められた事に始まる。
..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[言語と社会―「差別語」から考える]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53384/]]></link>
			<author><![CDATA[ by camsa10]]></author>
			<category><![CDATA[camsa10の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 00:42:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53384/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53384/" target="_blank"><img src="/docs/958518609389@hc09/53384/thmb.jpg?s=s&r=1249141376&t=n" border="0"></a><br /><br />言語と社会―「差別語」から考える
0、序
　言語と社会との関係性について、「差別語」という題材から考えていきたい。
言語は単に現実をそのまま写す鏡や記号ではなく、その使用者の意識無意識に関わらず、積極的な価値認識や世界了解の視点を与え[346]<br />言語と社会―「差別語」から考える
0、序
　言語と社会との関係性について、「差別語」という題材から考えていきたい。
言語は単に現実をそのまま写す鏡や記号ではなく、その使用者の意識無意識に関わらず、積極的な価値認識や世界了解の視点を与えるといった社会的な機能をもつ。同時に言語は、使用者に外在する社会的な圧力によって姿を変えていき、それが共時的に受容されることによって構造を変容させていくという特徴をもっている。
　上記のような言語－社会の二重性、相互作用を顕著に表した例として、「差別語」をめぐる諸問題に着目していく。この題材を分析することで、外的要因に左右される言語のあり方やその社会性について再考する端緒を得られるのではないかと思う。
1、「差別語」とはなにか
　「差別語」とは、ある特定の集団に対し差別を目的に使用される「用語」であると定義することができる。各メディアや学界においてその使用は禁止、もしくは自主規制の対象とされ、一旦発せられると激しい糾弾を受けてしまう言葉の類である。日本では1970年代からその存在が社会的に認識され、様々な運動が頻発しているのが現状である。
　しかし、そもそ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[中世の部落]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431275501@hc06/11943/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ｙｕｎｋａ]]></author>
			<category><![CDATA[ｙｕｎｋａの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 07 Dec 2006 16:09:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431275501@hc06/11943/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431275501@hc06/11943/" target="_blank"><img src="/docs/983431275501@hc06/11943/thmb.jpg?s=s&r=1165475349&t=n" border="0"></a><br /><br />中世の部落
「中世」とは、おおむね平安時代終わり頃の11、12世紀から戦国時代末期の16世紀までを言う。中世の部落を見ていくことにする。
中世社会において、基本的な生産とされたのは農民であった。農民たちは年貢などの税を負担しながらも、自[340]<br />中世の部落
「中世」とは、おおむね平安時代終わり頃の11、12世紀から戦国時代末期の16世紀までを言う。中世の部落を見ていくことにする。
中世社会において、基本的な生産とされたのは農民であった。農民たちは年貢などの税を負担しながらも、自分たちの土地を持ち生活していた。その中で民衆の共同体ができ、有力住民を中心にまとまり、次第に自治的なしくみが成立していった。しかし、その実態は一部の有力者が下層住民を支配するものであったのだ。村のまとまりが強くなると、そこの住民とそうでない者の区別がなされ、差別や排除を前提とした自治が成り立ったのだ。そうした中で、「ヒト」が隷属し不自由化していった。その具体的例として、犯罪、戦争捕虜、災害・病気等窮乏による人身売却、不自由民との婚姻、領主官への逃亡、領主強制などがある。犯罪を免罪になったことや、犯罪処刑者の家族であることから不自由化することもあれば、戦で陣を張った近所の村々で行われた人狩り、飢餓などの危機時に家族を寄進し、隷属し食を得るためなどの理由での不自由化もあった。また、不自由民の女性の娘は不自由民、不自由民の男性の息子は不自由民とするなど、生まれ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[部落差別の成立と展開]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431441301@hc05/12101/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ats0307]]></author>
			<category><![CDATA[ats0307の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 17 Dec 2006 22:25:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431441301@hc05/12101/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431441301@hc05/12101/" target="_blank"><img src="/docs/983431441301@hc05/12101/thmb.jpg?s=s&r=1166361952&t=n" border="0"></a><br /><br />部落差別の成立と展開
1 はじめに
小学校、中学校と歴史の授業では「士農工商」という言葉を習った。その時の説明が、「農民は士農工商の
中で一番貧しく、粗末な暮らしをしているので、せめて身分だけでも二番目にしよう。しかし、それならば商
人が怒[348]<br />部落差別の成立と展開
1 はじめに
小学校、中学校と歴史の授業では「士農工商」という言葉を習った。その時の説明が、「農民は士農工商の
中で一番貧しく、粗末な暮らしをしているので、せめて身分だけでも二番目にしよう。しかし、それならば商
人が怒るので、穢多、非人を設けよう。」だった。その時は、その説明に納得したが、今ならその説明がいかに
誤っているかが分かる。本稿は、『「これでわかった！部落の歴史」[2004]上杉聰』を読んでその要約と私の感
想、意見をまとめたものである。章では、本文の要約をし、章では、この本を読んだ感想と私の意見を述
べている。この本は、10 回分の講義をそれぞれ掲載しているが、本稿では、主に時代区分して、４つの部に分
けている。
2 本文要約
2.1 部落とは
1993 年の総務庁による統計によれば、全国には「部落」の人達が 892,751人生活し、「同和地区」と呼ばれ
るものは、全国に 4442 地区ある。しかし、これらは政府が都合の良いようにまとめた可能性があるため、部
落の人々が「六千部落、三百万の兄弟」と言っているが、こちらが正しいのかもしれない。江戸時代にお..]]></description>

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			<title><![CDATA[  同和から人権へ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431673501@hc05/10339/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lka9i3ak]]></author>
			<category><![CDATA[lka9i3akの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 06 Aug 2006 10:50:38 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431673501@hc05/10339/" target="_blank"><img src="/docs/983431673501@hc05/10339/thmb.jpg?s=s&r=1154829038&t=n" border="0"></a><br /><br />人は家庭や社会での生活を通し、社会性を身に付ける。また
学校教育では、学力のみならず、現在は「生きる力」を身に付けることが目標とされる。その中において「人権感覚」を持つことはとりわけ重要であり、そのために人権教育がある。２ ０ ０ ５年１[350]<br />人は家庭や社会での生活を通し、社会性を身に付ける。また
学校教育では、学力のみならず、現在は「生きる力」を身に付ける
ことが目標とされる。その中において「人権感覚」を持つことはとりわ
け重要であり、そのために人権教育がある。２００５年１月にまとめ
られた、文部科学省の協力者会議（人権教育の指導方法等に
関する調査研究）の「第二次とりまとめ」では、学校教育における
人権教育の効果について、以下のように述べている。（文部科学
省のホームページより引用） 
「人権教育が効果を挙げうるためには、まず、その教育・学習の場
である学校・学級 自 体が、人権 尊 重が徹底 し、人権 尊重の精
神がみなぎっている環境であることが求められる。このことは、教育
一般においても言えるが、とりわけ人権教育においては、その教育
内容や方法の在り方と共に、教育・学習の場そのものの雰囲 気
の在り方がきわめて重要な意味を持つ。教職員同士の関係、教
職員と児童生徒の関係、児童生徒同士の関係等々の人間関
係や全 体としての雰囲気など、学校・学級の在 り方そのものが、
人権教育の基盤をなすのである。この基盤づくりは、校長..]]></description>

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			<title><![CDATA[ 部落差別の原因と解決法]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431204501@hc06/8041/]]></link>
			<author><![CDATA[ by icbum910]]></author>
			<category><![CDATA[icbum910の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 17 Apr 2006 17:26:39 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431204501@hc06/8041/" target="_blank"><img src="/docs/983431204501@hc06/8041/thmb.jpg?s=s&r=1145262399&t=n" border="0"></a><br /><br />部落差別の本質は身分的差別という点にあります。確かに、現在は身分差別を規定する法律や制度はありません。しかし、にもかかわらず、部落民は法や制度としての身分があるのと同じように差別されています。
1871年8月28日、明治政府は太政官布告に[342]<br />部落差別の原因と解決法
　部落差別の本質は身分的差別という点にあります。確かに、現在は身分差別を規定する法律や制度はありません。しかし、にもかかわらず、部落民は法や制度としての身分があるのと同じように差別されています。
1871年8月28日、明治政府は太政官布告により「穢多非人等ノ称廃セサレ候条、自今、身分職業トモ平民同様タルヘキ事」という&ldquo;解放令&rdquo;を発布しました。これにより江戸時代の被差別民は形式上一応、制度上の身分差別からは解放されることになりました。しかしながら、太政官布告の解放令は形式的なものにすぎなかったようです。それは単に蔑称を廃止し、身分と職業が平民並みに扱われることを宣明したに留まり、現実の社会における実質的な解放を保障するものではなかったのです。当時の政府は華族・士族という新しい支配的身分に対して現金や公債を与えて保護を加えたにもかかわらず、長い間、差別とそこからもたらされた貧困に苦しんできた被差別民の人々に対しては何ら金銭的な補助はなく、また、差別と貧困から解放するための政策も特に行なわれることはありませんでした。それでいて身分が平民同様ということで三大義務（納税・..]]></description>

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			<title><![CDATA[国家主義と差別]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431710501@hc05/5431/]]></link>
			<author><![CDATA[ by pugpug27]]></author>
			<category><![CDATA[pugpug27の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 17 Jan 2006 12:05:02 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431710501@hc05/5431/" target="_blank"><img src="/docs/983431710501@hc05/5431/thmb.jpg?s=s&r=1137467102&t=n" border="0"></a><br /><br />私は韓国人に生まれて、現在に至るまで25年間以上韓国に住んできた。こんな長い間、過ごしながら、テレビや新聞やインターネットなどで、国家主義や差別の問題に接したことがたくさんあった。たまにはひどいと思えるほどの事件もあったし、どうして同じ人間[356]<br />国家主義と差別
私は韓国人に生まれて、現在に至るまで25年間以上韓国に住んできた。こんな長い間、過ごしながら、テレビや新聞やインターネットなどで、国家主義や差別の問題に接したことがたくさんあった。たまにはひどいと思えるほどの事件もあったし、どうして同じ人間なのに、こんなに待遇が違うのだろうなどと考えた。だが、結論が出せないということに気付くと嘆くほかはなかった。白人の黒人やアジア人などに対しての差別、いまだに友好関係になってないアメリカとロシアの関係、地理的な距離は近いのに、お互いの間柄はそうでもない韓国と日本、そして中国と日本との関係などが簡単に取り上げられる例だと言える。その中で、韓国人の国家主義について話してみようと思う。その中でも、たびたびマスコミで見かける半日感情について論じてみる。
かつて韓国は日本に植民地化されたが、１９４５年8月に開放された。そのためにいまだその気まずい関係は続いている。最近韓国と日本の間に韓日頂上修交に引き続き、文化開放が採決され、日本の歌手が韓国でコンサートをしたり、海賊版しか購入できなかった日本の様々なゲームCDや音楽CDを簡単に手にいれられるよう..]]></description>

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			<title><![CDATA[島崎藤村『破戒』について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431155001@hc06/5422/]]></link>
			<author><![CDATA[ by rally1126]]></author>
			<category><![CDATA[rally1126の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 17 Jan 2006 04:59:00 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431155001@hc06/5422/" target="_blank"><img src="/docs/983431155001@hc06/5422/thmb.jpg?s=s&r=1137441540&t=n" border="0"></a><br /><br />・はじめに
　この小説の本質を社会問題とした社会小説と見るか、自我の告白という告白小説と見るか。この二つを大きなテーマとして、これまで『破戒』は論ぜられてきた。もちろんその両方の面を併せ持っているのは間違いない。先に私の結論を述べると、『[356]<br />・はじめに
この小説の本質を社会問題とした社会小説と見るか、自我の告白という告白小説と見るか。この二つを大きなテーマとして、これまで『破戒』は論ぜられてきた。もちろんその両方の面を併せ持っているのは間違いない。先に私の結論を述べると、『破戒』は告白に重点をおいた告白小説であり、被差別部落という社会的偏見の中で生きる人物の立場を生かしたものである。
・『破戒』の告白
『破戒』の大きなテーマを告白とすると、それは主人公瀬川丑松が、自分は新平民であると打ち明けることを父親から厳しく戒められてきたものであり、その戒めを破ることは自らを社会から「零落」させることに他ならないものである。しかし、猪子蓮太郎という人物の登場によって丑松の心は揺さぶられる。「『我は穢多なり』―ああ、どんなにこの一句が丑松の若い心を掻乱したろう。『懺悔録』を読んで、反って丑松はせつない苦痛を感ずるようになった。」（第一の四）とあるように、父親の戒めと猪子蓮太郎の存在及び著書という二つの思いが丑松の中で葛藤しているのである。この猪子蓮太郎の存在が丑松に「告白」を決意させた外的要因の根本を為すものである。
丑松は身分告白を決..]]></description>

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			<title><![CDATA[部落差別と教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431268901@hc06/5267/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hppycm]]></author>
			<category><![CDATA[hppycmの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Jan 2006 20:41:28 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431268901@hc06/5267/" target="_blank"><img src="/docs/983431268901@hc06/5267/thmb.jpg?s=s&r=1137238888&t=n" border="0"></a><br /><br />?同和教育とは何か
　徳川幕府に制定された「士農工商」の身分制度が確定されて以来、「士農工商」の下に「穢多・非人」という人間扱いされない身分として職業・住居・交際など厳しく差別を受け、厳しい税などで圧迫された最下層身分の農民の反抗を防止す[354]<br />①同和教育とは何か。②同和教育の視点　③同和教育の実践　の３つの観点から述べる。
①同和教育とは何か
　徳川幕府に制定された「士農工商」の身分制度が確定されて以来、「士農工商」の下に「穢多・非人」という人間扱いされない身分として職業・住居・交際など厳しく差別を受け、厳しい税などで圧迫された最下層身分の農民の反抗を防止するためそのはけ口として設定されたらしいが、現在までそれが潜在的に継続されている社会身分問題が同和問題である。
　明治時代になって身分解放が布告されたものの、具体的に生活を保障する政策が何ら講じられることもなく、逆に独占権をもっていた部落独自の職業が身分解放によって他の身分の人たちに奪われる形となり貧困状態は相変わらずだった。また、近世以来、同和地区と呼ばれる一定区域の居住を強いられたが、それも改善されることなく現在も社会生活のいろいろな面で差別を受けている。その中で教育に関しては同和地区の人々は未だに教育機会が均等化されておらず、進路の選択自由も制限されている。世界では多民族国家がほとんどで差別といえば人種差別が大半であるが、単民族国家であっても（日本はアイヌ民族も含めて..]]></description>

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