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		<title>タグ“近代教育”の公開資料</title>
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		<description>タグ“近代教育”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[「新しい荒れ」と「近代教育の三重構造」について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/chiyuki/10658/]]></link>
			<author><![CDATA[ by chiyuki]]></author>
			<category><![CDATA[chiyukiの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 19 Aug 2006 16:15:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/chiyuki/10658/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/chiyuki/10658/" target="_blank"><img src="/docs/chiyuki/10658/thmb.jpg?s=s&r=1155971744&t=n" border="0"></a><br /><br />「近代教育の三重構造」とは、教育が、?支配層から支配層（自分の子ども）への教育、?支配層から大衆への教育（労働力の養成を目的とする）、?労働者階級の人権としての教育欲求、という三重構造になっていることをいう。まず、こうした構造がつくられてい[354]<br />「新しい荒れ」と「近代教育の三重構造」について
　「新しい荒れ」
　「新しい荒れ」は1980年代末頃から見られ、1990年代半ばに激化した。その特徴は、これまで大きな問題を起こしたことのない「普通」の子どもが、突然問題行動を起こすようになったことである。自分の感情をコントロールする力が弱く、すぐにムカツキ、キレル。また、社会性・規範意識が薄れてきており、自分の欲求のままに動く。こうした困難が生徒全体に広がり、多くの教師は「子どもの心がつかめない」と感じている。
　問題点としては、このような困難な状況下で未だ1クラスの定員が文科省の基準で40人のままであること、新学力観と観点別評価、高校入試の内申書重視が生徒と教師の関係をより疎遠にしていることが挙げられる。
　また、中学生の側で学校に対する構え方が変化し、教師側の指導とずれが生じていることも「子どもの心がつかめない」原因の一つである。その構え方については、以下の6つに分けられる。
同調型（学校や教師の指導にはまじめに対応する者だと思っているタイプ）
忠誠型（主体的な意味付けと外的強制の区別がつかなくなっているタイプ）
逸脱型（学校に対す..]]></description>

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			<title><![CDATA[  近代教育の発展と教師達〜何故教師は御真影に殉じたのか〜]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430388601@hc06/8417/]]></link>
			<author><![CDATA[ by warawara824]]></author>
			<category><![CDATA[warawara824の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 16 May 2006 01:55:12 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430388601@hc06/8417/" target="_blank"><img src="/docs/983430388601@hc06/8417/thmb.jpg?s=s&r=1147712112&t=n" border="0"></a><br /><br />教育問題を考える上で、当然かもしれないが教師は「教える側」としてとらえられ、教育問題の責任もすべて彼らがおっているかのように言われることがある。果たしてそれは正しい見方なのか。教師と雖も、普通の人間である。私は、教育について、教師の視点から[360]<br />「近代教育の発展と教師たち～なぜ教師は御真影に殉じたのか～」
教育問題を考える上で、当然かもしれないが教師は「教える側」としてとらえられ、教育問題の責任もすべて彼らがおっているかのように言われることがある。果たしてそれは正しい見方なのか。教師と雖も、普通の人間である。私は、教育について、教師の視点から考えてみたいと思う。
そこで、今回のレポートでは御真影にスポットを当ててみた。
御真影の由来と普及
天皇の写真を公的機関に配布し、監視のみならず一般住民に拝観させるという慣行は明治六、七年からあったといわれる。こうした慣行は教育関係者の注目するところとなり、次第に学校にも御真影が下賜されるようになる。それが小学校まで普及するきっかけとなったのは、一八八九（明治二二）年の文部省総務局長の道府県知事あて通牒からである。
この通牒からは御真影下賜の重要なねらいが読み取れる。
御真影を知事を介して下賜しようとしていること
つまり、中央集権的な権力機構を利用し、タテ割りの責任のもとに下賜をし、国民をその権威の下におしとどめようとすると同時に、御真影にそそうがあった場合は、知事までもその責任が及ぶとい..]]></description>

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