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		<title>タグ“近代化”の公開資料</title>
		<link>https://www.happycampus.co.jp/public/tags/%E8%BF%91%E4%BB%A3%E5%8C%96/</link>
		<description>タグ“近代化”の公開資料</description>
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		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[韮山反射炉]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/149396/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sengoro]]></author>
			<category><![CDATA[sengoroの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 23 Aug 2022 14:48:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/149396/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/149396/" target="_blank"><img src="/docs/930858578376@hc18/149396/thmb.jpg?s=s&r=1661233704&t=n" border="0"></a><br /><br />韮山反射炉
韮山反射炉にらやまはんしゃろ、英Nirayama Reverberatory
Furnacesは、静岡県伊豆の国市にある反射炉跡である。築造当時の形で現存する反射炉であり、
1922年大正11年国の史跡に指定されている。
韮山反射炉は、伊豆の国市中字鳴滝入に現存している反射炉の遺跡。高さ15.6mの連双2基で合計4
炉で構成される。
日本に現存する近世の反射炉は、この韮山反射炉と萩反射炉山口県萩市のみである。また、世
界的にも実際に鋳鉄の溶解が行われた反射炉としては世界で唯一現存する遺構とされている。
1922年大正11年3月8日に敷地も含めて国の史跡に指定された。また、2007年..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会学概論【レポート】「産業化とそれによる社会の変化について述べよ」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945304103039@hc13/136807/]]></link>
			<author><![CDATA[ by レオナルド博士☆]]></author>
			<category><![CDATA[レオナルド博士☆の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 15 Feb 2019 14:32:39 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945304103039@hc13/136807/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945304103039@hc13/136807/" target="_blank"><img src="/docs/945304103039@hc13/136807/thmb.jpg?s=s&r=1550208759&t=n" border="0"></a><br /><br />よくまとめられています。と教員からの高評価のコメントをいただいております。
皆様のお役に立てる資料になるかと思います。レポートなど資料作成の際の参考資料としてご活用ください♪[259]<br />「 産 業 化 と そ れ に よ る 社 会 の 変 化 に つ い て
述 べ よ 。」 
1 ． 産 業 化 と は 
産 業 化 と は 、 西 洋 に お け る 産 業 革 命 を 契 機
と し て 進 行 し た 、 経 済 の 領 域 に お け る 変 動 を
指 す 概 念 で あ る 。 ま た 、 産 業 化 と は 近 代 化 を
進 め て い く 原 動 力 で あ り 、 科 学 技 術 の 革 新 に
基 づ い て 社 会 の 生 産 水 準 が 持 続 的 に 上 昇 し て
い く 過 程 の こ と で あ る 。 
産 業 化 に は 、 生 産 技 術 に お け る 生 物 エ ネ ル
ギ ー （ 人 力 ・ 畜 力 ） か ら 非 生 物 エ ネ ル ギ ー
（ 蒸 気 、 電 力 、 原 子 力 な ど ） へ の 動 力 利 用 の
転 換 、 第 1 次 産 業 （ 農 林 水 産 業 ） か ら 第 2
次 産 業 （ 鉱 工 業 ）、 第 3 次 産 業 （ 商 業 、 サ ー
ビ ス 業 ） へ の 就 業 人 口 ・ 所 得 の 比 重 の 移 行 、
社 会 の 機 能 分 化 の 進 展 （ 企 業 、 学 校 、 病 院 な
ど 機 能 を 特 定 化 さ れ た 機 能 集 団 が 生 ま れ 、 機
能 集 団 の 内 部 も 機 能 分 化 す る 形 で 組 織 化 さ れ
る ） と い っ た 変 化 が 含 ま れ る 。 
産 業 化 の 過 程 で 、 第 2 次 ・ 第 3 次 産 業 人
口 を 主 体 と し た 多 数 の 人 間 は 、 特 定 の 地 域 に
集 中 的 に 居 住 し て 活 動 す る よ う に な る 。 そ の
地 域 が 都 市 で あ る 。 
産 業 化 に よ る 変 化 に は ① 政 治 的 側 面 の 変 化 、
② 社 会 関 係 や 生 活 様 式 の 側 面 で の 変 化 、 ③ 文
化 的 側 面 で の 変 化 が あ る 。 そ の 内 容 を 以 下 に
述 べ る 。 
① 政 治 的 側 面 の 変 化 
人 々 が 、 部 族 や 村 社 会 な ど 伝 統 的 な 集 団 の
一 員 と し て あ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会学（近代化のグローバリゼーションによる変化、第１の近代から第２の近代へ）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933623106078@hc17/133189/]]></link>
			<author><![CDATA[ by マイメロ3w]]></author>
			<category><![CDATA[マイメロ3wの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 14 Mar 2018 11:11:00 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933623106078@hc17/133189/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/933623106078@hc17/133189/" target="_blank"><img src="/docs/933623106078@hc17/133189/thmb.jpg?s=s&r=1520993460&t=n" border="0"></a><br /><br />現代社会は、西欧を起源とする近代社会の延長線と言われている。ここでいう近代とは１６世紀以降、西欧で発達した社会のことである。他の社会を変貌させたこの西欧近代は日本社会もその強い影響を受けた。西欧近代は強力な浸透力を持っており無縁な世界はほと[360]<br />　現代社会は、西欧を起源とする近代社会の延長線と言われている。ここでいう近代とは１６世紀以降、西欧で発達した社会のことである。他の社会を変貌させたこの西欧近代は日本社会もその強い影響を受けた。西欧近代は強力な浸透力を持っており無縁な世界はほとんど存在しないほどである。日本近代は歴史も文化も異なっていたが、この西欧近代をもっとも受け止めた国と言われている。西欧近代は。現在の社会の始まりであり、軸となっているが、「十六世紀ごろから、ルネッサンスの発展、近代的市場の拡大、宗教改革などに象徴される初期近代（＝近世）がはじまり、やがて科学革命、近代国家の発展、近代産業の成立、市民革命をへて、十八世紀中葉から本格的な近代が始動する。これが「第一の近代」のはじまり」（注１）とあるように近代社会の構造的特質はこの西欧近代の延長線上で確立した。
近代社会は複数の要素からなる社会である。その要素とは、①資本主義、②産業主義、③近代国家、④個人主義、⑤科学主義、である。これらの要素は１６世紀から１８世紀のうちに徐々に形成されていった。
　資本主義とは生産手段を資本家・企業者の階級が所有し、自分たちの利益追求..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[エリザベスⅠ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958866742893@hc09/113901/]]></link>
			<author><![CDATA[ by みこまる]]></author>
			<category><![CDATA[みこまるの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 09 Jul 2014 00:38:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958866742893@hc09/113901/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958866742893@hc09/113901/" target="_blank"><img src="/docs/958866742893@hc09/113901/thmb.jpg?s=s&r=1404833937&t=n" border="0"></a><br /><br />近代化とエリザベス1世
近代化とは、産業化を中心に、それに関連した政治・社会・心理的その他様々な変化の総体のことを示し、イギリスの近代化は１７世紀末から１８世紀にかけて始まったと言われている。政治的な面においては名誉革命以降、議会制民主主義を確立したことを近代化の発端とする考え方が一般的であるが、これらの出来事の更に前、エリザベスⅠ世の頃からその動きはあったのではないだろうか。彼女は１５５８年に即位し、その後、約４５年間イギリスを統治した。当時のイギリスは決して華やかな時代であったとは言えず、むしろ困難な社会情勢にあった。エリザベスはこのような時代に様々な政策をもって対処し、イギリス黄金時代を築いたと言われている。彼女の行った政策の一つに救貧政策があるが、これは社会保障という言葉が存在しなかった時代にとっては画期的な政策であった。この救貧政策を中心に見ていく中で、近代英国の起源を考察する。
旧救貧法成立以前の封建社会では貧困は存在して当然の問題であり、社会問題にすらならなかった。また、領主や教会といった生命保障の機構が存在していたため、それらによって貧民は救済を受けていた。しかし、封建社会が崩壊したことにより領主や荘園といった救済機構は解体し、新たな貧困階級が出現するようになる。この時代になると、農民の救済に対する貴族階級の関心も希薄になり、貧民救済の役割の多くを教会が担うようになっていた。だが、ヘンリーⅧ世の首長令によって修道院が解散され、救済機構は完全に消滅してしまい、貧民は増える一方であった。この頃の国家は貧民に対して抑圧、放置、無関心という態度をとっていたが、貧民増加により政策は更に苛酷なものへと変化した。しかし、問題は一向に解決しなかったのである。これを受けて成立したのが旧救貧法である。
旧救貧法とは１６０１年に成立した法律であるが、これは１５７２年から始まった一連の法律を整備、体系化したものである。この法律の成立背景には人口増加、食料価格の上昇、ローマ教皇庁との断絶といった諸種の要因により貧民が増加したということが挙げられる。法律の内容はというと、救貧監督官任命や救貧税徴収、受給対象者選定基準の法制化等があり、教区内の税収によって救貧行政は支えられていた。ただし、課税の対象となっていたのは教区牧師、土地・家屋の占有者、聖俗の十分の一税取得者、炭鉱所有..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[西洋史１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945369397040@hc13/112830/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 556049]]></author>
			<category><![CDATA[556049の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 21 May 2014 00:19:25 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945369397040@hc13/112830/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945369397040@hc13/112830/" target="_blank"><img src="/docs/945369397040@hc13/112830/thmb.jpg?s=s&r=1400599165&t=n" border="0"></a><br /><br />課題　古い歴史を持つドイツが近代化に成功したのはなぜか説明し、考えを述べよ。
2000字程度
転載等は禁止します。参考に留めてください。[192]<br />・ドイツについて
　ドイツはヨーロッパのほぼ中心に位置しており、多くの隣接国に囲まれている。その数はオランダ・ベルギー・フランス・スイス・オーストリア・チェコ・ポーランド・デンマークとヨーロッパ最多の隣接国を持っている。この隣接する国が多いということは、ドイツの形成や展開に大きな影響を与えた、職人の遍歴や学生の大学間移動、ドイツからの移民・ドイツへの移民といった直接的な人の移動による交流だけでなく、商品・技術・思想といった文化的・経済的な次元での交流による影響、あるいは戦争という暴力的なかたちでの衝突にいたるまで、大きな役割と意義をもっている。ドイツ国内については、大きな変動等があった中でも、伝統を守り続けるたくさんの州から成り立っていると共に、ドイツ独自の豊かな文化も持っている。
・ナチスドイツの過去
　ドイツの知っておくべき過去として、ナチスドイツ「ヒトラー」の存在がある。彼は民族主義と反ユダヤ主義を唱えたドイツの独裁者である。1933年に首相となり、1934年にヒンデンブルク大統領が死去してから、国家元首となる。人種主義的思想。いわゆるナチズムに基づき、血統的に優秀なドイツ民族が..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国際情報（西洋史）_第1回レポート課題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945369397040@hc13/112826/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 556049]]></author>
			<category><![CDATA[556049の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 21 May 2014 00:19:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945369397040@hc13/112826/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945369397040@hc13/112826/" target="_blank"><img src="/docs/945369397040@hc13/112826/thmb.jpg?s=s&r=1400599162&t=n" border="0"></a><br /><br />課題　古い歴史を持つドイツが近代化に成功したのはなぜか説明し、考えを述べよ。
2000字程度
転載等は禁止します。参考に留めてください。[192]<br />国際情報（西洋史）_第1回レポート課題
━ドイツとは━　
　ドイツはヨーロッパのほぼ中央を占めており、そのため多くの隣接国に囲まれている。その数はオランダ・ベルギー・フランス・スイス・オーストリア・チェコ・ポーランド・デンマークとヨーロッパ最多の隣接国を持っている。このことはドイツの形成や展開に大きな影響を与えており、例えば職人の遍歴や学生の大学間移動、ドイツからの移民・ドイツへの移民といった直接的な人の移動による交流だけでなく、商品・技術・思想といった文化的・経済的な次元での交流による影響、あるいは戦争という暴力的なかたちでの衝突にいたるまで、大きな役割と意義をもっている（「ドイツ史」P8参照）。
━ヒトラーの存在━
　ドイツの近代化において非常に重要になってくるのは「ヒトラー」の存在である。彼は民族主義と反ユダヤ主義を唱えたドイツの独裁者である。1933年に首相となり、1934年にヒンデンブルク大統領が死去してから、国家元首となる。人種主義的思想（ナチズム）に基づき、血統的に優秀なドイツ民族が世界を制する運命を持つと主張し、強制的同一化や血統を汚すとされたユダヤ人や障害者迫害などの..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国際情報,西洋史１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951012442267@hc11/94711/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 松村英生]]></author>
			<category><![CDATA[松村英生の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 30 Jun 2012 13:19:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951012442267@hc11/94711/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/951012442267@hc11/94711/" target="_blank"><img src="/docs/951012442267@hc11/94711/thmb.jpg?s=s&r=1341029991&t=n" border="0"></a><br /><br />「近代化とは、政治や経済が、国民国家と産業化を特徴とする形態に変えることである。」 
ドイツにおいて、議会政治は、１８１４年ウィーン会議後の翌年に成立されたドイツ連邦で連邦議会がつくられたときから始まる。また、１７６０年イギリスで産業革命がおこり、その７０年後の１８３３年には、関税同盟 の結成によって発展の基礎がつくられ、１８４０年代から工業化が徐々に始まった。そして、本格的に産業における近代化の波に乗っていった時代は、１８７１年ビスマルクのドイツ統一後で、国家の保護政策のもとで重化学工業が飛躍的に発展し、１９世紀末から２０世紀はじめにはドイツはアメリカ・イギリスに次ぐ工業国になった。
それでは、何故このように国家の近代化が成功したのであろうか。それは１８７１年から１９１３年の間にあるように思える。その要因は、１９世紀末の好景気に加えて１８７１年の普仏戦争勝利のよる多額の賠償金により更に国内経済が活性化され、銀行資本の出資による積極的な拡張投資によりハイペースな事業拡大ができ、独占企業の発生によりシェアと利潤の確保を促進し、また研究に基づく技術革新により科学者との協力で新技術を生み出す..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[近代化プロセスと自己肯定感]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955295697028@hc10/70343/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sss_nnn]]></author>
			<category><![CDATA[sss_nnnの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 10 Aug 2010 00:29:26 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955295697028@hc10/70343/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955295697028@hc10/70343/" target="_blank"><img src="/docs/955295697028@hc10/70343/thmb.jpg?s=s&r=1281367766&t=n" border="0"></a><br /><br />戦後の近代化プロセスの中で、個人がどのように孤独化し、その結果自己肯定感を持つことができなくなってきたか、また、その対処法としての教育政策について述べています。

一、個の浮遊
　　１，流れる
　　　　・特徴
　　　　・自己肯定感[340]<br />近代化と自己肯定感
目次
0、 序　関心
一、個の浮遊
　　１，流れる
　　　　・特徴
　　　　・自己肯定感への障害
　　　　・条件付きの肯定
　　　　・流される
　　　　・回避のための社交性
　　　　・家族
　　　　・家族における価値観の喪失
二、価値の相対化、個の浮遊の問題点
　　１，個の浮遊とは
　　　　・定義
　　　　・自由と浮遊
　　　　・近代化と浮遊
　　　　・不安、自己肯定感の喪失
　　２，諸問題　　
　　　　・自殺・自傷
　　　　・理由なき殺人
　　　　・宗教
　　　　・フリーター、夢
　　　　・援助交際
　　　　・留学
　　　　・厳罰化
三、共同体の変貌
　　１，地域、都市
　　　　・３つの豊かさ
　　　　・20世紀の都市
　　　　・生活単位の圧縮
　　　　・豊かになるために一人になる
　　　　・交換可能なものの交換
　　　　・外部への機能委譲
　　２，郊外
　　　　・団地化
　　　　・ニュータウン化
　　３，家族
　　　　・成り立ち
　　　　・社会化
　　　　・小家族化
　　４，コミュニケーションの希薄化
　　　　・コンビニ、デニーズ　　　　
　　　　・奥井復太郎『大都市論』、都市的人間
　　　　・都市におけるアイデンティティ
　　　　・都市における道徳
　　　　・都市における人格の分離乖離
　　　　・地元商店
四、国家と共同体と個人
　　１，共同体のもうひとつの役割〜中間共同体
　　　　・抵抗力　　　　
　　　　・感情的な安定感
　　　　・緩衝材としての中間共同体
　　２，企業・会社
　　　　・共同体としての企業
　　　　・共同体としての企業の終わり
　　３，国家の台頭
　　　　・安定装置としての国家
　　　　・国家が台頭できた理由
五、幸福のイメージ
　　１，幸福のイメージ
　　　　・幸福のイメージとは
　　　　・スローフードとロハス
　　　　・やる気・モチベーション
六、必要なこと
　　　　・中間共同体の模索
　　　　・幸福のイメージ作り、教育
　　　　・幼児教育と自己肯定感
　　　　・自己肯定感に対して幼児教育が果たす役割
　　　　・小中学校教育における自己肯定感の獲得　
　　　　・学校教育への期待　
　　　　・期待に応える
　　　　・行事のあり方
　　　　・３つの利点
　　　　・癒しとしての知
　　　　・幸福のイメージの効用
七、終..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本の近代化]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955815992104@hc10/69233/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 京大卒主婦]]></author>
			<category><![CDATA[京大卒主婦の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 14 Jul 2010 11:18:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955815992104@hc10/69233/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955815992104@hc10/69233/" target="_blank"><img src="/docs/955815992104@hc10/69233/thmb.jpg?s=s&r=1279073914&t=n" border="0"></a><br /><br />日本の近代化

幕藩体制・・・起点

中央政府的な徳川幕府と分権的な大名領主の支配する藩とが..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本史　　1限　08830科目試験集]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962350986988@hc08/51841/]]></link>
			<author><![CDATA[ by anthem]]></author>
			<category><![CDATA[anthemの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 01 Jul 2009 13:04:11 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962350986988@hc08/51841/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/962350986988@hc08/51841/" target="_blank"><img src="/docs/962350986988@hc08/51841/thmb.jpg?s=s&r=1246421051&t=n" border="0"></a><br /><br />科目試験の問題をまとめました。
集められていない日付の試験問題は残念ですがないです。
第４回科目試験　平成２1年９月１３日施行　1時限
08830　日本史
幕末以降における、日本の近代化過程について説明しなさい。
第３回科目試験　平成２1年[334]<br />科目試験の問題をまとめました。
集められていない日付の試験問題は残念ですがないです。
第４回科目試験　平成２1年９月１３日施行　1時限
08830　日本史
幕末以降における、日本の近代化過程について説明しなさい。
第３回科目試験　平成２1年７月１８日施行　1時限
08830　日本史
応仁・文明の乱について、多面的に論じなさい。
第２回科目試験　平成２１年６月１４日施行　1時限
08830　日本史
上方（かみがた）を中心に開花した元禄文化について、論じなさい。
第７回科目試験　平成２1年１月１０日施行　1時限
08830　日本史
応仁・文明の乱について、説明しなさい。
第６回科目試験　平成２０年..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[明治デモクラシー]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961210869645@hc08/61596/]]></link>
			<author><![CDATA[ by julie-uki]]></author>
			<category><![CDATA[julie-ukiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 08 Jan 2010 22:43:17 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961210869645@hc08/61596/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961210869645@hc08/61596/" target="_blank"><img src="/docs/961210869645@hc08/61596/thmb.jpg?s=s&r=1262958197&t=n" border="0"></a><br /><br />黒船の来航を契機として日本は明治以降急速な近代化を成し遂げた。そうした急速な近代化であるがゆえに日本の近代化の特徴はしばしば、政府主導の「上から」の近代化という枠組みで捉えられている。たしかに、欧米の市民革命と違い市民主導の「下から」の近代化という意味での民主主義思想は明治維新には欠けていたといえる。しかしながら、明治10年（1877年）以降には士族の反乱が収まり、農地経営も安定化してくると徐々に民主主義思想を理論的支柱にした国会開設運動などが出てくる。つまり、明治時代においても民主主義を目指す思想や運動はたしかに存在していたのである。
　それでは、明治におけるデモクラシーを体現した政治思想..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[丸山真男　無責任の体系]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961210869645@hc08/61599/]]></link>
			<author><![CDATA[ by julie-uki]]></author>
			<category><![CDATA[julie-ukiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 08 Jan 2010 22:43:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961210869645@hc08/61599/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961210869645@hc08/61599/" target="_blank"><img src="/docs/961210869645@hc08/61599/thmb.jpg?s=s&r=1262958198&t=n" border="0"></a><br /><br />無責任の体系と現代的課題
　はじめに
　非西欧国の中で最初に「近代化」を果たした日本であるが、非西欧国であるがゆえの特殊日本的な近代化の政治思想、政治意識とはどういったものであろうか。本論では、日本の思想的、意識的特徴を天皇イデオロギーに基づく天皇制に顕著な「無責任の体系」に見出し、丸山真男の議論を軸に分析していく。そのためにまず、日本の近代化の歴史的背景を簡単に概観し、次いで天皇制の特徴を述べ、天皇制の「無責任の体系」を明らかにしていく。最後にこれらが現代社会にどのような影響があるのかを論じていく。
Ⅰ　「上から」の近代化
　黒船の来航を契機として日本は明治以降、急速な近代化を成し遂げた。ただし、イギリスやフランスは市民主導の革命を通じての「下から」の近代化であったのに対し、日本は政府主導のもとでの「上から」の近代化であった。つまり、日本においては、市民や民衆による自覚的な行動によって生み出されたものではなかったのである。その結果、日本においては、経済や科学技術の面では近代化したが、封建的な家族制度や村落共同体といった前近代的な要素は温存されることとなった。
Ⅱ　天皇制の構造と無責任..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[記憶のバトン]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429403301@hc06/60267/]]></link>
			<author><![CDATA[ by みん]]></author>
			<category><![CDATA[みんの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 30 Nov 2009 23:49:30 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429403301@hc06/60267/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429403301@hc06/60267/" target="_blank"><img src="/docs/983429403301@hc06/60267/thmb.jpg?s=s&r=1259592570&t=n" border="0"></a><br /><br />広島の平和学習の感想文です。



「事前学習で学んだことは、実際に来て見てみると全然違う。」
最終日に行われた全体会で、そのような意見が多かった。確かに私もそうだと思った[253]<br />記憶のバトン
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「事前学習で学んだことは、実際に来て見てみると全然違う。」
最終日に行われた全体会で、そのような意見が多かった。確かに私もそうだと思った。
私は今回のひろしまの旅で初めて広島へ行ったのだが、駅に着くといきなり目の前に原爆ドームが現れ、少し拍子抜けしてしまった。ごく普通の街中で周囲にはマンションやビルが立ち並び、近くには商店街もある。私の想像していた原爆ドームというのは荘厳な中に佇んでいる大きな遺跡であり、周囲ももっと歴史を感じさせるような雰囲気だと勝手に思っていたのだ。しかし、冒頭でも述べたように実際には違った。違ったというより..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[翻訳の社会的・文化的意義]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53394/]]></link>
			<author><![CDATA[ by camsa10]]></author>
			<category><![CDATA[camsa10の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 00:43:00 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53394/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53394/" target="_blank"><img src="/docs/958518609389@hc09/53394/thmb.jpg?s=s&r=1249141380&t=n" border="0"></a><br /><br />翻訳の社会的・文化的意義
序
　翻訳とは、ある言語で既述された「メッセージ」を異なる言語体系におきかえて、等価に表現しなおす言語行為であると定義することができる。近年では、翻訳の「等価性」とはどのような基準なのか、つまり「正しい」翻訳とは何[356]<br />翻訳の社会的・文化的意義
序
　翻訳とは、ある言語で既述された「メッセージ」を異なる言語体系におきかえて、等価に表現しなおす言語行為であると定義することができる。近年では、翻訳の「等価性」とはどのような基準なのか、つまり「正しい」翻訳とは何かという議論が活発であるが、本稿は別の問題に関心がある。それは翻訳の社会的・文化的な意義である。翻訳行為は歴史を通じて行われ、我々の言語体系のみならず、それを使用する人々の社会意識・文化を多様に変容させてきた。翻訳は単に言語を機械的に置き換えるのではなく、その過程において言語体系が拠って立つ「文化」や「社会」的要素を「輸入」または他の言語体系に応じて「変容」させる働きを持っているのだ。
　以下では、まず翻訳が文化文明の発展にどのような影響・変化を与えてきたかについて歴史を追うかたちで一般論的に概観した上で、近代日本発展期における翻訳文化の功罪、翻訳行為と社会・文化形成とのかかわりについて柳父章氏の考えを参考にしながら考察していきたいとおもう。
1、翻訳による文化・社会形成の歴史的考察
　現代日本において、翻訳行為というものは、近代以降のそのあり方につ..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[『輸入学問の功罪－この翻訳わかりますか？』の書評・考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53365/]]></link>
			<author><![CDATA[ by camsa10]]></author>
			<category><![CDATA[camsa10の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 00:42:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53365/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53365/" target="_blank"><img src="/docs/958518609389@hc09/53365/thmb.jpg?s=s&r=1249141366&t=n" border="0"></a><br /><br />『輸入学問の功罪－この翻訳わかりますか？』の書評・考察
　
本書では、現代における様々な思想書・哲学書が一般読者にとって非常にわかりにくいという課題に対し、「逐語訳的翻訳」をその問題点として提示している。著者は、難解な翻訳文体の存立背景[352]<br />『輸入学問の功罪－この翻訳わかりますか？』の書評・考察
　
本書では、現代における様々な思想書・哲学書が一般読者にとって非常にわかりにくいという課題に対し、「逐語訳的翻訳」をその問題点として提示している。著者は、難解な翻訳文体の存立背景として、輸入学問の受容を通して進行した日本の近代化の過程と、そこで確立した権威主義的なアカデミズムを社会論や近代化論的視点から描き出している。その上で、筆者なりの翻訳論を示し、翻訳者としてのあり方を模索する試みが見られる。
　以下では、著者の論の要旨について把握しつつ、その性格について批判的に考察・検討していきたい。
Ⅰ.難解な訳文の原因
　はじめに、哲学や思想などの翻訳書がなぜこれほどまで「難解」なのか、その要因について見ていきたい。
　著者はまず、「市場から隔離された」閉鎖的存在として翻訳の伝統を捉え、市場主義に冷笑的な日本の教条的アカデミズムの問題点について指摘している。
その論拠として著者は、日本で最も初期にマルクスの『資本論』を全訳した高畠素之の訳文と、その一世代後に刊行された岩波文庫版の訳文とを比較してみせている。後者の文庫版訳文に関しては、..]]></description>

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			<title><![CDATA[日本の近代化政策]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/16650/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tonbo789]]></author>
			<category><![CDATA[tonbo789の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 26 Dec 2007 21:31:17 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/16650/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/16650/" target="_blank"><img src="/docs/983431631501@hc05/16650/thmb.jpg?s=s&r=1198672277&t=n" border="0"></a><br /><br />日本の近代化政策
１．はじめに
日本は、近代国家として欧米諸国と肩を並べるために、｢富国強兵｣をスローガンに徴兵令・地租改正・殖産興業などの政策を実施していった。本稿では、封建遺制の撤廃と近代化のために行われた様々な政策について見ていきたい[356]<br />日本の近代化政策
１．はじめに
日本は、近代国家として欧米諸国と肩を並べるために、｢富国強兵｣をスローガンに徴兵令・地租改正・殖産興業などの政策を実施していった。本稿では、封建遺制の撤廃と近代化のために行われた様々な政策について見ていきたい。
２．軍事制度の確立
　1871年、薩摩・長州・土佐三藩の兵を集めて、御新兵を編成し、8月に鎮台を設置したことに始まる新政府の軍事制度確立は、海軍はイギリス、陸軍はフランスの軍制を模範として進められた。1873年1月には、徴兵令が公布されて、国民皆兵がめざされた。徴兵令には、多くの免除規定があるうえに、士族や農民の反対もあったが、ここにひとまず近代的な常備..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[    近代主義の果たした役割と、その限界について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429737201@hc06/10477/]]></link>
			<author><![CDATA[ by orange25]]></author>
			<category><![CDATA[orange25の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 14 Aug 2006 11:17:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429737201@hc06/10477/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429737201@hc06/10477/" target="_blank"><img src="/docs/983429737201@hc06/10477/thmb.jpg?s=s&r=1155521841&t=n" border="0"></a><br /><br />近代主義の果たした役割と、その限界について
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　近代化の開始は14世紀から16世紀にかけてのルネッサンスと宗教改革、15世紀の「地理上の発見」に求められている。そして17世紀から18世紀にかけての市民革命へと近代社会が本格化し、18[328]<br />近代主義の果たした役割と、その限界について
　&rarr;
　近代化の開始は14世紀から16世紀にかけてのルネッサンスと宗教改革、15世紀の「地理上の発見」に求められている。そして17世紀から18世紀にかけての市民革命へと近代社会が本格化し、18世紀イギリスの産業革命から19世紀のヨーロッパ大陸へと波及していく。
　近代以前は、王族や貴族といった封建特権を持つ人々が支配層を占めていた階層社会で、経済的には、そうした階層社会を維持するために、王が身分に応じて富を再配分するというシステムであった。それに対して、近代社会は、はじめて政治的に、市民の人間としての自由を確保しようとした社会である。また経済的には、家柄とか身分を無視して公正なルールに従って競争を行い、その結果として富を配分する、というシステムを作り出した。近代以前の不平等の最大の原因は封建特権だったので、このシステムは人間の不平等をなくすための決定的なプランだと考えられた。
また、近代は「科学の時代」である。この時代には、科学が目覚しく発達し、機械化・工業化・医学の進歩など生活が一気に豊かになった。そのまま科学的態度に基づいた合理主義を押し..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[博覧会と家族制度の変遷]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431094101@hc06/7866/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mitarai226]]></author>
			<category><![CDATA[mitarai226の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 11 Apr 2006 01:53:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431094101@hc06/7866/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431094101@hc06/7866/" target="_blank"><img src="/docs/983431094101@hc06/7866/thmb.jpg?s=s&r=1144688014&t=n" border="0"></a><br /><br />博覧会の意味と家族制度の変遷は興味深いものであった。比較文化論でもよく取り上げられることだが、我々が過去の歴史に対して抱いているイメージというか固定観念はあまりにもその起源が浅く、明確に出所を発見することできる。そういったものを見つけていく[360]<br />博覧会と家族制度の変遷
博覧会の意味と家族制度の変遷は興味深いものであった。比較文化論でもよく取り上げられることだが、我々が過去の歴史に対して抱いているイメージというか固定観念はあまりにもその起源が浅く、明確に出所を発見することできる。そういったものを見つけていく作業は大変興味深いものだ。
今回の講義で驚いたことは、生活への電気機器の普及に国家的思惑が介入しており、それと同時に女性の国民としての役割というものが根底にあったということである。明確な形のモデルケースが提示されているのが大変興味深かった。「家庭の生成と女性の国民化」を読んでいて、興味深かったのはやはり生活同盟会が提唱した家庭像である。家庭内での子供への教育であるとか、家庭団欒、プライベートの重視など今まで抱いてきていた日本の家庭像が崩れる音がした。また、教育対象としての女性の存在という思想も国民国家が目指す国家像とその潮流の中でのジェンダーを考えるうえで非常に参考になった。以下は「家庭の生成と女性の国民化」の第四章を読んでの感想である。
婦女子に教育をほどこすということは、国力の基盤であるとされた家庭のボトムアップを図ったも..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[わたしの街の産業遺産]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430735701@hc06/7056/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yukina1023]]></author>
			<category><![CDATA[yukina1023の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 22 Feb 2006 02:01:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430735701@hc06/7056/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430735701@hc06/7056/" target="_blank"><img src="/docs/983430735701@hc06/7056/thmb.jpg?s=s&r=1140541288&t=n" border="0"></a><br /><br />江戸東京たてもの園
1993（平成5）年3月28日に開園した野外博物館。小金井公園(小金井市桜町3&minus;7&minus;1)内にあり、約7ヘクタールの敷地に27棟の復元建造物が建てられている。[230]<br />わたしの街の産業遺産　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
江戸東京たてもの園
　
1993（平成5）年3月28日に開園した野外博物館。小金井公園(小金井市桜町3－7－1)内にあり、約7ヘクタールの敷地に27棟の復元建造物が建てられている。
常盤台写真場
建築年:1937(昭和12)年
復元年:1997(平成9)年
旧所在地:板橋区常盤台一丁目
構造:木造モルタル2階建
建築面積:111.65㎡
延べ面積:167.25㎡
寄贈者:田中藤二郎氏
常盤台写真場はスラントといわれる自然採光のしくみをもっていて、照明設備の発達していない時期の特徴をよく表している。
常盤台は、東武鉄道初の宅地開発により分譲された住宅地で、内務省都市計画課のプランに従った道路網や駅前広場、公園などを今でも随所に見ることができ、独特な雰囲気の街であり、田園調布と並ぶ郊外住宅地である。常盤台写真場は、文化住宅が建ち並ぶ常盤台にあってもひときわモダンな存在だった。
写場(安定した照度を得るため北側に大きなガラス窓)
田園調布の家(大川邸)
建築年:1925(大正4)年
復元年:1995(平成7)年
旧所在地:大田区田園..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[多摩の近代化遺産]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431666801@hc05/3231/]]></link>
			<author><![CDATA[ by cc02403]]></author>
			<category><![CDATA[cc02403の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 17 Nov 2005 18:40:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431666801@hc05/3231/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431666801@hc05/3231/" target="_blank"><img src="/docs/983431666801@hc05/3231/thmb.jpg?s=s&r=1132220410&t=n" border="0"></a><br /><br />私は山形県の出身だが、現在は東京都多摩市で一人暮らしをしている。今回『近代化遺産』というテーマで課題が出た時、真っ先に頭に思い浮かんだ多摩市の近代化について調べてみようと思った。
まず、現在、多摩市は東京都に属しているが近代の初めの１８９[356]<br />多摩の近代化遺産～多摩ニュータウン～
私は山形県の出身だが、現在は東京都多摩市で一人暮らしをしている。今回『近代化遺産』というテーマで課題が出た時、真っ先に頭に思い浮かんだ多摩市の近代化について調べてみようと思った。
まず、現在、多摩市は東京都に属しているが近代の初めの１８９３（明治２６）年までは神奈川県に所属しており、北多摩・南多摩・西多摩郡の三郡を総称して、いわゆる「三多摩」と呼ばれていた地域である。大きく見れば、埼玉・山梨・神奈川の三県と東京の区部とに位置する地域であり、北は丘陵と近世の新田地域、西は２千㍍級の山岳地帯、南は山梨県の西部と神奈川県の相模台地、東は首都東京に接し、さらに横浜..]]></description>

		</item>

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