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		<title>タグ“農業”の公開資料</title>
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		<description>タグ“農業”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[【佛教大学】_82点_経済地理学_科目最終試験]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/909497833794@hc25/154521/]]></link>
			<author><![CDATA[ by gassan]]></author>
			<category><![CDATA[gassanの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 26 Feb 2025 22:15:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/909497833794@hc25/154521/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/909497833794@hc25/154521/" target="_blank"><img src="/docs/909497833794@hc25/154521/thmb.jpg?s=s&r=1740575723&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信の経済地理学2024年度の最終科目試験に合格（82点）したレポートです。限られた試験時間ですので、参考にしていただき、有効活用いただければと思います。[231]<br />0602_経済地理学_科目最終試験2024年6月

参考文献：富田和暁著　2020年4月『地域と産業新版オンデマンド版』

1.チューネンの農業立地論について、その概要を述べたうえで、現代農業の立地を考える場合の問題点、また新たに考慮に加えるべき点を述べなさい。

１．チューネンの農業立地論についての概要について
　チューネンの農業立地論は、地主が封建的殻を破って資本家へ転移していった時代、すなわち企業的な農業が成立していった時代に論じられたものである。企業的経営にて新たに合理的な農法が求められる時代にて、最大収益をもたらす農業経営様式（農法）の空間的配置の原理を模索したものである。その中で、地域によって必ずしも輪栽式農法が有利でないことを論証しようとし、ドイツの農業政策に貢献しようとした。その中でチューネンは、仮想的な空間である「独立国」を想定し、この空間内で合理的な農業経営様式の配置原理を考察した。チューネンは配置原理を考察する際に、都市からの距離のみを問題として農業経営様式の配置の問題を考える、「孤立化的方法」を用いた。この孤立化的方法にて空間的配列原理を考えた際、「同心円構造」が鮮明に描かれるとした。それは、都市を中心に、「自由式農業」＝主として野菜、花卉、牛乳を生産&rarr;「育成林業」＝薪、建築材、用材等の都市で需要が高い木材&rarr;「臨栽式農業」＝農地を4分し、4年のサイクルで①夏穀用、②冬穀用、③牧草類用、④根菜類の４つの利用形態を循環させるもの&rarr;「穀草式農業」&rarr;「三圃式農業」＝広い永久（自然）放牧地と3区分した耕地①夏穀用、②冬穀用、③休閑地の3年周期の輪作&rarr;「牧畜」の同心円構造であるチューネン圏を形成するとした。この同心円構造成立は、農作物を都市へ移動する費用は都市からの距離によって地域的差があること、農作物の地元価格（市場価格－輸送費用）に地域的差が生じること、各農業経営様式があげうる地代（地元価格－生産費用）は都市からの距離によって変化すること、最高の地代をあげる農業経営様式は都市からの距離によって異なること、が要点とされている。農産物の輸送費＝距離や輸送方法と農業経営様式（農法）によって本理論が形成されている。
　このようなチューネンの理論は、「農業地理学」と「経済立地研究」において、以下の意義を為すものとなった。農業地理学での意義では、１つ目に「農..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[星槎大学　４４１０１６１地理概説Ⅱ　試験課題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933808348058@hc17/154267/]]></link>
			<author><![CDATA[ by SEISAreport]]></author>
			<category><![CDATA[SEISAreportの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 12 Dec 2024 09:30:12 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933808348058@hc17/154267/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/933808348058@hc17/154267/" target="_blank"><img src="/docs/933808348058@hc17/154267/thmb.jpg?s=s&r=1733963412&t=n" border="0"></a><br /><br />星槎大学 地理概説Ⅱの試験課題です。 参考としていかがでしょうか。 この内容をそのままコピペしたり丸写ししたりするのではなく、少しでも変えた方が良いです。[225]<br />４４１０１６１地理概説Ⅱ
試験課題
アメリカ合衆国の農業の特色である適地適作について、テキストでの学習を踏まえて文章でまとめなさい。（１）小麦については、(ア)小麦がどのような経路をたどって伝播し北アメリカで栽培されるようになったか、(イ)生育に適した気候条件および冬小麦、春小麦の違い。(ウ)冬小麦地帯、春小麦地帯の分布（２）トウモロコシ地帯と綿花地帯の分布（３）酪農が五大湖周辺で盛んな理由を２つあげる（４）園芸農業のうちの遠郊農業が盛んな地域と主な農作物（５）地中海式農業がおこなわれている地域と主な農作物(字数は（１）～（５）を合わせて１６００字程度)

序論
アメリカ合衆国の農業は、各地の自然環境に最も適した作物を選択し栽培する「適地適作」に基づいて発展してきた。広大な国土に多様な気候条件が存在するアメリカでは、地域ごとの地理的特性や降水量、気温などの自然環境に合わせて、特定の作物が効率よく栽培されている。この適地適作の考え方により、アメリカの農業は世界でも有数の生産量を誇り、輸出市場にも大きな影響力をもつに至っている。本論では、小麦やトウモロコシ、綿花などの作物地帯の分布、酪農や..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[農業経済学]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/148674/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sengoro]]></author>
			<category><![CDATA[sengoroの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 08 Jun 2022 13:36:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/148674/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/148674/" target="_blank"><img src="/docs/930858578376@hc18/148674/thmb.jpg?s=s&r=1654662992&t=n" border="0"></a><br /><br />農業経済学
農業経済学のうぎょうけいざいがく、英: agricultural
economicsは、農学あるいは経済学の一分野。食品・食物繊維商品の生産及び流通の最適化につ
いて研究する応用経済学分野である。
本稿では、農業経済学を教授・研究する学科である農業経済学科のうぎょうけいざいがっかに
ついても記す。
経済学の一分野として、特に土地利用について取り扱うことから農業経済学は始まった。土壌の質
を維持し生産量を最大化させることに焦点を当てていたが、20世紀を通じ学問対象はさらに拡大し
た。今日の農業経済学は従来の経済学分野と大きく重複し、様々な応用分野を含むようになった。
農業経済学は計量..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[大阪芸短［国語］レポート②　成績B]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/935720510043@hc16/132308/]]></link>
			<author><![CDATA[ by あやたま。]]></author>
			<category><![CDATA[あやたま。の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 14 Jan 2018 13:23:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/935720510043@hc16/132308/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/935720510043@hc16/132308/" target="_blank"><img src="/docs/935720510043@hc16/132308/thmb.jpg?s=s&r=1515903827&t=n" border="0"></a><br /><br />テキスト第Ⅳ章の作家1巖谷小波～12 壺井栄の中から一人の作家を選び、その来歴を簡潔にまとめ、 二作以上の代表作について自分の考えを述べなさい。[206]<br />宮沢賢治の来歴について述べておく。宮沢賢治は、岩手県稗貫郡里川口町(現：花巻市)に生まれる。家業は、祖父喜助が開いた質・古着商で、父の政次郎が継いでいた。岩手県は、定期的に冷害に見舞われる地域である。賢治６歳の１９０２(明治３５)年、東北地方は凶作に見舞われた。岩手県では米は平年作に比べて約６０％減収となった。さらに、１９０５(明治３８)年東北地方は１９０２年を上回る大凶作に見舞われ、岩手県の米は約６４％の減収となった。その後も凶作が起こっている。
１９１５年(大正４)年、賢治は盛岡高等農林学校(現：岩手大学農学部)に進学する。賢治は友人、保阪喜内ら文学愛好者と共に同人誌「アザリア」を刊行し、短歌や小作品を載せていた。賢治が童話を創作しはじめるのは１９１８(大正７)年夏頃、童話「蜘蛛となめくじと狸」「双子の星」を家族に読み聞かせている。弟清六の記憶によればこれが、「処女作の童話」である。１９２１(大正１０)年１２月に稗貫郡立稗貫農学校(後の花巻農学校、現：花巻農業高等学校)の教論の職を得た賢治は代数や土壌を教授する一方、教室で童話「貝の火」を読み聞かせ、また「飢餓陣営」等の劇の上映も行..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[54地理学第2課題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/936153742693@hc16/126333/]]></link>
			<author><![CDATA[ by misohan]]></author>
			<category><![CDATA[misohanの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 14 Sep 2016 12:50:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/936153742693@hc16/126333/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/936153742693@hc16/126333/" target="_blank"><img src="/docs/936153742693@hc16/126333/thmb.jpg?s=s&r=1473825021&t=n" border="0"></a><br /><br />①ケッペンの気候区分による11の主要な気候の特徴と植生を説明し、②農産物の生産のうち、米、小麦、トウモロコシ、茶、コーヒー、カカオ、さとうきび、てんさい、綿花、天然ゴムについて、その栽培(気候)条件と主な生産国を述べなさい(この科目の教科書[350]<br />①ケッペンの気候区分による11の主要な気候の特徴と植生を説明し、②農産物の生産のうち、米、小麦、トウモロコシ、茶、コーヒー、カカオ、さとうきび、てんさい、綿花、天然ゴムについて、その栽培(気候)条件と主な生産国を述べなさい(この科目の教科書を用いること)。
　ケッペンは気候区分に気温と降水量のデータを用い、気温は最寒月平均気温18℃でＡとＣ、最寒月－3℃でＣとＤ、最暖月10℃でＤとＥに区別し、Ａを熱帯気候(最寒月平均気温18℃以上)、Ｂを乾燥気候、Ｃを温帯気候(最寒月平均気温18℃未満－3℃以上)、Ｄを亜寒帯あるいは冷帯気候(最寒月平均気温が－3℃未満、最暖月平均気温が10℃以上)、Ｅを寒帯気候(最暖月平均気温10℃未満)、Ｆを氷雪気候とした。降水量は蒸発量との関係から、年間降水量が年間蒸発量より多い地域について、年間の降水のパターンからfを常時湿潤、sを夏に乾燥、wを冬に乾燥に区分し、年間蒸発量は乾燥限界として計算により求める。
　ケッペンは5つの気候帯に降水量や気温のデータを付加し、11の気候を提示した。熱帯降雨林気候(Af)は気温の年較差は少ないが日較差は大きく、年間降水量は多..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[卒業論文：国策としての食料自給率向上の是非]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957019707241@hc10/125262/]]></link>
			<author><![CDATA[ by doitu]]></author>
			<category><![CDATA[doituの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 19 Jun 2016 17:02:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957019707241@hc10/125262/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957019707241@hc10/125262/" target="_blank"><img src="/docs/957019707241@hc10/125262/thmb.jpg?s=s&r=1466323338&t=n" border="0"></a><br /><br />名古屋大学の卒業時に執筆した論文です。
当時の学部卒業論文において最高評価を取得しました。

食料自給率向上政策の是非について論じるとともに、政治構造にまで踏み込んで分析した論文になっていますので、農学部・法学部どちらの学生にも参考に[348]<br />国策としての食料自給率向上の是非
―食料自給率向上政策の普及要因と政治構造の分析―

≪目次≫
はじめに
Ⅰ．食料自給率の概念と現状
1-1．食料自給率の計算方法
1-2．食料自給率を見る上での注意点
1-3．食料自給率が政策目標とされるまでの経緯
1-4．食料自給率の推移と要因
1-5．外国の食料自給率
Ⅱ．食料自給率を国策として向上させる意義
2-1．食料安全保障
2-2．農業の外部経済効果
2-3．環境への配慮と国際的貢献
Ⅲ．食料自給率向上の意義に対する反論
3-1．食料安全保障の指標としての食料自給率の有効性
3-2．農業の外部経済効果と食料自給率向上の関連性
3-3．環境への配慮・国際的貢献と食料自給率向上の関連性
3-4．国策として食料自給率は向上させるべきか
Ⅳ．食料自給率向上政策が普及した要因と政治構造
4-1．農業保護の政治構造
4-2．思想的源流としての食糧自給論
4-3．食糧自給論が継承された要因
4-4．農業界による食糧自給論の利用
4-5．食料自給率向上政策が始まった背景
4-6．民主党政権における食料自給率向上政策
おわりに
参考文献

はじめに
日本の食料自給率は世界最低レベルであり、危機的状況にあると言われている。このような状況下で多くの国民が将来の食料供給に不安を抱いているとされ、近年では政府が積極的に国策として食料自給率の向上を図ってきた。例えば平成21年度には、食料自給率向上を目的とした総合対策に2889億円の予算が付き、大豆・麦・飼料米への転作補助金の交付や食料自給率戦略の広報などが行われた。この年についた補正予算による事業や、食料自給率関連の資料作りにかかる人件費なども考慮に入れると、国策として食料自給率を向上させるために多額の税金が使われていると言えるだろう。
そして、輸入農作物に対する高関税措置や国内農業への補助金などの国内農業保護政策を正当化する理由としても、食料自給率が使われてきた。つまり安い輸入農作物によって国内農業が衰退し、食料自給率が下がってしまうのは危険とする主張である。外国とのFTA(自由貿易協定)の締結交渉の際には、毎回のように食料自給率が持ち出され、農作物の関税撤廃に対する批判が農家や農協などから行われている。
しかし、このように食料自給率向上を国策として掲げている国は、世界で日本だけである。韓国..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【2015年度合格リポート】Q0108 地誌学 第1設題　B判定]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/123382/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ミスターT]]></author>
			<category><![CDATA[ミスターTの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 26 Jan 2016 00:10:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/123382/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/123382/" target="_blank"><img src="/docs/938787005757@hc15/123382/thmb.jpg?s=s&r=1453734657&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学の通信教育課程で、2015年度にB判定にて合格したリポートです。
コードは、高等学校地理歴史、中学校社会課程のQ0108です。
コードが違っても、設題が同じ場合はご参考にして頂けるかと存じます。
第1設題で京都についてまとめておりま[332]<br />第１設題：あなたが居住する市区町村の地域的特徴を明確にした地誌を作成せよ。
1.自然
　京都市は京都府の南部に位置し、南北約49km、東西約29km、面積82,790ha、となっている。
　京都市は三方を低くなだらかな山々に囲まれ、東には比叡山、東山連峰が、北は愛宕山、北山の連山が、西の諸峰は保津川を挟んで、嵯峨、嵐山の山渓を作り、南は大阪平野に開けている。市街地は、これらの山々に囲まれた、京都盆地と山城盆地に形成されている。京都盆地は、数万
年前は湖底であったと言われている。北と東の山々から運ばれる土砂が堆積し、地盤の隆起とともに生まれ、現在の東北から西南へのなだらかな地形の基盤を形成してきたと推定されている。この太古の湖の湖底が堆積物で盆地化した際に取り残された遺構が、神泉苑、深泥池、巨椋池であると考えられているが、巨椋池は既に干拓されており、神泉苑と深泥池残っている。京都は豊富な地下水に恵まれているが、京都における良質の地下水脈も、湖の名残である。山々に囲まれた京都盆地では、山々に源流を持つ鴨川や桂川などの清流が、この地形に沿うように市街地を緩やかに南下している。(図1)
京都は、太平洋側気候と内陸性気候の特性を併せ持っている。はっきりとした四季があり、夏はうだるような暑さ、冬は厳しい底冷えが。この気候には山に囲まれた盆地という特徴が影響しており、夏は空気の循環が悪く暑さが逃げにくい。また、山に近いことから冷えやすい。夏の暑さは、気温もあるが、非常に蒸し暑いのが特徴である。夏の蒸し暑さや冬の底冷えは、山に囲まれた盆地都市の宿命でもある。
降雨に関しては、年間を通してそれほど多くなく、過去の統計では、8月の降雨量が少ないのが特徴である。また、統計では暑さは8月にピークとなり、33度程になり、寒さは、1月にピークをとなり、1度程度まで落ち込む。(図2)しかし、2015年だけを見ると、年間の最低気温が氷点下1.7度、最高気温が39.1度と、寒暖の差が激しくなっている。(表1)
2.人口
　2015年9月1日現在、京都市には推計で1,468,019人が住み、世帯数は703,152世帯となっている。市町村では全国で7番目に人口が多い。人口の特徴として、学生が多いということがあげられる。2011年の国勢調査において京都市の人口の約11%が「学生」であり、この数字は全..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【2015年度合格リポート】Q0107 地理学 第2設題 A判定]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/123381/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ミスターT]]></author>
			<category><![CDATA[ミスターTの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 26 Jan 2016 00:08:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/123381/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/123381/" target="_blank"><img src="/docs/938787005757@hc15/123381/thmb.jpg?s=s&r=1453734493&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学の通信教育課程で、2015年度にA判定にて合格したリポートです。
コードは、高等学校地理歴史、中学校社会課程のQ0107です。
コードが違っても、設題が同じ場合はご参考にして頂けるかと存じます。
第2設題のハワイ日系人についてまとめ[332]<br />第２設題：ハワイ日系人移民の現在に至るまでの歴史を簡単に説明し、さらに他の日系人移民先との違いをあげよ。
1.ハワイの日系移民の歴史
　1868年、149名がハワイへ渡航した。これが、最初のハワイへの移民である。このときの移民者を「ハワイの元年者」と呼ぶ。当時、日本全国を農村不況が襲い、農家の生活は困窮していた。そこに、急速に成長を遂げていた製糖産業の労働力が必要だったハワイ王国の国王が、日本との移民に関する協定を1882年に結んだ。この協定により、ハワイにおいて他のアジア系移民に対し、日系人の地位と数が優位となった。この協定に基づき日本政府は、ハワイへの移民者を募集し1885年からハワイへの移民の渡航が始まった。この移民を「官約移民」と呼び、この官約移民は1894年の第26回まで続いた。ハワイへの移民は約3万人にのぼる。その後20世紀に入ると移民法が改正、それに伴い日本からの移民は減少した。さらにその後の1924年排日移民法が制定され、事実上移民が不可能となった。現在、日系人の子孫三世は、ハワイでの発展に限界を感じ、より高い職業機会を求めて本土などに移住する傾向がみられる。そして、ハワイでもまた高齢化が進んでいる。
2.ハワイへの移民
　日本からハワイへ移民した移民者は砂糖農園労働者として雇われていた。ハワイ島のヒロやオアフ島のホノルルなどが主な渡航先で、各地のプランテーションにおいて1日10時間働き、1ヶ月男が16ドル、女が10ドルの稼ぎで野外仕事に従事していた。移民者の居住地は、ハワイ島、カウアイ島、モロカイ島、マウイ島である(図1～6、表1～6)。官約移民の移民は契約移民であったため、3年間という期限付きでの渡航であった。しかし、移民当初は期間終了後日本へ帰国する際、ある程度まとまった金額を持ち帰る事が出来たが、日本のインフレが進行し貨幣価値が下がったことにより期間が終了してもハワイに留まる人が増加した。ハワイへの渡航者は、広島、山口、熊本、沖縄、福岡と西日本の県の出身者が多く、その他東北日本の新潟、福島などであった。この中でも特に山口、広島の出身者が多く、第1回の渡航者のほとんどが山口、広島からであった。このように、官約移民者が西日本、特に山口、広島に偏ったのは、当時の外務大臣の井上馨が山口出身であったことにも関係している。井上馨は外務大臣でありながら..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【2015年度合格リポート】Q0107 地理学 第1設題 A判定]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/123380/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ミスターT]]></author>
			<category><![CDATA[ミスターTの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 26 Jan 2016 00:01:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/123380/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/123380/" target="_blank"><img src="/docs/938787005757@hc15/123380/thmb.jpg?s=s&r=1453734081&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学の通信教育課程で、2015年度にA判定にて合格したリポートです。
コードは、高等学校地理歴史、中学校社会課程のQ0107です。
コードが違っても、設題が同じ場合はご参考にして頂けるかと存じます。
第1設題のアジアの農業についてまとめ[332]<br />第１設題：アジアにおける農牧業地域を図示し、さらに2、3の事例をあげて詳しく説明せよ。
1.アジアについて
　アジアは日本近辺を東限に、中東と呼ばれているアラビア半島付近を西限にし、その間の地域を指す。地域としては、東アジア、西アジア、東南アジア、南アジアに区分されている。
地形は、大陸部分には安定陸塊や古期造山帯が広がっており、プレートのせばまる境界にあたる部分には新期造山帯に属するヒマラヤ山脈やチベット高原など大山脈・高原が分布している。また、日本列島、フィリピン諸島、スンダ列島などの弧状列島も分布している。(図1)
気候に関しては、モンスーンアジアと呼ばれる東アジア・東南アジア・南アジアはその名の通りモンスーン(季節風)の影響を受け、夏は降水量が多い。冬はシベリアの寒気団の影響を受け、低音で乾燥した日々が続き、季節の変化が大きい。モンスーンアジアの気候区分は、日本の本州から中国東部にかけての温暖湿潤気候(Cfa)、インドシナ半島とインド半島の東海岸に見られるサバナ気候(Aw)、中国の華北・華南地方の温暖冬季少雨気候(Cw)、フィリピン諸島やインド半島の西部に見られる弱い乾季のある熱帯雨林気候(Am)、などがある。(図2)
西アジア・中央アジアは、モンスーンの影響が少なく乾燥した気候が中心の乾燥アジアとなっている。インダス川中下流の大インド砂漠からペルシャ湾を越えてアラビア半島に延びる砂漠地域がある。乾燥アジアの気候帯は、モンゴル高原から中国西部・中央アジアに広がっている内陸の砂漠気候(BW)・ステップ(BS)となっている。
マレー半島、スマトラ島、ジャワ島、カリマンタン島、スラウェシ島、ニューギニア島には、熱帯雨林気候(Af)が分布している。
2.アジアの農牧業について
　アジアは気温、降水量、土壌などの自然条件に恵まれていたため、古くから農業が発達していた。モンスーンの影響を受け、夏の降水に恵まれている東アジア、東南アジア、南アジアでは大河川の沖積平野を中心に稲作農業が行われている。この稲作は特にアジア的農業と呼ばれ、年降水量1,000mm以上の地域を中心に行われている。しかし、年降水量が1,000mmに満たない地域では、アジア的畑作と呼ばれる畑作農業が行われている。これは、中国の東北・華北やインド内陸のデカン高原など、やや降水量が少ない、また、水はけ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【2015年度合格リポート】Q0108 地誌学 第2設題　B判定]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/123383/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ミスターT]]></author>
			<category><![CDATA[ミスターTの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 26 Jan 2016 00:14:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/123383/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/938787005757@hc15/123383/" target="_blank"><img src="/docs/938787005757@hc15/123383/thmb.jpg?s=s&r=1453734864&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学の通信教育課程で、2015年度にB判定にて合格したリポートです。
コードは、高等学校地理歴史、中学校社会課程のQ0108です。
コードが違っても、設題が同じ場合はご参考にして頂けるかと存じます。
第2設題でアメリカについてまとめてお[332]<br />第２設題：アメリカ合衆国について、自然環境と経済活動を中心とした地誌を作成せよ。
1.地形
　アメリカ合衆国は、そのほとんどが北アメリカ大陸に属し、東西約4000km、南北約2000kmの広大な領土を持つ大国である。西部には幅約2000kmの山地域、東部には幅500km内外の山地域がある。面積は9,629千平方キロメートル(2011年現在)で、アメリカ合衆国は、その広大な領土から様々な自然環境を有している。国土の30%程を森林が占め、両沿岸部には山脈がそびえており、東側には古期造山帯のアパラチア山脈、西側には新期造山帯のロッキー山脈がある。ロッキー山脈は、環太平洋造山帯に含まれている。その中央に安定陸塊が広がり、幅約1500kmの中央平原という低地帯が南北方向に配列している。中央部の低地帯は高度500m以下の波状地である。カナダとの国境付近には五大湖があり、主要な河川には、ミシシッピ川、リオグランデ川、コロラド川などがある。西部は、地形の特徴から海岸山系、ベイスンアンドレンジ区、コロンビア高原、コロラド高原、ロッキー山系の5地区に分けられる。これらは、太平洋側から順に東へ並んでいる。西部の乾燥地帯には砂漠地帯のコロラド高原があり、そこは中古成層がそのまま水平に隆起した平原である。そこには急崖やメサ、ビュートなど地質構造を反映した組織地形が存在する。また、ロッキー山脈は新期造山帯に含まれているように、現在も活発な活動を続けている。ここには、「ずれる境界」と呼ばれる横ずれ(トランスフォーム)断層のサンアンドレアス断層がある。このサンアンドレアス断層は、ロサンゼルスやサンフランシスコなどの大都市、シリコンヴァレーを貫くように分布している。(図1)
2.気候
　気候帯は、乾燥帯、温帯、冷帯の3つが分布している。冷帯は北部全域に、温帯は主に東部に、乾燥帯は西部に分布している。乾燥帯が分布している西部は、ロッキー山脈の影響を受け、偏西風によってもたらされるはずの湿潤な空気が入り込まなくなっているために乾燥している。年間降水量もその乾燥地帯は200mmから400mm程度にとどまる。しかし、全土を見てみると1200mmから多いところでは1600mm程度の降水量がある。
気候別に見ると、亜寒帯湿潤気候は、東部や中西部の大半が属す気候帯で、年間の寒暖の差が激しく、夏は多雨で冬の降..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[農業論第１回（１）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106625/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:44:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106625/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106625/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106625/thmb.jpg?s=s&r=1379223864&t=n" border="0"></a><br /><br />設題（１）
現代世界の食糧問題が、先進諸国における食糧の過剰と開発途上諸国における食糧の不足との併存として現れている要因について分析しなさい。
　その場合、同じ開発途上国であっても、なぜサハラ以南アフリカや南アジア諸国において飢餓問題が生じているのか、考察しなさい。
　・はじめに
　先進諸国における食糧過剰と開発途上諸国における食糧不足との併存として現れている要因を先進国、開発途上国の食糧事情を比較しながら要因を探る。また、開発途上国であるサハラ以南アフリカや南アジア諸国でおきている飢餓問題も考察していく。
　・先進国
産業革命以降工業生産社会となり、農業もまた工業化され、大量生産が必須の要件となった。生産される農作物は商品として扱われ、収穫量が高く、成長の早い品種が開発、栽培され、広大な土地に単品種が栽培されていく。工業化された農業は、機械力の動員はもちろんのこと、大量の化学肥料や農薬が使用される。特に第二次世界大戦後に、化学肥料や農薬の大量投入がなされ、その内容が一新されることとなった。化学肥料や農薬、そして機械は、大規模なエネルギーと資源を使用する工業製品に他ならない。これらを..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本経済史第１回（１）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106623/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:44:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106623/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106623/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106623/thmb.jpg?s=s&r=1379223863&t=n" border="0"></a><br /><br />設題（１）
「大戦ブーム」と「反動恐慌」について論じなさい。
明治維新から第一次世界大戦への過程、特に明治初期の殖産興業、日清、日露戦争が与えた日本の資本主義への影響を考えていく。
政府は富国強兵をめざして殖産興業に力をそそぎ、近代産業の育成をはかるとともに、封建的制度の撤廃につとめ、近代産業の発展の基礎をかためた。政府は１８７０年に工部省を設け、佐渡・生野などの金属鉱山や高島・三池などの石炭鉱山を官営とした。軍部の近代化をはかる意味から東京・大阪の砲兵工廠や横須賀・長崎の造船所の拡充に力をいれた。さらに輸出の中心となっていた生糸の生産に力をいれ、群馬県に富岡製糸場を設けた。１８７３年に設立された内務省は製糸・紡績などの軽工業の分野で、官営模範工場をつうじて民間の機械制生産をうながした。そして１８６９年蝦夷地を北海道と改称して開拓使をおき、１８７４年には屯田兵制度を設けて開拓を行わせ、１８７６年には札幌農学校を開校した。
交通・通信制度の整備にも力がそそがれた。交通では１８７２年東京・横浜間に官営の鉄道が開通した。また岩崎弥太郎の三菱会社に手厚い保護を与えて欧米資本の海運業に対抗させた..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[特別活動論第１回（1）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106622/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:44:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106622/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106622/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106622/thmb.jpg?s=s&r=1379223862&t=n" border="0"></a><br /><br />設題（１）①特別活動の教育的意義について、指定本に言うところと、「学習指導要領」及び「学習指導要領解説」に言うところの比較を含めて論じて下さい。
　　　　　②指定本の「実践編１」について論評してください。その際、「実践編１」の筆者が、どのような意図を持って活動に関わっているかを読み取って、その点を踏まえて下さい。
①
　特別活動とは、学級活動・生徒会活動・学校行事等を総称したものだと教育課程では規定されており、第二次世界大戦後に時間をかけて教育課程に組み込まれ、形式上インフォーマルなものからフォーマルなものになった。
　特別活動の目標として子どもたちが市民的資質を自分たちの中に築いていくことにある。折出は、その資質のキーワードとして、「権利」・「責任」・「参加」・「自治」・「アイデンティティ」の五つをあげ、「子どもたちが問題を自主的・共同的にとらえ、その現状を意味付けながら、その解決のための取り組みの課題意識と見通しを持てるようになる」ことに教育的意義がある、と述べている（折出2008、pp22－23）。学級単位や学年単位、学校単位で起こりうる問題解決の過程で、子どもたちがその問題を自..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[道徳教育指導論　第1回（1）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106621/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:44:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106621/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106621/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106621/thmb.jpg?s=s&r=1379223862&t=n" border="0"></a><br /><br />設題（１）現在の日本の公教育において、道徳教育はどのように行われているか。
その仕組みと特徴について
そうした取り組みが、教師の道徳教育実践を支援するものになっているかどうかについて、具体的な根拠をあげながら述べなさい。
①　現在の日本の公教育での道徳教育の仕組み
公立学校における道徳教育は、学習指導要領第1章総則に記されているように、「道徳の時間を要として学校教育活動全体を通じて行うもの」である。すなわち、「各教科、総合的な学習の時間及び特別活動」を通じて行われるものであって、その中核として「道徳の時間」が置かれる。これを実施するにあたり、「道徳教育の全体計画と道徳の時間の年間指導計画」を作成する。広範なこれらを支える二つの柱は、以下のような内容である。
すなわち、全体計画として各学校の道徳教育の重点目標の設定を行い、各教科、総合的な学習の時間及び特別活動における指導の内容・時期を定める。また家庭、地域社会との連携の方法も必要となる。家庭では人格形成の基本的な場である。そして地域社会での異年齢集団や異世代との交流から、学校、家庭とは異なる学びを経験できる。
これらを組織的で計画的な取..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[地誌学通論第（１）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106620/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:44:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106620/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106620/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106620/thmb.jpg?s=s&r=1379223861&t=n" border="0"></a><br /><br />設題（１）世界のさまざまな地域で見られる自然環境の破壊について、テキスト第３章～第１０章の各地域のうちから二つを選び、その地域における現状と問題点とをまとめて述べよ。
熱帯地域における環境破壊
はじめに、熱帯雨林気候下でのシンガポールについて、シンガポールはマレー半島の南端に位置しており、淡路島ほどの面積を持つ。熱帯雨林気候下にあり、高温多雨である。イギリスの植民地となり、アジアニーズの一国として発展するが、かつてあった熱帯雨林の大部分が失われてしまった。1965年の独立以後、外国資本導入による工業化が推進され、急激な経済成長を遂げた。シンガポールは石油精製基地となり、造船や電気、電子などの工業が盛んである。
しかし、それにともない、環境問題もある。シンガポールは国土が狭く、人口密度が7382.0人/平方キロメートルと高く、経済活動が活発であることに起因している。
　特に水質汚染における海洋汚染が深刻である。石油精製、シンガポール港でのタンカー修理などから発生する汚染排水や、タンカーの座礁事故から排出される廃油などが原因となる。また、積極的な外国資本導入による工業化で、大気汚染も問題と..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[西洋史概説第２回]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106618/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:44:14 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106618/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106618/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106618/thmb.jpg?s=s&r=1379223854&t=n" border="0"></a><br /><br />設題（２）フランス・ブルボン朝の治世を例に、絶対主義について論述しなさい。
Ⅰ　親政の始まりとヨーロッパ情勢
　ルイ１４世は政務の一切を宰相マザランに委ねてきたがマザランの死後権力を自らの手中に掌握することにした。彼は「朕は国家なり」という言葉を残す一方で、「国政に思いをめぐらし、その決定をなすのは、ひとえに国の元首たる者の任務である。他のなすべきは、ただ与えられた命令を実行するのみ」と国政覚書には記している。彼はマザランの家令としてその経理の才能を認められていたコルベールに王国財政を委ねた。
　スペインは新大陸の銀を獲得でハプスブルク家の衰退はおおいがたく、神聖ローマ帝国は３０年戦争のよる打撃により、今やみるかげもない怪物に例えられるほどとなった。スペインとドイツの没落に代わってオランダとイギリス威勢を高めていた。このような時期にコルベールは後にコルベルティスムの名で知られる経済政策を展開した。フランスはそれまでも重商主義政策を推し進めてきたが国際商業におけるフランスの立ち後れは明白であった。さらに重要なことは国際商業を支える国内産業の発展であった。フランスは多様性に富んだ土地を持っ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[西洋史概説第１回]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106617/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:44:14 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106617/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106617/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106617/thmb.jpg?s=s&r=1379223854&t=n" border="0"></a><br /><br />設題（１）ドイツにおける叙任権闘争の経緯とその結果、ドイツ史、ヨーロッパ史に与えた影響について論述しなさい。
Ⅰ　教皇権の目覚め
１０７６年ハインリヒ４世に教皇グレゴリウス７世から書面が届く。その内容はハインリヒが即位後ドイツ国内の教会改革を怠り、俗人の手による聖職叙任を禁止した四旬節公会議の決定にも関わらず、ミラノ大司教、フェルモとスポレトの司教を叙任したことを非難し、破門と廃位との威嚇の下に、ハインリヒの悔い改めを要求したものだった。直接のきっかけとしてはハインリヒが北イタリアの司教叙任を強行したことであり、この闘争を通じて「俗権による聖職者叙任」が争点をなしたばかりではなく教皇権と皇帝権の闘争自体、一つの妥協、ヴォルムスの和約へ到達した。
この闘争の背後には、教権と俗権との関係がいかにあるのか、根本的な意見の対立があったことが挙げられる。ドイツのテレンバハはその本質を「あるべき世界の秩序」をめぐる争いであったとしている。皇帝側からすると「あるべき秩序」は国王が皇帝は世俗の支配者であると同時に「塗油せられたる者」として、国内最高の司祭者でもあった。「杖と指輪」をもって国内の聖職者の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[生徒・進路指導論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106616/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:44:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106616/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106616/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106616/thmb.jpg?s=s&r=1379223853&t=n" border="0"></a><br /><br />設題（１）
学校教育において生活指導（生徒指導）が果たす役割について論じるとともに、戦後日本の学校教育における生活指導（生徒指導）の位置の変化について論じなさい。その際、教科指導や特設「道徳」の時間などとのかかわりに留意すること。
生徒指導とは、本来一人一人の生徒の個性の伸長を図りながら、同時に社会的な資質や能力態度を育成し、さらに、将来において社会的に自己実現できるような資質・態度を形成していくための指導・援助であり、個々の生徒の自己指導能力を目指すものである。（注１）生徒指導が児童生徒一人一人が心身ともに健康であり、社会の中で自己実現できるように個性の伸長を図り、社会的資質を高めることを支援するためのものである。生徒指導は一人一人の児童生徒に対して個別的に行われ、何か問題が起こってから取り組むのではなく、児童生徒が将来にわたり自己実現できるように、開発的、長期的に継続する必要がある。生徒指導の目標として「自己指導力」が挙げられる。そのためには自発性、自律性、自主性の育成が重要である。この自己指導力を育成するためには学校教育全体で行われる教育目標を達成する機能として考える必要がある。..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[人文地理学概論第１回（１）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106614/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:44:12 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106614/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106614/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106614/thmb.jpg?s=s&r=1379223852&t=n" border="0"></a><br /><br />設題（１）２０世紀以降の日本の人口変動の様相について調べ、その特徴をまとめてみよ。なお、人口に関する具体的な数値を示し、かつその出典を明記すること。
　第二次世界大戦直後、日本の人口は海外からの引き揚げ者およそ４９４万人の社会増加と、１９４６年から始まるベビーブームで１９４８年までに８０５万人余りの出生があったことで、増加した。（年次別全国推計人口（明治５～昭和３３年）『人口白書』P.121）
　しかし社会増加は１９４５年が特に高かったのみで、ベビーブームも１９４９年には収束に向かった。出生数・出生率ともに高かったベビーブームが終わると、出生数・出生率は急速に減少し、１９５７年には戦後最低の約１５７万人を記録した。（人口動態統計『人口の動向　日本と世界』P.49）
　出生率変化の特徴を調べるため、１９４７年と１９５５年のデータを比較すると、女子（母）の年齢階級別出生率で２０代の出生率低下の割合が３０％程度であるのに対して、３０代で５０％、４０代で８０％低下しており、高年齢の低下が大きい。出生順位別では、第一児から第三児の出生率はそれほど低下していないのに対して、第四児以上の出生率は大き..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会思想史　第二回（１）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106610/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:44:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106610/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106610/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106610/thmb.jpg?s=s&r=1379223844&t=n" border="0"></a><br /><br />法政大学通信教育部、社会思想史、評価Ａ＋[60]<br />設題（２）１
以下のテーマのうちいずれかを選んで論ぜよ。
１８世紀後半のドイツ思想について論ぜよ。
ドイツ観念論の社会思想について論ぜよ。
　ドイツはイギリスやフランスと異なり近代化が遅れた。それは宗教戦争によりドイツの国土は荒廃し人口も激減したことからあらゆる分野において発展が遅れてしまった。しかし、人間精神は異なっていた。「上からの近代化」によりドイツの啓蒙化は進むが政治、経済の発展が滞ったため現実的生活の改革までには及ばず意識内部の改革へと向かった。その中で１８世紀の啓蒙思想はカントにより完成される。今回はカントについて考えていくことにする。
カントは「啓蒙とは何か」において、啓蒙とは人が未成熟の状態から抜け出すことであるとし、「理性の公共的使用」によって社会全体に啓蒙がもたらされると主張した。理性の公共的使用とは、「教養のある人が読者層全体に向けて自由に発言すること」である。それに対して、理性の私的使用とは、「特定の役職に就いている人の理性の使用」のこと。この場合は、上司の命令を批判する自由は制限されてよいとカントは述べている。つまり、表現の自由を通じて批判的な世論が形成される..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会公民科法第２回（学習指導案）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106608/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:44:03 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106608/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106608/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106608/thmb.jpg?s=s&r=1379223843&t=n" border="0"></a><br /><br />法政大学通信教育部、社会公民科教育法、評価Ａ＋[69]<br />学習内容 
学習活動と指導上の留意 　　　　時間 
資料等 
導
　
入 福島第一原発の事故により原発への関心が高くなってきている。宿題で原子力発電所の長所と短所について調べてきてもらう。それを次の「展開」で発表してもらう。
教師が福島第一原発の事故を説明する。その際、生徒にも被害の内容を知っている範囲で答えてもらう。
例）冷温停止状態
　　津波による破損
　　放射性物質
　　などを挙げてもらう。 
１０分 教師の説明と発問、それに対する生徒の発言。 
展
　
開
ま
と
め １）原子力発電所の長所・短所
（発言例）
原子力：
＜長所＞
・安定、大量の電力
・単価が安い
・温室効果ガスを出さない。
・大気汚染の原因となる酸化物を出さない
＜短所＞
・事故が起きた際、放射能によって土壌や大気を汚染する。
・事故が起きて放射能が流出すると、人が近付けなくなり修復が困難になる。
・処理方法
ウランの残りカス「プルトニウム」を適切に処理する方法が無い。
＜事例＞原子力発電所の問題について深く考える。2011年の福島第一原発の事故によって原発の危険性が明らかになった。セシウムとは？なぜ海岸沿いに..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会・公民科教育法第１回]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106605/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:43:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106605/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106605/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106605/thmb.jpg?s=s&r=1379223836&t=n" border="0"></a><br /><br />法政大学通信教育部、社会公民科教育法、評価Ａ＋[69]<br />設題（１）
テキスト第１編「中学校社会科の課題と実践」をすべて読んで何を学び考え、テキストからどのように今日の中学校社会科の課題を理解したのか述べなさい。
そして、その課題に答える内容の学習指導案（１時間分）の一例を作成して下さい。指導案は地理か歴史分野のいずれかを選ぶ。かならず教材（コピー可）も一枚付けて下さい。
Ⅰ　はじめに
　先進国であるがゆえに地理、歴史、の授業は主観的な、そして公民においては私たちにとって身近な問題を扱っているにも関わらず教科書では具体的な事例が挙げられていない。そのため身近で起こっていても興味、関心を持てないこともある。また、生徒参加型の授業を行うことで生徒自身が主体となって学ぶ必要がある。ここでは地理、歴史、公民科教育における課題（第Ⅱ節）を挙げ、そして子どもが自ら学ぼうとするためには教師がどのようなことに注意しなければならないか。また、テキストの実践例を基に教材選定とよりよい教材作りをするために必要なことを考えていく（第Ⅲ節）。そして最後に生徒と教師が客観的に物事を捉え、そして生徒が主体となって学習できる環境を教師が整えるためには何が必要かを考えていく..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会・公民科教育法第2回]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106604/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:43:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106604/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106604/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106604/thmb.jpg?s=s&r=1379223835&t=n" border="0"></a><br /><br />法政大学通信教育部、社会公民科教育法、評価Ａ＋[69]<br />設題（２）
テキスト第２編をすべて読んで、何を学び考え、また自ら今日の若者の政治・社会意識の現状と特徴を分析し、その両方から導かれる高校公民科教育の課題について述べなさい。
そして、その課題にこたえる公民科の一科目の指導案（１時間分）を作成して下さい。教材（コピー可）をかならず一枚付けて下さい。
Ⅰ　はじめに
今やグローバル化が進む中で国家主義が再び登場してくる社会になった。人権、民主主義は国家主義に抑圧されつつある。それを回避するためには公民科で人権、民主主義について学ぶ必要がある。しかしその公民科教育は、国家主義的な道徳を植え付けようとしている。また、高校公民科の授業実践を踏まえて問題の解決を導く。
Ⅱ　人権・民主主義の学習
　人権とは個人を取り巻く社会が生きる権利を保障することである。これは私たち人間が当たり前のように持っている権利である。「すべて国民は健康にして文化的最低限度の生活」を保障し、「義務教育は、これを無償とする」というものは国会に請願した結果盛り込まれていた。よって日本国憲法が押しつけではないと言うことでもある。また、情報化時代となったためマス・メディアを通じて世界がつながるようになった。情報はありふれるようにはなったが、国家や企業が巧妙に情報を操作することも可能となった。国民主権の立場から新しくできた権力に対してどう規制すべきかという視点も必要になっている。
　民主主義の重要な内容は人間の尊厳を承認するという基礎の上で個々の人間の対等平等性を主張することである。また、機構原理として機能するためには人間の自由と平等が必要である。しかし対等平等をうたっているが、経済格差や雇用不安、差別問題など人間の尊厳を揺るがすような大きな課題である。経済活動はグローバル化したことにより生活破壊や環境破壊を引き起こすことにもなった。これらから私たちは人間の尊厳、対等平等性の実現を目指して不断に努力しなければならない。
今日では国民国家を越えてＮＧＯなどの活動も大きな広がりを見せている。民主主義を守り発展させることは私たちの責任である。
Ⅲ　高校社会科教育の解体と政治介入
　戦後、社会科教育は平和で、民主主義的社会を形成する人間を育成する教科として再編される。しかし、１９５７年の第三次学習指導要領改訂では指導要領が「法的な拘束力」を持つものとされ、「道徳」を特設..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[工業論第２回]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106602/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:43:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106602/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106602/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106602/thmb.jpg?s=s&r=1379223834&t=n" border="0"></a><br /><br />法政大学通信教育部、工業論、評価Ａ＋[54]<br />設題（２）
後進国の工業発展と技術革新について、第二次世界大戦後の日本のケースについて論じよ。また、アジアＮＩＥｓ、ＡＳＥＡＮ、中国、インドなどから最低一国を選択し、工業発展と技術革新の観点より日本のケースと比較検討し、結論を導け。
＜日本の工業発展と技術革新＞
第二次世界大戦後の日本について、戦後の日本が急速に回復した理由は朝鮮戦争に伴う、特需であった。後方補給基地として、アメリカが食料や雑貨、資材の調達、船舶・車両等の修理、などを日本で行ったため経済が活性化した。そして1955～73年の20年近くの間、日本経済は成長率が年平均10％をこえる高度成長を続け、国民総生産であるＧＮＰは、1968年に資本主義国ではアメリカにつぐ第2位の規模に達した。鉄鋼・造船・自動車・電気機械・化学などの部門が、アメリカなどの技術革新の成果を取り入れて設備を更新し、石油化学・合繊繊維などの新部門も急速に発達した。鉄鋼業の例を取ると、薄板圧延方式からストリップ・ミル方式を導入することで大量生産が可能となった。こうした薄板での量産方式の導入は自動車、家電などの耐久消費財産業への原料供給体制を築くものとなった。..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[経済史第２回]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106600/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:43:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106600/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106600/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106600/thmb.jpg?s=s&r=1379223827&t=n" border="0"></a><br /><br />法政大学通信教育部、経済史、評価Ａ＋[54]<br />設題（２）第２次大戦が生じた経済的要因とは何か。第１次大戦後のドイツおよびアメリカ経済のそれぞれの状況を踏まえて論じなさい。とくに、1920年代と1930年代の両国経済のあり方を十分に比較・対照しながら、ドイツがなぜ大戦までに至ったかに留意して、この課題に取り組みなさい。
＜ドイツ経済＞
（１）第一次大戦後のドイツ経済
第一次世界大戦の敗戦国ドイツについてロンドン会議では、ドイツは１３２０億マルクもの多額の賠償金を払うよう決定した。これは天文学的な賠償金の額であり、とても払える金額ではなかった。これにより、ドイツはこの賠償金の支払いを滞らせるようになった。しかし、この賠償金の不払いによりフランスは、ドイツでも有数の工業地帯のルール地方を占領した。これによりドイツ経済は致命的な打撃を被り破綻状態となった。失業率は１０％を超えた。これに対し、政府は企業の補償と失業者の生活保護のために巨額の不換紙幣を乱発した結果、ハイパー・インフレが生じた。ドイツのハイパー・インフレが収束したのは、シャハト氏が新たにドイツの中央銀行であるレンテン銀行を設立し、そのレンテン銀行の総裁に就任してからであった。シ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[教育相談第１回（２）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106598/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:43:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106598/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106598/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106598/thmb.jpg?s=s&r=1379223826&t=n" border="0"></a><br /><br />法政大学通信教育部、教育相談、評価Ａ＋[57]<br />設題（２）カール・ロジャーズ（Carl Rogers）のカウンセリングの要点を紹介し、それらを青年期の生徒の指導に用いる場合の注意点と問題点、限界を考察せよ。
＜ロジャーズのカウンセリングとパーソナリティ理論＞
　　カウンセラーが来談者に対して指導、助言、指示を与えるのではなくカウンセラー主導の関係から来談者の能動性とした。その一方で能動性が引き出される契機として、カウンセラーの存在と役割を重視している。これを来談者中心療法という。来談者中心療法は、来談者が自己受容・自己成長により問題を解決するとした。それにはロジャーズの人間観である「自己実現傾向」があることによって説明することができる。人間は有機体として、生理・心理的発達、分化、成熟へ向かう傾向を示し、依存から独立へと発展。欲求を満たすために、自動的に調和を保つように機能する傾向を本来持っていると考えた。すなわち、人はどのような時でも自己の人間的な成長を目指す前向きな姿勢を持っているということである。来談者はカウンセリングがうまくいくと自己不一致から自己一致へと向かう。自己不一致の状態とは不適応状態のことでこれは「自己概念」が「経験」とかけ離れ固定化した時に起きる。理想的自己と現実の自己との隔たりも大きい。（注１）自己概念とは自分についての認知であり、経験は個人の内面的世界である。ここで来談者の主体的経験が尊重されて明らかにされると自分の感情を感じ取れるようになる。そして来談者が自分の経験と自己概念の不一致に気付けば自己不一致から自己一致へと変化する。
ロジャーズはカウンセラーの役割を重視した。来談者の能動性を前提としている一方来談者の能動性を引き出すためにその役割について重視している。ロジャーズはカウンセラーに共感的理解、無条件の積極的尊重（受容）、自己一致を求めた。
共感的理解とは、共感は同一化とは異なり、「あたかも」同一化しているようにみえることである。共感とは一つになることではなく、別の二つが全身で浸透しあった状態をさす。人が何かを選択し、行動する背景には、その人の理由がある。それを、ロジャーズは、「内的準拠枠」と呼んだ。相手の内的準拠枠を理解しようとしなければ、話し合いは往々にしてすれ違う。つまり共感とは、自分の中の価値判断を押し付けて相手と一つになることではなく、カウンセラーはカウンセラー、来談者..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[教育相談第１回（１）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106597/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:43:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106597/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106597/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106597/thmb.jpg?s=s&r=1379223826&t=n" border="0"></a><br /><br />法政大学通信教育部、教育相談　評価Ａ＋[57]<br />設題（１）
　いじめの事実を思い浮かべつつ、思いやりがあって権威に盲従しない、しっかりした人格を形成するために、教育はどのような援助が可能か考察せよ。
　＜思いやり行動を促進する条件とは＞
　いくつかの関連性で思いやり行動が検討されてきた。まず、子どもの性や家庭での出生順位、家庭の社会経済的地位などの人口統計的変数。つぎに子どもが社交的か否かと社会的状況の中での対処能力。そして他者に対する同情や共感的反応性と関係している。またＩＱ、他者の視点取得能力などの認知的発達をあらわす能力である。最後に思いやり行動に一貫性を示しているかである。
　これらの思いやり行動を促進するには彼等を取り巻く環境が大切である。最も思いやり行動に影響を与えるのは家族である。その思いやり行動を促進するために親は誘導的なしつけをし、他者の視点、共感性、同情心を奨励する。次に友だちやクラブ、近所の人、教会、学校といった家庭外の影響である。こういった自分を取り巻く環境で相手を思いやる行動は育まれていく。
　＜権威に盲従するメカニズム＞
ミルグラム実験の実験から、約６５％の被験者たちが、隣室から聞こえる悲痛な叫びと実験..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[教育の制度経営第１回]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106596/]]></link>
			<author><![CDATA[ by teimeisen12]]></author>
			<category><![CDATA[teimeisen12の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Sep 2013 14:43:45 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106596/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945510795965@hc13/106596/" target="_blank"><img src="/docs/945510795965@hc13/106596/thmb.jpg?s=s&r=1379223825&t=n" border="0"></a><br /><br />法政大学通信教育部、教育の制度経営　評価Ａ＋[66]<br />設題（１）テキスト『学校経営』（小島弘道編著、2009年）の確証には、その末尾に「考えてみよう」というコラムがあります。これらを参考にしながら、日本における教育の経営と制度に関する問題や課題について、自分なりに自由にテーマをたて、テーマに即した資料や事実を探し、先行研究などを参照して、そのテーマを論じて下さい。なお、論述に際しては、冒頭の１行目に２０字以内で具体的なテーマを記し、次の１行をブランクにして、本文を書き始めて下さい。
Ⅰ　はじめに
最近教師が精神を病み休職したり、自殺をするケースが増えている。教師は人間と接する機会が多くストレスを抱えやすいと考えられる。しかし、それ以上に教師としての業務とは異なるものが多く存在していることも言える。例えば親が出来ないようなしつけを教師や学校が対応すること。また、最近では給食費の徴収を教師がやるなど教師の多忙化も挙げられる。今回は小野田正利氏の「悲鳴をあげる学校」からイチャモンをつける保護者と地域住民の問題点（第Ⅱ節）とどのように対応すべきか（第Ⅲ節）、そして地域の在り方（第Ⅳ節）を考える。最後に学校と地域がどのように今後協力していく必要が..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[2011年度 地理学 第二課題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948219509622@hc12/102533/]]></link>
			<author><![CDATA[ by nnncap]]></author>
			<category><![CDATA[nnncapの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 14 Apr 2013 13:38:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948219509622@hc12/102533/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948219509622@hc12/102533/" target="_blank"><img src="/docs/948219509622@hc12/102533/thmb.jpg?s=s&r=1365914293&t=n" border="0"></a><br /><br />評価：C[10]<br />2011年度 地理学 第二課題
世界主要国の農産物・食料自給率の変化を調べ、国によって事情がどのように異なるかをそれぞれの背景を踏まえながら説明せよ。5か国以上をとりあげ、その中に日本とアメリカを必ず入れること。
　世界の農産物・食料自給率は、1990年代中頃から2000年代にかけて激変しており、これまでの世界の農業生産・食糧供給の常識を変えつつある。以下に世界の国々の中から日本・アメリカ・フランス・インド・中国の農産物および食糧事情について述べる。
日本
　日本では、1990年代初頭から生鮮野菜の輸入が急増し、10年間に約3倍近くまで上昇した。特に中国からの輸入が増加傾向にある。1970年代初頭においては、食料自給率が80%以上あったが、農産物輸入の自由化を進めた結果、2010年では69%まで落ち込んでいる状況にある。カロリー率では40%、穀物率で28%、
主穀率で60%となっており、世界では自給率向上している中で、日本は低下させている。近年その自給率を上げるべく、食料・農業・農村基本法を制定し、国家事業として施策を講じている。
　米は日本の最重要の農産物であり、自給率も100%を達..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本におけるファーマーズ・マーケット(農産物直売所)の概要とその必要性～「わいわい市(神奈川県)」の訪問レポートと併せて～]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428579401@hc07/62523/]]></link>
			<author><![CDATA[ by cafe bossa]]></author>
			<category><![CDATA[cafe bossaの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 24 Jan 2010 23:07:50 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428579401@hc07/62523/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428579401@hc07/62523/" target="_blank"><img src="/docs/983428579401@hc07/62523/thmb.jpg?s=s&r=1264342070&t=n" border="0"></a><br /><br />「ファーマーズ・マーケット(農産物直売所)の概要と存在意義」
～「わいわい市(神奈川県)」訪問レポートと併せて～
大量生産・大量消費時代、大量流通システムは確実に私たちの食生活を豊かにした。しかし、その一方で、生産者と消費者の顔がお互いに見えなくなった結果、生産者のモラルの低下と消費者の安ければ安いほどよいという考えが相まって、食に対する安全性や信頼を失うようなニュースが後を絶たない。他方、海外から日本に届く輸入農産物は、新鮮さに欠けているだけでなく、その栽培過程や保存方法が見えづらく、農薬の使用など消費者にとっては何となく不安を覚えるものである。そのような今日、生産者と消費者の結びつきを取り戻すための接点として、私が注目したのは、「ファーマーズ・マーケット」といわれる農産物直売所である。
ファーマーズ・マーケットとは、複数の農家が自分の農場で作った農作物を持って集まり、消費者に直接販売することで、路上で取り引きされる素朴な朝市タイプや庭先での販売等個人レベルの小さいのもファーマーズ・マーケットとよばれるものである。近年では、農協（JA）が直営している、一定の売り場面積がありスーパーマ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[R0710地誌学第2設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951610706184@hc11/96832/]]></link>
			<author><![CDATA[ by gaito]]></author>
			<category><![CDATA[gaitoの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 10 Sep 2012 17:55:35 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951610706184@hc11/96832/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/951610706184@hc11/96832/" target="_blank"><img src="/docs/951610706184@hc11/96832/thmb.jpg?s=s&r=1347267335&t=n" border="0"></a><br /><br />第２設題：アメリカ合衆国について、自然環境と経済活動を中心とした地誌を作成せよ。 
□自然環境 
（１）地形
アメリカは東西約4000km、南北約2000kmという広大な面積をもつ。西部には幅約2000kmの巨大な広がりを持つ山地域、東部には幅500km内外の山地域がある。
東部から南部にかけて、メーン州からテキサス州にいたる海岸平野が広がる。この平野は海岸線に向かって傾斜しており、沖合には大陸棚が分布する。アパラチア山脈が隆起する一方で大西洋側が沈降したため、地層は内陸から大西洋方向に傾いている。アパラチア山脈は、カナダのセントローレンス湾からアラバマ州にかけて延びている。
東のアパラチア山脈と西のロッキー山脈の間には、広大な内陸低地が存在する。中央部と東部にかけて標高500ｍ以下の中央低地が広がり、低い丘陵が卓越する。北部では、氷河作用により地形が大きく改変され、五大湖をはじめとして、数多くの湿地が存在している。中央低地の西側には、平坦なグレートプレーンズが南北に延びている。グレートプレーンズは、アメリカの発展を支えてきた農業地..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学　地誌学　設題２合格レポート（図付き）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955990722919@hc10/91396/]]></link>
			<author><![CDATA[ by みっちゃん]]></author>
			<category><![CDATA[みっちゃんの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 09 Mar 2012 16:19:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955990722919@hc10/91396/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955990722919@hc10/91396/" target="_blank"><img src="/docs/955990722919@hc10/91396/thmb.jpg?s=s&r=1331277592&t=n" border="0"></a><br /><br />教科書・参考資料をもとに作成したオリジナルレポートです。
レポート作成の参考にして下さい。[133]<br />『アメリカ合衆国について、自然環境と経済活動を中心とした地誌を作成せよ。』
アメリカ合衆国概要
北アメリカ大陸（北極海からパナマ地峡までの北半球でアングロアメリカとも称される）の中央に位置するアメリカは、大西洋から太平洋まで広がる巨大な大陸国家である。その国土面積は約９６３万ｋ㎡で日本の２５倍にも及び、本土だけでも東西に約４０００ｋｍ・南北に約２０００ｋｍという広大な領域を持つ。また、本土４８州に大陸北部のアラスカと太平洋のハワイの２州を加えた５０州の連邦から成り立っており、人口規模は約３億８７５万人と、国土と人口の両面で世界第３ないし４位を誇る。このように広大なアメリカ合衆国では、地形・気候などの自然条件や、経済・産業なども地域によって大きく異なる為、地誌の作成に当たっては地域の多様性に留意してみていく事とする。
アメリカ合衆国の自然環境の特色
地形・地質
　西部は盆地や高原などの山脈と谷を有した幅約２０００ｋｍの山地域からなり、ロッキー山脈が代表的山脈となる。その大山地は日本列島や南アメリカを含む環太平洋造山帯の一部を構成している。これに対し、東部ではアパラチア山脈を主体とする幅５００ｋｍ内外の緩やかな山地と丘陵が大西洋に面する海岸平野を伴って存在する。この海岸平野はミシシッピ川に沿って内陸部へ入り込み、中央部の中央平原へと続いている。東西の山脈に挟まれた内陸の平原は幅約１５００ｋｍにも及び、メキシコ湾から北極海まで逆三角形に広がる低地帯が続いている。また、アラスカはツンドラ平原から切り立った山と深い峡谷が続き、ハワイは火山島という特徴を持つ。
気象・気候・災害
　アメリカ本土の一般的気候は、夏は高温多湿・冬は低温乾燥が特徴であるが、大陸度・山脈の高さや走向・水陸分布・海流などによって、地域毎に気象や気候の差がある。また、偏西風の影響により大陸西岸は海洋的気候、東岸は大陸的気候に大きく分ける事が出来る。地域毎の特徴的な気候は以下の通りである。（別紙図１・気温統計図２）
東北部（夏涼冷帯湿潤気候）
　　夏は温暖で冬はかなり寒く、年較差が大きい。
東中央部（夏暖冷帯湿潤気候）
　　一年中雨が多く、冬は多量の積雪をみる。
東南部（温暖湿潤気候）
　　季節風が吹きこみ雨量は多い。夏は高温多湿で冬は比較的
　　寒く乾燥が目立つが、四季の変化があり気温の年較差は大
　　..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[地誌学第一・第二設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950915929819@hc11/91243/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ＊＊るか＊＊]]></author>
			<category><![CDATA[＊＊るか＊＊の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 07 Mar 2012 18:26:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950915929819@hc11/91243/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950915929819@hc11/91243/" target="_blank"><img src="/docs/950915929819@hc11/91243/thmb.jpg?s=s&r=1331112384&t=n" border="0"></a><br /><br />2011年度B評価レポートです。
設題１，２のセットです。
適宜修正してお使いください。[118]<br />第一設題：あなたが居住する市区町村の地域的特徴を明確にした地誌を作成せよ
筆者が居住するのは京都市である。京都はかつて都が置かれた日本を代表する古都であり、毎年国内外を問わず多くの観光客が訪れる一大観光都市でもある。現在、市内には14の世界文化遺産が点在しており、滋賀県と京都市左京区にまたがる延暦寺と宇治市の宇治上神社、平等院を合わせると17となり、これは国内でもっとも多い数となる。京都市にとっても観光は市政を支える重要な産業の一つとなっている。そこで、今回は観光産業に着目した京都市の地誌を作成する。
1．概要
京都市は、面積827，90㎢、人口1,473,017人(2012年1月1日現在)で、関西では大阪市、神戸市に続き、第3位、全国でも6位(東京都を除く)の人口規模となっている。
京都府南部に位置し、東には比叡山、東山連峰が連なり、北は愛宕山、北山の連山がそびえ、西の山々は保津川を挟んで嵯峨、嵐山の山渓を作り、南は大阪平野に開けている。三方を低くなだらかな山々に囲まれる京都盆地は、数万年前は湖底であったと言われている。北と東の山々から運ばれる土砂が堆積し、地盤の隆起とともに生まれ、現在の東北から西南へのなだらかな地形の基盤を形成してきたと推定されている。周囲を山々に囲まれた京都盆地では山に源流を持つ鴨川や桂川などが地形に沿うように市街地を南下している。三方を山に囲まれていることから、全市域の約60％が山林であり自然豊かである。また約10％が田畑で、田園風景もみられる。住宅地は約20％を占めている。山林は主に市域北部と西部に多く、田畑は西部と南部で比率が高い。住宅地は中心部と南部、東部で比率が高い。
気候については、瀬戸内海式気候と内陸性気候を併せ持つ。四季の移り変わりが明瞭であり、このことから一年を通じて京都市が観光地としてにぎわう要因の一つにもなっている。一方、夏と冬また昼と夜とで温度差が大きいく盆地都市特有の気候の厳しさがある。特に冬の寒さに関しては「京の底冷え」と言われるように厳しい印象があるが、関西の中でも特に低温ということはない。しかし、市内でも中心部と郊外では気温差が大きく、郊外の寒さは厳しい。北の方ほどより寒く、市内中心部では降雪がなくても左京区の岩倉や北区の原谷では積雪や氷点下になっている事がある。このように同じ京都市内といえども、地域による..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「日本農業の構造変容と地域農業の担い手」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960121628421@hc09/88036/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sangkong]]></author>
			<category><![CDATA[sangkongの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Nov 2011 22:12:17 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960121628421@hc09/88036/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960121628421@hc09/88036/" target="_blank"><img src="/docs/960121628421@hc09/88036/thmb.jpg?s=s&r=1321017137&t=n" border="0"></a><br /><br />「日本農業の構造変容と地域農業の担い手」
田林　明
経済地理学年報　第53巻第１号pp.3-25
Ⅰ　はしがき
日本農業がかかえる課題
　　&rarr;最も深刻なものと考えられるのが農業の担い手の育成
施設型農業では、零細規模の家族経営が離脱する一方、企業的経営体として成長し、技術的にも収益的にも高度な水準に達する。
　　　&rarr;しかし、稲作を中心とした土地利用型農業については、多数の零細家族経営が農外就業を取り組みながら存続。経営体として成長し、自立したものは少ない。
日本の農業においては多数の零細な農家が主体
　　共有の原野や林野、水利などを共同で維持管理する必要
　　&rarr;集落や旧町村といった一定の範囲で、土地利用整備や農業経営の方針が決定されることが多かった。
農業経営学、農業経済学における研究
&rarr;農業経営の収益性・効率性や高度な技術導入による合理性の追求、経営体の発展条件の解明、経営管理方法の提示などを意図したり、経済的視点から農業構造の性格や問題を解明するものであった。
地理学の分野では、環境保全の形成型農業の形成過程とその成立条件、地域的意義について高い関心。その他、稲作の生産組織や集落営農に関する研究がある。
&rarr;しかし、研究の蓄積が不十分。研究事例を積み重ね、それを系統的に整理し、全体として稲作農業の担い手にはどのような地域的形態があり、それがどのような地域現象を出現させ、それにはどのような地域的条件が関わってくるかを検討する必要がある。
Ⅱ　日本の農業の課題と地域農業の担い手
１．日本農業の構造変容
第２次世界大戦後の日本農業
専業農家、第１種兼業農家をあわせると72.5％
&rarr;　農業に強く依存する農家が多かった（本論第1-a図）
　1960年代中頃　急速に兼業が浸透
第２種兼業農家のみで全体の65.1％
1980年代後半　総農家数の減少&rarr;2000年の農家数は1980年の66.9％
　所得の割合　&rarr;1955年は67.4％。1980年以降は13~17％で停滞
農産物粗生産額（第1-b図）&rarr;1955年を基準とすると、1970年と1980年はそれぞれ2.8倍と6.2倍
　消費者物価指数　&rarr;1955年を基準とすると1970年と1980年はそれぞれ1.9倍と4.5倍であることから、1970年代の農産物粗生産額の増加は物価上昇を上回るものであった。
　農産物粗生産額構成比
&rarr;..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[＜明星大学通信教育部＞754初等国語科教育法１単位目]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955814953635@hc10/85680/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ma2juky]]></author>
			<category><![CDATA[ma2jukyの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 07 Sep 2011 15:26:33 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955814953635@hc10/85680/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955814953635@hc10/85680/" target="_blank"><img src="/docs/955814953635@hc10/85680/thmb.jpg?s=s&r=1315376793&t=n" border="0"></a><br /><br />問　第５学年に、文章表現の技能を習得させるうえで必要なことを、自ら「文章」を書き、かつ、以下について論述する。講評　a 多様に c 共生では抽象的。自分なりに言いたいことを具体的に３　概説的になっている。具体的にわかりやすい文章とするこ[346]<br />２　a 取材メモ：　ベッドタウン・新興住宅地・建築ラッシュ・おしゃれな店・農地・豊年祭り・高齢化・後継者・荒地・介護施設・貸農園・家族・交流
ｂ　町の特色の整理：ベッドタウンであるが、もともとは農業を中心としてきた町である。ｃ　世代間のギャップあはるが、それぞれの工夫で協力し、共生していく可能性のある町ｄ　①地理的条件：交通機関があること・ベッドタウンであること・駅前の様子・建築ラッシュであること②不足している施設がまだあること③古くから農業を営んできた人たちは伝統を守って生きていること④農村部では高齢化が進み、農業の後継者がいないこと。⑤農村部では荒地を貸農園とし始めたこと。⑥生きがいや趣味で貸農園を借りる人が増え始めたこと。⑦新しく町に来た人と元々農業をやっていた人たちの間交流が始まったことに。e　中心地に通勤する人たちの様子を書いた後、農業を営む人たちの様子を対比させながら、そこにある世代間のギャップを伝え、双方が共生していく道を探りつつあることを知らせる文とする。
３「私の住んでいる町」私の住んでいる町は中心地に近いベッドタウンである。市そのものにはそれほど産業がなく雇用もあま..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[生物学実験（乳）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/954172881627@hc10/82520/]]></link>
			<author><![CDATA[ by horitomo_0912]]></author>
			<category><![CDATA[horitomo_0912の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 20 Jun 2011 21:49:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/954172881627@hc10/82520/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/954172881627@hc10/82520/" target="_blank"><img src="/docs/954172881627@hc10/82520/thmb.jpg?s=s&r=1308574164&t=n" border="0"></a><br /><br />実験, 測定, 方法, 温度, 定量, 判断, ペット, 規格, 製造, 保存[81]<br />【諸論】
今回の実験では、乳の検査をした。乳は食品として人間の生活上重要な位置を占めているため、その製造法・保存規格・成分規格・添加物・器具・容器・包装・検査法・等級などに関して、厚生労働省・農林水産省の省令・告示によって定められている。実験では官能検査、アルコールテスト、滴定酸度、比重、乳脂肪の定量を調べた。
【材料】
１）生分規格
　　無脂乳固形分・・・8.0％
　　乳脂肪分・・・・・3.0％
　　比重・・・・・・・1.028～1.034
　　酸度（乳酸）
　　　　　・ジャージー種の牛の乳のみを原料とするもの以外・・・0.18％以下
　　　　　・ジャージー種の牛の乳のみを原料とするもの・・・・・0.20％以下
　　細菌数（直接個体鏡検法で1ｍｌ当たり）・・・50,000以下
　　大腸菌・・・陰性
２）製造の方法の基準
　　A　６２～６５℃までの間で３０分間加熱殺菌するか、またはこれと同等以上の殺菌効果を有する方法で加熱殺菌。
　　Ｂ　他物を混入してはならない。
　　Ｃ　瓶の小分けして密栓する場合には、瓶詰め機械及び打栓機によっておこなうこと。
３）保存の方法の基準
　　殺菌後直ちに..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[貿易論（科目コード0822)　分冊1　合格　日本大学通信　]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961003089747@hc08/80669/]]></link>
			<author><![CDATA[ by trek]]></author>
			<category><![CDATA[trekの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 18 Apr 2011 20:39:45 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961003089747@hc08/80669/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961003089747@hc08/80669/" target="_blank"><img src="/docs/961003089747@hc08/80669/thmb.jpg?s=s&r=1303126785&t=n" border="0"></a><br /><br />WTO（世界貿易機関）の内容とそれ以降の貿易の変化について述べなさい。参考文献有り。[120]<br />ウルグアイ・ラウンドの結果、1995年1月1日に世界貿易機構(WTO)が誕生した。第二次世界大戦直後のITO構想から半世紀を経て、ようやく貿易に関する国際機関が誕生したのである。GATTの諸規定は、WTOが管理する諸規定に置き換わり、WTOは正式な国際機関として加盟国に貿易交渉の場を提供することになった。
　ITO憲章（ハバナ憲章）の暫定的協定としての性格しか有していなかったGATTとは異なり、WTOはWTO設立協定で認められた正式な国際機関である。このWTOはIMFおよびIBRDと並ぶ国際機関として、国際貿易体制を支える大きな柱になることが期待されている。WTOの本部はスイスのジュネーブに置かれ、153ヶ国(2008年10月現在)が加盟しており、現在、30ヶ国・地域が加盟申請中である。このように、WTO加盟国が拡大するにつれて、WTOは今やあらゆるビジネス分野から注目を集め、大きな求心力をつけた国際機関になりつつある。
　GATT時代は、締結国団が最高意思決定機関であり、年に１回総会を開催していた。WTOにおいては、少なくとも２年に１回開催される閣僚会議が最高意思決定機関である。こ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[農家の兼業化がすすんだ要因について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432258801@hc05/79216/]]></link>
			<author><![CDATA[ by a2ab1055]]></author>
			<category><![CDATA[a2ab1055の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 16 Feb 2011 20:41:05 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432258801@hc05/79216/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432258801@hc05/79216/" target="_blank"><img src="/docs/983432258801@hc05/79216/thmb.jpg?s=s&r=1297856465&t=n" border="0"></a><br /><br />参考資料：現代日本農業の根本問題 (SERIES現代経済分析) 
著者：工藤 昭彦  出版社： 批評社[123]<br />農家の兼業化が進んだ要因について
兼業標準化が進んだ要因は大きく分けて以下の３つにすることができる。
まず①プル要因としての労働市場の展開、②プッシュ要因として農家世帯員の置かれた事情(農工間所得格差拡大)、③構造的要因として戦後農地改革の影響、兼業というかたちででも農業を続ける動機があるというようにあげられる。
以下ではこの３点について説明する。
①労働市場の展開
はじめに労働市場の展開からみていく。日本は戦後～オイルショックまでの期間は驚異的な高度成長を続け、その後低成長時代に入った。この高度経済成長によって製造業・建設業が拡大したために、農家労働力が商品として資本に吸収された。農家労働力に対して資本側から強力な需要があったため、プル要因として作用した。
さらに高度経済成長によって大都市工業地帯だけでなく、全国各地に地域労働市場が展開した。これによって在宅就職というかたちで周辺地域労働市場に労働力が吸収される傾向が強くなった。さらにこれは年齢・性別とは関係なく世帯員がそれぞれの状況に応じて若年層から中高年層まで就業可能な場が広がりこれもまたプル要因となった。
②農工間所得格差拡大
..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本農業問題およびコメ過剰問題、農産物輸入について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432258801@hc05/79215/]]></link>
			<author><![CDATA[ by a2ab1055]]></author>
			<category><![CDATA[a2ab1055の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 16 Feb 2011 20:41:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432258801@hc05/79215/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432258801@hc05/79215/" target="_blank"><img src="/docs/983432258801@hc05/79215/thmb.jpg?s=s&r=1297856464&t=n" border="0"></a><br /><br />参考資料：現代日本農業の根本問題 (SERIES現代経済分析) 
著者：工藤 昭彦  出版社： 批評社[123]<br />日本の農業問題の変遷およびコメ過剰問題、農産物輸入の現状について
　
１．日本の農業問題について
規模拡大農家は年を追うに従い、さらに規模拡大を進めるのではなく兼業化を進めてきた。農家の階層を超えて兼業化が進んだことにより、担い手農家の喪失という事態が起きた。それによりかつての農業問題＝貧困問題とは性格の異なる農業問題＝環境問題が顕在化し始めてきた。
戦後農家の階層変動の傾向としては大規模農家と小規模農家の両極分化が進んできた。しかし伸び率が一番大きい５．０ha以上の農家は農家総数の０．７％にすぎない。ある農家が拡大しては転落し、別の農家が拡大しては転落するということが繰り返されてきたので大規模農家がごく少数派なのである。
そして規模の大きな農家が安定して経営を継続、拡大するには支えるための労働力がなければならない。いくら機械化が進んでも作業をスムーズにするには２～３人は必要である。しかしこの条件を満たす農家はかなり限られている。農業労働力の保有状態を見ると農業専従者が誰もいない農家は８割を超えている。６０歳以下の男子専従者がいる農家は２％ほどしかない。農家という形態はしているがまとも..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[●穀物貿易の展開、コメの国際市場]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432258801@hc05/79122/]]></link>
			<author><![CDATA[ by a2ab1055]]></author>
			<category><![CDATA[a2ab1055の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 14 Feb 2011 03:16:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432258801@hc05/79122/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432258801@hc05/79122/" target="_blank"><img src="/docs/983432258801@hc05/79122/thmb.jpg?s=s&r=1297620987&t=n" border="0"></a><br /><br />農業経済学特別講義Ⅰレポート　　　　　　　　　　　　　
１．穀物貿易の展開と今後の穀物貿易をめぐる条件について説明せよ。
1980年代の穀物貿易から90年代以降の世界(特に先進国・中国)の穀物貿易の動き、世界の食糧問題についてまとめる。
1980年代は世界的に穀物過剰問題が表面化した。その要因としては石油価格の下落、国際的累積債務問題により穀物輸入需要が減少し穀物の国際価格が大幅に低下したということがある。さらにアメリカとＥＵ（当時ＥＣ）の補助金つき穀物輸出競争の激化がある。EUは1962年に成立した共通農業政策(CAP)により小麦を中心として穀物増産を行い穀物の自給を達成した。しかしそこで増産は止まらずに進んでいったために穀物の過剰生産が問題になった。ここでこの余剰穀物を処理するために過剰となった生産物に輸出補助金をつけて輸出を行うという方法が取られた。またそれまでは穀物輸入国であった東南アジア諸国が緑の革命の成功により米の増産・米の自給化が強まり輸入需要が減少したということも一因となっている。
1990年代は世界の穀物貿易をめぐり新たな動きがあった。１つはアメリカを中心として市場原..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[人文地理学1]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958457868540@hc09/78889/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lampway]]></author>
			<category><![CDATA[lampwayの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 10 Feb 2011 01:19:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958457868540@hc09/78889/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958457868540@hc09/78889/" target="_blank"><img src="/docs/958457868540@hc09/78889/thmb.jpg?s=s&r=1297268361&t=n" border="0"></a><br /><br />『近代以降の日本の農業の地域的変容と現代の農業問題を簡潔にまとめたうえで、自分の住む都道府県における農業問題とその要因について地図や図、表・写真を２枚以上用いて論述せよ。』
日本の農業の変遷と農業問題
　第二次大戦前までの日本の農業は、大きく２つに分けられていた。それが「東北型」と「西南型」である。
　「東北型」とは、土地の所有者自身が耕作し、耕作面積は広いが収穫高は伸び悩み、西南型に比べ非効率的なものである。それに対して「西南型」は、地主と耕作者（小作人）が別で、小作人は地主に土地を借りて農作物を作り、そこで収穫されたものを小作料として地主に納めるものである。そして、北陸の魚肥の導入や佐賀県の化学肥料・農薬と機械の早期導入など効率的な農法を次々と導入したため、東北型に比べ、耕作面積は総じて狭かったが、収穫高は大きかった。このように地域で農業のやり方が違ったため、生産力に格差が生まれたのである。
　実際に明治２２～２６（１８７９～８３）年と明治４４（１９１１）年の２つの米の面積当たりの収穫量の調査では、西日本が東北・北海道に対して高い結果が出ている。これは農業の近代化を進めたことが大き..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[体育社会学～食料の自給率にめぐる諸問題について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953907108190@hc11/78513/]]></link>
			<author><![CDATA[ by YKK]]></author>
			<category><![CDATA[YKKの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 02 Feb 2011 00:28:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953907108190@hc11/78513/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/953907108190@hc11/78513/" target="_blank"><img src="/docs/953907108190@hc11/78513/thmb.jpg?s=s&r=1296574124&t=n" border="0"></a><br /><br />東北地方の大飢饉と食のグローバリゼーションが生み出す問題の中に、食料の自給率はもっとも共通している部分だと考えている。
東方区地方では、明治初期まで冷害や干ばつなどの自然災害によって凶作となった。また江戸時代に、当時は米の収穫高=石高が藩の格を示す指標のであった。そのために少しでも収量を上げようとして領内に米作を強制するということもあった。この状態で冷害が発生するとイネは生育不良で壊滅し、かといって他の作物はイネへの転作のために翌年まで食いつなぐだけの量を確保できず、餓死者続出という結果を生じた。
食糧を完全に自給自足となっている当時の日本にとって、突然の環境や天気悪化の前で、なす術もなく、何..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[自然地理学　第1設題　A判定レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955297788195@hc10/78447/]]></link>
			<author><![CDATA[ by collaborate]]></author>
			<category><![CDATA[collaborateの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 01 Feb 2011 18:50:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955297788195@hc10/78447/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955297788195@hc10/78447/" target="_blank"><img src="/docs/955297788195@hc10/78447/thmb.jpg?s=s&r=1296553857&t=n" border="0"></a><br /><br />資料に関する説明及び紹介文句を入力してください。
(検索、露出及び販売にお役立ちます)[123]<br />わが国の地形の特色と形成過程を概観せよ。次にひとつの県（都道府）を選び、そこに分布する地形の特色を記述せよ。
Ⅰ.日本の地形の特色と形成過程
1.プレート
　日本列島は、地球を覆っている十数枚のプレートのうち４枚のプレートの衝突部に位置している。北米プレートとユーラシアプレートの２つの大陸地殻にまたがり、さらに太平洋プレートあるいはフィリピン海プレートの沈み込みによって２方向から強く圧縮されている。
　プレート境界部では造山運動、火山、断層、地震等の地殻変動が発生する。そのため、プレートが沈み込む際に陸側のプレートに張り付く現象が起こることがある。これを付加と言い、そうしてできたものを付加体と呼ぶ。日本列島にはこのようにして形成された地形が多い。
2.フォッサマグナ
　日本列島は、２５００万年ほど前からユーラシア大陸の一部がいくつかの地殻に分かれて海嶺ができたことで形成された。このとき日本海が形成され、同時にフォッサマグナが形成された。フォッサマグナとは、ラテン語で「大きな溝」という意味である。一般的に、糸魚川－静岡構造線を西縁とし、新発田－小出構造線と柏崎－千葉構造線を東縁とする、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[人文地理学　第1設題　A判定レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955297788195@hc10/78446/]]></link>
			<author><![CDATA[ by collaborate]]></author>
			<category><![CDATA[collaborateの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 01 Feb 2011 18:50:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955297788195@hc10/78446/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955297788195@hc10/78446/" target="_blank"><img src="/docs/955297788195@hc10/78446/thmb.jpg?s=s&r=1296553837&t=n" border="0"></a><br /><br />資料に関する説明及び紹介文句を入力してください。
(検索、露出及び販売にお役立ちます)[123]<br />近代以降の日本の農業の地域的変容と現代の農業問題を簡潔にまとめ、自分の住む都道府県における農業問題とその要因について、地図や図、表・写真を２枚以上用いて論述せよ。
Ⅰ.近代以降の日本の農業の地域的変容
　戦前期日本の農業は、高生産力先進地帯としての「西南日本」に対して、積雪寒冷の厳しい気象条件とそれを克服し得ない低生産力後進地帯である「東北日本」というように東西地域で分断されていた。こうした農業地域格差には地形や気候条件が大きく影響しているが、巨大地主制度の存在の存在も大きかった。
　日本では明治時代以降、田畑など農地の所有者である寄生地主が、小作人と呼ばれる農民に土地を貸し出して耕作させ、米や麦などの農作物の一部を小作料と言う名の地代として徴収していた。また、地租改正によって土地所有者は金銭によって税金を払う義務が課せられていたが、貧しい農民には重い負担であり、裕福な者に土地を売り渡し小作人になることが可能であった。こうして農村内での貧富の差は一層拡大され、やがて、地域の社会・経済格差が広がっていったと考えられる。
　だが戦後になると、寄生地主が日本の軍国主義に加担したとしてGHQ主..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[地誌学概論２アメリカ農業]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956245538842@hc10/78285/]]></link>
			<author><![CDATA[ by takatakatakataka]]></author>
			<category><![CDATA[takatakatakatakaの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 30 Jan 2011 01:24:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956245538842@hc10/78285/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956245538842@hc10/78285/" target="_blank"><img src="/docs/956245538842@hc10/78285/thmb.jpg?s=s&r=1296318294&t=n" border="0"></a><br /><br />アメリカ合衆国の農業地域の特色として、アグリビジネス、中でもレタス産業を取り上げる。レタス産業の中心地はカリフォルニア州である。2007年において収穫面積はアメリカ合衆国全土の統計の73％を占める。この州のレタスは国内消費だけでなく、カナダ、西欧州、日本にも輸出される。
20世紀の初め、この州のレタスの中心地は州南部であったが、1920年代中部沿岸に位置するサリナスバレーでレタス栽培のブームが起き、出荷会社が設立され、鉄道貨車により東部市場へ出荷された。1930年代には60の出荷業者が野菜栽培出荷連合会を組織した。またこの出荷には冷蔵のための氷が使用された。故に、サリナスにおけるレタス栽培は当初から、鉄道、出荷業者、製氷会社が結び付いたアグリビジネスとして誕生したのである。
1970年代、レタスの広域栽培で成功していたのはブルースチャーチ社、インターハーベスト社、バッドアントル社の3社であった。例えばインターハーベスト社は、サリナスバレーを拠点にして、南カリフォルニアからアリゾナ州といった広域な農業地域で営業した。1972年のレタス栽培面積をみると、サリナスバレー（7,600エーカー）..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日大通信　貿易論分冊１【WTOの内容とそれ以降の貿易の変化について述べなさい】]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955247566252@hc10/78124/]]></link>
			<author><![CDATA[ by cabby]]></author>
			<category><![CDATA[cabbyの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 27 Jan 2011 23:06:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955247566252@hc10/78124/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955247566252@hc10/78124/" target="_blank"><img src="/docs/955247566252@hc10/78124/thmb.jpg?s=s&r=1296137201&t=n" border="0"></a><br /><br />1995年に設立したＷＴＯ（世界貿易機構）は世界の貿易を大きく変えることとなった。そのＷＴＯが設立される事となった背景と、設立後の世界の貿易の変化についてみていきたい。
　20世紀の初めから各国における保護主義の動きは徐々に高まり、193[338]<br />1995年に設立したＷＴＯ（世界貿易機構）は世界の貿易を大きく変えることとなった。そのＷＴＯが設立される事となった背景と、設立後の世界の貿易の変化についてみていきたい。
　20世紀の初めから各国における保護主義の動きは徐々に高まり、1930年代には頂点に達した。その頃の米国の関税率は52％にもなり、各国もこれにならって関税を上げた為、状況はまさに貿易戦争と名付けるにふさわしいものとなった。
　そのような状況のもと、自由貿易を目標とするＷＴＯの前身、ガットが1948年に発効された。
　ガットはウルグアイ・ラウンドの合意により、晴れてＷＴＯとなり、物品、サービス、および知的財産権を包含し、共通の紛争処理手続きを持つ、永続的な国際的貿易機構として生まれ変わることになった。ＷＴＯはウルグアイ・ラウンドの合意事項を実行する事になる。
　それでは、ＷＴＯが世界貿易にどのような変化をもたらしたのか。
紛争処理について：紛争の内容が知的所有権やサービスの分野にまで拡大。紛争処理手続きでは、ネガティブ・コンセンサス方式が採用され手続きの進行が早まった。また上訴機関の設立、意見書開示の義務により、手続き..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[温室効果ガス排出と経済発展に関する計量分析]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960984749737@hc08/74945/]]></link>
			<author><![CDATA[ by spiral11]]></author>
			<category><![CDATA[spiral11の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 22 Nov 2010 17:57:48 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960984749737@hc08/74945/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960984749737@hc08/74945/" target="_blank"><img src="/docs/960984749737@hc08/74945/thmb.jpg?s=s&r=1290416268&t=n" border="0"></a><br /><br />温室効果ガス排出と経済発展に関する計量分析
化石燃料の燃焼による二酸化炭素などの温室効果ガスの排出によって地球温暖化が引き起こされているといわれている。経済活動はやはり温室効果ガス排出に大きな影響を持つのか、温室効果ガス排出を抑えた経済発展は可能であるのか、調べてみた。
まず、CO2排出量とGDPの関係性について調べてみた。予想としては、正の相関関係が認められるだろう。
y=&beta;0+&beta;1x1+u
y= CO2排出量(1000t)
x1=GDP(106US$)
Dependent Variable: CO2
Method: Least Squares
Date: 11/12/10 Time: 19:59
Sample: 1 230
Included observations: 200
Variable
Coefficient
Std. Error
t-Statistic
Prob.&nbsp;&nbsp;
C
20650.35
28418.48
0.726652
0.4683
GDP/10^6
0.459565
0.024656
18.63876
0.0000
R-squared
0.636966
&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;Mean dependent var
146526.4
Adjusted R-squared
0.635132
&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;S.D. dependent var
646286.4
S.E. of regression
390384.6
&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;Akaike info criterion
28.59760
Sum squared resid
3.02E+13
&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;Schwarz criterion
28.63059
Log likelihood
-2857.760
&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;F-statistic
347.4033
Durbin-Watson stat
2.216438
&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;Prob(F-statistic)
0.000000
CO2=20650+0.460GDP+u 
2= 0.635
やはりGDPが100万ドル高くなると、CO2が460トン多く排出される傾向にあるようだ。
t値も十分に有意であり(18.639&gt;2)、決定係数も高い。GDPはCO2排出量の63.5%を説明している。
次いで、CO2の排出量と各産業の関係を見てみたい。この推計はどの産業がCO2排出に影響が大きいのかを..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[地理学概説]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/954727558863@hc10/74888/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mitsui]]></author>
			<category><![CDATA[mitsuiの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 20 Nov 2010 23:11:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/954727558863@hc10/74888/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/954727558863@hc10/74888/" target="_blank"><img src="/docs/954727558863@hc10/74888/thmb.jpg?s=s&r=1290262281&t=n" border="0"></a><br /><br />北方領土問題、農業問題[33]<br />１、領土問題・北方領土
　北方領土とは日本とロシアとの間で帰属をめぐって決着のついていない、歯舞諸島、色丹島、国後島、択捉島の四島を示す。場所は北海道の東に位置する根室半島のあたりに歯舞諸島、色丹島があり、国後島と択捉島はロシアのカムチャッカ半島から北海道の東部まで連なる火山列島の最南端にある。北方領土問題とは、先の大戦後、半世紀を経過した現在、なお、ロシアの不法占拠の下に置かれている我が国固有の領土である北方四島の返還を一日も早く実現するという、まさに国家の主権にかかわる重大な課題である。現在、北方四島には日本人は住んでいない。 第二次世界大戦後の日本人の強制送還以来、住むことを許されていないのだ。北方四島の現在の住民は旧ソ連の人々のみである。また、 島の所々にはロシア国境警備隊が置かれており、日本漁船などが簡単に入り込めないようになっている。 　戦前は島民すべてが日本人であったが、戦後からはずっとロシア系住民が住んでいることもあり、四島はまるでロシアのようだという。また、島には現在も道の整備がされておらず、車で移動する際にはあまりにも激しい揺れで目的地についた時には足がガクガクにな..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[地誌学　分冊２　日大通信　合格]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/959269842037@hc09/70811/]]></link>
			<author><![CDATA[ by acidblack]]></author>
			<category><![CDATA[acidblackの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 29 Aug 2010 13:11:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/959269842037@hc09/70811/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/959269842037@hc09/70811/" target="_blank"><img src="/docs/959269842037@hc09/70811/thmb.jpg?s=s&r=1283055087&t=n" border="0"></a><br /><br />アメリカ合衆国について、自然環境と経済活動を中心とした地誌を作成せよ。
第１章　地形・気候などの自然環境の特色
第１節　地形
アメリカは東西役4000km、南北約2000kmの広大な領域を持つ。北アメリカ大陸中央部の大西洋と太平洋に挟まれた本土以外に、大陸北部のアラスカ、太平洋のハワイ諸島アリューシャン列島を国土とする。さらに本国の他に、プエルトリコなどを領有する。北はカナダ、南はメキシコと隣接、西は海上にてロシアと接する。
　多くの地域が温帯に属するが、アメリカ本土の南端はフロリダ半島で、北緯25度弱で亜熱帯性の気候が見られる。一方で、アラスカを除くと北端はカナダとの国境の西半分で、北緯49度線が通っていて冷帯に属する。アラスカは北緯50度台から70度台にかけて高緯度に位置しており、一方でハワイは北緯20度前後で「常夏の島」と言われる。本土の南西部は乾燥気候で、北西の内陸部は冬になると気温が下がるが、ロッキー山脈を吹き降ろすチヌック風によるフェーン現象で非常に気温が上がることもある。
　アメリカの西部は山地が多く、おおよそ３列の山脈が見られる。太平洋岸に海岸山脈、その内側には北側にカ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[熱帯林を守るには]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955477778099@hc10/70229/]]></link>
			<author><![CDATA[ by どらえもソ]]></author>
			<category><![CDATA[どらえもソの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 03 Aug 2010 00:04:45 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955477778099@hc10/70229/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955477778099@hc10/70229/" target="_blank"><img src="/docs/955477778099@hc10/70229/thmb.jpg?s=s&r=1280761485&t=n" border="0"></a><br /><br />熱帯林を守るには
　発展途上国の一部では、人口増加に伴い、食料安全保障の観点などから熱帯林の耕地化が進み、この面からの環境破壊も大きくなるとされている。人口爆発の起きている地域での深刻な食糧危機についてはマスメディアでも大きく取り上げられ、多くの人の知るところとなっている。これを防ぎ、熱帯林を守ることはできないだろうか。
　現在の世界は、「北の先進国、南の発展途上国」と表現されることがある。前述したとおり、南の発展途上国は現在深刻な食糧危機にある。では北の先進国はどうであろうか。北の諸国、アメリカやヨーロッパの国々、そして日本などは皆一様に食に関してはほぼ事欠かない状態にある。国の中では貧富の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[経済学Ⅰ　4限　科目試験集]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962350986988@hc08/51789/]]></link>
			<author><![CDATA[ by anthem]]></author>
			<category><![CDATA[anthemの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 29 Jun 2009 21:04:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962350986988@hc08/51789/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/962350986988@hc08/51789/" target="_blank"><img src="/docs/962350986988@hc08/51789/thmb.jpg?s=s&r=1246277076&t=n" border="0"></a><br /><br />科目試験の問題をまとめました。
集められていない日付の試験問題は残念ですがないです。
第４回科目試験　平成２１年９月１３日施行　４時限
08844　経済学Ⅰ
戦前のわが国経済は半封建的農業構造を持っていたとされるが、そのことが太平洋戦争の原因になったと考えられるか。意見を述べよ。
第３回科目試験　平成２１年７月１８日施行　４時限
08844　経済学Ⅰ
マルクス経済学における不変資本、可変資本とは何か。
第２回科目試験　平成２１年６月１４日施行　４時限
08844　経済学Ⅰ
マルクス経済学における利子の概念を「貨幣所有者」、「機能資本家」というキーワードを使いながら説明しなさい。
第1回科目試験..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[竹内利美の講・組、年序組織研究]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961702214156@hc08/67664/]]></link>
			<author><![CDATA[ by xiaodadada]]></author>
			<category><![CDATA[xiaodadadaの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 21 May 2010 11:55:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961702214156@hc08/67664/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961702214156@hc08/67664/" target="_blank"><img src="/docs/961702214156@hc08/67664/thmb.jpg?s=s&r=1274410541&t=n" border="0"></a><br /><br />竹内利美の1,｢小農経営｣への着目2,｢小農経営｣と家、同族団3,家族と家、村落4,組と講5,性別年序集団6,｢小農｣と｢地縁｣の関係等についての分析[201]<br />竹内利美の講・組、年序組織研究
｢小農経営｣への着目　
小農：わずかな田畑を所有し、家族の労働力だけで営む小規模の農業。
東北地方では名子制度や大家族制度を伴う大手作経営は稀な存在だと指摘されている。小農的な農業経営が一般化し、「寄生地主制」の網の目が覆っていたという実態でした。
竹内は岩手と長野の｢親方百姓｣の例によりながら、｢村外分家｣から｢村内分家｣への転換が、｢近世初期検地を契機｣として行われている事を注目する。つまり、近世初期検地を契機とする新しい支配体制の確立のもとで、地主は百姓に転じ、土地への支配力が覆滅した。または村境の確立や開拓の余地が乏しいという状況のもとで、村内分家に転じた。
親方百姓も、分家も村内の小農として創出された。村内の新開と集約的な労働力によって生産力の発展が貢租の重圧に耐える道であった。近世中期以後、小農の間で土地の兼併、喪失が生じ、村内分家も進んでいく。
農法の集約化、農業生産力の発展によって｢村請｣をさせざるを得なかったのである。｢村請｣をなし得るほど、家連合が強かったのである。
｢小農経営｣と家、同族団
竹内は小農経営における家と同族団について、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[良妻賢母―女子教育および家族国家論の視点から―]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956085710987@hc10/66761/]]></link>
			<author><![CDATA[ by spoon]]></author>
			<category><![CDATA[spoonの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 10 May 2010 14:39:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956085710987@hc10/66761/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956085710987@hc10/66761/" target="_blank"><img src="/docs/956085710987@hc10/66761/thmb.jpg?s=s&r=1273469968&t=n" border="0"></a><br /><br />日本の近現代思想１　課題レポート 　　　　　　　　　　　　2007.--
良妻賢母―女子教育および家族国家論の視点から―
＜良妻賢母の転換―「家」から「国家」へ＞
　明治時代、良妻賢母育成機関としての女学校が設置され、女学生の数も年々増加していった。女学生は、将来良き妻・母となるために教育を受けた。やがて女学生はメガネや自転車などの流行アイテムをもつ独自の社会階層として認知されるようになり、女学生の堕落が叫ばれるようになる。
明治時代の女子教育は、家を通じて国に貢献するという「家族国家論」に基づき、「家」に重きを置くものであった。そのため女性は「家」に縛られていたが、大正時代には女性を「国家」..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日大 通信　貿易論分冊１（WTOの内容とそれ以降の貿易の変化について）参考資料情報有り]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/959546121312@hc09/64803/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 183315]]></author>
			<category><![CDATA[183315の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 15:59:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/959546121312@hc09/64803/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/959546121312@hc09/64803/" target="_blank"><img src="/docs/959546121312@hc09/64803/thmb.jpg?s=s&r=1268809164&t=n" border="0"></a><br /><br />ガット･ウルグアイ・ラウンド（関税貿易一般協定・多角的貿易交渉）は、19 93年12月15日、ジュネーブのガット本部において決着した。19 86年９月にウルグアイのプンタ・デル・エステで開催された閣僚会議で新ラウンドの開始が宣言されてから、実に７年３ヶ月が経過していた。この間、いく度かウルグアイ・ラウンドの挫折が危惧され、マサチューセッツ工科大学のレスター・サロー教授などは「ガットは死んだ」とさえ発言した。しかし、結果は成功であった。ここでは、ウルグアイラウンドの合意で設立したWTO（世界貿易機関）の内容と、それ以降の貿易の変化について述べる。
従来のガットは、法的には条約を採用した締約国の集まりにすぎなかった。ガットに代わって、国際機関としてのWTOの設立が決まったことは、戦後設立されるはずであった国際貿易機関（ ITO）が流産して以来、ずっと続いていた「暫定的な」ガットによる変則的体制が終了し、ウルグアイ・ラウンドの成果を実施し、今後の多角的交渉を通じて、世界貿易の一層の自由化を実現するための本格的な国際機関が誕生することを意味する。WTOは統一紛争処理手続き、貿易政策の審査など..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[米は工業原料となりうるか]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957028135104@hc10/62799/]]></link>
			<author><![CDATA[ by MizunoMizuki]]></author>
			<category><![CDATA[MizunoMizukiの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 27 Jan 2010 18:28:19 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957028135104@hc10/62799/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957028135104@hc10/62799/" target="_blank"><img src="/docs/957028135104@hc10/62799/thmb.jpg?s=s&r=1264584499&t=n" border="0"></a><br /><br />古米が工業原料として、バイオマス原料に用いられることの是非を検討した論文です。試料米や多収穫米の検討は続く中、山形の農家の考えが伝わってきます。[216]<br />「米は工業原料になりうるか。」　／　バイオマスプラスチック製造
山形大学共同研究員　　　　　　東都雅典
　これまで私は、でんぷん質を原料にして乳酸製品（乳酸、乳酸エチル、ポリ乳酸）を製造するプロセス開発において、試験的に米を原料としてきた。
私たちが主食とする米の成分は、80％が炭水化物、7％がたんぱく質、他はほとんど水分である。したがって、当然の事ながら米は乳酸発酵の原料として申し分のない適材である。ところが、乳酸の原料にこの米を用いたという研究の報告書や特許は、いくら文献調査しても見つからなかったのである。
酒造りにはコウジを用いた糖化前処理があるし、近代的な醸造の糖化工程には酵素のグルコアミラーゼが用いられている。それらと米からの乳酸製造プロセスは、極めて類似した発酵の技術であるにもかかわらず、である。
その理由は、&ldquo;米は主食&rdquo;なので工業用ともされる薬品の乳酸製品にしてしまうのは、タブーであったのか、ということが考えられる。また、200~300円／㎏もする食料米を原料にして、1㎏120円程度（食品添加物用）で売られている乳酸を作ろうとしないのも当然であろう。
米の生産統計
平成1..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[環境考古学]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956976307534@hc10/62764/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sakuraancoromoch]]></author>
			<category><![CDATA[sakuraancoromochの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 27 Jan 2010 12:34:39 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956976307534@hc10/62764/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956976307534@hc10/62764/" target="_blank"><img src="/docs/956976307534@hc10/62764/thmb.jpg?s=s&r=1264563279&t=n" border="0"></a><br /><br />人間は、自然環境に依存し、自然環境を利用して、現在に至っています。人間がどのような自然環境に依存してきたかをたどる題材として、環境要素には次のようなものが考えられます。
　まず、大気という環境要素です。人間の歴史や生活は、気候の変動から大[356]<br />テーマ：環境考古学における環境要素とは何か？
人間は、自然環境に依存し、自然環境を利用して、現在に至っています。人間がどのような自然環境に依存してきたかをたどる題材として、環境要素には次のようなものが考えられます。
　まず、大気という環境要素です。人間の歴史や生活は、気候の変動から大きな影響を受けてきました。例えば、地球の寒冷化がなければ、人間は食料の不足に直面することはなく、農業は誕生しなかったかもしれません。逆に地球温暖化によって、海面が上昇し、大洪水や暴風雨が世界各地で頻繁に発生すれば、人間は滅亡してしまうかもしれないからです。
　また、水という環境要素もあげられます。川から水を引かなけ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日立　エントリーシー]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957001582434@hc10/62541/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 難関国立大卒、マスコミ勤務]]></author>
			<category><![CDATA[難関国立大卒、マスコミ勤務の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 24 Jan 2010 23:54:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957001582434@hc10/62541/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957001582434@hc10/62541/" target="_blank"><img src="/docs/957001582434@hc10/62541/thmb.jpg?s=s&r=1264344894&t=n" border="0"></a><br /><br />超氷河期にマスコミ初め大手メーカーなどから多数の内定を取ったエントリーシートです。＜内定者エントリーシート＞[162]<br />日立ES
http://www.recruitnavi.com/RN/cgi-bin/03/KDB03040.cgi?KOKYAKU_ID=0174985001&amp;FORM_ID=E602
１．あなたのこれまでの経験の中で、「Ｉｎｓｐｉｒｅ（息吹）」を吹き込んだこと、または、「Ｃｈａｌｌｅｎｇｅ（挑戦）」したことについて、工夫した点などを踏まえて具体的に教えてください。（３００文字以上で簡潔にまとめてください。） (必須) 
『バスケットボール　－逆境から這い上がるチカラ－』 　小学校６年生から、９年６ヶ月続けてきたバスケットボールで私がこなす役割は、相手エースの徹底マークだ。たとえ爪でひっかかれようが、ひじ打ちされようが、絶対に放さない。高校１年生の時の大会では、このプレー精神が大会関係者から絶賛され、県南７０チームの中からMVPに選ばれた。「絶対に諦めない」このスッポン精神は、私の原点だ。 　高校時代、伝統的なバスケット強豪チームだった私たちは、私がキャプテンになって初めての県大会で、まさかの初戦敗退を喫した。怒った監督は、それ以来指導を辞め、体育館にすら来なくなってしまった。それま..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ビクター　エントリーシート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957001582434@hc10/62539/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 難関国立大卒、マスコミ勤務]]></author>
			<category><![CDATA[難関国立大卒、マスコミ勤務の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 24 Jan 2010 23:54:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957001582434@hc10/62539/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957001582434@hc10/62539/" target="_blank"><img src="/docs/957001582434@hc10/62539/thmb.jpg?s=s&r=1264344893&t=n" border="0"></a><br /><br />超氷河期にマスコミ初め大手メーカーなどから多数の内定を取ったエントリーシートです。＜内定者エントリーシート＞[162]<br />ビクター　ES
■あなたがもっとも実力を発揮できると思う仕事は何ですか？（あなたが考える仕事のイメージで結構です）
&rarr;　国内営業
なぜ上記の職なのでしょうか？　その理由とその仕事に対する自分のアピール点を簡潔にお書きください。 （全角200文字以内） （必須） 
『バスケットボール　－逆境から這い上がるチカラ－』 　小学校６年生から、９年６ヶ月続けてきたバスケットボールで私がこなす役割は、相手エースの徹底マークだ。たとえ爪でひっかかれようが、ひじ打ちされようが、絶対に放さない。高校１年生の時の大会では、このプレー精神が大会関係者から絶賛され、県南７０チームの中からMVPに選ばれた。「絶対に諦めない」このスッポン精神は、私の原点だ。 　高校時代、伝統的なバスケット強豪チームだった私たちは、私がキャプテンになって初めての県大会で、まさかの初戦敗退を喫した。怒った監督は、それ以来指導を辞め、体育館にすら来なくなってしまった。それまでただ漫然と監督の指示を仰いでいた私たちは途方に暮れた。しかし私は、なによりそのチームが大好きだったし、一度決めたことを中途半端に終わらせたくなかった。よりどころを..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[秦の天下統一の意義を述べよ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963818257033@hc07/59747/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yasutarou520924]]></author>
			<category><![CDATA[yasutarou520924の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 27 Nov 2009 10:08:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963818257033@hc07/59747/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963818257033@hc07/59747/" target="_blank"><img src="/docs/963818257033@hc07/59747/thmb.jpg?s=s&r=1259284126&t=n" border="0"></a><br /><br />外国史レポートです。参考にしてください。[60]<br />秦の天下統一の意義を述べよ。
春秋時代に保たれていた周王室の権威も徐々
に衰えていき、戦国時代には周王朝の権威は
地に墜ち、周は一諸侯となってしまう。
そして、春愁の初め百数十あった諸侯も戦国
時代に入ると戦国の七雄と呼ばれる、韓・魏
趙・斉・燕・楚・秦の７国があった。
春秋時代と戦国時代を分けるポイントは、周
王室の権威と衰退と並び下克上の風潮が強ま
ったことがあげられる。晋が臣下の国である
韓・魏・趙の３国に分裂したことなどが挙げ
られる。そして、７国は互いに他の諸国より
も優位に立つべく富国強兵に力を入れる。
つまり戦国時代は、実力本位の時代であり、
その７国でもっとも富国強兵に成功したのが
秦である。
この秦を中心に戦国時代の状況、歴史的な流
れを観ていく。秦は襄公（前７７８－７６６）
の時、周の東遷に際して王室を護衛した功に
より岐山以西の地を与えられ、その後、穆公
のとき、百里けいを用いて勢力を拡大した。
戦国時代になると、孝公（前３８１－前３３
８）は商おう（前３９０－前３３８）を用い
て二度に渡る改革を行った。
商おうの第１時改革のおもな内容は、①隣保
制度を組織して連..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[農業保護政策の意義（卒論）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432355201@hc05/60272/]]></link>
			<author><![CDATA[ by koyazi]]></author>
			<category><![CDATA[koyaziの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 01 Dec 2009 10:50:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432355201@hc05/60272/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432355201@hc05/60272/" target="_blank"><img src="/docs/983432355201@hc05/60272/thmb.jpg?s=s&r=1259632257&t=n" border="0"></a><br /><br />農業保護政策の意義
　　　　　　～日本の農業が抱える問題～
～目次～

第１章　　日本農業の現状とその問題点

第１節	食料自給率の低下

第２節	日本農家の現状と特徴


第２章　押し寄せる自由化の波と日本政府の対応

第１節	押し寄せる[328]<br />「農業保護政策の意義
　　　　　　～日本の農業が抱える問題～」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　
序章
日本の農業危機が叫ばれるようになってから、幾年もの月日が流れた。食料自給率の低下、後継者不足による農村の高齢化、押し寄せる自由化の波など、日本農業をとりまく環境は、年々深刻化してきている。そして、今日では日本農業の問題点を指摘する書物には、「日本農業は生き残れるのか」「日本農業の再生への道」などといった主題がつけられ、さらには「日本に農業は必要か」という理念まで登場してきている。これには、我が国の食料自給率や農作物の総生産量といった、数字によって明確に表される「衰退」だけではなく、国民の農業に対する意識の低下が強く感じられてならない。自国内の農業が衰退していくということの危険性に、どれだけの人が関心を持っているのであろうか。
まず、現在の日本の食料自給率は40％にまで落ち込んでしまっている。これは、海外からの輸入なくしては国民の食生活が保障されないという数値であり、いかに日本農業が危機的な状況であるかがわかる。さらに、海外らの日本農作物市場..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[世界の農林水産業]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957586691839@hc09/59433/]]></link>
			<author><![CDATA[ by zenimaru]]></author>
			<category><![CDATA[zenimaruの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 Nov 2009 10:41:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957586691839@hc09/59433/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957586691839@hc09/59433/" target="_blank"><img src="/docs/957586691839@hc09/59433/thmb.jpg?s=s&r=1258940512&t=n" border="0"></a><br /><br />①	ギニア湾沿岸
ギニア湾はアフリカ大陸の中西部に位置しており、ガーナやコートジボワールなどの国に接している。気候は熱帯雨林気候で、沿岸部は年中多雨で高温なため原生林が広がっている。しかし、北緯8度付近ではサバナ気候となり、雨季と乾季が繰[352]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[地誌学　第2設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960260759905@hc09/56971/]]></link>
			<author><![CDATA[ by suizo]]></author>
			<category><![CDATA[suizoの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 01 Nov 2009 19:19:06 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960260759905@hc09/56971/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960260759905@hc09/56971/" target="_blank"><img src="/docs/960260759905@hc09/56971/thmb.jpg?s=s&r=1257070746&t=n" border="0"></a><br /><br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[人文地理学　第一設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/kazuki/56688/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kazukichan]]></author>
			<category><![CDATA[kazukichanの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 25 Oct 2009 23:37:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/kazuki/56688/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/kazuki/56688/" target="_blank"><img src="/docs/kazuki/56688/thmb.jpg?s=s&r=1256481456&t=n" border="0"></a><br /><br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[アメリカ占領下における沖縄の経済と労働問題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/52818/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kibayashi]]></author>
			<category><![CDATA[kibayashiの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 21 Jul 2009 20:19:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/52818/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/52818/" target="_blank"><img src="/docs/983431157801@hc06/52818/thmb.jpg?s=s&r=1248175195&t=n" border="0"></a><br /><br />「アメリカ占領下における沖縄の経済と労働問題」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
■調査の動機
今回このテーマを取り上げようと思ったのは「沖縄占領」や「沖縄返還」といった言葉をきいても、知っていること[352]<br />「アメリカ占領下における沖縄の経済と労働問題」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
■調査の動機
今回このテーマを取り上げようと思ったのは「沖縄占領」や「沖縄返還」といった言葉をきいても、知っていることといえばサンフランシスコ講和条約によって占領されたことや佐藤内閣が沖縄返還の手続きをすすめたことくらいで、実際その間の沖縄について知っていることはほとんどないのではないか、と思ったためである。また「経済と労働」が社会において重要な位置を占めるものであると考えたからである。 
■沖縄の貨幣制度
1946年にB円(正式名称:B型軍票)が沖縄の公式通貨となった。1950年からは日本円3円＝1B円に設定され、B円廃止までこのレートが使用された。(レートの変移は参考*1)
当時日本円360円＝1ドルだったのに対し、B円は120B円＝1ドルの計算になり、B円は日本円に対し割高である。これはアメリカ軍が基地建設や駐留経費などを日本企業に支払うために有利な条件にするためといわれる。 一方、沖縄側からすると日本本土からの安価な資材調達になったが本土系企業の進出が遅れる原因..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[水環境学レポート課題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958549742748@hc09/53151/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 23060072]]></author>
			<category><![CDATA[23060072の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 29 Jul 2009 17:23:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958549742748@hc09/53151/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958549742748@hc09/53151/" target="_blank"><img src="/docs/958549742748@hc09/53151/thmb.jpg?s=s&r=1248855784&t=n" border="0"></a><br /><br />水環境学　レポート課題
グリーンウォーターとグリーンウォーターの言葉の概念の違い
世界の淡水摂取量の約７割が農業用水であると言われ水資源と食料生産は密接な関係があります。近年の人口増加と経済成長による食料需要の増大は、同時に水需要の増大[352]<br />水環境学　レポート課題
グリーンウォーターとグリーンウォーターの言葉の概念の違い
世界の淡水摂取量の約７割が農業用水であると言われ水資源と食料生産は密接な関係があります。近年の人口増加と経済成長による食料需要の増大は、同時に水需要の増大をもたらしている。地球の年間の降水量は約11万立方kmありますが、このうち4万立方ｋｍが河川に流れたり地下水を涵養したりし、残りの7万立方ｋｍは土壌に一旦蓄えられた後に蒸発します。我々が一般に水資源とみなすのは前者ですが、河川や地下水から取水（灌漑）を行わず降雨だけを利用した農業（天水農業）を考えてみれば、後者も重要な水資源であると言えます。スゥエーデンの水文学..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[江戸の民衆宗教稲荷信仰について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431648401@hc05/36398/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 未熟児の卵]]></author>
			<category><![CDATA[未熟児の卵の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 12 Feb 2009 11:16:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431648401@hc05/36398/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431648401@hc05/36398/" target="_blank"><img src="/docs/983431648401@hc05/36398/thmb.jpg?s=s&r=1234404988&t=n" border="0"></a><br /><br />2007年 卒業論文
目　次
1．はじめに2．稲荷信仰の歴史　　2－1．稲荷と狐の関係　　2－2．文献にみられる歴史的経緯3．江戸時代の稲荷信仰　　3－1．江戸の稲荷社　　3－2．稲荷信仰の種類　　　3－2－1．農業信仰型　　　3－2－2．[312]<br />年 卒業論文 2007
「江戸の民衆宗教稲荷信仰について」
目 次
1．はじめに
2 ．稲荷信仰の歴史
2 － 1 ．稲荷と狐の関係
2 － 2 ．文献にみられる歴史的経緯
3 ．江戸時代の稲荷信仰
3 － 1 ．江戸の稲荷社
3 － 2 ．稲荷信仰の種類
3－2－1． 農業信仰型
3－2－2．聖地型
3－2－3. 土地神型
3－2－4．屋敷型
3－2－5．憑きもの型
3－2－6. まとめ
3－3．稲荷講
4．おわりに
参考文献
：山折哲雄編『稲荷信仰辞典』戎光祥出版
：宮田登「江戸町人の信仰」
:稲荷信仰辞典編集部「全国各地の稲荷社」
：稲荷信仰辞典編集部「『稲荷信仰』七つのキ－ワ－ド」
：大藤時彦「稲荷信仰の周辺」
：上田正昭「稲荷信仰の源流」
: 宮本常一「屋敷神としての稲荷－関東南部の例」
：稲荷信仰辞典編集部「『稲荷名所図会』に描かれた稲荷社」
：直江広治編（ 1983 ）『民衆宗教史厳書 3 巻 稲荷信仰』雄山閣
：萩原龍夫「江戸の稲荷」
：岩井宏實「稲荷と狐、稲荷の絵馬」
：三好和義、岡野弘、他（ 2006 ）『日本の古社 伏見稲荷大社』株式会社淡交社
：前田健(1988)『稲荷明神 正一位の実像』株式会社筑摩書房
：国史辞典集委員会編（ 1965 －1996 ）『国史大辞典』吉川弘文館
：大隈和雄、他 7 名（ 1986 ）『日本架空伝承人物名辞典』株式会社平凡社
：市古 貞次（監修）、堤 精二、大曾根 章介、堀内 秀晃、益田 宗、
篠原 昭二、久保田 淳、揖斐 高、市古夏生 編纂(1993 － 1999)
『国史人名事典』岩波書店
：富田登『江戸の小さな神々』（ 1989 ）青土社
：岩井宏實『暮らしの中の神さん仏さん』（ 1970 ）文化出版局
：芦田正二郎『動物信仰辞典』（ 2000 ）株式会社北辰堂
：吉野裕子『ものと人間の文化史 39狐』（ 1980 ）財団法人法政大学出版局
：岩井宏美『ものと人間の文化史絵馬』(1974)財団法人法政大学出版局
：『国書総目録』（ 1991 ）岩波書店
1．はじめに
稲荷は、稲作の豊作を願う農業の神として祀られ始め、その後さまざまな守り神として民衆に
根付き、様々な願いを叶える神となった。最も普及している身近な現世利益神の一つで、狐を使
い魔としている。
朝日新聞 2007 年 02 月 22 日の記..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ニュージーランドの牧畜業の特色を羊と牛を中心に述べ、貿易におけるその意義を説明しなさい。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960956664417@hc08/47790/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ten_made_to_be]]></author>
			<category><![CDATA[ten_made_to_beの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 08 May 2009 12:22:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960956664417@hc08/47790/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960956664417@hc08/47790/" target="_blank"><img src="/docs/960956664417@hc08/47790/thmb.jpg?s=s&r=1241752942&t=n" border="0"></a><br /><br />ニュージーランドの牧畜業の特色を羊と牛を中心に述べ、貿易におけるその意義を説明しなさい。
　ニュージーランドは豊かな国土と地形から農業が盛んであり、農産物輸出額が総輸出の約70％を占めていることからも、この国の経済が農産品の生産と輸出を基[352]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[人文地理学　第１設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960956664417@hc08/47787/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ten_made_to_be]]></author>
			<category><![CDATA[ten_made_to_beの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 08 May 2009 12:18:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960956664417@hc08/47787/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960956664417@hc08/47787/" target="_blank"><img src="/docs/960956664417@hc08/47787/thmb.jpg?s=s&r=1241752688&t=n" border="0"></a><br /><br />近代以降の日本の農業の地域的変容と現代の農業問題を簡潔にまとめ、自分の住む都道府県における農業問題とその要因について、地図や図、表・写真を２枚以上用いて論述せよ。
第１節　近代以降の日本の農業の地域的変容
　日本では、明治時代以降、田畑[352]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[４つの立地論の要点とそれらの理論的相違点と問題点]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960956664417@hc08/45518/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ten_made_to_be]]></author>
			<category><![CDATA[ten_made_to_beの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 23 Apr 2009 12:35:07 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960956664417@hc08/45518/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960956664417@hc08/45518/" target="_blank"><img src="/docs/960956664417@hc08/45518/thmb.jpg?s=s&r=1240457707&t=n" border="0"></a><br /><br />４つの立地論の要点とそれらの理論的相違点と問題点
立地論とは企業が事業活動の拠点をどこに立地するか、立地を決定する要因は何であるのかを研究するもので，チューネンの農業立地論・ウェーバーの工業立地論・クリスタラーの都市・集落立地論・レッシュ[356]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[地誌学　第二設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/kazuki/36244/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kazukichan]]></author>
			<category><![CDATA[kazukichanの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 10 Feb 2009 00:29:06 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/kazuki/36244/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/kazuki/36244/" target="_blank"><img src="/docs/kazuki/36244/thmb.jpg?s=s&r=1234193346&t=n" border="0"></a><br /><br />「アメリカ合衆国について、自然環境と経済活動を中心とした地誌を作成せよ。」
第１章　地形・気候などの自然環境の特色
第１節　地形
アメリカは東西役4000km、南北約2000kmの広大な領域を持つ。北アメリカ大陸中央部の大西洋と太平洋[324]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[土地改良学レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429047601@hc07/36027/]]></link>
			<author><![CDATA[ by taniken]]></author>
			<category><![CDATA[tanikenの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 05 Feb 2009 15:07:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429047601@hc07/36027/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429047601@hc07/36027/" target="_blank"><img src="/docs/983429047601@hc07/36027/thmb.jpg?s=s&r=1233814073&t=n" border="0"></a><br /><br />平成１９年度
土地改良学レポート
疏水百選から学ぶ農業用水と地域連携
―葛西用水の事例―
２００７年１２月１３日提出
Ⅰ．はじめに　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　埼玉県北東部１０[336]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[自然保護の倫理について環境保全型農業から]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961892812145@hc08/35212/]]></link>
			<author><![CDATA[ by northcircular]]></author>
			<category><![CDATA[northcircularの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 28 Jan 2009 19:56:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961892812145@hc08/35212/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961892812145@hc08/35212/" target="_blank"><img src="/docs/961892812145@hc08/35212/thmb.jpg?s=s&r=1233140164&t=n" border="0"></a><br /><br />自然保護の倫理について　環境保全型農業から
自然保護の倫理について　環境保全型農業から
　私は里山の有効活用（持続的使用）について、里山の有効活用が、果たして自然のためのものであるか人間のためのものであるべきか考えた。有効活用と言うから[352]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[農村計画学レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429047601@hc07/35087/]]></link>
			<author><![CDATA[ by taniken]]></author>
			<category><![CDATA[tanikenの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 27 Jan 2009 01:26:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429047601@hc07/35087/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429047601@hc07/35087/" target="_blank"><img src="/docs/983429047601@hc07/35087/thmb.jpg?s=s&r=1232987201&t=n" border="0"></a><br /><br />農村計画学レポート
「ふるさと21世紀プラン」
地域の概要
埼玉県所沢市は埼玉県南部にある市であり、さいたま市、川口市に続いて埼玉県内で３番目の人口を抱えている。また、特例市及び彩の国中核都市に指定されている。
　都心のベットタウンとして、[348]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「今後の農村振興政策の在り方」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/32328/]]></link>
			<author><![CDATA[ by binkanboy]]></author>
			<category><![CDATA[binkanboyの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 18 Dec 2008 19:33:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/32328/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/32328/" target="_blank"><img src="/docs/983430219101@hc06/32328/thmb.jpg?s=s&r=1229596401&t=n" border="0"></a><br /><br />「今後の農村振興政策の在り方」
第１章　はじめに
　農業を取り巻く環境は、経済発展やグローバル化、直近の問題としてはエネルギー問題まで含んだ様々な要因によって、激しく変化している。そういった中で、バイオ燃料や天候不順などによって、世界的な穀[356]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[食料の安定確保]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/32327/]]></link>
			<author><![CDATA[ by binkanboy]]></author>
			<category><![CDATA[binkanboyの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 18 Dec 2008 19:28:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/32327/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/32327/" target="_blank"><img src="/docs/983430219101@hc06/32327/thmb.jpg?s=s&r=1229596093&t=n" border="0"></a><br /><br />食料の安定確保
１．概要
【現状】
　食料の確保は、国家存立の重要な柱の一つである。現在我が国はカロリーベース換算で６１％の食料を海外からの輸入に依存している。国民への食料安定供給のために、我が国でどの程度農産物を生産し、どの程度海外からの[354]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[地誌学　分冊１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429318101@hc06/22356/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yvonco]]></author>
			<category><![CDATA[yvoncoの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 09 Jul 2008 20:49:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429318101@hc06/22356/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429318101@hc06/22356/" target="_blank"><img src="/docs/983429318101@hc06/22356/thmb.jpg?s=s&r=1215604195&t=n" border="0"></a><br /><br />１．中国の農業事情
　中国の農業地帯は、西が牧畜、東が農業地帯になっており、農業地帯は北部の畑作と南部の稲作に区分される。1949年の建国以来、農業は、約13億人の国民を支える国の基盤となっている。以前は人民公社を中心とする共同生産方式で[344]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会学　農業経営後継者問題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/20614/]]></link>
			<author><![CDATA[ by left]]></author>
			<category><![CDATA[leftの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 21 Mar 2008 11:58:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/20614/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/20614/" target="_blank"><img src="/docs/962877421286@hc08/20614/thmb.jpg?s=s&r=1206068302&t=n" border="0"></a><br /><br />社会学
☆農業経営の継承問題
家族農業経営の継承ということが日本農業の大きな課題となっている。農家の高齢化や農業所得の減少に歯止めがかからず農家個数が減少し、２００２年の農家人口はおよそ９９０万人と始めて1万人を下回った。[329]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[中国黄土高原農村の暮らし]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963706316596@hc07/16704/]]></link>
			<author><![CDATA[ by rubyred]]></author>
			<category><![CDATA[rubyredの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 28 Dec 2007 13:13:15 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963706316596@hc07/16704/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963706316596@hc07/16704/" target="_blank"><img src="/docs/963706316596@hc07/16704/thmb.jpg?s=s&r=1198815195&t=n" border="0"></a><br /><br />中国黄土高原
農村の暮らし
行政単位
　中国の行政単位は日本とは異なり、なかでも、市の下に県がくるのはなかなかなじめません。私たちの緑化協力の拠点である環境林センターと霊丘自然植物園の所在地を例に、説明してみましょう。このふたつの住所を国名[354]<br />中国黄土高原
農村の暮らし
行政単位
　中国の行政単位は日本とは異なり、なかでも、市の下に県がくるのはなかなかなじめません。私たちの緑化協力の拠点である環境林センターと霊丘自然植物園の所在地を例に、説明してみましょう。このふたつの住所を国名から順に書くと、つぎのようになります。
（環境林センター）中華人民共和国－山西省－大同市－南郊区－平旺郷－平旺村－果園。
（霊丘自然植物園）中華人民共和国－山西省－大同市－霊丘県－上寨鎮－南庄村－流黄水。
　「省」のレベルでは、北京、天津、上海、重慶といった直轄市と少数民族地域の自治区が省に代わることがあります。また、最近では周辺の農村部を含めて範囲を拡大し..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[栽培＆エコ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963688408362@hc07/15760/]]></link>
			<author><![CDATA[ by グリーンティ]]></author>
			<category><![CDATA[グリーンティの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 12 Dec 2007 15:46:35 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963688408362@hc07/15760/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963688408362@hc07/15760/" target="_blank"><img src="/docs/963688408362@hc07/15760/thmb.jpg?s=s&r=1197441995&t=n" border="0"></a><br /><br />『栽培＆エコ』
菜園日誌を始めてみると、そこには書き込むことのできない、日々の栽培の様子とは違った、「考え」を書くページがないことに気づき、こちらに作りました。 私自身の基本的な栽培方法と栽培に関する考え方、環境への取り組みなど： ハーブ栽[354]<br />『栽培＆エコ』
菜園日誌を始めてみると、そこには書き込むことのできない、日々の栽培の様子とは違った、「考え」を書くページがないことに気づき、こちらに作りました。 私自身の基本的な栽培方法と栽培に関する考え方、環境への取り組みなど： ハーブ栽培、 　 めあり～さんちの菜園 　をご覧下さい。
なにが「いい」のか。
結局、なにが、どう、「いい」のか、考えれば考えるほど分からなくなってくる。 あれもだめ、これもだめ、では、生きているこの私たち人間の存在そのものも？なんていうところまで行き着いてしまう。 肥料も、完全に成熟したものでなければだめ、という考え方もあれば、自然界では一体どうなのか、未熟な堆肥は土の上にはあるが、土中にはない、とか&hellip;。 有機肥料を使い出すと病害虫に弱い植物になったから、永田農法主張の化学肥料でやってみたけど、それでも風通しが十分ではないのか、どれもこれもハダニなどにやられてしまうような経験。 感想でこの液肥を与えたら、４、５日で見る見る間に元気、という声を信じて、これが本当に最後の挑戦！と思いきや、そうでもなかったり&hellip;。 みな、同じように試行錯誤している。 でも、他の人..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[鎌倉時代の米作り]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430896901@hc06/14598/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kitazo]]></author>
			<category><![CDATA[kitazoの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 06 Nov 2007 17:50:58 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430896901@hc06/14598/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430896901@hc06/14598/" target="_blank"><img src="/docs/983430896901@hc06/14598/thmb.jpg?s=s&r=1194339058&t=n" border="0"></a><br /><br />日本における稲作の歴史は、今までは 弥生時代 に始まるとされてきた。しかし、近年になって 縄文 末期の 南溝手遺跡 から、約3500年前には陸稲による稲作が行われていることが判明した。
鎌倉時代は、武士の台頭と共に 農業が発達した時期 でも[334]<br />日本における稲作の歴史は、今までは 弥生時代 に始まるとされてきた。しかし、近年になって 縄文 末期の 南溝手遺跡 から、約3500年前には陸稲による稲作が行われていることが判明した。
鎌倉時代は、武士の台頭と共に 農業が発達した時期 でもある。特に近畿地方では水路を設けたり，馬や牛を使って大々的に畑や水田を耕したり，鉄製の鍬や鋤などの農具も発達した。
広大な開拓地であった関東平野や東北地方では農民が自らの土地を守るために武装し、武士となった。
これらの武士は都から役人としてやってきた貴族や皇族の子孫を棟梁、つまり、組織をまとめる主人として結束を固め、武士団を形成した。平氏や源氏はその代表とい..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[鎌倉時代の農業]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430896901@hc06/14597/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kitazo]]></author>
			<category><![CDATA[kitazoの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 06 Nov 2007 17:35:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430896901@hc06/14597/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430896901@hc06/14597/" target="_blank"><img src="/docs/983430896901@hc06/14597/thmb.jpg?s=s&r=1194338104&t=n" border="0"></a><br /><br />日本における稲作の歴史は、今までは 弥生時代 に始まるとされてきた。しかし、近年になって 縄文 末期の 南溝手遺跡 から、約3500年前には陸稲による稲作が行われていることが判明した。
鎌倉時代は、武士の台頭と共に 農業が発達した時期 でも[334]<br />日本における稲作の歴史は、今までは 弥生時代 に始まるとされてきた。しかし、近年になって 縄文 末期の 南溝手遺跡 から、約3500年前には陸稲による稲作が行われていることが判明した。
鎌倉時代は、武士の台頭と共に 農業が発達した時期 でもある。特に近畿地方では水路を設けたり，馬や牛を使って大々的に畑や水田を耕したり，鉄製の鍬や鋤などの農具も発達した。
広大な開拓地であった関東平野や東北地方では農民が自らの土地を守るために武装し、武士となった。
これらの武士は都から役人としてやってきた貴族や皇族の子孫を棟梁、つまり、組織をまとめる主人として結束を固め、武士団を形成した。平氏や源氏はその代表とい..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[今後の日本の農業について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429070801@hc07/14030/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sakigake96]]></author>
			<category><![CDATA[sakigake96の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 13 Jul 2007 16:10:38 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429070801@hc07/14030/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429070801@hc07/14030/" target="_blank"><img src="/docs/983429070801@hc07/14030/thmb.jpg?s=s&r=1184310638&t=n" border="0"></a><br /><br />今後の日本の農業について
　現在日本の農業が抱えている問題のなかから、今回はいくつかあげ、あらためて考えてみようと思う。
　まず初めに、後継者がいないことがあげられる。なぜ後継者が少ないのだろうか。農業という仕事について考えてみよう。農業は[356]<br />今後の日本の農業について
　現在日本の農業が抱えている問題のなかから、今回はいくつかあげ、あらためて考えてみようと思う。
　まず初めに、後継者がいないことがあげられる。なぜ後継者が少ないのだろうか。農業という仕事について考えてみよう。農業は毎日毎日働かなければならない。休みなど、ない。大変きつい仕事である。また、着ている作業服もなんだか汚らしい。今の農業には、3K(くさい・きたない・きけん)という言葉がぴったりだ。それらが今の若者の心を突き放してしまっているのだろう。
　では、どのような農業形態であったら惹かれるのだろうか。私は、農協を株式会社にしてしまえばいい、と考えた。これなら、世間一般の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[バイオマスの利活用の推進について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429070801@hc07/14029/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sakigake96]]></author>
			<category><![CDATA[sakigake96の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 13 Jul 2007 16:08:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429070801@hc07/14029/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429070801@hc07/14029/" target="_blank"><img src="/docs/983429070801@hc07/14029/thmb.jpg?s=s&r=1184310535&t=n" border="0"></a><br /><br />バイオマスの利活用の推進について
バイオマスの利活用の推進についての授業のなかで、特にバイオエタノールの普及について興味を持った。授業では基本的にバイオ燃料はすばらしい、画期的な方法であるということが述べられ、バイオエタノールの抱える課題は[358]<br />バイオマスの利活用の推進について
バイオマスの利活用の推進についての授業のなかで、特にバイオエタノールの普及について興味を持った。授業では基本的にバイオ燃料はすばらしい、画期的な方法であるということが述べられ、バイオエタノールの抱える課題は、バイオエタノールが普及していく上でのコストと税制が問題となってくる、ということだった。たとえば、ガソリンと競合するには、規格外農産物・食糧生産家庭の副産物のような安価な原料の調達、製造コストの低減、ガソリン税の減免等を検討することが必要である、といったような、コストを中心に考えた内容であった。しかし、もっと重要な問題があると私は考える。
たしかに、石油消費..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[中国の農業]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429944501@hc06/9991/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yasu0226]]></author>
			<category><![CDATA[yasu0226の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 25 Jul 2006 01:02:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429944501@hc06/9991/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429944501@hc06/9991/" target="_blank"><img src="/docs/983429944501@hc06/9991/thmb.jpg?s=s&r=1153756930&t=n" border="0"></a><br /><br />私は、中国の農業についてをテーマに選択致しました。理由は私的になりますが実家が元々は農家だった為、興味を持ってレポートを作れると考えたからです。中国の農業と日本の農業を比較してレポートを構成する予定でしたが、調べていくうちに中国の農業で、穀[360]<br />東アジアの経済　レポート
（中国の農業）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　私は、中国の農業についてをテーマに選択致しました。理由は私的になりますが実家が元々は農家だった為、興味を持ってレポートを作れると考えたからです。中国の農業と日本の農業を比較してレポートを構成する予定でしたが、調べていくうちに中国の農業で、穀物生産量について問題になっている。とい事を知り今回は中国の農業の穀物生産量についてとさせていただきます。
　現在中国の農業は政府の働きかけもあり、授業でも習いましたが、二重経済モデルや郷鎮企業の発展により農村減少し都市へ、農業が減少し産業へ、人民公社から農業生産請負責任制へと50年代から移行してきました。また中国の農村人口は9億人も存在しているがしかし工業化の代償として耕地や農地が減り、最近では穀物生産量の減少が問題となっています。例えば大豆、10年前までは国内で消費する全てを自給していました。しかし現在では2300万ｔを輸入し、国内で1600万ｔを生産、計3900万ｔの大豆を消費しています。つまり10年前は100%自給していたのに対し現在は消費量の約59%を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[りんご]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431342301@hc05/8123/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 04gs105]]></author>
			<category><![CDATA[04gs105の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 24 Apr 2006 17:45:07 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431342301@hc05/8123/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431342301@hc05/8123/" target="_blank"><img src="/docs/983431342301@hc05/8123/thmb.jpg?s=s&r=1145868307&t=n" border="0"></a><br /><br />りんごをイメージした表紙。[39]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 中山間地域に対する直接保障制度]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431431101@hc05/7706/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kochistudent]]></author>
			<category><![CDATA[kochistudentの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 25 Mar 2006 16:29:45 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431431101@hc05/7706/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431431101@hc05/7706/" target="_blank"><img src="/docs/983431431101@hc05/7706/thmb.jpg?s=s&r=1143271785&t=n" border="0"></a><br /><br />私は中山間地域に対する直接保障制度については実施するしかないと思います。
現在、中山間地域は経済的に悪い状態にあります。しかし、中山間地域には都市の生活基盤を支えるためのものがあります。しかし農業は外国産の農産物に押され、値段ではもはや対[356]<br />私は中山間地域に対する直接保障制度については実施するしかないと思います。
現在、中山間地域は経済的に悪い状態にあります。しかし、中山間地域には都市の生活基盤を支えるためのものがあります。しかし農業は外国産の農産物に押され、値段ではもはや対抗できない状態にあります。林業は国産材の価格が低迷している状態が続いています。他の産業も決して良い状態とはいえません。
農業は多面的機能を持っており日本の農産物の約４割を支ええいる産業としての農業、保水、治水、国土保全、伝統的景観の保持、地域社会の維持活性化、文化の伝承、「人工的」な自然管理など多くの役目を担い、中山間地域の多面的機能は総合すると３兆３百億円に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ＨＩＶ／ＡＩＤＳの農業に対する影響]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430682601@hc06/7314/]]></link>
			<author><![CDATA[ by abcdes]]></author>
			<category><![CDATA[abcdesの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 06 Mar 2006 23:57:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430682601@hc06/7314/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430682601@hc06/7314/" target="_blank"><img src="/docs/983430682601@hc06/7314/thmb.jpg?s=s&r=1141657064&t=n" border="0"></a><br /><br />　今、エイズの破壊的影響は、アフリカにおける数十年間の発展を逆行させている、といわれている。感染症の病気が一般的に、より抵抗力の弱い老人と子どもに最も大きな被害をもたらすのに対して、HIVの感染者はほとんど成人であり、それら最も生産力のある[354]<br />ＨＩＶ／ＡＩＤＳの農業に対する影響
　今、エイズの破壊的影響は、アフリカにおける数十年間の発展を逆行させている、といわれている。感染症の病気が一般的に、より抵抗力の弱い老人と子どもに最も大きな被害をもたらすのに対して、HIVの感染者はほとんど成人であり、それら最も生産力のある労働者を国から奪う。HIV流行の早い段階で、ウイルスは一般に、より教育レベルが高く、より移動して外部と接触する機会の多い職種の間で最も急速に広がる、ともいわれている。経済発展がより所としている農学者やエンジニアが奪われるのだ。
　サブサハラの経済成長率はすでにエイズによって４％も低下。最も大きい国では労働生産率が５０％も減..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 日本経済史〜江戸時代の農業〜]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430819901@hc06/7200/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kansin]]></author>
			<category><![CDATA[kansinの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 04 Mar 2006 01:37:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430819901@hc06/7200/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430819901@hc06/7200/" target="_blank"><img src="/docs/983430819901@hc06/7200/thmb.jpg?s=s&r=1141403879&t=n" border="0"></a><br /><br />　17世紀初頭の後進地帯の大土地保有者の家では、親方百姓を中心として複合大家族という家族形態をとり、その複合大家族の構成員を労働力に組み入れる手作経営を行っていた。譜代下人、すなわち一生涯を通じて主家に人身的に隷属して、世襲的に労役を提供し[356]<br />日本経済史
17世紀初頭の後進地帯の大土地保有者の家では、親方百姓を中心として複合大家族という家族形態をとり、その複合大家族の構成員を労働力に組み入れる手作経営を行っていた。譜代下人、すなわち一生涯を通じて主家に人身的に隷属して、世襲的に労役を提供した奉公人のことで、生活を保障してもらう代わりに恒常的な労働要員として手作経営の重要な労働力の担い手であった。
譜代下人は親方百姓の家に住み、大きくなっていく。そして適齢期になると、親方百姓の取りまとめによって譜代下人同士の結婚ができる。結婚した下人夫婦は、親方百姓の母屋を出て、近くの小屋に移り住んでいた。母屋から小屋に移り住んでも、下人夫婦は依然親..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本の食糧事情の展望]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432070601@hc05/7193/]]></link>
			<author><![CDATA[ by Luft]]></author>
			<category><![CDATA[Luftの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 03 Mar 2006 19:46:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432070601@hc05/7193/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432070601@hc05/7193/" target="_blank"><img src="/docs/983432070601@hc05/7193/thmb.jpg?s=s&r=1141382813&t=n" border="0"></a><br /><br />　もはや、現在の日本のあらゆる食糧が輸入に依存しており、自給率が異常に低いのは周知のことである。また、20年前と比較してみると、輸入されるものにも多少の偏移が見られるようになってきた。例えば、エビやトウモロコシの輸入依存が高いのは相変わらず[356]<br />日本の食糧事情の展望
もはや、現在の日本のあらゆる食糧が輸入に依存しており、自給率が異常に低いのは周知のことである。また、20年前と比較してみると、輸入されるものにも多少の偏移が見られるようになってきた。例えば、エビやトウモロコシの輸入依存が高いのは相変わらずとして、肉類の輸入が急増した。豚を筆頭として牛などの肉の輸入量は20年前のそれの比ではない。これは日本人の食生活が欧米型の食生活に変化し、肉類の消費が拡大したためと考えられる。魚介類ではマグロの輸入量が増加傾向にある。もともと周囲を海で囲まれた日本が、海産物の輸入に依存するのはいささか不思議な感がする。しかしオイルショックや人件費の上昇な..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[農業と農村、農地の持つ多面的機能の評価と今後の農業・農地政策の方向づけとの関連のあり方について。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432258801@hc05/3900/]]></link>
			<author><![CDATA[ by a2ab1055]]></author>
			<category><![CDATA[a2ab1055の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 12 Dec 2005 20:28:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432258801@hc05/3900/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432258801@hc05/3900/" target="_blank"><img src="/docs/983432258801@hc05/3900/thmb.jpg?s=s&r=1134386939&t=n" border="0"></a><br /><br />　日本とEUでの多面的機能の考え方を振り返り、その上で農業の多面的機能とその効果を発揮するための農業・農地政策の関連についてまとめることにする。
　まず日本の農業の多面的機能について定義やその背景についてみていく。
　農業の多面的機能と[348]<br />農業法律レポート　　　　　　　　
E.　農業と農村、農地の持つ多面的機能の評価と今後の農業・農地政策の方向づけとの関連のあり方について。
日本とEUでの多面的機能の考え方を振り返り、その上で農業の多面的機能とその効果を
発揮するための農業・農地政策の関連についてまとめることにする。
まず日本の農業の多面的機能について定義やその背景についてみていく。
農業の多面的機能とは農産物の生産だけではなく、農業の自然循環機能など、農業が国土や社会に対して果たしている役割の事を指している。日本では具体的な機能として、｢国土保全｣、「水源のかん養」、「自然環境の保全」、「良好な景観の形成」、「文化の伝承」等などをあげている。農業の多面的機能は平成11年7月に施行された食料・農業・農村基本法(以下、新基本法)の基本理念のうちの一つに挙げられている。新基本法では食料の安定供給の確保、農業のもつ多面的機能の十分な発揮、農業の持続的な発展、農村の振興の4つが基本理念として明確にされた。この基本計画に基づき、品目別経営安定対策の導入、中山間地域等直接支払制度の創設等、様々な施策を講じてきた。さらに、食の安全・安..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[人体と環境をむしばむ農薬]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431766001@hc05/2725/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ayamo0320]]></author>
			<category><![CDATA[ayamo0320の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 30 Oct 2005 21:28:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431766001@hc05/2725/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431766001@hc05/2725/" target="_blank"><img src="/docs/983431766001@hc05/2725/thmb.jpg?s=s&r=1130675337&t=n" border="0"></a><br /><br />合成農薬の使用が始まって４５年を過ぎ、国際的にも農薬依存の農作物生産が進みつつある。現代の私たちの飽食は農薬によって守られていると言っても過言ではないだろう。病害虫に対する農薬の効果だけを考えた場合、農薬は自然をコントロールできる可能性を秘[360]<br />人体をむしばむ農薬
参考資料：新・環境科学への扉、危機に立つ人間環境―「食」と環境の化学、暮らしのなかの農薬汚染―食べもの・水から住まい・街まで
　合成農薬の使用が始まって４５年を過ぎ、国際的にも農薬依存の農作物生産が進みつつある。現代の私たちの飽食は農薬によって守られていると言っても過言ではないだろう。病害虫に対する農薬の効果だけを考えた場合、農薬は自然をコントロールできる可能性を秘めた「夢の化学物質」といえるかも知れない。
しかし、農薬の効果だけに目を奪われていてはいけない。農薬は人体と環境を確実にむしばんでいるのである。
農薬の大量使用は第二次大戦中、ハマダラカやノミ、ダニなどの衛生害虫駆除のための大量散布に始まる。そしてＤＤＴやＢＨＣなどの登場で「農薬万能時代」を迎える。このことは、戦後の石油化学工業の急速な発展に支えられて可能となった。その意味で、農薬は化学物質万能時代の代表ともいえる。
現在、農薬にはさまざまな種類のものがある。農薬を作用面から分類すると、有機リン剤・カーバメイト剤などの昆虫の神経と神経の間を結ぶ神経伝達部位における神経伝達を阻害し殺虫性を発揮するものや、有..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本の農業就業者の実像]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432354501@hc05/1145/]]></link>
			<author><![CDATA[ by pinokon]]></author>
			<category><![CDATA[pinokonの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 19 Jul 2005 12:03:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432354501@hc05/1145/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432354501@hc05/1145/" target="_blank"><img src="/docs/983432354501@hc05/1145/thmb.jpg?s=s&r=1121742217&t=n" border="0"></a><br /><br />日本は南北に長く山が多いことから作物の大量生産には向かない国土である。しかし温暖湿潤気候で高温多雨な夏に合った稲作は全国に普及し農業の中心として発達してきた。また、南北に長い気候風土を生かし寒い地域の特産物から暑い地域の特産物まで幅広く稲作[360]<br />【論題】
日本の農業就業者の実像
【目次】
はじめに
第１章　現状の農業担い手の把握
１農業人口
２農家の家族構成
３農業専従者
４農家の経済
５まとめ
第２章　新規就農者
１増える新規就農者
２新規就業者の就業形態
３就農の動機
４就農前の研修先割合
５新規就農者の収入
６まとめ
おわりに
はじめに
日本は南北に長く山が多いことから作物の大量生産には向かない国土である。しかし温暖湿潤気候で高温多雨な夏に合った稲作は全国に普及し農業の中心として発達してきた。また、南北に長い気候風土を生かし寒い地域の特産物から暑い地域の特産物まで幅広く稲作の福作として栽培されてきた。しかし近年は消費者の嗜好の変化から野菜や果物の需要が増えたことから生産される農作物の割合が変わり、農業生産額の割合は米・野菜・果実でほぼ等しくなっている。
日本の農業経営は第二次世界大戦後の農地改革により地主による大規模経営から小作人家族による小規模経営になった。土地を与えられた小作人は作物の生産能力には長けていたが、生産から販売までのマーケティングの能力を持つ農家は少なかった。なので、農業共同団体（ＪＡ）に企画や流通などを..]]></description>

		</item>

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