<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:taxo="http://purl.org/rss/1.0/modules/taxonomy/" xmlns:activity="http://activitystrea.ms/spec/1.0/">
	<channel>
		<title>タグ“身体表現”の公開資料</title>
		<link>https://www.happycampus.co.jp/public/tags/%E8%BA%AB%E4%BD%93%E8%A1%A8%E7%8F%BE/</link>
		<description>タグ“身体表現”の公開資料</description>
		<language>ja-JP</language>
		<generator uri="http://www.happycampus.co.jp/" version="1.0">happycampus rss generator</generator>
		<docs>https://www.happycampus.co.jp</docs>
		<managingEditor>cs@happycampus.co.jp</managingEditor>
		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[古典と西欧との差異からみる舞踊の本質]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431261501@hc06/5222/]]></link>
			<author><![CDATA[ by makipeko]]></author>
			<category><![CDATA[makipekoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Jan 2006 13:04:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431261501@hc06/5222/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431261501@hc06/5222/" target="_blank"><img src="/docs/983431261501@hc06/5222/thmb.jpg?s=s&r=1137211469&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに
　舞踊は人間が言葉を有する以前から生活の中にあった。そして信仰と結びついて舞踊が発生したのは世界共通の事実。しかしそれぞれの民族によって長い歴史と共に大きな差が生じたのである。
　大正元年、帝劇に招かれたイタリア人教師ローシー[352]<br />はじめに
　舞踊は人間が言葉を有する以前から生活の中にあった。そして信仰と結びついて舞踊が発生したのは世界共通の事実。しかしそれぞれの民族によって長い歴史と共に大きな差が生じたのである。
　大正元年、帝劇に招かれたイタリア人教師ローシーによってバレエはもたらされた。バレエ伝来から約１００年経つが、これまで幾度かのブームを経て、今またこの芸術の人気が高くなってきている。今日の日本では、遥か千年以前の古代の舞楽、中世の能、狂言、近世の人形浄瑠璃、歌舞伎、そして日本舞踊と各時代の芸能が現代の演劇、舞踊とが共存しているが、その中において見事バレエも舞踊文化の一端を担うことができていると言える。これは他国にはあまり見られることではない。西欧が前代の様式を壊して進化していく変遷であったのに対して、日本の芸能は新旧交代することなく、互いに影響し、多岐に分裂していくという形をとってきた。アジア東端の島国である日本は、それらを独自の文化として成長させてきた。ここでは古典芸能の集大成ともいえる日本舞踊と西欧の舞踊クラシックバレエとを比較し、共通点・相違点から舞踊の本質を本論のテーマとしたい。
衣装による表..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[身体表現論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432347301@hc05/568/]]></link>
			<author><![CDATA[ by さわやかみかん]]></author>
			<category><![CDATA[さわやかみかんの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 23 Jun 2005 19:30:12 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432347301@hc05/568/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432347301@hc05/568/" target="_blank"><img src="/docs/983432347301@hc05/568/thmb.jpg?s=s&r=1119522612&t=n" border="0"></a><br /><br />　バレエの始まりは、イタリアのルネッサンス期だと言われている。その後ルイ１４世の時代に宮廷バレエは繁栄し、バレエが好きだったルイ１４世が舞台を退いた後、多くの廷臣もそれにならった。このことが、職業舞踏家の役割をますます重要なものとしたのであ[360]<br />身体表現論レポート
「バレエと女性の関わりについて」
私は「身体表現論」の講義の中で、女性がどのような経緯でバレエに加わるようになっていったのか、ということに興味を持った。ここではバレエの歴史と共に、女性がどのように舞台でバレエを踊るようになっていったのかということを論じていきたい。
　バレエの始まりは、イタリアのルネッサンス期だと言われている。その後ルイ１４世の時代に宮廷バレエは繁栄し、バレエが好きだったルイ１４世が舞台を退いた後、多くの廷臣もそれにならった。このことが、職業舞踏家の役割をますます重要なものとしたのである。宮廷バレエの初期には、貴族婦人、女官たちも多く舞台に出ていたが、徐々にそれはなくなり、女性の役は仮面をつけた若い廷臣が演じるようになっていた。しかし、廷臣の踊り手が少なくなったこともあり、女性役は再び女性が踊るようになっていったのである。
　１６８１年、「愛の勝利」で、ラ・フォンテーヌという女性がデビューした。彼女は「愛の勝利」の舞踊場面で３人のバレリーナの先頭に立って踊ったとされており、バレエ史上初のプリマ・バレリーナはフォンテーヌであったといえるだろう。フォンテ..]]></description>

		</item>

	</channel>
</rss>