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		<title>タグ“言語学”の公開資料</title>
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		<description>タグ“言語学”の公開資料</description>
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		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

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			<title><![CDATA[音素]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/149364/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sengoro]]></author>
			<category><![CDATA[sengoroの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 18 Aug 2022 11:40:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/149364/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/149364/" target="_blank"><img src="/docs/930858578376@hc18/149364/thmb.jpg?s=s&r=1660790454&t=n" border="0"></a><br /><br />音素
音素おんそ、英:
phonemeとは、言語学・音韻論において、音声学的な違いはどうであれ、心理..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ロシア・ユーラシア文化入門1　期末レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918829665482@hc22/149246/]]></link>
			<author><![CDATA[ by rurunya]]></author>
			<category><![CDATA[rurunyaの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 05 Aug 2022 15:23:07 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/918829665482@hc22/149246/" target="_blank"><img src="/docs/918829665482@hc22/149246/thmb.jpg?s=s&r=1659680587&t=n" border="0"></a><br /><br />上智大学開講科目、ロシア・ユーラシア文化入門１の期末レポートです。スラヴ語、特にロシア語の位置づけとその特徴について論じています。[195]<br />ロシア・ユーラシア文化入門1
期末レポート

スラヴ語とロシア語

　私はこの期末レポートのテーマとして「ロシア語」を取り上げようと思う。その中でも私はロシア語の位置づけ、すなわちロシア語が世界の言語と比較してどのような言語なのかという点に関して考察したい。授業内では、「現代ロシア語形成史概説（１）」のスライド、pp.4-8にある他のスラヴ語との比較の箇所を扱ったので、そこを掘り下げていきたい。
　前提として、ロシア語はインド・ヨーロッパ語族のバルト・スラヴ語派、東スラヴ語群に所属している。ロシア語と同様の東スラヴ語には、他にウクライナ語、ベラルーシ語がある。一方、西スラヴ語には、チェコ語、ポーランド語、スロヴァキア語があり、南スラヴ語には、セルビア語、クロアチア語、マケドニア語などがある。私はここで、スラヴ語が他のインド・ヨーロッパ語族の言語と異なる点はどういうところにあるのかということに関して興味を持ち、ロシア語に重きを置きながらリサーチした。
　まず、文法の面である。一つ目に、スラヴ語は「格」を持っているという点がある。例えば、ロシア語は主格、生格、与格、対格、造格、前置格がある..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[上智大学　ロシア語史　期末レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918829665482@hc22/149104/]]></link>
			<author><![CDATA[ by rurunya]]></author>
			<category><![CDATA[rurunyaの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 21 Jul 2022 21:35:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918829665482@hc22/149104/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/918829665482@hc22/149104/" target="_blank"><img src="/docs/918829665482@hc22/149104/thmb.jpg?s=s&r=1658406928&t=n" border="0"></a><br /><br />上智大学の開講科目「ロシア語史」の期末レポートです。21世紀に現れたロシア語について論じています。[143]<br />ロシア語史レポート

21世紀のロシア語

　この授業では、ロシア語の歴史を学んだ。私の期末レポートでは、近年における新しいロシア語について論じたいと思う。その中でも私は特に、語彙について取り扱う。21世紀から出現したものとして最初に取り上げようと思うものは、SDGｓに関連するような環境問題などの社会問題に関する用語である。今や、ロシアのみならず、日本やヨーロッパ諸国など、世界の各地で問題視されることが増え、そのような用語が増えたと考えられる。また、もう一つ取り上げたいと思うものは、精神病に関する用語である。以前、私は北朝鮮出身者で現在はアメリカに住んでいる、所謂脱北者であるパク・ヨンミさんの書籍『生きるための選択』（辰巳出版、2015）を読んだ。その書籍では、北朝鮮には基本的にうつ病などの精神的な病は存在せず、病気と呼べるものはすべて身体的なものに限られていると説明されていた。この言及から、私は同じ政治体制であったソ連においても同じような状況になっていたのではないかという仮説を立てた。
　しかし、調べてみると、ソ連において、心理学者であるヴィゴツキーをはじめとする学者たちが障害児に対..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[文法]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/148768/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sengoro]]></author>
			<category><![CDATA[sengoroの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 16 Jun 2022 10:46:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/148768/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/148768/" target="_blank"><img src="/docs/930858578376@hc18/148768/thmb.jpg?s=s&r=1655343968&t=n" border="0"></a><br /><br />文法
文法ぶんぽう、英:
grammarとは、言語の体系、およびそのモデル、およびそれをもとにした、ある個別言語の話し
手が従うべき規範である。この記事ではもっぱら自然言語の文法について扱う。形式言語の文法に
ついては形式文法の記事を参照のこと。なお、「文法論grammar」という語が指すものと「統
語論syntax、分野等によっては構文論とも」という語が指すものが同一のものであるとして扱
われている場合もあるが、ここでは別とする。
言語の体系性は、伝統的に規則として捉えられてきた。ある個別言語の規則を、その言語の話し手
の従うべき規範として述べたものが規範文法 (prescriptive g..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国語学概論&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; （課題1）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952855190597@hc11/139410/]]></link>
			<author><![CDATA[ by けっけっ]]></author>
			<category><![CDATA[けっけっの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 30 Jan 2020 15:48:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952855190597@hc11/139410/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952855190597@hc11/139410/" target="_blank"><img src="/docs/952855190597@hc11/139410/thmb.jpg?s=s&r=1580366889&t=n" border="0"></a><br /><br />日本大学通信教育部 2019～2022年度課題合格レポートです。
OKです。大変よく記述されていました。よく理解していると思われます。お疲れ様でした。とのお褒めの言葉を頂きました。[247]<br />国語学概論M２０３００（課題１）

「日本語学とは」

日本語学は言語学の一分野である。言語学は英語..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日大通信　英語科教育法Ⅳ 平成29,30年度課題　S評価レポートあんど科目習得試験対策]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/936584963284@hc16/131350/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ポトラッチ]]></author>
			<category><![CDATA[ポトラッチの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 07 Nov 2017 21:02:48 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/936584963284@hc16/131350/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/936584963284@hc16/131350/" target="_blank"><img src="/docs/936584963284@hc16/131350/thmb.jpg?s=s&r=1510056168&t=n" border="0"></a><br /><br />日大通信　英語科教育法Ⅳ 平成29,30年度　S評価レポート
あんど科目習得試験対策です。

過去問対策をしてあります。出る可能性のある単語を説明してあります。
丸写しはさけて、参考にしたり、学習に役立てたりしてください。

参[322]<br />日大通信　英語科教育法Ⅳ 平成29,30年度　S評価レポートあんど科目習得試験対策
、
、
英語科教育法Ⅳ 分冊１
課題文
以下の４つの設問全てに解答しなさい。教材pp.17-18の記述を参考にして、実例を挙げながら、errorsとmistakesの違いを説明しなさい。教材pp.18-20の記述を参考にして、errorsの種類を説明しなさい。教材pp.20-21の記述を参考にして、言語獲得の初期に見られる学習者の諸特徴を説明しなさい。教材pp.21-22の記述を参考にして、accuracy orderという仮説を説明しなさい。またaccuracy orderに対する批判を説明しなさい。〈ポイント〉
リポート用紙の最終ページまで記述してあること
キーワードOmission, Overgeneralization, transfer, 
global errors, local errors, silent period
、
、
科目習得試験のポイント。
問題は学問用語です。この対策にも載せてありますが、過去問などを手に入れてなるべく覚えましょう。英文はさほど難しくなく、構文、単語も標準です。英文の和訳ができれば単位を落とすことはないのではないかと思います。
、
、
レポートのポイント。
全体を訳をしてみてその後手際よくまとめないといけません。このレポートに限らず
2000字は思ったよりきついのでうまく削りましょう。「実例を挙げながら」「初期に見られる学習者の諸特徴」など細かく指示もあります。
、
、
、
、
、
課題文解答例
、
１.errorsは学習者が持っている知識の中に決定的な欠如があることを表す。つまりerrorsとは学習者が正しい内容の知識を持っていないために起こる誤りである。例えば、物語などの動詞の過去形を使うべき文脈でcontainedをcontainとしてしまうことである。それに対してmistakesとは、知識は持っているが、場合によって実行言葉で表現できない誤りのことをいう。これは、特定の状況で学習者が知っている知識をたまたま表現できないために起こる。例えば、物語の文章でずっとcontainedなどの過去形を使ってきたが最後だけcontainにしてしまうことである。これら2つを区別するためには学習者の言語運用実行に一貫性があるかどうかを調べる方法..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日大通信　英語科教育法Ⅲ　A判定合格レポート [平成27-28年度課題]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941902461015@hc14/119072/]]></link>
			<author><![CDATA[ by すんふん]]></author>
			<category><![CDATA[すんふんの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 17 Mar 2015 13:36:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941902461015@hc14/119072/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/941902461015@hc14/119072/" target="_blank"><img src="/docs/941902461015@hc14/119072/thmb.jpg?s=s&r=1426567001&t=n" border="0"></a><br /><br />日大通信　英語科教育法Ⅲ　A判定合格レポート

[平成25-26・27-28年度課題]
通信教育教材の第一章から第六章の中から、１つの章を選び、選択した章について課題に取り組みなさい。

選択した章：第6章[271]<br />日大通信　英語科教育法Ⅲ　合格レポート
[平成25-26年度課題]
通信教育教材の第一章から第六章の中から、１つの章を選び、選択した章について課題に取り組みなさい。
選択した章：第6章
・和訳
翻訳権保護のため掲載できません。
・Exercises
1. 「『なぜ』を犠牲にして『どのように』に対して関心を示している」というのは、多くの教師が教授法に関する考察は必要であるとしているものの、採用している教授法を「なぜ」採用しているかということについては考えていないということである。
2. 現在の外国語教育における２つの傾向のうち１つ目は、言語の機能や言語教育の目的に注目が集まる傾向である。２つ目は..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「日常言語におけるメタファーの優位性について －代替理論と相互関係理論を比較して－」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943544322665@hc14/112326/]]></link>
			<author><![CDATA[ by TaylorPRS]]></author>
			<category><![CDATA[TaylorPRSの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 02 May 2014 12:26:14 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943544322665@hc14/112326/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/943544322665@hc14/112326/" target="_blank"><img src="/docs/943544322665@hc14/112326/thmb.jpg?s=s&r=1399001174&t=n" border="0"></a><br /><br />日常言語において、メタファー（隠喩）を使う側面を論じています。
特に、メタファーの代替理論と相互作用理論を中心に書いています。どちらかと言えば、言語哲学に近い内容かもしれません。[265]<br />「日常言語におけるメタファーの優位性について
－代替理論と相互関係理論を比較して－」
Introduction
　日常的に使用する書き言葉や話し言葉では、何かを伝えたいことを効果的に伝えるために、比喩表現を用いることがしばしばある。比喩表現を使うことで、意味論上においても、通常使用されるべき言葉ではないものを使うことで、比喩でしか伝えることができない意味を伝えることができると思われる。
　このレポートでは、隠喩（メタファー）と直喩（シミレ）における表現とニュアンスの違いを考え、隠喩理論における代替理論と相互作用理論（付加理論の一つ）を比較し、日常言語におけるメタファーの使用がどのように読み手や聞き手といった相手に、より深い意味を含めてどのように心に訴えているのか、それをメタファーの優位性として考えてみたい。
I.　直喩と隠喩における表現とニュアンスの違い
　比喩表現は、いくつか種類に分けることができる。ここでは、隠喩と直喩に分けてみたい。野内によると、直喩とは、「真っ直ぐな、直接的な喩え」を明示している表現法である 。このように直喩を使用した文の場合には、「のよう」「みたい」「まるで」「さながら」といった「喩え」を表す語句を使用し、二つの項を比較・対照している。例えば以下のような例文は、直喩を用いた文である。
(a1) 彼は針金のように痩せている
(b1) 彼女の肌は雪のように白い
　この二つの例文は、ともに置き換えることが可能である。
(a2) 彼はすごく痩せている
　　 (b2) 彼女の肌はとても白い
　つまり、直喩とは「すごく」「とても」など、強調表現するときに、「針金のように」「雪のように」と言い換えて表現する方法である。
また、隠喩とは、「類似性」に基づく「見立て」である 。つまり、「XをYとして見る」ことである。通常は、XとYは結びつくことができない異なる表現同士を用いる。この場合の「類似性」とは、「イメージ的に似ている＝感性的類似性」や「構造的＝概念的類似性」といった分類ができる。以下は、隠喩の例文である 。
　　
(a3) マリー・アントアネットはバラだ
(b3) 彼女の肌は雪だ
　
しかし、これらの例は以下の例のように置き換えが可能である。
(a4) マリー・アントアネットは美しい
(b4) 彼女の肌は白い
　これらの例のように、(a3)は(a..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[アリストテレスの論理学―三段論法を中心に―]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943544322665@hc14/112324/]]></link>
			<author><![CDATA[ by TaylorPRS]]></author>
			<category><![CDATA[TaylorPRSの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 02 May 2014 12:26:12 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943544322665@hc14/112324/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/943544322665@hc14/112324/" target="_blank"><img src="/docs/943544322665@hc14/112324/thmb.jpg?s=s&r=1399001172&t=n" border="0"></a><br /><br />アリストテレスが主張した論理学のひとつである「三段論法」を中心にまとめています。
どちらかと言えば、言語哲学に近いです。[178]<br />「アリストテレスの論理学―三段論法を中心に―」
I. はじめに
　論理学とは、知を探求し事物を論理的に捉えるときに、必要な考え方のひとつである。クーパーによると、論理学とは、推論あるいは推論の仕方の体系的研究であり、つまり、与えられた諸前提から何が帰結し、そして、なぜそれが帰結するかについて研究するものだと論じている（セドレー編, 2009: 196）。ここでは、アリストテレスが発見した論理学のひとつである三段論法の定義および解釈について考えたい。
II. アリストテレスの三段論法の定義
II-1. 三段論法を考える上で満たす条件
　野内（2010: 67-68）によると、三段論法を考える場合には、内容の真偽はともかく次の５つの条件を満たさなければならないという。それは次の通りである。
(1) ふたつの前提と結論からなる三段構成である
(2) 名詞、形容詞、動詞などの3つの名辞（概念）が問題になる
(3) どの命題も主語と述語からなる
(4) 結論にある主語と述語は両前提を通じて一回だけ出てくる
(5) 両前提に出てきた結論で消える中名辞（媒介概念）が必ずある
(1)のふたつの前提とは..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学　M6511　言語学概論 設題2]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947704285169@hc13/111433/]]></link>
			<author><![CDATA[ by きよきよ]]></author>
			<category><![CDATA[きよきよの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 26 Mar 2014 02:58:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947704285169@hc13/111433/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947704285169@hc13/111433/" target="_blank"><img src="/docs/947704285169@hc13/111433/thmb.jpg?s=s&r=1395770327&t=n" border="0"></a><br /><br />『2014年　最新版』　佛教大学通信教育課程の合格済みレポートです。●図書館で資料を集めてから作成。参考文献も記載しています　●文章構成やレイアウトにも気を配りました。●設題の意図を正確に捉え簡潔にまとめています。ぜひ参考にしてくださ[346]<br />第二設題　人間の言語に共通する特徴のうち、恣意性・生産性について説明しなさい。
私たちは言語を用いることでお互いにコミュニケーションをとることができ、またお互いに共通の概念を持つことができる。私たち日本人がりんごと言えば「赤くて丸い形の果物」と共通の認識を持つことができる。それは、「りんご」を理解する際に、「りんご」という記号（語）を「ringo」という音声、または「りんご」という文字と、りんごの概念（意味）とを恣意的に結び付けて理解しているからである。このように言語の伝達機能は音声による方法と、文字による方法がある。世界の言語総数は、約8000だというが（三省堂「言語学大辞典」）、文字を持たない言語はあるが、音声を持たない言語は存在しない。人間言語にはそれぞれが持つ共通の特徴がある。
本論では、人間言語に共通な特徴として、アメリカの言語学者ハケットのあげた最大限16の中から、「恣意性」と「生産性」について、具体例を挙げながら説明する。
一.恣意性について
　恣意性とは、人間言語の伝達内容とそれを指し示す音声記号（または文字記号）との間に、必然的な因果関係がなく、各言語社会で昔から習慣..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学　M6511　言語学概論 設題１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947704285169@hc13/111432/]]></link>
			<author><![CDATA[ by きよきよ]]></author>
			<category><![CDATA[きよきよの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 26 Mar 2014 02:58:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947704285169@hc13/111432/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947704285169@hc13/111432/" target="_blank"><img src="/docs/947704285169@hc13/111432/thmb.jpg?s=s&r=1395770326&t=n" border="0"></a><br /><br />『2014年　最新版』　佛教大学通信教育課程の合格済みレポートです。●図書館で資料を集めてから作成。参考文献も記載しています　●文章構成やレイアウトにも気を配りました。●設題の意図を正確に捉え簡潔にまとめています。ぜひ参考にしてくださ[346]<br />第一設題　言葉の意味が脈絡によって異なる場合を、例をあげて説明しなさい。
本論では、言葉の意味が脈絡によって異なる場合について、語句そのものが持つ多義性とプラグマティックスな意味の決め方から、例を挙げ説明していく。
まず、「脈絡」について意味を調べてみる。岩波国語辞典第二版によると、「つながったすじみち。つながり」と表記されている。今回のように言葉の意味を辿る際は、論理の構造をたどることが可能な一連の過程ともいえるだろう。
さて、脈絡と言っても、その中には様々なものが含まれている。言葉の意味が脈絡によって変化する例を示すに当たって、大まかには二つの方向性が存在すると考えられる。一つめは語句そのものが持つ多義性からのアプローチで、もう一つはプラグマティックスからのアプローチである。まずは前者についてみてみたい。
言葉には多義性を含むものが存在する。例えば英語の「order」という語は、①注文する②命令する③秩序④順序、というように、一つで複数の意味をもつ。このように多義性を含む言語は、その用法から意味を判断することができるものが多い。例えば、order a bookなら本を注文する、とい..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[言語学概論第２設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/105613/]]></link>
			<author><![CDATA[ by BOOOOO]]></author>
			<category><![CDATA[BOOOOOの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 15 Aug 2013 11:44:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/105613/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/105613/" target="_blank"><img src="/docs/952871529578@hc11/105613/thmb.jpg?s=s&r=1376534650&t=n" border="0"></a><br /><br />「人間の言語に共通する特徴のうち、恣意性・生産性について説明しなさい。」
　私たちが、普段から何気なく使っている「言語」には、様々な特徴があり、それらの特徴に基づいて「言語」が使われている。これらの特徴には、様々なものがあり、時代に応じても細かな点で特徴が変わっている為、多くの研究がなされているが、このレポートにおいては、アメリカの言語学者であるハケット（C.F.Hockett）がまとめた16の特徴のうち、「恣意性」と「生産性」について見ていきたい。
　まず、言語の「恣意性」とは、スイスの言語学者であるソシュール（Saussure）が提唱した言語の特徴であり、記号表現（シニフィアン）と記号内容（シニフィエ）の間には、一般的に、必然的な関連や動機性がないといった特徴である。テキストの例を引用すると、日本語では「ミズ」と呼ばれているH2Oのことを、英語ではWater、フランス語ではeau、ドイツ語ではWasserというように、すべて違う音声で表わされており、同じ「水」でも、慣習によって表記も読み方も違うものになるといったことである。この例で述べられている「水」も、英語圏やフランス語圏、ドイ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[言語学概論　第１設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/105612/]]></link>
			<author><![CDATA[ by BOOOOO]]></author>
			<category><![CDATA[BOOOOOの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 15 Aug 2013 11:44:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/105612/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/105612/" target="_blank"><img src="/docs/952871529578@hc11/105612/thmb.jpg?s=s&r=1376534649&t=n" border="0"></a><br /><br />「言葉の意味が脈絡によって異なる場合を、例をあげて説明しなさい。」
　私たちは、日常生活で「言葉」を使っている。人間は、各国や各地域によって使う言語は違うものの、各々の「言語」を持ち、それらを使い他人とのコミュニケーションをはかっている。日本語の場合は、ひとつひとつの「文字」があり、それらの組み合わせで「単語」が出来、「単語」を組み合わせることで「文章」が出来、「文章」にすることで、他人に伝達するといった行為が出来るようになる。細かく分解すれば、「単語」は「形態素」に分解することが出来、「文」も「文節」や「句」に分解することが出来、発音時に限れば、「文字」も「音素」に分解することが出来る。このように、日本語においても、様々な要素の組み合わせにより成り立っているが、言語で他人に伝達するといった行為が出来るようになるのは、それらの「言葉」のひとつひとつに「意味」があるからである。言語学的に考察すると、「音素」のひとつひとつにも「意味」はあるのだが、一般的に、日本語において他人に伝達する為の「意味」が含まれるのは、「単語」や「文」といった単位であると考える。このレポートにおいては、その「意味..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[M6511　R0703　言語学概論　レポート設題２（Ａ判定、合格済み）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/96688/]]></link>
			<author><![CDATA[ by BBQ-Chicken]]></author>
			<category><![CDATA[BBQ-Chickenの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 06 Sep 2012 00:27:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/96688/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/96688/" target="_blank"><img src="/docs/948746779245@hc12/96688/thmb.jpg?s=s&r=1346858867&t=n" border="0"></a><br /><br />設題：人間の言語に共通する特徴のうち、恣意性・生産性について説明しなさい。
テキスト：入門ことばの科学、大修館書店、田中みどり[187]<br />人間の言語に共通する特徴のうち、恣意性・生産性について説明しなさい。
人間の言語の共通する特徴の中に、恣意性と呼ばれるものがある。恣意性とは、人間言語の伝達内容とそれを指し示す音声記号（または文字記号）との間に、必然的な因果関係がほとんどなく、各言語社会で昔から慣習としてそれぞれに独自に、つまり勝手気ままに結び付けられている、という特徴である。例えば「家」という言葉は、「い―え」という２つの音がこの順番で並ばなければならない理由はなく、たまたまそうなっていて、それがルールとして定着しているにすぎないのである。裏返していえば、伝達内容と音声記号との間に必然関係があるなら、世界中の言語が特定の事物をすべて同じ音声記号で表すはずだが、実際にはそうではない。例えば「水」は日本語だが、英語ではwater、フランス語ではeau、ドイツ語ではwasserなど、すべて違う音声（連続）で指す。言語の借用による形式の一致や、偶然の一致はあるが、これらは語彙全体からいえば少数であり、むしろ例外的なものであろう。
言語記号に恣意性があると、無限に生ずる事柄を、すべて異なる最小の記号で表すことは不可能になる。聞..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[M6511　R0703　言語学概論　レポート設題１（Ａ判定、合格済み）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/96687/]]></link>
			<author><![CDATA[ by BBQ-Chicken]]></author>
			<category><![CDATA[BBQ-Chickenの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 06 Sep 2012 00:27:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/96687/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/96687/" target="_blank"><img src="/docs/948746779245@hc12/96687/thmb.jpg?s=s&r=1346858866&t=n" border="0"></a><br /><br />設題：言葉の意味が脈絡によって異なる場合を、例をあげて説明しなさい。
テキスト：入門ことばの科学、大修館書店、田中みどり[178]<br />言葉の意味が脈絡によって異なる場合を、例をあげて説明しなさい。
同じ言葉を使っても、その言葉の前後の言葉によって、意味が全く異なることがある。それは、日本語に限らず外国語でも起こりうる。例えば、英語の「strike」には、「打つ」という意味と「ストライキ」の意味がある。野球をしている際に「strike」を使えば、「打つ」の意味になるだろうし、政治や経済のニュースで「strike」を使用する際は、ストライキの意味になるであろう。このような言葉の意味の違いは、どの言葉でも存在しうるが、今回は日本語に焦点を絞って考えていきたいと思う。
日本語には「車」という言葉がある。昔の日本では、「車」は人力車のことを表していた。しかし、現代の日本においては、「車」は一般的に自動車のことを表す。しかもおそらく、一般的には二輪車ではなく四輪車を指すだろう。同じように、「船」という言葉も、昔と違い現代では一般的に、エンジン付きの大人数が乗れる船を指すことが多い。
これらの言葉は、なぜ状況によって意味が変わってくるのであろうか。それは、言葉の意味自体が変わったわけではなく、社会の常識が変わったのであろう。文明が..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[読む『注文の多い料理店』観る『注文の多い料理店』]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949162249076@hc12/95092/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 鞠文庫]]></author>
			<category><![CDATA[鞠文庫の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 19 Jul 2012 23:15:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949162249076@hc12/95092/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/949162249076@hc12/95092/" target="_blank"><img src="/docs/949162249076@hc12/95092/thmb.jpg?s=s&r=1342707324&t=n" border="0"></a><br /><br />宮澤賢治『注文の多い料理店』の舞台上演を観劇した所感を手がかりに、用言が持つ自己表出性への、体言の持つ指示表出性への傾きが、演劇のせりふとして口にされる中でどの様に趣を異にするのか検証する。[285]<br />読む『注文の多い料理店』・観る『注文の多い料理店』
　「イギリスの兵隊のかたち」「白熊のやうな犬」「山が物凄い」など、この物語には、他の作家の作品にもみられるとは言い難いような、独特の表現が多々見受けられる。分析とは例えば、これら一つ一つの表現のもつ不可解さを、謎解きすることから始められるべきだろう。ところが私にはそのモチベーションが生まれなかった。なぜなら、私にとって、それらは謎ではなく、ただただ納得させられる表現でしかなかったからだ。
　「イギリスの兵隊のかたち」と書かれていれば「あぁ、イギリスの兵隊のいでたちだったのだ」と思い「白熊のやうな犬」と書かれていれば、「そりゃ高そうだなぁ」と考え「山が物凄い」と書かれていれば「そんなに物凄かったのか」と感じ入るだけだ。疑問を差し挟む余地がない。
　この状況は、レポートを課された大学生としては、非常に好ましくないものなのではなかろうかと、やや悩んだ。このままでは、読書感想文しか書けない。論理を発展させる可能性を感じられない。そんなとき、次の文章に出会った。
　　（筆者の住む）町は山とほぼ接しており、わたしたちは日課のように裏山へ出かけて行..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[Ｒ0703言語学概論レポート第2設題（B判定）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953888125099@hc11/90508/]]></link>
			<author><![CDATA[ by みすみす]]></author>
			<category><![CDATA[みすみすの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 12 Feb 2012 23:58:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953888125099@hc11/90508/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/953888125099@hc11/90508/" target="_blank"><img src="/docs/953888125099@hc11/90508/thmb.jpg?s=s&r=1329058712&t=n" border="0"></a><br /><br />人間の言語に共通する特徴のうち、恣意性・生産性について説明しなさい。
　地球上にいる人間や人間以外の動物たちは、仲間同士で何らかのコミュニケーションを取りながら生きている。もし、仲間同士のコミュニケーションがなければ、その種の生物は、たちまち絶滅してしまうだろう。
人間以外の動物でも、様々な形で意思疎通をはかっていることは、いくつか分かってきている。アリは、巣から餌までの道のりをフェロモンと呼ばれる体液を道筋に付けることによって、仲間を餌へ誘導する。また、イルカは鳴き声だけでなく、超音波によって仲間とコミュニケーションを取る。ミツバチはミツバチダンスを踊り蜜源との距離や方向を仲間に知らせる。このようなコミュニケーションの仕方は、人間のものとは、かなり違うことが分かる。
私たち人間は、言語によってお互いのコミュニケーションを取ることができる。国や地域によりその言語は多様であるが、それぞれの社会生活でコミュニケーションを行うのに不足のない語彙と文法体系を備えている。言語によって私たち人間は文明的な生活をする恩恵を受けているといってもよい。そこが人間と動物の大きな違いである。
　人間の言語は..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「コモン・センス」の著者トマス・ペインをアメリカ独立戦争時の状況を織り交ぜて論じる]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89821/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ekk alex trusk]]></author>
			<category><![CDATA[ekk alex truskの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 Jan 2012 01:01:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89821/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89821/" target="_blank"><img src="/docs/950783562299@hc12/89821/thmb.jpg?s=s&r=1327248088&t=n" border="0"></a><br /><br />「コモン・センス」の著者トマス・ペインをアメリカ独立戦争時の状況を織り交ぜて論じる[123]<br />「コモン・センス」の著者トマス・ペインをアメリカ独立戦争時の状況を織り交ぜて論じる
　　　　　　　　＜トマス・ペイン、「コモン・センス」の概要＞
　トマス・ペインとはアメリカ独立戦争に貢献した政治哲学者、詩人で、生まれはイギリスである。ロンドンでアメリカ植民地の代表であるベンジャミン・フランクリンと親交を築き、紹介所を携えてアメリカのフィラデルフィアへ出向く。そこで「ペンシルベニア・マガジン」という雑誌の編集者となり、詩や小冊子を出版するようになる。その中の一つで彼の代表作でもあるのが１７７６年の１月に刊行された「コモン・センス」である。「コモン・センス」でトマス・ペイン自身は「イギリスという母体からは植民地であるアメリカはなんの利益も得られず、逆に搾取されるだけだ。故にその母体イギリスからアメリカは独立すべきである。」とイギリスの君主制を批判した上でアメリカの独立を分かりやすく論じている。これは後にアメリカ独立に賛成の者の啓蒙書となり、アメリカ独立へと繋がった。
独立戦争とは植民地アメリカの内部でイギリスへの反発感情が巻き起こったのが最初の原因であるが、その原因はイギリスによるアメリ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[自分の身の周りにある人間関係を一つ取り上げ、それについて心理学（感情と欲求、社会、人格、臨床）の理論を交えて考察する]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89819/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ekk alex trusk]]></author>
			<category><![CDATA[ekk alex truskの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 Jan 2012 01:01:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89819/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89819/" target="_blank"><img src="/docs/950783562299@hc12/89819/thmb.jpg?s=s&r=1327248087&t=n" border="0"></a><br /><br />自分の身の周りにある人間関係を一つ取り上げ、それについて心理学（感情と欲求、社会、人格、臨床）の理論を交えて考察する[174]<br />自分の身の周りにある人間関係を一つ取り上げ、それについて心理学（感情と欲求、社会、人格、臨床）の理論を交えて考察する
今回の課題にあたって私が取り上げたい身の周りの人間関係とは友人関係です。私が日ごろどの様に友人と付き合っているのかを客観的にみて心理学的に考察してみようと思います。
　私の友人関係の範囲というものは狭く、４～６人に留まっています。というのも自分の本音を聞かせられる相手というものはそれだけ信用がないと駄目だからという自分なりの意識が働いているからです。これを言ってしまっていいのかと不安に思うようなことを思い切って相談できるような相手ということです。友人関係だけの話ではありませんが、基本になっているものは信頼関係だと私は思います。
信頼関係は「ラポール」と呼ばれ心理学の中では非常に重要なものと学びました。深い交友関係になればなるほど信頼というものを意識し、自分の信用というものを保とうとしているように思えます。損得感情よりもむしろ関係を保つことで得られる精神的安心感、楽しさ、共感を意識しているようにみえます。友人と酒を交わしたり話をしたりと時間を共有し..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本人はどのように英語を学ぶべきか]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89817/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ekk alex trusk]]></author>
			<category><![CDATA[ekk alex truskの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 Jan 2012 01:01:26 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89817/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89817/" target="_blank"><img src="/docs/950783562299@hc12/89817/thmb.jpg?s=s&r=1327248086&t=n" border="0"></a><br /><br />日本人はどのように英語を学ぶべきか[51]<br />テーマ：　日本人はどのように英語を学ぶべきか
　今回、私がこのテーマをレポートに取り上げたのは、１０月３１日の言語学の授業での講義内容で紹介された「日本語が滅びるとき」水村美苗著作の第七章「英語教育と日本語教育」を読んで感心を持ち、そしてその中で以前から私のもっている「日本人が英語に対してどう向き合っていくべきか」というビジョンに似ている部分を見出すことが出来た為である。グローバル化が叫ばれ、ものづくりで経済大国となった日本は景気低迷の中、今までよりも更に他国との連携を深めねばならないこともあり、そのコミュニケーション手段の最たるものとして「英語」の需要が高まっている。社内公用語を英語にすると公表したファーストリテイリングや楽天などといった企業まで最近になってでてきているくらいなので、日本国内での英語需要の増大は手にとるように分かる。だが、その需要を満たす程の英語スキルを有した人材が日本国内では全くといって良いほど足りていないのも事実である。日本人の英語力向上という考え方は実際に１０年近く前から教育の場を借りて導入されてきたが、現に今、ある程度の英語能力を有する人材の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「少年法は甘いか」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89815/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ekk alex trusk]]></author>
			<category><![CDATA[ekk alex truskの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 Jan 2012 01:01:25 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89815/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89815/" target="_blank"><img src="/docs/950783562299@hc12/89815/thmb.jpg?s=s&r=1327248085&t=n" border="0"></a><br /><br />「少年法は甘いか」[27]<br />「少年法は甘いか」
　　　　　　　　　　　　　　
今回のレポートにおいて取り上げたいテーマは少年犯罪である。少年犯罪についての個人的な考察からそれを統治している少年法は、近頃世間で言われるように本当に「甘い」ものなのかをレポートしたい。
少年法とは、その名の通り少年が犯罪を犯した際に適用される法律であるが、第一章、第一条にこの法律の目的として以下のようにある。
・この法律は、少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年の刑事事件について特別の措置を講ずることを目的とする。
つまり、少年法とは例外を除いて、罪を犯した少年に対しては基本的に刑を課すというより、その後の為の矯正、更生を促す法律だというものであるということだ。この例外というのは、重大犯罪を犯して成人と同様に刑事処分相当と判断されたもの（事件を検察官に送って刑事裁判を受けさせる事（検察官送致、逆送致）。である故に少年法はある一定の犯罪にしか効力のないものと言える。
　ここで、世間では何故、少..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[カンタベリー物語（中）「郷土の物語」の中で誰が一番寛容だったか]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89814/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ekk alex trusk]]></author>
			<category><![CDATA[ekk alex truskの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 Jan 2012 01:01:25 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89814/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89814/" target="_blank"><img src="/docs/950783562299@hc12/89814/thmb.jpg?s=s&r=1327248085&t=n" border="0"></a><br /><br />カンタベリー物語（中）「郷土の物語」の中で誰が一番寛容だったか[93]<br />カンタベリー物語（中）「郷土の物語」の中で誰が一番寛容だったか
　まず始めに私の結論を述べたいと思います。アルヴェラークス、ドリケン、アウレリウス、魔術師の４人の主な登場人物の中で私が一番寛容であると思った人物は魔術師です。魔術師以外の３人も同じように寛容であるのですが、288ページの一行目にあるように「わたしがあなたがたのいずれとも同じように高貴な行いができないとしたら恥になります。これは理の当然です。近習の方よ、わたしはあんたがたった今地中から這い出してきて、今まで一度だってわたしのことをご存じなかったものとして、お前さんの千ポンドを..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[MTVのキャンペーンCM「SEXIDENTS」をジェンダーの視点から分析、批評]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89813/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ekk alex trusk]]></author>
			<category><![CDATA[ekk alex truskの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 Jan 2012 01:01:25 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89813/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89813/" target="_blank"><img src="/docs/950783562299@hc12/89813/thmb.jpg?s=s&r=1327248085&t=n" border="0"></a><br /><br />MTVのキャンペーンCM「SEXIDENTS」をジェンダーの視点から分析、批評[89]<br />MTVのキャンペーンCM「SEXIDENTS」をジェンダーの視点から分析、批評
　　　　　　　　　　　　　
　＜視覚素材　概要＞
　
今回のレポートで私が選んだ視覚素材は、MTVが作成したCMで、主に「セックスをする際にはコンドームをつけろ！」というメッセージが込められたショートフィルムや漫画の広告である。コンドームを推奨する為に、この一連のCMには「セックスは偶然ではない！毎回コンドームを使え！」といった率直な宣伝文句が書かれている。これらのCMは「SEX　IS　NOT　ACCIDENT」を短くして「SEXIDENTS」と呼ばれている。具体的にはどのようなCMなのか説明すると、アニメ風のタッチで描かれた男女二人の白人が何か(ジェットスキーをしていたり、スクーターに乗っていたり、パラグライダーに乗っていたり)する内に偶然に合体してしまうという様な流れのもので、二十秒前半から三十秒程の長さのCMである。合体した後、「SEX　IS　NO　ACCIDENT！　ALWAYS　USE　A　CONDOM」「セックスは偶然には起きない。毎回コンドームを使いましょう」と..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[William Shakespeare　ウィリアム・シェイクスピアを新古典主義的な天才論とロマン主義的な天才論によって論じる。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89812/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ekk alex trusk]]></author>
			<category><![CDATA[ekk alex truskの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 Jan 2012 01:01:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89812/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89812/" target="_blank"><img src="/docs/950783562299@hc12/89812/thmb.jpg?s=s&r=1327248084&t=n" border="0"></a><br /><br />William Shakespeare　ウィリアム・シェイクスピアを新古典主義的な天才論とロマン主義的な天才論によって論じる。[151]<br />William Shakespeare　ウィリアム・シェイクスピアを新古典主義的な天才論とロマン主義的な天才論によって論じる。
　ウィリアム・シェイクスピアはイギリスの劇作家であり詩人。若くして故郷を出てロンドンで役者となり、座付作家として活躍した。四大悲劇「ハムレット」「オセロウ」「リア王」「マクベス」など３７編の劇を書いたことで知られる。エリザベス朝を代表する作家であり、彼の作品には「リチャード二世」「ロミオとジュリエット」「夏の夜の夢」「ヴェニスの商人」「ヘンリー四世」「ウィンザーの陽気な女房たち」「から騒ぎ」「お気に召すまま」「十二夜」などが挙がる。彼の作品は英語圏では今日でも高い尊敬を集めており、シェイクスピア戯曲は、今もなお世界各地で数え切れないほど上演され続けている。また、世界各国の様々な映画監督によってその作品は度々映画化され好評を博している。
実際のところ、シェイクスピア自身に関する現存する資料はとりわけ少なく、手紙や日記、直筆原稿も書簡もほとんど残っていない。わずかに残されたシェイクスピアの直筆は、契約書や遺言状といった散文的な文書の署名ば..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[マザー・テレサの生き方を自分の立場から見て学ぶ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89810/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ekk alex trusk]]></author>
			<category><![CDATA[ekk alex truskの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 Jan 2012 01:01:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89810/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89810/" target="_blank"><img src="/docs/950783562299@hc12/89810/thmb.jpg?s=s&r=1327248083&t=n" border="0"></a><br /><br />マザー・テレサの生き方を自分の立場から見て学ぶ[69]<br />キリストの愛の証し人　マザー・テレサ　～傷つくまで与える～　の講義レポート
マザー・テレサの生き方を自分の立場から見て学ぶ
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
マザー・テレサことアグネス・ゴンジャ・ボヤジュの生き方を学び、一番印象的だったところは、テレサが１９２９年から１９４７年までの間にカルカッタにある聖マリア学院に勤務し、地理を教えていた時に起こった事でした。ユーモラスなテレサの授業は生徒に人気があったが、テレサの教える生徒というのは上流階級の子女ばかりで、貧しい者を放っておけない性格の彼女は、教育に預かることのできない貧困層の子供に目がいっていたのでした。そんなある日、汽車に乗っていた際に「最も貧しい人の間で働くように」という神の啓示を受けたらしいのですが、その後に彼女が取った行動が印象的でした。彼女は修道院を離れて貧しい者を救う活動を始める許可をもらおうと、バチカンの修道院管轄庁に頼み込んだのですが、許可がなかなか得られませんでした。１９４８年に教皇であるピウス１２世が修道院外居住の特別許可をテレサに出したおかげで、テレサは貧困層の子供達に教育を教えることができるよう..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[アメリカの歴史と文化]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89809/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ekk alex trusk]]></author>
			<category><![CDATA[ekk alex truskの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 Jan 2012 01:01:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89809/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950783562299@hc12/89809/" target="_blank"><img src="/docs/950783562299@hc12/89809/thmb.jpg?s=s&r=1327248083&t=n" border="0"></a><br /><br />アメリカについて知ったこと聞いたこと学んだこと[69]<br />アメリカの歴史と文化　前期レポート
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　アメリカについて知ったこと聞いたこと学んだこと
私がアメリカの歴史と文化の講義を受けてアメリカについて興味を持ったことはアメリカ独立革命についてである。ヨーロッパの植民地として発展した国が独立革命を期に今にまで続く大国になったのにはこのアメリカ独立革命という分岐点が大きな意味をもっているからだと自分なりに考えたからである。独立革命に大きく携わった人物はトマス・ペインやトマス・ジェファソンを含み数多くいるが、そのなかでもベンジャミン・フランクリンを本稿ではとりあげたいと思った。１７０６年にボストンの小さなろうそく職人の家庭に生まれて５０年余り経った後にアメリカ合衆国独立宣言起草委員となりトマス・ジェファソンと共に歴史的文書の署名者となったベンジャミン・フランクリンの生い立ちについては興味深いものがあり、どこかアメリカンドリームを感じさせられるものがあると私は思った。又、政治家だけでなく文筆家、哲学者、外交官、科学者を兼ね備えたベンジャミンの経歴もレポートを書くに当たって色々と調べるのには魅..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[音韻論要点概説]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956912323808@hc10/82660/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 東大生KOHKI]]></author>
			<category><![CDATA[東大生KOHKIの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 27 Jun 2011 18:35:00 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956912323808@hc10/82660/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956912323808@hc10/82660/" target="_blank"><img src="/docs/956912323808@hc10/82660/thmb.jpg?s=s&r=1309167300&t=n" border="0"></a><br /><br />音韻論を専門にしようとする人々にとって基礎的かつ重要な概念について、その概略を記す。なるべく平易な記述となるようこころがけ、わかりやすいように例は殆ど日本語のものを取り上げた。
なお、ここでいう音韻論とは最も古典的で基礎的な構造主義的音韻論[358]<br />- 1 - 
音韻論 要点概説 
はじめに 
音声学・音韻論を専門にしようとする人々にとって基礎的かつ重要な概念に
ついて、その概略を記す。なるべく平易な記述となるようこころがけ、わかり
やすいように例は殆ど日本語のものを取り上げた。 
なお、ここでいう音韻論とは最も古典的で基礎的な構造主義的音韻論である。
古典的と書いたが、それは死んだことを意味しない。昨今流行っている生成音
韻論、認知音韻論は、構造主義的音韻論に対する批判とその継承に基づくもの
であり、故に構造主義的音韻論は今もなお学ぶ価値があるのである。 
音声と音韻 
音声と音韻をどう定義するか、論争が絶えないが、ここではわかりやすさを
重視して、最も平易と思われる概説を行う。 
町ゆく人の声を注意して聴いていると、同じ仮名で表される音も人によって
微妙に違うことがわかる。たとえば、ウを発音させてみると、ある人は口をす
ぼめ、ある人は口をすぼめない。ラ行を東京の下町に住んでいる老人に発音さ
せると、巻き舌のように聞こえることがある。滑舌のよさ・悪さという観点か
らみても、人それぞれだし、こういった差異を考慮すると、同じ仮名で表され
る音は、実のところ無限に存在しうるのである。しかし、我々はそれを同一の
音としてみなしている。口をすぼめようがすぼめまいが、言われてみれば確か
に違うけれども、ウはウであり、巻き舌にしようがラ行はラ行、滑舌がよくて
はっきり聞こえようが曖昧に聞こえようが、物理的に異なっても、我々はそれ
を心理的に同一の音とみなす。この抽象的な、心理的な言語音を音韻という。
それに対して、無限に存在しうる物理的な言語音を音声という。 
単音と音素 
はじめは混同しやすいが、この両者は異なる概念である。単音は音声の最小
単位（カ[ka]なら k と a がそれぞれ単音）、音素は音韻の最小単位、換言すれば、
意味を区別する音声の最小単位である。これのみでは何のことかさっぱりかも
しれない。実のところ、音素というのは、その性質上、わかりやすく定義する
のは難しく、音素とは何か、という問題から出発するのではなく、どうやって
音素を発見するのか、というところから出発した方がわかりやすい。音素の発
見法を知ることが、「音韻の最小単位」の意味するところを理解するのに役立つ
のである。 
- 2 - 
音素の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[英語科教育法Ⅳ　合格　評価Ａ　日本大学　通信]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956576934513@hc10/80675/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ゴン太]]></author>
			<category><![CDATA[ゴン太の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 18 Apr 2011 23:09:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956576934513@hc10/80675/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956576934513@hc10/80675/" target="_blank"><img src="/docs/956576934513@hc10/80675/thmb.jpg?s=s&r=1303135762&t=n" border="0"></a><br /><br />１.errorsとは、学習者の知識不足により生じる、基準から逸脱した誤りのことをいう。これは学習者が正しい表現の知識を有していない為に起こるものである。例えば、comeの過去形はcameなのに、comedとしてしまうことである。一方、mistakesとは、言語能力は有しているが運用の段階で生じる判断上の間違いのことをいう。これは、学習者が有している知識を、様々な理由で正しく表現できないために起こるものである。例えば、一般動詞の3人称単数現在形のsを付け忘れてしまうことである。これら2つを区別する為には学習者の言語運用に一貫性があるか否かをチェックする方法が挙げられる。学習者がcameではなく、一貫してcomedを使用しているのであれば、知識不足によるerrorsであると判断出来る。しかし、時にはcomedを使い、時にはcameを使っているのであれば、この学習者はcomeが不規則変化する動詞だという知識は有している為、mistakesであると判断出来る。もう1つの方法は、学習者に間違った表現を自分で正しく直させることである。間違った表現が直せれば、mistakesであり、直せなければ、e..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[室町時代の日本語史的考察について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/78444/]]></link>
			<author><![CDATA[ by レゲトニック]]></author>
			<category><![CDATA[レゲトニックの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 01 Feb 2011 17:01:38 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/78444/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/78444/" target="_blank"><img src="/docs/reggaetonique/78444/thmb.jpg?s=s&r=1296547298&t=n" border="0"></a><br /><br />2010年度国語学演習
『さんげろく』の資料より、助詞「の」と「が」についての詳細をまとめています。
※語意調査は、広辞苑より『日本国語大辞典』がよいでしょう。[228]<br />【　室町時代の日本語史的考察　】
～当時の格助詞「の」「が」の存在と相違性について～　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊＊　学籍番号　＊＊　　＊＊　名前　＊＊
はじめに
◇格助詞とは
　助詞の分類の一。主として体言につき、その体言と他の語との格関係を表す助詞。
・現代語&rarr;「が」「の」「を」「に」「と」「へ」「より」「から」「にて」「して」（文語・口語）
上代&rarr;「ゆ」「ゆり」「よ」「つ」（文語）※口語的使用は不明
※室町時代より助詞の機能がより発達したとされている。
Ⅰ「が」
体言及び体言に準ずる語に付く。連体格を示す。前の体言があとの体言に所有・所属などの関係で続くことを示す。同じ連体格に「の」があるが、「が」は、前の体言に「我（わ）」を始めとして話し手側の人間を受けることが多く、能動的主体としてとらえる。「の」に比べ、低い敬意で遇するととらえられることもある。
所有・所属を示す。後の体言が省略された形で使われる場合もある。（古事記）（万葉）（平家）（古今和歌）（宇治拾遺）
後に来る語の数値を具体的に示す。（源氏）
体言、活用語の連体形に付き..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本語のゆれ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955232234530@hc10/78208/]]></link>
			<author><![CDATA[ by genpa]]></author>
			<category><![CDATA[genpaの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 28 Jan 2011 22:03:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955232234530@hc10/78208/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955232234530@hc10/78208/" target="_blank"><img src="/docs/955232234530@hc10/78208/thmb.jpg?s=s&r=1296219798&t=n" border="0"></a><br /><br />近年、世界中に日本語に対する人々の関心が高まっている。書籍やテレビ番組などでも日本語について積極的に取り上げられ、空前の「日本語ブーム」までと言われている。そのような中で、「日本語の乱れ」の言葉を耳にする機会が増えてきた。これは日本語を正し[360]<br />日本語のゆれ
&mdash;「やる」と「あげる」を中心にー
はじめに
　近年、世界中に日本語に対する人々の関心が高まっている。書籍やテレビ番組などでも日本語について積極的に取り上げられ、空前の「日本語ブーム」までと言われている。そのような中で、「日本語の乱れ」の言葉を耳にする機会が増えてきた。これは日本語を正しく使えていないという批判である。しかし、「乱れ」と呼ばれる言葉のほとんどには、何らかの社会的あるいは言語的な背景が存在し、ある程度納得の行ける説明ができる。
　そこで、果たしてそれは本当に「乱れ」なのか、という疑問を持った。言葉の「乱れ」とは、正しいとされる言葉が存在し、その基本や基準に比べ、離れていると考えるもので、誤用とされる。一方、「ゆれ」とは言葉の過度期の中で、ある一つの形式に対する複数の形の違う言葉が、同一の場面で混在して使われることをいい、どれか一つが正しいというものではない。ここで、本稿では、「ゆれ」という言葉を用いることにし、この「ゆれ」について調べてみようと思った。
　日本語の「ゆれ」には、漢字や送り仮名の表記、敬語の使い方、「ら抜き言葉」などの種類があり、他にもたくさんあ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[漢字の廃止について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955232234530@hc10/77610/]]></link>
			<author><![CDATA[ by genpa]]></author>
			<category><![CDATA[genpaの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 19 Jan 2011 00:07:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955232234530@hc10/77610/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955232234530@hc10/77610/" target="_blank"><img src="/docs/955232234530@hc10/77610/thmb.jpg?s=s&r=1295363241&t=n" border="0"></a><br /><br />１、はじめに
日本語の漢字は中国から輸入したものであるが、日本語の文字の一部として機能している。日本語の漢字に対するいくつかの論があり、今回は近代日本で漢字がどのように位置づけられてきたかについて考えたいと思う。

２、背景
中国語が入って[352]<br />漢字を廃止について考える
１、はじめに
日本語の漢字は中国から輸入したものであるが、日本語の文字の一部として機能している。日本語の漢字に対するいくつかの論があり、今回は近代日本で漢字がどのように位置づけられてきたかについて考えたいと思う。
２、背景
中国語が入って来て日本語もずいぶん便利になった。例えば「十一」を「とおあまりひとつ」と言っていたのが「ジュウイチ」と、以前の半分の音節で言えるようになったのである。しかし先人たちはそこで漢字を手放すことはせずに、むしろ日本語表記に適した使い方を模索し続け、文字の形に手を加えって、日本独自の文字を生むことすら行ってきたのであった。漢字と中国語（音読）が入って来た事により、ヤマトコトバは日本語になったと言えるだろう。漢字は数が多く、一般に形も複雑なので覚えるのがなかなか大変であるが、日本語を勉強する上で漢字の勉強を避けて通ることはできない。その原因で、漢字の廃止の問題が現れてきたのである。
３、国語改革
高島俊男は『漢字と日本人』に次のように述べている。
言語は、日本が西洋から学ばねばない事物の一つであるとともにあらゆる事物を学びとるための手段..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[方言]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955232234530@hc10/77608/]]></link>
			<author><![CDATA[ by genpa]]></author>
			<category><![CDATA[genpaの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 19 Jan 2011 00:03:12 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955232234530@hc10/77608/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955232234530@hc10/77608/" target="_blank"><img src="/docs/955232234530@hc10/77608/thmb.jpg?s=s&r=1295362992&t=n" border="0"></a><br /><br />１．	はじめに
　方言は若者に使われて、若者言葉を誕生した。若者は独自の文化「若者文化」を形成し、その集合行動を通して小さい自我からの脱出感と他者との一体感を感得する。その文化への所属性をもっとも顕著に表すのが若者言葉である。方言と若者言葉[356]<br />方言と若者言葉
はじめに
　方言は若者に使われて、若者言葉を誕生した。若者は独自の文化「若者文化」を形成し、その集合行動を通して小さい自我からの脱出感と他者との一体感を感得する。その文化への所属性をもっとも顕著に表すのが若者言葉である。方言と若者言葉は密接な関係がある。本稿は日本の方言と若者と言葉について、共通点と相違点、そして、日本語の影響を把握した上で、方言と若者言葉の今後の課あり方を明らかにしたいと思う。
２．方言と若者言葉の現状
　２．１方言
明治維新によって、日本は近代国家としての歩みを踏み出すことになり、欧米の先進国に対抗するためには、国民がひとつにまとまらねばならなかった。そこで、軍隊・学校制度・郵便制度・鉄道など、全国的に統一された制度が導入されることになり、その現実のために、まず、日本中のことばを統一しなければならないと考えられるようになった。代表人物は三宅米吉である。標準語の普及のためには方言の撲減しなければならない。日本では学校教育の中で標準語を押し進め、方言および日本で話されていた他の言語を廃する政策がとられた。方言は社会の悪と見なされる。方言を話す者が劣等感を持たされ、または差別されるようになった。
現在では、テレビ・ラジオにおける標準語使用の影響により殆どの者が標準語を話せるようになった一方、その土地の方言を話せる人口はかつてと比べて確実に減っている。しかし、米山俊直（1990） はマスコミの発達が方言を助けている。言語情報のなかでも、方言の特徴を伝えやすい音声としての言語情報が、ラジオ・テレビの爆発的普及以後全国にゆきわたるようになった。その結果、各地の方言の美しさやおもしろさが日本人全体に理解されるようになってきたと述べていた 。このような方言の復権が始まった。
２．２若者言葉
若者言葉は青年期の若者に特徴的な言語。若者とは、一般的には20才代前半までのより幅広い年齢層が含まれる。現代の若者の特性をもっとも的確に示したのはエリクソン（Erik H. Erikson）のモラトリアムの概念である。エリクソンによれば、若者とは、社会的責任や義務から免除されているため、社会と一定の距離を置くことができ、社会的な遊びや自由な実験によって、成人の価値観を批判したり追従しながら新たなアイデンティティを獲得しようとする存在である。
一般的な日本語..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日中アスペクトの対照研究－「～テイル」「～テアル」を中心にー]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955232234530@hc10/77604/]]></link>
			<author><![CDATA[ by genpa]]></author>
			<category><![CDATA[genpaの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 18 Jan 2011 23:55:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955232234530@hc10/77604/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955232234530@hc10/77604/" target="_blank"><img src="/docs/955232234530@hc10/77604/thmb.jpg?s=s&r=1295362528&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに

　中国人の多くは日本語に親近感があり、日本語は難しくないと思い込んでいる。毎年中国国内で行われている教師、医者、技術者などを対象とする職位認定の外国語試験で、外国語のできない人が日本語の試験を受け、そして、見事に合格する話をよく[356]<br />はじめに
　中国人の多くは日本語に親近感があり、日本語は難しくないと思い込んでいる。毎年中国国内で行われている教師、医者、技術者などを対象とする職位認定の外国語試験で、外国語のできない人が日本語の試験を受け、そして、見事に合格する話をよく耳にする。また、日本語学習者は増えているが、しかし、初級クラスに入る人が多いものの、中級や上級に進級できる人は少ない。日本語ができる人は多いが、日本語に精通する人が少ないのがその現状なのである。大学の日本語科目でも、日本語を甘く見ているということで、いろいろな問題が生じる。
　日本語の表現から見ると、日本語話者には自明であるが、中国語話者には意外に難しいことが存在している。「～テイル」、「～テアル」表現は難しくて、習得しにくい部分の１つである。日本語のアスペクトに関する研究がたくさんされているが、日本語のアスペクトと中国語のアスペクトの対照についての研究はまだ十分されているとは言えない。
例えば：
(１）テーブルにお皿が並んでいる。
　　桌子上摆着盘子。
(２）テーブルにお皿が並べてある。
桌子上摆着盘子。
　(１）は行為そのものではなく、並んだ結果に注目する表現で、人間などの意図が含まれていない。それに対して、(２）は行為者の意図によってお皿がどういう状態にあるかを表現したものである。つまり、「並んでいる」はお皿の状態だけに注目しているが、「並べてある」は状態と、その状態を引き起こした行為･行為者に注目しているので、行為者が何のためにお皿をそうしたかについて一緒に述べられることが多い。(２）は(１）と意味的に重なる部分があるが、話し手の注目点が異なる。
　ところが、中国語は「テーブルにお皿が並んでいる。」も「テーブルにお皿が並べてある。」も&ldquo;桌子上摆着盘子。&rdquo;という。概して言えば、日本語では、状態を引き起こした結果や変化に注目する表現と、何かのためにその状態を引き起こした行為に注目する表現を使い分けている。これに対して、中国語は使い分けていない。この表現は使い分けていないため、中国語母語日本語学習者は、「～テイル」と「～テアル」の表現をよく混同する。
　日本語アスペクトの範囲が広くて、複雑な研究分野だと言われている。それで、多く言語研究者は日本語動詞を研究する際に、アスペクト問題を回避したり、アスペクトの代わりに動詞の分類を分..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「～テイル」について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955232234530@hc10/77429/]]></link>
			<author><![CDATA[ by genpa]]></author>
			<category><![CDATA[genpaの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 14 Jan 2011 20:42:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955232234530@hc10/77429/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955232234530@hc10/77429/" target="_blank"><img src="/docs/955232234530@hc10/77429/thmb.jpg?s=s&r=1295005349&t=n" border="0"></a><br /><br />日本語アスペクトの範囲が広くて、複雑な研究分野だと言われている。それで、多く語学研究者は日本語動詞を研究する際に、アスペクト問題を回避したり、アスペクトの代わりに動詞の分類を分析したりする。アスペクトは日本語の動詞に存在しない研究者さえいる[360]<br />「～テイル」について
１．はじめに
中国人の多くは日本語に親近感があり、日本語は難しくないと思い込んでいる。毎年中国国内で行われている教師、医者、技術者などを対象とする職位認定の外国語試験で、外国語のできない人が日本語の試験を受け、そして、見事に合格する話をよく耳にする。また、日本語学習者が増えているが、しかし、初級クラスに入る人が多いものの、中級や上級に進級できる人は少ない。日本語ができる人は多いが、日本語に精通する人が少ないのがその現状なのである。大学の日本語科目でも、日本語を甘く見ているということで、いろいろな問題が生じる。
日本語の表現から見ると、日本語話者には自明であるが、中国語話者には意外に難しいことが存在している。「～テイル」、「～テアル」表現は難しくて、習得しにくい部分の１つである。日本語のアスペクトに関する研究がたくさんされているが、日本語のアスペクトと中国語のアスペクトの対照についての研究がまだ十分されているとは言えない。
例えば：
１）テーブルにお皿が並んでいる。
桌子上摆着盘子。
２）テーブルにお皿が並べてある。
桌子上摆着盘子。
１）「テーブルにお皿が並んでいる。」を使うのは、並んだ結果に注目する表現である。２）は行為者の意図によってお皿がどういう状態にある表現である。１）は行為そのものではなく、並んだ結果に注目する表現で、人間などの意図が含まれていない。それに対して、２）は行為者の意図によってお皿がどういう状態にあるかを表現したものである。つまり、「並んでいる」はお皿の状態だけに注目しているが、「並べてある」は状態と、その状態を引き起こした行為･行為者に注目しているので、行為者が何のためにお皿をそうしたかについて一緒に述べられることが多い。２）は１）と意味的に重なる部分があるが、話し手の注目点が異なる。
ところが、中国語は「テーブルにお皿が並んでいる。」も「テーブルにお皿が並べてある。」も&ldquo;桌子上摆着盘子。&rdquo;という。概して言えば、日本語では、状態を引き起こした結果や変化に注目する表現と、何かのためにその状態を引き起こした行為に注目する表現を使い分けている。これに対して、中国語は使い分けていない。この表現は使い分けていないため、中国語母語日本語学習者にとって、「～テイル」と「～テアル」表現はよく混乱する。
日本語アスペクトの範囲が広くて..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学　言語学概論　設題２（Ａ判定）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957236580345@hc09/75608/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kyokatt_912]]></author>
			<category><![CDATA[kyokatt_912の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 27 Nov 2010 15:09:50 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957236580345@hc09/75608/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957236580345@hc09/75608/" target="_blank"><img src="/docs/957236580345@hc09/75608/thmb.jpg?s=s&r=1290838190&t=n" border="0"></a><br /><br />人間の言語に共通する特徴のうち、恣意性・生産性について説明しなさい。[102]<br />『人間の言語に共通する特徴のうち、恣意性・生産性について説明しなさい。』
アメリカの言語学者ハケット（C.F.Hockett）は人間言語に共通する特徴を最大限１６挙げているが、その中に「恣意性」「生産性」 がある。
「恣意性」（arbitrariness）とは、伝達すべき内容と音声記号（もしくは文字記号）の間に必然的因果関係がほとんどなく、昔からの慣習としてそれぞれ独自に、勝手きままに結びつけられている特徴のことを指す。裏返していえば、伝達内容と音声記号とのあいだに必然的関係があるなら、世界中の言語が特定の事物を同じ音声記号で表すはずである。
しかし実際はそうではない。例えば日本語「乳」とバスク語「titi」が同じなのは偶然にすぎないし、もしくはノルウェー語「ski」に対する英語「ski」、フランス語「table」に対する英語「table」のように、借用によって形式が一致しているにすぎない。これらは全体から見ればごく少数であって、日本語「水」に英語「water」、フランス語「eau」、ドイツ語「wasser」、または日本語「羊」に英語「sheep」やフランス語「mouton」、日本語「..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[教科教育法英語１（第一設題）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963257120425@hc08/69816/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kakuno]]></author>
			<category><![CDATA[kakunoの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 25 Jul 2010 17:07:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963257120425@hc08/69816/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963257120425@hc08/69816/" target="_blank"><img src="/docs/963257120425@hc08/69816/thmb.jpg?s=s&r=1280045279&t=n" border="0"></a><br /><br />音声学的教授法を唱えた学者を列挙し、箇条書きにまとめると共に、パーマー、クラッシェン、リトルウッドの教授法を論じなさい
（１）音声学的教授法を唱え学者
１．ヴィルヘルム・フィーエトル(Wilhelm Vietor)
・直接教授法を唱えた。
・『言語教授改善論(1882年)』により、翻訳にたよらず、自国語で考えない。外国語の発音・連語・構文の模倣によるべきである。教師は音声学を必要とする。語彙は脈絡のある文からなるテキストを用いるべき。などと説いた。
２．ポール・パシー(Paul Passy)
・フィーエトルに賛成し、フランスでの外国語教育に直接教授法を用いる。
・発音の教授に音声学的教授法を採用。
３．ヘンリー・スウィート(Henry Sweet)
・言語を学ぶということは、言語習得の諸困難を克服することに他ならないのであって、各言語にはそれぞれ特有の諸困難があると説く。
４．オットー・イエスペルセン(Otto Jespersen)
･(A Modern English Grammar)を著した。
･初学者には発音記号から教えていくべきである。
･あまり早くから文法の規則を教えないで、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[［日大通信］英語史レポート（分冊１）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957512047857@hc09/66178/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kabael]]></author>
			<category><![CDATA[kabaelの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 24 Apr 2010 00:49:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957512047857@hc09/66178/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957512047857@hc09/66178/" target="_blank"><img src="/docs/957512047857@hc09/66178/thmb.jpg?s=s&r=1272037741&t=n" border="0"></a><br /><br />難関の英語史レポートのうちの分冊1です。[58]<br />[日大通信]　英語史・分冊1
英語とはどのような系統の言語か。インド・ヨーロッパ語族およびゲルマン語派と関連させて述べよ。
　英語の祖先語は紀元前4000年頃、今日の南ウクライナのステップ地帯に住んでいた民族の言語に遡る。紀元前3500年頃からヨーロッパからインドに至る広大な地域へと拡散し、独立言語を発達させた。この言語のことを、インド・ヨーロッパ祖語と呼んでいる。そしてインド・ヨーロッパ祖語から派生した言語の一つ、ゲルマン語は英語の直接の祖語といわれている。
　ゲルマン語は紀元後100年頃から確立され、東、北、南の3つにそれぞれの独立語を発達させていった。東ゲルマン語のゴート語は、西暦紀元の初めにVistulaの南部一帯を支配したゴート族によって使用された言語である。ゲルマン語最古の文献である翻訳聖書は、ゴート語で書かれており、今に残る貴重な資料となっている。また北ゲルマン語群は、スカンジナビア語によって構成されている。初期の現存物としては、3～4世紀に書かれたとみられるルーン文字の碑文がある。北ゲルマン語は、西北と東北それぞれに分かれ、前者はアイスランド語、後者はデンマーク語とスウ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[『広告批評のレトリック』　-　headlineの分類]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957001582434@hc10/62456/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 難関国立大卒、マスコミ勤務]]></author>
			<category><![CDATA[難関国立大卒、マスコミ勤務の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 24 Jan 2010 16:32:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957001582434@hc10/62456/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957001582434@hc10/62456/" target="_blank"><img src="/docs/957001582434@hc10/62456/thmb.jpg?s=s&r=1264318338&t=n" border="0"></a><br /><br />『広告批評のレトリック』における印刷広告の４つの分類を用いて、それぞれの例を挙げ、その効果を探る。
1. literal &amp; figurative （意図的な比喩）
&ldquo;some news about fiber you&rsquo;ll find [238]<br />レポート　「『広告批評のレトリック』　-　headlineの分類」 　　　　 　　　　
『広告批評のレトリック』における印刷広告の４つの分類を用いて、それぞれの例を挙げ、その効果を探る。
1. literal &amp; figurative （意図的な比喩）
&ldquo;some news about fiber you&rsquo;ll find easy to swallow&rdquo;これはプルーンの広告である。ここでは、&rdquo;easy to swallow&rdquo;という英語表現の持つ２つの意味合いを利用したものである。偶然にも日本語表現においても同様の慣用表現があるためこの比喩は理解しやすいのだが、「飲み込みにくい（易い）」という言葉には、薬などを「飲み込みにくい（易い）」という文字通りの使われ方と、状況などを「理解しにくい(易い)」という意味の慣用的な使われ方がある。つまり、この見出しは「このプルーンの繊維に関する情報は理解しやすい」且つ「プルーンは美味しいので食べやすい」という２重の意味を持つのである。明確な表現によって簡潔にそしてユーモアをもって商品の情報を伝えている効果的な広告だと思う。
2. denotation ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[Z1312　教科教育法英語１（第一設題）　A判定　（佛教大学リポート）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957692264838@hc09/61868/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mint_candy]]></author>
			<category><![CDATA[mint_candyの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 13 Jan 2010 15:53:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957692264838@hc09/61868/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957692264838@hc09/61868/" target="_blank"><img src="/docs/957692264838@hc09/61868/thmb.jpg?s=s&r=1263365627&t=n" border="0"></a><br /><br />音声学的教授法を唱えた学者を列挙し、箇条書きにまとめると共に、パーマー、クラッシェン、リトルウッドの教授法を論述しなさい。
Ⅰ．音声学的教授法を提唱した学者 【ヴィルヘルム・フィーエトル】（Wilhelm Vi&euml;tor）
ドイツの英語学者・音声学者。
・口と耳から入る直接教授法を提唱 ・外国語は発音・連語・構文を模倣して習得すること ・外国語教師は音声学の素養を身に付けていること ・語彙は会話より習得すること
【ポール・パシー】(Paul Passy)
フランスの音声学者。
・ヴィルヘルム・フィーエトルの直接教授法に賛成 ・外国語の発音に重点をおいた音声学的教授法を推奨
【ヘンリー・スウィート】(Henry Sweet)
イギリスの音声学者、英語学者、比較言語学者。
・言語習得のためには言語習得の諸困難を克服し、各
言語にはそれぞれ特有の諸困難があると主張 ・言語が本来持っている内的諸困難には不合理性がある
【オットー・イェスペルセン】(Otto Jespersen) 
デンマークの英語学者、言語学者。
・初学者には発音記号から教えるべきである ・文法規則をあまり早くから教えないこと ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[聖徳大学「日本語の音声Ⅰ」（第1課題第1設題）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957586691839@hc09/59584/]]></link>
			<author><![CDATA[ by zenimaru]]></author>
			<category><![CDATA[zenimaruの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 24 Nov 2009 23:48:03 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957586691839@hc09/59584/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957586691839@hc09/59584/" target="_blank"><img src="/docs/957586691839@hc09/59584/thmb.jpg?s=s&r=1259074083&t=n" border="0"></a><br /><br />課題：「音声学」とはどういう学問であるか、説明しなさい。[84]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[言語学概論2]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957348387737@hc09/60849/]]></link>
			<author><![CDATA[ by takatosinet]]></author>
			<category><![CDATA[takatosinetの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 16 Dec 2009 22:37:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957348387737@hc09/60849/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957348387737@hc09/60849/" target="_blank"><img src="/docs/957348387737@hc09/60849/thmb.jpg?s=s&r=1260970677&t=n" border="0"></a><br /><br />人間の言語に共通する特徴のうち恣意性・生産性について説明しなさい。
　動物の言葉は言語と言えるだろうか。
｢私の家で飼っている愛犬は、私たちの言葉がわかっているわ。｣
｢サルの知能は相当高い。いろいろな感情を言葉で表現することができるから言語と言えるはずだ。｣
などの意見があり、動物の言葉もまた言語と言えると考える人も多いかもしれない。私の実家でも犬を飼っているが、ずっと一緒にいると人間と同じように表情豊かなことに気づかされる。飼っている犬を連れて近くの山に出かける話を家族と一緒にしているときは、こちらに向かって元気よくほえる。まるで私たちの話を聞いて、早く出かけよう、と言っているようだ。
　宮崎県の串間市にある石波海岸から、200メートルほど離れた幸島と呼ばれる小さな島に生息しているニホンザルは、砂のついたサツマイモを川の水で洗うという。おそらく最初は１匹のニホンザルがサツマイモを洗い、それを見た他のニホンザルが真似をしたのだろうと考えられる。このことはニホンザルが高い知能を示す一つの証拠である。
　サルは、
「俺はおまえよりも強いんだ。」
「あっちにえさがあるよ。」
などを鳴き声で..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[[日大通信]英語学概説レポート（分冊2の②）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957512047857@hc09/60316/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kabael]]></author>
			<category><![CDATA[kabaelの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 04 Dec 2009 01:02:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957512047857@hc09/60316/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957512047857@hc09/60316/" target="_blank"><img src="/docs/957512047857@hc09/60316/thmb.jpg?s=s&r=1259856171&t=n" border="0"></a><br /><br />言語学における言語研究の諸分野は以下のようなものが挙げられる。
　行動という観点から考えたとき、一つは心理言語学（psycholinguistics）が挙げられる。これは心理的なものと、言語的な知識がどのように組織されるのかという関心や、言語生成過程において、言語を獲得しそれを運用していくとはどのような行為であるのか、といったような特に人間の心理過程と結びつけて言語を研究する分野である。もう一つは、社会言語学（sociolinguistics）で、社会と言語の関係を探究する分野である。言語知識の入手は、コミュニケーション上の必要性や社会的状況によって発生するもので、社会的要因と言語の適応状況との相関において、言語の多様性を研究する。生成過程を研究する心理言語学と、適応状況を研究する社会言語学は、行動を言う共通の側面を持つ、系統立った研究分野であり、言い換えれば規則の妥当性範囲の中にある言語についての研究といえる。形式言語学（formal linguistic）では、形式主義の対象だけが言語学の領域であると述べているが、心理言語学や社会言語学が述べていることも、言語学の分野として探求す..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[学習心理学３]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957518793155@hc09/59643/]]></link>
			<author><![CDATA[ by fujikan717]]></author>
			<category><![CDATA[fujikan717の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 25 Nov 2009 17:35:38 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957518793155@hc09/59643/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957518793155@hc09/59643/" target="_blank"><img src="/docs/957518793155@hc09/59643/thmb.jpg?s=s&r=1259138138&t=n" border="0"></a><br /><br />１．技能学習について
２．なぜヒトは忘れるのか、忘却を防ぐにはどのようにすればよいのか[128]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[翻訳の社会的・文化的意義]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53394/]]></link>
			<author><![CDATA[ by camsa10]]></author>
			<category><![CDATA[camsa10の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 00:43:00 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53394/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53394/" target="_blank"><img src="/docs/958518609389@hc09/53394/thmb.jpg?s=s&r=1249141380&t=n" border="0"></a><br /><br />翻訳の社会的・文化的意義
序
　翻訳とは、ある言語で既述された「メッセージ」を異なる言語体系におきかえて、等価に表現しなおす言語行為であると定義することができる。近年では、翻訳の「等価性」とはどのような基準なのか、つまり「正しい」翻訳とは何[356]<br />翻訳の社会的・文化的意義
序
　翻訳とは、ある言語で既述された「メッセージ」を異なる言語体系におきかえて、等価に表現しなおす言語行為であると定義することができる。近年では、翻訳の「等価性」とはどのような基準なのか、つまり「正しい」翻訳とは何かという議論が活発であるが、本稿は別の問題に関心がある。それは翻訳の社会的・文化的な意義である。翻訳行為は歴史を通じて行われ、我々の言語体系のみならず、それを使用する人々の社会意識・文化を多様に変容させてきた。翻訳は単に言語を機械的に置き換えるのではなく、その過程において言語体系が拠って立つ「文化」や「社会」的要素を「輸入」または他の言語体系に応じて「変容」させる働きを持っているのだ。
　以下では、まず翻訳が文化文明の発展にどのような影響・変化を与えてきたかについて歴史を追うかたちで一般論的に概観した上で、近代日本発展期における翻訳文化の功罪、翻訳行為と社会・文化形成とのかかわりについて柳父章氏の考えを参考にしながら考察していきたいとおもう。
1、翻訳による文化・社会形成の歴史的考察
　現代日本において、翻訳行為というものは、近代以降のそのあり方につ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[言語と社会―「差別語」から考える]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53384/]]></link>
			<author><![CDATA[ by camsa10]]></author>
			<category><![CDATA[camsa10の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 00:42:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53384/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53384/" target="_blank"><img src="/docs/958518609389@hc09/53384/thmb.jpg?s=s&r=1249141376&t=n" border="0"></a><br /><br />言語と社会―「差別語」から考える
0、序
　言語と社会との関係性について、「差別語」という題材から考えていきたい。
言語は単に現実をそのまま写す鏡や記号ではなく、その使用者の意識無意識に関わらず、積極的な価値認識や世界了解の視点を与え[346]<br />言語と社会―「差別語」から考える
0、序
　言語と社会との関係性について、「差別語」という題材から考えていきたい。
言語は単に現実をそのまま写す鏡や記号ではなく、その使用者の意識無意識に関わらず、積極的な価値認識や世界了解の視点を与えるといった社会的な機能をもつ。同時に言語は、使用者に外在する社会的な圧力によって姿を変えていき、それが共時的に受容されることによって構造を変容させていくという特徴をもっている。
　上記のような言語－社会の二重性、相互作用を顕著に表した例として、「差別語」をめぐる諸問題に着目していく。この題材を分析することで、外的要因に左右される言語のあり方やその社会性について再考する端緒を得られるのではないかと思う。
1、「差別語」とはなにか
　「差別語」とは、ある特定の集団に対し差別を目的に使用される「用語」であると定義することができる。各メディアや学界においてその使用は禁止、もしくは自主規制の対象とされ、一旦発せられると激しい糾弾を受けてしまう言葉の類である。日本では1970年代からその存在が社会的に認識され、様々な運動が頻発しているのが現状である。
　しかし、そもそ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[現代日本における新たな『翻訳語』―バズワード、プラスチックワードに関する考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53383/]]></link>
			<author><![CDATA[ by camsa10]]></author>
			<category><![CDATA[camsa10の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 00:42:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53383/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53383/" target="_blank"><img src="/docs/958518609389@hc09/53383/thmb.jpg?s=s&r=1249141375&t=n" border="0"></a><br /><br />「現代日本における新たな『翻訳語』―『バズワード』に関する考察」
序
　現代の情報化、グローバル化が急速に進む日本において、「バズワード」なるものが時代を特徴付けるキーワードとして盛んに議論されるようになってきている。「バズワード〔bu[348]<br />「現代日本における新たな『翻訳語』―『バズワード』に関する考察」
序
　現代の情報化、グローバル化が急速に進む日本において、「バズワード」なるものが時代を特徴付けるキーワードとして盛んに議論されるようになってきている。「バズワード〔buzzword〕」とは、一見専門的な用語であるように見えるが実際はそうではなく、その定義は曖昧のまま、一般的な合意形成もなく世間で広く、なんとなく使用される用語のことを指す。具体例を見てみると、「web2.0」や「IT」、「SNS」、「ユビキタス」、「クラウドコンピューティング」、「エコ」、「ロハス」、「マイナスイオン」など、現代社会・文化を彩る代表的なワードが多数挙げられる。
　本稿では、このような「バズワード」について、翻訳論的見地からの考察を試みたいと思う。「バズワード」を現代社会の新たな「翻訳語」と捉え、それを明治期以降の日本の翻訳語や文化形成と比較しながら、その意義と問題点、可能性について考えたい。そのために以下では、柳父章氏の翻訳論、特に「カセット効果」の議論や、「バズワード」の類似概念である、「プラスチック・ワード」の議論を参考に話を進めてい..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[言語学概論　設題１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960638286617@hc08/52216/]]></link>
			<author><![CDATA[ by k92]]></author>
			<category><![CDATA[k92の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 08 Jul 2009 11:31:05 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960638286617@hc08/52216/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960638286617@hc08/52216/" target="_blank"><img src="/docs/960638286617@hc08/52216/thmb.jpg?s=s&r=1247020265&t=n" border="0"></a><br /><br />言葉の意味が脈絡によって異なる場合を、例をあげて説明しなさい。
言葉は、文脈や状況によって意味が違ってくる場合がある。身の回りに起きた事を元に、例をあげていきたい。
（一）行きつけの個人商店で買い物をしてお釣を受け取る時、「はい、お釣り二十[356]<br />言葉の意味が脈絡によって異なる場合を、例をあげて説明しなさい。
言葉は、文脈や状況によって意味が違ってくる場合がある。身の回りに起きた事を元に、例をあげていきたい。
（一）行きつけの個人商店で買い物をしてお釣を受け取る時、「はい、お釣り二十万円」といって店主はお釣りの二十円を渡す事がある。同様に居酒屋では「おつり○○万両」と言われた事もあった。
「お釣り○○円です」と言うところをわざわざ「万円」とかつけて渡すのだろうか。
言葉を意義どおりに解釈すると、お釣りが何十万円というような事は間違っているし、起こりえない。買い物で常連客という事もあって店主はこのように言ったのであろう。時、場所、場合といった&ldquo;TPO&rdquo;を話し手、聞き手が踏まえていて、このようなやりとりは成り立つと言える。
繁華街で飲食した際、会計で「三万五千円」と請求された事があった。所謂「ぼったくり」かと青ざめると、店員に「冗談です、三千五百円ね」と言われた。このような場合は、古典的なギャグは通じないかったのである。
（二）「今夜は冷えるなあ」
週末、仕事帰りの同僚甲と乙が駅に向かって歩いている。駅前には屋台が見える。この状況で..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[東西交流の観点から見る日本における国名・民族名の受容史]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963754529070@hc07/15604/]]></link>
			<author><![CDATA[ by Eusebius]]></author>
			<category><![CDATA[Eusebiusの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 05 Dec 2007 00:15:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963754529070@hc07/15604/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963754529070@hc07/15604/" target="_blank"><img src="/docs/963754529070@hc07/15604/thmb.jpg?s=s&r=1196781352&t=n" border="0"></a><br /><br />国際関係研究I / II
6 Feb 2007
東西交流の観点から見る日本における国名・民族名の受容史
I. ペルシャ・イラン
　ペルシャという国の存在は、日本では古くから認識されていた。
　最古の可能性としては、 親王（676-[292]<br />国際関係研究I / II
6 Feb 2007
東西交流の観点から見る日本における国名・民族名の受容史
I. ペルシャ・イラン
　ペルシャという国の存在は、日本では古くから認識されていた。
　最古の可能性としては、 親王（676-735）の執筆になる「日本書紀」巻第二十六において、斉明天皇（594-661）のころに「 」という外国人が再来日を約束して帰国したという内容のことが書かれているものがあげられる。イラン学者・伊藤義教はこの外国人を、イラン奪回作戦の援助を乞いに来たペルシャ人の王ダーラーイであると主張している。 また「宇津保物語」（平安中期）俊蔭巻には、「波斯国」に漂着した俊蔭という人物の冒険物語を描いているが、これは「波斯」をそのまま「ハシ」と音読みしたと考えられている。中国の「梁書」には「波斯」伝があり、日本にも中国からその知識とともに「波斯」の表記が伝えられたらしい。 
近世になってハルシャという風に呼ばれるようになる。「増補華夷通商考」（1708）四には「ハルシャ 百爾斉亜（ハルシャ）婆羅遮国 日本より海上五千五百里。南天竺の西辺也」などという記録が残されている。また、朱..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「イギリス」はどう呼ばれたか　プレタニケスからイギリス連邦に至るまで]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963754529070@hc07/15603/]]></link>
			<author><![CDATA[ by Eusebius]]></author>
			<category><![CDATA[Eusebiusの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 05 Dec 2007 00:09:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963754529070@hc07/15603/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963754529070@hc07/15603/" target="_blank"><img src="/docs/963754529070@hc07/15603/thmb.jpg?s=s&r=1196780953&t=n" border="0"></a><br /><br />イギリスの首都ロンドンがある最大の島を大ブリテン島Great Britainと呼ぶ。このブリテンという呼は、古代にこの島に住んでいたケルト系の先住民であるブリトン人Britonに由する。遊牧系の彼らは紀元前6～４世紀にかけて、大陸から牧草を[320]<br />国際関係研究Ia/Ib
23 Jan 2007
「イギリス」はどう呼ばれたか　プレタニケスからイギリス連邦に至るまで
I. 「ブリテン」および「アルビオン」
　イギリスの首都ロンドンがある最大の島を大ブリテン島Great Britainと呼ぶ。このブリテンという呼称は、古代にこの島に住んでいたケルト系の先住民であるブリトン人Britonに由来する。遊牧系の彼らは紀元前6～４世紀にかけて、大陸から牧草を求めてやってきたと考えられる。BritonあるいはPrytonという語はケルト語で「 をした人々の国」を意味した。 彼らの名前を元にして、ギリシャ人探検家ピュテアスPytheas（前4世紀）がこの島をプレタニケスPretaniquesと呼び、これが地中海世界に知られた最初のイギリスの呼称となった。 
ローマのユリウス・カエサルGaius Julius Caesar（前100-44）はガリアを征服した後、自然とその征服の矛先をイギリスに向けた。彼らローマ人たちはイギリスをブリタンニアBritanniaと呼んだ。カエサルの最初の遠征は失敗し、翌年（前54年）の遠征で何とか朝貢を取り付けたが２回..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[新聞に見る日英の言語比較]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/15445/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kibayashi]]></author>
			<category><![CDATA[kibayashiの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 01 Dec 2007 02:56:39 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/15445/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/15445/" target="_blank"><img src="/docs/983431157801@hc06/15445/thmb.jpg?s=s&r=1196445399&t=n" border="0"></a><br /><br />　　新聞記事に見る
　　日本語と英語の表現比較
■調査方法
同じ内容を扱った日本語の新聞と英語の新聞を見比べ、それぞれに見られる特色について考える。今回はそれぞれ2005年7月8日付の朝日新聞とThe Japan Timesの一面で扱われて[312]<br />　　新聞記事に見る
　　日本語と英語の表現比較
■調査方法
同じ内容を扱った日本語の新聞と英語の新聞を見比べ、それぞれに見られる特色について考える。今回はそれぞれ2005年7月8日付の朝日新聞とThe Japan Timesの一面で扱われているロンドンの同時爆破テロの記事を取り上げる。
■見出し
　まずそれぞれの新聞の見出しを見てみることにする。一番大きな見出しは「ロンドン　同時テロ」&rdquo;London under attack&rdquo;とどちらもロンドンで発生した事件を端的に表す言葉がおかれている。
　英語の記事で日本語の記事にある「テロ」の語源である&rdquo;terrorism&rdquo;が使われておらず&rdquo;attack&rdquo;という表現が使われている。この理由としては&rdquo;terrorism&rdquo;を使うと見出しとして端的に表現できなくなるということと、&rdquo;attack&rdquo;を使うと「攻撃」されたニュアンスがよく出るからだと思われる。
　その下の見出しは英語の記事では&rdquo;Blasts on double-decker bus , subway system wreck havoc&rdquo;、日本語の記事では「地下鉄駅・バス爆発　死亡33人、負..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ことばの習得]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428984101@hc07/13268/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ai11]]></author>
			<category><![CDATA[ai11の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 09 Feb 2007 23:27:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428984101@hc07/13268/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428984101@hc07/13268/" target="_blank"><img src="/docs/983428984101@hc07/13268/thmb.jpg?s=s&r=1171031224&t=n" border="0"></a><br /><br />言語学概論
ことばの習得 　 　 
・子供が言語を習得する過程で接する言語資料には、時には非言語的な文やいいよどみ、言い間違いを含んだものがあるにもかかわらず、子供の言語習得はどうして可能なのであろうか。
◆言語習得過程◆
《言語段階》
1[342]<br />言語学概論
ことばの習得 　 　 
・子供が言語を習得する過程で接する言語資料には、時には非言語的な文やいいよどみ、言い間違いを含んだものがあるにもかかわらず、子供の言語習得はどうして可能なのであろうか。
◆言語習得過程◆
《言語段階》
1語発話段階 1語だけで発話する段階
（１）a.（電話が鳴って）What do you hear? ―There.
b. What do you want? ―Away.
c. Where is the girl? ―Girl.
こうした初期の語は、発音の点においても意味の点においても大人の語彙と同じではないことが多い。
2語発話段階　　２語を結びつけた発話
　&lt;軸語類&gt;発話の先頭か末尾に頻繁に用いられる少数の語
　&lt;開放類&gt;現れる頻度はそれほど高くない(名詞であることが多い)多数の語
（２）
軸語類―開放類 開放類―軸語類 all broke no bed 
see baby hi papa boot off 
mama come 　
多語発話段階
（３）a. Baby open door.
b. Give food doggie
機能語などの欠如を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[チョムスキーとソシュール、比較と考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429049501@hc07/12889/]]></link>
			<author><![CDATA[ by englishing20]]></author>
			<category><![CDATA[englishing20の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 28 Jan 2007 11:00:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429049501@hc07/12889/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429049501@hc07/12889/" target="_blank"><img src="/docs/983429049501@hc07/12889/thmb.jpg?s=s&r=1169949647&t=n" border="0"></a><br /><br />言語学の祖と言われるフェルナンド・ド・ソシュールと言語学に革命をもたらしたと言われるノーム・チョムスキーは、それぞれ違った形で言語使用者共有の言語体系を定義した。以下、両者の言語体系の捉え方の異同を論じる。
ソシュールは、言語の遂行的側面[356]<br />言語学の祖と言われるフェルナンド・ド・ソシュールと言語学に革命をもたらしたと言われるノーム・チョムスキーは、それぞれ違った形で言語使用者共有の言語体系を定義した。以下、両者の言語体系の捉え方の異同を論じる。
ソシュールは、言語の遂行的側面をパロール(parole)、言語活動を可能にするための知識の総体をラング(langue)と定義した。一方チョムスキーは、実際の言語の運用を言語運用（performance）、言語運用を可能にする知識の総体を言語能力（competence）と定義した。両者とも、言語を「運用と知識」という二つの側面に分けて定義しているが、その知識体系の位置づけは両者間で大きく異なる。
ソシュールがラングとパロールを切り離して考えたのは、パロールに見られる個々の発話は多様で雑多であるが故に言語学の研究対象としてはそぐわないから、という利便性からでもあった。また、ソシュールがラングを「言語研究を行う上での便利な存在」として捉えていただけなのか「言語の中枢的な存在」とも捉えていたかは実ははっきりしていない。一方、チョムスキーがcompetenceとperformanceを切り離..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[レトリック感覚(2章)を読んで]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430433301@hc06/11296/]]></link>
			<author><![CDATA[ by pandakun]]></author>
			<category><![CDATA[pandakunの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 06 Nov 2006 01:00:50 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430433301@hc06/11296/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430433301@hc06/11296/" target="_blank"><img src="/docs/983430433301@hc06/11296/thmb.jpg?s=s&r=1162742450&t=n" border="0"></a><br /><br />佐藤信夫の「レトリック感覚」を読んだ。その中の隠喩について書かれた章について内容をまとめ、感想を書こうと思う。第2章の中に5つの意味段落があるため、それぞれ一つの意味段落が終わるごとに感想をはさんでいく形式を取りたいと思う。

第2章　[346]<br />レトリック感覚（第2章）を読んで
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　佐藤信夫の「レトリック感覚」を読んだ。その中の隠喩について書かれた章について内容をまとめ、感想を書こうと思う。第2章の中に5つの意味段落があるため、それぞれ一つの意味段落が終わるごとに感想をはさんでいく形式を取りたいと思う。
第2章　隠喩
P.100
隠喩の構造
　直喩について語られた第1章からつづく章である。佐藤はまず隠喩をこのように定義する。「あるものごとの名称を、それと似ている別のものごとをあらわすために流用する表現法が隠喩－メタファーである。」
　続いて古典レトリックの標準的な定義として『デュマルセ「比喩論」への理論的注釈』の中でピエール・フォンタニエが提案した非常に長い定義挙げている。
「比喩（または転義）の一種であり、ふたつの観念がある種の類似性をもっている場合、その類似性にもとづき、一方の観念に固有のものとして決められている記号（表現）をもちいて、もう一方の観念をあらわす手法。それは、あらわされるほうの観念にその固有のものとしての記号がまだ指定されていないから、という理由による場合もあるし、また、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ The audio-lingual method declining its credibility]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430490001@hc06/9855/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hashin]]></author>
			<category><![CDATA[hashinの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 19 Jul 2006 19:22:48 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430490001@hc06/9855/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430490001@hc06/9855/" target="_blank"><img src="/docs/983430490001@hc06/9855/thmb.jpg?s=s&r=1153304568&t=n" border="0"></a><br /><br />The audio-lingual method is a style of teaching methods that prevailed fifties through late sixties. It focuses on oral [120]<br />The audio-lingual method declining its credibility
The audio-lingual method is a style of teaching methods that prevailed fifties through late sixties. It focuses on oral practice exercises to develop oral proficiency and sets aside the study of grammar or literature as the goal of foreign language teaching. Also, it especially centers on the acquisition of the grammatical structure and pattern rather than the understanding of the contexts and meanings. It is because the notion of the audio-ling..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 同一指示性における制限について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/9179/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bestinme]]></author>
			<category><![CDATA[bestinmeの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 23 Jun 2006 12:09:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/9179/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/9179/" target="_blank"><img src="/docs/983432297001@hc05/9179/thmb.jpg?s=s&r=1151032184&t=n" border="0"></a><br /><br />ある談話(discourse)の中で、二つの名詞句が同一のもの・人物・出来事などを指すとき、これら二つの名詞句は互いに同一指示的(coreferential)であるという。同一指示性が関係するのは、代形式(pro-form)、特に人称代名詞[288]<br />ある談話(discourse)の中で、二つの名詞句が同一のもの・人物・出来事などを指すとき、これら二つの名詞句は互いに同一指示的(coreferential)であるという。同一指示性が関係するのは、代形式(pro-form)、特に人称代名詞である。代名詞は、その名が示唆するように、名刺（正しくは名詞句）の代わりに用いられるものであるがゆえに、まず名詞句が現れて次に代名詞が使用される、つまり、代名詞の先行詞が先行するのが当然である。この用法を前方照応的(anaphoric)または順行（代名詞化）(forward pronominalization)という。
Jack tried to catch the bird. But he couldn&rsquo;t do it.
* He thinks that John is a smart. (He&ne;John)
The man who hired Nancy will see her tomorrow.
この用法に関しては特に問題もなく、理解可能である。b.の主語のheがJohnでないこともこのことからわかる。しかし、次の例文ではどうであろうか。
Al..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 人間にとっての言語と言語認知]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430433301@hc06/8277/]]></link>
			<author><![CDATA[ by pandakun]]></author>
			<category><![CDATA[pandakunの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 08 May 2006 02:57:40 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430433301@hc06/8277/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430433301@hc06/8277/" target="_blank"><img src="/docs/983430433301@hc06/8277/thmb.jpg?s=s&r=1147024660&t=n" border="0"></a><br /><br />言語についてブルームフィールドの著作を読んでいく中で、人間にとっての言語とはなんだろうかという問いとともに、人間は言語をどのように理解していくのかという過程について興味がわいてきた。本レポートでは、人間にとっての言語と人間の言語認知について[360]<br />人間にとっての言語と言語認知
　言語についてブルームフィールドの著作を読んでいく中で、人間にとっての言語とはなんだろうかという問いとともに、人間は言語をどのように理解していくのかという過程について興味がわいてきた。本レポートでは、人間にとっての言語と人間の言語認知について学んだことについて書く。
　人間特有であるとされる言語だが、その特有性はどこにあるのだろうか。Hockett(1960)とAnderson(1985)はその基準として、意味性、恣意性、離散性、転位性、生産性、反復付加性と再帰性、を挙げている。それぞれ説明すると、『意味性』はその言語が意味を持っていること、『恣意性』は一単位（単語など）と意味との関係が定まっていること、『離散性』 は連続的ではなく単語の集まりであったり、言語音が切れ切れになっていたり（例えば単語ごと）というように離散的であること、『転位性』は過去や未来など、話者がその存在を話者がいる場所や時間では感知できないものごとに対して言及できること、『生産性』は新しく意味のある表現を生み出すことができる可能性のこと、『反復付加性と再帰性』はある文構造の前後や、文構..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ コミュニケーションについて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/7741/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bestinme]]></author>
			<category><![CDATA[bestinmeの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 28 Mar 2006 02:10:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/7741/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/7741/" target="_blank"><img src="/docs/983432297001@hc05/7741/thmb.jpg?s=s&r=1143479455&t=n" border="0"></a><br /><br />　これから述べる発話の意味の交換に成功した例と失敗した例のコミュニケーションとはもともと何故このような間違いが起こるか。この例は、「メッセージ」そのものの不明確さだけではなく、話し手の「意図intension」が分からないことも、我々のコミ[342]<br />　これから述べる発話の意味の交換に成功した例と失敗した例のコミュニケーションとはもともと何故このような間違いが起こるか。この例は、「メッセージ」そのものの不明確さだけではなく、話し手の「意図intension」が分からないことも、我々のコミュニケーション不全感の源となっていることが多い。さらに言い換えれば、日常のコミュニケーションがうまくいっているというのは、相手の「メッセージ」を正確に捉えあい、それを介して、相手の「意図」も捉えあっているということなのだ。
　コミュニケーションの一般論としては、「コードモデルcode model」と「推論モデルinferential model」とがある。前..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本語と韓国語の共通点と相違点について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430739001@hc06/7008/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yuueri]]></author>
			<category><![CDATA[yuueriの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 19 Feb 2006 01:29:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430739001@hc06/7008/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430739001@hc06/7008/" target="_blank"><img src="/docs/983430739001@hc06/7008/thmb.jpg?s=s&r=1140280164&t=n" border="0"></a><br /><br />今回のレポート課題が日本語と他の言語を比較して共通点と相違点をあげ、考察を加えるといったものだったので、私は多少かじったことのある韓国語(朝鮮語と韓国語どちらに統一するのかは定かではないが、今回は韓国語で統一することにする)と日本語を比較す[356]<br />日本語と韓国語の共通点と相違点について
　今回のレポート課題が日本語と他の言語を比較して共通点と相違点をあげ、考察を加えるといったものだったので、私は多少かじったことのある韓国語(朝鮮語と韓国語どちらに統一するのかは定かではないが、今回は韓国語で統一することにする)と日本語を比較することにした。
　まず、日本語と韓国語を比較したときに一番にあがる共通点といえばそれは語順が同じであるということである。これは多少韓国語について勉強した人なら誰でもが思うことであるが、日本人にとって韓国語は勉強しやすい。なぜなら日本語と語順がほとんど同じだからである。例を挙げて説明しよう。
EX)　나는 한국어를 공부합니다. (私は　韓国語を　勉強します。)
上記の文は「私は韓国語を勉強します。」という文を韓国語で書いたものだが、語順が日本語と全く同じなのが窺える。詳細を見てみると、ハングルの１文字目にあたる나は私という単語であり、２文字目の는は日本語の「～は」にあたる助詞である。次のまとまりも同じように、한국어が韓国語で、를が「～を」にあたる助詞である。そして공부が勉強で、합니다が「～します」にあたる。も..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「ジュンビマンタン」［東京学芸大学・教育学部・言語学・評価A］]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/6810/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kenjiro55]]></author>
			<category><![CDATA[kenjiro55の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Feb 2006 11:37:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/6810/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/6810/" target="_blank"><img src="/docs/983430795301@hc06/6810/thmb.jpg?s=s&r=1139971057&t=n" border="0"></a><br /><br />先日、休み時間に大学の廊下を歩いている時、４〜５人の学生のグループとすれ違った。その時、その中の一人が「俺たち、（ゼミの）発表の準備もマンタンだし、もう安心だね！」と言ったのがはっきりと耳に入り、私は「えっ？」と思わず一瞬立ち止まってしまっ[360]<br />「ジュンビマンタン」
　先日、休み時間に大学の廊下を歩いている時、４～５人の学生のグループとすれ違った。その時、その中の一人が「俺たち、（ゼミの）発表の準備もマンタンだし、もう安心だね！」と言ったのがはっきりと耳に入り、私は「えっ？」と思わず一瞬立ち止まってしまった。彼らは特にふざけている様子でもない。何気ない学生同士の雑談のワンセンテンスである。この学生は大真面目に「準備マンタン」と言ったのである。
　その学生が何を言いたいのかはすぐに分かった。しかし、何かが変だ。「何が変か」に気づくのに、数秒を要した。この学生は、明らかに「準備万端（バンタン）」という言葉を誤って使っているのであるが、伝えようとしている意味はすぐに分かったのに、何が変かに気づくのに数秒を要したというところがポイントで、この学生が「準備バンタン」を「準備マンタン」と誤って覚えてしまっているのも、よくよく考えると納得できる部分がないではないのだ。
　まず、「万端」という漢字の読み違えが基本にあるのは明らかだ。「万」という字は「バン」と読むこともあるが、普段はお金の単位を中心に「マン」と読むことのほうが圧倒的に多い。しか..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[John is expected to be intelligent. について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431622101@hc05/6105/]]></link>
			<author><![CDATA[ by adachjoker]]></author>
			<category><![CDATA[adachjokerの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 01 Feb 2006 16:49:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431622101@hc05/6105/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431622101@hc05/6105/" target="_blank"><img src="/docs/983431622101@hc05/6105/thmb.jpg?s=s&r=1138780149&t=n" border="0"></a><br /><br />【John is expected to be intelligent. について】
	この文はいったいどのように特徴付けることができるのだろうか？すなわち、受動文なのか、繰上げ構文なのか、それともどちらでもあるのか、どちらでもないのか？[282]<br />【John is expected to be intelligent. について】
この文はいったいどのように特徴付けることができるのだろうか？すなわち、受動文なのか、繰上げ構文なのか、それともどちらでもあるのか、どちらでもないのか？
まず、意味を考えてみると、明らかに受身の文、つまり受動文である。しかしここでは、意味ではなく、文の構造からどのように特徴付けられるのかを考えていこうと思う。そこで考えなくてはならないのが、この文の主語になっているJohnの構造上での位置である。
そこで、このような文を見てみよう、
　　　　　　　I expect John to be intelligent.　
この文は平叙文であり、能動態である。もし、当該の
　　　　　　　John is expected to be intelligent.
が受動文だとしたら、その文から派生したと考えられる。能動態の文において、Johnはexpectedの右にある。よって、
　　　　　　　John is expected to be intelligent.
のJohnはDSでもその位置にあったと考えられ、受動態に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[言語学入門]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431618501@hc05/3518/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ground]]></author>
			<category><![CDATA[groundの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 01 Dec 2005 12:56:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431618501@hc05/3518/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431618501@hc05/3518/" target="_blank"><img src="/docs/983431618501@hc05/3518/thmb.jpg?s=s&r=1133409396&t=n" border="0"></a><br /><br />　蜂のダンスやベルベット・モンキーの鳴き声、ビーバーの水面たたきといった生物学的サインと人間の言語を連続的なものとして捉えることは可能であろうか？　これは非常に難解な問いである。この問いに答えるために記号や知識の概念、さらにはグライスの「非[360]<br />哲学特殊講義　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
蜂のダンスやベルベット・モンキーの鳴き声、ビーバーの水面たたきといった生物学的サインと人間の言語を連続的なものとして捉えることは可能であろうか？　これは非常に難解な問いである。この問いに答えるために記号や知識の概念、さらにはグライスの「非自然的意味」の概念について考えていきたいと思う。
最初に記号について考える。われわれが使う記号は主に、三種類に分けられると考えられる。まずそれらについて順に説明しよう。一つ目はIconic signと呼ばれるものである。これは絵や図形などで何かを示すというものである。たとえば、タバコの絵があってその上にバッテンのマークが書かれていたとすれば、それは喫煙禁止のIconic signとなる。このようにIconic signは指示対象との自然的なつながりを持つようなsignである
　二つ目はIndex signと呼ばれるものである。これは、たとえば(熊の)足跡を見て熊の存在を察するとき、この足跡は熊のIndex signになっているといえる。あるいは置いておいたリンゴが食べられている..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[constructionとstructure]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431622101@hc05/3305/]]></link>
			<author><![CDATA[ by adachjoker]]></author>
			<category><![CDATA[adachjokerの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 21 Nov 2005 15:35:20 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431622101@hc05/3305/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431622101@hc05/3305/" target="_blank"><img src="/docs/983431622101@hc05/3305/thmb.jpg?s=s&r=1132554920&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに、constructionとは、個別言語における、ある文法項目を含んだ文である。または、その文法項目を特徴付けることのできる文である。よって、発話されうる全ての文がconstructionとなりうるのである。例えば、Mary was[296]<br />　　　　　　　　　「construction と structure」
はじめに、constructionとは、個別言語における、ある文法項目を含んだ文である。または、その文法項目を特徴付けることのできる文である。よって、発話されうる全ての文がconstructionとなりうるのである。例えば、Mary was kissed by John. のような受動文やThere is a book on the table. のような存在構文(There構文)などがある。
次に、structureについて、「統語構造は、(ⅰ)語の構成素関係(constituency)、(ⅱ)構成素の文法範疇(grammatical category)、(ⅲ)構成素の線条的語順(linear order)に関する情報から成り立っている。語の構成素関係というのは、文で用いられている語や句のまとまり／結合関係のことである。」(中島、池内、2005 P.9L.12～P.10L.1)とあるように、例えば、The boy kissed a girl.という文でTheとboy、aとgirl は構成素をなすが、boyとkis..]]></description>

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			<title><![CDATA[若者の言葉と仲間意識の関係]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432381201@hc05/689/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lt027045]]></author>
			<category><![CDATA[lt027045の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 01 Jul 2005 20:15:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432381201@hc05/689/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432381201@hc05/689/" target="_blank"><img src="/docs/983432381201@hc05/689/thmb.jpg?s=s&r=1120216501&t=n" border="0"></a><br /><br />今回私は、若者独特のことばと、現代の若者が持っている特徴的な「仲間意識」との関係について考察してみた。現在、情報のグローバル化が進み、海外の、とりわけアメリカの文化が日本に波のように押し寄せている。アメリカ文化に異常な程へりくだっている我々[360]<br />　今回私は、若者独特のことばと、現代の若者が持っている特徴的な「仲間意識」との関係について考察してみた。現在、情報のグローバル化が進み、海外の、とりわけアメリカの文化が日本に波のように押し寄せている。アメリカ文化に異常な程へりくだっている我々日本人は、英語の習得の必要性を求められていたり（ほとんどの人はブランド的な感覚で）という表面的なことだけでなく、その精神構造も、まるでそれに従わなければならないかのごとく、アメリカの「個人主義」というものに侵されている。その結果生じた若者特有の精神構造が、若者独特のことばを生み出しているのだ。今回は、その個人主義の波にもまれている若者の精神構造を、「ことば」の側面から、その精神構造との関係性を考察する。ところで、誤解して欲しくないので断っておくが、私は別にここでは個人主義の批判をするつもりはないし、若者の言葉が乱れているとかいうことを主張しているわけでもない。
　現代の社会では、「個性」という言葉が非常にもてはやされている。都会ではマンションの隣の部屋の人の顔を知らないということも、特に珍しいことではない。最近ではインターネットの普及に伴い、人と会..]]></description>

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			<title><![CDATA[言語学レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432343001@hc05/592/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sayuri1202]]></author>
			<category><![CDATA[sayuri1202の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 24 Jun 2005 22:53:11 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432343001@hc05/592/" target="_blank"><img src="/docs/983432343001@hc05/592/thmb.jpg?s=s&r=1119621191&t=n" border="0"></a><br /><br />　私は前期でも言語学の講義を受講していたのですが、後期もこの授業を受けることによって多くのことを学ぶことができたと思います。Selectional Restriction（選択制限） や、Thematic relation（主題関係）, X[272]<br />言語学Ⅱレポート
　私は前期でも言語学の講義を受講していたのですが、後期もこの授業を受けることによって多くのことを学ぶことができたと思います。Selectional Restriction（選択制限） や、Thematic relation（主題関係）, X―bar Theory（X―bar理論） などが今学期に学んだ主なことですが、私は先生が参考として見せてくださるHarry Potter の映画からもさまざまなことを学べたと感じています。このレポートでは選択制限などの概念説明と、先生が話してくださったことの中で私の興味がわいたものについて触れていきたいと思います。
　
　まず、Selectional Restriction（選択制限）について述べていきたいと思います。選択制限とは、動詞などの意味的なつながりによって主語にくる名詞や目的語にとる名詞などが制限されることを言います。つまり、&lsquo;kill&rsquo; という動詞は主語に物や動物、人どれでもくることができるが、&lsquo;murder&rsquo; という動詞は人しか主語にとることができないなどということです。先生が授業中にも例に出されましたが、これらの動詞..]]></description>

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			<title><![CDATA[男女の会話分析（社会言語学）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432345101@hc05/576/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ikula2810]]></author>
			<category><![CDATA[ikula2810の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 23 Jun 2005 23:05:07 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432345101@hc05/576/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432345101@hc05/576/" target="_blank"><img src="/docs/983432345101@hc05/576/thmb.jpg?s=s&r=1119535507&t=n" border="0"></a><br /><br />男女の会話はまさに「異文化コミュニケーション」である。
会話スタイルにおける性差をきちんと認識することが問題解決につながる。

異性のスタイルから最善のスタイルが学べる
&rArr;♀は男性から少々の衝突や互いの食い違いも＜親和＞に対する脅威[344]<br />男女の会話はまさに「異文化コミュニケーション」である
会話スタイルにおける性差をきちんと認識することが問題解決につながる
第１章　　男女の会話は異文化コミュニケーション
男女間の会話に誤解が生じるのはお互いの「会話スタイル」が異なるからである。
１．コミュニケーションは＜親和＞と＜独立＞の相対立する二要素のバランスをとりながら進められる「かけ引き」である
♂ ♀ 特徴 独立をもとめる。＜地位＞を重んじる階層的な序列の中に身をおいて行動している。 親和をもとめる。＜和合＞を重んじる人間的な結びつきのネットワークの中に身をおいて行動している。 会話 &ldquo;自分の優位を獲得or維持し、他人にナメられないよう&rdquo;にわが身を守るかけ引き。 &ldquo;互いを認め合い、合意を生み出し、仲間外れにされないよう&rdquo;にわが身を守るかけ引き。 社会 「競合」の場。劣敗を避けるために奮闘する。 ひとつの「共同体」。孤立を避けるために奮闘する。 　　　　　　　　　　　　＜地位＞＝非対称　&rarr;　「競合」を作り出す　　　＜和合＞＝対称　&rarr;　「共同体」を作り出す
２．人間のとる言動には「メッセージ」と「メタメッセージ」が含まれている
..]]></description>

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			<title><![CDATA[現代の日本語に文字がなかったとしたら、どのような事態が想定されるか？]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432400901@hc05/216/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kawapmikit]]></author>
			<category><![CDATA[kawapmikitの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 28 May 2005 22:32:38 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432400901@hc05/216/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432400901@hc05/216/" target="_blank"><img src="/docs/983432400901@hc05/216/thmb.jpg?s=s&r=1117287158&t=n" border="0"></a><br /><br />テーマ
『現代の日本語に文字がなかったとしたら、どのような事態が想定されるか？』
日本語に文字がなかったら・・・という架空の状況について急に考えるのは困難だと思われたので、文字があったがために起こりえたことをその出現理由をもとに考えてみ[352]<br />《文字表記論》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
テーマ
『現代の日本語に文字がなかったとしたら、どのような事態が想定されるか？』
日本語に文字がなかったら・・・という架空の状況について急に考えるのは困難だと思われたので、文字があったがために起こりえたことをその出現理由をもとに考えてみたいと思う。
まず、なぜ文字が作られたのかについて考えてみた。人類はもともとコミュニケーション手段として音声言語を用いていたことは、今までの歴史の勉強から知っている。約50万年前に出現した原人が、火の使用のほか言葉を話す能力を持っていたと世界史の教科書に明記されている。
しかしながら、当時の人々がどんな言葉を使っていたのかを知る術はない。なぜなら、音声言語は記録に残せないからだ。
文字は、そういった音声言語の欠点を補うために現れたのだろう。時代とともに変容していく音声言語と異なり、文字は時間や空間を越えて伝達することができるからだ。
人類は、文字ができたおかげで様々なことができるようになった。古代エジプトでは使者の冥福のための祈祷・讃歌・信条などを記載した死者の書を副葬品として埋葬した歴史がある..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[日本語は本当にあいまいか]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/luckchan/183/]]></link>
			<author><![CDATA[ by luckchan]]></author>
			<category><![CDATA[luckchanの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 21 May 2005 01:21:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/luckchan/183/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/luckchan/183/" target="_blank"><img src="/docs/luckchan/183/thmb.jpg?s=s&r=1116606111&t=n" border="0"></a><br /><br />例えば、ある人の所業を見て、「普通の人ならばこんなことはしない」と言った人がいるとしよう。この場合、その人が考えている「普通」というのは、そう言われた相手にとっては「普通ではない」かも知れないのである。この「普通」という日本語のあいまいさか[360]<br />「日本語は本当にあいまいか」 
(1)私はこの講義の春学期を履修しており、その時に提出したレポートは「社会」や「場面」
という概念的なものに拘ってしまったという反省があった。そこで、今回は「日本語」、と
りわけ「普段日常的に使われている日本語」をもっと考えてみようと思った。 
(2)具体的には、「日本語はあいまいである」という仮説を立て、その仮説が果たして正しい
かどうか、あるいはどこまで正しいかということについて、インターアクションを通じて
考えていきたいと思った。なぜなら、私は春学期の講義を通じて、「自分の考えていること
を相手に対して丁寧に伝えようとする意思と努力」の必要性を強く感じたのであるが、さ
らに、日本語は自分の考えていることを相手に対して丁寧に伝えるという意思と努力がよ
り一層必要なのではないかと思ったからである。 
例えば、ある人の所業を見て、「普通の人ならばこんなことはしない」と言った人がいる
としよう。この場合、その人が考えている「普通」というのは、そう言われた相手にとっ
ては「普通ではない」かも知れないのである。この「普通」という日本語のあいまいさか
ら故に生ま..]]></description>

		</item>

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