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		<title>タグ“英米思想史”の公開資料</title>
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			<title><![CDATA[英米思想史　第一＋第二　Ａ判定 2016]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/938549985803@hc15/125251/]]></link>
			<author><![CDATA[ by セレナ★]]></author>
			<category><![CDATA[セレナ★の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 17 Jun 2016 17:20:54 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/938549985803@hc15/125251/" target="_blank"><img src="/docs/938549985803@hc15/125251/thmb.jpg?s=s&r=1466151654&t=n" border="0"></a><br /><br />英米思想史のＡ判定（第一、第二とも）
です
よかったら参考にしてください[104]<br />英文学における古典主義からロマン主義への推移を、社会的・思想的背景から説明せよ。
まず、古典主義とは何か、ロマン主義とは何かについて述べてから、ロマン主義にいたった推移について論ずる。
古典主義の時代はアン女王の治世を指して、オーガスタン時代とも呼ばれ、規則づくめで理性や論理を偏重し、風刺文学や悲歌や書簡などが好まれていた時代でもあった。オーガスタン時代とは、もともとローマ帝国のホラティウスなどによって、文明が栄えていたことを示している。この背景には、ウィリアム・ピッドらによる北アメリカ大陸やインド、オーストラリアが植民地となっていた背景があり、同時に国として安定していた時期でもある。それと同時に、啓蒙思想やジャーナリズムの普及などいった背景もある。
ロマン主義とは、理性や良識を偏重していた古典主義に対して、自然にもっと目を向けようとするのが、ロマン主義である。ロマン主義は古いものや、中世への憧れであった。この時代の作家は、コールリッジに代表されるように、自然を愛し、自然との神秘的な交わりによって、その根幹を表現しようとしたのである。この時代の背景には、ルソーらの啓蒙主義によって生まれたフランス革命や、19世紀の目覚ましい産業革命が背景としてある。
ロマン主義へと移った推移としては、まず古典主義の作家ポープの登場である。有名は「批評論」や「オデュッセイア」などを書いた。彼の時代は、ピューリタン革命や名誉革命など、時代は混沌の時代を終えて、ローマの平和と同様の安定した時代であった。古典主義は洗練の時代とも呼ばれ、それにふさわしい理性などによる抑制がある文学を生み出した。しかし、古典主義の理性などを偏重する考えに、次第に、耐えきれなくなり、自然への回帰を求めたのが、「田園詩集」である。ローマ時代のホラティウスたちの詩や詩論が、貴族的なものとして認められ、さらには、言語的に専門的で、技術的として認められたのを見れば、ポープの文学は古典主義的であるといえるだろう。
ポープだけでなく、また古典主義に代表されるのが、ジョンスンである。彼は「英語辞典」の編纂をした。啓蒙思想の普及とジャーナリズムの発生が易しい言葉の普及を促したなかで、この「英語辞典」の編纂はまさに、時代のニーズに答えたものであった。この時代、文学の読者は大衆へと移っていく、つまり、読者が上流階級から、中産階..]]></description>

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			<title><![CDATA[P6506　英米思想史　第2設題　A判定合格]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/124981/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ton138]]></author>
			<category><![CDATA[ton138の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 May 2016 18:38:34 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/124981/" target="_blank"><img src="/docs/946329577035@hc13/124981/thmb.jpg?s=s&r=1463996314&t=n" border="0"></a><br /><br />M.アーノルドが『教養と無秩序』の中で述べた、社会を無秩序から救う方法とは何か。社会的・思想的背景を踏まえて説明せよ。
　
　アーノルド（Matthew Arnold,1822-88）は、1844年にオックスフォード大学を卒業後、督学官を経験して1857年にオッックスフォード大学の詩学教授となる。
　アーノルドの生きたこの世紀、ヴィクトリア時代は、英国史上最も発展を遂げた時代であり、英国文学もヨーロッパ全般にわたって多産な文学活動が行われた。
　当時の英国では、版図や海軍、重工業や織物とともにテニソン（Alfred Tennyson,1809-92）の詩やディケンズ（Charles Dickens,1812-70）の小説を誇ることができる。
　ヴィクトリア時代は、産業革命や英国科学の発達、1832年の選挙法改正にうかがわれるような政治的変動から生じた、英国社会の大規模な変革と、その原因でもあり結果でもあった国力の未曾有の伸張によって出現した時代である。
　それまでは、英国というものの可能性に止まっていたことが、全て事実になった時代であり、大規模な社会的変動は、既に英国にあった各種の要..]]></description>

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			<title><![CDATA[P6506　英米思想史　第1設題　A判定合格]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/124980/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ton138]]></author>
			<category><![CDATA[ton138の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 May 2016 18:37:16 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/124980/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946329577035@hc13/124980/" target="_blank"><img src="/docs/946329577035@hc13/124980/thmb.jpg?s=s&r=1463996236&t=n" border="0"></a><br /><br />英文学における古典主義からロマン主義への推移を、社会的・思想史的背景から説明せよ。
　
　18世紀前半は古典主義の全盛期であり、後半はその衰退期である。小説や劇など散文の方面においては、それほど大きな変化はないが、痛烈もしくは辛辣な諷刺に代わって家庭向きの作品が多くなり、洗練された感情を主とする意味においてセンチメンタルな特色を帯びてくる。
　イングランド銀行が1694年に設立されたころから国民生活は安定を得られ、またジブラルタルやブリントハイムにおける勝利、カナダの占領、インド帝国の樹立、7年戦争の勝利などのほか、殖産工業の進展においても、この世紀に英国は成功に成功を重ねる。その結果社会生活にも余裕ができ、中産階級ものんびりとした気持ちを持つようになり、礼儀作法を重んじた、たしなみのある紳士らしさが注目される。
　そうした中で、今までは無視されがちであった読書の習慣は婦人の間にも徐々にひろまり、1709年版権法令の確立と相まって、文筆業の独立を助ける。
　1710年代には文筆を執る者が激増し、当時の知識階級を形成した文壇人は、啓蒙思想の持つ合理主義の影響を受けて、何でも理性と論理に..]]></description>

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