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		<title>タグ“舞踊”の公開資料</title>
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		<description>タグ“舞踊”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[インド四大舞踊 ～地方による表現様式の特徴について～]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432281101@hc05/62168/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sakuragi]]></author>
			<category><![CDATA[sakuragiの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 20 Jan 2010 15:42:15 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432281101@hc05/62168/" target="_blank"><img src="/docs/983432281101@hc05/62168/thmb.jpg?s=s&r=1263969735&t=n" border="0"></a><br /><br />（3,045字）
インド舞踊は地域によって表現様式が異なり、それぞれ独自の形を持って古代より発展してきた。ここではインドを4つの地方に分け、北部のカタック、東部のマニプリ、南部のバラタナーティヤム、西部のカタカリという踊りについて調べた。[344]<br />「インド四大舞踊」
地方による表現様式の特徴について
【目次】
カタック（北部）
マニプリ（東部）
バラタナーティヤム（南部）
カタカリ（西部）
【要旨】
インド舞踊は地域によって表現様式が異なり、それぞれ独自の形を持って古代より発展してきた。ここではインドを4つの地方に分け、北部のカタック、東部のマニプリ、南部のバラタナーティヤム、西部のカタカリという踊りについて調べた。これらの四大舞踊それぞれの舞踊様式について、特徴や歴史を述べていきたいと思う。
カタック（北部）
ここで言うインド北部とは、ヒマラヤ山脈とガンジス河のどちらかに接している地域周辺のことである。現代の北部の舞踊様式は「カタック」と呼ばれるものであり、特徴としては、力強い表現、少量の歌を伴う極端な動き、複雑なフットワーク、高速の回転の妙技、非常に多くのグングル（＝鈴）を足首に装着する点などが挙げられる。カタックは他のインド舞踊と同じく宗教的な起源を持っており、ヒンドゥー教の最高神であるクリシュナ信仰を主題にした演目が多い。
古代、北インドの平野地帯では、村や寺院を回って神話や叙情詩、英雄たちの物語を語って歩く「カタカ（＝..]]></description>

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			<title><![CDATA[インド古典舞踊　バラタナティアム]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428372201@hc07/14490/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mai_beagle]]></author>
			<category><![CDATA[mai_beagleの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 26 Oct 2007 21:22:26 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428372201@hc07/14490/" target="_blank"><img src="/docs/983428372201@hc07/14490/thmb.jpg?s=s&r=1193401346&t=n" border="0"></a><br /><br />インド古典舞踊　バラタナティアム
目次
Ⅰ　研究動機
Ⅱ　本論
　　１．インド古典舞踊とは
　　２．バラタナティアムとは
　　　　　○成り立ちと今にいたるまでの歴史
　　　　　○踊りについて～表現方法～
　　３．インド伝統音楽について
　　[342]<br />インド古典舞踊　バラタナティアム
目次
Ⅰ　研究動機
Ⅱ　本論
　　１．インド古典舞踊とは
　　２．バラタナティアムとは
　　　　　○成り立ちと今にいたるまでの歴史
　　　　　○踊りについて～表現方法～
　　３．インド伝統音楽について
　　　　　○カルナタカ音楽
　　　　　○使用される楽器
　　４．宗教とバラタナティアム
　　　　　○ヒンドゥー教
　　　　　○ナタラージャ（シヴァ神）について
Ⅲ　まとめ
Ⅳ　参考文献
Ⅰ　研究動機
　私が、インド舞踊に興味をもったきっかけは、以前、インド映画を見たことだ。映画中で繰り返し映し出された踊りの優雅さと神秘的な表情、衣装の美しさ、そして、独特な旋律をもつインド音楽に興味をひかれた。また、インドは古くから文明が栄え、特に、宗教的な性質を持つ文化が発展してきた。私は、宗教についても興味があったため、宗教との関係性を見出せるテーマをと考え、インド古典舞踊である「バラタナティアム」をテーマにした。そして、研究を開始する前、実際に研究の参考にするため、バラタナティアムの映像を見たときには、脚色された映画の中の踊りとは違った物語性のある踊りと、繊細な動き..]]></description>

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			<title><![CDATA[京鹿子娘二人道成寺]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431813101@hc05/6853/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sue2956]]></author>
			<category><![CDATA[sue2956の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Feb 2006 16:58:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431813101@hc05/6853/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431813101@hc05/6853/" target="_blank"><img src="/docs/983431813101@hc05/6853/thmb.jpg?s=s&r=1139990301&t=n" border="0"></a><br /><br />　可憐、清らか、しとやか、そして艶やか。日本女性美の名詞をすべて凝縮した、舞踊の大作と言ったら『京鹿子娘道成寺』（一七五三）であろう。この作品には、着物を着た時にお手本にしたい美しい動作が多々含まれており、歌舞伎好きではなくとも、女性として[360]<br />　可憐、清らか、しとやか、そして艶やか。日本女性美の名詞をすべて凝縮した、舞踊の大作と言ったら『京鹿子娘道成寺』（一七五三）であろう。この作品には、着物を着た時にお手本にしたい美しい動作が多々含まれており、歌舞伎好きではなくとも、女性として生まれたからには是非見ておきたい作品とも言える。
　この『京鹿子娘道成寺』は、安珍に恋をした清姫が、嫉妬に狂い鐘の中に逃げた安珍を焼き殺す、という『大日本国法華経験記』（一〇四〇～一〇四四）にも記された「安珍清姫の物語」の伝説の一部を、歌舞伎化したものである。もともとは能の作品として先に舞台化されたものであり、歌舞伎の作品の中にも能の一部が取り入れられている。
　今回私が鑑賞した『京鹿子娘道成寺』は、二人で舞う「道成寺もの」として、平成十六年一月（二〇〇四）に五代目坂東玉三郎・五代目尾上菊之助の二人の白拍子花子の艶やかな競演が大きな評判を呼び、再演となったものである。
前述のごとく「道成寺もの」は能から始まり、絵画の『道成寺縁起絵巻』（一三九四～一四二七）、歌舞伎では文楽人形のように舞う『日高川入相花王』（一七五九）などもありその他にも様々なバリエー..]]></description>

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			<title><![CDATA[古典と西欧との差異からみる舞踊の本質]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431261501@hc06/5222/]]></link>
			<author><![CDATA[ by makipeko]]></author>
			<category><![CDATA[makipekoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Jan 2006 13:04:29 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431261501@hc06/5222/" target="_blank"><img src="/docs/983431261501@hc06/5222/thmb.jpg?s=s&r=1137211469&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに
　舞踊は人間が言葉を有する以前から生活の中にあった。そして信仰と結びついて舞踊が発生したのは世界共通の事実。しかしそれぞれの民族によって長い歴史と共に大きな差が生じたのである。
　大正元年、帝劇に招かれたイタリア人教師ローシー[352]<br />はじめに
　舞踊は人間が言葉を有する以前から生活の中にあった。そして信仰と結びついて舞踊が発生したのは世界共通の事実。しかしそれぞれの民族によって長い歴史と共に大きな差が生じたのである。
　大正元年、帝劇に招かれたイタリア人教師ローシーによってバレエはもたらされた。バレエ伝来から約１００年経つが、これまで幾度かのブームを経て、今またこの芸術の人気が高くなってきている。今日の日本では、遥か千年以前の古代の舞楽、中世の能、狂言、近世の人形浄瑠璃、歌舞伎、そして日本舞踊と各時代の芸能が現代の演劇、舞踊とが共存しているが、その中において見事バレエも舞踊文化の一端を担うことができていると言える。これは他国にはあまり見られることではない。西欧が前代の様式を壊して進化していく変遷であったのに対して、日本の芸能は新旧交代することなく、互いに影響し、多岐に分裂していくという形をとってきた。アジア東端の島国である日本は、それらを独自の文化として成長させてきた。ここでは古典芸能の集大成ともいえる日本舞踊と西欧の舞踊クラシックバレエとを比較し、共通点・相違点から舞踊の本質を本論のテーマとしたい。
衣装による表..]]></description>

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