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		<title>タグ“経営史”の公開資料</title>
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		<description>タグ“経営史”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[【輪読】第4章自動車事業における流れ作業への模索【ものづくりの寓話】]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/921255559871@hc21/144399/]]></link>
			<author><![CDATA[ by あずまとも]]></author>
			<category><![CDATA[あずまともの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 30 May 2021 21:52:10 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/921255559871@hc21/144399/" target="_blank"><img src="/docs/921255559871@hc21/144399/thmb.jpg?s=s&r=1622379130&t=n" border="0"></a><br /><br />輪読（和田一夫[2009]『ものづくりの寓話』名古屋大学出版会。）で担当した第4章の要約資料になります。[142]<br />第4章　自動車事業における流れ作業への模索
―製造現場データとその利用―
(和田一夫[2009]『ものづくりの寓話』名古屋大学出版会)
目次
1. 製造現場の改革と労働争議は無関係だったのか？
2. 1950年労働議前後の状況
　2.1. 1950年代に本当にトヨタの製造現場で変化が起きていたのか？
　　2.1.1. 生産設備の更新
　　2.1.2. 一人当たり生産台数の変化
　　2.1.3. 原単位の推移
　　2.1.4. 機械の配置
　2.2. 生産設備の復旧
　　2.2.1. 自動車事業継続の決断
　　2.2.2. 臨時復興局による設備復旧
　　2.2.3. 挙母工場の完全復旧
.3. 製造現場の実態把握へ
3.1. なぜ戦前の製造現場では仕掛品があったのか？
　　3.1.1. 戦前のトヨタでは製造現場の実体をどのように把握しようとしていたのか？
　　3.1.2. 問題解決の試みと失敗
　3.2. 製造現場の詳細データ把握
　　3.2.1. 能率給の復活とその算定方式
　　3.2.2. 「大野ライン」の起源
　　3.2.3. 「大野ライン」は具体的に何をしたのか？
　3.3. トヨタにおける「合理化運動」
　　3.3.1. 経営調査委員会から経営合理化委員会へ―別角度から見た「大野ライン」
　　3.3.2. 企業合理化推進委員会への改変から労働争議への突入
　　3.3.3. トヨタが合理化運動を展開した理由は何だったのか？
3.4. 労働争議後の「歴史的な職制」
3.4.1. 分散管理方式の意味
　 3.4.2. 「歴史的な職制」とは具体定期にどのような組織だったのか？
　 3.4.3. 「歴史的な職制」で何を実践したのか？
3.5. 生産手当制度の概要とその運用
　　3.5.1. 生産手当制度の概要
　　3.5.2. 生産手当制度は実際に運用されたのか？
　3.6. なぜ生産手当制の実施に時間がかかったのか？
　　3.6.1. 製造現場データ把握の焦点が「時間」になったのはなぜか？
　　3.6.2. なぜ時間研究を行うのに時間がかかるのか？
　　3.6.3. 標準作業とトヨタ
本章の要点
・戦時中と異なる、戦後の1950年代におけるトヨタの状況を把握する
・仕掛品がラインの途中に堆積する状況をトヨタがどのように改革したのか
・製造現場を改革するにあたって..]]></description>

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			<title><![CDATA[日本企業の競争優位喪失]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432346701@hc05/13299/]]></link>
			<author><![CDATA[ by takashiyokoyama]]></author>
			<category><![CDATA[takashiyokoyamaの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 10 Feb 2007 23:32:36 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432346701@hc05/13299/" target="_blank"><img src="/docs/983432346701@hc05/13299/thmb.jpg?s=s&r=1171117956&t=n" border="0"></a><br /><br />日本企業の競争優位喪失
１．はじめに
日本の大企業は１９５０年代後半からの高度経済成長期を初めとして、長期的に安定成長を続けていたが、１９８０年代半ばよりその成長は鈍化した。以降のバブル経済とその崩壊も含めて、日本の大企業群は国際競争力[352]<br />日本企業の競争優位喪失
１．はじめに
日本の大企業は１９５０年代後半からの高度経済成長期を初めとして、長期的に安定成長を続けていたが、１９８０年代半ばよりその成長は鈍化した。以降のバブル経済とその崩壊も含めて、日本の大企業群は国際競争力を失い、かつての繁栄を失ったかに見え、かつその状況は現在に至るまで変わっていない（と、一般に言われている）。そこで本稿では、１９８０年代後半において日本企業はなぜ競争優位を喪失したかを、日本企業内部の変化、そして日本企業を取り巻く外部環境の変化という２つの視点から複合的に考察することにしたい。
２．日本企業内部の変化から
　戦後の日本企業は、例えばトヨタ自動車にとっての豊田市や刈谷市のように、特定の都市に本社機能ならびに生産設備を置き、子会社・下請け・孫請けといった系列企業をも集中させた企業城下町を形成した。企業城下町とは、「低地価と広大なスペース、そして豊富な低労働賃金力を背景に、特定大企業が巨大な生産設備を建設し、地域の政治、経済、社会の根幹的地位を占め、さらに、地域を構成する諸要素を吸収しながら、特定大企業そのものが地域と重なり合う得意な空間」（関..]]></description>

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			<title><![CDATA[「大企業内外のシステムとその限界」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429782101@hc06/10221/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ksradio]]></author>
			<category><![CDATA[ksradioの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 02 Aug 2006 03:06:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429782101@hc06/10221/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429782101@hc06/10221/" target="_blank"><img src="/docs/983429782101@hc06/10221/thmb.jpg?s=s&r=1154455604&t=n" border="0"></a><br /><br />日本企業が1980年代に競争上の優位を失っていった過程を、大企業内外のシステムに着目して論じるにあたり、まず戦後期に大企業が国際競争上の優位を確立した点について言及する必要がある。
まず、戦後に安定的地位を維持したのはどのような企業であっ[348]<br />「大企業内外のシステムとその限界」
日本企業が1980年代に競争上の優位を失っていった過程を、大企業内外のシステムに着目して論じるにあたり、まず戦後期に大企業が国際競争上の優位を確立した点について言及する必要がある。
　まず、戦後に安定的地位を維持したのはどのような企業であったか。それは疑うべくもなく大企業である。敗戦により多くの企業がダメージを受ける中、ある程度の資本と生産力を備えて余力のあった大企業は、GHQによる占領政策とそれにつづく時代においていち早く経済を再建し、何かと「要りよう」な戦後期にその需要をまかなうだけの生産力を確保できたため、強い競争力を持てるだけの企業に成長し、回復したと考えられる。その意味では、戦争によって弱小な企業が淘汰され、市場が拡大されたと言ってよいだろう。
　また、日本の企業の特徴的な「企業集団」や「小会社」のシステムが、我が国の産業の種類に合致したことも、競争力の支えになっていたとも考えられる。つまり、農業や水産業ではなく、複雑で多様な部品を要する加工組立産業においてはまさに真価を発揮したと考えられる。さらに労働力の点でも、戦地から帰還した兵士はもと..]]></description>

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			<title><![CDATA[商業史および経営史]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431718301@hc05/9908/]]></link>
			<author><![CDATA[ by baikun]]></author>
			<category><![CDATA[baikunの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 22 Jul 2006 01:37:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431718301@hc05/9908/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431718301@hc05/9908/" target="_blank"><img src="/docs/983431718301@hc05/9908/thmb.jpg?s=s&r=1153499824&t=n" border="0"></a><br /><br />アメリカ、ヨーロッパの企業活動の拡大について産業革命時代から追っていった訳だが、僕がこの授業で特に注目したのはテイラーシステムを中心とした経営の分化についての考えとそれが果たした役割について。夏学期にとった経営学概論ですでに課業管理などにつ[360]<br />商業史および経営史
　　　　　　　　　　　　　　
　
アメリカ、ヨーロッパの企業活動の拡大について産業革命時代から追っていった訳だが、僕がこの授業で特に注目したのはテイラーシステムを中心とした経営の分化についての考えとそれが果たした役割について。夏学期にとった経営学概論ですでに課業管理などについては学んだが、具体的な内容や実践でどのように取り入られていったかといった問題についてはイメージがつかみにくかった。このアメリカの企業の大量生産への道の中でそうしたイメージが僕の中で明確となっていったので経営の分化が現在の経営の基礎ともなっていることについて簡単に述べていきたい。
　経営とはもともと一人ではとてもやっていけないような縦と横のシステム、仕事を人間や機械の協働システムとして実現しようとするものである。システムがまだ十分に小さい間は目標を設定し、作業手順の進捗を見守りながら、直接作業を実施して行くといった一連の仕事を、数人の人々で誰が何をするという定めもないままに分担することも決して不可能ではない（成り行き管理）。しかし経営体が次第に大きくなっていくにしたがって、こうした機能はそれぞれ内..]]></description>

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