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		<title>タグ“純粋理性批判”の公開資料</title>
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			<title><![CDATA[カントの「もの自体」と「現象」について述べなさい。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952794317263@hc11/96812/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lady...]]></author>
			<category><![CDATA[lady...の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 10 Sep 2012 14:33:04 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952794317263@hc11/96812/" target="_blank"><img src="/docs/952794317263@hc11/96812/thmb.jpg?s=s&r=1347255184&t=n" border="0"></a><br /><br />１年次に作成したレポートで、評価は５で返却されています。
お役に立てれば！！[113]<br />カントの思想は３つの批判書によって「批判哲学」と呼ばれているが、具体的にはどのようなものであり、形而上学ではどのように関係しているか。そして「もの自体」と「現象」はどのようなもので、認識されるとは何なのか。 　最後にカントの「もの自体」と「現象」の対比は、プラトンのイデア論と現象の対比は似ているが違うというのはどういうことか。 ２、初めに３つの批判書からくるカントの批判哲学はどのようなものか。 　①『純粋理性批判』である。これは人間の理性が担う諸問題について書かれており、ライフニッツなどの存在論的形而上学とヒュームの認識論的懐疑の両方を継承し、かつ批判的に書かれた西洋哲学で最も重要な著作権の１つである。認識は経験から始まるが、全てが経験からくるものではないとしており、何を知るかということを述べている。 　②『実践理性批判』である。これは人間の道徳行動に専念しており、純粋理性と異なるものではない。純粋経験理性は経験と結び付いたもので、純粋実践理性は経験とは無関係で、何をなしうるかを述べている。 　③『判断力批判』であり。これは判断できる何かには、心の動きが存在するか否かということで、この..]]></description>

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			<title><![CDATA[カント哲学]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431022501@hc06/5639/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bld1064]]></author>
			<category><![CDATA[bld1064の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 22 Jan 2006 16:43:04 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431022501@hc06/5639/" target="_blank"><img src="/docs/983431022501@hc06/5639/thmb.jpg?s=s&r=1137915784&t=n" border="0"></a><br /><br />　カント　Immanuel Kant　1724〜1804　ドイツ啓蒙期の哲学者。カントは、もっとも影響力の大きかった近代思想家のひとりである。彼は人間の認識能力をみきわめることを追求した。81年、「純粋理性批判」によって、合理主義と経験主義[314]<br />　　　　　　　　　　
カント哲学
カント　Immanuel Kant　1724～1804　ドイツ啓蒙期の哲学者。カントは、もっとも影響力の大きかった近代思想家のひとりである。彼は人間の認識能力をみきわめることを追求した。81年、「純粋理性批判」によって、合理主義と経験主義を総合した超越論主義を主張。つづいて、88年「実践理性批判」、90年「判断力批判」を発表し、みずからの批判哲学を完成した。とりわけ、その批判哲学の根幹をなす「純粋理性批判」では、理論的認識の範囲を経験世界(現象界)に限定したうえで、その認識の対象は認識作用を通じて主観によって構成され可能となるのだとした。
「理性について」
まず、カントにおいて『理性』とは何を意味しているのか。カントはこの言葉をその都度特定の様式で使用しているため、「これ」という答えは無いだろう。しかも、理性という言葉は悟性という言葉としばしば同一視されているようにも思われる。カントは純粋理性批判のなかで「しかし、私はここで理性ということで上位の認識能力全体を理解し、このようにして合理的なるものを経験的なものに対置する。」と述べている。一般的には次のよ..]]></description>

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