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		<title>タグ“移民問題”の公開資料</title>
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		<description>タグ“移民問題”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[「イスラム・スカーフ事件」から見る移民問題―ライシテとイスラム教―]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933836483725@hc17/129678/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hiro45678]]></author>
			<category><![CDATA[hiro45678の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 04 Jun 2017 11:59:53 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/933836483725@hc17/129678/" target="_blank"><img src="/docs/933836483725@hc17/129678/thmb.jpg?s=s&r=1496545193&t=n" border="0"></a><br /><br />&hellip;&hellip;1989年の「イスラム・スカーフ事件」は知識人を巻き込み、フランスを二分する論争を巻き起こした。パリ郊外のクレイユ市にあるコレージュ（フランスの前期中等教育機関であり４年制。日本でいう小学校６年生から中学校３年生の期間に相当）において、[352]<br />【課題】 
「イスラム・スカーフ事件」について、①その概略を説明し、②その事件の高校生の今日
的な発達課題にとっての意義と社会的な意義について述べなさい 
「イスラム・スカーフ事件」から見る移民問題 
― ライシテとイスラム教 ― 
１．「イスラム・スカーフ事件」の概略 
フランスは欧州最大のムスリム国である。フランスの総人口のうち、ムスリムが占める
割合はおよそ８％、数にして 500 万人にものぼる。これほどムスリムが多い要因の一つに、
かつてのフランス植民地がイスラム圏だったことがあげられる。フランス革命で誕生した
普遍主義思想は、「人類は皆すべての価値観を共有する」、「人類は皆平等」という観点から、
イスラム系植民地の住民に対してもフランス式の教育を行い、フランス的思想を教え、啓
蒙化に努めた。そこでは当然フランス語が用いられたため、イスラム系の植民地住民たち
はある程度はフランス語を理解することができるようになった。 
それら植民地の独立後、ムスリムたちは、よりよい暮らしを目指し、季節労働者として、
もしくは移民として相対的に馴染みのあるフランスに移住した。このようにしてムスリム
が多くフランスの地を踏んだ。しかし、1980 年代の移民制限政策により、彼らは「帰国」
か「フランス市民として定住するか」の選択を迫られることとなった。そして多くは後者
を選択した。フランス人となったムスリム達はフランスで生活をし、子どもを生む。出生
地主義のフランスでは、その子どもはフランス国籍となる。このようにして、第二世代、
第三世代とムスリム系フランス人が増えていったのである。 
イスラム教は、信者数ではキリスト教、仏教、ヒンズー教にならぶ世界四大宗教のひと
つであり、アッラーを全知全能の唯一神とする一神教である。イスラム教の戒律は厳しい
が、ムスリムはウンマ思想によって国境や国籍に関係なく相互に結びついている。困窮す
るムスリムがいれば、国境に関係なく手を差し伸べる。それはフランスでも例外ではない。 
ムスリムは唯一神アッラーの意思に絶対服従し生きていかなければならない。しかしな
がらアッラーの意志を直接知ることはできない。故に、それを知る上で最大のより所とな
るのが聖典『クルアーン』である。『クルアーン』は、人間の生き方や信仰の在り方につい
て指示を与えており、人間..]]></description>

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			<title><![CDATA[平和と文化]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431164301@hc06/5019/]]></link>
			<author><![CDATA[ by thekitayon]]></author>
			<category><![CDATA[thekitayonの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 12 Jan 2006 18:07:04 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431164301@hc06/5019/" target="_blank"><img src="/docs/983431164301@hc06/5019/thmb.jpg?s=s&r=1137056824&t=n" border="0"></a><br /><br />・はじめに
　半年間にわたる「平和と文化」の講義の中で、講師の方々が「平和」をキーワードに、さまざまな話をしてくださった。現代社会には国外、国内を問わず、実に多くの問題が存在する。何年も前から問題として認識されていながら、未だに解決の糸口[356]<br />平和と文化
・はじめに
半年間にわたる「平和と文化」の講義の中で、講師の方々が「平和」をキーワードに、さまざまな話をしてくださった。現代社会には国外、国内を問わず、実に多くの問題が存在する。何年も前から問題として認識されていながら、未だに解決の糸口さえつかめないものも多い。いろいろな要素が複雑に絡み合っているために先へ進まないのだ。私は講義を受講して、このような問題を改めて知る機会を得、人とは何か、国とは何か、歴史とは何か、そして平和とは何かということを考えることができた。そういった意味でも、「平和と文化」の講義は非常に有意義だったように思える。
　寄付講義はどれも興味深いものであったが、私が特に関心を持ち感銘を受けたのは、ゼリハさんとメルダルさんのお話だった。クルディスタンと周辺各国の現状や、日本の難民申請制度がいかにずさんなものであるかを知ることができた。そこで今回の期末レポートでは「クルド人問題と日本の移民（難民）制度」をテーマに据えて、私自身の体験も交えながら論じていくことにする。
１．クルド人問題　
クルド人は主にトルコ・イラン・イラク・シリアにまたがる山岳地帯に住む少数民族..]]></description>

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