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		<title>タグ“社会運動”の公開資料</title>
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		<description>タグ“社会運動”の公開資料</description>
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		<item>
			<title><![CDATA[社会運動論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930250462497@hc18/134628/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ampmampm]]></author>
			<category><![CDATA[ampmampmの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 17 Jul 2018 19:17:33 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930250462497@hc18/134628/" target="_blank"><img src="/docs/930250462497@hc18/134628/thmb.jpg?s=s&r=1531822653&t=n" border="0"></a><br /><br />社会運動論 
今回私は、社会運動論の中の NPOについて取り扱おうと考えている。 
現在、「ボランティア時代」や「NPOの時代」と呼ばれていることの所以として、
阪神淡路大震災をきっかけとして急速に草の根に根付いてきたボランティア意
識とそのような意識を持った人々を統括し、活動をして行こうと考える組織で
ある NPOが発生してきたことである。このような考え方は、阪神淡路大震災以
前ではあまり主流ではない考え方であった。それまでは、社会運動とボランテ
ィア思考が対立する考え方であったと田中は指摘している。そして、その対立
は１９６０年代からあるものであったとしていて、非常に過激であったと指摘
している。 
当時のボランティアと社会運動には、大きく違いがあった。ボランティア派
の市民は自分たちが主体的に行政などに参画して行こうとする考えに対して、
社会運動論派は、企業や行政などから離れて対峙するような形をとり、自らが
母体として運動をして行こうとする考え方であった。社会運動論派はボランテ
ィア派に対して、行政に無批判に参画していて現体制を擁護しているという批
判などをしていた。それに対してボランティア派は、社会運動論派を排他的活
動であり、社会性がないと強く批判をしていた。こうした歴史背景がある中で、
時代とともにボランティア派が大きく変遷していったと田中は指摘している。 
それまでボランティア派は、行政との結びつきが強く、言われた仕事をする
ような下請け的な仕事を行なってきたが、そのような下請け型から脱却して社
会運動論派のように自立した活動を展開していくように変わった。そのような
変遷により、従来の社会運動論派とボランティア派の垣根が崩れていったと田
中は指摘している。以前は対立関係にあった両者が、このような流れとともに
結合していったのである。 
私は、かつての社会運動は政治的思想、理念が強くその原動力として現れて
いるものであったと考えている。しかしながら、阪神淡路大震災や、最近では
東日本大震災のボランティア活動を見ると、以前の社会運動と違い、イデオロ
ギーに関係なく人々が自発的に行動しているように感じた。以前の社会運動と
異なり、現在のボランティアの原動力は、金銭的な報酬を求めるのではなく、
その人個人が活動を通じて得ることができる精神的豊かさが原動力で..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本自然保護協会による白神山地保護運動]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960984749737@hc08/88649/]]></link>
			<author><![CDATA[ by spiral11]]></author>
			<category><![CDATA[spiral11の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 04 Dec 2011 09:13:55 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960984749737@hc08/88649/" target="_blank"><img src="/docs/960984749737@hc08/88649/thmb.jpg?s=s&r=1322957635&t=n" border="0"></a><br /><br />日本自然保護協会による白神山地保護運動
青森県と秋田県の県境に世界遺産・白神山地がある。太古からの自然が残る場所であるが、どのような経緯で世界遺産に認められるに至ったのか調べてみると、日本自然保護協会という環境団体が大きく関わっていることがわかってきた。
白神山地は自然的特徴は戦後の開発後でさえも原生的ブナ林が16,000ha残っているということにある。しかし、1982年3月、そこに青秋林道という白神山地を縦断する道路の建設が持ち上がった。この目的は、林業労務者の有効活用、木材の生産性向上、流通の促進、地域経済の交流と観光のルート、治山・砂防の整備などが挙げられていた。特に過疎化が進む周辺地域の振興への願望が強かった。
まず、この計画に対して反発したのが、「秋田自然を守る友の会」である。82年4月には「会の総力を挙げて白神山地のブナ原生林を守ることを確認」し、5月には「秋田県野鳥の会」らとともに、秋田県に対して「青秋林道の建設阻止」についての要望書を提出している。83年1月には「白神山地のブナ原生林を守る会」が結成された。また、同様に青森県側でも、「青森県自然保護の会」「日本野鳥の会弘..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[戦前における社会運動の進展]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/5078/]]></link>
			<author><![CDATA[ by junskymaker]]></author>
			<category><![CDATA[junskymakerの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 13 Jan 2006 10:14:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/5078/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/5078/" target="_blank"><img src="/docs/983431203101@hc06/5078/thmb.jpg?s=s&r=1137114881&t=n" border="0"></a><br /><br />知識層
1918/12/23 黎明会発足、吉野作造、福田徳三、森戸辰夫、「中央公論」と連携〜大9
新人会、民人同盟会、社会科学・思想研究の学生組織の呼び水
1918/12	東京帝国大学の学生により新人会が組織さる
後マルクス主義化、[304]<br />社会運動の進展
知識層
1918/12/23 黎明会発足、吉野作造、福田徳三、森戸辰夫、「中央公論」と連携～大9
新人会、民人同盟会、社会科学・思想研究の学生組織の呼び水
1918/12 東京帝国大学の学生により新人会が組織さる
後マルクス主義化、三・一五事件検挙、帝大当局解散命令、後非合法活動
1919/2 早稲田大学弁論部を中心に民人同盟会結成&rarr;半年後分裂、建設者同盟
同月 新人会の学生を中心に東京府下の学生普選デモ
普通選挙期成同盟会、日比谷野外音楽堂で国民大会
労農層、無産政党
友愛会結成、鈴木文治
大日本労働総同盟友愛会に改称
日本労働総同盟に改称
1920/5 労働組合同盟会結成、..]]></description>

		</item>

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