<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:taxo="http://purl.org/rss/1.0/modules/taxonomy/" xmlns:activity="http://activitystrea.ms/spec/1.0/">
	<channel>
		<title>タグ“社会思想”の公開資料</title>
		<link>https://www.happycampus.co.jp/public/tags/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E6%80%9D%E6%83%B3/</link>
		<description>タグ“社会思想”の公開資料</description>
		<language>ja-JP</language>
		<generator uri="http://www.happycampus.co.jp/" version="1.0">happycampus rss generator</generator>
		<docs>https://www.happycampus.co.jp</docs>
		<managingEditor>cs@happycampus.co.jp</managingEditor>
		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[社会思想　Aスミス『国富論』における分業論と価値論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/936400343668@hc16/143160/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mosB]]></author>
			<category><![CDATA[mosBの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 14 Feb 2021 20:32:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/936400343668@hc16/143160/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/936400343668@hc16/143160/" target="_blank"><img src="/docs/936400343668@hc16/143160/thmb.jpg?s=s&r=1613302361&t=n" border="0"></a><br /><br />Aスミスの分業論と価値論について論述してください。

「国富論」は1776年に発表されたアダム・スミス（1723―1790）の著作である。この序論においてスミスは、未開社会と文明社会の豊かさの比較をし、文明社会の優位性を述べている。未開社会では、労働に耐えることのできる者はだれでも労働をして、生活の必需品と便益品を供給しようとしているが、人々はみじめなほど貧しい。これに対し文明社会は、労働をする人々が少ないにもかかわらず豊かである。「国富論」はこの文明の豊かさの秘密を明らかにすることを課題としている。文明社会の豊かさとは、具体的には生活の必需品と便益品とが人々に数多く供給されていることをさす。その豊かさの秘密は労働の生産諸力における最大の改善があり、スミスによると「分業の結果」であるという。労働の生産諸力における最大の改善が実現されたのは、文明社会が分業社会であったことにその原因がある。分業とは、「さまざまな作業の適切な分割と結合」をいう。分業社会とは、分割された労働を担う自由な諸個人が社会的に結合されている状態をいう。そしてスミスによると、分業社会を形成することが、文明社会の行き詰ま..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[世界法の可能性]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958866742893@hc09/123330/]]></link>
			<author><![CDATA[ by みこまる]]></author>
			<category><![CDATA[みこまるの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 17 Jan 2016 17:04:26 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958866742893@hc09/123330/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958866742893@hc09/123330/" target="_blank"><img src="/docs/958866742893@hc09/123330/thmb.jpg?s=s&r=1453017866&t=n" border="0"></a><br /><br />世界法の可能性
　世の中が進んでいくスピードはとても速く、経済の発展、科学・情報技術、輸送手段などの発達、インターネットの普及により各国間の距離もどんどん縮まってきたように思われる。国際化という言葉が定着してから既に久しく、今日では「地球社会」「世界システム」などの言葉も意識されるようになった。そして現在「世界法」を制定すべきか、という議論も行われている。国際連合に代わる機関をつくり世界を統一し、世界法という全世界共通の法の下で世界政治が行われるべきかに関しては様々な意見があるが、私は世界法が存在してもよいのではないかと思う。
　過去を振り返ってみると二度の世界大戦をはじめとして数多くの戦争が起こり、それによって多くの人々が犠牲になった。ホロコーストや他国の植民地化など非道なこともたくさん行われた。第二次世界大戦以後日本は平和な国へと進化を遂げ、私達のように戦争を知らない世代にとって戦争は歴史の一部という程度の認識になっている。しかし世界に目を向けてみると未だに戦争が続いている国やテロの脅威にさらされ、実際に被害を被っている国があり、幼い子供や老人など犠牲になっているのは平和を望む非力..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[A.スミスの『国富論』における分業論と価値論について論述してください。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952285045786@hc11/83529/]]></link>
			<author><![CDATA[ by deepest_forest]]></author>
			<category><![CDATA[deepest_forestの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 25 Jul 2011 23:25:30 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952285045786@hc11/83529/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952285045786@hc11/83529/" target="_blank"><img src="/docs/952285045786@hc11/83529/thmb.jpg?s=s&r=1311603930&t=n" border="0"></a><br /><br />当該資料の評定A、資料の冒頭部分を以下に記載する。１アダム・スミスの「国富論」は、1776年に正規名称「諸国民の富の性質と原因に関する研究」として著作されたものである。この著書は、1759年の「道徳感情論」における「道徳的自由主義」の観[338]<br />課題
　A.スミスの『国富論』における分業論と価値論について論述してください。
レポート
2011-G08-A-4　社会思想
片桐稔晴
１アダム・スミスの「国富論」は、1776年に正規名称「諸国民の富の性質と原因に関する研究」として著作されたものである。この著書は、1759年の「道徳感情論」における「道徳的自由主義」の観点をさらに発達させ、「各人は正義の法を犯さない限り、&hellip;自分の利益を追求することが許される」とするいわゆる「経済的自由主義」の体系を示していると言える。本問では、この「国富論」の中でも特に重要な考え方を示している「分業論」と「価値論」について論述する。
２この著書の正式名称にある「富の性質」と「富の原因」とは、前者を「そもそも富とは何か」、後者を「富を作りだす原因」という意味であり、文明社会の豊かさの秘密を解き明かすというものである。スミスは、文明社会が豊かであるその状態を、生活の必需品と便益品のいわゆる消費財が多く供給されている状態であると考えた。そして、文明社会が豊かになるためには、その消費財の供給源である「労働の生産諸力における最大の改善」があったためである。これを..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[A.スミスの『道徳感情論』における道徳哲学について論述してください。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952285045786@hc11/83528/]]></link>
			<author><![CDATA[ by deepest_forest]]></author>
			<category><![CDATA[deepest_forestの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 25 Jul 2011 23:25:30 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952285045786@hc11/83528/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952285045786@hc11/83528/" target="_blank"><img src="/docs/952285045786@hc11/83528/thmb.jpg?s=s&r=1311603930&t=n" border="0"></a><br /><br />当該資料の評定A、資料の冒頭部分を以下に記載する。１「道徳感情論」は、1759年に発行されたアダム・スミスの著書である。この著書は、パッと読み通すとどこに主題があるのか不明であるが、第６版６部中の道徳的な哲学に関するものそれである。本問[346]<br />課題
　A.スミスの『道徳感情論』における道徳哲学について論述してください。
レポート
2011-G08-A-3　社会思想
片桐稔晴
１「道徳感情論」は、1759年に発行されたアダム・スミスの著書である。この著書は、パッと読み通すとどこに主題があるのか不明であるが、第６版６部中の道徳的な哲学に関するものそれである。本問では、スミスの道徳哲学について、スミスの思考を用いて説明する。
２まず、スミスは３つの徳性を挙げているが、その３つとは「慎慮の徳性」、「正義の徳性」、「慈恵の徳性」である。ホップズ、ロック、マンデヴィルやルソー等の近代思想家では、この世に生まれた人間が生きる目的は「自分の幸福である」として、言い換えれば「自分の利己的な意向」であったため、スミスによれば「慎慮の徳性」は自愛心の追求と密接に関係しているものであった。だが、実際問題としては、自愛心の追求だけではなく、社会生活を営んでいく上では他人の幸福への配慮が必要となり、これは言い換えれば「私たちの慈愛的な意向」として「正義の徳性」、「慈恵の徳性」に関係している。これらは、私たち人間が社会生活を送る上で必要となる最低限の徳性..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[J.ロックの『市民政府論』における社会契約論について論述してください。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952285045786@hc11/83527/]]></link>
			<author><![CDATA[ by deepest_forest]]></author>
			<category><![CDATA[deepest_forestの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 25 Jul 2011 23:25:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952285045786@hc11/83527/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952285045786@hc11/83527/" target="_blank"><img src="/docs/952285045786@hc11/83527/thmb.jpg?s=s&r=1311603929&t=n" border="0"></a><br /><br />当該資料の評定A、資料の冒頭部分を以下に記載する。１この「市民政府論」は、1690年の「国政二論」の後編部分にあたるもので、「市民政府の真の期限、範囲及び目的」と副題が付けられたジョン・ロックの著書である。　このジョン・ロックの市民政[344]<br />課題
　J.ロックの『市民政府論』における社会契約論について論述してください。
レポート
2011-G08-A-2　社会思想法
片桐稔晴
１この「市民政府論」は、1690年の「国政二論」の後編部分にあたるもので、「市民政府の真の期限、範囲及び目的」と副題が付けられたジョン・ロックの著書である。
　このジョン・ロックの市民政府論における社会契約論は、先に発表されていたホップズの「リヴァイアサン」における社会契約論との対比が重要となる。本問を論述するにあたっては、このホップズの社会契約論における「自然状態論」、「戦争状態論」と「政治社会の創造論」とを対比しつつ、政治社会の創造論の考え方から生まれることとなる「機関信託論」や「抵抗権・革命権」、さらには「法の支配」の確立について触れることとする。
２まず、この市民政府論が記述された時代の状況を整理する。1642年からの「清教徒革命」によって、49年チャールズ１世処罰による市民の勝利、その後独立派のクロムウェルが他の市民組織を抑えて独裁体制を確立した。そのクロムウェルも58年に死去した後は混乱が生じ、60年に王政復古してチャールズⅡ&rarr;ジェイムズ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[T.ホップズの『リヴァイアサン』における社会契約論について論述してください。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952285045786@hc11/83526/]]></link>
			<author><![CDATA[ by deepest_forest]]></author>
			<category><![CDATA[deepest_forestの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 25 Jul 2011 23:25:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952285045786@hc11/83526/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952285045786@hc11/83526/" target="_blank"><img src="/docs/952285045786@hc11/83526/thmb.jpg?s=s&r=1311603929&t=n" border="0"></a><br /><br />当該資料の評定A、資料の冒頭部分を以下に記載する。１「リヴァイアサン」は、正式には「教会及び市民的国家の質料、形相及び力」でトマス・ホップズによって1651年に発表された。まず、社会契約論に入る前にこの時代におけるイギリスの状況を整理す[346]<br />課題
　T.ホップズの『リヴァイアサン』における社会契約論について論述してください。
レポート
2011-G08-A-1　経済法
片桐稔晴
１「リヴァイアサン」は、正式には「教会及び市民的国家の質料、形相及び力」でトマス・ホップズによって1651年に発表された。まず、社会契約論に入る前にこの時代におけるイギリスの状況を整理する必要がある。この著書が書かれた時代は、1642年に国王の専制政治に対する不満を感じていた市民によって「清教徒革命」が勃発した。そして、49年にスチュワート朝チャールズ１世が処罰されることによって市民が政治権力を握ることとなったが、クロムウェル率いる独立派が平等派等の他の市民組織を抑えて独裁体制を築きあげようとしていた時代である。この著書は、そんな時代における市民と国家関係の考え方示すものである。
２ホップズは、序章において、神の天地創造で作られた自然の中に神が統治する方法があり、それは人間その技を用いることによって人工的動物である時計を作ることができ、さらにはその技がさらに進化して人間が国家をも造ることができるとしている。そして、その国家は、人工的なものであるが故..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[  ステレオタイプについて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430249501@hc06/9332/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yoshimune55]]></author>
			<category><![CDATA[yoshimune55の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 04 Jul 2006 19:29:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430249501@hc06/9332/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430249501@hc06/9332/" target="_blank"><img src="/docs/983430249501@hc06/9332/thmb.jpg?s=s&r=1152008995&t=n" border="0"></a><br /><br />「ステレオタイプ」とは、Ｗ・リップマンが彼の代表的著書『世論』（1922）でこの用語を用いて以来、社会心理学のみならず、広く社会科学上の重要な概念となった。ステレオタイプとは、特定の文化によってあらかじめ類型化され、社会的に共有された固定的[352]<br />社会思想論　～ステレオタイプ～
「ステレオタイプ」とは、Ｗ・リップマンが彼の代表的著書『世論』（1922）でこの用語を用いて以来、社会心理学のみならず、広く社会科学上の重要な概念となった。ステレオタイプとは、特定の文化によってあらかじめ類型化され、社会的に共有された固定的な観念ないしイメージのことで、紋切り型（物事のやり方が一定の様式にのっとっていること。きまりきっていて新しみがないこと）と訳される。その特徴として、ステレオタイプは周りのうわさやマス＝メディアを通じて，根拠があいまいなまま形成されていくものであり，一つの文化にかなり共通性がみられることが多い。また過度に単純化されていること、不確かな情報や知識に基づき、誇張され、しばしばゆがめられた一般化ないしカテゴリー化をすること、好悪、善悪、正邪、優劣などといった強力な感情を伴っていること、新たな証拠や経験に出会っても、容易に変容しにくいことである。
この世の中はステレオタイプで出来上がっているといっても過言ではないというぐらい私たちの身の回りではステレオタイプがはびこっている。特に日本ではステレオタイプの人間が多いとされている。で..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[カラス事件について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1930/]]></link>
			<author><![CDATA[ by laughmaker]]></author>
			<category><![CDATA[laughmakerの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 30 Jul 2005 02:57:20 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1930/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1930/" target="_blank"><img src="/docs/983432158301@hc05/1930/thmb.jpg?s=s&r=1122659840&t=n" border="0"></a><br /><br />カラス事件は、1761年10月13日、フランスのトゥールーズで起こった冤罪事件である。事件の舞台であるトゥールーズ市は、周辺をカトリックに囲まれた頑固なカトリックの市で、人口約５万人のうち、プロテスタントは200人以下であった。また、プロテ[338]<br />　社会思想　１．カラス事件の概要を説明し、この事件をどのように評価するか述べなさい。
カラス事件は、1761年10月13日、フランスのトゥールーズで起こった冤罪事件である。事件の舞台であるトゥールーズ市は、周辺をカトリックに囲まれた頑固なカトリックの市で、人口約５万人のうち、プロテスタントは200人以下であった。また、プロテスタントに一定の自由を与えていたナント勅令が1685年に廃止にされたという背景も重要である。 　プロテスタントのジャン・カラスは、このトゥールーズに住んでいた。家族構成は、妻、長男マルク・アントワーヌ、次男ピエール、三男、四男、長女、次女であり、カトリックの女中が一人雇われていた。1761年10月13日、友人のゴベール・ラヴェスが一家の夕食に招かれた。この時、三男はカトリックに改宗したくて家をから独立しており、四男は商業の修行のため家にはいなかった。また娘二人もたまたま不在であった。従って、ジャン・カラス、母、長男マルク・アントワーヌ、次男ピエール、客のラヴェス、そして女中の六人が、この夜の食事に居合わせることになった。
夕食の途中で、長男マルク・アントワーヌがふら..]]></description>

		</item>

	</channel>
</rss>