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		<title>タグ“漢文講読”の公開資料</title>
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		<description>タグ“漢文講読”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[漢文講読　第２設題（合格済み）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/100016/]]></link>
			<author><![CDATA[ by BBQ-Chicken]]></author>
			<category><![CDATA[BBQ-Chickenの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 11:28:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/100016/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/100016/" target="_blank"><img src="/docs/948746779245@hc12/100016/thmb.jpg?s=s&r=1357871337&t=n" border="0"></a><br /><br />この科目の先生は非常に厳しいので、ホームページからのコピペや参考文献に乏しいレポートは、ほぼ不合格、というか採点に値しないという形で再提出になります。

設問：蘇軾の作品を読み、作品中の気になった語句や表現を１つ取り上げ、それが蘇軾にとって[356]<br />蘇軾の作品を読み、作品中の気になった語句や表現を１つ取り上げ、それが蘇軾にとってどのような意味を持つのか、資料などを挙げながら自分の考えを述べよ。
蘇軾の作品の中で、私が気になった表現は、「初到黄州」の中の「長江繞郭知魚美　好竹連山覺筍香」という表現である。この部分だけ見ると、初めて黄州に来た蘇軾が、長江の魚がおいしそうだなぁ、山々の筍がおいしそうだなぁ、と感想を語っているように感じられるかもしれない。しかし、実はこの作品が作られたときは、そんなのんきなことを考えている状況ではなかったのである。この作品が作られた状況を踏まえ、そこから見える蘇軾の人柄について考えていきたい。
この作品が作られた状況について、「中国詩人選集二集５　蘇軾・上」では、次のように紹介されている。「元豊三年（一〇八〇）四十五歳、前年御史台の獄を出、審問の結果、検校尚書水部員外郎、充黄州団練副使の名目で実は流罪人として黄州（今湖北省黄岡県）へ送られ、二月、到着したのちの作品。」つまり、懲罰のために黄州に送られ、その送られた先に到着した際に作った作品なのである。常人なら意気消沈し、ネガティブな詩を詠んでしまいそうな状..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[R0518　漢文講読　第１設題（合格済み）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/100015/]]></link>
			<author><![CDATA[ by BBQ-Chicken]]></author>
			<category><![CDATA[BBQ-Chickenの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 11:28:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/100015/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948746779245@hc12/100015/" target="_blank"><img src="/docs/948746779245@hc12/100015/thmb.jpg?s=s&r=1357871335&t=n" border="0"></a><br /><br />この科目の先生は非常に厳しいので、ホームページからのコピペや参考文献に乏しいレポートは、ほぼ不合格、というか採点に値しないという形で再提出になります。

設問：王維の作品を読み、作品中の気になった語句や表現を１つ取り上げ、それが王維にとって[356]<br />王維の作品を読み、作品中の気になった語句や表現を１つ取り上げ、それが王維にとってどのような意味を持つのか、資料などを挙げながら自分の考えを述べよ。
私が王維の作品の中で気になったものは、「終南山」という詩である。王維の他の作品を見ても、終南山が出てくる詩は少なくないが、「終南山」は、終南山自体をメインテーマにしてうたった詩であるからだ。この詩の中で、終南山はどのように捉えられているのか、また、王維にとって終南山はどのような存在であったのかについて、考えていきたい。
その前に、終南山とは何だというところから、簡単に見てみよう。終南山とは、中国、陝西省の南部にある、秦嶺山脈中部に位置する山々のことである。つまり、特定のひとつの山のことを指しているのではなく、山脈の一部を指してそう呼んでいる。
では、まず王維の他の詩中での終南山の扱いについて見てみる。まず、「自大散已往深林密竹蹬道盤曲四五十里至黄牛嶺見黄花川」の中では、終南山がどのように扱われているか見てみよう。詩の全文は以下の通りである。「危逕幾万転　数里将三休　廻環見徒侶　隠暎隔林丘　颯颯松上雨　潺潺石中流　静言深渓裏　長嘯高山頭　望見..]]></description>

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			<title><![CDATA[R0518漢文講読第２　蘇軾　再提出ﾊﾞｰｼﾞｮﾝ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960811353085@hc08/81352/]]></link>
			<author><![CDATA[ by p1205]]></author>
			<category><![CDATA[p1205の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 May 2011 12:52:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960811353085@hc08/81352/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960811353085@hc08/81352/" target="_blank"><img src="/docs/960811353085@hc08/81352/thmb.jpg?s=s&r=1305345128&t=n" border="0"></a><br /><br />蘇軾の作品を読んで疑問点を一つ取り上げ、それに対する自分の考えを述べよ。
なぜ蘇軾は、絶望の淵に追いやられ、普通ならば生きる気力を無くしてもよさそうな境遇に遭っても、変わらず創作活動を行うことができたのか。いくつかの作品を挙げながら、明らかにしたい。
一〇七九年、蘇軾が朝政を誹謗し帝位である神宗に不敬をはたらいたとされ、告発された。蘇軾はもちろん神宗に不敬をはたらいた覚えなどない。中央政府のやり方に対する批判の詩を書いただけで捕らえられる筈もないと一笑していたが、政治を批判し、旧法党であった蘇軾の詩をおもしろく思っていなかった政府当局は蘇軾を捕え、獄中へと入れる。
中央政界の官僚とまでなった人物が牢獄に入ったのだ。筆者はそこまで上り詰めたことも、奈落の底までたたき落とされた経験もない為想像を絶するが、恐らく、プライドをへし折られるという表現では追い付かない、最大の屈辱を味わったであろう。普通ならば、生きる気力を失い、最悪の過ちを犯してもおかしくはない出来事である。実際に、立場や時代は異なるが、同じような境遇であった中国の詩人であり政治家である屈原は、政界から追われ将来に絶望し入水自殺を..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[R0518漢文講読１　王維　再提出ﾊﾞｰｼﾞｮﾝ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960811353085@hc08/81351/]]></link>
			<author><![CDATA[ by p1205]]></author>
			<category><![CDATA[p1205の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 May 2011 12:52:07 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960811353085@hc08/81351/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960811353085@hc08/81351/" target="_blank"><img src="/docs/960811353085@hc08/81351/thmb.jpg?s=s&r=1305345127&t=n" border="0"></a><br /><br />王維の作品を読んで疑問点を一つ取り上げ、それに対する自分の考えを述べよ。
序論
　王維の詩に『田園楽七首』という、田園の楽しみを七首にして詠んだ作品がある。紙面上、うち三首を以下に引用する。「其二　再見封侯万戸　立談賜璧一双　詎勝耦耕南畝　如何高臥東窓」「其六　桃紅復含宿雨 柳緑更帯春煙　花落家僮未 鶯啼山客猶眠」「其七　酌酒会臨泉水　抱琴好倚長松　南園露葵朝折　東舎黄梁夜舂」どれも田園での楽しみをとても嬉しそうに、楽しんでうたっていることがわかる。
しかし、王維は元々、上流階級の中心で活躍する宮廷詩人だったはずである。若き頃から博学で絵画や音楽といった様々な能力にも長け、神童ともてはやされた王維と、田園で過ごす王維とは余りにかけ離れたイメージである。そんな王維が、なぜ田園の楽しみをこうもいきいきと詩に詠むことができたのだろうか。いくつかの作品を挙げながら論じていく。
本論
王維の一家は中小士族である。当時は貴族階級が政権を握り、中小士族は貴族階級の下で過ごすことを強いられた。そのため、王維は幼い頃から一家の期待を一身に背負い、その才能を生かし見事に中央政界への仲間入りを果たした。しか..]]></description>

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			<title><![CDATA[R0518_漢文講読_第2設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/71985/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lockpan]]></author>
			<category><![CDATA[lockpanの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 04 Oct 2010 14:13:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/71985/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/71985/" target="_blank"><img src="/docs/961741372636@hc08/71985/thmb.jpg?s=s&r=1286169221&t=n" border="0"></a><br /><br />｢蘇軾の作品を読んで疑問点を１つ取り上げ、それに対する自分の考えを述べよ。｣
　蘇軾は、明るくのびのびと生を楽しむ楽天主義の詩人であり、度重なる左遷にもめげず、その強靭な精神で立ち向かった。また悪への憎悪と愛国憂民の情から、勲功を求めず、痛烈な言葉を官僚貴族に向けて発した剛の人物でもある。その作品は長い世に多くの人を惹きつけて止まない。それらからは、決して諦めない、俯かない、生命力をたぎらせた前向きな心が伝わってくるのである。
　例えば鳳翔簽判の時代に詠んだ［郿塢］や、新法を風刺した［鴉種麥行］や［呉中田婦歎］、［雨中遊天竺霊感観音院］、［山村五絶（其三）（其四）］などからは、民を思う蘇軾の全霊をもって官僚貴族に立ち向かう精神が伝わってくる。［新城道中　二首］では自然を擬人化してリズムを出し、弾む心の内をよくあらわしていてのびやかである。黄州に左遷された時に詠んだ［初到黄州］には不幸を乗り越えようとする不屈の精神があり、また［浣渓沙］からはうららかで暖かい空気が、良い香りと共に伝わってくるようだ。これらからは様々なものや人に対する、蘇軾のあふれる生命力が伝わってくるのである。
　しかし..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[R0518_漢文講読_第1設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/71984/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lockpan]]></author>
			<category><![CDATA[lockpanの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 04 Oct 2010 14:13:40 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/71984/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/71984/" target="_blank"><img src="/docs/961741372636@hc08/71984/thmb.jpg?s=s&r=1286169220&t=n" border="0"></a><br /><br />｢王維の作品を読んで疑問点を１つ取りあげ、それに対する自分の考えを述べよ。｣
　私は王維の［送別］にある、｢下馬飲君酒｣の｢君｣とは誰であるのかということについて疑問を抱き、またそこには王維のどんなメッセージが隠されているのか、確かめてみたいと考えた。
王維の［送別］以外の、人を送る内容の詩においては、その対象はある特定の人物であり、明確である。しかし［送別］における｢君｣は、明確な対象が無いのである。それでは王維は［送別］において、一体誰（何）を送り、そこにはどういった心情・メッセージがあったのかを考察していく。
まず［送別］以外の、人を送る詩について触れていくことにする。［送李睢陽］では、長安を出て地方に赴任して行く李カン（山偏に亘）に対して、期待と戒めのメッセージを送っている。｢聖代無隠者｣ではじまる［送別］では、王維の推挙した人物が科挙に失敗して帰郷するのを送っている。また一説には臨時の試験のために集めた有志がすべて落第した際の作と言われ、その中には杜甫も含まれていたと言う。ここでは友の役に立たなかった悔恨を詠っている。
［送元二使安西］では、砂漠の果てにある安西へ、使者として..]]></description>

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			<title><![CDATA[R0518 漢文講読 科目最終試験]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66402/]]></link>
			<author><![CDATA[ by foreveryoungjpjp]]></author>
			<category><![CDATA[foreveryoungjpjpの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 02 May 2010 08:01:38 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66402/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66402/" target="_blank"><img src="/docs/958828040823@hc09/66402/thmb.jpg?s=s&r=1272754898&t=n" border="0"></a><br /><br />過去問の集計により、科目最終試験に出題されると予想される６問について、その解答をまとめた資料です。

ちなみに2009年度のものですので今年度も同じかどうかはシラバスなどで確認してください。

この解答例は私が自分用にまとめたものな[336]<br />・王維の人物像と作品の概要を述べよ。
王維は幼少より詩・絵画・音楽などの多才を発揮し、貴族など上流階級のサロンに迎えられ、二十一才で進士になると、宮廷詩人として活躍した。、
官吏としても最終的には尚書右丞という高官にまでのぼりつめるなど名声をものにした。
しかしながら、王維はこのような華やかな生活の一方で、しだいに自身の境遇に対する不遇感や孤独感抱くようになる。王維は下級士族の家に生まれたが、貴族階級が政権を握っている当時の状況では、それは貴族階級の下で一生を過ごさなければならないという事を意味した。さらには、士族出身の同僚とも、激しい生存競争をしなければならず、それは、本来仲間ではるはずの、同じ階級の同僚を敵としなければならないということである。そのことによって彼の心にはどうしようもない孤独と疎外感が生まれていたのである。
王維は、そのような孤独感や不遇感を、左遷された経験や、安禄山の乱で捕らえられ、敵の官職を押し付けられるなどの挫折を味わう中でいっそう強めていく。王維の詩は自分の感情をおおっぴらに表現するものは少ないが、「不遇詠」などにおいては自身の不遇感を嘆く詩を詠み、「送友人歸..]]></description>

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			<title><![CDATA[R0518_漢文講読_試験]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/58201/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lockpan]]></author>
			<category><![CDATA[lockpanの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 11 Nov 2009 01:57:35 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/58201/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961741372636@hc08/58201/" target="_blank"><img src="/docs/961741372636@hc08/58201/thmb.jpg?s=s&r=1257872255&t=n" border="0"></a><br /><br />]]></description>

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