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		<title>タグ“源氏物語”の公開資料</title>
		<link>https://www.happycampus.co.jp/public/tags/%E6%BA%90%E6%B0%8F%E7%89%A9%E8%AA%9E/</link>
		<description>タグ“源氏物語”の公開資料</description>
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		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[雲隠六帖]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/150749/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sengoro]]></author>
			<category><![CDATA[sengoroの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 16 Feb 2023 17:16:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/150749/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/150749/" target="_blank"><img src="/docs/930858578376@hc18/150749/thmb.jpg?s=s&r=1676535378&t=n" border="0"></a><br /><br />雲隠六帖
雲隠六帖くもがくれろくじょうとは、『源氏物語』の補作の一つ。偽書・偽作研究で取り上げられる..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[雲隠]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/150748/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sengoro]]></author>
			<category><![CDATA[sengoroの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 16 Feb 2023 17:15:33 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/150748/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/150748/" target="_blank"><img src="/docs/930858578376@hc18/150748/thmb.jpg?s=s&r=1676535333&t=n" border="0"></a><br /><br />雲隠
「雲隠」くもがくれは、
『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつであり、幻と匂宮の間にあるとされるが巻名だけが伝えられ、本文は伝存しない。以下で詳述。
『源氏物語』の補作である雲隠六帖の第一帖の巻の名前。なお、雲隠六帖の中の「雲隠」を上記の「雲隠」と明確に区別するときには「六帖系雲隠」と呼ばれることがある。
もともと巻名だけで本文は書かれなかったとする説と、本文はあったが紛失したとする説がある。
本巻の前巻である「幻」から次巻である「匂宮」までは8年間の時間が経過しており、この間に光源氏が出家して嵯峨に隠棲し、2、3年後に死去したことが「宿木」に記されている。またこの間に頭中将太政大臣まで出世..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国語学講義（分冊２）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952855190597@hc11/137103/]]></link>
			<author><![CDATA[ by けっけっ]]></author>
			<category><![CDATA[けっけっの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 13 Mar 2019 11:47:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952855190597@hc11/137103/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952855190597@hc11/137103/" target="_blank"><img src="/docs/952855190597@hc11/137103/thmb.jpg?s=s&r=1552445277&t=n" border="0"></a><br /><br />平安時代と、院政鎌倉時代以降の文献からそれぞれ一つずつ選び、本文を引用し、国語史的特色を説明しなさい。
本文の引用が正確になされ、個々の指摘も的確です。よくまとめられています。とお褒めを頂きました。[296]<br />国語学講義

0 314　分冊２

平安時代の文献『源氏物語』夕顔より国語史的特徴を説明する。

「..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[言語と文化Ⅱ第2課題第1設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948006872076@hc12/123873/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ニンジロー]]></author>
			<category><![CDATA[ニンジローの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 13 Mar 2016 11:30:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948006872076@hc12/123873/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948006872076@hc12/123873/" target="_blank"><img src="/docs/948006872076@hc12/123873/thmb.jpg?s=s&r=1457836244&t=n" border="0"></a><br /><br />音楽が平安朝物語文学の中で、どのような役割を果たしているか具体的に説明しなさい。


合格C


講評：源氏物語の音楽について、女楽について説明していますが、やや説明不足です。女楽で四人の女性がなぜ、その楽器を担当したのか、光源[334]<br />第2課題第1設題

はじめに「源氏物語」とは、紫式部が著した光源氏を主人公とする平安朝物語文学の作品の一つである。物語全体では「琴」、「筝」、「琵琶」、「和琴」、「笛」といった多くの楽器が使用されている。では、これらの楽器が「音楽」として、源氏物語の中でどのような役割を果たしているのだろうか。華やかな女楽の場面がある「若菜下」巻を取り上げて説明する。
源氏47歳の春、朱雀院が五十歳になり、御賀に先立って、六条院での女楽が催される場面がある。
「明石の御方に琵琶、紫の上に和琴、女御の君(承香殿・春宮の母)に筝の御琴、宮には、かくことことしき琴(七絃琴のこと)はまだえ弾きたまはずやと、あやふくて、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[Z1308 教科教育法国語２　第二設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945369397040@hc13/127458/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 556049]]></author>
			<category><![CDATA[556049の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 01 Dec 2016 21:07:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945369397040@hc13/127458/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945369397040@hc13/127458/" target="_blank"><img src="/docs/945369397040@hc13/127458/thmb.jpg?s=s&r=1480594076&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学2016年度　教職　国語　書道　Ａ評価　参考に。[76]<br />教科教育法国語２　第二節題
「学習を構想することを主題として、「伊勢物語」所収「筒井筒」（23段）と「梓弓」（24段）を比較しながらそれぞれ教材分析をし、「比べ読み」を中軸とした読解単元を構想しなさい。」
　はじめに伊勢物語第二十三段、筒井筒の幼な恋の物語である。源氏物語の中で同様な幼ない者同士の恋としては、源氏の子息夕霧と同じ御殿で祖母に育てられた、雲井雁との幼な恋があり、その影響関係も常識的に指摘されていると思われるが、源氏にも伊勢物語初段の初冠男のイメージも宿されているとすると、初恋のイメージも引出されて来るし、帚木三帖にわたる奔放強引な中の品の女人遍歴、そしてそのバックにドラマトゥルギーで言えば、パラレリズムの手法で暗示されているらしい、上の品の女たちとの恋愛ないし情事、そして若紫巻自体にも若紫への恋着事件と同時進行で描かれる、藤壷との重苦しい極秘の、しかし不敵不逞な不倫の情事に、理性を忘れてのめり込む源氏の惑乱が、余りにも印象強く描かれる為、源氏にはあたかも情事ずれした蕩児であるかのようなイメージが、先入観として漂うせいか、若紫の君に恋着する源氏の若さはつい忘れられてしまうよ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[源氏物語における朱雀帝と光源氏の関係から見る「物の怪」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/939885280965@hc15/121191/]]></link>
			<author><![CDATA[ by あきしも]]></author>
			<category><![CDATA[あきしもの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 21 Jul 2015 06:12:42 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/939885280965@hc15/121191/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/939885280965@hc15/121191/" target="_blank"><img src="/docs/939885280965@hc15/121191/thmb.jpg?s=s&r=1437426762&t=n" border="0"></a><br /><br />源氏物語では光源氏の活躍ばかりが取り上げられるが、果たしてそれは妥当だろうか。
朱雀帝という観点から光源氏を見た時に、朱雀帝の不運さが浮き彫りになり、その心情が物の怪を産んだのかもしれない。[283]<br />源氏物語における朱雀帝と光源氏の関係性から見る「物の怪」
　源氏物語における朱雀帝は、光源氏の兄で、一見すると当時の環境ではかなり恵まれていた人物である。光源氏と対比してみると、光源氏が幼いころに桐壺更衣と死別し、バックが弱かったために階級が下がった光源氏に対し、バックが右大臣家である弘徽殿女御を母に持ち、東宮から帝へとエリートコースを進んでいた朱雀帝はかなり恵まれていると言えよう。
　しかし、朱雀帝は地位こそ恵まれていたものの、容姿や教養、舞曲などは全てにおいて光源氏に劣っており、桐壺院も朱雀帝より光源氏を溺愛していたことからみると、朱雀帝自体の心中は決して穏やかなものではなかったと思われる。それでも朱雀帝は穏やかな性格を持った人物として描かれ、例を挙げると、光源氏と朧月夜の密通を知ってもなお、朧月夜を許し、寵愛したところなどに表れていると言える。ただし、その朧月夜は朱雀帝に許され、尚侍にされてもなお、光源氏と密通していたことから言うと、朱雀帝の心情は穏やかでないどころか、光源氏に対して内心怒りを覚えていても不思議ではないように思える。それでも光源氏が須磨に追放されるのを止めようとす..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【日大通信】国語学講義_分冊2]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943981993355@hc14/119140/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hyxxx]]></author>
			<category><![CDATA[hyxxxの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 21 Mar 2015 20:16:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943981993355@hc14/119140/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/943981993355@hc14/119140/" target="_blank"><img src="/docs/943981993355@hc14/119140/thmb.jpg?s=s&r=1426936582&t=n" border="0"></a><br /><br />【日大通信】国語学講義_分冊2　 H25-26年度課題 合格リポートです。「平安時代と、鎌倉室町時代の文献からそれぞれ一つずつ選び、まずひとつづきの200字程度の本文を引用し、その中に見出される国語史的特色（その時代らしさ）を説明しなさい。[334]<br />平安時代に用いられた主な文章は、純漢文、変体漢文、宣命体、片仮名宣命体、平仮名文の五種類である。これらの中で、平安時代に入り新たに成立した文章は、片仮名宣命体と平仮名文である。平仮名文は和文とも言い、漢文に対して平仮名の文章の類型を指すが、実際には平仮名にわずかな漢字、漢語を交えているのが普通であろう。奈良時代の万葉仮名の流れを引き、平安時代になって平仮名の成立に伴い誕生した文章である女性の日記、随筆、消息などや、主として女性を相手とする歌物語や作り物語などに使用された。平仮名文は、漢文が公的な文章であるのに対して、私的な文章であった。また平仮名文は、漢文訓読の文章が文語的であるのに対し、口語的で、当時の貴族の女性のことばにかなり近いものであった。
　この時期の平仮名文による主な作品としては『竹取物語』『伊勢物語』『枕草子』『源氏物語』『土佐日記』などがある。これらの中で『竹取物語』や『土佐日記』などは男の作品と思われる。平仮名文としては早い時期のものではあるが、漢文訓読の語彙や語法が散見され、女性の手になる平仮名文との間に大きな差異を示している。
　ここで『源氏物語』の文章から、平..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[明星大学　PD2060&nbsp; 国文学史　課題１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/942828138823@hc14/118408/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tkazu]]></author>
			<category><![CDATA[tkazuの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 01 Feb 2015 23:01:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/942828138823@hc14/118408/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/942828138823@hc14/118408/" target="_blank"><img src="/docs/942828138823@hc14/118408/thmb.jpg?s=s&r=1422799314&t=n" border="0"></a><br /><br />合格済レポート例
課題１
「上代から近世までの国文学の展開を、散文中心に説明しなさい。」
時代別に要点をしぼって説明しています。分かりやすくまとめております。

参考文献：乾安代・櫻井武次郎・新間一美・西嶋孜哉・毛利正守『日本古典[340]<br />＜上代＞我が国で文字が使われるまでの長い期間、神話や伝説は口承文学として語り継がれていた。漢字の伝来により、口承文学が文字で表されることで、記載文学が成立した。国家体制が整い、統一化が図られると同時に、
それまでの伝承を一つにまとめようとする動きが起こった。その代表が『古事記』と『日本書紀』で、神話・伝説等が編集されている。
文献によれば、これらは天皇の正統性の確証を神話的根拠に求めている、とある。（三浦佑之『岩波講座　日本文学史』第１巻1995）また、祭事に神や天皇に奉る祝詞は『延喜式』に、天皇より神の命を伝える宣命は『続日本記』に収められ、地方の伝承は風土記に記された。日本最初の仏教説話集である『日本霊異記』も上代に成立したとされる。
＜中古＞平安時代を中心とする中古文学の第二期には平仮名・片仮名が発明され、国風文化が成熟する中で、仮名で書かれた新しい物語文学が生まれた。「物語の出で来はじめの祖」とされるのは『竹取物語』で、後に続く『宇津保物語』や『落窪物語』とともに伝奇物語に分類される。これらに並び、『伊勢物語』や『大和物語』、『平中物語』などの歌物語も著された。また、紀貫之の『..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学講義Ⅲ（中世）分冊２]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949690010456@hc12/112799/]]></link>
			<author><![CDATA[ by motuaruto]]></author>
			<category><![CDATA[motuarutoの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 20 May 2014 17:38:00 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949690010456@hc12/112799/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/949690010456@hc12/112799/" target="_blank"><img src="/docs/949690010456@hc12/112799/thmb.jpg?s=s&r=1400575080&t=n" border="0"></a><br /><br />『源氏物語』の藤壺について、物語での役割について調べ、物語第一部の主題について考察しなさい
ポイント　&rarr;須磨巻以前と澪標巻以後について概観し、薄雲巻を中心に考えてみると良い。
キーワード　&rarr;①政治と愛　②王権物語　③光源氏と桐壺帝　④冷泉帝[356]<br />平成２５・２６年度　国文学講義Ⅲ（中世）　分冊２
『源氏物語』の藤壺について、物語での役割について調べ、物語第一部の主題について考察しなさい
ポイント　&rarr;須磨巻以前と澪標巻以後について概観し、薄雲巻を中心に考えてみると良い。
キーワード　&rarr;①政治と愛　②王権物語　③光源氏と桐壺帝　④冷泉帝　⑤政治と絵合
参考文献　&rarr;原点（テキスト）は、『新編日本古典文学全集』（小学館）、『新日本古典文学大系』（岩波書店）、また『源氏物語事典』（大和書房）などもある。さらに『人物で読む源氏物語　藤壺の宮』（勉誠出版）、その他
　『源氏物語』は紫式部による平安時代中期１０００年頃に書かれた世界最古の長編小説である。構成は三部に分けられている。第一部は光源氏の生誕から、数々の恋愛遍歴や王朝人としての出世を極めるまでの四十年間。第二部は、人間関係の変化に悩み無常を悟る十四年間。第三部は源氏没後の子孫の世代を描いた十四年間となっている。
　第一部は桐壺帝の皇子でありながら源氏という臣下の身分にくだされ、皇族から外された光源氏の数々の恋愛、そこから原因となった須磨への流離を経て、准太上天皇となり最高の栄華を極める..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学概論　分冊１ 2013 合格レポート　日本大学通信教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/107007/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yumeno]]></author>
			<category><![CDATA[yumenoの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 04 Oct 2013 19:02:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/107007/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/107007/" target="_blank"><img src="/docs/947055634295@hc13/107007/thmb.jpg?s=s&r=1380880949&t=n" border="0"></a><br /><br />課題　物語文学の流れを概観する中から、その美意識の変遷を踏まえて、「文学」の果たす役割について考察しなさい。

合格レポートです。参考程度にご利用ください。[230]<br />国文学概論　分冊１　平成２５年報告課題
&lt;物語文学の流れを概観する中から、その美意識の変遷を踏まえて、「文学」の果たす役割について考察しなさい。&gt;
　物語文学は平安時代の中期から鎌倉、南北朝時代にかけて貴族の間で享受された、虚構の、仮名によって書かれた文学形態である。民間の説話や漢文伝奇を素材として枠組みや場面に利用しながら、新しい社会や文化の動向を適確に捉えて主題化し、登場人物に造型していったのが、伝奇的な仮作物語であった。そして、『源氏物語』絵合の巻に「物語のいできはじめのおやなる竹取の翁」とあるように、その始発は『竹取物語』とされている。
　『竹取物語』は白鳥処女説話を骨子とし、現実的で伝奇的な世界を、美意識を持って描いている。かぐや姫へ求婚する五人の貴公子が難題に対処する難題求婚譚の要素をもつ。昇天の部分では、天上的なものと地上的なものとの対照のうちに人間のあり方を探ろうとし、「今はとて天の羽衣着るをりぞ君をあはれと思ひいでける」を、本来天上人であるかぐや姫が地上人に対して情けをかけ、それを歌で感情的に表している。
　続く『宇津保物語』は、『竹取物語』の伝奇性を琴の奇端の上に受..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[言語と文化Ⅱ　第1課題（評価A）・第2課題（評価C）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947124227044@hc13/104380/]]></link>
			<author><![CDATA[ by クランティ]]></author>
			<category><![CDATA[クランティの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 27 Jun 2013 18:05:00 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947124227044@hc13/104380/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947124227044@hc13/104380/" target="_blank"><img src="/docs/947124227044@hc13/104380/thmb.jpg?s=s&r=1372323900&t=n" border="0"></a><br /><br />・第1設題
第1課題
第1期の日本古代音楽の特質について、具体例を挙げて説明しなさい。
第2課題第1設題
音楽が平安朝物語文学の中で、どのような役割を果たしているのか、具体的に説明しなさい。

・講評
第1課題
第1期の特質をよく理解してい[330]<br />第１課題第１設題
本小論は、第一期の日本古代音楽は宗教・政治と密接な関係にあり、呪術的であったことが特質であることを目的とする。そのためにまず、本論文で使用する「音楽」の語義について説明する。次いで具体例を挙げて、宗教・政治との関係について明らかにする。
　古代の音楽は現代における娯楽とは全く違い、たいへん神秘的な意味をもっていた。そのため当時の「音楽」の語義とは神を招き、その声を聞く。または死者の蘇生・鎮魂を意味したのである。
　こうした当時の音楽が宗教・政治と密接な関係にあったとするには具体例が必要だ。それを知る手掛かりとして、古事記の神功皇后説話をみてみよう。
これは神功皇后の新羅討伐のときに仲哀天皇が自ら琴を弾いて神託を請う場面である。ところが、神託を疑った仲哀天皇は琴を弾くのをやめてしまう。そして神事で西方の国をみることができなかったので、神の怒りを買い急逝してしまうのである。これは架空の説話であると考えられているが、何らかの事実の反映としてみてよいだろう。つまり、神を呼ぶ神聖な儀式では、政治の主導権を握る天皇のような人物が琴を弾く役割を担っていたと推測できるのである。また神..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学概論①]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/102496/]]></link>
			<author><![CDATA[ by レゲトニック]]></author>
			<category><![CDATA[レゲトニックの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 09 Apr 2013 22:17:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/102496/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/102496/" target="_blank"><img src="/docs/reggaetonique/102496/thmb.jpg?s=s&r=1365513461&t=n" border="0"></a><br /><br />物語文学の流れを概観する中で、その美意識の変遷を踏まえた「文学」の果たす役割についての考察[135]<br />●物語文学の流れを概観する中で、その美意識の変遷を踏まえた「文学」の果たす役割についての考察
　物語文学は、叙事性を基調としながら和歌のような叙情性を合わせ持つ、説話文学の&ldquo;
はなし&ldquo;をさらに発展させた文学である。特に物語文学の本質をよく発揮した作品として『源氏物語』が挙げられ、叙事性・叙情性・
観照性が見事に調和された作品で有名である。
『源氏物語』を頂点としたとき、前期では、民間伝承の起承転結をはっきりさせた『竹取物語』や、和歌に美意識を置く『伊勢物語』が代表として挙げられる。これらには、短歌の影響を受けて恋人や家族への愛を歌うものが多く、&ldquo;物語の祖&rdquo;とされる『竹取物語』は、&ldquo;愛こそすべて&ldquo;という概念を打ち出し、それを前提として『伊勢物語』は、&rdquo;男女の様々な愛の形&ldquo;を描き出した。　
　また、『うつほ物語』は『源氏物語』の五分の三に相当する長編小説でありながら、『
源氏物語』以上の和歌を含み、『伊勢物語』の伝統を踏まえている。物語より古くから存在する和歌は、日本文学の最高峰とされる『
源氏物語』においても、重要な意義をなしている。貴族社会において、和歌は人間関係の交渉を円滑に進める上..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[女の目]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947769711146@hc12/99656/]]></link>
			<author><![CDATA[ by きび]]></author>
			<category><![CDATA[きびの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 28 Dec 2012 02:16:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947769711146@hc12/99656/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947769711146@hc12/99656/" target="_blank"><img src="/docs/947769711146@hc12/99656/thmb.jpg?s=s&r=1356628564&t=n" border="0"></a><br /><br />歴史的文献である源氏物語から、当時と現代の男女性差について考察する[99]<br />女の目
参考文献：紫式部『源氏物語』
　源氏物語という作品には大変多くの女性が登場する。そしてその中のまた多くが、物語の主人公・光源氏を愛し、また彼からも愛されて物語は進む。まるでこの世は我が世とばかりに世間の名を欲しいままにした光源氏と、彼に愛された数多の女性達が世間の目に大変魅力的に映るであろうことは言うまでもない。物語の展開としても大変楽しめる作品であるし、以前は私の目にも、光源氏というキャラクターは大変魅力的に見えた。彼に恋い焦がれる女性達のほうにも、憧れに近い感情を抱いたこともある。様々な生き方や恋の形に引き込まれていくのだ。
　しかし現在、私は主人公である光源氏を好かない。これは光..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国語学講義②]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/99275/]]></link>
			<author><![CDATA[ by レゲトニック]]></author>
			<category><![CDATA[レゲトニックの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 14 Dec 2012 10:39:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/99275/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/99275/" target="_blank"><img src="/docs/reggaetonique/99275/thmb.jpg?s=s&r=1355449174&t=n" border="0"></a><br /><br />奈良平安時代と院政鎌倉時代以降の文献から見出される国語史的特色（その時代らしさ）について[132]<br />平安時代の文献『源氏物語』「桐壺」より、【年月に添へて御息所の御ことをおぼし忘る
ゝ折なし。慰むやとさるべき人〃をまゐらせたまへど、なずらひにおぼさるゝだにいとかたき世かなとうとましうのみよろづにおぼし成ぬるに、先帝の四の宮の、御かたちすぐれたまへる聞こえ高くをはします、（中略）三代の宮仕へに伝はりぬるに、え見たてまつりつけぬを、后の宮の姫宮こそいとようおぼえてをひ出でさせ給へりけれ。ありがたき御かたち人になん」】
平安時代を代表するこの作品は、当時の口語を反映する会話文で成り立っている。「ひらがな」を用いた和文体が特徴的で、音韻に関しては、音便の発生が大きな特色である。
　まず、ウ音便については「ク」・「ヰ」・「グ」・「ガ」が「ウ」に転じるか、「ウ」の音節が挿入されたと考えられる点については、引用文から「疎ましう」と「いとよう」の「う」の部分、また「親しう」の「う」の部分が適合していると思われる。いずれも、「疎ましく」・「いとよく」・「親しく」の「く」が「う」に転用したものと考えられる。
　語彙に関しては、奈良時代には既に借用語として導入されていたとされる、平安時代における漢語の使用..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[『源氏物語』における和歌の役割―第一部に見る女主人公としての紫の上―]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951497315190@hc11/99250/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ogawa_s]]></author>
			<category><![CDATA[ogawa_sの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 12 Dec 2012 23:48:25 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951497315190@hc11/99250/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/951497315190@hc11/99250/" target="_blank"><img src="/docs/951497315190@hc11/99250/thmb.jpg?s=s&r=1355323705&t=n" border="0"></a><br /><br />平成二十一年度後期レポート
源氏物語における和歌の役割
―第一部に見る女主人公としての紫の上―
○○学部○○学部BB0000
○○　○○
　講義のなかで紫の上の生涯をみていくなかで、次第に紫の上が『源氏物語』において女主人公として描かれているように思われた。紫の上の心情を探るにあたっては物語の構成、語りの文、和歌の解釈を詳細に検討していく必要がある。殊に紫の上が詠んだとされる和歌の解釈はその真髄を理解するに重要な役割を果たしているものと考えられる。本小論では主として、紫の上の登場する場面での歌の役割と紫の上の真情について探っていきたい。
　研究にあたっては、紫の上が登場する場面の歌をなるべく時代系列順にあげ、前後の事件と兼ね合わせて考察していく。歌の解釈についてはいくつかをあげ、各々比較検討していくつもりである。
　これまでの紫の上についての研究では、鷲山茂雄氏が「『源氏物語』の&ldquo;紫&rdquo;の秘密」のなかで、「『源氏物語』の&ldquo;紫&rdquo;という言葉がもつ秘密に無関心になってしまって、この物語の根底にある肝心の&ldquo;罪&rdquo;に対して鈍感になって」いると指摘してい。すなわち光源氏の栄華と罪という背反する理念が一..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[源氏物語における空蝉の物語の意味]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951497315190@hc11/99249/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ogawa_s]]></author>
			<category><![CDATA[ogawa_sの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 12 Dec 2012 23:40:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951497315190@hc11/99249/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/951497315190@hc11/99249/" target="_blank"><img src="/docs/951497315190@hc11/99249/thmb.jpg?s=s&r=1355323253&t=n" border="0"></a><br /><br />平成21年度　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2009/07/29
源氏物語における空蝉の物語の意味
○○学部○○学科AA0000
○○　○○
　源氏の君は一度紀伊の守，伊予の介の後妻である空蝉に会ってからというもの空蝉のことが忘れられず，何とか理由をつけて逢おうとした。そこからこの物語の章は始まる。実際彼女は一度も源氏の君と逢おうとはしない。その思いは前章「帚木」における空蝉の歌「身の憂さを嘆くにあかであくる夜はとり重ねてぞ音も泣かれける」にうたわれてる。源氏の君に思いを寄せていながら，身の上からそれがかなわないあるいはかなってはならないといった状況がうかがえる。空蝉は早くに父母を亡くし，親子ほど歳の離れた伊予の介の後妻となった。したがって生活は安定していたが，夫に対する恋心などは持たなかった。ただ生活のためともいえる。伊予の介は受領であり源氏の君との身分の差は大きい。それ故，空蝉は受領の後妻が源氏の君のような身分と対等にわたりあうことなど出来ないと知り，源氏の愛情表現を恥じ避けたのだといえる。実際本文中には，
女，身の有様を思ふに，いとつきなく，ま..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学　通信　日本文学史　第１設題　A判定]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960057307006@hc09/95656/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yuuchi103]]></author>
			<category><![CDATA[yuuchi103の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 06 Aug 2012 00:06:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960057307006@hc09/95656/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960057307006@hc09/95656/" target="_blank"><img src="/docs/960057307006@hc09/95656/thmb.jpg?s=s&r=1344179192&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信学部 R0112 日本文学史 第一設題「上代、中古、中世、近世の文学の特質を、それぞれの時代の特性をふまえつつ、下記の諸作品を例にして具体的に説明せよ。〈古事記・万葉集・古今集・女流日記(女性によって書かれた日記)・源氏物語・平[340]<br />上代、中古、中世、近世の文学の特質を、それぞれの時代の特性をふまえつつ、下記の諸作品を例にして具体的に説明せよ。
〈古事記・万葉集・古今集・女流日記(女性によって書かれた日記)・
源氏物語・平家物語・徒然草・近代小説〉
　大化の改新や壬申の乱を経て、政治的には強力な中央集権的律令制国家へと発展してしき、遣隋使、遣唐使を派遣し政治体制ばかりでなく漢字や仏教など多くの影響を中国から受けた大和から奈良時代が上代と呼ばれる時代であり、上代の文学で代表的なものが、古事記と万葉集である。
まず古事記の文学的意義は日本最古の書であること。そして国内の思想統一を目的とし、神話・伝承を重視した文学性豊かな史書ということである。内容は、上巻は神話、中・下巻は神武天皇から推古天皇を中心とした物語であり、序文以外は漢字の音を借用した変体漢文である万葉仮名で書かれ、仮名発明以前の表記の工夫が見受けられるという特質がある。
もうひとつの代表的な作品は現存する最古の歌集である万葉集。歌風は「ますらをぶり（男性風）」で、現実に密着した感動を具象的に表現。率直な実感を大胆素朴に表現する力強さが特徴の歌集である。現存する..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[『源氏物語』における『若紫』の位置づけ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952008716016@hc11/89744/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sakuyuki]]></author>
			<category><![CDATA[sakuyukiの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 21 Jan 2012 19:05:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952008716016@hc11/89744/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952008716016@hc11/89744/" target="_blank"><img src="/docs/952008716016@hc11/89744/thmb.jpg?s=s&r=1327140318&t=n" border="0"></a><br /><br />国文学講義小論文　『源氏物語』における『若紫』の位置づけ[84]<br />源氏物語とは400字詰め原稿用紙に換算するなら2400枚ほどにもなる、平安時代中期の小説である。物語内の期間としては70年余りの出来事を描いた、時間でも枚数でも大長編と言える。800首ほどの和歌が物語の中で歌われ、後の世で手本にされるほどであり、心理描写の巧みさや筋立て、文章の美しさ、美意識の高さが素晴らしいとされ、評価されている。
　筆者は紫式部というのが定説である。ただ、これには異説もある。女性が書いたものにしては、物語の中に出てくる妊娠・出産等についての記述に不自然な点が多く、矛盾が見られる。結婚し出産したことがある紫式部が書いたとは思えない矛盾である。また、女性が書いたにしては当時の女性が使ったとする所謂女性語が出てこないとする意見もある。この為、紫式部が筆者だったのか疑問視する声もある。男性が書いたとする説や、複数の筆者がいるのではという説もある。
時代の流れのせいもあるが、兎角謎の多い物語である。それだけに、研究者や愛好家も非常に多い物語でもある。
　源氏物語には、『紫のゆかりの物語』『紫の物語』『紫のゆかり』などの別名もある。（これは源氏物語全体ではなく、登場人物の紫の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[音楽が平安朝物語で果たした役割]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953345724321@hc11/80354/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sho-toku]]></author>
			<category><![CDATA[sho-tokuの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 04 Apr 2011 00:20:31 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953345724321@hc11/80354/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/953345724321@hc11/80354/" target="_blank"><img src="/docs/953345724321@hc11/80354/thmb.jpg?s=s&r=1301844031&t=n" border="0"></a><br /><br />聖徳大学・通信教育
「言語と文化Ⅱ」第２課題第１設題。※Ｂ評価。
末尾に参考文献記載。[125]<br />【課題】音楽が平安朝物語文学の中で、どのような役割を果たしているのか、具体的に説明しなさい。
（1600字）
第2課題　第1設題
　平安時代の文化の特色は、外来の文化を日本的に消化することであったとされる。それは、遣唐使を廃止し、一種の鎖国的な文化の状態であったためである。また、唐 (中国)が乱世にあり、唐文化が行き詰まった傾向になっていたことも背景にある。よって、音楽に至っても従来輸入したものを日本の音楽と融合させ、それら外来音楽の様式をふまえて新しい第三音楽を生み出す時代となった。
事実、平安朝になってから日本人が作曲する時代になった。仁明天皇自身が作曲したものとして「夏引楽」「榎葉井」「長生楽」「西王楽」という曲がある。一国の元首が作曲するというのは非常に珍しいとされる。これは、音楽文化が全体的に高く、広く行き渡っていた証拠といえる。そのため、物語文学においても音楽を中心に描かれているのが大半である。ことに『源氏物語』では楽の響かない巻はないといえるほど、音楽についての記述が多い。また、『宇津保物語』においては、の音楽的価値、の音楽的美を文字で表現している文学作品である。
しかし..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学　漢文学　設題２（Ａ判定）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957236580345@hc09/74490/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kyokatt_912]]></author>
			<category><![CDATA[kyokatt_912の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 15 Nov 2010 17:51:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957236580345@hc09/74490/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957236580345@hc09/74490/" target="_blank"><img src="/docs/957236580345@hc09/74490/thmb.jpg?s=s&r=1289811083&t=n" border="0"></a><br /><br />白居易の楊貴妃を描く変遷について[48]<br />『白居易の楊貴妃を描く変遷について』
　白居易の詩の中で、古来より多くの日本人に愛されたものといえば、そのひとつに「長恨歌」が挙げられる。長恨歌は叙事詩の体裁で、唐の玄宗皇帝とその愛人楊貴妃の悲劇的な恋物語を詠った作品である。しかしここで問題としたいのは、白居易がこれを詠じた年代についてである。
西暦七七二年、鄭州に生まれた白居易は、宣州の郷試に及第し、二十七才で省試に及第する。これで白一族最初の進士合格者となった。さらに貞元十八年、書判抜萃科に及第し、校書郎に任命された。三十四才で校書郎を辞し、再び勉学に励んで元和元年、才識兼茂明於体用科の考試を突破して盩厔県尉に補せられる。その任地が長安の西の地であり、白居易はここで「長恨歌」を発表したようである。
内容を見ると、「天生麗質難自棄　一朝選在君主側　囘眸一笑百媚生　六宮粉黛無顔色」「雲鬢花顔金歩搖　芙蓉帳暖度春宵」（『白楽天全詩集』誠進社より。以下、白居易の詩に関しては同じ）といったように、楊貴妃の絶世の美貌を描きあげた。
この詩歌は大きく三つの部分に分けられる。一つめは、楊貴妃が死去するまでの三十八行である。そして二つめは、玄宗が楊..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[Ｒ０１１５ 　漢文学　第２設題　白居易]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66391/]]></link>
			<author><![CDATA[ by foreveryoungjpjp]]></author>
			<category><![CDATA[foreveryoungjpjpの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 01 May 2010 19:21:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66391/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958828040823@hc09/66391/" target="_blank"><img src="/docs/958828040823@hc09/66391/thmb.jpg?s=s&r=1272709311&t=n" border="0"></a><br /><br />白居易の生涯・残した詩の概要と、長恨歌が源氏物語に与えた影響について。
はじめに
白居易は中唐を代表する詩人である。白居易の作品は中国ばかりでなく、日本でも多くの人に愛され、日本の文学にも大きな影響を与えている。そこで本レポートでは、まず白居易の作品の概要を説明する。そして、白居易の感傷詩である「長恨歌」をとりあげて、この作品が日本の源氏物語に与えた影響を中西進著『源氏物語と白楽天』の一節を借りながら述べる。
第一章　白居易の生涯と作品の概要
白居易（白楽天）は西暦七七二年に、河南省に生まれた。彼は五、六歳の時に、すでに詩の書き方を学び、九歳の時に、抑揚と韻律を心得ていたという。
　初期の詩に共通な主題は兄弟やいとこ達との別離である。初期の作品群には幸福そうな詩は見当たらない。
政治を批判し、人民の苦痛を訴える諷諭詩をはじめとして「長恨歌」や「琵琶行」など、すべての現存するもの三千余首、唐代一の多作な詩人である 。
白居易の詩は諷諭詩・閑適詩・感傷詩・雑律詩の四類に分けられる。政治の乱脈を諷刺し、社会の混迷を批判し、人民の苦痛をうったえて、詩一七二首を作った。みずから名づけて、&ldquo;諷諭詩..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本文学文化概説Ｂ１課題２]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64675/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kosino]]></author>
			<category><![CDATA[kosinoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 13 Mar 2010 00:47:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64675/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64675/" target="_blank"><img src="/docs/958976010830@hc09/64675/thmb.jpg?s=s&r=1268408874&t=n" border="0"></a><br /><br />まず、「物語」の発生と展開についてであるが、そもそも「ものがたり」というものは、成文化されたものを指すだけではなく、おしゃべりという意味も含んでいる。文学史として考えるならば、成文化した「物語」に焦点を当てるべきであるが、そもそもの「ものがたり」という言葉の意味を考えたときに、お喋りという要素を抜きに「物語」の発生を考えることが出来ない。お喋りといっても世話話というようなものではなく、口承という意味である。日本最初の「物語」といわれている『竹取物語』は十世紀半ば頃の成立といわれているが、成文化される以前に『万葉集』に竹取の翁についての歌が残されているように、成文化される以前から何らかの形で継承されていたのである。しかし、それらの口承されるものは、日本語であるため、漢文で表記しにくい。しかし、仮名が発明され、話し言葉の表記が容易になることで、口承という形で伝わっていた「物語」が成文化されていくのである。このように仮名の発明により「物語」は飛躍的な展開をみせるのだが、当時の正式な書体はあくまでも漢文であり、仮名は女性の中へと広がっていく。そして、その女性たちが「物語」の更なる発展に寄与す..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[作家作品研究中世課題３]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64670/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kosino]]></author>
			<category><![CDATA[kosinoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 13 Mar 2010 00:47:49 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64670/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64670/" target="_blank"><img src="/docs/958976010830@hc09/64670/thmb.jpg?s=s&r=1268408869&t=n" border="0"></a><br /><br />『宇治拾遺物語』の中から四話と、一一四話を取り上げて論じてみたい。両話はともに、伴善男に関連するものである。四話では、伴善男が、佐渡国の郡司の従者だったとき、東大寺と西大寺に足を置き、またぎ立つ夢を見、それを妻や郡司に話すと、郡司は良い夢だったが、妻に話したのが過ちである。出世はするが、罪を被り失脚するだろう。という予言をし、伴善男は大納言まで上り詰めるが、やはり罪を被ってしまうので、郡司の言葉に偽りは無かった。という話である。この罪というのは、一一四話に出てくる、応天門の放火であり、その放火を発端とする一連の政変が応天門の変である。
『宇治拾遺物語』では、この応天門の変を詳細に記しているのが、この説話を絵巻にしたものとして、四大絵巻の一つである国宝『伴大納言絵詞』がある。この絵巻は後白河法皇が安元三年（一一七七）頃、蓮華王院宝物庫に納めるために、常盤光長という人物に描かせたという説があるが、事実は不明である。しかし、絵巻の中の人物の服装などから、だいたいの年代として、後白河法皇の院政期前後であるとされている。絵巻の内容と一一四話はほぼ同様であり、文末の記述がほぼ一致することから一一..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本文学史　第一設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960811353085@hc08/57103/]]></link>
			<author><![CDATA[ by p1205]]></author>
			<category><![CDATA[p1205の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 03 Nov 2009 14:10:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960811353085@hc08/57103/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960811353085@hc08/57103/" target="_blank"><img src="/docs/960811353085@hc08/57103/thmb.jpg?s=s&r=1257225002&t=n" border="0"></a><br /><br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[仮名文学の誕生と『土左日記』・『源氏物語』の成立経緯]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961984758246@hc08/22066/]]></link>
			<author><![CDATA[ by GON]]></author>
			<category><![CDATA[GONの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 26 Jun 2008 20:34:45 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961984758246@hc08/22066/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961984758246@hc08/22066/" target="_blank"><img src="/docs/961984758246@hc08/22066/thmb.jpg?s=s&r=1214480085&t=n" border="0"></a><br /><br />―仮名文学の誕生と『土左日記』・『源氏物語』の成立経緯―
　平安時代に入り、上代には見られなかった新たな表現、またジャンルが発生を見ることとなった。『竹取物語』を祖とする作り物語や『伊勢物語』の歌物語、またそれらと並行して、仮名書きの日記文[358]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[源氏物語・今昔物語集・宇治大納言物語概説]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961984758246@hc08/22064/]]></link>
			<author><![CDATA[ by GON]]></author>
			<category><![CDATA[GONの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 26 Jun 2008 20:30:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961984758246@hc08/22064/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961984758246@hc08/22064/" target="_blank"><img src="/docs/961984758246@hc08/22064/thmb.jpg?s=s&r=1214479828&t=n" border="0"></a><br /><br />『源氏物語』は全五十四帖からなり、全体が三部構成となっている。第一部は「桐壺」から「藤裏葉」までの三十三帖、第二部は
「若菜上」から「幻」までの八帖、第三部は「橋姫」から「夢浮橋」までの十帖である。第三部は宇治が話の舞台となっていることから[358]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[平安文学の中の源氏物語の意味]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961984758246@hc08/22063/]]></link>
			<author><![CDATA[ by GON]]></author>
			<category><![CDATA[GONの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 26 Jun 2008 20:27:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961984758246@hc08/22063/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961984758246@hc08/22063/" target="_blank"><img src="/docs/961984758246@hc08/22063/thmb.jpg?s=s&r=1214479677&t=n" border="0"></a><br /><br />『竹取物語』は九世紀末から十世紀初頭にかけて成立した作者未詳の作り物語である。
中古における物語作品は散逸しているものが多いが、現存最古の作り物語であり、物語作品の祖ともいえる。『源氏物語』中においても「物語の出で来初めの祖」と称されている[358]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[かゝやく日の宮論考]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963370261141@hc08/18153/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sumikko]]></author>
			<category><![CDATA[sumikkoの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 18 Jan 2008 18:02:11 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963370261141@hc08/18153/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963370261141@hc08/18153/" target="_blank"><img src="/docs/963370261141@hc08/18153/thmb.jpg?s=s&r=1200646931&t=n" border="0"></a><br /><br />かゝやく日の宮巻論考
一・はじめに
源氏物語には、遥か昔より数多の研究者によってなされてきた膨大な研究史がある。その中から本レポートでは「かゝやく日の宮巻」をめぐる論争について研究史を整理し、その上で考えたことについて述べようと思う。
ニ・[354]<br />かゝやく日の宮巻論考
一・はじめに
源氏物語には、遥か昔より数多の研究者によってなされてきた膨大な研究史がある。その中から本レポートでは「かゝやく日の宮巻」をめぐる論争について研究史を整理し、その上で考えたことについて述べようと思う。
ニ・かゝやく日の宮論争
　かゝやく日の宮論争が巻き起こる下地となった一つの問題がある。源氏物語成立論、もっと具体的に言うと源氏物語巻序についてである。この問題は五十四帖全体に広く横たわっているものであるが、今回はかゝやく日の宮に直接関連性の深い桐壺～若紫の五帖について述べる。現在私たちは桐壺、帚木、空蝉、夕顔、若紫の順に物語を読んでいるが、どうもそれは紫式部が書き上げた巻序とは異なっているのではないかとするのが現在の主流な見解であるらしい。大正十一年和辻哲郎は、帚木の書き出しは桐壺を受けるものとして適切ではないとしたうえで、帚木が書き上げられた当時まだ桐壺巻は存在せず、後補されたものであるとした。それと同時に紫式部は源氏の原型となった別な物語から発想を膨らませて書いたのではないかという論旨の説を発表した。この説は後続の研究に多大な影響を与え、この後学会に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[究極のモテ女とは&minus;源氏物語を中心に&minus;]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431025301@hc06/12716/]]></link>
			<author><![CDATA[ by pamplemousse]]></author>
			<category><![CDATA[pamplemousseの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 20 Jan 2007 02:03:26 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431025301@hc06/12716/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431025301@hc06/12716/" target="_blank"><img src="/docs/983431025301@hc06/12716/thmb.jpg?s=s&r=1169226206&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに
モテたい。他の誰よりも愛されたい。いつの時代も変わらず、誰もが一度は望むことだろう。そのために、私たちは努力をする。料理の腕を磨いたり、メイクを研究したり、ファッションに気を使ったり、派手な服装、立ち振る舞いをしたり。人間は本能的[358]<br />はじめに
モテたい。他の誰よりも愛されたい。いつの時代も変わらず、誰もが一度は望むことだろう。そのために、私たちは努力をする。料理の腕を磨いたり、メイクを研究したり、ファッションに気を使ったり、派手な服装、立ち振る舞いをしたり。人間は本能的に美しいものを求める。やはり、美しい女性は愛される、という考えが一般的だろう。しかし、さほど美しくなくても、常にモテモテで困る、という人もいれば、容姿端麗なのに、いつも愛されない、男に悩まされるという人もいる。それでは本当に「愛される女」になるためには一体何が必要なのだろう。容姿なのか？性格なのか？教養なのか？簡単そうにみえて難しく、なかなか答えのみえない問題だ。本稿では平安時代の代表的な恋愛小説「源氏物語」を中心に「モテる女」の秘訣を見いだし、現代と比較して、「究極のモテ女像」を作り上げていこうと思う。
第一章　「源氏物語」における「モテ女」とは―「雨夜の品定め」からみえる理想の女―
　&ldquo;愛される女、モテる女&rdquo;になるためにはどのような要素が必要なのだろうか。まず初めに、源氏物語の「帚木」の中で貴族の男性四人が女性論を展開していく「雨夜の品定め」を用..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[今までで一番印象に残っている授業について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430739001@hc06/11893/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yuueri]]></author>
			<category><![CDATA[yuueriの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 05 Dec 2006 23:39:42 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430739001@hc06/11893/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430739001@hc06/11893/" target="_blank"><img src="/docs/983430739001@hc06/11893/thmb.jpg?s=s&r=1165329582&t=n" border="0"></a><br /><br />平成18年度前期
水曜1限　教育心理学レポート
今までで一番印象に残っている授業について
　生徒にとって、印象に残る授業というものには大きく分けて２つあると思う。１つは、授業で扱う教材自体（その授業におけるテーマ）が生徒にとって興味深いもの[348]<br />平成18年度前期
水曜1限　教育心理学レポート
今までで一番印象に残っている授業について
　生徒にとって、印象に残る授業というものには大きく分けて２つあると思う。１つは、授業で扱う教材自体（その授業におけるテーマ）が生徒にとって興味深いものである授業、もう１つは、教える側の教師が様々な創意工夫を凝らしている授業である。今回のレポート課題の主眼は多分後者にあたると思われるので、そういった例として私の高校時代の国語の授業を例に挙げてレポートとして提出することにする。
　私が今までに受けた授業の中で印象に残っているものの１つに、高校生２年生の時に受けた国語の授業がある。教材は源氏物語で確か桐壺の巻（５コマ程度）だったと記憶している。
いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。&hellip;（以下略）
の文章で始まる有名な巻である。しかし、私はその当時源氏物語のげの字も知らなかったし、そもそも国語の授業、特に古典の授業に興味がなかったためろくな予習もせずに授業に臨んだ。いつものように退屈な授業が始まるのだなと憂鬱な気持で聞いてい..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[『とりかへばや物語』と宇治]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430633501@hc06/7686/]]></link>
			<author><![CDATA[ by wachifield]]></author>
			<category><![CDATA[wachifieldの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 22 Mar 2006 13:21:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430633501@hc06/7686/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430633501@hc06/7686/" target="_blank"><img src="/docs/983430633501@hc06/7686/thmb.jpg?s=s&r=1143001317&t=n" border="0"></a><br /><br />　『とりかへばや物語』は京と吉野と宇治で物語が展開する。『とりかへばや物語』の中で、宇治は女中納言が出産し、男から女へと変貌をとげ、失意の時期を送る土地とて描かれている。そこで、『とりかへばや物語』の中で何故、宇治の地が選ばれたのか、当時の[360]<br />『とりかへばや物語』と宇治
　『とりかへばや物語』は京と吉野と宇治で物語が展開する。『とりかへばや物語』の中で、宇治は女中納言が出産し、男から女へと変貌をとげ、失意の時期を送る土地とて描かれている。そこで、『とりかへばや物語』の中で何故、宇治の地が選ばれたのか、当時の宇治の地への考え方や『源氏物語』からの影響を踏まえながら考察を進めていきたいと思う。
【宇治という土地】
　実際の宇治という土地は、平安貴族にとって別荘地として認識されていた。しかし、別荘地といっても、気軽に京と行き来できる土地ではなく、京から宇治への行程は治安が悪く、怪奇悪鬼が横行すると考えられており、宇治自体に「隔離の土地」（注一）というイメージが付着されていたようだ。これは『とりかえばや物語』にも反映されていると考えられる。
一方、文学では宇治という土地は喜撰法師の和歌とともに享受されてきた。
　　我が庵は都の辰巳しかぞ住む世を宇治山と人はいふなり
（『古今和歌集』九八三）
「世を憂」と「宇治山」とを掛けたものとして有名であり、その後の和歌や物語に大きな影響を及ぼしている。『歌ことば歌枕大辞典』によると「憂し」とは物..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[源氏物語における斎院の考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430739001@hc06/7528/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yuueri]]></author>
			<category><![CDATA[yuueriの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 13 Mar 2006 22:47:39 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430739001@hc06/7528/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430739001@hc06/7528/" target="_blank"><img src="/docs/983430739001@hc06/7528/thmb.jpg?s=s&r=1142257659&t=n" border="0"></a><br /><br />　この場面は、女三宮が斎院になり、儀式・御禊をするところである。
　斎院とは何なのか。また、儀式とは何なのか。
　「斎院」について、『源氏物語有職の研究』には、「天皇即位の度毎に、その命に依り賀茂神社に奉仕する、未婚の内親王若くは女王。[352]<br />【源氏物語における斎院の考察】
この場面は、女三宮が斎院になり、儀式・御禊をするところである。
斎院とは何なのか。また、儀式とは何なのか。
「斎院」について、『源氏物語有職の研究』には、「天皇即位の度毎に、その命に依り賀茂神社に奉仕する、未婚の内親王若くは女王。（中略）初め斎院に卜定があると、之を賀茂大神に奉告し、宮城内の便殿を卜して、初斎院とし、斎院河に臨んで御禊があり、この斎院で潔斎三年に及ぶ。この初斎院の場処は、一定してゐないが、右近衛府・左近衛府・大膳職等を用ひた。後四月に再度の御禊があり、野宮の斎院に入る。野宮は、京の北郊紫野で、之を一に紫野院といふ。また有栖川の傍にあるので、有栖川といふ。その月の賀茂祭から祭事に関係する。その解職の時は、近江国辛崎に至り、禊ぎを修して帰郷する例であつた。斎院に直属する役所を、斎院司と云ふ。長官・次官・判官・主典・史生・使部があり、直別当があり、一切を総裁したが、公卿などが兼ねたこともあった。また年預があった。其の職務は詳かでない。女官には、女別当・内侍・宣旨・蔵人・釆女・女孺等があった。この斎院の御禊は、仁明天皇以来、鴨河に定まり、勅使・大..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[玉鬘十帖と玉鬘]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431642201@hc05/5685/]]></link>
			<author><![CDATA[ by downshop]]></author>
			<category><![CDATA[downshopの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 24 Jan 2006 15:56:19 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431642201@hc05/5685/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431642201@hc05/5685/" target="_blank"><img src="/docs/983431642201@hc05/5685/thmb.jpg?s=s&r=1138085779&t=n" border="0"></a><br /><br />序論
　どのような物語にも、そこには作者の意図しているものがある。一つの物語につき作者は一人であるが、その物語を読む人の数は数え切れないであろう。そして、その読者一人一人による解釈というものがあり、それは必ずしも一致するとは限らない。よっ[356]<br />序論
　どのような物語にも、そこには作者の意図しているものがある。一つの物語につき作者は一人であるが、その物語を読む人の数は数え切れないであろう。そして、その読者一人一人による解釈というものがあり、それは必ずしも一致するとは限らない。よって、物語は作者の考えとは異なるかたちで人々に読まれてしまう場合もある。
　それは、それで良いのではないか。というのは、一文をみじん切りにし、こと細かく分析する文学者たちの説明は難しい。分かりやすい文章を複雑にしている場合もみうけられる。作者がつくったもの以上を、分析者たちが見出してしまう気すらする。しかし、これは私が理解に苦しむだけのことであって、これではいつまでも文章を深く追求することはできないであろうか。ここで、気になる文章を紹介したい。
　私はなぜこんな分かりきったような素朴なことからくどくどいわねばならないのか。（中略）物語の本質というものは何であり、それはどのようにしてとらえられるのか、物語の本質が分かって始めて成果をあげられる人物論というのは何をねらうものなのか、人物論それじたいの中から物語の本質にせまりえないのであろうか 
　
　これは、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[光源氏になりえなかった式部卿宮]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431519401@hc05/3600/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tomatro]]></author>
			<category><![CDATA[tomatroの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 03 Dec 2005 15:00:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431519401@hc05/3600/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431519401@hc05/3600/" target="_blank"><img src="/docs/983431519401@hc05/3600/thmb.jpg?s=s&r=1133589618&t=n" border="0"></a><br /><br />一、はじめに
　今井源衛氏の指摘するところに拠ると、宮の性格は日和見主義で「軽薄な事大主義者」
　（一）として描かれている。また篠原昭二氏はそのような性格をさして、人のよい人柄が伺える、としている。(二)次に彼の容姿・教養を見ていくと、[348]<br />式部卿宮の造型　
【目次】
一、はじめに
二、基本的人格について―紫の上継子物語の系譜
三、光源氏と政治家・式部卿宮
四、式部卿という官職―史実をもとに
五、まとめ
参考文献
一、はじめに
今井源衛氏の指摘するところに拠ると、宮の性格は日和見主義で「軽薄な事大主義者」
（一）として描かれている。また篠原昭二氏はそのような性格をさして、人のよい人柄が
伺える、としている。(二)次に彼の容姿・教養を見ていくと、紅葉賀では、思わず源氏が好
き心を起こしてしまうほど、人並み以上のものであったとの記述があり、賢木では洗練さ
れた和歌の詠みぶりを評価されている。さらに、先帝の子として生まれた、尊い血筋であ
る。特に、「少女」巻で、兵部卿宮から式部卿宮へ転じているが、式部卿というと、当時地
位が高く、親王中で東宮を除く最高位であり、冷泉帝の叔父としてときめていた。また、
皇統を継ぐ大北の方をはじめ、紫の上の母・故按察大納言の娘など、恋愛体験が豊富な、
芸能に長けた美男子であったといえよう。
　ところが、全編に渡って式部卿宮の描写は好意をもって描かれていない。神野藤氏も指
摘するように、「式部卿宮家は..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[映像で見る「源氏物語」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431695601@hc05/3171/]]></link>
			<author><![CDATA[ by msktit]]></author>
			<category><![CDATA[msktitの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 14 Nov 2005 04:41:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431695601@hc05/3171/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431695601@hc05/3171/" target="_blank"><img src="/docs/983431695601@hc05/3171/thmb.jpg?s=s&r=1131910896&t=n" border="0"></a><br /><br />映画「千年の恋　ひかる源氏物語」は、２００１年１２月１５日に公開された作品である。紫式部が『源氏物語』執筆からちょうど千年という節目に、式部の物語と言辞の物語を交差させ、壮麗な美術と豪華な衣装に。デジタル技術も使われた作品となっている。
[356]<br />映画「千年の恋　ひかる源氏物語」は、２００１年１２月１５日に公開された作品である。紫式部が『源氏物語』執筆からちょうど千年という節目に、式部の物語と言辞の物語を交差させ、壮麗な美術と豪華な衣装に。デジタル技術も使われた作品となっている。
　私はまず、ネットを使って映画「ひかる源氏物語」が観客にどう捉えられているのかを調べた。結果は、一部の天海祐希ファンや、源氏物語をあまり知らない人達以外は、酷評だらけであった。曰く、脚本に無理がありすぎる。曰く、揚羽の君の意味がわからない。曰く、寝所のシーンばかりで政治のもつれや人物描写ができていない。曰く、幼い女の子ばかり脱がしすぎている等々である。そんな酷..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[『源氏物語』浮舟物語について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432334001@hc05/2267/]]></link>
			<author><![CDATA[ by amnos5]]></author>
			<category><![CDATA[amnos5の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 20 Sep 2005 14:38:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432334001@hc05/2267/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432334001@hc05/2267/" target="_blank"><img src="/docs/983432334001@hc05/2267/thmb.jpg?s=s&r=1127194693&t=n" border="0"></a><br /><br />授業では源氏物語第三部、宇治十帖の浮舟物語について取り上げ、後期では浮舟巻、蜻蛉巻、手習巻、夢浮橋巻を取り上げた。
そこで、このレポートでは三角関係を主に考えながら浮舟という女性について、また宇治十帖の世界について考えたいと思う。

[348]<br />『源氏物語』浮舟物語について
　　　　　　　　　
　1.はじめに
　授業では源氏物語第三部、宇治十帖の浮舟物語について取り上げ、後期では浮舟巻、蜻蛉巻、手習巻、夢浮橋巻を取り上げた。
そこで、このレポートでは三角関係を主に考えながら浮舟という女性について、また宇治十帖の世界について考えたいと思う。
2.浮舟巻～夢浮橋　内容
浮舟　匂宮との密通が薫の知る所となり、薫の激しい詰問、匂宮の甘い誘い、容赦なき母の言葉、侍女達の遠慮のないおしゃべりなどによって入水へと追いつめられていく浮舟を描く。
蜻蛉　浮舟の失踪を知った薫や匂宮、人々は歎き悲しむ。
手習　横川の僧都に助けられて蘇生していた浮舟が、愛欲の世界を振り捨てて出家を遂げる。
夢浮橋　再会を求める薫の手紙を拒絶する浮舟を描く。
3.三角関係
　薫は、源氏の子とされているが、本当は光源氏の正妻女三の宮と柏木との不義の子である。彼は出生の秘密に悩み、厭世の心を深くし、仏道にひかれ、宇治に住む道心深い八の宮のもとに出入りすることになる。そこで彼は大君を愛するようになるが、彼女は亡くなってしまう。薫は、亡き大君の面影を最初はその妹の中君に、それ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[源氏物語における、藤壺の役割]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432155401@hc05/1704/]]></link>
			<author><![CDATA[ by gen34054]]></author>
			<category><![CDATA[gen34054の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 27 Jul 2005 11:59:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432155401@hc05/1704/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432155401@hc05/1704/" target="_blank"><img src="/docs/983432155401@hc05/1704/thmb.jpg?s=s&r=1122433174&t=n" border="0"></a><br /><br />源氏物語の主幹をなすものは、東宮やがては天皇への資格を失った光源氏が、多くの女性との恋慕の物語を繰り広げるなかで、再び王権に近づいていこうとするという、私的恋愛世界と公的政治世界との両面を、源氏栄華の歴史に沿って描かれたところにある。すなわ[360]<br />「源氏物語における、藤壺の役割を、文学的観点から論じよ。」
　源氏物語の主幹をなすものは、東宮やがては天皇への資格を失った光源氏が、多くの女性との恋慕の物語を繰り広げるなかで、再び王権に近づいていこうとするという、私的恋愛世界と公的政治世界との両面を、源氏栄華の歴史に沿って描かれたところにある。すなわち、この物語の骨格をなす光源氏の私的世界と公的世界の両面ともに核心的に関わって存在し続ける女性を見出そうとしたとき、当てはまるのは藤壺ただ一人である。この点を鑑みても、藤壺の存在が源氏物語の展開に対して与える影響は非常に大きなものであることを認めなければならない。従って、以下では藤壺の存在がこの物語に対して与えた影響に関して、いくつかの方向性から論じていきたい。
　第一に、藤壺の呼び名から読み取れる、光源氏に対しての女性としての存在価値であるが、これには藤壺が、そもそも光源氏の父にあたる桐壺帝の、桐壺更衣亡き後の正妻であるはずでありながら、光源氏がこの藤壺との不義密通を行っている点が大きく関わっているであろう。源氏物語においては、登場する女性が「をんな」「をんなぎみ」と呼ばれるのは、男に対..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[源氏物語桐壺における問題点]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432318901@hc05/709/]]></link>
			<author><![CDATA[ by infantile527]]></author>
			<category><![CDATA[infantile527の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 04 Jul 2005 21:51:39 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432318901@hc05/709/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432318901@hc05/709/" target="_blank"><img src="/docs/983432318901@hc05/709/thmb.jpg?s=s&r=1120481499&t=n" border="0"></a><br /><br />桐壺の死は、季節の風物などが関係していると思われる。
まず花から考えると、桐の季節は夏であり、5月ころに咲く。花期は短く１週間ほどで消えてしまう。気が付くと何気なく咲いていて、また何時とはなしに消えて行く・・・何事も無かったかのように。そ[354]<br />　桐壺の死は、季節の風物などが関係していると思われる。
まず花から考えると、桐の季節は夏であり、5月ころに咲く。花期は短く１週間ほどで消えてしまう。気が付くと何気なく咲いていて、また何時とはなしに消えて行く・・・何事も無かったかのように。それだけに印象に残る花である。何とはない始まりとそして終わり・・・哀切こもる、はかない残像をのこすので、桐壺の人生を表すのに最適である。それゆえに、源氏物語のスタートになるのだろう。
次に、夏は、梅雨の季節であるということ。梅雨と言ったら露である。
万葉集に「ありさりて　後も逢はむと　思へこそ　露の命も　継ぎつつ渡れ」や後撰和歌集に「露の命　いつともしらぬ　世..]]></description>

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