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		<title>タグ“樋口一葉”の公開資料</title>
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		<description>タグ“樋口一葉”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[言語表象論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958595957307@hc09/74660/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kengo0430]]></author>
			<category><![CDATA[kengo0430の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 18 Nov 2010 02:04:57 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958595957307@hc09/74660/" target="_blank"><img src="/docs/958595957307@hc09/74660/thmb.jpg?s=s&r=1290013497&t=n" border="0"></a><br /><br />『言語表象論』課題
―興味をひかれた近代作家の原稿を３点以上とりあげる―
　パソコンが世に出回り、直筆原稿を作成する作家というのは、現代では少なくなったという、効率の面から言えば当然のことかもしれない。しかし、夏目漱石の直筆原稿のコピーが十数万円の価格で売られているなど、直筆の原稿には、手に取った者にしか伝わってこないものがある。近代作家の直筆原稿は面白い。そういった経験はこれまでなかったため、非常に興味を持てた。原稿の構造や字体、どのように書き加えられ、どれほど推敲されたのか。印刷物としての作品からは、作者の様々な想い（その対象は倫理観や道徳感など）が伝わってくるが、直筆原稿では作家の作品自身への想いが見えてくる。とりわけ文学好きというわけでもない自分にとって作品を読んでいなくても、別の意味で楽しめる要素が原稿には含まれているのだ。今回は、印象深い作家原稿についての見解を述べる。
（１）樋口一葉
明治期の代表的女流作家である彼女の原稿は見事なまでに美しい。原稿そのものが作品として美的要素を含んでいる。それは、非常に達筆であるからだ。書をならいとする時代の達筆であるから、本来は連綿で書..]]></description>

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			<title><![CDATA[樋口一葉について記せ。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/poroporo/59378/]]></link>
			<author><![CDATA[ by poroporo]]></author>
			<category><![CDATA[poroporoの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 22 Nov 2009 23:10:13 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/poroporo/59378/" target="_blank"><img src="/docs/poroporo/59378/thmb.jpg?s=s&r=1258899013&t=n" border="0"></a><br /><br />資料に関する説明及び紹介文句を入力してください。(検索、露出及び販売にお役立ちます)[123]<br />]]></description>

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			<title><![CDATA[「たけくらべ」小論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431317001@hc05/4430/]]></link>
			<author><![CDATA[ by naicha]]></author>
			<category><![CDATA[naichaの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 28 Dec 2005 17:49:35 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431317001@hc05/4430/" target="_blank"><img src="/docs/983431317001@hc05/4430/thmb.jpg?s=s&r=1135759775&t=n" border="0"></a><br /><br />　読者として「たけくらべ」という作品を読むとき、そのイメージはすでにあらかた固定化されているように思われる。それは、菅原孝標女が源氏物語を読んだように、昭和の少女達が吉屋信子を読んだように、と言ってもいい。読む前からある種のイメージが先行し[360]<br />読者として「たけくらべ」という作品を読むとき、そのイメージはすでにあらかた固定化されているように思われる。それは、菅原孝標女が源氏物語を読んだように、昭和の少女達が吉屋信子を読んだように、と言ってもいい。読む前からある種のイメージが先行し、そのフィルターを通して読まれる、と言えるのではないだろうか。
私などは、「たけくらべ」の原文に触れる前に、さまざまなメディアを通して二次的な「たけくらべ」に出会っている世代である。有名ないくつかの場面は原文で読むこともあったが、メディアのフィルターを通したそちらの方が「たけくらべ」の原体験になっているといっても過言ではない。そんな私の中にあった「たけくらべ」のイメージは、美登利と真如を巡る、思春期の淡い恋物語であり、そのなかで正太郎の存在はかなり希薄であったように思う。
しかし、改めて読み返してみると、もちろんのことながら、正太郎は作中にかなりの割合で登場する重要人物のひとりであり、ほとんどが美登利と対になるために登場するといってよい。さらに本文中の真如の描写に比べ、正太郎の闊達さ、かわいらしさの描写の多いこと、詳細であることに気付く。それでは、美登..]]></description>

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			<title><![CDATA[樋口一葉「にごりえ」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432325401@hc05/639/]]></link>
			<author><![CDATA[ by masatom0]]></author>
			<category><![CDATA[masatom0の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 29 Jun 2005 11:32:38 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432325401@hc05/639/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432325401@hc05/639/" target="_blank"><img src="/docs/983432325401@hc05/639/thmb.jpg?s=s&r=1120012358&t=n" border="0"></a><br /><br />樋口一葉は本名をなつといい、明治五年（1872）に生まれた。母の教育方針で小学校こそ中退したものの、名家の子女が多く集う名門歌塾萩の舎に通って和歌、習字、日本文学の古典などを学び、生活に不自由することのなかった少女時代を過ごすが、父と長兄の[352]<br />　明治時代当時、文学に取り上げられることの少なかった庶民女性の生き様を、樋口一葉は実体験に基づいて鮮やかに描写した。当時の女性の職業選択の幅は非常に狭く、家庭に入る他には女工、女中、娼婦の三つのカテゴリーに大別されたのだという。
　樋口一葉は本名をなつといい、明治五年（1872）に生まれた。母の教育方針で小学校こそ中退したものの、名家の子女が多く集う名門歌塾萩の舎に通って和歌、習字、日本文学の古典などを学び、生活に不自由することのなかった少女時代を過ごすが、父と長兄の死により家督を継いでからは生活が困窮して母と妹を養うために女中仕事や内職をしていた。やがて萩の舎の友人三宅花圃が女流作家として世間で認められたのに刺激を受け、原稿料をもらうために職業作家を目指す。しかし途中で金のために小説を書くことに疑問を感じ、額に汗して働くことによって生活費を得ようと遊郭近くの町で荒物屋を開くが、結局はうまくいかなかった。しかしこの時期に最底辺で生きる人々の様々な人間模様や生活に触れた体験が、後の創作に大きな影響と深みを与えたのだといわれている（配布プリント「明治文学全集30　樋口一葉集の＜年譜＞」より..]]></description>

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			<title><![CDATA[「意識の流れ」と日本語‐英語間翻訳]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432365501@hc05/429/]]></link>
			<author><![CDATA[ by rimbaud]]></author>
			<category><![CDATA[rimbaudの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 19 Jun 2005 00:48:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432365501@hc05/429/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432365501@hc05/429/" target="_blank"><img src="/docs/983432365501@hc05/429/thmb.jpg?s=s&r=1119109703&t=n" border="0"></a><br /><br />1, はじめに

　今回は、Virginia WoolfやJames Joyceなどが使い手として代表的な「意識の流れ」と呼ばれる手法に前々から興味があったので、翻訳というキーワードと合わせて検索した結果、Naomi Matsuoka氏[268]<br />「意識の流れ」と日本語‐英語間翻訳
1, はじめに
　今回は、Virginia WoolfやJames Joyceなどが使い手として代表的な「意識の流れ」と呼ばれる手法に前々から興味があったので、翻訳というキーワードと合わせて検索した結果、Naomi Matsuoka氏の&quot;Japanese-English Translation and the Stream of Consciousness&quot;に取材することとなった。ここでは「視点交換が頻繁になされる（さまよう語り）日本文学を、意識の流れの手法を用いて翻訳すれば原文の雰囲気が壊れないのではないか」という作者の提案に対する所見を、Woolfの&quot;To the Lighthouse&quot;、樋口一葉『大つごもり』を見ながら述べようと思う。
2, &quot;Japanese-English Translation and the Stream of Consciousness&quot; Woolf・一葉部分概要
　日本の小説では著者・語り手・登場人物の視点が一体化したりまた離れたりするが、英米小説にはこれはない。しかしまったく異質なものというわけではなく、このさまよ..]]></description>

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