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		<title>タグ“松下幸之助”の公開資料</title>
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		<description>タグ“松下幸之助”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[経営学]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430920001@hc06/6190/]]></link>
			<author><![CDATA[ by keikog]]></author>
			<category><![CDATA[keikogの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 02 Feb 2006 22:16:41 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430920001@hc06/6190/" target="_blank"><img src="/docs/983430920001@hc06/6190/thmb.jpg?s=s&r=1138886201&t=n" border="0"></a><br /><br />１．株主総会はなぜ｢形式｣でしかないのか。また、日本ではなぜ形骸化しているのか。
　株主総会が「形式」でしかないのは、ひと言で言ってしまえば、一株一票の原理があるからである。この原理は、議決を一人一票ではなく一株一票にすることで、議決権を[356]<br />１．株主総会はなぜ｢形式｣でしかないのか。また、日本ではなぜ形骸化しているのか。
株主総会が「形式」でしかないのは、ひと言で言ってしまえば、一株一票の原理があるからである。この原理は、議決を一人一票ではなく一株一票にすることで、議決権を大株主に集中させているものである。その結果、あえて議決をする必要も無く、大株主が議案にとりたてて問題の無い限り議案に賛成するので、中小株主の意見が経営に反映することもなくなってしまうのである。そのため、結局のところ議事は、特に反対意見も無く、経営者が用意した筋書きどおりに進行していくのである。このように、株主総会が一株一票の原理に基づいている限り、形式化するのはやむをえないのである。
だが、同じ形式化された株主総会であっても、海外、特にアメリカの総会と日本のそれとは明らかに違いがある。アメリカでは、多くの企業が、たとえ形式であっても、株主総会を株主との対話の場として、そして自社のＰＲの場として活用している。これに対し、日本では、近年このような動きが見られるものの（例えば、つい先日、ａｖｅｘが株主総会で株主限定のコンサートを開くなどしていた）、依然として株..]]></description>

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			<title><![CDATA[松下幸之助のレポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431208201@hc06/5719/]]></link>
			<author><![CDATA[ by miya0528]]></author>
			<category><![CDATA[miya0528の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 25 Jan 2006 22:58:14 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431208201@hc06/5719/" target="_blank"><img src="/docs/983431208201@hc06/5719/thmb.jpg?s=s&r=1138197494&t=n" border="0"></a><br /><br />１　誕生〜小僧時代
　松下幸之助は明治二十七年の十一月二十七日に和歌山県海草郡和佐村に八人兄弟の末っ子として生まれた。末っ子だったからか一番かわいがられて育てられた。父が役場などの仕事をしていたので、暮らしはそれなりに良かった。しかし幸之[356]<br />　　　　　　　松下幸之助についてのレポート
　　　　　　　　　　　　　
１　誕生～小僧時代
松下幸之助は明治二十七年の十一月二十七日に和歌山県海草郡和佐村に八人兄弟の末っ子として生まれた。末っ子だったからか一番かわいがられて育てられた。父が役場などの仕事をしていたので、暮らしはそれなりに良かった。しかし幸之助が六歳の時に父が米相場に手をだし大失敗してしまいすべての財産を失ってしまった。父や兄は下駄屋を始めるが二年で廃業してしまう。さらに悪いことが続き長兄、次兄、長姉が流行性の病気に罹って病没してしまった。
小学二年の時に父は大阪に単身大阪に行き、私立大阪盲唖院に就職し、その仕送りでなんとか暮らしていた。小学四年のときに大阪に居る父の知り合いの火鉢屋から小僧が欲しいといわれ、大阪に行くことになった。こうして幸之助の小僧生活が始まったのである。
しかし、小僧生活三ヶ月目で火鉢屋が閉まることになってしまい自転車屋に行くことになった。ここでの話は、自転車屋では客からたばこを買いにやらされたのだが面倒なのでまとめて買っておいてその都度わたすようにし客には褒められ、買いに行く手間も省け、更にお金も..]]></description>

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			<title><![CDATA[日本の戦後企業家史を読んで]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432335501@hc05/5709/]]></link>
			<author><![CDATA[ by understand]]></author>
			<category><![CDATA[understandの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 25 Jan 2006 16:34:41 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432335501@hc05/5709/" target="_blank"><img src="/docs/983432335501@hc05/5709/thmb.jpg?s=s&r=1138174481&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに
　私は『日本の戦後企業家史』の中から、４人の人物を取り上げ、主に「経営構想力」、「革新」、「反骨」の点を比較検討したいと思う。その際、事実だけを見ていくのではなく、この４人をとりまいていた歴史的な背景も、考慮したうえで検討してい[356]<br />はじめに
私は『日本の戦後企業家史』の中から、４人の人物を取り上げ、主に「経営構想力」、「革新」、「反骨」の点を比較検討したいと思う。その際、事実だけを見ていくのではなく、この４人をとりまいていた歴史的な背景も、考慮したうえで検討していきたい。また、私が本を読んでいて４人に共通していると思われた「海外へ目を向けること」、「責任」、「従業員への態度」についてもふれたいと考えている。私が取り上げるのは以下の４人である。
松下幸之助　（松下電器産業）
出光佐三　　（出光興産）
大野耐一　　（トヨタ自動車）
吉田秀雄　　（電通）
１　松下幸之助
松下は、後ろ盾はおろか、金も学歴もなければ健康にも恵まれないという、企業家としては恵まれないスタートだったかもしれないが、優れた勘、才覚、熱意、感受性、自立心を持っていたため、いろいろな経験をいかしながら成長し、「経営の神様」として経営者の尊敬を集めるようにまでに成功した企業家である。
1917年（松下２３歳）にソケット製造をはじめ、1918年に松下電器製作所を設立した。松下が事業展開していた頃は、第一次大戦後の電化ブーム、そして第二次大戦後は電子技術..]]></description>

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			<title><![CDATA[そんなに偉いのか学校教育は]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/5142/]]></link>
			<author><![CDATA[ by junskymaker]]></author>
			<category><![CDATA[junskymakerの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 13 Jan 2006 22:15:45 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/5142/" target="_blank"><img src="/docs/983431203101@hc06/5142/thmb.jpg?s=s&r=1137158145&t=n" border="0"></a><br /><br />　「これからの教師,付録：教師に関する名言集」を読んで,私が最も共感した人の言葉は,松下幸之助の「学校で経営学を習っても,必ずしも経営ができるわけではない。」である。これは、机上だけで習うのではなく実践的なことも習う必要がある、という事を言[352]<br />そんなに偉いのか学校教育は
-松下幸之助の名言を読んで-
「これからの教師,付録：教師に関する名言集」を読んで,私が最も共感した人の言葉は,松下幸之助の「学校で経営学を習っても,必ずしも経営ができるわけではない。」である。これは、机上だけで習うのではなく実践的なことも習う必要がある、という事を言っているのである。
松下幸之助は明治28年に和歌山県で8人兄弟の末っ子として生まれた。父の言い付けにより小学5年で学校をやめ、大阪へ行き、火鉢屋で働き始めた。しばらくして仕事を変え、次に自転車屋で修行見習いとして6年間働いた。そしてこの時大阪で電車の敷設工事が始まっており、このまま自転車屋で働くよりも電気事業をおこす方が将来は有望だと考え、電灯会社へ転職。24歳で会社を辞め、今度は自分でソケットの研究を始めた。これが当たり、松下電器として経営ができるほどにまで成長していった。戦中、戦後と時代は過ぎ、幸之助自身はしだいに経営に重点を移していった。そしてオランダのフィリップス社、ビクター社などと次々と提携を結び、松下電器は大きく成長していった。
このような中で幸之助は日本の再建を考え、産業界の立場か..]]></description>

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			<title><![CDATA[経営学原理]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1648/]]></link>
			<author><![CDATA[ by laughmaker]]></author>
			<category><![CDATA[laughmakerの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 26 Jul 2005 22:49:06 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1648/" target="_blank"><img src="/docs/983432158301@hc05/1648/thmb.jpg?s=s&r=1122385746&t=n" border="0"></a><br /><br />１　株主総会はなぜ形式でしかないのか。また日本ではなぜ形骸化しているのか。

　株式会社の重要な指針決定の場であり、または、投資者との数少ない意見交流の場であるはずの、株式総会がなぜこのようなことになっているのだろうか。株式会社において[352]<br />経営学原理レポート　
一橋大学　商学部３年生
１１０３１２５ｍ　佐々木　裕樹
１　株主総会はなぜ形式でしかないのか。また日本ではなぜ形骸化しているのか。 
　株式会社の重要な指針決定の場であり、または、投資者との数少ない意見交流の場であるはずの、株式総会がなぜこのようなことになっているのだろうか。株式会社においては、株主総会が、重要事項を決定するための最高議決機関として法制化されているのは、周知の事実である。重要事項の決定は、必ず株式総会の議決を経ることが、商法によって義務づけられているのだ。しかし、その株式総会で実際に重要な決議がなされている、ということは皆無だというのだ。現実に、株式総会が果たす役割といえば、経営者があらかじめ決定した重要事項を提案通りに承認し、経営者の決定を援護するだけなのである。
その理由は次のことにあるのだろう。株主会社の支配が、一株一票の原理に基づいていることである。この原理のもとでは、大株主に議決権が集合してしまう。あえて投票するまでもなく、大株主の意向が全体を制することは自明であるから、大株主は議案にとりたてて問題が無いかぎり原案賛成の委任状を提出し、株..]]></description>

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