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		<title>タグ“本居宣長”の公開資料</title>
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		<description>タグ“本居宣長”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[本居宣長と平田篤胤の比較]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952030167138@hc11/146928/]]></link>
			<author><![CDATA[ by jkspt]]></author>
			<category><![CDATA[jksptの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 23 Dec 2021 21:38:38 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952030167138@hc11/146928/" target="_blank"><img src="/docs/952030167138@hc11/146928/thmb.jpg?s=s&r=1640263118&t=n" border="0"></a><br /><br />本居宣長と平田篤胤の差異について論じよ
１国学は、日本古代の文学、言語、習俗などを研究し、古代社会に日本文化の固有性を探究する学問である。本設問で取り上げられた本居宣長と平田篤胤は、荷田春満、賀茂真淵とともに「国学の四大人」と呼ばれる国学の大成者である。以下では、本居宣長と平田篤胤の思想の異同について整理する。
２下河辺長流や契沖の古典研究を源流とし、荷田春満の日本書紀研究を経て賀茂真淵により体系化された国学は、本居宣長に承継され大成された。宣長は、朝鮮の朱子学者が明滅亡後に自らを「小中華」と考えた現実に限界を感じ、中華思想を前提としながらも彼らと異なるアプローチを試みた。宣長は、①神代より伝..]]></description>

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			<title><![CDATA[中江藤樹、ディースターヴェーグ、本居宣長、緒方洪庵、ケルシェンシュタイナー、小原國吉]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428606801@hc07/14052/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yuho]]></author>
			<category><![CDATA[yuhoの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 15 Jul 2007 23:55:51 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428606801@hc07/14052/" target="_blank"><img src="/docs/983428606801@hc07/14052/thmb.jpg?s=s&r=1184511351&t=n" border="0"></a><br /><br />教師論
中江藤樹
江戸時代初期の儒学者で、「わが国陽明学の祖」といわれている。慶長３年、近江に生まれ、15歳の時に祖父のあとをつぎ、伊予大洲藩の藩士となる。27歳の時、母への孝養と身体の健康を理由に辞職し、村へ帰る。そして、藤樹は藤樹書院で[348]<br />教師論
中江藤樹
江戸時代初期の儒学者で、「わが国陽明学の祖」といわれている。慶長３年、近江に生まれ、15歳の時に祖父のあとをつぎ、伊予大洲藩の藩士となる。27歳の時、母への孝養と身体の健康を理由に辞職し、村へ帰る。そして、藤樹は藤樹書院で外面的、形式的な秩序重視の朱子学を修めたが、後半にいたって陽明学を修め、『翁問答』を著した。陽明学とは「良知を正しく実践すること(知行統一)が大切であり、良知にいたるには孝が大切である。そして、その孝の基本とは愛敬であり、愛敬の徳は通じないところはない。」という内面重視の学問だ。
　
　
　ディースターヴェーグ
彼は模範学校の教師時代にペスタロッチーの教育思想に出会い、深く傾倒した。その後、ラテン語学校副校長時代に年少労働者の群れと機械的詰め込みの教育を見たことをきっかけに、国民学校の改革をしようと決意する。そして、国民学校の教師養成改革のため、ベルリンの教員養成所長となり、国民学校の改革を行った。ペスタロッチーの合自然という考えから教育における自己活動の重要性を見出した彼は、教員には自己活動を展開させることを求め、また教員の資質を自らも進みつつある..]]></description>

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			<title><![CDATA[ 『古事記』と『日本書紀』考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430726601@hc06/9085/]]></link>
			<author><![CDATA[ by miyukich]]></author>
			<category><![CDATA[miyukichの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 19 Jun 2006 20:20:31 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430726601@hc06/9085/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430726601@hc06/9085/" target="_blank"><img src="/docs/983430726601@hc06/9085/thmb.jpg?s=s&r=1150716031&t=n" border="0"></a><br /><br />１　はじめに
　このレポートは、古事記と日本書紀の内容的相違や、両文献研究の歴史的変遷を示した『古事記と日本書紀』（神野志隆光著　講談社現代新書）を基に、本著の批評、そしてその批判の根拠となった事実の理由を考察したものである。
　このレ[352]<br />古事記と日本書紀
１　はじめに
　このレポートは、古事記と日本書紀の内容的相違や、両文献研究の歴史的変遷を示した『古事記と日本書紀』（神野志隆光著　講談社現代新書）を基に、本著の批評、そしてその批判の根拠となった事実の理由を考察したものである。
　このレポートの流れとしては、まず2章で本著を要約する。それをうけて3章では、本著の記述について否定を行う。そして否定した根拠となる歴史的事実がなぜそのようになったのかということを考察する。最後に4章で、3章に述べた私の主張を要約する。
２　本著の要約
　古事記、日本書紀ともに古代日本において書かれた文献である。その内容はどちらも天皇の世界がどのように成り立ったのかを語るものであるがその内容は２つの文献において相違が見られる。日本書紀においては世界の始まりから神武天皇までの概要は次のようになっている。
　当初世界は渾沌としたものであった。その中から天地が分かれ、様々な神が誕生しやがて、イザナキ・イザナミという２柱の神が誕生した。２柱は協同して大八洲の島々や山・川などを生み、日神（アマテラス）・月神・ヒルコ・スサノオを生む。スサノオは乱暴者でアマ..]]></description>

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