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		<title>タグ“朝鮮戦争”の公開資料</title>
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		<description>タグ“朝鮮戦争”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[日大通信　外国史概説　分冊Ⅰ・Ⅱ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/934123471062@hc17/131801/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yushu]]></author>
			<category><![CDATA[yushuの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 13 Dec 2017 16:41:11 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/934123471062@hc17/131801/" target="_blank"><img src="/docs/934123471062@hc17/131801/thmb.jpg?s=s&r=1513150871&t=n" border="0"></a><br /><br />分冊Ⅰ　第２次世界大戦後の東西対立と冷戦について述べなさい。キーワード：鉄のカーテン　朝鮮戦争　第三世界　ヴェトナム戦争　冷戦の終結分冊Ⅱ　辛亥革命について論述しなさい。キーワード：革命運動　立憲運動　武昌発蜂　孫文　中華民[344]<br />第二次世界大戦末期から米ソは戦後処理やイデオロギーの面で対立をするようになっていたが、戦後に入り更に対立が激化した。アメリカは国土が戦災を受けることがなかったため、終戦後から資本主義諸国の工業生産力、金保有量の大半を占め、更には原爆までも独占し、経済力、軍事力と共に、世界の資本主義諸国のリーダーとしての地位に君臨した。一方、大戦で最大の損害を受けたソ連は、多大な人命の損失と農地や重化学工業設備の多くが破壊され、国富の三分の一が失われたと推定されたが、東ヨーロッパの人民民主主義諸国を共産圏に組み込み、共産主義経済の再建に努めて、アメリカに対抗する超大国へと発展した。
ソ連の国益中心の厳しい外交政策にアメリカは警戒心と不信感を抱くようになり、西の資本主義国家、東の共産主義国家の東西対立が始まった。これをイギリスのチャーチル前首相の演説にちなんで、鉄のカーテンと呼び、アメリカは社会主義国家拡大を防ぐために、封じ込め政策を開始し、冷戦は激しさを増していくことになる。冷戦は米ソの政治的、軍事的競争が熱い戦争には転化せず、潜伏したかたちの対立を意味するのだが、代理戦争という形で独立を目指し、独立を宣言した各国を巻き込んでいくことになる。
アジアでの冷戦状況の浮上はヨーロッパより遅れてきたものの、朝鮮戦争へと繋がる。戦時中は朝鮮の独立が構想としてあったものの、米ソの対立と国益を重視した結果、日本の敗戦以降、ソ連とアメリカが朝鮮を支配することとなった。北部はソ連、中国の支援によって異例なほどに強化され、南部はアメリカからの支援を受けたが、南部からの戦争挑発を恐れ、攻撃的な重装備を与えなかった。しかし、南部の治安悪化と、アメリカの最終防衛線から外されたことに伴い、北部が南部へ進軍し、戦争が勃発した。この戦争は資本主義国家と共産主義国家が対決した最初の戦争でもあり、東西冷戦の構図を決定づける戦いでもあった。結果的にこの戦争は、朝鮮に住む人々にとっては災厄でしかなく、東西冷戦に翻弄され、統一朝鮮の独立回復という理想を実現できないまま休戦する形になってしまう。
第二次世界大戦終結後から、朝鮮戦争やインドシア戦争を踏まえて、アジア、アフリカ、ラテンアメリカ諸国では、次々と独立宣言を果たし、第三世界と言われるようになった。独立を得た国々にとって、経済を急速に発展させるには共産主義体制が最適..]]></description>

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			<title><![CDATA[朝鮮半島の過去と現在]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432148601@hc05/124037/]]></link>
			<author><![CDATA[ by glorydays]]></author>
			<category><![CDATA[glorydaysの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 18 Mar 2016 01:06:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432148601@hc05/124037/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432148601@hc05/124037/" target="_blank"><img src="/docs/983432148601@hc05/124037/thmb.jpg?s=s&r=1458230817&t=n" border="0"></a><br /><br />第二次世界大戦終戦後から南北分断、2007年頃までの朝鮮半島情勢を振り返ったものです。[121]<br />１．問題提起
2002年のサッカーワールドカップ日韓共同開催や、その後映画やドラマなどを中心に訪れた「韓流」ブームで、民間レベルの日韓関係は、これまでに比べてはるかに良い方向に向かっていると言われている。
しかし、その一方で、植民地時代の補償問題や、竹島（韓国名独島）の領有権問題など、韓国との政治的課題は解消されているとは言い難い。
また、北朝鮮（朝鮮民主主義人民共和国）との関係に至っては、植民地時代の補償問題を始めとして、日本人拉致問題などの政治的課題は多く、これに伴い民間レベルの対北朝鮮感情も最悪の状況にある。
もともと日本と朝鮮半島には、政治的・文化的の両方において、濃密な交流があった。しかし、1910年の韓国併合が、大きな傷跡を残すことになった。（それ以前に二国間においいて深刻な問題となったのは、豊臣秀吉の朝鮮出兵にまでさかのぼる。）
1945年の植民地支配の終わりから数えて、60年以上経過した今でも大韓民国は「近くて遠い国」と言われ、北朝鮮（朝鮮民主主義人民共和国）に至っては、正式な国交が存在しない。しかし、2002年の小泉純一郎首相（当時）の訪朝により、日朝国交正常化交渉が始まるなど、朝鮮半島に成立している二国と日本を巡る情勢は確実に変化している。
このことから、改めて、朝鮮半島の現状を調べ直すものである。
２．概要
朝鮮半島では、2007年5月17日に京義線鉄道の試運転が行われたことや、その後に行われた南北首脳会談によって、南北和解の動きが前進したと言われる。
しかし、韓国では、これまで北朝鮮に対して太陽政策と言われる宥和政策を採ってきた盧武鉉大統領から、次期大統領が保守系の李明博氏に決定したことで、北朝鮮に対する政策の転換が注目されている。これによって、南北関係にどのような影響をもたらすのか、今一度、南北分断後の朝鮮半島の歴史を振り返ることを含めて、検討する。
３．本論
①南北分断
1945年8月15日、日本の降伏によって太平洋戦争が終結し、同時に1910年の併合以来、日本の植民地であった朝鮮半島は36年に渡る日本の支配から解放された。しかし、それは同時に朝鮮半島の南北分断という新たな悲劇の始まりでもあった。北緯38度線を境界として、米ソ両国の分割占領が始まったからである。
その後、米ソ両国の思惑に左右される形で、朝鮮半島は北緯38度線を境界とし..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[外国史　分冊１　日大通信　0625 0626]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941862958999@hc14/116843/]]></link>
			<author><![CDATA[ by anticucho]]></author>
			<category><![CDATA[anticuchoの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 11 Nov 2014 18:35:59 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/941862958999@hc14/116843/" target="_blank"><img src="/docs/941862958999@hc14/116843/thmb.jpg?s=s&r=1415698559&t=n" border="0"></a><br /><br />日大通信　外国史の合格レポートです。
参考資料にして下さい。[88]<br />設問：第2次世界大戦後の東西対立と冷戦について述べなさい。

第二次世界大戦は人類史上最大の犠牲を払い、米英ソ等の連合国が日独伊の枢軸国に勝利し、終結した。アメリカは、工業生産力や原爆独占等の比類なき経済力と軍事力により世界に支配的な地位を保持した。一方、破壊的な損害を受けた欧州は、ソ連が率いる共産圏に東欧が組み込まれ、東西に分裂した。こうして戦後の世界はアメリカを盟主とする資本主義圏と、ソ連を盟主とする共産圏の二つの世界に分裂し、実際の戦争に至らない「冷たい戦争」と呼ばれる緊張状態が続いた。チャーチル前英首相は、1946年の訪米中に「鉄のカーテン」と例えて、ソ連を中心とする社会主義勢力の拡大を警告する演説を行った。翌年、アメリカは、ギリシアと隣国トルコに対して経済及び軍事的援助を与えた。これがトルーマン－ドクトリンで、アメリカの対ソ基本政策である「封じ込め政策」の始まりである。同年に米国務長官マーシャルは、欧州の共産主義化を防ぐために、欧州復興計画を発表し、西欧16国が、このマーシャル＝プランを受け入れた。しかし、ソ連と東欧諸国及び仏伊の共産党はコミンフォルム（共産党・労働者党の情報..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[警察予備隊の創設]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/58641/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tonbo789]]></author>
			<category><![CDATA[tonbo789の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Nov 2009 09:20:58 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/58641/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/58641/" target="_blank"><img src="/docs/983431631501@hc05/58641/thmb.jpg?s=s&r=1258158058&t=n" border="0"></a><br /><br />]]></description>

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			<title><![CDATA[日米関係史]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/19180/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tonbo789]]></author>
			<category><![CDATA[tonbo789の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 05 Feb 2008 05:53:51 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/19180/" target="_blank"><img src="/docs/983431631501@hc05/19180/thmb.jpg?s=s&r=1202158431&t=n" border="0"></a><br /><br />日米関係史
目次
１．日米間の国交開始　(19世紀初頭～19世紀後半)
２．帝国主義の時代　(20世紀初頭)
３．世界恐慌から日米終戦に至るまで　(1929～45年)
４．第二次世界大戦後の日米関係　(1945～年)
５．まとめ
[283]<br />日米関係史
目次
１．日米間の国交開始　(19世紀初頭～19世紀後半)
２．帝国主義の時代　(20世紀初頭)
３．世界恐慌から日米終戦に至るまで　(1929～45年)
４．第二次世界大戦後の日米関係　(1945～年)
５．まとめ
　本稿では、19世紀初めから始まった日本とアメリカの関係と交渉の流れと重要事項を外交・経済の両面に目を当てて整理していきたいと思う。
１．日米間の国交開始　(19世紀初頭～19世紀後半)
　アメリカは、19世紀に中国との通商や捕鯨のために、西太平洋方面に進出し、その中で日本近海にも出没するようになった。こうした状況下で幕府が出したものが、1825(文政8)年の異国船打払令である。1837年にモリソン号が日本の漂流民を送還して通商を求めたが、幕府の現地役人は、異国船打払令に基づきこれを撃退した。異国船打払令は、アヘン戦争の情報に接した水野忠邦が、天保の薪水給与令を発するまで効力をもった。
　1846年には東インド艦隊司令長官ビッドルが江戸湾に来航し通商を求めたが、目的を達せずに帰国した。1853(嘉永6)年、ペリーが浦賀に来航して強い態度で幕府に開国を迫り、翌年..]]></description>

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			<title><![CDATA[占領政策の転換と主権回復]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/17672/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tonbo789]]></author>
			<category><![CDATA[tonbo789の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2008 18:20:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/17672/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/17672/" target="_blank"><img src="/docs/983431631501@hc05/17672/thmb.jpg?s=s&r=1200043209&t=n" border="0"></a><br /><br />　本稿では、冷戦体制の激化という戦後の国際情勢の概要を押さえながら、それに伴うアメリカの占領政策の転換について確認していきたいと思う。
第二次世界大戦中、ともに連合国として戦ったアメリカとソ連は、1945(昭和20)年に国際平和維持のために[342]<br />　本稿では、冷戦体制の激化という戦後の国際情勢の概要を押さえながら、それに伴うアメリカの占領政策の転換について確認していきたいと思う。
第二次世界大戦中、ともに連合国として戦ったアメリカとソ連は、1945(昭和20)年に国際平和維持のために発足した国際連合においても、安全保障理事会の常任理事国として中心的役割を果たした。しかし、戦後国際秩序をめぐる両国の対立は、次第に深まり、アメリカを中心とする資本主義陣営(西側)とソ連を中心とする社会主義陣営(東側)の対立の、いわゆる｢冷たい戦争(冷戦)｣が国際情勢を左右するようになっていった。
　戦後のアジアでは、欧米諸国や日本の植民地支配下にあった諸民族..]]></description>

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