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		<title>タグ“日本文化”の公開資料</title>
		<link>https://www.happycampus.co.jp/public/tags/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%96%87%E5%8C%96/</link>
		<description>タグ“日本文化”の公開資料</description>
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		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[京都学「京都は多方面から見て魅力的なのか」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930196754841@hc18/134726/]]></link>
			<author><![CDATA[ by huhuhuhu]]></author>
			<category><![CDATA[huhuhuhuの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 24 Jul 2018 03:09:40 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930196754841@hc18/134726/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930196754841@hc18/134726/" target="_blank"><img src="/docs/930196754841@hc18/134726/thmb.jpg?s=s&r=1532369380&t=n" border="0"></a><br /><br />◯ はじめに
　このレポートは、古郷京都の文化財と京都御所、そして先端企業の3つの視点から、「京都学」の目的や意義を提案し、魅力に溢れた場所なのかを考えていく。また、説得力を生み出すために具合的な数字を上げる。

◯ 目的
　立命館[338]<br />1 
レポート論題課題文 
「『京都』は多方面から見て魅力的なのか」 
◯ はじめに 
このレポートは、古郷京都の文化財と京都御所、そして先端企業の3つの視点から、
「京都学」の目的や意義を提案し、魅力に溢れた場所なのかを考えていく。また、説得
力を生み出すために具合的な数字を上げる。 
◯ 目的 
立命館大学に入学してくる学生の中に、「京都の大学だから」と志望してくる学生が
少なからずいる。京都の町は、大学の勉学を向上させたり私生活を送ったりする上で、
歴史や文化など様々な面で魅力がある。しかし、本当にそうなのだろうか。 
自身の私生活での行動範囲は、北野白梅町駅と立命館大学を行き来しているため、「京
都の町は他の県にはない、魅力が沢山詰まっている」と感じにくい。 
ここから、京都の町が、歴史や文化、先端企業などを声高に主張するのはなぜなのか
という自身の疑問から、文献やインターネットなどで調査した例などを元に論述してい
く。 
◯ 本論 
用語の説明 
・「古郷京都の文化財」とは、「平安時代から江戸時代まで日本の首都が置かれた京都
は、政治経済の中心地であるとともに各時代の文化を牽..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[異文化コミュニケーション概論 日本大学文学専攻（英文学）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/lunalian/100084/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mevius169]]></author>
			<category><![CDATA[mevius169の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 15 Jan 2013 02:21:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/lunalian/100084/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/lunalian/100084/" target="_blank"><img src="/docs/lunalian/100084/thmb.jpg?s=s&r=1358184082&t=n" border="0"></a><br /><br />異文化コミュニケーション概論　分冊１　日本大学文理学部文学専攻（英文学）
課題１
健康に加えて、時間はおそらくどんな人間でも持てる最も価値のあるものである。社会の時間についての考え方は、とても違っていて、そしてこれらのさまざまな時間の捉え方は私たちの行いへと影響を与える。例えば、日本は過去志向文化、北米は未来志向文化と言われている。また、日本は北米よりも長期志向であると思われ、そして、北米のような「行動志向」ではなく、「存在志向」であると考えられている。これらの違いが本当に意味するものは何なのか、考察してみましょう。
　多くの東南アジアの文化同様、日本文化は過去に方向付けられている。これは、日本人が現在における行動の導きや決断をするために、過去におけるアイディアや決断が重要であると信じているということを意味する。この考えは、先祖崇拝への強い信念をもつ神道と、古学を強調する儒教に由来するのかもしれない。その結果、日本では、物事の新しいやり方は、しばしば困難なものとなるのである。
　一方、北米は未来志向であるといわれ、それは彼らが未来は現在よりも良いものであると考えていることを意味する。そ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本の葬儀文化と仏教に関する問題点]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946340508101@hc13/108049/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sn0w]]></author>
			<category><![CDATA[sn0wの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 22 Nov 2013 15:16:39 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/946340508101@hc13/108049/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/946340508101@hc13/108049/" target="_blank"><img src="/docs/946340508101@hc13/108049/thmb.jpg?s=s&r=1385100999&t=n" border="0"></a><br /><br />このレポートでは、仏教が日本の葬儀文化へ与えた影響は何か、どのような問題点があるのかを述べる。
1.葬式仏教とは
2.葬式仏教の慣習化と問題点[201]<br />日本文化と仏教
～日本の葬儀文化と仏教に関する問題点～
はじめに
　吉田先生が別の講義で話してくださった「てらくる」が印象的で、仏教や葬儀の意義とは何かを疑問に思うようになった。今日の日本人は、一応仏教徒であるとは言いつつも、多くの若者は無宗教であることが実態である。しかし葬儀に関しては、「お寺さん」に依頼し、読経や法名を授かることが当たり前の文化としてなぜか定着している。このような「葬式仏教」は日本独自のものであり、一般に快く思われていないことが調べるうちにわかった。このレポートでは、仏教が日本の葬儀文化へ与えた影響は何か、どのような問題点があるのかを述べる。
葬式仏教とは
　日本の仏教は「葬式仏教」と揶揄されることがたびたびある。葬式仏教とは何か、阿満は以下のように述べている。
「葬式仏教」とは、日本に固有の仏教のあり方をさしており、日本文化のユニークな産物といえる。（中略）では、「葬式仏教」とはどのようなものなのか。まず、僧侶によって死者に戒名や法名がつけられる。（中略）さらに、毎年故人の死んだ月日に僧侶を招いて読経をしてもらう（祥月命日という）ほかに、毎月故人の亡くなった日にも..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】道徳教育の研究 第二課題（教案）[S]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/102441/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 07 Apr 2013 18:18:12 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/102441/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/102441/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/102441/thmb.jpg?s=s&r=1365326292&t=n" border="0"></a><br /><br />■第２課題　第１設題　Ｓ評価
道徳の時間の学習指導案を作成せよ。
［講評］
・非常に具体的で授業の流れもよく理解できる学習指導案となっている。

■備考
指導案はワードにて作成のため別売。（タイトルは以下）
【聖徳大学】道徳教育の研究 課題[344]<br />段階
学習活動
主な発問と予想される反応
指導上の留意点
導入
■映画のストーリーを思い出させる
Ｔ：「こないだ総合学習で『タイタンズを忘れない』って映画見たん覚えてる？今日はあの映画を題材に授業すんで！早速やけど、映画の中で印象に残った場面ある人いてる？」
Ｓ：「優勝した時！」
Ｓ：「夜明けのランニングのシーン！」
Ｓ：「ゲリーが交通事故に会ったとき！」
Ｔ：「みんな結構ちゃんと覚えてんなぁ！でもまぁ覚えてへん人もいてるかもせぇへんし、一辺みんなでストーリーのおさらいしとこ。ほな、●●、配ったペーパーのあらすじんとこ読んでくれるか。」
Ｓ：「公民権運動によって～」
Ｔ：「●●ありがとう、今ので全員映画のストーリーは思いだしてくれたかな？」
Ｓ：「はい」
&larr;３人程度聞く
&larr;生徒の答えに対しては「ええシーンやったな」などと共感を示す
展開
１．差別がなぜ生まれるのか考える
　（１）教師からの問題提起
　（２）グループワーク
　（３）フィードバック
　　①グループ発表
　　②ビデオ視聴
　　③偏見に関する説明
Ｔ：「じゃあ本題に入んで！いま読んでもろた通り、タイタンズははじめめっちゃチーム..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】道徳教育の研究 課題Ⅰ[S] + 課題Ⅱ[S] + 試験対策[A]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/102440/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 07 Apr 2013 18:18:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/102440/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/102440/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/102440/thmb.jpg?s=s&r=1365326288&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第３設題　Ｓ評価
児童および生徒の道徳性の発達とその段階に見合った道徳教育の在り方、また社会の変化が求める道徳教育の課題について説明せよ。
［講評］
・よくまとめられている。

■第２課題　第１設題　Ｓ評価
道徳の時間の学習指導[348]<br />第１課題　第３設題（提出は手書き）
１、道徳性の発達と段階的教育
　『学習指導要領解説 道徳編』は、道徳性について「生まれたときから身につけているのではない。（中略）人間社会における様々な体験を通して学び、開花させ、固有のものを形成していく」と述べ、その発達性を示している。また、発達の方向性については次のように示している。
■他律から自立へ。
■結果重視の見方から動機も重視する見方へ。
■主観的な見から客観性を重視する見方へ。
■一面的な見方から多面的な見方へ。
このような発達には、（個人差はあるものの）年齢に応じた段階的区分が見られるため、各段階に見合った教育が必要である。
　０～３歳は無道徳の段階だ。情緒が分化する時期のため、温かい受容的態度をもって子どもの自我や能動性を養うことが重要である。
　３～６歳は権威道徳の段階だ。大人の言う良い悪いが一方的に受け入れられ、次第にその価値観が内面化されていく。幼児期はいわゆる&ldquo;しつけ&rdquo;において、小学校低学年では善悪がわかりやすい題材を扱い、道徳的心情の原型を形成することが重要である。
　６～１０歳は仲間道徳の段階だ。仲間集団の役割が拡大し行..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】奈良・平安社会と文化Ⅰ 課題１[S] + 課題２[A] + 試験対策[A]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/102439/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 07 Apr 2013 18:18:07 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/102439/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/102439/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/102439/thmb.jpg?s=s&r=1365326287&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ｓ評価
教科書第１章「国内政治の流れ」第２章「東アジアの中の外交政策」の範囲で『学習指導書』の【学習の課題】の中から適当な項目を一つ選んで調べ、自分の考えも交えて述べよ。
&rArr;第１章７、藤原政権と陰陽道を選択
①陰陽寮の[354]<br />■試験対策
問１　大伴家持が関わった最も重要な政治事件
①大伴家持が関わった最も重要な政治事件は「藤原種継暗殺事件」だ。
②長岡遷都後の７８５年９月２３日、遷都の責任者である藤原種継が造宮監督中に矢で暗殺された事件である。
③暗殺犯として逮捕された大伴竹良ら、取調べにより捕縛された大伴継人ら十数名が斬首となる。
④事件に連座して流罪となった者も、大伴永主など複数にのぼった。
⑤家持は事件前の８月２８日に死去したが、首謀者として官位剥奪・流罪に処されている。
⑥動機は「名門でありながら桓武下で冷遇された不満」「守旧的立場からくる革新的政策（長岡京遷都など）への不満」等と考えられる。
⑦また、早良親王を守る東宮大夫としての思惑もあったと考えられる。
⑧さて、事件は皇太弟である早良親王の廃嫡・配流・憤死にまで発展する。
⑨短期間で長岡京から平安京へ遷都したのは、後に早良親王が怨霊として恐れた事も含め、この事件が一因と言われる。
⑩この意味で「藤原種継暗殺事件」は大伴家持が関わった最も重要な政治事件と言える。
問２　菅原道真が遣唐使を廃止した理由 
①この問題の背景には、藤原氏による道真引き下ろしの策略が存在する。
②時の宇多天皇は藤原基経の後ろ盾で即位したが、阿衡事件での基経の横暴で苦心する。
③これを諌め解決に導いたのが菅原道真だ。
④喜んだ宇多天皇は藤原氏に対抗するため家格を無視し道真を重用。
⑤藤原氏は時平を中心に道真引き下ろしを画策するようになる。
⑥任遣唐使も道真の中央政界進出を阻む策略の一つと考えられる。
⑦そこで道真が国内に残るため用いたのが「遣唐使制度の廃止」という政治的手段だ。
⑧具体的には「航路の危険と唐の情勢悪化」という建前を作った。
⑨つまり、菅原道真が遣唐使を廃止した理由は「藤原氏による国外追放策の策略から逃れるため」であったと言える。
⑩これが功を奏し遣唐使廃止後の道真は異例の出世で藤原氏の強力なライバルとなるが、最後はやはり策略により大宰府に左遷され現地で没した。
問３　祟親院 
①崇親院とは、九世紀中頃に藤原良相が私宅地を投じ設置した個人経営の悲田処だ。
②自活できない一族の子女を養うことを目的とする。
③施薬院管轄下に設置されており、医療機関の経営する老人ホームのような場所であったと考えられる。
④運営費用は封戸を荘田に入れることでま..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】近代西欧化の社会Ⅰ 課題１[Ａ] + 課題２[Ａ] + 試験対策[S]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/102438/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 07 Apr 2013 18:18:06 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/102438/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/102438/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/102438/thmb.jpg?s=s&r=1365326286&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ａ評価
夏目金之助（後の漱石）を取巻く人間関係の中で特に影響のあった人物をあげ、そのいきさつと感想を述べよ。

■第２課題　第１設題　Ａ評価
英国留学中の漱石の苦悩とそれに対する努力についてまとめよ。

■試験対策　Ｓ[348]<br />■試験対策
問１　漱石と夫人・鴎外の離婚など近代の先駆者と妻との不和について様々な世評がある。それが事実とすればどのような要因によるものなのか、自由な観点から感想を述べよ。 
①現代の離婚理由を司法統計で見ると、男女ともに第一位は「価値観の違い」だ。
②男性では約６０％、女性では約４５％がこの理由で離婚している。
③近代先駆者と妻との不和も、要因はこういった部分だったのではないか。
④そもそも、先駆者は「誰も考えないようなことを考える人」だ。
⑤価値観を他人と共有することは極めて難しいと言える。
⑥それは妻とて例外ではない。
⑦例えば、鴎外は妻・登志子との関係を「全く気性あわず」「筆硯の妨げにもなる」としている。（登志子の兄の手紙より）
⑧登志子は呑気な性格だったと言われ、鴎外のあくなき自己研磨を理解できなかったのだろう。
⑨また例えば、漱石は妻・鏡子との関係を「お前の世界は私から遠く離れた場所にある」としている。（１９０４年４月、無題の英詩より）
⑩鏡子は楽天的な性格だったと言われ、漱石が時代とアイデンティティの狭間で葛藤する姿を「病気」としか捉えられなかったのだろう。
⑪登志子も鏡子もお嬢様育ちであるから、隔たりは一層深かったことだろう。
⑫現代と対比すると、サイバーエージェント・藤田晋社長と女優・奥菜恵の離婚に似たものを感じる。
⑬どちらが悪いとは言えないが、夏目夫妻・森夫妻はいずれも夫が離婚を要望している。
⑭価値観の違いを強く感じたのは間違いなく先駆者たちだ。
⑮一番の理解者であるはずの人から理解されないもどかしさ。
⑯ある意味、先駆者たちはとても孤独だったと言える。
問二　印象に残る漱石の作品をあげ、その登場人物に作者の内心がどのように投影されているか考えよ。
①印象に残る漱石作品に『坊っちゃん』をあげる。
②平成２１年７月、転勤で松山に赴任したのをきっかけに私は本作を手に取った。
③当時、矛盾の多い職場で「正直者がバカを見る世の中でも、まっすぐ勝負しよう」と決意させてくれた想い出深い作品である。
④さて、本作は漱石が松山で教師をした体験をもとに書かれている。
⑤しかし、本作に投影されるのは「生きながら自身を埋めに」松山に出発した頃の漱石ではなく、この小説を書いた頃の一面だ。
⑥つまり、ロンドンからの帰途、世間と戦おうと決心した漱石の姿である。 
⑦..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】歴史学入門 課題１[S] + 課題２[A] + 試験対策[S]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/101907/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 11 Mar 2013 16:21:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/101907/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/101907/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/101907/thmb.jpg?s=s&r=1362986507&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第４設題　Ｓ評価
「満州国」の実態は、日本の傀儡国家であったが、その傀儡性はどのような点に求めることができるか。「独立」に至る経緯を概説し、傀儡性について具体的に論述せよ。

■第２課題　第２設題　Ａ評価
「南京大虐殺事件」は偶[352]<br />◎試験対策
問１　『満州国』の実態は、日本の傀儡国家であったが、その傀儡性はどのような点に求めることができるか、 『独立』に至る経緯を概観し、傀儡性を具体的に示す史料を明示し展開せよ。
満州国建国は、日本の満州植民地化に対する国際的非難の回避策である。
１９３１年１０月に方針決定すると、早速具体化に向け動き出す。
同年１１月、幽閉中のラストエンペラー溥儀を国家元首にすべく満州へ。
１９３２年２月、関東軍参謀である板垣征四郎のもと、清朝の旧臣である式毅・張景恵・煕洽・馬占山を集め、新国家建設会議を開催。
同月中に東北行政委員会が新国家の独立計画を発表。
同年３月１日、張景恵が初代首相として「満州国」の独立を宣言するに至った。
発足にあたり五族協和を建国理念としたが、実態はかけ離れたものだった。
元首に予定通り愛新覚羅溥儀をむかえると、板垣は３月１０日付で次の内容の文書を調印させる。
■国防・治安は日本主導とする。
■インフラ管理は日本主導とする。
■政府・役所の要人は日本人とし、その推薦・解職は関東軍司令官が決定する。
つまり「国が備えうる全ての機能を日本の支配下において実施する」と強制的に約束させたのだ。
これが、満州国が傀儡国家と呼ばれる由縁である。
同年９月には『日満議定書』が次の内容で調印された。
■満州国は従来の日本の有する一切の権利利益を確認尊重する。
■日満両国の共同防衛のため所要の日本国軍が満州国内に駐屯する。
同時に『日満守勢軍事協定』が次の内容で締結された。
■両国軍が日本国軍の統一指揮下で行動すること。
■日本国軍は満州国領域内で軍事行動上必要とする自由・保障および便益を享有すること。
斉藤恒『満州新国家の認識』には、各総長の印を日本人総務司長が保管・捺印し、総長の知らないうちに様々な発布や指令がなされる状況が記されている。
また、愛新覚羅溥儀『わが半生（下）』には、国務会議が形式的なものにすぎず、日本人による次長会議が閣議としての機能を備えている状況が記されている。
同書で溥儀は、責任者は関東軍司令官であり「私と鄭孝胥は名目上の執政と総理」と嘆いている。
上記史料からも、日本が満州国の実権を掌握していたことがわかる。
問２　南京大虐殺とは如何なる事件をいうか、その概要（期間、場所、被害対象に留意すること）を説明せよ。 また、同事件は偶発的な..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】東洋の歴史Ⅱ 課題１[Ｂ] + 課題２[Ｂ] + 試験対策[S]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/101868/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 09 Mar 2013 11:52:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/101868/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/101868/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/101868/thmb.jpg?s=s&r=1362797552&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第２設題　Ｂ評価
アヘン戦争と不平等条約
［講評］
・イギリスがアヘン貿易を行った背景として清英間の貿易不均衡や当時の世界経済の状況を視野に検討した点を評価できる。
・武力行使やアヘン貿易について、イギリス議会における議論も考察[352]<br />第１課題　第２設題
１、アヘン戦争開戦の経緯
当時のイギリスは中国から茶を大量に輸入していたが、その対価として対中輸出できる有力な産品を持たなかった。このためイギリスは大きな貿易赤字を出すことになる。困った東インド会社は考慮の末、植民地としていたインドでアヘンを栽培し、それを中国に輸出することにした。つまり、まずイギリス本国で製造された工業製品をインドに輸出し、インドからはアヘンを輸出し、中国から茶を輸入する、という三角貿易である。
これを問題視した清朝はアヘン禁止令を出すに至った。しかし東インド会社は個人貿易商などをダミーとして、引き続きアヘンの輸出を継続。清朝内部ではこの事態に対し、イギリスと対立してでもアヘンを取り締まるか否かが問題となった。道光帝は１８３８年に林則徐を欽差大臣（特命大臣）に任命し広東に派遣、アヘン密輸の取り締まりに当たらせた。林則徐はイギリス商館長チャールズ・エリオットを逮捕するとともに、アヘン２万箱を没収・処分した。イギリス側は逆にこれを好機とし、中国に開国と自由貿易を強要するべく戦争を仕掛けることとした。
さて、清朝が三角貿易を問題視した理由は諸説ある。①アヘンの輸入量増加により貿易収支が逆転し、清国内の銀保有量が激減したためとする説、②アヘン吸引の悪弊により人民の健康被害や風紀の退廃を招いたためとする説、③国内産の粗悪なアヘンがイギリス産におされ売れなくなったからとする説、などである。①の説は概ね正しいと考えられるが、②③の説は、当時アヘンが「違法な麻薬」であったと考えるのか「副作用を包含する鎮痛剤」であったと考えるのかにより異なる。個人的には、当時の精製技術ではアヘン中毒は頻発しないのでは、また、１７９６の阿片禁止は地方官が不実効のものとしていたのでは、との考えより②説に否定的な立場である。とはいえ、③説も根拠に乏しく、現時点では①説の貿易上のトラブルが主な原因と考えるべきである。
２、戦争の展開
　１８３９年９月、戦争が始まった。グラッドストンらの反対はあったがメルボーン自由党内閣は１９４０年２月に戦費支出を閣議決定し、インドから増援を送り込んだ。
１８４０年６月、ジョージ・エリオット指揮下の大英帝国海軍は広州に到着。しかし艦隊は北方に転じ、意表をついて首都北京の外港たる天津を脅かした。これに動揺した清朝政府は林則徐を左遷し、穏..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】東洋の歴史Ⅰ 課題１[Ａ] + 課題２[Ａ] + 試験対策[S]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/101867/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 09 Mar 2013 11:52:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/101867/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/101867/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/101867/thmb.jpg?s=s&r=1362797549&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ａ評価
秦の始皇帝の中国統一事業
［講評］
・よくまとめているレポート。
・統一事業の必要性や後世への影響の考察があるとなおよい。
・レポートの構成として、最後にまとめの部分を設けるとなおよい。

■第２課題　第２設題[346]<br />第１課題　第１設題
　前２２１年、富国強兵策に成功した秦は戦国六国を滅ぼし中華統一を果たす。しかし、春秋戦国という数百年の混乱期をようやく終えた中国は、七国それぞれが培った制度や文化をその土地に色濃く残していた。秦王政はこれを問題視し、あらゆる面での統一改革を実行する。具体的な内容は以下の通り。
■呼称の統一改革
秦王政は重臣の王綰・馮劫・李斯らに称号を刷新する審議を命じた。それまで用いていた&ldquo;王&rdquo;は春秋戦国を通じ諸侯が名乗っていたため、統一後はその上位相当の号が求められた。王綰らは号を&ldquo;秦皇&rdquo;、指示を&ldquo;命&rdquo;から&ldquo;制&rdquo;、布告を&ldquo;令&rdquo;から&ldquo;詔&rdquo;、自称を&ldquo;寡人&rdquo;から&ldquo;朕&rdquo;にすべきと答申した。秦王政は号のみ自ら変え、新たに&ldquo;皇帝&rdquo;の称号を使う決定を下した。
また、王の行いを評して死後贈られる謚の制度を、臣下が君主をあげつらうものとして廃止。そして自らを始皇帝とし、次代から二世・三世と数える様に定めた。なお、始皇帝は死後の称号として指示したもので、在位中は&ldquo;皇帝&rdquo;または&ldquo;今皇帝&rdquo;と呼称された。
■政治の統一改革
強力な中央集権体制を確立するため、周代以来の封建制度を廃止し、全国に郡県制を施行した。統一後、臣下の多くは従来の封建制による統治を主張したが、それでは古代中国で発生したような政治的混乱を招くと主張した李斯の意見が採用された形だ。
具体的には全国を３６郡（のち４８郡）に分け、中央より皇帝任命の官吏である守・尉・監を派遣した。守は行政を掌る長官、尉は軍事を掌る武官、監は観察の役目である。さらに郡の下の行政単位として県を置き、令・尉を派遣してそれぞれ行政と軍事にあたらせた。
中央には行政官である丞相、軍事を司る大尉、官吏を監督する御史大夫がおかれた。
これにより、緩やかな同盟や連合による諸国関係は刷新された。伝統的な地域名は無くなり、例えば楚の国の人を楚人と呼ぶような区別もなくなった。また、人物登用も家柄でなく能力に基づくようになった。
■経済の統一改革
半両銭と呼ばれる貨幣を鋳造し、各国でまちまちだった通貨を一本化。また、度量衡（長さ・体積・重さ）の単位や位取り記数法なども統一し、市制の標準を定めることで経済の一体化を図った。度量衡の統一にあたっては、基準となる長さ・重さ・容積の標準器が製作され各地に配られた。さらに、各地方の交易を盛んにするため道路や運河などの広範..]]></description>

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		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】鎌倉・室町の政治と社会Ⅰ 課題１[Ａ] + 課題２[Ａ] + 試験対策[S]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100974/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 12 Feb 2013 19:00:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100974/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100974/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100974/thmb.jpg?s=s&r=1360663246&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ａ評価
荘園制・大名領国制とは何か調べ、まとめよ。
［講評］
・辞書的な理解を前提に要領よくまとめられたレポート。
・武士の発生要因に言及しているが、近年では別の理解が有力説なため修正するとなおよい。

■第２課題　第[348]<br />■試験対策
問題１、自力救済社会における紛争解決の方法について述べよ。
①中世社会の紛争解決は「等身性」「個別性」を特徴とし、様々な方法がある。
②一点目は自力解決だ。
③具体的には武力行使である血襲や、質を取り相手を追い込む方法等がある。
④相手に自分と同等の被害を負わせることで紛争を解決する。
⑤二点目は第三者介入による解決だ。
⑥具体的には村の古老等による仲裁や調停といった方法がある。
⑦盟神探湯や鉄火取りといった神裁も第三者介入による解決方法の一つだ。
⑧三点目は訴訟だ。
⑨この場合の訴訟は荘園領主への訴えや、御成敗式目・貞永式目等の定めによる紛争解である。
⑩四点目は合力と呼ばれる方法だ。
⑪村同士で軍事経済的な連携や安全保障の関係を築き、紛争を解決する。
⑫以上の紛争解決は&ldquo;イエ&rdquo;や&ldquo;村&rdquo;といった単位体ごとに実施される。
⑬これは中世社会が中央集権化されておらず、分節化されていたためだ。
⑭現代の当人が関与しない紛争解決とは異なり、&ldquo;自ら成る&rdquo;秩序と言える。
問題２、惣村成立の要因について述べよ。
①惣村成立の要因は「農民の独立」と「対外的緊張」の２点である。
②以下に具体..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】博物館学Ⅰ 第１課題[Ａ評価] + 第２課題[Ａ評価] + 試験対策[Ａ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100041/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 16:23:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100041/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100041/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100041/thmb.jpg?s=s&r=1357889008&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ａ評価
昭和２６年１２月法律第２８５号で公布された「博物館法」は、何を目的として公布された法律であるか、その歴史的なことを踏まえて述べよ。

■第２課題　第１設題　Ａ評価
博物館の機能について論述し、あなたなりの意見を[352]<br />■試験対策
【問１】博物館の４大機能を述べよ。
（１）①資料の収集機能
（２）博物館の設置目的に従い、体系的に資料収集を行う機能。
（３）収集資料は博物館の骨格を形成する。
（４）また、収集資料の増加は博物館の発展を示す指標である。
（５）収集方法には、寄贈・委託・購入・採集・発掘・交換・借入・製作などがある。
（６）②資料の整理保管機能
（７）整理とは、収集した「もの」に資料的価値をつけ博物館の情報媒体とする機能だ。
（８）目録表の作成などがこれにあたる。
（９）保管とは、収集資料をできる限り良質の状態で保つ機能だ。
（１０）適温・適湿・空調・防盗・防塵・防火・防震・防虫・防菌・防触・防腐・退色・採光などに留意する必要がある。
（１１）③調査研究機能
（１２）資料をもとに様々な調査研究を行う機能であり、内容により「資料の専門的研究」「資料の保存科学的研究」「博物館学的研究」の３つに分けられる。
（１３）専門的研究は、博物館が資料のもつ情報の多面的な価値や意義を伝達することに役立つ。
（１４）保存科学的研究は、資料を半永久的に保管保存していくという博物館の責務を果たすことに役立つ。
（１５）博物館学的研究は、博物館と資料・博物館と社会とのよりよい関係を模索する上で役立つものである。
（１６）④教育普及機能
（１７）博物館の内外にわたり教育的事業を実施する機能であり、人々の学習活動を高めるほか、博物館の認知度を高める効果もある。
（１８）博物館の内外どちらで行われるかによって館内機能と館外機能にわけることができる。
（１９）館内機能では展示活動・講座・教室活動・情報提供・施設の活用などが行われる。
（２０）館外機能では、展示活動・集会活動・調査活動・他機関における教育普及活動・レクリエーション・学校との提携などが行われる。
【問２】博物館の定義を述べよ。
（１）博物館法第２条は博物館の条件として以下２点を定義づけている。
（２）１点目は「歴史、芸術、民俗、産業、自然科学に関する資料を収集し、保管し、展示して教育的配慮のもとに一般の公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するための必要な事業を行い、あわせてこれ等の資料に関する調査研究をすることを目的とする機関（公民館・図書館を除く）」であること。
（３）この定義において、動物園・植物園・水族館な..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】地理学Ⅱ 第１課題[Ｓ評価] + 第２課題[Ｓ評価] + 試験対策[Ａ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100033/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:38:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100033/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100033/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100033/thmb.jpg?s=s&r=1357879131&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ｓ評価
今日、学社連携ということが重視され河川を学ぶ社会の活動も盛んとなりつつある。そこで、教材・学習指導書から、そのことに関連する内容としてふさわしい説明と考えられるものを探し、そのことに関する意見を述べよ。
［講評[356]<br />【試験対策】
今日、自然と共存・共生を求め、真に豊かな社会を実現する動きが起こっています。この課題に対して新たな「社会と河川」の視点に立ったあなたの見解を述べて下さい。 
（１）自然と共生する社会の実現は全人的課題である。
（２）古来より人は自然より多くの恩恵を受け、文化・文明を発展させた。
（３）例えば、世界四大文明は河川から自然と共生する感性や知恵を得て発展した。
（４）しかし、現代社会は経済優先・人間中心の開発を進め、自然を蔑ろにしている。
（５）その結果が地球温暖化等の環境問題である。
（６）今こそ自然との共生を考えるべきであり、教育への反映も重要だ。
（７）「社会と河川」の視点では&ldquo;川に学ぶ社会&rdquo;での教育実践が望ましい。
（８）川に学ぶ社会とは、川が人間にもたらす恩恵（景観・生物・食物・交流等）や畏怖を体感し、向き合うことで学びを得る社会のことだ。
（９）例えば川の自然を体感することで感性や創造力、生命の尊さが学べる。
（１０）川に学ぶ社会の実現には以下の基本方針が重要である。
（１１）①人々の関心を高める魅力ある川づくり
（１２）②川に関する正しく広範な知識・情報の提供
（１３）③「川に学ぶ」を実践する機会の提供
（１４）④継続的活動のための体制づくり
（１５）私は「③川に学ぶ機会の提供」を軸に「①魅力ある川づく」「②知識・情報の提供」を盛り込んだ教育実践を行い、川に学ぶ社会を実現したい。
（１６）活用するのは総合的な学習の時間と特別活動だ。
（１７）内容は以下の通り。
（１８）■特別活動&hellip;河川の清掃ボランティア活動
（１９）ゴミのある川の現状を把握するとともに、川が汚れた原因を考えさせる。
（２０）また、きれいで魅力的な川にするために自分達ができることを考えさせる。
（２１）考えた方法を地域と連携して実行できればなおよい。
（２２）（例：ゴミ箱の設置など）
（２３）また、地域の方をゲストティーチャーとして招き、講和をもらうのもよい。
（２４）昔の川の様子、今との違い等について話してもらうとよいだろう。
（２５）■総合学習&hellip;水質調査、生物調査、特別授業
（２６）箱メガネで川の中を見る、水中マイクで川の音を聞く、模型により川ができる様子を学ぶ、などの実験により広く川を体験させる。
（２７）生物調査では、生物の種類と水辺の環境の関わりを考えるよう促す。
..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】地理学Ⅰ 第１課題[Ｓ評価] + 第２課題[Ａ評価] + 試験対策[Ｓ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100032/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:38:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100032/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100032/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100032/thmb.jpg?s=s&r=1357879127&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ａ評価
2002.04教育改革「生きる力の育成」は、自ら課題を設けての発表・協議が重視される。そこで地理学の教材から、質問・疑問・反論・否定・肯定等を探し、それについてあなたの見解として表明せよ。
［講評］
・コンパク[340]<br />■試験対策
最近、地域の調べ方学習が各学校段階で盛んになっている。この事について学習または、研究した経験があれば具体的に述べよ。
（１）３．１１を受け、地震についての調べ方学習を実施した経験がある。
（２）その際に研究した内容を以下に述べる。
（３）○調査地域　　：愛媛県松山市
（４）○インタビュー：消防局防災課
（５）１、わが町の防災意識と災害事情
（６）穏やかな風土が自慢の松山市は災害の少ない土地と言われている。
（７）市民はこの「安全神話」に依存し、根拠のない安心と油断を持っている。
（８）以下、平成２３年２月に市が実施した市民の防災意識調査の結果である。
（９）■アンケート結果
（１０）・自然災害への意識度 　&hellip; ７５％
（１１）・非常品の所持率　　　 &hellip; ２５％
（１２）・家具家電の固定率　　 &hellip; ２０％
（１３）・防災家族会議の実施　 &hellip; ３０％
（１４）・安否確認方法の理解度 &hellip; ２５％
（１５）・危険箇所の認知度　　 &hellip; １２％
（１６）■市民の声
（１７）・「大丈夫だろうと思っている」（３０代男性）
（１８）・「松山は安全という思いがあり、防災を気にしていない」（５０代女性）
（１９）この結果から、災害を想定していても、実際には危機感の薄い市民が多いことがわかる。
（２０）しかし、松山の安全神話は大きな間違いである。
（２１）四国の南方にはフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込むことによってできた南海トラフがある。
（２２）南海トラフの北側では南海地震と呼ばれる巨大地震が発生し、過去にも大きな被害をもたらしている。
（２３）１９４６年の昭和南海地震ではＭ８．０、死者１３００人、全壊１．２万戸、半壊２．３万戸の被害が出た。
（２４）南海地震は約１１４年周期で定期的に発生している。
（２５）文部科学省の特別機関である地震調査研究推進本部によると、今後の発生確率は３０年以内が６０％、５０年以内が９０％に及ぶ。
（２６）松山市は震度６弱で死者６００人、負傷者１．５万人、全壊１．４万棟、半壊４．６万棟の被害が想定されている。
（２７）しかも、次の南海地震は東海地震、東南海地震と同時期に発生する可能性がある。
（２８）その場合、被害はさらに大きくなると言われる。
（２９）また、南海地震が発生した場合、松山には約２時間後に津波が来ると予想されて..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】地誌学 第１課題[Ａ評価] + 第２課題[Ａ評価] + 試験対策[Ａ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100031/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:38:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100031/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100031/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100031/thmb.jpg?s=s&r=1357879124&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第２設題　Ａ評価
Ⅲ編２章４節の「東京都金町浄水場」を読み、次のことを述べよ。
あなたの家で使用している上水の水源はどこで、どのようなルートで家まで流れてくるか、現在どのような課題をかかえているか、など、水道関係の役所を訪ねて資[356]<br />■試験対策（計１０パターン分）
＜パターン１＞
『みかんは温暖な愛媛』『りんごは冷涼な青森』という自然決定論文はあやまりがあります。これらの自然決定論文のあやまりをそれぞれ指摘しなさい。 
（１）温州みかんのルーツは中国から熊本に伝わった小みかんである。
（２）和歌山での栽培は江戸時代初期、朝廷を通じた紀州有田への移植により始まった。
（３）また愛媛での栽培は江戸時代後期、伊勢参りで入手したみかんを宇和島へ移植したことより始まった。
（４）西洋りんごのルーツはアメリカである。
（５）青森での栽培は明治時代ジョン・イングが苗木を弘前に移植したことより始まった。
（６）いずれの産地も移植という歴史的条件を抜きにして論ずることはできず、栽培に適した気候だけが産地形成の条件でないということが言える。
＜パターン２＞
地誌教育の批判の一つに地名物産を丸暗記させる授業があります。丸暗記の授業例を示し、なぜいけないのか理由を書きなさい。
（１）例えば「青森はりんごの産地」と丸暗記させる授業がある。
（２）確かにりんごの栽培には青森のように冷涼な気候が適している。
（３）しかし冷涼な地域が全てりんごの産地になっているわけではない。
（４）青森がりんごの一大産地となったのには、明治時代ジョン・イングが苗木を弘前に移植したこと、東北本線の開通、日露戦争の軍需景気など、様々な歴史的条件がある。
（５）地名産物の丸暗記ではこれらの歴史的条件や社会的側面が抜け落ちる。
（６）そのため、人間と社会の関係を無視した自然決定論に陥り、正しい事実認識が形成されない。
（７）この点で丸暗記の授業はよくないと言える。
＜パターン３＞
原水（川、湖、地下水）の汚濁の問題が取り上げられています。原水の害を取り除く立場から論じなさい。 
（１）高度経済成長による都市化に伴い、生活排水や産業排水が原水の汚濁をひきおこしている。
（２）水質汚濁は、水道水がカビ臭くなる、魚介類に汚水の臭いがつく、特定の魚介類がとれなくなる等の被害をもたらす。
（３）これらの被害は消費者だけでなく、そこに生活基盤をもつ漁師にとっても深刻だ。
（４）この窮状を受け、各地で浄水施設の整備や注水による浄化など、様々な対策がとられている。
（５）しかし、雑排水をなくさない限り根本的な解決は図れない。
（６）１人１人が環境を担う成員として..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】生徒指導（進路指導含む）第１課題[Ａ評価] + 第２課題[Ａ評価] + 試験対策[Ａ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100030/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:38:40 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100030/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100030/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100030/thmb.jpg?s=s&r=1357879120&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第３設題　Ａ評価
不登校やいじめは学校教育の大きな課題です。これらの問題行動の原因や背景にどのようなことが考えられますか。
［講評］
・参考文献を読みこなし具体的に記述されている良いレポート。
・的確な内容となっている。

■第[348]<br />■試験対策
近年、児童生徒の規範意識が様々な問題行動の要因となっているとの指摘があり、そのような状況の背景にも触れながら児童生徒が、自分に自信を持てないという自尊心の低下、あるいは、社会や公共の規範意識の低下ということが言われている。 このようなことを考えながら、生徒指導にあたってあなたは何を重視するか、具体的な事項をあげて述べなさい。（１２００字程度）
（１）近年児童生徒がおこす様々な問題行動の背景には、地域コミュニティの崩壊が関係すると言われる。
（２）従来、親や周囲の大人の言動から身につけていた規範意識が、周囲にモデルとなる大人がいないことにより身に付かない。
（３）外部との関わりの少なさからコミュニケーション力が低下し、集団の中でアイデンティティを確立できず自尊心が低下する。
（４）規範意識の低下は反社会的行動を、自尊心の低下は非社会的行動を招く。
（５）これらの背景から、規範意識・自尊心を高める学校教育の重要性は年々高まっている。
（６）しかし「ルールを守れ」「自信を持て」と根性論を押し付ける教育では、聞く姿勢の乏しい現代の児童生徒には効果が薄い。
（７）生徒自らが有意義な実体験の中で学んでこそ、規範意識・自尊心は身につくだろう。
（８）私が考える有意義な実体験とは、主体的に設定した目標への取り組みである。
（９）人は目標をめざすとき様々な自己統制を行う必要があり、これが規範意識の基礎を形成すると考えるからだ。
（１０）（例えばサッカーでの勝利をめざす場合、スポーツそのもののルール、チームとしての動き方等を考え、自己統制する必要がある。）
（１１）また、目標に向け努力した経験は生徒の自尊心を形成するだろう。
（１２）しかし、有意義な実体験をし、規範意識・自尊心を身につけるには二つの課題がある。
（１３）一つ目は、誰もが簡単に目標を見つけられるわけではないということ。
（１４）二つ目は、目標となる物事の難易度・認知度によっては社会的評価が受けられず、自尊心を形成しにくいということである。
（１５）そこで私は「個別カウンセリング」を軸とした生徒指導によりこれらの課題を解決する。
（１６）具体的なカウンセリング内容は以下の通り。
（１７）①過去の体験・単純な好き嫌い等から、情熱を注げることを引き出す。
（１８）ポイント：なかなか引き出せない場合は、様々な選択..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】障害児心理学 第１課題[Ｂ評価] + 第２課題[Ｂ評価] + 試験対策[Ｂ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100029/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:38:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100029/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100029/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100029/thmb.jpg?s=s&r=1357879117&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第３設題　Ｂ評価
障害児に対する心理的援助の可能性と限界について検討せよ。
［講評］
・独創的で共感できるレポート。
・メンタルサポートだけでなく、心理学に基づく科学的な援助の視点があるとなおよい。

■第２課題　第２設題　Ｂ評[348]<br />■試験対策
【問１】「障害」の３つの次元（階層）的捉え方とその意味について、具体事例（仮想事例でも良い）も用いて説明しなさい。
（１）心身障害児のリハビリテーションや教育を進めるにあたり、障害を三つの次元で捉え直す必要がある。
（２）一つ目は「機能障害」の次元である。
（３）機能障害とは、生物学的・病理学的に欠損や異常が認められる状態のことである。
（４）外観的な異常はもちろん、身体内部の構造的異常、感覚知覚機能の異常も含まれる。
（５）この次元における障害へのアプローチは狭義の医療担当者が主体となる。
（６）具体的には、肢体不自由児への整形外科的手術や脳障害児への与薬などがこれにあたる。
（７）二つ目は「能力障害」の次元である。
（８）能力障害とは、人間として正常とみなされる方法や範囲で活動する能力に制限や欠如が認められる状態のことである。
（９）残存能力の活用や福祉機器の利用により回復や補填が望めるのが特徴だ。
（１０）この次元における障害へのアプローチは理学療法士、言語治療士、教育担当者など幅広い専門家が主体となる。
（１１）具体的には、肢体不自由児への運動療法士による訓練や、言語障害児への言語療法士による訓練などがこれにあたる。
（１２）三つめは「社会的不利」の次元である。
（１３）社会的不利とは、機能障害や能力障害の結果、環境との相互関係により生じる心理的・社会的・職業的・経済的などの不利益のことである。
（１４）例えば、障害により就業を拒否される場合（職業的不利益）や、障害により外出時に人目を気にする場合（心理的不利益）などがこれにあたる。
（１５）この次元における障害へのアプローチは教育者、保育者、ケースワーカーなど精神面関与の専門家が主体となる。
（１６）具体的には、障害に対する受容度合いを高め不利益感を軽減する治療などがこれにあたる。
（１７）また、この次元における障害はバリアフリー環境の整備によっても軽減可能な点に留意したい。
【問２】
＜パターン１＞
学習障害児の知的活動・行動特性・具体的な指導法について述べなさい。（障害の３つの次元、ボディイメージ理論、またはレポートで学んだことを用いて説明しなさい）
（１）学習障害（ＬＤ）とは、知的発達の遅れ、医学的な疾患、学習への取組み姿勢に問題がないにもかかわらず、特定分野の習得・使用に著しい困難を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】社会科教育法Ⅱ 第１課題[Ｂ評価] + 第２課題[Ａ評価] + 試験対策[Ａ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100028/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:38:33 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100028/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100028/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100028/thmb.jpg?s=s&r=1357879113&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ｂ評価
新学力観（関心・意欲・態度）に立った社会科教育の実践例を探し、その主要点を挙げ、さらに改善すべきところを指摘し報告せよ。
［講評］
・要点をまとめた報告となっており問題点の考察も行われている。
・一部、旧来の視[352]<br />■試験対策
私たちは「平和と民主主義」を大切にしている。しかし、世界には銃弾や地雷を恐れながら暮らしている子供もいる。こうした世界の現実をどう子どもに伝え、考えさせたらよいか、あなたの所感を1,200～1,600字で述べよ。
（１）児童憲章は「すべての児童は、愛と誠によって結ばれ、よい国民として人類の平和と文化に貢献するように、みちびかれる。」と定めている。
（２） &ldquo;日本国民の平和&rdquo;とせず&ldquo;人類の平和&rdquo;とした点に「世界平和をリードする日本人」となることへの願いがうかがえる。
（３）さて、世界平和をリードするためには、他国の現状を他人事とせず自国のことのように真剣に考える姿勢が必要である。
（４）この姿勢を養うためには２つのポイントがある。
（５）１点目は、授業の題材を身近に感じられるよう工夫して伝えること。
（６）２点目は、ワークショップ形式を用い主体的に平和を考えさせることだ。
（７）地雷や銃弾（不発弾）に怯える子供たちについては、次のような取り組みを実践したい。
（８）①身近に感じられるよう工夫して伝える
（９）現在も地雷は世界に約１億埋まっていると言われるが、数量の多さや範囲の広さは口頭説明だけでは実感しづらいため、分布図を使い視覚的に伝える。
（１０）被害者は年間約２万５千人だが、日常で目にする単位になおし、１日に約７２人、約２２分に１人が被害にあっていると伝える。
（１１）また、子供の被害が特に切実であることを伝えるため、被害者の約４割が子供であること、被害時の死亡率が子供は極めて高いこと述べる。
（１２）被害の状況については、四肢をなくした方の映像やスライドを見せ、感じてもらう。
（１３）そして一番重要なのは&ldquo;本物をあてる&rdquo;ということだ。
（１４）例えば、地雷被害が顕著なカンボジア等に行き、地雷除去等に携わった方に講演等をしてもらえれば、最も効果的である。
（１５）私が知る中では「地雷除去機」を開発し、自らも除去活動に参加する山梨日立建機社長の雨宮清さんなどをお招きするのがよいと感じる。
（１６）どうしても難しければ、彼についてのインターネット動画を見せる等の代替手段もある。
（１７）このような工夫により地雷問題とその悲惨さを身近に伝え、平和の尊さを訴えたい。
（１８）②平和を考えるワークショップの実践
（１９）中学生以降であれば、グループごとの課..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】地歴科教育法Ⅱ 第２課題（歴史部分）[Ａ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100036/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:39:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100036/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100036/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100036/thmb.jpg?s=s&r=1357879144&t=n" border="0"></a><br /><br />■第２課題　第１設題　Ａ評価
明治維新を中心とした時期を扱う２時間について「教案（学習指導書）」を作成せよ。
［講評］
・発問を中心として構成、内容ともによく整理された指導案に仕上がっている。
・授業課題は１限ずつ２～３の項目を立てる、導入[352]<br />学習活動
教師の働きかけ
注意点・備考
導入
■明治維新までの歴史の流れの確認。
■本日の主題の確認。
【発問】幕府が倒れて江戸時代が終った流れを覚えているかの確認。
■明治維新を世界(特にアジア)と日本という視点で見ていくことの説明。
■生麦事件、薩長同盟の謎、幕府対新政府等、キーワードで回想を補助
■明治時代はたった１５０年前のことであり、今の国際関係にもつながっていることを強調。
展開
■不平等条約をめぐる動向と東アジア・国際関係の新展開が軸となることを理解する。
■岩倉使節団の派遣目的や特徴を理解する。
■岩倉使節団の交渉がうまくいかなかったこと、その理由を理解する。
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
■留守政府の外交を理解する。
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
■明治六年の政変を理解する。
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
【発問】不平等条約とは？
○領事裁判権の認可
○関税自主権の欠如
&rarr;安政の五か国条約
&rArr;条約改正が明治政府の大きな関門
■目的：不平等条約改正、人材育成
■特徴：構成メンバーが政府重役
【発問】法制度が整っていないと条約改正はなぜ危険なのか？..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】地歴科教育法Ⅱ 第１課題（地理部分）[Ｓ評価]&nbsp; + 試験対策[Ａ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100035/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:38:58 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100035/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100035/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100035/thmb.jpg?s=s&r=1357879138&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第２設題　Ｓ評価Ⅲ編４章「森は海の恋人」気仙沼湾浄化、５章ナショナルトラストを読み、自分の考えを入れ各４００字でまとめよ。最後に日本のナショナルトラストについて、２１０項‐問１０を８００字で答えよ。［講評］・要点をおさえよ[354]<br />【地理】論述２題
＜パターン１（計５パターン分）＞
イスラムを１時間で教える時、３つのポイントを挙げて内容を具体的に説明せよ 。
①一点目は、イスラム教の概要を教えることだ。
②一神教として唯一神アッラーを信仰していること。
③ムハンマドが神の言葉を授かり伝えた宗教であること。
④イスラム教徒をムスリムということ。
⑤聖典は神の言葉を記すコーランであることなどを伝える。
⑥二点目は、六信五行を教えることだ。
⑦六信は神、天使、啓典、預言者、来世、天命であること。
⑧五行は信仰告白、礼拝、断食、喜捨、巡礼であること。
⑨また、それぞれの内容も簡潔に教える。
⑩三点目は、イスラム教への偏見と正しい理解を教えることだ。
⑪９・１１、バーミヤン大仏爆破、バリ島の観光客爆死などの影響で、日本ではイスラムに対し危険のイメージが強い。
⑫また、女性がジャブを着用する、豚肉を食べない等の文化の違いから、つきあいにくい人たちとのイメージもある。
⑬しかし、実際にはイスラムは平和・平等を理念とする宗教である。
⑭この部分は時間をさき、生徒に偏見のないグローバルな視野を身に付けさせたい。
＜パターン２＞
ナショナルトラストについての授業を行う時、ナショナルトラストの成立・「１万人が１ポンドずつを」・アメニティ（快適性）の３つについて、どのような授業をするか、学習案を書きなさい。
①ナショナルトラストの成立については、次の点を教える。
②１９世紀末の英国に起源を持つこと。
③当時英国では産業革命・穀物法廃止・農産物の貿易自由化を背景に農業が崩壊、農家の地代が低下し環境破壊が進んでいたこと。
④その保護のため、１８９５年に設立された慈善団体がナショナルトラストであること。
⑤政府が同組織の保有財産に対し譲渡不能宣言権、管理保護規則制定権、入場料徴収権、相続税免除等を認め運動を支援したこと。
⑥「１万人が１ポンドずつを」については、次の点を教える。
⑦ナショナルトラストが寄付を募る際の理念であること。
⑧その理由は、特定の組織・個人への過度の依存をさけるためであること。
⑨アメニティについては、次の点を教える。
⑩下層労働者の劣悪な生活環境改善に向け、都市行政関係者の間に育った価値観であること。
⑪快適環境の創造をめざす価値観であること。
⑫然るべきものが然るべきところに存在することを目指..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】地歴科教育法Ⅰ 第１課題[Ａ評価] + 第２課題[Ｓ評価] + 試験対策[Ｓ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100034/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:38:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100034/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100034/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100034/thmb.jpg?s=s&r=1357879134&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ａ評価
教科書「Ⅱ編　地域をふまえた現代世界」から、１章アメリカ合衆国、２章ＥＵの新たな動きを読み、自分の考えを入れ各４００字でまとめよ。最後に８００字で、ＥＵ拡大でＥＵ内の格差問題が広がることについて、教科書３６項の[358]<br />■試験対策
【地理】（計５パターン分）
＜パターン１＞
あなたがこれまで受けた地理の授業を踏まえ、地名を暗記させるという授業についてあなたはどう考えるか述べよ。
（１）地理は多くの地名を暗記する教科というイメージがあるが、少なくともそれが目的ではない。
（２）地理の目的は、世界全体の国や地域を様々な角度から考察した上で、新たな問題点を見つけ出す視点や解決に向けた思考力を養うことである。
（３）その補助的な役割を担うのが地名である。
（４）色々な場所に名前があることで世の中のあらゆる事柄が説明できるようになるからだ。
（５）「富士山」を例にとると、もし富士山という名前がなかったら「すごく高い山」や「静岡にある山」などとしか言えないことになる。
（６）この意味で、地名は説明手段の１つであり、覚えると便利に使うことが出来るものと言える。
（７）結論、地名の暗記は授業をスムーズに進める上で必要なものであるが、これを主題に置くのは地理の本旨ではなく、あくまで説明手段の一つとして補助的な意味で暗記するものであると考える。
＜パターン２＞
オバマ大統領が誕生したが、アメリカ人の意識は変化したのだろうか？あなたなら、人種、民族をキーワードにどのような授業を行うか。
（１）「オバマ大統領の誕生により改めて見えた人種・民族差別問題」をテーマに、アメリカ人種差別問題の根深さを伝える授業を展開する。
（２）オバマはアメリカ黒人との文化的共有が薄く、アメリカ黒人の代表とは言いきれない。
（３）しかし、肌の色が同じというだけで多くの黒人はオバマ大統領誕生を喜んでいる。
（４）一方、白人の黒人に対する反発感が目立ち始めた側面もある。
（５）人種差別意識をもつ一部の白人は黒人の社会的地位が高まる事を良く思っておらず、彼らの活動にストレスを溜めている。
（６）テキサス州のある大学では、人種問題によりオバマ政権に関する議論が非常に難しくなっているという。
（７）例えば、人種差別主義の白人学生がこれを起点としたオバマ批判により黒人学生の感情を傷付けたり、逆にオバマを誇りに思う黒人学生が調子にのってしまったりするそうだ。
（８）このように、オバマ氏の就任により改めて見えてきた人種問題を取り上げ、問題の深刻性を伝える授業を展開する。
＜パターン３＞
拡大ＥＵを教える時の、光と影をそれぞれ３つあげよ。
（..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】社会科教育法Ⅰ 第１課題[Ａ評価] + 第２課題[Ａ評価] + 試験対策[Ｂ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100027/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:38:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100027/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100027/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100027/thmb.jpg?s=s&r=1357879109&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ａ評価
児童中心主義は社会科教育基準の原点であるが、このことに関してあなたはどう考えるか。具体的に述べよ。
［講評］
要点をおさえて論じることができている。

■第２課題　第１設題　Ａ評価
学校の教育活動（社会科を含む[348]<br />■試験対策
総合的な学習の時間は社会科学習の成果を生かすことができるが、それに対する考えを、事例をあげて１２００字程度で説明せよ。
（１）社会科学習の目標は２点ある。
（２）１点目は、社会諸科学（地理・歴史・政治・経済・社会・倫理等）による人間社会の理解。
（３）２点目は、現代社会への主体的参加、よりよい社会の創造といった生きる力の育成だ。
（４）総合的な学習の時間は、これらの目標をより高い次元で達成させる意味で、社会科学習の成果を生かすものと言える。
（５）そもそも生徒は教師から一方的に与えられる知識だけでは納得できない。
（６）「どうもおかしい」という問い直しから、その知識を頭の中で作り変え、納得のいく新しい知識を自主形成するものである。
（７）その一助となるのが総合的な学習の時間である。
（８）社会科学習が一定制約の中で「教える」ことをメインとするのに対し、総合的な学習の時間は一定自由の中で「学び」を与えることをメインとする。
（９）教わって得た知識は客観的なものとなりがちだが、学んで得た知識は主観的でより総合的な認識形成につながる。
（１０）そして、学びから得た主観的・総合的知識は生きる力に直結する。
（１１）ここでは和歌山市立和佐小学校の「江戸時代の農業」をテーマとした授業を例にあげ考察する。
（１２）江戸時代は農業が発達し、農民が著しく生産力を高めた時代だ。
（１３）例えば「こき箸」から「千歯こき」、「箕」から「唐箕」への変化は発達の象徴と言える。
（１４）しかし、これらの道具により作業が速く楽になったことを知識として教えるだけでは生きる力の育成は不十分だ。
（１５）このテーマから生きる力を育てる場合、江戸時代をたくましく生き抜いた農民の姿に共感させる必要がある。
（１６）そこで同校では総合的な学習の時間を使い、紀伊風土記の丘で現場学習を実施した。
（１７）生徒に自由な活動を促したところ、これらの道具が本当に意味のあるものなのか調査・聞き取りをした。
（１８）また、１本の稲を「こき箸」と「千歯こき」で脱穀したり、「箕」と「唐箕」で選別したりした。
（１９）生徒からは農業発達への驚きとともに、江戸農民の知恵への感心の声が多数あがったという。
（２０）例えばある生徒は「苦しい時代を知恵で生き抜いた農民はたくましいと思う」との感想を述べた。
（２１）自らの..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】国家の誕生Ⅰ 第１課題[Ｃ評価] + 第２課題[Ｃ評価] + 試験対策[Ｃ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100026/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:22:39 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100026/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100026/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100026/thmb.jpg?s=s&r=1357878159&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ｃ評価
なぜ、倭国の王として卑弥呼が共立されたのか、当時の列島社会の政治的状況をふまえて述べよ。

■第２課題　第１設題　Ｃ評価
倭国が朝鮮半島・中国と通交を行った目的について述べよ。

■試験対策　Ｃ評価
論述の対策[346]<br />■試験対策
【問１】卑弥呼の時代（３世紀頃）における日本列島の政治状況について知るところを述べなさい。（４００字以上８００字以内）
（１）当時東アジア一帯は小氷期と呼ばれる寒冷化の時代であった。
（２）寒冷化は飢饉をうみ政情を不安定にする。
（３）これにより中国では黄巾の乱などの戦乱が続き、後漢が衰退を迎える。
（４）日本列島においても後漢の東夷支配力の後退、また朝鮮諸族による政治的社会（租税・裁判など）の発展や先進地域における生産力の向上等があいまって倭国大乱が起こった。
（５）一方で、寒冷化は生存戦略として人・物・情報の広域流動を生んだ。
（６）広域流動は物質文化の変転を起こし、特に資源に関して石から鉄へのほぼ全面的な移行が行われた。
（７）すなわち、外部資源である鉄等の諸物資を遠距離交渉や出張により獲得する、対外的な経済活動の比重が高い経済の仕組みが広がったのだ。
（８）外部資源依存型の経済体制のもとでは、対外交渉窓口となって利益をもたらす代表者への信服が強まり、そこから階層社会（王－大人－下戸－奴婢）への道が開ける。
（９）このような社会情勢をふまえ、外交を一つの手段として倭国の政治的統合を図ったのが邪馬台国であり女王卑弥呼である。
（１０）卑弥呼は倭国の統一を進めるため、シャーマンとしての力だけでなく外交の力を利用しようと中国に使者を遣わし朝貢を行なった。
（１１）目的は「威信財の入手」と「鉄の流通経路の確保」である。
（１２）例えば、魏が２３８年に公孫氏を滅ぼし楽浪・帯方二郡を領有した際、卑弥呼は大夫の難升米と次使の都市牛利を帯方郡に派遣し男の生口４人と女の生口６人、班布２匹２丈を献じている。
（１３）この朝貢は、倭王権が朝鮮半島の鉄の流通機構を確保するため、魏（その出先の帯方郡）に依存しようとしたものと考えられている。
（１４）また、卑弥呼の王権は朝鮮半島との交通の要であり魏の使者が駐在した北九州の伊都国に諸国を検察する「一大率」という官人を置き、その沿岸諸国に「卑奴母離」（辺境守備管）を配置している。
（１５）これは、国際的な交通・交易や緊張関係を契機とし、原始的な官制を生み出したものと考えられている。
【問２】日本の古代国家はどのように鉄資源を確保しようとしたのでしょうか。知るところを述べなさい。（４００字以上８００字以内）
（１）鉄資源の確保..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】日本の宗教と文化Ⅰ 第１課題[Ａ評価] + 試験対策[Ｓ評価] ※当該科目は課題１つ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100037/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:50:19 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100037/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100037/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100037/thmb.jpg?s=s&r=1357879819&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ａ評価
教科書『日本の宗教と文化Ⅰ・Ⅱ‐仏教と女性‐』及び参考文献を読み、各自興味を持った事柄についてテーマを設定し論ぜよ。
テーマ：律令制と官尼の衰退
［講評］
・律令制と官尼の衰退をトリガーに「社会と宗教」という更[352]<br />■試験対策
「仏教と女性」について性差別の観点から論じなさい。 
（次の言葉を必ず使用すること。「変成男子、空の思想、尼」）
（１）仏教パラダイムが女性差別的であるという指摘がある。
（２）まず指摘にあがるのは女人五障説だ。
（３）女性は生まれながらにして梵天王、帝釈天王、魔王、転輪王、仏になることができない、即ち成仏できないと示す説である。
（４）同じく直接的な女性差別をするものに三従説がある。
（５）女性が幼少期は親、結婚後は夫、老年期は子に従うべきと示す説である。
（６）両説について、それ自体が女性差別的であることに異論はない。
（７）これらの女性観を克服する論法として、大乗仏教には二つの方向性が見られる。
（８）一つは『法華経』や『無量寿経』に見られる変成男子説だ。
（９）男性への変化により女性でも成仏が可能と示す説である。
（１０）しかし、女性のままで成仏できないのでは根本的解決にならないとの指摘も多い。
（１１）二つ目は『維摩経』などに見られる空の思想だ。
（１２）あらゆるものの本質は空（実体なきもの）であるとし、性差を無化する説である。
（１３）本説自体は女性差別を否定す..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】江戸幕府政治下の社会Ⅰ 第１課題[Ｓ評価] + 第２課題[Ｓ評価] + 試験対策[Ｂ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100025/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:22:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100025/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100025/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100025/thmb.jpg?s=s&r=1357878154&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ｓ評価
『権力者と江戸のくすり』全体を読んで、そこから読み取れる江戸時代の社会とそのシステムを説明せよ。
［講評］
テキストをよく読みこみ、とても良いレポートとなっている。

■第２課題　第１設題　Ｓ評価
『権力者と江[348]<br />【試験対策】
問１　八代将軍吉宗の人参栽培の発想・企画・推進・結果について述べよ。 
①■吉宗の人参栽培国産化の発想には以下の社会背景があった。
②・疫病の流行による社会不安と人参需要の増加
③・対馬藩が独占する人参貿易の不安（供給不足・統制不足）
④・貿易による銀の流出懸念
⑤■企画の骨子は次の通りである。
⑥・実践的・技術者的性格の本草学者の登用（野呂元丈・植村政勝など）
⑦・全国各地の薬草見分・薬園整備・薬草栽培
⑧・薬種流通政策の実施（薬種通用基準の設定・薬品検査機関「和薬解改会所」の設置など）
⑨■実行段階では次の出来事が推進への大きな一歩となった。
⑩・日光での「御種人参」栽培成功と全国への拡散。（１７２９年）
⑪・和人参の販売許可と公定価格の決定（１７３３年より段階的に）
⑫■この政策の結果、庶民には手の届かなかった人参がポピュラーな医薬品として普及。
⑬「享保の御深仁」の第一とされ、幕府を精神的に支える効果もあった。
問２　尾張藩薬園預細井氏の生活を素描せよ。
①細井氏の仕事は御深井御庭薬園の管理実務だ。
②仕事内容は廟所への献花や薬園内の木の伐採（『尾州御留守日記』より）。
③また、大身視察の際の案内等である（『尾州御小納戸日記』より）。
④当時の薬園は藩主のプライベート空間であるから、薬園預は現代で例えると「社長個人所有の別荘の管理人」のようだと言える。
⑤さて、細井氏の石高は十石程度、現代に換算すると年収６０万円程度である。
⑥拝借金を願い出るほどに家計は苦しかった。（『尾州御留守日記』より）
⑦そこで副収入である。
⑧薬園内部には細井氏が役得で使用できる部分があったと推測される。
⑨作物の生産及び販売、貸地、博奕場の提供などで副収入を得ていた可能性がある。
⑩しかし、薬園が幕府により本格的に事業化されると、その維持管理は本草家の専任となる。
⑪御深井御庭薬園は薬草栽培の役割を失い、薬園預は御庭預となった。
問題３　我が国における国産ブドウ酒製造に関して知るところを記せ。
①尾張藩の編年記録『事蹟録』（１６４４年８月２日の条）に文献上最古の国産葡萄酒の記事がある。
②文献は「徳川義直が参勤交代の帰りに酒井讃岐守忠勝から国産葡萄酒を献上された」と記す。
③葡萄酒の製造元は酒井の所領である若狭近辺（現在の福井県南部）、もしくは家光からの託けであ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】日本国憲法 第１課題[Ａ評価] + 第２課題[Ｓ評価] + 試験対策[Ａ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100038/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:50:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100038/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100038/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100038/thmb.jpg?s=s&r=1357879823&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ａ評価
天皇の権能について説明せよ。
［講評］
・よくまとめ、記述されたレポート。
・明治憲法、現行憲法の違いについての記述があればなおよい。

■第２課題　第１設題　Ｓ評価
司法権の独立について説明せよ。
［講評］
[342]<br />■試験対策
法の下の平等（14条）について説明せよ
（１）憲法第14条1項は「すべて国民は、法の下（もと）に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」（一項）と規定している。
（２）本条は国民の平等権に関する一般原則的規定である。
（３）具体化された個別規定としては、貴族制度の廃止（第14条第2項）、栄典に伴う特権の廃止（第14条第3項）、公務員の選挙における平等（第15条第3項、第44条ただし書き）、家族生活における両性の平等（第24条）、教育の機会均等（第26条）がある。
（４）さて、法の下の平等とは基本的人権の中心的理念をなす近代法の大原則であり、国民一人一人への平等な扱いを国家に対し要求するものである。
（５）一般的に法適用の平等だけでなく法内容の平等も意味するものと考えられており、これまでも様々な法律が本条に違反するかが問われてきた。
（６）代表的な問題を以下に記述する。
（７）一点目は、刑法200条「尊属殺」は憲法第14条に違反するかという問題である。
（８）これについて、栃木実父殺し事件を扱った最高裁（1973年4月4日）は刑法200条「尊属殺」の重罰規定が憲法第14条に反し違憲であるとの判決を下した。
（９）これは最高裁が違憲立法審査権を発動し既存の法律を違憲と判断した最初の判例である。
（１０）同条は1995年改正刑法において傷害罪等その他の尊属加重刑罰と共に削除された。
（１１）二点目は、民法900条4号、嫡出子と非嫡出子の相続分差別が憲法第14条に違反するかという問題である。
（１２）これについては、下級審において違憲とする判例（東京高裁、平成5年6月23日、判時1465-55ほか）があるものの、最高裁（平成7年7月5日）は立法裁量権の範囲内であり違憲とまでは言えないと判断している。
（１３）この判決が議論をよび、平成8年に法務省法制審議会は「民法等の一部を改正する法律案要綱」を決定し、嫡出子と非嫡出子の相続分を同等とすることとしている。
（１４）しかし未だに民法改正は実現しておらず、現在でも最高裁判決にもとづき非嫡出子の相続分は嫡出子の半分となっている。
（１５）非嫡出子の平等権については、他にも国籍法3条1項に「嫡出子であることを国籍取得の要件とする」という規定があり、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】江戸時代の思想Ⅰ 第１課題[Ｓ評価] + 第２課題[Ｓ評価] + 試験対策[Ｓ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100024/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:22:31 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100024/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100024/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100024/thmb.jpg?s=s&r=1357878151&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第３設題　Ｓ評価
貝原益軒の教育思想
［講評］
・過不足なくわかりやすいレポート。
・益軒を現代的視点から見事に組み換えており驚いた。

■第２課題　第７設題　Ｓ評価
『忠臣蔵』と日本人
［講評］
・視点が素晴らしいレポート。
[340]<br />■試験対策
問１　壊徳堂の学則を読み、解説せよ。
①懐徳堂は江戸時代後期、大坂の豪商が八代将軍吉宗の許可を得て設立した学問所だ。
②出資した五人の豪商（三星屋武右衛門・明寺屋吉左右衞門・舟橋屋四郎右衛門・備前屋吉兵衛・鴻池又四郎）を壊徳堂五同志と呼ぶ。
③さて、当該学則は初代学主の三宅石庵が掲げた。
④そこには「商人の町大坂の思想」と「貧困で育った石庵の平等思想」が反映されている。
⑤第一条は、学問の目的を職業活動とし、忠孝の重要性を説く。
⑥講義については主旨を説くことが第一であるから、書物を所持せずとも聴講可とする。
⑦また、やむを得ぬ用事があれば途中退出も可とする。
⑧これは「仕事途中であれば書物不携帯もやむなし」「仕事があれば学問どころではない」という、町人の町大坂ならではの仕事優先思考が表れたものだ。
⑨第二条は、席次について武家方を &ldquo; 一応 &rdquo; 上座と規定する。
⑩但し、講義開始後に出席した場合、武家方と町人の区別はないとする。
⑪いざ講義が始まれば身分の上下は無関係とする点で、石庵の平等思想を反映している。
⑫また、武士・町人の差別がない点は、江戸の昌平坂学問所との大きな違いと言える。
⑬懐徳堂は明治初年の閉校、大正時代の再建、太平洋戦争による罹災焼失を経て、現在は大阪大学が継承しているとされる。
問２　正司考祺の教育論について、自分の意見を述べよ。
①当該教育論は、知識重視・徳育軽視の教育を批判するものである。
②特に幼少期の徳育の重要性を植木に例え、次のように述べている。
③「小さい時から伸び放題にすると、大樹となった後に形を整えることは難しい。」
④私も徳育の重要性は認識しており、当該教育論に肯定の立場である。
⑤ただし、これを現代教育に活かすため、次の３点を補足したい。
⑥１、当該教育論は「お年寄りを尊べ」「酒・賭博はするな」のように倫理・道徳を&ldquo;説く&rdquo;ことを前提としている。
⑦しかし、倫理・道徳は説かれて学ぶより、体験により身につけるほうが効果的だ。
⑧ボランティア活動への参加やデイケアセンターへの訪問など、体験学習による徳育実践が必要である。
⑨２、当該教育論では幼少期における徳育の重要性を説くが、情報があふれる現代社会では新たな情報への接触によりモラルハザードをおこすことも少なくない。
⑩民間企業では企業倫理研修等を導入し、これに対..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】教育方法学 第１課題[Ｂ評価] + 第２課題[Ｂ評価] + 試験対策[Ａ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100023/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:22:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100023/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100023/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100023/thmb.jpg?s=s&r=1357878149&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ｂ評価
教職を希望する者にとって、教育方法学の理論と実践はどのように役立つと考えるか論述せよ。
［講評］
・課題に即した論述がなされている点を評価できるレポート。
・授業をどのように分析するか、教室内のコミュニケーショ[352]<br />■試験対策
教育方法学は、教育実践の様式と技術を原理的に探求する学問である。 したがって、いま教師に求められている専門性、即ち個人的力量と学校集団（主として教師集団）としての力量について論述しなさい。
（１）教師に求められる個人的力量は以下３点である。
（２）①授業の運営
（３）②授業の改善
（４）③情報技術の活用
（５）学校集団に求められる力量は以下５点である。
（６）①カリキュラムの作成
（７）②プロジェクトの構成
（８）③情報・コミュニケーションの技術
（９）④総合学習・体験学習などへの対応
（１０）⑤いじめ・不登校・学級崩壊などへの対応
（１１）教師及び学校集団はこれらの力を持続・発展させていく必要がある。
（１２）そのためには、教師個人による力量向上への努力はもちろん、学校集団としてそれらを担保する仕組み作りが重要になるだろう。
（１３）このとき目指すべき方向性として「技術的熟達者」「反省的実践家」という二つの教師像がある。
（１４）前者が科学的な知識や技術の成熟を求めるのに対し、後者は教育現場における問題解決等の実践力を求める。
（１５）両者は背反二律でなく、互いの要素を混在して教育活動が進められる。
（１６）しかし、生徒毎に指導方法が多様である教育界においては、概念・原理の一般化をはかる技術的熟達者モデルより、反省的実践家モデルに重きを置き力量を向上させるのが現場に即した方法である。
（１７）従って、学校集団として反省的実践家文化を構築する必要がある。
（１８）反省的実践家文化の構築にあたっては以下３点を注意したい。
（１９）一点目は「教師の無能化の克服」である。
（２０）授業の効率性を高めるための理論や技術だけでは実践的見識を失ってしまう。
（２１）「今ここの出来事」における実践的研究を推進することが重要である。 
（２２）二点目は「教師集団の同僚性の確保」である。
（２３）教師が連帯してカリキュラムと授業の創造を推進し、教育活動を集団的に構築する具体的実践を行うことが重要である。
（２４）三点目は「教職の公共的使命の擁護」である。
（２５）教育の公共的使命を集団として自認し、その基盤としての倫理規範を持つことが重要である。
（２６）しかし、反省的実践家としての教師文化を発展させるには課題もある。
（２７）その一つとして、日本の教師教育が技術的熟..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】教育相談 第１課題[Ａ評価] + 第２課題[Ａ評価] + 試験対策[Ｓ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100022/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:22:26 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100022/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100022/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100022/thmb.jpg?s=s&r=1357878146&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ａ評価
①クライエントに沈黙が起こった際の扱い方について述べよ。
②非言語的コミュニケーションとは何か、具体的に説明せよ。
［講評］
・ポイントを捉え全体的によくまとまっている。

■第２課題　第１設題　Ａ評価
①くり[346]<br />■試験対策
【問１】カウンセラーがクライエントに応答する際、考えられる原則を５つあげ説明せよ。 
（１）一点目は、正確な共感的理解を持つことである。
（２）これによりクライエントは「自身の考えや感情が理解されている」という安心感を覚え、発言が促進される。
（３）クライエントとの間にラポール（親近感・親密感）を確立することにもつながる。
（４）二点目は、カウンセラーが純粋であること、または自身とその役割に一致性があることである。
（５）このようなカウンセラーは自発的であるため、クライアントから「頼りがいのある存在」として認知される。
（６）逆に自己防衛的態度をとると「軽々しく頼りない存在」として認知されるため注意が必要である。
（７）三点目は、クライエントに対する尊敬の念を行動で示すことである。
（８）例えば、共に考えること、独自な存在として尊重すること、共感的理解を伝えること、批判しないこと、あたたかさをもつこと等が尊敬を表す行動である。
（９）四点目は、クライエントの自己理解のため具体的な反応をすることである。
（１０）具体的というのは各相談場面において一つ一つの感情や行動を話し伝え合うことである。
（１１）これはクライエントの自己理解だけでなく行動計画にも大きな意味を持つ。
（１２）五点目はクライエントへ社会的影響（行動、態度、感情などの変化）を与えることである。
（１３）カウンセラーからの影響はクライアントの自己理解や意思決定に社会的影響として現れる。
（１４）ただし、このような行動・態度は恣意的コントロール、もしくは害を与えるものであってはならないということに留意する必要がある。
【問２】クライエントの発言に対し、応答すべき部分の選択と強調について説明せよ。
（１）クライエントの話がいくつかの分節からなる場合、カウンセラーはその全体を把握し、相談過程により応答すべき部分を選択する必要がある。
（２）例えば、事実関係を探索する過程では認知的内容を述べた分節に応答する、感情表出を促す過程では感情表現のある分節に応答する、といった具合である。
（３）しかし、ともすると人は時間的に近い分節や自身の興味・欲求がある分節に応答してしまいがちである。
（４）会話はあくまでクライエント中心に進め、その欲求や相談過程に応じた分節に応答するよう心がけることが重要である。
（..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】教育心理学 第１課題[Ｃ評価] + 第２課題[Ｂ評価] + 試験対策[Ｓ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100021/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:22:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100021/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100021/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100021/thmb.jpg?s=s&r=1357878144&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ｃ評価
生徒が意欲をもち「みずから学ぶ」力を身につけるためには何が必要か、理論・先行研究などをふまえた上で考えを述べよ。
［講評］
・文の長さからすると項目立ては不要。

■第２課題　第１設題　Ｂ評価
多くの人が集まる[348]<br />■試験対策
【問１】教育現場において、学習者に「報酬」をあたえることの良い点と悪い点を述べよ。 
（１）教育現場において学習者に報酬を与えることは、学習者の意欲、すなわち動機付けに対し影響を及ぼす。
（２）ここでいう報酬とは、「学習をすることで事物を与える」といった社会的制度的な条件のことをさし、学習とその目的となる事物が無関連であることに特徴がある。
（３）報酬の種類には、「テストでよい点をとったら生徒をほめる」といった言語的報酬や、「成績が上がれば小遣いの額を増やす」といった物質金銭的報酬等があり、それぞれに学習意欲に与える効果が異なる。
（４）まず、言語的報酬であるが、これには学習者の有能さの認知を高揚することで内発的動機づけを高め、学習意欲を向上させる傾向がある。
（５）この現象はエンハンシング効果と呼ばれ、学習者に報酬を与えることの良い点であると言える。
（６）私が高校２年の時、古文の授業で毎回小テストが実施されていたのだが、１人１人教師による手渡しで返却され「前回よりも点数が上がったね！」「ケアレスミスがあるけど内容は理解できているよ！」と肯定的な言葉をかけてもらえた。
（７）私自身この言葉により自然と学習意欲が高まったのを覚えているし、それは周囲も同様だったようで、授業が進むにつれ小テストの平均点は右肩上がりとなっていた。
（８）このように、激励や賞賛といった言語的報酬には学習者の意欲を高めるという良い点があるため、教師はその効果を積極的に活かすべきである。
（９）次に、物質金銭的報酬だが、これには学習者が当初持っていた内発的動機づけを低下させる傾向がある。
（１０）この現象はアンダーマイニング効果と呼ばれ、学習者に報酬を与えることの悪い点であると言える。
（１１）アンダーマイニング効果が生じる原因は、外発的随伴性の提示により活動の意味づけが認知的に変化し、活動の目的が活動そのものから報酬へとシフトしてしまうこととする説が有力である。
（１２）私が小学校５年の時、クラスに宿題を提出しない生徒が数名いたのだが、ある日「宿題を提出した生徒には教師から消しゴムをプレゼントする」というイベントが企画され、その日の宿題は全員が提出することができた。
（１３）しかし消しゴムイベントが終了すると、これまで普通に宿題を提出していた生徒まで宿題を忘れてくるという現象..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】教育経営論 第１課題[Ｓ評価] + 第２課題[Ｓ評価] + 試験対策[Ａ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100020/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:22:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100020/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100020/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100020/thmb.jpg?s=s&r=1357878141&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第２設題　Ｓ評価
校長と教頭、それぞれの望ましいリーダーシップについて述べよ。
［講評］
・的確に分かりやすく表現されており、課題の要請に十分対応する内容のレポート。
・特に校長の位置づけをリーダー特性と他教員へのアプローチに分[352]<br />【試験対策】
学校における環境教育の展開について述べよ。
（１）近年、急激な社会経済活動の拡大による地球環境問題の深刻化（温暖化、公害等）を背景に、環境教育の重要性・必要性が見直されている。
（２）これについて、第一五期中教審第一次答申（平成８年）は①環境から学ぶ、②環境について学ぶ、③環境のために学ぶ、の３点を提言している。
（３）これらの提言はそれぞれ、①環境に対する豊かな感受性の育成、②環境に対する見方・考え方の育成、③環境に働きかける実践力の育成、を意識した教育実践を行うことを要求したものである。
（４）しかし、環境教育の範囲は自然環境・社会環境・人間環境というように非常に広く、３つの提言を実践するためには各教科間の連携や地域社会等との連携が必要不可欠である。
（５）そのため、各学校は普段の授業を含む教育活動全体に環境教育をはっきりと位置付け、教材化や指導法の開発を含め継続的・組織的にこれを展開する必要がある。
（６）では具体的にどのような教育実践をすればよいのか。
（７）『環境教育指導資料』（平成３年）は、知識の習得にとどまらず技能・態度の育成を目指すこと、地域の実態に即した課題・取組みを重視すること、消費者教育の視点を取入れること等を示している。
（８）この実践にあたり期待されるのが、平成１３年から全ての学校で始められた「総合的な学習の時間」である。
（９）例えば、カキの養殖が盛んな地域にある三重県鳥羽市立鏡浦中学校では、総合的な学習の時間においてカキの養殖体験を通じた環境教育を実施している。
（１０）学習内容は漁業体験・干物やカキ料理作り・カキ販売など広範囲にわたり、年間を通してさまざまな実習・調査活動を組み込んでいる。
（１１）中でも特徴的なのが、地元の漁師と共にカキの漁場である生浦湾のアマモ（海草の一種）保存・再生事業に積極的に関わっている点だ。
（１２）アマモはカキをはじめとした魚介類の繁殖・成育の場であるが、近年水質汚濁や港湾開発により急速に減少している。
（１３）生徒達はアマモの保存事業に参加する体験を通し、水質汚濁という環境問題の深刻さ、そこに生きる人達への影響等を学び感じるとともに、環境問題に向かう基本姿勢を身につけることができる。
（１４）また、活動のしめくくりとして学校近くの施設で生徒が体験・調査結果を一般聴衆に向け発表する機会が..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】教育基礎論 第１課題[Ｂ評価] + 第２課題[Ａ評価] + 試験対策[Ｓ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100019/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:22:19 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100019/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100019/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100019/thmb.jpg?s=s&r=1357878139&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ｂ評価
学習指導書テーマⅠ～Ⅴに記載の学習課題より１題選択し論ぜよ。
テーマⅠ学習課題１「人間の成長と環境について述べよ」を選択。
［講評］
・意見がしっかりしている。
・例示や経験則を示し、具現化を図るとなおよい。
[348]<br />【試験対策】
教育改革の動向について「生きる力」「中教審」「学校の自己評価」の３語を用いて論述せよ。
（１）近年の教育改革の動向には二つの特徴がある。
（２）一つ目は、生きる力の育成を教育目的の一つとして位置づけたことである。
（３）これは、平成８年の中教審が「２１世紀を展望した我が国の教育の在り方について」の諮問に対し、第１次答申で「生きる力&hellip;をバランスよくはぐくんでいくことが重要」（一部抜粋）と述べたことからはじまった。
（４）こうした諮問の背景には、国際化や情報化をはじめとした変化の激しい社会において、従来の学校教育では全人的な生きる力の育成が不十分であるとの認識があった。
（５）中教審の中で述べられた生きる力の内容は以下３点である。
①基礎的な内容を確実に身につけた中で、自ら課題を見つけ、学び、考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力。
②自律、協調、思いやりの心、感動する心等を持った豊かな人間性。
③たくましく生きるための健康や体力。
（６）これらの理念は平成１３年より実施の学習指導要領において、総合的な学習の時間の創設という形で具体化された。
（７）しかし、この時の教育方針は学習内容の大幅な削減、完全学校週５日制の実施等を伴ういわゆるゆとり教育の始まりでもあったため、「個性傾重・自律軽視型の学習である」「学力低下を招いている」との批判もあった。
（８）この批判が現実となる傾向を受け、時の文部科学大臣・中山成彬は平成１７年の中教審に前指導要領の全面的な見直しを要請し、平成２３年以降実施の額数指導要領では、ゆとりでも詰め込みでもなく、生きる力をよりいっそうはぐくむという方針が示され現在にいたっている。
（９）では、生きる力を目的とした教育改革の残された課題は何か？
（１０）私はこれを、生きる力を育成するスキルのある教師が不足している点と考える。
（１１）先に述べた総合的な学習の時間は教員のスキル、また生徒の基礎学力、さらには両者の意欲により大きく左右されるという欠点を持つ。
（１２）実際、総合的な学習の時間を有意義に使う学校もある一方で、単に不足している授業時間の補完に使う学校も少なくない。
（１３）これに対し、一部の公立校では地場産業に従事する社会人をゲストに迎え、生きる力の育成に一役かってもらう等の試みが行われている。
（１４）..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】教育課程論 第１課題[Ａ評価] + 第２課題[Ｓ評価] + 試験対策[Ｓ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100018/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:22:16 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100018/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100018/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100018/thmb.jpg?s=s&r=1357878136&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ａ評価
教育関係法規の中の教育課程について説明し、教育課程の基準が設定されている理由について論ぜよ。
［講評］
・実力のあるレポート、ポイントがきちんと押さえられている。
・「最低基準を前提とした学習量格差の拡大」「普[352]<br />■試験対策
【問１】学校教育法施行規則第５０条（平成２０年３月改正）によりながら教育課程の「領域」について述べよ。
①学校教育法施行規則第５０条は「小学校の教育課程は、国語、社会、算数、理科、生活、音楽、図画工作、家庭及び体育の各教科、道徳、外国語活動、総合的な学習の時間並びに特別活動によって編成するものとする。」と規定している。
②本条文は教育課程の４［５］領域、即ち教科・道徳・総合的な学習の時間・特別活動・［外国語活動］を明示するものである。
③この領域を備えていなければ公共の性格をもった学校であるとは言えない。
【問２】学習「指導要領」と幼稚園「教育要領」の違い
①両要領の違いは「教科」の有無である。
②小・中・高は教科があり、要領も教科別に内容を記す「教科学習の意味」を持つものとなっている。
③一方、幼稚園に教科はなく、要領は５つの領域（健康・人間関係・環境・言葉・表現）別に内容を記す「生活経験を通じての教育の意味」を持つものとなっている。
【問３】教育課程編成の原則‐政治的・宗教的中立とは
①特定の政党・宗派に偏った価値観を教育課程に持ち込まない原則のこと。
②政治的中立について教育基本法１４条２項は「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。」と規定している。
③宗教的中立について同１５条２項は「国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。」と規定している。
【問４】次の教育用語・人名について説明せよ。
（１）勅令主義 
①学校制度を勅令（天皇の裁可を受けた法律）により規定すること。
②日本では戦前臣民教育を実行指令する意味で採用されたが、戦後国民主権の原理に基づき法令主義へ転換された。
（２）地方教育行政の組織及び運営に関する法律 
①日本の都道府県・市町村における教育行政を規定した法律（１９５６年制定）。
②教育委員会法廃止の上で施行されており、特に２３条は教育委員会の職務権限として教育課程の執行・管理を規定している。
（３）コア・カリキュラム 
①並列する複数の教科・活動が孤立・対立することなく教育目的へ集約される教育課程。
②一般に、生活問題単元を中心に周辺学習が配置される構成の教育課程をさす場合が多い。
（４）普通教育と専門教..]]></description>

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		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】アジアの文化Ⅱ 第１課題[Ｂ評価] + 第２課題[Ｂ評価] + 試験対策[Ａ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100017/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Jan 2013 13:22:14 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100017/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/100017/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/100017/thmb.jpg?s=s&r=1357878134&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題　Ｂ評価
白川静『文字遊心』（平凡社ライブラリー）を各章の大見出しごとに要約してそれぞれの要旨を示せ。
［講評］
・神話的・呪術的な解釈に特徴のある白川文学を丁寧に学んでいる。
・各章の分量にあわせて狂・臣・火・水をもう[352]<br />【試験対策】
＜問１＞
（１）火の古代中国の民俗について、キーワードを６語以上使用して論述せよ。
［キーワード：犠牲、邪悪、光、日、家族、聖火、王、祭祀、焚殺、災火］
①火は神話的思考を背景に儀礼的意味を有し、その習俗が文字の形象に見られる。
②火の動詞形である「燬く」の字形は、年少者を遮迾の犠牲とする意を示す。
③火が呪禁として邪悪を滅ぼすものであったことがわかる。
④「光」の字形は火を頭上に戴く人を表し、神聖なる火を扱う職能者の意を示す。
⑤光が日の関連語なのは、儀礼的手続きの際、火を日光より取得したためと考えられる。
⑥また、中国では家族を同爨と呼び、「爨」はかまどの上の器でものを煮炊きする形である。
⑦炉の火を媒介として祖神との和合を行う「同爨共食」の習俗を想起させる。
⑧このように、古代中国において火は聖火の役割を果たしてきたのだ。
（２）水の古代中国の民俗について、キーワードを６語以上使用して論述せよ。
［キーワード：災、水害、安、女、受霊、清め、洗、みそぎ、遊行、河神］
①水は聖なる力の源泉であり、その習俗が文字の形象に見られる。
②「災」の起源は「巛」であり、「巛」は豪雨などで屈曲が激しくなった川を表し、水害の意を示す。
③後に火災にも用い火を加えたが、水が生殺与奪の権を握るものと考えられていたことがわかる。
④「安」の卜字には女の上に複数の小点があり、嫁ぐ女が受霊のため水で身を清める姿を表す。
⑤「洗」の字形は旅の終わりに足先を水で流し邪霊をはらう意を示す。
⑥「法」は神判の敗者を水（海）に廃棄し清める意を示す。
⑦このように、古代中国において水はみそぎの役割を果たしてきたのだ。
＜問２＞
（１）「まつり」の古代中国における語意（古訓の字義展開）について論述せよ。
①「まつり」は「宗教的儀礼の執行」の語意であった。
②古代王朝は宗教的権威により支配を行い、祭事即ち政事であったため、転じて政治の意となる。
③その後、何により物事をおさめたかにより漢字への形象化がおこる。
④例えば「政」は進軍を意味する「征」と敺撃を意味する「攴」より構成された字である。
（２）「つかさ」の古代中国における語意（古訓の字義展開）について論述せよ。
①「つかさ」は「築く」に接尾語の「さ」がそえられた言葉で「高い所」の語意であった。
②大人数が行動するとき高所より指揮監..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【聖徳大学】アジアの文化Ⅰ 第１課題[Ａ評価] + 第２課題[Ａ評価] + 試験対策[Ａ評価]]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/99997/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 29cchi]]></author>
			<category><![CDATA[29cchiの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 10 Jan 2013 18:01:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/99997/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948869394199@hc12/99997/" target="_blank"><img src="/docs/948869394199@hc12/99997/thmb.jpg?s=s&r=1357808501&t=n" border="0"></a><br /><br />■第１課題　第１設題（Ａ評価）
①教科書のワーク１～２０（３、７、１２、２０を除く）を全体1,200字程度で記述せよ。
②宮崎市定著『史記を語る』（岩波文庫）を読み、概略と感想を800字程度で述べよ。
［講評］
・丁寧に学習されており全体と[336]<br />【試験対策】
＜パターン１（全４パターン）：三つの語句を説明せよ＞
（１）魏晋南北朝時代の陶磁器
①魏晋南北朝時代の陶磁器は、青銅器の模造から解放され独自の発展をとげる。
②特に浙江省北部の越州窯が著しい発展を見せ、青磁の名器が多く焼かれた。
③青磁とは、青磁釉を施した焼き物のことだ。
④釉薬中の酸化二鉄が還元焼成により酸化一鉄に変化し、特徴的な青緑色を生む。
⑤（釉は植物灰を主成分とした高火度釉）
⑥また、越州窯では黒釉磁も焼かれた。
⑦さて、南朝は俑にかわり神亭壺や天鶏壺が名器の主流となる。
⑧一方、北朝はこの頃に厚葬の風習が広がったため、依然俑が名器の主流であった。
⑨北朝の陶磁器は西アジア（特にササン朝ペルシア）の影響を大きく受ける。
⑩シルクロードより持ち込まれた金・銀・ガラス器は陶磁器に新しい造形を与えた。
⑪また、葡萄・パルメット・連壁などの新しい文様も取り入れ表現力を増した。
（２）天命思想
①天からの命を受けた有徳者（天子）により統治が行われると説く、徳治主義的思想。
②天とは、人間を超越した絶対的存在である。
③また、天の支持を受ける天子は、万民の幸福に寄与する最高の人格者と考えられた。
④この思想においては、現在帝位であるという事実が天の支持を受けている証拠となる。
⑤世襲による王朝成立も、天がその徳を認めているためと考える。
⑥権力者都合の論理だが、帝位から転落すれば人格全体が否定される両刃の論理でもある。
⑦「天の支持が去る　＝　徳のない人間」となるからだ。
⑧こうなると、天は支持を取り消し他の有徳者を支持すると考えられている。
⑨これが「命　革（アラタ）ム」、即ち革命という表現に込められる思いである。
⑩尚、この思想の成立は殷から周への王朝交代と結びつけて考えられている。
⑪酒池肉林で知られる殷の帝紂は「国を滅ぼした暴君」と評されるが、天命思想では「国が滅んだから暴君だった」ということになる。
（３）秦帝国
①秦は積極的な富国強兵策により発展した、戦国最大の国家である。
②秦王政の代に親政により中華統一に向かう。
③戦においては王翦・桓齮・王賁ら名将が活躍。
④東方六国を滅ぼし、紀元前２２１年に中華統一を成し遂げた。
⑤秦帝国の誕生である。
⑥政は自らを始皇帝と称し、様々な統一事業を行う。
⑦度量衡の統一、文字の統一、郡県制の実施、万..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[死から生を眺める演劇、夢幻能で読む『オセロー』]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949162249076@hc12/95091/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 鞠文庫]]></author>
			<category><![CDATA[鞠文庫の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 19 Jul 2012 23:00:12 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949162249076@hc12/95091/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/949162249076@hc12/95091/" target="_blank"><img src="/docs/949162249076@hc12/95091/thmb.jpg?s=s&r=1342706412&t=n" border="0"></a><br /><br />シェイクスピア作『オセロー』を夢幻能の様式で大胆に演出した公演の観劇所感をもとに、古からの日本人の感性に根ざしたシェイクスピア上演の新たな可能性についての発見を語る。能独自の時間感覚を取り入れることによって「悲劇」にもたらされた新たな表現様[360]<br />死から生を眺める演劇、夢幻能の由来と未来
　夢幻能の主人公は、亡霊である。人生において、非常にインパクトのある体験をした人物の魂魄がこの世に留まっており、それが存命の人間であるワキの前に現れる。
　この手法によって表現されうる要素の一つは、人間の情念の永続性である。ある人物の生を、その死の数百年後から振り返るとき、「生の時間は極度に圧縮され、凝結する」。つまり、生から離れた地点に立って一人の人間を眺めることによって、人間の一生全体、あるいは運命そのものを一望に収める視野を獲得するということである。そうした位相変換によって、抽象化かつ集約化された情念が抽出されることとなる。そしてその情念が、シテがワキに自らの運命を語るその時点、あるいは私たちが夢幻能の上演を目の当たりにする時点まで脈々と存在し続けているということなのである。
　増田正造著『能の表現』に、次のような項がある。
能の人物は、運命といかにさからい、いかに立ちむかうかではなくて、いかにいさぎよく耐えるか、悲しみをいかに純粋に美しくするかに専念しているようにみえる（&hellip;&hellip;）これは日本人の性向でもある（&hellip;&hellip;）勇将ピロクテテスのような鉄..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[英米事情Ⅱ 合格 評価Ａ 日本大学 通信]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956576934513@hc10/71755/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ゴン太]]></author>
			<category><![CDATA[ゴン太の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 27 Sep 2010 22:50:49 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956576934513@hc10/71755/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956576934513@hc10/71755/" target="_blank"><img src="/docs/956576934513@hc10/71755/thmb.jpg?s=s&r=1285595449&t=n" border="0"></a><br /><br />1.本論では英国文化と日本文化を「Pubs」「Sports and Pastimes」「Public Holidays」の３つの点から比較し、英国文化と日本文化の相違点・共通点を論じていく。

まず初めに「Pubs」について述べる。日本の「[268]<br />1.本論では英国文化と日本文化を「Pubs」「Sports and Pastimes」「Public Holidays」の３つの点から比較し、英国文化と日本文化の相違点・共通点を論じていく。
まず初めに「Pubs」について述べる。日本の「居酒屋」と英国の「パブ」は同じように飲食をする場所だが、起源や形態は大きく異なる。日本の居酒屋の起源は江戸期に遡り、酒の量り売りをしていた酒屋がその場で酒を飲ませるようになり、次第に簡単な肴も提供するようになったものが始まりである。居酒屋は主に男性会社員や肉体労働者の大衆的な社交場として機能していた。英国のパブは「Public house」が元となっており、誰もが自由に談話出来る庶民の社交場の意味合いがある。13世紀頃にはパブの前身となる「イン（INN）」が存在した。インは当時、多数存在した盗賊や強盗から旅行者の身を守り、旅行者に食事・休息・娯楽を与え、安全な旅行を支援する場所としてなくてはならないものであった。そして、18～19世紀に存在したパブでも宿泊所が併設されていた。また、この当時は階級社会であった為、労働者階級用の「パブリックバー」と中間階級..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本の祭り研究【女性の祭りへの関わり方】日本文化]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/54591/]]></link>
			<author><![CDATA[ by left]]></author>
			<category><![CDATA[leftの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 30 Aug 2009 13:25:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/54591/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/54591/" target="_blank"><img src="/docs/962877421286@hc08/54591/thmb.jpg?s=s&r=1251606356&t=n" border="0"></a><br /><br />女性の祭りへの関わり方

はじめに

　祭りの社会構成（それはその地域の社会構成ともいえるわけだが・・・）のひとつのくくり方として、「女性」という属性がある。これは、一般的に、地域という広い集団から社会における集団の最小単位である家の中にも[352]<br />女性の祭りへの関わり方
はじめに
　祭りの社会構成（それはその地域の社会構成ともいえるわけだが・・・）のひとつのくくり方として、「女性」という属性がある。これは、一般的に、地域という広い集団から社会における集団の最小単位である家の中にも存在する属性だが、祭りにおいてこの区分は注目すべきものであると考える。
性別役割分業は人類が誕生した頃からあったであろうが、明治時代の家制度により、「男尊女卑」思想が中心となり、その優劣が決定的な認識となった。祭りに女人禁制が取り入れられたのは，男尊女卑が広く浸透した江戸時代以降のことと言われているが、現在でも大相撲の土俵や酒蔵、一部の山など女人禁制を敷く場所は多く存在する。私たちが調査したくらやみ祭りにおいても、『大国魂神社の中雀門の中に女は入れない』、『お旅所の中は女は入れない』という暗黙のしきたりが存在することがわかった。これは祭りの中の小単位においても同様で、私たちが集中的に調査した八幡宿には、女の子は白丁着ることが出来ないというしきたりが残っている。これは中雀門内に女性は入ってはならないというものから派生しているということも考えられるが、他の町..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国際文化振興委員会]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960618176802@hc08/35708/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kant4850]]></author>
			<category><![CDATA[kant4850の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 30 Jan 2009 15:41:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960618176802@hc08/35708/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960618176802@hc08/35708/" target="_blank"><img src="/docs/960618176802@hc08/35708/thmb.jpg?s=s&r=1233297706&t=n" border="0"></a><br /><br />私は国際文化振興会の創設のあらすじと誕生の話である。さらに、国際文化振興会の対外事業や今までの文化交流活動について、述べていた。草創時期から戦後の発展時期までの様々な様態で文化活動をし続けていることについて考察している。
　まず、国際文化交[358]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本における&rdquo;おもてなし&rdquo;とは]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429242901@hc06/33360/]]></link>
			<author><![CDATA[ by alpaca]]></author>
			<category><![CDATA[alpacaの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 09 Jan 2009 22:47:42 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429242901@hc06/33360/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429242901@hc06/33360/" target="_blank"><img src="/docs/983429242901@hc06/33360/thmb.jpg?s=s&r=1231508862&t=n" border="0"></a><br /><br />日本のおもてなし◆「もてなし」とは　「もてなし」を研究するにあたって、まず「もてなし」とは何か明確にしたい。そこで二冊の辞書を引き、「もてなし」について考察した。１．もてなし（名詞）もてなし 【持て成し】 &hellip;[314]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[お雑煮★レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429242901@hc06/33342/]]></link>
			<author><![CDATA[ by alpaca]]></author>
			<category><![CDATA[alpacaの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 09 Jan 2009 22:29:40 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429242901@hc06/33342/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429242901@hc06/33342/" target="_blank"><img src="/docs/983429242901@hc06/33342/thmb.jpg?s=s&r=1231507780&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに
新年を迎え、今年も我が家では家族や親戚一同と共に、皆で三箇日を過ごした。私にとって正月の楽しみといえば、お年玉ももちろんだがやはり祖母や母の手作りの雑煮や餅、新潟の郷土料理であるのっぺ（のっぺい汁）が一番である。雑煮は正月に食べる[358]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[☆日本文化論：ぽち袋]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429242901@hc06/33207/]]></link>
			<author><![CDATA[ by alpaca]]></author>
			<category><![CDATA[alpacaの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 09 Jan 2009 20:41:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429242901@hc06/33207/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429242901@hc06/33207/" target="_blank"><img src="/docs/983429242901@hc06/33207/thmb.jpg?s=s&r=1231501269&t=n" border="0"></a><br /><br />序論
　
新年を迎えると、街から年末のクリスマス色も抜け、日本らしさが色濃くなる。お正月といえば一番の楽しみであった、お年玉。そのお年玉が入ったぽち袋を、私はいつもどうしても捨てられずに取っていた。お金がもらえるのももちろん嬉しかったが、こ[356]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本文化論レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961943863865@hc08/22170/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 19860522]]></author>
			<category><![CDATA[19860522の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 01 Jul 2008 13:43:33 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961943863865@hc08/22170/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961943863865@hc08/22170/" target="_blank"><img src="/docs/961943863865@hc08/22170/thmb.jpg?s=s&r=1214887413&t=n" border="0"></a><br /><br />日本文化論レポート
　　　　　　　　　　　　　　　　　　
まず、日本文化と思われる事例の一つ目は、古都京都の舞妓・芸妓さんについて取り上げてみたいと思う。舞妓・芸妓とは、唄や踊り、三味線などの芸で宴席に興を添えることを仕事とする女性の事をい[356]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本人の公共性と国際性の欠如]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432374901@hc05/18793/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ぶーにゃん]]></author>
			<category><![CDATA[ぶーにゃんの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 28 Jan 2008 12:58:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432374901@hc05/18793/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432374901@hc05/18793/" target="_blank"><img src="/docs/983432374901@hc05/18793/thmb.jpg?s=s&r=1201492708&t=n" border="0"></a><br /><br />「 日 本 人 の 公 共 性 と 国 際 性 の 欠 如 」 
課 題 １ ） 「 日 本 人 の 公 共 性 」 に つ い て 1000 字
以 内 で 述 べ な さ い 。 
日 本 人 は 「 羞 恥 の 文 化 」 を 有 す[234]<br />「 日 本 人 の 公 共 性 と 国 際 性 の 欠 如 」 
課 題 １ ） 「 日 本 人 の 公 共 性 」 に つ い て 1000 字
以 内 で 述 べ な さ い 。 
日 本 人 は 「 羞 恥 の 文 化 」 を 有 す る と 、 し ば
し ば 言 わ れ て い る 。 な ぜ 日 本 人 は 「 恥 」 を 重
ん じ る の だ ろ う か 。 
あ る 人 が 公 園 の ベ ン チ に 座 り 昼 食 を と ろ う
と 、 公 園 内 を 歩 い て い る と 、 突 然 何 か に つ ま
ず き 、 転 ん で し ま っ た 。 彼 は 何 気 な く 立 ち 上
が り 、 食 事 を 始 め た 。 ふ と 公 園 の 周 り を 見 渡
し て み る と 数 人 が 彼 の ほ う を 見 な が ら 何 や ら
ヒ ソ ヒ ソ と 話 し 、 嘲 笑 を 浮 か べ て い た と す る 。
そ の 瞬 間 、 彼 は 恥 ず か し さ を 感 じ る の だ 。 つ
ま り 、 日 本 人 に と っ て 「 恥 」 と は ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[What is kyudo?]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429113501@hc07/12707/]]></link>
			<author><![CDATA[ by まりぱん]]></author>
			<category><![CDATA[まりぱんの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 19 Jan 2007 17:00:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429113501@hc07/12707/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429113501@hc07/12707/" target="_blank"><img src="/docs/983429113501@hc07/12707/thmb.jpg?s=s&r=1169193618&t=n" border="0"></a><br /><br />What is Kyudo?
Do you know Japanese archery? This sport is not popular at the moment but it has been done since long tim[120]<br />What is Kyudo?
Do you know Japanese archery? This sport is not popular at the moment but it has been done since long time ago in Japan. Actually, I belonged to the Japanese archery club when I was high school student. So I&#039;d like to tell you about Japanese archery; Kyudo which is one of Japanese traditional sports.
Japanese archery has a long history. In the past, the bow and arrow had been used in the world for survival. More than 10,000 years ago, Japanese also had used them for hunting, war, ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[普遍としてのデジタル化において、日本コンテンツ産業が担う役割]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431094101@hc06/10177/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mitarai226]]></author>
			<category><![CDATA[mitarai226の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 31 Jul 2006 23:21:00 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431094101@hc06/10177/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431094101@hc06/10177/" target="_blank"><img src="/docs/983431094101@hc06/10177/thmb.jpg?s=s&r=1154355660&t=n" border="0"></a><br /><br />普遍としてのデジタル化において、日本コンテンツ産業が担う役割

１．はじめに
本稿は、この１０年来で勃興してきた、日本のデジタルコンテンツ産業の現状と、今後の可能性を論じたものである。

２．コンテンツ産業の誕生
　昨今では、官民あげて日本の持つサブカルチャー・ポップカルチャーなどの、コンテンツビジネスの世界への大々的な輸出が目指されている。マンガやアニメをはじめとした日本のポッポカルチャーが「ＣＯＯＬだ」と海外で高い評価を受けているとして、日本のコンテンツの持つ、国際的競争力は将来的にも期待できる「売り物」であると認識された。　これらを受けて、2002年3月に内閣は、小泉総理主催の「知的財産戦略会議」を設置。同年7月に「知的財産戦略大綱」を発表し、政府は知的財産立国 をめざし、知的財産政策を推進することが明確化された。 同年12月には「知的財産基本法」が成立し、この「知的財産基本法」の施行に伴い、知的財産戦略本部、およびその事務局である、知的財産戦略推進事務局が設置された。
　今まで若年層を中心として展開されてきた日本の、マンガ業界・ゲーム業界・アニメ業界は、その製作手法がデジタル化へと移行していき、その販売と配信の形も大きく変化した。製作と販売の形が、デジタル化へと移行していく中で、今まで個別の業界として独立していた業界と産業分野は、「コンテンツ産業」と呼ばれる一つの産業として、再認識され再編された。
コンテンツという言葉も新語の部類に入る新しく誕生し、普及した言葉である。コンテンツという言葉がカバーする意味の範囲は、マンガ・アニメ・小説・雑誌・新聞・音楽・ラジオ番組・テレビ番組・映画・キャラクター・ゲームソフトなどのである。財団法人デジタルコンテンツ協会の言葉を借りれば、コンテンツの定義を「様々なメディア上で流通する、映像・音楽・ゲーム・図書など、動画・静止画・音声・文字・プログラムなどの表現要素によって構成される情報の中身」とされる。コンテンツ産業とは、情報の内容によって対価を産み出す産業である。かつては書籍や新聞、テレビなどのメディアと一体化した「情報」であり、「中身」であったものが、既存の枠組みからは脱却した視点からその「中身」を再認識され、「中身」そのものがビジネスとして価値を生むものとして注目されている。もともと日本にあった、マンガ雑誌、家庭用ゲ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 武士道とは]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432418101@hc05/9939/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bin0225]]></author>
			<category><![CDATA[bin0225の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 22 Jul 2006 23:50:11 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432418101@hc05/9939/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432418101@hc05/9939/" target="_blank"><img src="/docs/983432418101@hc05/9939/thmb.jpg?s=s&r=1153579811&t=n" border="0"></a><br /><br />●武士道とは（時代の流れにそって）
　武士道は今では日本人の心の奥に残されている精神的な支えでこそあるが、武士道は戦国時代に実在していた社会的身分である。彼らは戦闘を本来の業としていた。（日常の立居振る舞いの全てを合戦の最中のあり方として[356]<br />●武士道とは（時代の流れにそって）
　武士道は今では日本人の心の奥に残されている精神的な支えでこそあるが、武士道は戦国時代に実在していた社会的身分である。彼らは戦闘を本来の業としていた。（日常の立居振る舞いの全てを合戦の最中のあり方として貫き、）「常在戦場・常住死身」の覚悟をもっていた。また武力行使によって、自分の領地の維持や拡大を生活の基盤にしていて、刀は彼らの魂であり、自分や一族の存亡は自分の＂刀＂にかかっている。
　武士は戦闘を生きがいとしているので、勝負を重視する。武士の行動本位は勝つことであり、武士の実力は実績によって評価されるのである。万が一負けた場合は腹を切って、死ぬことを選ぶ。その中間をいくことを恥と感じていたのである。彼らは言葉ではなく＂事実＂を重視していた。事実を都合のいいように曲げてしまうと命とりになるからである。更に分別があることが求められる。分別とは理非、善悪を正しく判断できること。あるがままに見極めることができて、賞罰においても＂分別＂が重視され、功績に対する正しい報酬を与えることが求められた。
武士は自分の名を重視し、自身の全存在を象徴するものとしていた。..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 日本人の独自性とは]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432418101@hc05/9938/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bin0225]]></author>
			<category><![CDATA[bin0225の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 22 Jul 2006 23:46:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432418101@hc05/9938/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432418101@hc05/9938/" target="_blank"><img src="/docs/983432418101@hc05/9938/thmb.jpg?s=s&r=1153579601&t=n" border="0"></a><br /><br />日本は二十世紀の二回の大戦中、自国が侵略の戦場となったことがなく、反対に日本は東アジアにおいてもっとも強い国となった。もちろん日本が島国で、陸続きではなかったことも侵略を回避した一因ではあるが、私は日本が侵略されなかったのはやはり日本人の民[360]<br />日本は二十世紀の二回の大戦中、自国が侵略の戦場となったことがなく、反対に日本は東アジアにおいてもっとも強い国となった。もちろん日本が島国で、陸続きではなかったことも侵略を回避した一因ではあるが、私は日本が侵略されなかったのはやはり日本人の民族性がその防護壁をすばやく造り上げたのだと思う。侵略された清（中国）、朝鮮の両国の力はかつて日本よりもはるかに強力であった。しかし彼らは列強に侵略され、敗北したのである。それは彼らが鎖国政策をとり、外国との関係を断ってしまったからである。関係が断たれたから悪いのではなく、外界の進歩した技術を取り入れようとしなかったことが一番の間違いであった。特に清国は中華思想に自惚れていた。彼らは外国が自分たちを越えることはできないと自信満々でいたのである。しかし実際は制度が古いままで、科学技術もさほど進歩していなかった。一方、欧米諸国は産業革命のもとで、技術革新を行い、急速に近代化を遂げてきた。その結果、清は欧米諸国に抵抗する力がないまま、気づいたときには、もうすでに領土は分割されていたのである。海の向こうの日本は清国の敗北を「自国の戒」と受け止めたのである。自国..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[組香について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430002201@hc06/9686/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hashiko]]></author>
			<category><![CDATA[hashikoの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Jul 2006 13:56:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430002201@hc06/9686/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430002201@hc06/9686/" target="_blank"><img src="/docs/983430002201@hc06/9686/thmb.jpg?s=s&r=1153025813&t=n" border="0"></a><br /><br />組香とは
聞香の主たる形式は名香合であるが、東山時代に一時期を形成した連歌の要領で香木を き継ぎ、香の連続推移と香銘を鑑賞する「 合香」と、文学的主題の基に二種以上に香木の香気を鑑賞する「組香」が創案された。名香合と 合香はかなりの知識と[350]<br />組香とは
　聞香の主たる形式は名香合であるが、東山時代に一時期を形成した連歌の要領で香木を炷き継ぎ、香の連続推移と香銘を鑑賞する「炷合香」と、文学的主題の基に二種以上に香木の香気を鑑賞する「組香」が創案された。名香合と炷合香はかなりの知識と技量を要求されるから、通常は沈水香に対し国文学などと密接な組香を行う。授業中に体験した「白河香」や「三夕香」も組香の一種である。
組香の発達
　組香の形は十炷香で始まったと言われる。室町初期の「香聞御記」（応永3年、1416年）に「十種香」として見えるのが早期に属し、歌合せのあとでこれを行っている。「親長卿記」に文明5年（1473年）3月12日に十種香会をしたとあり、「実隆公記」には、文亀元年（1501年）4月10日に十炷香を行ったとある。以上３つが日記に最初に見られる十炷（種）香会である。しかし、それ以前にも行われていたであろうことは、日記に日常のこととして書かれていた点から推測できる。
　こうして始まった十炷香が組香の基礎であり、それが時代の流れに従って発達し、花やかさを加え、種類も大いに増し、遊戯的な要素の多い盤物などがあらわれることとなる。授..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ Ｊａｐａｎｅｓｅ　Ｃｕｌｔｕｒｅ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432335201@hc05/9315/]]></link>
			<author><![CDATA[ by halume]]></author>
			<category><![CDATA[halumeの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 04 Jul 2006 03:51:35 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432335201@hc05/9315/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432335201@hc05/9315/" target="_blank"><img src="/docs/983432335201@hc05/9315/thmb.jpg?s=s&r=1151952695&t=n" border="0"></a><br /><br />＜The history of the tea ceremony＞
The tea was in China essentially, not was in Japan. It does not go beyond the limits [124]<br />＜In the beginning＞
There are various original cultures in Japan. For example, they are such as a tea ceremony and a flower arrangement. It&rsquo;s the tea ceremony that I&rsquo;m most interested in those. So, I studied about the history and manners of the tea ceremony.
＜The history of the tea ceremony＞
The tea was in China essentially, not was in Japan. It does not go beyond the limits of estimate because there is no clear data concerning the time when it crosses to Japan. But it is thought that it was conv..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 平安時代における色]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430357401@hc06/8564/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sristmk0407]]></author>
			<category><![CDATA[sristmk0407の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 23 May 2006 08:01:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430357401@hc06/8564/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430357401@hc06/8564/" target="_blank"><img src="/docs/983430357401@hc06/8564/thmb.jpg?s=s&r=1148338916&t=n" border="0"></a><br /><br />　物語・日記文学研究では乳母や召人、讃岐典侍や後深草院二条などの女性を中心に中古・中世を学びました。その中で、女性たちにとって身近な関心ごとというのは衣装、さらには衣服の色の組み合わせであったのではないかと思います。紫式部日記の「正月十五日[360]<br />　物語・日記文学研究では乳母や召人、讃岐典侍や後深草院二条などの女性を中心に中古・中世を学びました。その中で、女性たちにとって身近な関心ごとというのは衣装、さらには衣服の色の組み合わせであったのではないかと思います。紫式部日記の「正月十五日　敦良親王御十五日の祝い」では、『その日の人の装束、いづれとなく尽くしたるを、袖口のあはひ悪ろう重ねたる人しも、御前の物とり入るとて、そこらの上達部、殿上人に、さしい出でてまぼられつることとぞ、のちに宰相の君など、口惜しがりたまふめりし。さるは悪しくもはべらざりき。ただあはひの褪めたるなり。小大輔は紅一襲、上に紅梅の濃き薄き五つを重ねたり。唐衣、桜。源式部は濃きに、また紅梅の綾ぞ着てはべるめりし。織物ならぬを悪ろしとにや。それあながちのこと。顕証なるにしもこそ、とり過ちのほの見えたらむ側目をも選らせたまふべけれ、衣の劣りまさりは言ふべきことならず。』とあり、衣服が悪口の種になっていることが分かる。また、源氏物語「玉鬘」の、源氏が妻たちに新年に装う晴れ着を送る場面では、紫の上に葡萄（赤紫）色の小袿・紅梅のうわぎ表着・濃い紅梅色のかさね、 明石の姫君には..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「日本文化」像と「牛タン」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430848801@hc06/6590/]]></link>
			<author><![CDATA[ by makkori]]></author>
			<category><![CDATA[makkoriの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 12 Feb 2006 00:34:58 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430848801@hc06/6590/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430848801@hc06/6590/" target="_blank"><img src="/docs/983430848801@hc06/6590/thmb.jpg?s=s&r=1139672098&t=n" border="0"></a><br /><br />　著者はこの文章で、『われわれが普段「日本らしさ」だと思っているものは西洋人の視線で日本文化を見たときに表れてくるものであり、西洋人の求める｢日本文化｣を自らの固有の文化と錯覚していて、日本人は西洋人の日本文化に対する視線を内面化してしまっ[360]<br />著者はこの文章で、『われわれが普段「日本らしさ」だと思っているものは西洋人の視線で日本文化を見たときに表れてくるものであり、西洋人の求める｢日本文化｣を自らの固有の文化と錯覚していて、日本人は西洋人の日本文化に対する視線を内面化してしまっている。また、日本人自体がそのような｢日本文化｣像を積極的に提示し、むしろ強化するように振舞ってきた。』と述べている。私はこの文章を読んで、このようなことは「西洋と日本」という世界的な規模の場面だけでなく、日本国内においても発生する現象だと思う。
私は出身は仙台で、大学のために埼玉に来た。埼玉に来て多くの人との新しい出会いを経験しているが、だいたいはじめて話す人とはお互いの出身地の話になる。そこで私が「出身は仙台です。」と言うと、多くの人は「あ、仙台は牛タンだよね。」という反応を示す。そしてそれに対して私も「そうそう、牛タンだよー。」と返答する。相手が何も反応を示さない場合は、「仙台は牛タンが有名なんです。」と言う場合もある。確かに仙台は牛タン発祥の地らしく、牛タン専門店も数多くあり、全国でも有名になっている。しかし「仙台＝牛タン」のような図式ができた..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国立歴史民俗博物館訪問レポート&minus;民俗的観点を中心に&minus;]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431331301@hc05/5326/]]></link>
			<author><![CDATA[ by imomusikaiko]]></author>
			<category><![CDATA[imomusikaikoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Jan 2006 23:23:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431331301@hc05/5326/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431331301@hc05/5326/" target="_blank"><img src="/docs/983431331301@hc05/5326/thmb.jpg?s=s&r=1137248598&t=n" border="0"></a><br /><br />１、はじめに
　8月23日、千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館を訪ねた。やはり国立というだけあり、壮大なスケールに豪華絢爛たる内容だ。常設展示は５部門に分かれ、縄文時代人類のあけぼのから近代日本まで、豊富な資料を基に日本列島に住んでいた[350]<br />１、はじめに
8月23日、千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館を訪ねた。やはり国立というだけあり、壮大なスケールに豪華絢爛たる内容だ。常設展示は５部門に分かれ、縄文時代人類のあけぼのから近代日本まで、豊富な資料を基に日本列島に住んでいた人々の生活、習慣を探ることができる。しかしながら、当然そのボリュームは半端ではなく、十分に堪能するには、かなりの時間を要するであろう。実は、私がここ「歴博」を訪れたのは今回が初めてではない。３年ほど前にも一度見学に来たことがあるのだ。しかしそれは学校の社会科見学という形であり、限られた時間と資料の膨大さゆえ、「歴博」の魅力の半分も楽しむことができなかったように思う。そこで前回見られなかった分を補うべく、再び「歴博」に足を運んだ次第である。今回は特に民俗的な観点を中心にして、日本の歴史について探っていきたい。
２、館の全体像・その中での民俗の位置付け
1981年に生まれた「歴博」は大学の学術研究を目的とする施設であり、学界を先導する研究機関となるべく、文献史学、考古学、民俗学を中心とした総合的な日本史を追及し、その成果を日々情報発信している。
展示方法の特..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[Part-time　job　　大学生のアルバイトについて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431135701@hc06/5246/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ゆきな]]></author>
			<category><![CDATA[ゆきなの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Jan 2006 18:19:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431135701@hc06/5246/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431135701@hc06/5246/" target="_blank"><img src="/docs/983431135701@hc06/5246/thmb.jpg?s=s&r=1137230353&t=n" border="0"></a><br /><br />　A survey shows that over 80% college students who live around Tokyo have part time jobs, and one of the most popular pa[122]<br />Part-time job
A survey shows that over 80% college students who live around Tokyo have part time jobs, and one of the most popular part-time job is to work at convenience stores. What is it like working as a crew of convenience stores? In working, you have many job and experience many things, meet many people.
When I was a crew of a convenience store, I had to do many things; using the register for payments and putting commodities on the show cases orderly, accepting goods for door-to-door deliv..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「タバコ文化」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431978601@hc05/3465/]]></link>
			<author><![CDATA[ by love you]]></author>
			<category><![CDATA[love youの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 28 Nov 2005 23:19:00 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431978601@hc05/3465/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431978601@hc05/3465/" target="_blank"><img src="/docs/983431978601@hc05/3465/thmb.jpg?s=s&r=1133187540&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに
　2003年、香港ラジオというテレビが「タバコのうそ」という番組を作った。確かに、香港人にとって、日本人が喫煙のことが大好きであるという印象が持っている。日本のテレビドラマや日本に旅行のときに、タバコを吸いながら町に歩く日本人を[348]<br />トピック：「香港マスメヂィアに見られる現代日本文化・日本社会」
「タバコ文化」
はじめに
2003年、香港ラジオというテレビが「タバコのうそ」という番組を作った。確かに、香港人にとって、日本人が喫煙のことが大好きであるという印象が持っている。日本のテレビドラマや日本に旅行のときに、タバコを吸いながら町に歩く日本人をたくさん見える。このエッセイは、「タバコのうそ」という番組をめぐって、日本のタバコ文化について討論し、香港人はこのことにどんなイメージを持って影響を及ぼすを考察したい。
「タバコのうそ」という番組について
まず、「タバコのうそ」という番組を要約する。この三十分ぐらいの番組は、三部分を分ける。
第一、日本の民間はタバコについてどう思うであろうか。それに、日本政府の禁煙運動の意見を聞く。簡単に言えば、民間は多分喫煙者が嫌いである。さらに、日本政府の禁煙運動が不足であると言った。この番組は、日本のタバコ問題インフォメーション・センタの渡辺文学会長に訪問した。渡辺によると、大部分の市民はタバコの問題について正しいメッセージをもらわない。タバコを吸うと健康の問題（例えば癌や心臓病など）..]]></description>

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			<title><![CDATA[日本文化　&amp;#8226;　日本人についてのイメージ　&minus;　日本女性]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431978601@hc05/2291/]]></link>
			<author><![CDATA[ by love you]]></author>
			<category><![CDATA[love youの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 04 Oct 2005 15:54:30 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431978601@hc05/2291/" target="_blank"><img src="/docs/983431978601@hc05/2291/thmb.jpg?s=s&r=1128408870&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに

『日本人といえば、どんなイメージを持っていますか？』友たちに聞いた。
『日本女性はかわいくて、とでも優しいと思いますよ。でも、地位がちょっと低いと感じていますね、香港の女性に比べると。』友人はそう言った。
ある日、講義の[344]<br />中間課題：『日本文化　&middot;　日本人についてのイメージ』
はじめに
『日本人といえば、どんなイメージを持っていますか？』友たちに聞いた。
『日本女性はかわいくて、とでも優しいと思いますよ。でも、地位がちょっと低いと感じていますね、香港の女性に比べると。』友人はそう言った。
ある日、講義のために、友たちに調査をしてみて、多分以上のイメージを答えた。それに、私も、３年間ぐらい日本語を勉強しているけど、また、日本女性の地位が香港女性のより低いと思っている。このエーセイは、日本女性に向かうイメージをめぐって簡単に討論する。
日本女性に向かうイメージ
日本女性というと、どんなイメージを持っているかと問う私は..]]></description>

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			<title><![CDATA[Kimono]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432226001@hc05/2032/]]></link>
			<author><![CDATA[ by cow2005]]></author>
			<category><![CDATA[cow2005の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 30 Jul 2005 22:18:13 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432226001@hc05/2032/" target="_blank"><img src="/docs/983432226001@hc05/2032/thmb.jpg?s=s&r=1122729493&t=n" border="0"></a><br /><br />Kimono is Japanese cultural symbol. It has characteristic forms, colors and patterns, so it expresses the original value[120]<br />NAME
Kimono
Kimono is Japanese cultural symbol. It has characteristic forms, colors and patterns, so it expresses the original values of Japan. First, it has the physical characteristics. Kimono is made of straight line and it covers most of the body as compared clothes of the West. I think it means that modesty and politeness are important in Japan. Then, kimono changes its forms of the part as to the occasion. For example, its sleeves change according to a person who wears. You can see young l..]]></description>

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			<title><![CDATA[日本文化にとってインターネットとは何か]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432325401@hc05/1883/]]></link>
			<author><![CDATA[ by masatom0]]></author>
			<category><![CDATA[masatom0の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 29 Jul 2005 11:32:50 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432325401@hc05/1883/" target="_blank"><img src="/docs/983432325401@hc05/1883/thmb.jpg?s=s&r=1122604370&t=n" border="0"></a><br /><br />第一章	序論


１　問題の提起
　インターネットの利用は、ビジネスや教育の場面でも、個人の消費や娯楽の場面でも、すっかり日本に定着している。それはしばしば、既存の放送やコミュニケーション手段の延長線上で考えられがちである。が、イン[342]<br />　この論文の目的は、現在社会的インフラストラクチャーの地位に近づくまでに日本社会に浸透したコンピュータ・ネットワーク「インターネット」の諸研究（村井・牧野・佐伯他）を踏まえた上で、日本社会の枠組みの中でのインターネット発展のあゆみと、これからのゆくえを考察したものである。
第一章　序論
本章では「社会、文化、コミュニケーション、インターネット」の本稿における言葉の定義、大まかな「コミュニケーション」方法発達史について概説した。
インターネットの背景とその歴史
米国発インターネットの誕生の経緯、インターネット構築網の日本と米国における発展の違い、日本における現状や問題点、インターネットの使用言語における日本語の位置について概説し、英語構築空間が量的に多くを占める日本のインターネット空間でも、インターネットにはコミュニケーションツールとして多くの可能性があり、また文化媒体でもあるということを述べる。
インターネットと文化
インターネット独特のコミュニケーション様式や表現方法という文化を基盤とした文化発信の道具としてのインターネットの可能性と現状を述べるが、個人の才能と各文化が成長する可能性..]]></description>

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			<title><![CDATA[日本の文化を親しむ　ーーお中元ーー]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432203901@hc05/1824/]]></link>
			<author><![CDATA[ by nicework]]></author>
			<category><![CDATA[niceworkの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 28 Jul 2005 16:21:36 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432203901@hc05/1824/" target="_blank"><img src="/docs/983432203901@hc05/1824/thmb.jpg?s=s&r=1122535296&t=n" border="0"></a><br /><br />序論
　日本は、従来、中国と深く文化的に関わるものである。いろいろ中国から来た文化を、独特の方式で解読し、日本式の見解を注ぎいれ、新しいものを生み出したのである。そのうち、今の時期のひとつの習俗として、お中元があげられよう。
　本文では[352]<br />　　　　　　　日本の文化を親しむ　ーーお中元ーー
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　序論
　日本は、従来、中国と深く文化的に関わるものである。いろいろ中国から来た文化を、独特の方式で解読し、日本式の見解を注ぎいれ、新しいものを生み出したのである。そのうち、今の時期のひとつの習俗として、お中元があげられよう。
　本文では、そのお中元の由来を述べ、そして、お中元の現状を説明し、また、お中元状についても、簡単に解説し、まとめに、その習俗の裏にある日本の文化的な伝承を考察する。文章の最後に日本の文化における課題をしめすことにする。
　　　　　　　　　　　　　　　　　本論
　日本では、一年の初めが元、七月十五日すなわち一年の真ん中がお中元と呼ばれる。ちなみに、お歳暮というのもあって、だいだい一年の初めの時期であるが、お中元もお歳暮も、もともと中国から来た発想だそうだ。
　日本には、年に一回、この時期に自分の世話になった両親や仲間あるいは先生や日ごろ世話になっている人に贈り物をし、相手の魂を祝福する習慣である。　物品で相手を豊かにしてやろうというのではないので、..]]></description>

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			<title><![CDATA[日本におけるアニメーション文化]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432270701@hc05/839/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 417mannaka]]></author>
			<category><![CDATA[417mannakaの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 09 Jul 2005 22:58:19 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432270701@hc05/839/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432270701@hc05/839/" target="_blank"><img src="/docs/983432270701@hc05/839/thmb.jpg?s=s&r=1120917499&t=n" border="0"></a><br /><br />「アニメ大国」と言われ、海外にも数多くのアニメ作品を輸出している日本、いったいアニメとはどのような意味を指すのか。そもそも日本ではアニメとは、単なるアニメーション（Animation）の略語であったが、現在では、「アニメ＝日本製アニメーショ[342]<br />３９９１０３　伊藤栄一
「日本におけるアニメーション文化」
はじめに
「アニメ大国」と言われ、海外にも数多くのアニメ作品を輸出している日本、いったいアニメとはどのような意味を指すのか。そもそも日本ではアニメとは、単なるアニメーション（Animation）の略語であったが、現在では、「アニメ＝日本製アニメーション」として世界に浸透してきている。アニメーションとは、画像の位置を少しずつ変えて描いた絵を一コマずつ撮影し、動きを与えたものである。元々、アニメーションは欧米から日本に入ってきた動画だったが、ディズニ－のアニメーションなどを参考に追いつけ追い越せという思想が、戦後日本独自に起こったマンガ文化と結びついたことで、独特の形で発展してきた。現在では、日本で一年に制作されるアニメの数は１００本を越える。
1990年代に「日本のアニメが世界のアニメ」と言われるようになった。その代表作品には、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」（年表No.1439）、原作藤子・Ｆ・不二雄の「ドラえもん」（年表No.188）、原作鳥山明の「ドラゴンボール」(年表No.740)などがある。これらは日本だけでなく、世界..]]></description>

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