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		<title>タグ“方法序説”の公開資料</title>
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			<title><![CDATA[ 方法的懐疑からコギトへ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431022501@hc06/9437/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bld1064]]></author>
			<category><![CDATA[bld1064の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 07 Jul 2006 19:34:30 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431022501@hc06/9437/" target="_blank"><img src="/docs/983431022501@hc06/9437/thmb.jpg?s=s&r=1152268470&t=n" border="0"></a><br /><br />デカルトは「近代哲学の父」と言われ、「近代」というと良くも悪しくもデカルトが引き合いに出される。それは必ずしも彼から近代が始まったというわけではなく、彼の思想が近代という時代のあり方を典型的に示しているからであろう。
デカルトの関心は、「[356]<br />方法的懐疑からコギトへ
デカルトは「近代哲学の父」と言われ、「近代」というと良くも悪しくもデカルトが引き合いに出される。それは必ずしも彼から近代が始まったというわけではなく、彼の思想が近代という時代のあり方を典型的に示しているからであろう。
デカルトの関心は、「確実な知識とはどういうものか」ということである、しかし、絶対的に確実な知識とはいったい何なのか。なぜ私たちは学校の先生が言うことや、本に書いてあること、テレビのニュースを信じているのか。ほとんどの人はそれを確かめたことがない。だとすれば、それは本当に確実な知識といえるのだろうか、それは信念ではないのか？
デカルトは世間の一般的な知識は、多くの先入観を含んでいてそれは確実な知識ではないと考えた。デカルトが疑問を持ったのはスコラ哲学を中核とする中世からの伝統的な学問であるが、デカルトの疑問の芯は中世だろうと近世だろうとおよそ人間が何かを知ろうとするときに陥ってしまう誤りに対する反省である。それは主に二つ、（1）伝達情報の不確実さ{一般的に経験に先立つ知識に関して}　（2）自分の経験の不確実さ{デカルトは夢の例を出しているが現代風に言..]]></description>

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			<title><![CDATA[ デカルトの考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431022501@hc06/9427/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bld1064]]></author>
			<category><![CDATA[bld1064の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 07 Jul 2006 19:05:47 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431022501@hc06/9427/" target="_blank"><img src="/docs/983431022501@hc06/9427/thmb.jpg?s=s&r=1152266747&t=n" border="0"></a><br /><br />デカルトの倫理思想について、特に著書『省察』の内容について考えてみるとする。
まず、デカルトであるが、1596年フランスに生まれるが、この頃はヨーロッパの「科学革命」の只中であった。そのため彼は機械論的自然学の体系化や、幾何学と代数学の総[348]<br />～デカルトに関する考察～
デカルトの倫理思想について、特に著書『省察』の内容について考えてみるとする。
まず、デカルトであるが、1596年フランスに生まれるが、この頃はヨーロッパの「科学革命」の只中であった。そのため彼は機械論的自然学の体系化や、幾何学と代数学の総合を成し遂げるとともに、さらに、この新しい自然学や数学的知識を基礎付けるために、それまでのスコラ哲学を否定して新しい形而上学を構築するという大胆な作業を敢行した。デカルトが一般に「近代哲学の父」と称されているのは、独自の機械論的自然学の構築者にして、同時にその基礎付けのための形而上学の革新者でもある、というこの全面的な革命家としての業績ゆえである。デカルトの哲学は①物質世界と人間の精神とがまったく
独立な実体であること(二元論)②すべての存在が数学的原理によって統一しうる延長体であるということ③また、精神の本質は数学的に把握する純粋知性であるということ④そして、この知性が真理に到達しうることの根拠は、完全者である神にある、ということであるという４つの主張にまとめることができる。彼はこの哲学の詳細はその著書である『省察』『哲学原..]]></description>

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			<title><![CDATA[デカルトについて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432197901@hc05/1264/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yosiboo]]></author>
			<category><![CDATA[yosibooの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 21 Jul 2005 15:17:01 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432197901@hc05/1264/" target="_blank"><img src="/docs/983432197901@hc05/1264/thmb.jpg?s=s&r=1121926621&t=n" border="0"></a><br /><br />私がデカルトと出会ったのは、確か高校一年の夏休みだった。「方法序説」を読んで、感想文を書けという宿題が出されたからだ。その時は、何が書かれているのか、何を言わんとしているのか、全くと言っていいほど分からなかった。今再び、この本を前にして、少[360]<br />私がデカルトと出会ったのは、確か高校一年の夏休みだった。「方法序説」を読んで、感想文を書けという宿題が出されたからだ。その時は、何が書かれているのか、何を言わんとしているのか、全くと言っていいほど分からなかった。今再び、この本を前にして、少しは理解できようになった自分の成長を嬉しく思う。
　さて、このデカルトの「方法序説」は、大きく分けて六部あり、第一部では、もろもろの学問について様々な考察が示されている。第二部では、デカルトが求めた方法を含むおもな規則について示されており、第三部では、第二部で求めた方法から取り出された道徳の規則のいくつかが示されている。第四部では、神と人間精神との存在証明、第五部、第六部では、自然学や医学等の問題や説明が記されている。その中で、特に第一部、第二部が、自分の身近に感じたので、考察していくことにする。
　第一部について。ここでデカルトは、良識＝理性（真偽を判断する能力）は、人間なら誰しも等しく具えており、大事なのは多くの理性を持つことではなく、また良い精神を持っているだけでは十分でなく、理性を良く用いることだと述べている。本来、私たちは、それぞれ違う意見..]]></description>

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