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		<title>タグ“文化相対主義”の公開資料</title>
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		<description>タグ“文化相対主義”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[日大通信　国際政治論　分冊Ⅰ・Ⅱ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/934123471062@hc17/131935/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yushu]]></author>
			<category><![CDATA[yushuの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 18 Dec 2017 15:27:07 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/934123471062@hc17/131935/" target="_blank"><img src="/docs/934123471062@hc17/131935/thmb.jpg?s=s&r=1513578427&t=n" border="0"></a><br /><br />分冊Ⅰ
問１　国際社会を客観的に分析するための基本的な心構えについて述べなさい。
キーワード　社会科学　文化相対主義

問３　冷戦終結後(1989年～)にこれまで表面に出てこなかった民族紛争が各地で勃発したが、その理由について説明し[332]<br />問１　国際社会を客観的に分析するためにポイントとなるのは、国際社会の「歴史」を分析し、「現状」を見つめそれらを「理論」的に問い直し、そして解決すべき今日の「課題」を検討する事である。そして、その前にいくつかの基本的な心構えを身につけなければならない。
まずは世界的な視野をもつという事である。
そのためには世界の出来事に関心をもち、情報に触れる習慣を身につけることが重要になる。自分の中だけの世界から視野を広げるためには、新聞や雑誌、テレビのニュースなどで世界の多くの情報に接することで、視野を広げることができる。次に、長期的な時間軸を意識することである。時間軸について私たちは、学習や情報、議論によって、過去から未来にまで思いをめぐらすことができる。人間の視野は年齢を重ねるごとに広がるが、国際社会と国際関係を分析するには、何十年もの時間軸を過去にも未来にも想定できるような感覚が必要となる。
政治学、経済学、国際関係論などの研究分野は、「社会科学」と呼ばれるが、科学と呼ばれる以上、客観性が重要視される。ある特定の文化や価値観の中で生まれ育った私たちは、自己の価値観を中心に他国を観察し、世界を認識しようといているため、国際的な問題について偏見をもちやすい。むしろ偏見をもつことの方が自然かもしれない。世界を客観的に認識する為には、絶えず偏見を取り除く努力をし、社会や文化に優劣をつけずに比較することが基本となる。社会や文化に優劣をつけずに比較する思想を文化相対主義といい、人類学者のフランツ・ボアズやレヴィ＝ストロースなどが示した世界を見る基本的な視座の１つである。
国際関係や国際社会に限らず、学習や研究に対して情熱を注ぐという事が何よりも基本的な姿勢であるといえる。経済学者のアルフレッド・マーシャルは、「冷静な頭脳と温かな心」を強調した。冷静な頭脳とは、社会を客観的に観察し分析することを意味し、温かな心については研究に向けた情熱や人間や社会に対する温かな眼差しを示していると解釈できる。情熱がなければ勉強や研究ができるはずがない。これらの基本的な心構えのもと、私たちは国際社会を客観的に分析しなければならない。
問３　第二次世界大戦終結後、アメリカを中心とした資本主義国家とソ連中心の社会主義国家は、直接戦火を交えることはなかったが、イデオロギーを前面に打ち出し、自らの支配拡大を目..]]></description>

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			<title><![CDATA[日大通信　国際政治論　分冊Ⅰ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/934123471062@hc17/131933/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yushu]]></author>
			<category><![CDATA[yushuの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 18 Dec 2017 15:27:05 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/934123471062@hc17/131933/" target="_blank"><img src="/docs/934123471062@hc17/131933/thmb.jpg?s=s&r=1513578425&t=n" border="0"></a><br /><br />問１　国際社会を客観的に分析するための基本的な心構えについて述べなさい。
キーワード　社会科学　文化相対主義

問３　冷戦終結後(1989年～)にこれまで表面に出てこなかった民族紛争が各地で勃発したが、その理由について説明しなさい。[334]<br />問１　国際社会を客観的に分析するためにポイントとなるのは、国際社会の「歴史」を分析し、「現状」を見つめそれらを「理論」的に問い直し、そして解決すべき今日の「課題」を検討する事である。そして、その前にいくつかの基本的な心構えを身につけなければならない。
まずは世界的な視野をもつという事である。
そのためには世界の出来事に関心をもち、情報に触れる習慣を身につけることが重要になる。自分の中だけの世界から視野を広げるためには、新聞や雑誌、テレビのニュースなどで世界の多くの情報に接することで、視野を広げることができる。次に、長期的な時間軸を意識することである。時間軸について私たちは、学習や情報、議論によって、過去から未来にまで思いをめぐらすことができる。人間の視野は年齢を重ねるごとに広がるが、国際社会と国際関係を分析するには、何十年もの時間軸を過去にも未来にも想定できるような感覚が必要となる。
政治学、経済学、国際関係論などの研究分野は、「社会科学」と呼ばれるが、科学と呼ばれる以上、客観性が重要視される。ある特定の文化や価値観の中で生まれ育った私たちは、自己の価値観を中心に他国を観察し、世界を認..]]></description>

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			<title><![CDATA[文化人類学-文化相対主義の成立過程と文化相対主義の主張と批判-]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948674792176@hc12/97220/]]></link>
			<author><![CDATA[ by トレードマニア]]></author>
			<category><![CDATA[トレードマニアの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 21 Sep 2012 00:50:43 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948674792176@hc12/97220/" target="_blank"><img src="/docs/948674792176@hc12/97220/thmb.jpg?s=s&r=1348156243&t=n" border="0"></a><br /><br />まず、文化相対主義が誕生するまでの過程を述べ、そして文化相対主義の主張と批判について説明しております。また、固有価値と一般的価値について検討しております。[231]<br />文化相対主義とは、どんなに劣って見えるような文化でも、それぞれの文化は固有の価値を持っており、また外部から異文化を評価・批判することはできないとする倫理的態度のことである。
■文化相対主義が誕生するまでの過程
　英国の生物学者ダーウィン（1809〜1882）が著した『種の起原』によって生物における進化論が説かれたことにより、その後、進化論を参考にして文化人類学では社会進化論が登場した。社会進化論は、人類の文化・社会は、未開から原始、中世、近代、現代というようなパターンで進化するというモデルとなっている。
　地球上に存在する全てのものは進化の速度は違っても同じような段階を経て通過し、同じようなものが相互に誕生するというのが進化論の立場であった。しかし、フィールドワークによる実証的調査を重視する研究者が増え始めると、社会進化論とは異なる文化の様相が相次いで発見され始めた。多くのフィールドワークを通じて、現存する個々の社会集団の文化は、一見すると劣っているように見えても、決して未発達のものではなく、実際には与えられた条件において適応しながら、それぞれの社会における価値観に対応して高度に発達..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[文化に優劣はあるか]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/chiyuki/10664/]]></link>
			<author><![CDATA[ by chiyuki]]></author>
			<category><![CDATA[chiyukiの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 19 Aug 2006 16:42:03 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/chiyuki/10664/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/chiyuki/10664/" target="_blank"><img src="/docs/chiyuki/10664/thmb.jpg?s=s&r=1155973323&t=n" border="0"></a><br /><br />私は文化に優劣はないと考える．なぜなら，文化とは人々の生活習慣や思想をつくりあげているものであり，それぞれの固有の文化を，特定の視点から相対的に評価したり，優劣をつけたりすることはできないと考えるからである．
確かに，あらゆる文化を比較し[356]<br />文化に優劣はあるのか
　私は文化に優劣はないと考える．なぜなら，文化とは人々の生活習慣や思想をつくりあげているものであり，それぞれの固有の文化を，特定の視点から相対的に評価したり，優劣をつけたりすることはできないと考えるからである．
　確かに，あらゆる文化を比較し，研究することは大切だと思う．しかし，その場合の比較というのは，優劣をつけることが目的ではない．他の文化と比較することによって，自分たちの文化をより深く理解したり，他の文化の良いところを取り入れたり，異文化に対する理解を深めて視野を広げることが目的である．
　文化は，変化しながらも時代を超えて伝えられていく．その変化のスピードはさまざ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[命を危険にさらす文化と人権について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/chiyuki/10662/]]></link>
			<author><![CDATA[ by chiyuki]]></author>
			<category><![CDATA[chiyukiの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 19 Aug 2006 16:34:58 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/chiyuki/10662/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/chiyuki/10662/" target="_blank"><img src="/docs/chiyuki/10662/thmb.jpg?s=s&r=1155972898&t=n" border="0"></a><br /><br />私たちは，人権は当然保障されるべきものだと考えている．また，世界人権宣言も，「全ての人間は生まれながらにして自由であり，かつ尊厳と権利について平等であり，&ldquo;普遍的&rdquo;な権利を自己の保有にとどめず，他者の尊厳を尊重し，それに相応しい社会を創るた[360]<br />命を危険にさらす文化と人権について
　私たちは，人権は当然保障されるべきものだと考えている．また，世界人権宣言も，「全ての人間は生まれながらにして自由であり，かつ尊厳と権利について平等であり，&ldquo;普遍的&rdquo;な権利を自己の保有にとどめず，他者の尊厳を尊重し，それに相応しい社会を創るための手段と方法を学ぶ必要がある 」といっている．しかし，世界のあらゆる地域で，伝統・文化・宗教などという名のもとに人権を侵害する行為がいまだに続けられている．そこで私はこうした伝統文化と人権について，「人権は，本当に万人通じる普遍的な価値であるといえるか」という疑問から考えてみたい．
　まず，ある価値が&ldquo;普遍的な価値&rdquo;と..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[地球社会研究論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1790/]]></link>
			<author><![CDATA[ by laughmaker]]></author>
			<category><![CDATA[laughmakerの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 28 Jul 2005 01:10:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1790/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1790/" target="_blank"><img src="/docs/983432158301@hc05/1790/thmb.jpg?s=s&r=1122480641&t=n" border="0"></a><br /><br />地球社会研究というこの一連の授業を受けて私が感じた事、そして浮き出てきた疑問は、他の文化を真に理解できるのか？むしろ理解できているのか？そしてその文化がどんな文化であれ認めるべきなのか？ということである。これをテーマとして設定したい。言い換[360]<br />地球社会研究というこの一連の授業を受けて私が感じた事、そして浮き出てきた疑問は、他の文化を真に理解できるのか？むしろ理解できているのか？そしてその文化がどんな文化であれ認めるべきなのか？ということである。これをテーマとして設定したい。言い換えれば、グローバリゼーションが叫ばれている中での、文化相対主義のあり方、真のグローバリゼーションとは、という話にもつながるのいではないだろうか。私達は、異文化とマイノリティーをあまりにも表面上だけでしか理解していないように思う。
　現在私達は、世界が統一化していくことになんの疑問も持たない。各地で紛争を起こしている一方どこかで統一を望む心理が働いている。特に日本を代表とする中途半端な先進諸国ではその傾向が強いようだ。幼少期から英語を勉強し、アメリカ的なのびのびした教育こそが世界に通用するのだ、との過信から導入されたゆとり教育など、例をあげればきりがない。その一方少数派、または普段の生活から疎遠なものはできるだけ遠ざけて熟視しようとしていないように思う。だが、それで本当にグローバリゼーションをとげている事になるのだろうか。宮地教官の授業で、私達は途上国..]]></description>

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			<title><![CDATA[ハワイにおける日本人文化の流入]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432245801@hc05/918/]]></link>
			<author><![CDATA[ by gorilla]]></author>
			<category><![CDATA[gorillaの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 13 Jul 2005 22:51:40 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432245801@hc05/918/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432245801@hc05/918/" target="_blank"><img src="/docs/983432245801@hc05/918/thmb.jpg?s=s&r=1121262700&t=n" border="0"></a><br /><br />ハワイは、アメリカでもっとも日系人が集中して居住している州だ。本土では、アジア系全体でも数％に満たないのに対し、ハワイでは、総人口の約四分の一が日系人なのである。
アメリカ本土では、今でも、アジア系に対して特定の固定観念がある。中国系も日[356]<br />ハワイにおける
日本文化の流入
課題１
ハワイは、アメリカでもっとも日系人が集中して居住している州だ。本土では、アジア系全体でも数％に満たないのに対し、ハワイでは、総人口の約四分の一が日系人なのである。
アメリカ本土では、今でも、アジア系に対して特定の固定観念がある。中国系も日系もみんないっしょくたにして、「アジア人とは、これこれこんなひとだ」というステレオタイプができあがっている。それは、アジア系人口の少なさのため、本土の一般的な白人たちがアジア系と接触する機会がすくないことに由来している。
しかし、ここハワイでは違う。アジア系に対する単純なステレオタイプは後退し、それぞれの民族グループのなかにも、いろいろなタイプがいることがはっきりと見えるのだ。
日系人といっても千差万別である。
山中速人著 「ハワイ」 岩波新書 １９９３年 １３８頁
課題２
ハワイはグローバル化を目指す現代社会のよい見本になる、成功をしている「異種混淆文化」である。
日系人とはなにか。日本人の血が入った外国人である。ではどのようにしてハワイに日系人が増えたのであろうか。それには次のような経緯がある。
日本人が始め..]]></description>

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