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		<title>タグ“教育”の公開資料</title>
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		<description>タグ“教育”の公開資料</description>
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		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[教育原理　社会と教育との関係を考察し、教育の社会的機能を明らかにせよ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430995501@hc06/5715/]]></link>
			<author><![CDATA[ by asuka0708]]></author>
			<category><![CDATA[asuka0708の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 25 Jan 2006 18:33:33 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430995501@hc06/5715/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430995501@hc06/5715/" target="_blank"><img src="/docs/983430995501@hc06/5715/thmb.jpg?s=s&r=1138181613&t=n" border="0"></a><br /><br />教育という言葉は様々な意味を持つが、栽培、飼育などでは決してない。
　例えば教育を「人々の社会集団の中でよりよい生活を営みうるように育て導くこと」とするならば、教育という働きがどのようなものか見えてくる。
　教育を広義的意味に生涯教育と[352]<br />教育原理
　
社会と教育との関係を考察し、教育の社会的機能を明らかにせよ。
　教育という言葉は様々な意味を持つが、栽培、飼育などでは決してない。
　例えば教育を「人々の社会集団の中でよりよい生活を営みうるように育て導くこと」とするならば、教育という働きがどのようなものか見えてくる。
　教育を広義的意味に生涯教育と考えた時、社会的集団（例えば、家庭近隣、交友、学校、地域社会、職場）などの環境が社会的教育の役割を果たすことになるであろう。つまり、あぞびや友達、部落、町内などに行われれている風習やおきてなどに従い、幼稚園や学校においていろいろの文化や規律などに触れることであり、それによって、だんだんと人間らしくなっていくということである。人格の形成ともいえる。
　近代社会の特質は故人の基本的人権を第一に尊重し、その上に自由と平等、友愛と福祉などの原理を打ち立て、最大多数の最大幸福を地上に実現しようとするものである。したがって前近代的な個人を主体とし、自由と平等の原理の上に社会を見出そうとする。社会と個人とは、お互い補い合い、もつれ合ってあるもので、個人は社会の中で人格となるし社会もまた個人を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[古代ローマ時代に関する考察：女性・医療・教育［早稲田・文学部・西洋古代史・評価A］]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/7622/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kenjiro55]]></author>
			<category><![CDATA[kenjiro55の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 16 Mar 2006 23:30:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/7622/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/7622/" target="_blank"><img src="/docs/983430795301@hc06/7622/thmb.jpg?s=s&r=1142519447&t=n" border="0"></a><br /><br />第１章：古代ローマにおける女性　―結婚制度ほか―　ローマの一般家庭においては、夫婦、子ども、奴隷など（場合によっては解放奴隷も）が一つ屋根の下で暮らしていた。そしてその中で、家長だけが家の財産や、奴隷も含めた家族全員に対して全面的権力を握[358]<br />古代ローマ時代に関する考察
―女性・医療・教育―
第１章：古代ローマにおける女性　―結婚制度ほか―
　ローマの一般家庭においては、夫婦、子ども、奴隷など（場合によっては解放奴隷も）が一つ屋根の下で暮らしていた。そしてその中で、家長だけが家の財産や、奴隷も含めた家族全員に対して全面的権力を握っていた。家長はその家の財産を守り、次世代に伝えていく役目を担っていた。
　女子は生後９日目（男子は８日目）に命名され、これによって正式に家族の一員となる。子供たちは幼年期を通して豪華なトーガを身に付け、お守りを入れたカプセルを首から下げていた。女子はこれを結婚するときに、男子は成人服に着替える１７歳頃に取り外す。ギリシアと違い、女子にも初等教育が施される習慣があった。
　良家の娘はほとんどの場合、分別のつく年ごろになる前に婚約させられ、１２～１６歳ぐらいで結婚した（男子は１８歳前後）。それ以後も未婚の場合、老嬢視された。結婚すれば男とほぼ同等の自由が認められた。結婚相手は自由に選べなかった。女性だからではなく、生まれた時から親に従うよう定められていたからである。奴隷や貧しい民衆は同棲生活を送るのみで..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[職業指導　第一回]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430672401@hc06/7564/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ponkia]]></author>
			<category><![CDATA[ponkiaの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 14 Mar 2006 21:56:11 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430672401@hc06/7564/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430672401@hc06/7564/" target="_blank"><img src="/docs/983430672401@hc06/7564/thmb.jpg?s=s&r=1142340971&t=n" border="0"></a><br /><br />職業指導　レポート　第一回（１）　
かつての文部省の初等中等教育局には、「職業教育課」が置かれていた。職業教育は従来、後期中等教育の中で重要な役割を果たしてきた。しかしながら、社会の変化に伴い高等学校卒業と同時に社会に出て働く意識が希薄化[356]<br />職業指導　レポート　第一回（１）　
かつての文部省の初等中等教育局には、「職業教育課」が置かれていた。職業教育は従来、後期中等教育の中で重要な役割を果たしてきた。しかしながら、社会の変化に伴い高等学校卒業と同時に社会に出て働く意識が希薄化し、企業の人材ニーズの変化もあって、今や高等学校卒業者の進路は大学か専門学校かに二分化されてきている。いわゆる高等教育の大衆化によって職業教育の主たる場面は高等教育段階に移行してきたのである。
このような情勢において、高等学校では職業教育に関して的確な進路指導が徹底されていない。それにもかかわらず高等学校卒業後、専門学校へ進学する学生が増加し、多くの若者が職業人として社会に巣立っている。他方、明確な目標や目的を持たずに大学に進学する高等学校卒業者も多く、結果として大学在学中に自分の進路を変更し、あるいは卒業後に新たな目標を見つけ、専門学校にあらためて入学してくる者が急増している。まさに「職業教育」をキーワードにもう一度今の教育のあり方をとらえ直してみることを示唆したものと言える。（全国専修学校各種学校連合会平成１５年総会報告書）
特に中学・高等学校にお..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[A.総合的な学習の特色とその指導法について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432402101@hc05/7559/]]></link>
			<author><![CDATA[ by syamo10]]></author>
			<category><![CDATA[syamo10の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 14 Mar 2006 14:13:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432402101@hc05/7559/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432402101@hc05/7559/" target="_blank"><img src="/docs/983432402101@hc05/7559/thmb.jpg?s=s&r=1142313203&t=n" border="0"></a><br /><br />　自分が実際に教育を受ける側のときに、この「総合的な学習」を体験したのは、中学３年生の時である。当時はまだこの取り組みが行われ始めたばかりの頃で、生徒はもちろんながら、教師たちも手探りの状態だったため、明確で的確な指導といったものがなされて[360]<br />　　　　　A.総合的な学習の特色とその指導法について
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　
　　自分が実際に教育を受ける側のときに、この「総合的な学習」を体験したのは、中学３年生の時である。当時はまだこの取り組みが行われ始めたばかりの頃で、生徒はもちろんながら、教師たちも手探りの状態だったため、明確で的確な指導といったものがなされていなかった。それ以後、「総合的な学習」を体験したことはなかったのだが、今回４年ぶりに機会を得て取り組むことができた。今回は前回と違い、自分の調べたいテーマで調査するだけではなく、指導・援助する側からこの「総合的な学習」について考えてみたいと思う。
　
１、「総合的な学習」の特色
　　「総合的な学習」は、今までの教育のスタイルとは全く違ったスタイルを持っている。自分たちが受けてきた学校の授業というものは、教室に先生が１人、そして生徒が２５～３５人程いて、先生が示したことを学ぶ・考える・覚えるといったものだった。教室にいる生徒はみんな同じ知識と同じ時間を共有していた。しかし「総合的な学習」では、自分の学びたいこと・知りたいことを自分で見つけ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[18世紀においてイギリスが他国に先がけて小説を生み出したのは何故かをイギリスの歴史とそれが生み出す社会]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431243401@hc06/7458/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kakaka2188]]></author>
			<category><![CDATA[kakaka2188の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 11 Mar 2006 11:49:00 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431243401@hc06/7458/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431243401@hc06/7458/" target="_blank"><img src="/docs/983431243401@hc06/7458/thmb.jpg?s=s&r=1142045340&t=n" border="0"></a><br /><br />　18世紀において、イギリスが他国に先がけて小説を生み出したのは、何故かを考える時に、近代市民社会より現代に至る社会を考察することがポイントではあるが、同時にイギリスの歴史や文化と深い関わりを持っていることも見逃せない視点であると考える。[354]<br />18世紀においてイギリスが他国に先がけて小説を生み出したのは何故かをイギリスの歴史とそれが生み出す社会
18世紀において、イギリスが他国に先がけて小説を生み出したのは、何故かを考える時に、近代市民社会より現代に至る社会を考察することがポイントではあるが、同時にイギリスの歴史や文化と深い関わりを持っていることも見逃せない視点であると考える。
　イギリスは地図上、ずいぶん高緯度に位置していて、冬にはどれだけ程寒いことだろうかと思われる。しかし、実際にはイギリスはメキシ湾流と偏西風の恩恵を受け、同緯度にある世界のほとんどの地域と比べて、はるかに暖かい。
イギリスは、大きく東南部平地と北西部丘陵地という対照的な２つの地域に分けられる。前者は肥沃なパリ盆地の延長と言われ、比較的暖かく、乾燥していて、農耕・交易が盛んである。それに対して後者は寒冷で、湿潤であり、産業や交易は振るわない。当然、東南部には、文化様式・生活様式の変化は激しく、逆に北西部丘陵地は、その変化に乏しく、古い文化様式が維持さえる傾向にあった。
また、日本と同じように島国でありながら孤立せず、大陸の思想や制度・技術などを容易にイギ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 学校外のスクールカウンセラーが行う学校カウンセリングの意義と効用]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7438/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ryo1987221]]></author>
			<category><![CDATA[ryo1987221の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 10 Mar 2006 22:39:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7438/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7438/" target="_blank"><img src="/docs/983431259101@hc06/7438/thmb.jpg?s=s&r=1141997942&t=n" border="0"></a><br /><br />　教師とカウンセリングの関係では、専門的なカウンセラーが行う治療的なカウンセリングよりも、生徒の発達的な側面に注目して、ひとりひとりの全面的な発達をめざす「開発的カウンセリング」のほうが、実践的には関係が深い。なぜなら、教師がすべての生徒を[360]<br />「学校外のスクールカウンセラーが行う学校カウンセリングの意義と効用」
　教師とカウンセリングの関係では、専門的なカウンセラーが行う治療的なカウンセリングよりも、生徒の発達的な側面に注目して、ひとりひとりの全面的な発達をめざす「開発的カウンセリング」のほうが、実践的には関係が深い。なぜなら、教師がすべての生徒を対象に行う日常的な教育活動の一環として位置づけられるので、生徒指導や進路指導とも密接に関連するからである。生徒指導も進路指導もその本質的な目標は、生徒の自己実現に関する自己指導能力を育成することである。その目標の達成には、育てることを目的とした開発的カウンセリングが重要な方法となる。
　ま..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[道徳教育の変遷]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7437/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ryo1987221]]></author>
			<category><![CDATA[ryo1987221の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 10 Mar 2006 22:25:49 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7437/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7437/" target="_blank"><img src="/docs/983431259101@hc06/7437/thmb.jpg?s=s&r=1141997149&t=n" border="0"></a><br /><br />　西洋教育思想史にでは当初から道徳教育は、教育課程の真の中核をなすものとしてみられてきた。この頃から道徳教育は教育の中心的特質であったといえる。今日の日本の教育の目的が人格の完成を目指すということになっているように、あらゆる学問や芸術や技術[360]<br />「道徳教育の変遷」
　西洋教育思想史にでは当初から道徳教育は、教育課程の真の中核をなすものとしてみられてきた。この頃から道徳教育は教育の中心的特質であったといえる。今日の日本の教育の目的が人格の完成を目指すということになっているように、あらゆる学問や芸術や技術やスポーツなどの技能の向上にしても、それらの学業を通じて学問や芸術や技術を自己実現や社会や人類の福祉に活用できるような道徳的教養人の育成が教育という営みの社会的な存在理由であった。このことは、西洋教育史上のすべての偉大な教育思想家や教育実践家に共通してみられる特徴である。
　古代ギリシャのソクラテス（４６９～３９９、ＢＣ）にとって、徳とは善についての知識であった。元来、徳は、ギリシァ語の語源では力とか男らしさを意味し、そこから道徳的な意味を持つようになった。したがって、それは常に確実に道徳的理想あるいは法則に従って意思を決定することができる人格能力であった。
　プラトン（４２７～３４７、ＢＣ）においても、教育の目的は徳への知識能力を神から賜った人を訓練して、有徳な人にする知識を習得させることであった。教育は善についての観念的知識か..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 人格とは何か、主な人格のとらえ方]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7436/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ryo1987221]]></author>
			<category><![CDATA[ryo1987221の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 10 Mar 2006 22:14:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7436/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7436/" target="_blank"><img src="/docs/983431259101@hc06/7436/thmb.jpg?s=s&r=1141996493&t=n" border="0"></a><br /><br />　今日用いられている人格の意味はさまざまであるが、それらは次の４つの意味のいずれかの流れにあると考えられる。?他人にそのように見えている個人の概観、つまり「ひとがら」または当人のつけている「仮面」。?人がその生活において演じている「役割」。[356]<br />「人格とは何か、主な人格のとらえ方」
　今日用いられている人格の意味はさまざまであるが、それらは次の４つの意味のいずれかの流れにあると考えられる。①他人にそのように見えている個人の概観、つまり「ひとがら」または当人のつけている「仮面」。②人がその生活において演じている「役割」。③それぞれの人に内在している個人的な性質の総体、つまり「個性」。④個人の尊厳性、つまり「人権」。これらの流れにそって、人格の定義の代表的なものを挙げてみると、まずオルポートは、環境に対する独自の適応を決定する精神身体的な組織をもった個人内の力動的体制であると定義している。これとは対照的に、キャッテルは与えられた状況におい..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 子どもの社会性の発達について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7434/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ryo1987221]]></author>
			<category><![CDATA[ryo1987221の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 10 Mar 2006 22:00:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7434/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7434/" target="_blank"><img src="/docs/983431259101@hc06/7434/thmb.jpg?s=s&r=1141995655&t=n" border="0"></a><br /><br />　社会性が社会的関係性を意味する人と人との関わり方である点を考慮すると、子どもにとっての社会性の発達も例外なく、人との関係によって発達すると思われる。
　子どもが母胎から生まれるという揺ぎ無い事実からも、子どもの社会性の発達の基盤となるの[356]<br />「子どもの社会性の発達について」
社会性が社会的関係性を意味する人と人との関わり方である点を考慮すると、子どもにとっての社会性の発達も例外なく、人との関係によって発達すると思われる。
子どもが母胎から生まれるという揺ぎ無い事実からも、子どもの社会性の発達の基盤となるのは、母親との関係であるといえる。そして、その関係は子どもが胎児の時から始まっている。胎児は六ヶ月頃から母親の体内で母親の心音をききとり、母体の動きを感じとっている。そして乳児は誕生と共に母親との直接的で高頻度な接触をはじめるのである。母親が授乳時に語りかけたり、名前を呼んであやしたりする時、乳児はどのような場面にどのような人物がど..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 教師が行う教育相談の在り方、学校カウンセリングの進め方について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7433/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ryo1987221]]></author>
			<category><![CDATA[ryo1987221の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 10 Mar 2006 21:56:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7433/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7433/" target="_blank"><img src="/docs/983431259101@hc06/7433/thmb.jpg?s=s&r=1141995387&t=n" border="0"></a><br /><br />　教師が行う学習指導は、生徒に対して教師が知識を一方的に注入・伝達し、その成果を教師が一方的に評価するものではない。マニュアル的な学習指導の考え方は「生徒のとっての新しい知識は、生徒が自らの既有知識を再構築しながら、自分自身で更生するもので[360]<br />「教師が行う教育相談の在り方、学校カウンセリングの進め方について」
　教師が行う学習指導は、生徒に対して教師が知識を一方的に注入・伝達し、その成果を教師が一方的に評価するものではない。マニュアル的な学習指導の考え方は「生徒のとっての新しい知識は、生徒が自らの既有知識を再構築しながら、自分自身で更生するものである」ということである。これはカウンセリングの考え方つまり「本人にとっての新しい見方・考え方・行動の仕方などは、本人が自らの既有の見方・考え方・行動の仕方などを再構築しながら、自分自身で再構築するものである」ということと共通している。マニュアル的な学習指導では、生徒のとって未知の知識や技能を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ ペスタロッチーの教育学]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7432/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ryo1987221]]></author>
			<category><![CDATA[ryo1987221の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 10 Mar 2006 21:50:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7432/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7432/" target="_blank"><img src="/docs/983431259101@hc06/7432/thmb.jpg?s=s&r=1141995053&t=n" border="0"></a><br /><br />　ペスタロッチーはルソーと同様に、子どもには将来発展する素質が備わっており、この素質が子どもの内から発展するように助成するのが教育だと考えていた。すなわち、子どもの本性は、既に将来成長する能力を内的に有していて、この能力を自然に即した形で伸[360]<br />「ペスタロッチーの教育学」
　ペスタロッチーはルソーと同様に、子どもには将来発展する素質が備わっており、この素質が子どもの内から発展するように助成するのが教育だと考えていた。すなわち、子どもの本性は、既に将来成長する能力を内的に有していて、この能力を自然に即した形で伸ばしていくことが重要であるということである。
　またペスタロッチーは、「直感の原理」を教育の重要な柱として考えている。人間は直感と感情をまず知覚し、そのことにより直感と感情それ自体と人間の内的なるものとを外界の対象から分けて、純粋に自由に直感され感じることができる。つまり、直感は全ての認識の基礎にあるので、教育方法はまず直感的でな..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ ジョン・ロックにおける子どもの教育論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7431/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ryo1987221]]></author>
			<category><![CDATA[ryo1987221の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 10 Mar 2006 21:45:15 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7431/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7431/" target="_blank"><img src="/docs/983431259101@hc06/7431/thmb.jpg?s=s&r=1141994715&t=n" border="0"></a><br /><br />　ジョン・ロックの提唱した教育論、すなわち紳士教育とは一体どのようなものであろうか。
　まず、『紳士が健全な身体と道徳と知識を持っている者』であることを押さえなければならない。そしてそれを最終目標としたのが紳士教育である。ロックは紳士が『[356]<br />「ジョン・ロックにおける子どもの教育論」
　ジョン・ロックの提唱した教育論、すなわち紳士教育とは一体どのようなものであろうか。
まず、『紳士が健全な身体と道徳と知識を持っている者』であることを押さえなければならない。そしてそれを最終目標としたのが紳士教育である。ロックは紳士が『理性、宗教、良きしつけを基礎として育成されるものとした』。そしてそれは『日々の道徳教育機関である家庭によって達成しうる』と説いた。すなわち、ロックは家庭教育こそ教育の原点であると考えたのである。
では、その紳士を目標とした教育はどのようなものだったのか。ロックは、子どもは生まれたその時には善でも悪でもなく、まだ白紙で無の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 関係代名詞whoとthatの使い分け]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/7424/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bestinme]]></author>
			<category><![CDATA[bestinmeの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 10 Mar 2006 01:29:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/7424/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/7424/" target="_blank"><img src="/docs/983432297001@hc05/7424/thmb.jpg?s=s&r=1141921769&t=n" border="0"></a><br /><br />　ロイヤル英文法辞典やオックスフォード辞典などを見てみると関係代名詞の先行詞にonly, last, first, allなどの形容詞、または最上級の形容詞が来ると関係代名詞はthatになると書いてあり、例文としても多く出題されているが、そ[308]<br />　ロイヤル英文法辞典やオックスフォード辞典などを見てみると関係代名詞の先行詞にonly, last, first, allなどの形容詞、または最上級の形容詞が来ると関係代名詞はthatになると書いてあり、例文としても多く出題されているが、その場合、次のような例文をどうとらえていいものか迷ってしまう。
　(例) It&rsquo;s surprising that Japanese imagine they are the only people who can like sake.
別な文法書で調べてみると、人が先行詞の場合はthatでもwhoでもよいと書いてあった。どちらでも容認可能だと言うことだが、こ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ ゆとり教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/7371/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bestinme]]></author>
			<category><![CDATA[bestinmeの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 08 Mar 2006 15:11:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/7371/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/7371/" target="_blank"><img src="/docs/983432297001@hc05/7371/thmb.jpg?s=s&r=1141798311&t=n" border="0"></a><br /><br />　最近、ゆとり教育がいい方向に進んでいるとか、ゆとり教育は大切だといわれているが、果たしてそうなのだろうか。もし、そのゆとり教育とやらが大切で、いい方向に進んでいるというならば何故日本の学力低下が問題になるのだろうか。ゆとり教育というものが[360]<br />　最近、ゆとり教育がいい方向に進んでいるとか、ゆとり教育は大切だといわれているが、果たしてそうなのだろうか。もし、そのゆとり教育とやらが大切で、いい方向に進んでいるというならば何故日本の学力低下が問題になるのだろうか。ゆとり教育というものがどのようなものであるか、そしてどうあるべきかを述べていく。
　文部科学省は「生きる力」について、「自分で課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する能力」「自らを律し、他人と強調し、他人を思いやる心や感動する心など豊かな人間性とたくましく生きるための健康と体力」と説いている。しかし、理想論ばかり述べているだけで、一向に子供..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ゆとり教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430819901@hc06/7201/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kansin]]></author>
			<category><![CDATA[kansinの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 04 Mar 2006 02:19:42 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430819901@hc06/7201/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430819901@hc06/7201/" target="_blank"><img src="/docs/983430819901@hc06/7201/thmb.jpg?s=s&r=1141406382&t=n" border="0"></a><br /><br />　1980年（昭和55年）から施行された「ゆとり」学習指導要領。それから2002年度に実現した学校教育の教科内容の3割削減（新学習指導要領）という打撃を受け、日本の普通教育は一段と衰滅への歩調を加速するのではないか。このままほっておけば、い[338]<br />ゆとり教育
　1980年（昭和55年）から施行された「ゆとり」学習指導要領。それから2002年度に実現した学校教育の教科内容の3割削減（新学習指導要領）という打撃を受け、日本の普通教育は一段と衰滅への歩調を加速するのではないか。このままほっておけば、いっそう貧しい教育が日本全土でこれからの日本を支え、創っていく子供たちの才能をたち枯らせてしまう。教育は本当にゆとりでいいのだろうか。
今日、教育改革のキーワードが「ゆとり教育」と「生きる力」であり、そのために学習内容の大幅な削減がされ、同時に「学力」の低下をもたらしたと言える。その中でもっと重要な学習内容の大幅な削減は1992年実施の指導要領に比べても「小学校6年間で511時間、ゆとり教育開始の1980年指導要領比718時間、最も初等中等教育が充実していたと言われる1971年実施指導要領比では1000時間もの削減」注１）となっている。中学でも同様の状況なので、中学を卒業した段階で身につけている学習内容は当時と今では相当違うことが分かる。
　日本人の多くは気がついていないが、日本の教育は、世界の国々に対して大きな遅れをとっている。「現在の日..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国際社会に見る「学びの本質」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431113301@hc06/7196/]]></link>
			<author><![CDATA[ by brigade]]></author>
			<category><![CDATA[brigadeの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 03 Mar 2006 20:17:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431113301@hc06/7196/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431113301@hc06/7196/" target="_blank"><img src="/docs/983431113301@hc06/7196/thmb.jpg?s=s&r=1141384677&t=n" border="0"></a><br /><br />　今日、わが国日本は世界有数の経済大国となり、国際的にも注目される国となった。しかし、日本の誇れるものは決して経済だけではない。最近ではアニメや漫画などの身近な面からも注目を浴びているが、私が今回取り上げたいのは環境に対する文化や活動である[360]<br />国際社会に見る「学びの本質」
今日、わが国日本は世界有数の経済大国となり、国際的にも注目される国となった。しかし、日本の誇れるものは決して経済だけではない。最近ではアニメや漫画などの身近な面からも注目を浴びているが、私が今回取り上げたいのは環境に対する文化や活動である。2004年にノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイさんは「もったいない」を世界に通じる環境準語にしようと、「ＭＯＴＴＡＩＮＡＩキャンペーン」を展開している。今や日本ではエコロジーに取り組む人や企業なら、３Ｒ活動＝消費削減（Reduce）、再使用（Reuse）、資源再利用（Recycle）を実践している。マータイさんは、「もったいない」という言葉に、３Ｒの精神がこめられていることに深い感銘を受けたそうだ。そして、この言葉と精神が、ケニアのみならず、世界に広まれば、地球環境問題の改善に役立つばかりでなく、資源の分配が平等になり、テロや戦争の抑止にもつながると力説するのである。
　また、2005年日本国際博覧会（愛知万博）では徹底的なゴミの分別回収が行われた。愛知万博のサブテーマとして「循環型社会」が掲げられ、来場者9種類..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[現代の教師に求められる資質とは何か]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431456201@hc05/7168/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hotneko]]></author>
			<category><![CDATA[hotnekoの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 02 Mar 2006 14:08:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431456201@hc05/7168/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431456201@hc05/7168/" target="_blank"><img src="/docs/983431456201@hc05/7168/thmb.jpg?s=s&r=1141276107&t=n" border="0"></a><br /><br />【一般的資質能力と具体的資質能力】
　1997年7月に、教育職員養成審議会は、教員に求められる資質能力を以下の様に述べている。
　まず、「専門的職業である『教職』に対する愛着、誇り、一体感に支えられた知識、技能等の総体」である。具体的に[342]<br />「現代の「教師に求められる資質とは何か」についてまとめなさい。」
【一般的資質能力と具体的資質能力】
　1997年7月に、教育職員養成審議会は、教員に求められる資質能力を以下の様に述べている。
まず、「専門的職業である『教職』に対する愛着、誇り、一体感に支えられた知識、技能等の総体」である。具体的に述べると、昭和62年の中央教育審議会答申から、「教育者としての使命感、人間の成長・発達についての理解、幼児・児童・生徒に対する教育的愛情、教科等に関する専門的知識、広く豊かな教養、そしてこれら基盤とした実践的指導力」となる。
そして、これからの教員に求められるものは、変化の激しい時代にあって、子供たちに「生きる力」を育む教育を授ける能力である。教科指導や生徒指導、学級経営などの実践的指導力も必要であるが、どの段階においても共通しているのは、生徒の「生きる力」を育成するという点を重視していることである。
中央教育審議会答申から考えられる教師に求められる能力は大きくふたつに分類される。それは以下の通りである。
(1) 一般的資質能力
どの時代の教員にも求められる資質能力である。専門的職業である教..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「もし私が15年後にNPOを立ち上げるとしたら」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430739001@hc06/7146/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yuueri]]></author>
			<category><![CDATA[yuueriの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 01 Mar 2006 22:10:15 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430739001@hc06/7146/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430739001@hc06/7146/" target="_blank"><img src="/docs/983430739001@hc06/7146/thmb.jpg?s=s&r=1141218615&t=n" border="0"></a><br /><br />１）15年後の社会やコミュニティの要請
　日本は少子高齢化社会の真っ只中におかれるとともに、生産年齢人口が減少し、経済状態も不安定な状況に陥っている。そのなかでとられた政策は、出産奨励ではなく｢量より質｣という考え方に基づいた教育の充実化で[354]<br />「もし私が15年後にNPOを立ち上げるとしたら」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
１）15年後の社会やコミュニティの要請
　日本は少子高齢化社会の真っ只中におかれるとともに、生産年齢人口が減少し、経済状態も不安定な状況に陥っている。そのなかでとられた政策は、出産奨励ではなく｢量より質｣という考え方に基づいた教育の充実化であった。文部科学省は今までと方針を変え、義務教育である小学校・中学校のうちにできるだけ知識を詰め込もうとし現在よりはるかに多くの分量を教科書に取り入れて、国民の学力向上をもくろんでいた。そして学力の高い少数精鋭部隊が、日本の経済を復興させてくれることを望んでいるのである。
２）15年後に私が置かれた立場
　今から三年後、22歳で大学を卒業した私は、在学中に取得していた教員免許で見事中学校の国語の教員として採用され、10年余りが経過した。子供は小学校4年生になる息子と、2年生になる娘が一人ずつである。仕事も順調で、家庭も特に問題なくそれなりに幸せにくらしている。
３）NPOをたちあげることになったきっかけとNPOの活動内容
　NPOをたちあげるきっかけと..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[教育評価]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430836201@hc06/7126/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tomokin0625]]></author>
			<category><![CDATA[tomokin0625の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 27 Feb 2006 22:22:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430836201@hc06/7126/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430836201@hc06/7126/" target="_blank"><img src="/docs/983430836201@hc06/7126/thmb.jpg?s=s&r=1141046542&t=n" border="0"></a><br /><br />　まず、私たちが評価と聞いて思い浮かぶものは、やはり「通知表」・「テスト」ではないだろうか。　
　ここで、学校でテストを行ったとしよう。私たちは、点数をとるためだけに必死に勉強し、多くのものを覚え、それを頭に詰め込み、テストに臨んでいた。[356]<br />　まず、私たちが評価と聞いて思い浮かぶものは、やはり「通知表」・「テスト」ではないだろうか。　
ここで、学校でテストを行ったとしよう。私たちは、点数をとるためだけに必死に勉強し、多くのものを覚え、それを頭に詰め込み、テストに臨んでいた。しかし、そのときの得点はどんな性質の数値であろうか。まず、0点を取ったからといってそれが必ずしも、テストで測定しようとしている内容についてまったく理解していないということにはならないだろう。そして、1問1問には配点というものがあるが、ある問いの1点1点の違いはそれに見合った理解の程度の違いを反映するものでもないだろう。また、配点を固定して考えれば、得点の大小は順序の違いを示すことになる。しかし、その得点が確たる根拠を持っているとは言いがたい。したがって、テストの点は順序尺度による測定の結果である。
通知表については、小学校のころは、「よくできました」・「ふつう」・「がんばりましょう」の3段階、中学校・高校のころは「5」・「4」・｢3｣・「2」・「1」の5段階、というような評価を受けていた記憶があるが、同様に、通知表の数値・記号・語句もこのテスト結果に基づ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[大人になることの難しさ「フリーター問題」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430721101@hc06/7082/]]></link>
			<author><![CDATA[ by dawn69]]></author>
			<category><![CDATA[dawn69の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 23 Feb 2006 00:14:07 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430721101@hc06/7082/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430721101@hc06/7082/" target="_blank"><img src="/docs/983430721101@hc06/7082/thmb.jpg?s=s&r=1140621247&t=n" border="0"></a><br /><br />　なぜこのテーマに関心を持ったかというと、私自身や周りの友人の将来に関わってくる大事な問題だからである。高校の頃は「大学に行けば就職できる」と何となく思っていたが、この授業を通して、また実際に卒業した先輩や就職活動をしている先輩を見たり、話[360]<br />教育原理Ｄレポート
「大人になることの難しさ」フリーター問題について
　なぜこのテーマに関心を持ったかというと、私自身や周りの友人の将来に関わってくる大事な問題だからである。高校の頃は「大学に行けば就職できる」と何となく思っていたが、この授業を通して、また実際に卒業した先輩や就職活動をしている先輩を見たり、話を聞いて、将来に対する不安と関心を抱いた。それで、なぜ若者のフリーターが増えているのか、若者のフリーターが増加することによってどのようなことが起こるのか、を考えて行きたいと思う。
　フリーターの人数はここ10年で２倍になったといわれている。その背景には様々な要因がある。最も大きな原因なのが、社会構造の変化だと思う。平成の大不況から来る就職難、企業の人件費削減などである。そして企業競争のグローバル化だ。企業は労働賃金の最も安いところ（つまり国外）でものを作り、最も高額、もしくは大量に売れるところで売るといった感じである。不況によりフリーターが増加するということは、社会全体の生産性が低下するという悪循環につながってしまう。また、若者のフリーターは経済的自立が難しいため、親と同居するケー..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「外国語と日本語の助数詞の使用を比較させ、日本の表記の特色を考えさせる」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430726801@hc06/7075/]]></link>
			<author><![CDATA[ by harumonen]]></author>
			<category><![CDATA[harumonenの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 22 Feb 2006 20:21:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430726801@hc06/7075/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430726801@hc06/7075/" target="_blank"><img src="/docs/983430726801@hc06/7075/thmb.jpg?s=s&r=1140607261&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに
　日本の文化を学ぶことの一つに、「助数詞」というものがある。この助数詞というものは名詞の一つであり、高校の現代文の分野で取り扱う内容となっている。この助数詞は他の国ではほとんど見られない表記であり、授業の導入などにも利用できる授[356]<br />「外国語と日本語の助数詞の使用を比較させ、日本の表記の特色を考えさせる」
はじめに
日本の文化を学ぶことの一つに、「助数詞」というものがある。この助数詞というものは名詞の一つであり、高校の現代文の分野で取り扱う内容となっている。この助数詞は他の国ではほとんど見られない表記であり、授業の導入などにも利用できる授業ではないかと考える。
助数詞とは
名詞の一種、数量を表したり、数によって順序を表したりする語である「数詞」に含まれる品詞である。例えば「一本」という単語であれば「一」が「本数詞」、「本」が「助数詞」となる。ものの測定をするために基準として用いる「単位」とは異なり、測定やそのための単位とは別系統のことばなのである。
主要な助数詞一覧
衣・住生活 糸
衣類
帯
絹
靴
綿
テント
家
店舗
墓 掛・筋・把
重（かさね）・着・点
条・筋
匹
足
包・梱（こり）
張・垂
軒・戸・棟
棟
基 乗り物 車
船
自転車 台・輌
隻・艘・杯
台 道具 桶
鏡
傘
剃刀
器
タンス・旗
扇子
箸
筆
包丁
椀
提灯
刀 荷（か）
面
張
口（く）・丁
個
棹（さお）
本・握（あく）
膳・揃
管・茎..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[現代の教師に求められる資質について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7049/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ryo1987221]]></author>
			<category><![CDATA[ryo1987221の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 21 Feb 2006 19:33:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7049/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431259101@hc06/7049/" target="_blank"><img src="/docs/983431259101@hc06/7049/thmb.jpg?s=s&r=1140518016&t=n" border="0"></a><br /><br />「現代の教師に求められる資質とは何かについて。」
　１９９６年、中央教育審議会は、「２１世紀を展望した我が国の教育の在り方について」を発表したが、その第２部第１章「これからの学校の在り方」新しい学校教育の実現のための条件整備等?教員の資質[354]<br />「現代の教師に求められる資質とは何かについて。」
　１９９６年、中央教育審議会は、「２１世紀を展望した我が国の教育の在り方について」を発表したが、その第２部第１章「これからの学校の在り方」新しい学校教育の実現のための条件整備等②教員の資質・能力の向上の仲で、これから求められる教員の資質・能力について次のように述べている。
　子供たちに「生きる力」をはぐくむことを基本とするこれからの学校教育の実現を展望する時、教員の資質・能力の向上を図っていくことが、その実現に欠かせない。また、学校教育の基調の転換に向けた教員の意識改革もきわめて重要である。
　教員に求められる資質・能力については、学校段階によって異なるが、教員養成や研修を通じて、教科指導や生徒指導、学級経営などの実践的指導力の育成を一層重視することが必要であると考えられる。特に、今日のいじめや登校拒否などの深刻な状況を踏まえるとき、教員一人一人が子供の心を理解し、その悩みを受け止めようとする態度を身につけることはきわめて重要である。
　そして、教育職員養成審議会は、１９９７（平成９）年７月２８日、第一答申「新たな時代に向けた教員養成の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[子どもの自己形成空間]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430726701@hc06/7048/]]></link>
			<author><![CDATA[ by something]]></author>
			<category><![CDATA[somethingの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 21 Feb 2006 18:30:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430726701@hc06/7048/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430726701@hc06/7048/" target="_blank"><img src="/docs/983430726701@hc06/7048/thmb.jpg?s=s&r=1140514246&t=n" border="0"></a><br /><br />「子どもの自己形成空間」とは、子どもがさまざまな他者・自然・事物と＜かかわりあう＞なかで徐々に形成されてくる意味空間であり、相互に交流しあう舞台である、と述べてあった。それは、子どもの日常的な活動、＜かかわりあい＞のなかで増殖されていく＜関[360]<br />　「子どもの自己形成空間」とは、子どもがさまざまな他者・自然・事物と＜かかわりあう＞なかで徐々に形成されてくる意味空間であり、相互に交流しあう舞台である、と述べてあった。それは、子どもの日常的な活動、＜かかわりあい＞のなかで増殖されていく＜関係的世界＞を指し、また、対象を一方的に操作する空間でもない。そして、直接体験が成立する空間である。
かつての子どもたちはこうした「自己形成空間」そのものに働きかけることによって、自分なりの目的意識、一つのことをやり遂げる意志、物事に働きかける巧みさ、そして他者と協力しあうことの大切さなどを、知らず知らずのうちに身につけていた。しかしながら、高度経済成長以降、マス・メディアやメカニズムのために、人工化され、情報化された環境のもとで子どもの「自己形成空間」の衰弱化が顕著になってきた。そこで、子どもの世界に「自己形成空間」を再生させていく手だてとして「子どものなかに多様な経験をどう回復するか」、「子どもの生活・学習を心身一元的に、すなわち＜活動する身体＞として捉え直す必要がある」、「子どものなかに共同体あるいは共存的意識をどう育てていくか」という3つの重..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[イギリス社会と教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431268901@hc06/6801/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hppycm]]></author>
			<category><![CDATA[hppycmの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Feb 2006 08:55:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431268901@hc06/6801/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431268901@hc06/6801/" target="_blank"><img src="/docs/983431268901@hc06/6801/thmb.jpg?s=s&r=1139961328&t=n" border="0"></a><br /><br />　イギリスはケインズ政策によって完全雇用を達成したが、それ以上の経済成長は慎ましい生活様式により望むことができず、その方向は福祉国家を建設するための様々な方策実施に移行された。国民所得にはつながらないが住みやすい国へと変容していった。イギリ[360]<br />　イギリスはケインズ政策によって完全雇用を達成したが、それ以上の経済成長は慎ましい生活様式により望むことができず、その方向は福祉国家を建設するための様々な方策実施に移行された。国民所得にはつながらないが住みやすい国へと変容していった。イギリスは階級社会と言われているが、言われているほどでもなくフランスや日本よりも階層間の移動は大きい。また保守的というイメージの国だが好奇心が強く新しいもの好きらしい。さらに多くの人は経済学の効用理論どおりに行動する。各人の満足度は自分の持っている物財の数量に依存するから、効用関数を最大にするには各人の物財を満足度ができるだけ高くなるように按配すればよい。つまり自分のものさしで他人を測ったりはしない。したがって和を保つという方法は日本とは全く逆で、他人のことは気にかけずに自分は自分のことをしておればよいのであって他人と距離を保つことが他人に対する最大の思いやりになる。このような意識が経済にも影響を及ぼしている。おせっかいなぐらいのアメリカ式親切はわき道にそれることは少なくて済むが、イギリス式の親切ではいよいよというところまで手を出さないので余計に時間がかか..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ＡＤＨＤ／ＡＤＤの子どもたちの教育問題に見るアメリカ的価値観［早稲田大学・文学部・アメリカ文化の諸相・評価A］]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/6765/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kenjiro55]]></author>
			<category><![CDATA[kenjiro55の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 14 Feb 2006 21:57:20 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/6765/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/6765/" target="_blank"><img src="/docs/983430795301@hc06/6765/thmb.jpg?s=s&r=1139921840&t=n" border="0"></a><br /><br />本レポートでは、ＡＤＨＤ（注意欠陥多動性障害）／ＡＤＤ（注意欠陥障害）を持つ子どもの教育問題を足がかりにして、そこにどういうアメリカの価値観が反映されているかを考察してみたい。　「平等」をうたうアメリカの学校教育において、ＡＤＨＤ／ＡＤＤ[358]<br />ＡＤＨＤ／ＡＤＤの子どもたちの教育問題に見るアメリカ的価値観
　本レポートでは、ＡＤＨＤ（注意欠陥多動性障害）／ＡＤＤ（注意欠陥障害）を持つ子どもの教育問題を足がかりにして、そこにどういうアメリカの価値観が反映されているかを考察してみたい。
　「平等」をうたうアメリカの学校教育において、ＡＤＨＤ／ＡＤＤの子どもの教育問題は決して小さなものではない。ＡＤＨＤ／ＡＤＤの子どもの割合はかなりの数に上り、その症状も様々で、定義自体も一律ではない。ただ、少なくともそうした子どもたちが、一般的な教育プロセスへの適応が難しいということだけが明らかである。
　まず興味深いのは、ＮＩＣＨＱのツールキット（厳密には、ＡＡＰ＝American Academy of Pediatricsとの共同開発と思われる）の大変システマティックなアプローチ方法である。学校、家庭、医療が連携して、一定のフォーマットにのっとって、子どもの教育上の困難を解決しようと試みている。ここには、「とにかくそういう子どもがいるのだから、それに応じた対処を考えなければいけない」という現実的な考え方が強く表れている。そしてそれはもちろん、「..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[アメリカの公教育における「創造説」論争について考える［早稲田大学・文学部・評価A］]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/6750/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kenjiro55]]></author>
			<category><![CDATA[kenjiro55の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 14 Feb 2006 16:04:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/6750/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/6750/" target="_blank"><img src="/docs/983430795301@hc06/6750/thmb.jpg?s=s&r=1139900663&t=n" border="0"></a><br /><br />数年前、私はアメリカのキリスト教系雑誌の記事を読み、その時初めて今なおアメリカにおいては、創造説について議論があるということを知り、大変なカルチャーショックを受けた。なぜ、この時代にあって、今なお創造説なのか？　日本に生まれ育った私にしてみ[360]<br />アメリカの公教育における「創造説」論争について考える
Website ①：http://www.henrysturman.com/english/articles/religion.html
Website ②：http://www.adl.org/religion_ps/evolution.asp
　数年前、私はアメリカのキリスト教系雑誌の記事を読み、その時初めて今なおアメリカにおいては、創造説について議論があるということを知り、大変なカルチャーショックを受けた。なぜ、この時代にあって、今なお創造説なのか？　日本に生まれ育った私にしてみれば、実に素朴な疑問だった。しかし、今回、その議論が単純に「なぜ今？」という視点で割り切れるものではないこと、その奥には、アメリカの建国理念にまで遡る、大変重要な問題が隠されていることを知るに至った。
　①のウエブサイトの作者は、自らの立場を無神論者であると述べた上で、それでもなお、創造説は公立学校において教えられるべきであると主張する。なぜなら、公立学校は無神論者、有神論者、進化論者、創造説論者を含め、全ての人のためにあるもので、よって、創造説に一定..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[コミュニケーションの回路]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430773201@hc06/6630/]]></link>
			<author><![CDATA[ by nei]]></author>
			<category><![CDATA[neiの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 12 Feb 2006 22:34:40 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430773201@hc06/6630/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430773201@hc06/6630/" target="_blank"><img src="/docs/983430773201@hc06/6630/thmb.jpg?s=s&r=1139751280&t=n" border="0"></a><br /><br />?．教育現場でのコミュニケーション回路
　コミュニケーション回路の具体例として、授業で教師が教材・資料を提示する際に視聴覚教育メディアを使用する場面を取り上げる。
　教師・教材・学習者でつくるコミュニケーション回路において、パソコンやス[350]<br />「コミュニケーションの回路」
Ⅰ．教育現場でのコミュニケーション回路
コミュニケーション回路の具体例として、授業で教師が教材・資料を提示する際に視聴覚教育メディアを使用する場面を取り上げる。
教師・教材・学習者でつくるコミュニケーション回路において、パソコンやスクリーン等を使い、教育用デジタルコンテンツを使用する（「食べ物の消化と吸収」の内容を分かりやすくアニメーションで提示する、立体図形をグラフィックで見せて課題を考えさせるなど。）ことにより、迫力あるカラーの動画で、子ども達に興味・関心を持たせ授業にひきつけることができる。または、本来目に見えないものを分かりやすく説明することができる、など..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[大衆教育社会のゆくえ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430771701@hc06/6613/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ma88127155]]></author>
			<category><![CDATA[ma88127155の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 12 Feb 2006 10:57:19 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430771701@hc06/6613/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430771701@hc06/6613/" target="_blank"><img src="/docs/983430771701@hc06/6613/thmb.jpg?s=s&r=1139709439&t=n" border="0"></a><br /><br />　大衆教育社会の成立には戦後の日本において展開された平等主義と能力主義が深く関係している。大衆教育社会とは、教育が「量的」に拡大し、多くの人々が教育を受ける社会のことを指す。戦後の日本では、教育の機会が拡大されるにつれ貧富の差という社会階層[360]<br />　大衆教育社会の成立には戦後の日本において展開された平等主義と能力主義が深く関係している。大衆教育社会とは、教育が「量的」に拡大し、多くの人々が教育を受ける社会のことを指す。戦後の日本では、教育の機会が拡大されるにつれ貧富の差という社会階層間の差異を通じて教育問題が語られてきた。アメリカやイギリスなどでも同様に社会階層によって教育の不平等が生まれることが問題視され、今現在も階層問題は教育を論じるうえで欠かせない事柄である。だが、高度経済成長期を迎え、貧富の差が現実味をあまり持たなくなってからの日本においては、階層による教育機会の不平等は明らかに存在していたにも関わらず、人々の階層への意識がうすれていく。その原因は冒頭に記した日本固有の、結果の平等ではなく機会の平等を要求する「平等主義」と、個人の学力差は生得的能力において決定的差異を持たないという「能力主義」にある。
　日本はアメリカやイギリスに比べ、生まれによる階層差別がはるかに少ない。このことは受験による「生まれかわり」が可能であることを示す。学歴取得のための受験機会はどの階層にも平等に開かれており、テストの内容も中立的で選抜方法も..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[研究教育から見た世界と日本Ａ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431342301@hc05/6529/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 04gs105]]></author>
			<category><![CDATA[04gs105の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 10 Feb 2006 19:02:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431342301@hc05/6529/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431342301@hc05/6529/" target="_blank"><img src="/docs/983431342301@hc05/6529/thmb.jpg?s=s&r=1139565774&t=n" border="0"></a><br /><br />　中学校の国別認知的な学力順位を見ると、日本はやや下降しているが、高順位をキープしていて「学力低下」が叫ばれているが、これは一概には言えない結果となっている。この後また順位が上がればいいと思う。1964年、1981年のデータはないのか、上位[344]<br />　以下の表を考察する。
　中学校の国別認知的な学力順位を見ると、日本はやや下降しているが、高順位をキープしていて「学力低下」が叫ばれているが、これは一概には言えない結果となっている。この後また順位が上がればいいと思う。1964年、1981年のデータはないのか、上位にランクしなかったのかはこの表からはわからないが、シンガポールの数学の認知的な学力が高いことがわかる。上位はほぼ固定状況にあり、いわゆる先進国は上位に入っていることがわかる。
　また、算数・数学の得点の学力格差の国際比較の表からもシンガポールの優秀さがわかる。小学校４年生と中学校２年生でシンガポール、韓国、日本、香港の上位４カ国は不動..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[フリーターを作っているのは誰だ。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430829001@hc06/6495/]]></link>
			<author><![CDATA[ by capslock82]]></author>
			<category><![CDATA[capslock82の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 10 Feb 2006 02:48:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430829001@hc06/6495/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430829001@hc06/6495/" target="_blank"><img src="/docs/983430829001@hc06/6495/thmb.jpg?s=s&r=1139507309&t=n" border="0"></a><br /><br />（１）はじめに
　現在、日本社会において急激に議論が繰り広げられている&ldquo;フリーター&rdquo;。彼らのフリーターでいる理由は様々だ。本当にやりたいことを見つけるためにフリーターという生き方を選ぶ者、自営業の行き詰まりによりフリーターになる事を余儀な[356]<br />（１）はじめに
現在、日本社会において急激に議論が繰り広げられている&ldquo;フリーター&rdquo;。彼らのフリーターでいる理由は様々だ。本当にやりたいことを見つけるためにフリーターという生き方を選ぶ者、自営業の行き詰まりによりフリーターになる事を余儀なくされた者、どんな仕事も続かずにフリーターでしかいられない者･･･。彼らの生活と、それを取り巻く企業・日本社会の現状を伝えるドキュメンタリー番組であった。
（２）番組概要
フリーターの著しい増加は社会問題となっているが、中でも製造業におけるフリーター数は100万人を超える。製造業では、たいていの仕事は機械に任せているが、携帯電話などモデルチェンジの激しい業界では、そのたびにモデルに合わせた機械を作ると採算が合わず、コストがかさむのだ。フリーターを積極採用する事で20％のコストダウンになるという。
また、フリーターと企業をつなぐ事業務とした『請負会社』がある。企業に&ldquo;人材&rdquo;を派遣する派遣会社に対し、請負会社はあくまで&ldquo;仕事&rdquo;を丸ごと請け負う形で業務を遂行するため、企業側のニーズに応え続けるためには、仕事量に合わせた臨機応変な人員調整・異動が必要なのだ。
こ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[基礎心理学と教育のかかわり]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431312301@hc05/6383/]]></link>
			<author><![CDATA[ by fwnz7771]]></author>
			<category><![CDATA[fwnz7771の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 07 Feb 2006 15:11:30 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431312301@hc05/6383/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431312301@hc05/6383/" target="_blank"><img src="/docs/983431312301@hc05/6383/thmb.jpg?s=s&r=1139292690&t=n" border="0"></a><br /><br />　私は高校時代、日本史が三年を通して一番成績がよかった。しかし、もともと小学六年生（歴史の授業が始まるのはこのときからなので）のときから、日本史が得意だったわけではなく、どちらかといえば、ただの暗記するだけのつまらない科目だと思い、あまり好[360]<br />基礎心理学と教育のかかわり
　私は高校時代、日本史が三年を通して一番成績がよかった。しかし、もともと小学六年生（歴史の授業が始まるのはこのときからなので）のときから、日本史が得意だったわけではなく、どちらかといえば、ただの暗記するだけのつまらない科目だと思い、あまり好きではなかった。
そこで、根っからの歴史好きではなかった自分が、なぜ高校時では歴史が大の得意だと思うほどになったのかを、授業で習った基礎心理学をからめて考えてみたいと思う。
動機づけ
　ものごとにおいて、何かうまくなろうとか極めようと思ったきっかけが、そのことが好きだからというのが一番強いと思われる。私の場合は、前にも述べたように、始めは歴史そのものが好きだったわけではない。実のところ、その歴史を教えていた先生が好きだったのである。自分が気に入っている先生の授業であるとなおさらしっかりと聞くようになり、勉強にも身が入るものである。教科書のp155　の8.1.1&ldquo;内発的動機づけの源泉&rdquo;には、「内発的動機づけの第一の源泉は、知的好奇心（epistemic curiosity）である。知的好奇心は、拡散的好奇心と特殊好奇心の二つ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[貝原益軒と近世の教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430848801@hc06/6333/]]></link>
			<author><![CDATA[ by makkori]]></author>
			<category><![CDATA[makkoriの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 05 Feb 2006 20:38:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430848801@hc06/6333/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430848801@hc06/6333/" target="_blank"><img src="/docs/983430848801@hc06/6333/thmb.jpg?s=s&r=1139139517&t=n" border="0"></a><br /><br />　近世の教育には、近代の学習原理とは全く異質な原理にたつ学習文化が存在した。その近世の社会の中で、無自覚のうちに蓄積されてきた教育と学習の文化を明確な形で言語化したのが貝原益軒であった。ここでは、貝原益軒の思想に見られる近世教育の注目すべき[360]<br />―貝原益軒と近世の教育―
近世の教育には、近代の学習原理とは全く異質な原理にたつ学習文化が存在した。その近世の社会の中で、無自覚のうちに蓄積されてきた教育と学習の文化を明確な形で言語化したのが貝原益軒であった。ここでは、貝原益軒の思想に見られる近世教育の注目すべき点について考えていく。
まずは、近世の教育機関として有名な手習塾（寺子屋）について見てみる。手習塾は文 
字通り手習い＝文字を書くことを学ぶ塾である。江戸時代は文字の読み書き能力がないと 
不利益を被る社会システムであった。それ故江戸時代の庶民たちは、可能な限り読み書き 
そろばんの習得に向かったのである。手習塾への入門は、ほぼ７,８歳であるが、特に定 
まった時期はない。また手習塾という教育機関に入学するというのではなく、ある手習師 
匠に弟子入りするという意味を持つのである。重要なことは、どの師匠を選択するかはあくまでも学ぶ側にあるということである。制度としてではなく一種の人格的関係としての教える者－教えられる者の関係である。それ故手習塾における学習法は、個別の学習と指導、そして自学自習である。決まった登校時間もなく、手本..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[非言語コミュニケーションレポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430896501@hc06/6125/]]></link>
			<author><![CDATA[ by aya04109785]]></author>
			<category><![CDATA[aya04109785の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 01 Feb 2006 23:46:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430896501@hc06/6125/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430896501@hc06/6125/" target="_blank"><img src="/docs/983430896501@hc06/6125/thmb.jpg?s=s&r=1138805211&t=n" border="0"></a><br /><br />１２月８日の『非言語コミュニケーション』の授業で、私は自分の生い立ちなど、自分に関する色々な話をさせていただいた。実にたくさんの話をしたと思う。
ただの学生でなく、聞いてくれる学生のただの友達という立場ではなく、ろう学生として立場に立って[356]<br />非言語コミュニケーションレポート
１２月８日の『非言語コミュニケーション』の授業で、私は自分の生い立ちなど、自分に関する色々な話をさせていただいた。実にたくさんの話をしたと思う。
ただの学生でなく、聞いてくれる学生のただの友達という立場ではなく、ろう学生として立場に立って話をした。中途失聴であったのと、最初は補聴器を付けても変わらず他の人と遊んだり話したりすることができたので、はじめは聴覚障害者という自覚が無かったけれど、成長していくにつれてまわりとのコミュニケーションの壁を感じるようになったこと、そしてそれが自分の努力が足りないせいだと思い込んでいたこと。家族との関係、手話と同じ聴覚障害者の仲間がいることの重要性などなど。
　しかし、１時間半程度の時間では足りなかったし、聞いてくれる学生がどこまで知ってくれているのかというのがわからないまま、また、人前で話しをすることに慣れていないという大問題を抱えて話を進めていたので、至らない部分がたくさんあっただろうし、知ってもらえたかどうかとても不安である。それから、たとえばコミュニケーションの壁は自分のせいだと思ってしまうのは、なぜそうなって..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[教育原理　望ましい教師の資質と条件はどのようにあるべきか述べよ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430995501@hc06/5714/]]></link>
			<author><![CDATA[ by asuka0708]]></author>
			<category><![CDATA[asuka0708の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 25 Jan 2006 18:30:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430995501@hc06/5714/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430995501@hc06/5714/" target="_blank"><img src="/docs/983430995501@hc06/5714/thmb.jpg?s=s&r=1138181404&t=n" border="0"></a><br /><br />　教師とは一つの専門的職であり、誰でもすぐにできる業ではないと思う。
　まず、これからの人間の歴史として「平和」「友愛」「協調」「相互連帯」「共存」「共栄」などを上げてこれを地上に実現することを目指してはじめなければならないとある。そして[356]<br />教育原理
　望ましい教師の資質と条件はどのようにあるべきか述べよ
　教師とは一つの専門的職であり、誰でもすぐにできる業ではないと思う。
　まず、これからの人間の歴史として「平和」「友愛」「協調」「相互連帯」「共存」「共栄」などを上げてこれを地上に実現することを目指してはじめなければならないとある。そして、文化の広範囲な普及ならびに正義、自由および平和のための人類の教育は、人間の尊厳に欠くことのできないものであり、かつ、すべての国民が相互援助および関心の精神において履行しなければならない神聖な義務である。いまやすべての人類はまことのヒューマニズムの上に立って、その民族、国籍、様々な政治や社会的な思想、階級、性別などのいかんを論せず、それぞれが個人および集団としての自主と独立の尊厳を認めつつ「正義と衝平」「主体性と分有」の原理にのっとって、民主的な平和な文化と福祉を教授しえるような世界を実現すべき段階にあるのだ。そしてこのようなことは教育にこそ原動力を求めなくてはならないのだ。
　したがって、新しい時代の背景として教師に必要なことは、第一に、「まことのヒューマニズムに透徹し民主主義、平和主..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「育てる」という営み]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430989401@hc06/5675/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 玄侑]]></author>
			<category><![CDATA[玄侑の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 24 Jan 2006 04:17:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430989401@hc06/5675/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430989401@hc06/5675/" target="_blank"><img src="/docs/983430989401@hc06/5675/thmb.jpg?s=s&r=1138043874&t=n" border="0"></a><br /><br />　私は本講義を通して様々な新しい事に気付き、当然だと思っていた事を改めて考えてみる機会を得た。特に印象を受けたのが「人生を物語る」というフレーズである。
　私自身自分がここまで生きてきた中には様々な物語がある。しかし、そのあらゆる物語の登[356]<br />「育てる」という営み
　～育てられる側から育つ側へ～
私は本講義を通して様々な新しい事に気付き、当然だと思っていた事を改めて考えてみる機会を得た。特に印象を受けたのが「人生を物語る」というフレーズである。
私自身自分がここまで生きてきた中には様々な物語がある。しかし、そのあらゆる物語の登場人物は自分ひとりではない。特に乳幼児期においては自分以上に保育者(多くの場合はその両親)が物語において重要な役割を担い、保育者なしでは物語は成り立たない。そこで興味を持ったテーマが、自分自身の経験も踏まえた、「親子関係」である。
育てる本能が備わっていない人間がどのように「育てられる者」から「育てる者」へと、様々な問題を抱える現代社会において、変貌してゆくのかを考察した。
１．育つこと、育てることが難しい現状
　
少子高齢化社会を迎えたわが国は、いまは「育てられる者」は育つことが難しく、「育てる者」は育てることが難しい状況を生み出してしまったようにみえる。それは乳幼児虐待、いじめ、学級崩壊、不登校、非行、少年の重大犯罪をいった、マスコミの紙面を賑わす残念な出来事があるからをいうばかりではない。むしろ、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[現代の子どもに起きている問題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432152201@hc05/5672/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hama33]]></author>
			<category><![CDATA[hama33の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 24 Jan 2006 00:40:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432152201@hc05/5672/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432152201@hc05/5672/" target="_blank"><img src="/docs/983432152201@hc05/5672/thmb.jpg?s=s&r=1138030832&t=n" border="0"></a><br /><br />始めに
　「子供と自然」には霊長類の進化や、生態の研究から、現代の子供たちや家族環境について多くのことが書かれていた。現代の子供たちの問題と最も関係していることは家族であろう。子供が一番深く人間関係を結ぶのは親であり、その子の将来を方向づ[356]<br />現代の子供に起きている問題　　
始めに
「子供と自然」には霊長類の進化や、生態の研究から、現代の子供たちや家族環境について多くのことが書かれていた。現代の子供たちの問題と最も関係していることは家族であろう。子供が一番深く人間関係を結ぶのは親であり、その子の将来を方向づけるのに影響を及ぼす上でもそうであろう。また教育も子供の人格形成において多大な影響を持っている。そこでこの本から学んだことから、家族関係と教育に関する現代の子供たちの問題について考えていこうと思う。
家族関係
まず、家族制度について考える必要がある。戦前、男は夫、父親、戸主としての三つのステータスを担い、法的・社会的に男性優位社会が築かれていた。ところが、戦後アメリカの占領下において、民主主義が強力に進められていった結果男女同権という画期的な方策の下に、従来の家族制度は崩壊してしまった。そして新しい家族の作り方は個人次第となったのである。欧米の家族モデルなども参考にされたが、個人主義も弱く、従来の家族制度が色濃く残る中、所詮それは参考程度であり、家族の理想的な姿の模索が続いたのである。
戦後の苦しい時代を乗り越え、高度成長..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[集団討論対策]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431342301@hc05/5568/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 04gs105]]></author>
			<category><![CDATA[04gs105の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 20 Jan 2006 22:55:05 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431342301@hc05/5568/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431342301@hc05/5568/" target="_blank"><img src="/docs/983431342301@hc05/5568/thmb.jpg?s=s&r=1137765305&t=n" border="0"></a><br /><br />１．現在，基礎・基本の確実な定着と個に応じた指導をすることがよく言われているが，個に応じたきめ細かな指導について討論しなさい。
つまずいているところの分類をしなければならない。
　　　　　　　　　　　　&darr;
　　　　　　　　　　単元につ[348]<br />１．現在，基礎・基本の確実な定着と個に応じた指導をすることがよく言われているが，個に応じたきめ細かな指導について討論しなさい。
つまずいているところの分類をしなければならない。
　　　　　　　　　　　　&darr;
　　　　　　　　　　単元について．（ex．方程式，負の数，文字，因数分解&hellip;）
　　　　　　　　　　教師が把握する必要がある。
　　　　　　　　　　　　　　　どうしてつまずいたのか？
　　　　　　　　　　　　　　　前の段階か，新しいところか．
ドリルで演習
根本的に概念を教える
（２つを同時にやるのがよい）
ひとつのことをちゃんと覚えていれば演習なんて必要ないんだよ．
読解力の問題。
何を聞かれているのか？
文章題自体の難しさ
文章自体の難しさ
　　　　　&darr;
対策：小学校の文章題を何度も解かせるetc
問題を答えだけではなく過程も見るようなものにすればよい．
評価も同時にしていかなければならない．
数学は国語と理科にもつながっている．
生徒同士の教えあい
生徒に黒板で解いてもらう
個人個人に目標を立てさせる
苦手なところを自分自身で把握できるよう指導
　　　　　　&rarr;　一人では大変
　　..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 青森JICAセミナー]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431342301@hc05/5546/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 04gs105]]></author>
			<category><![CDATA[04gs105の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 20 Jan 2006 21:39:38 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431342301@hc05/5546/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431342301@hc05/5546/" target="_blank"><img src="/docs/983431342301@hc05/5546/thmb.jpg?s=s&r=1137760778&t=n" border="0"></a><br /><br />リプロダクティブ・ヘルスライツ
・妊娠，思春期，不妊，更年期，･･･
・生まれてから死ぬまでを包括的に考えていこう」
・re produce　&rarr;　物，人をもう一度再生（産）する．
ピア・エデュケーション
・教える立場にある人にも教[320]<br />青森ＪＩＣＡセミナー
16.11.20（SAT.）
リプロダクティブ・ヘルスライツ
妊娠，思春期，不妊，更年期，･･･
「生まれてから死ぬまでを包括的に考えていこう」
re produce　&rarr;　物，人をもう一度再生（産）する．
ピア・エデュケーション
教える立場にある人にも教育が必要（開発途上国）
男性が育児に参加できる社会を作りましょう．
　　　　　　　　&rarr;　出生率を上げるため．
教育との連携
開発　&rarr;　教育に始まり，教育に終わる．　
乳児死亡　&rarr;　下痢　&rarr;　脱水症状
死亡率を下げるにはお母さんの知識が必要．
1年間でも学校に行ったお母さん
　　　　　　　　&rarr;　読み書きができるだけではなく，..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[発展途上国の教育について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431342301@hc05/5543/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 04gs105]]></author>
			<category><![CDATA[04gs105の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 20 Jan 2006 17:17:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431342301@hc05/5543/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431342301@hc05/5543/" target="_blank"><img src="/docs/983431342301@hc05/5543/thmb.jpg?s=s&r=1137745077&t=n" border="0"></a><br /><br />１）教育を受ける権利に大きな格差
　　フィリピン
　　親の義務：子どもを小学校へ７歳から通わせる
・	妹の面倒を見るため
・	働かないと家族が食べていけない
・	制服を買ってもらえない
　　&rArr;学校にいけない、１〜２年遅れて学校へ[330]<br />発展途上国の教育について
１）教育を受ける権利に大きな格差
　　フィリピン
　　親の義務：子どもを小学校へ７歳から通わせる
妹の面倒を見るため
働かないと家族が食べていけない
制服を買ってもらえない
　　&rArr;学校にいけない、１～２年遅れて学校へ行く
　　　　　　　　　　　&uarr;&darr;
施設設備の整った私立学校、名門校に通う（車で毎日送り迎え）
子どものときからアメリカやイギリスに留学
２）教育を受ける機会の不平等
国内における貧富の格差
住んでいる地域による格差
所属する民族や階層による格差
男女の違いによる格差
　　&rArr;1959年　「児童の権利宣言」：初等教育段階においては無償で義務とすべき
　　現実：..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[教育メディアの研究／講義のまとめ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431336301@hc05/5511/]]></link>
			<author><![CDATA[ by marierock]]></author>
			<category><![CDATA[marierockの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 19 Jan 2006 23:07:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431336301@hc05/5511/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431336301@hc05/5511/" target="_blank"><img src="/docs/983431336301@hc05/5511/thmb.jpg?s=s&r=1137679664&t=n" border="0"></a><br /><br />１．視聴覚教育とは
　本講義では、教育メディアの研究ということで、まず「教育メディア」とは何かということから扱った。「教育メディア」とは、一連の学習状況を具体化するものである。その中でも本講義で最も重点を置くのは、視聴覚教育である。波多野[356]<br />　　　　　　　　　　教育メディアの研究／講義のまとめ
１．視聴覚教育とは
本講義では、教育メディアの研究ということで、まず「教育メディア」とは何かということから扱った。「教育メディア」とは、一連の学習状況を具体化するものである。その中でも本講義で最も重点を置くのは、視聴覚教育である。波多野完治は『視聴覚教育の精神』の中で、「現代の視聴覚教育は、それが言語メッセージであれ映像メッセージであれ、教育を効果的にする営みである」と述べている。また、視聴覚教育を「理性的把握を与えるために、言語を伴う、豊かな、感性的体験をあたるもの」「感性的方法を使用しながら、被教育者の理性的認識を高め、これを永続的にし、かつ、実践的にするための努力」と定義している。また、中野照海は、「視聴覚教育とは、教育行為を最適（効果的）とするために、画像メッセージと言語メッセージの特質を明らかにし、これを具体化としての教授メディアの制作、選択、および利用を主たる課題とする教育理論・実践の分野である」と言っている。画像メッセージの特質としては、画像は具体である、画像は同時に多量の情報を体系的・組織的に提示できる、画像メッセー..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[教職論研究　〜『夜回り先生』を読んで〜]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/5480/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tonbo789]]></author>
			<category><![CDATA[tonbo789の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 18 Jan 2006 23:30:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/5480/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/5480/" target="_blank"><img src="/docs/983431631501@hc05/5480/thmb.jpg?s=s&r=1137594637&t=n" border="0"></a><br /><br />　「教職論研究」のレポートを書くにあたって、確認しておきたいのは、本稿は水谷修著の「『夜回り先生』を読んで共感したことや学んだこと」と「私の三条教憲」についての２つの意味段落によって成り立っているということである。
１．『夜回り先生』を読ん[358]<br />「教職論研究」～『夜回り先生』を読んで～
「教職論研究」のレポートを書くにあたって、確認しておきたいのは、本稿は水谷修著の「『夜回り先生』を読んで共感したことや学んだこと」と「私の三条教憲」についての２つの意味段落によって成り立っているということである。
１．『夜回り先生』を読んで
私の持っている教師像というと、「教え方が下手だ」とか「社会から孤立した存在」という悪いイメージが強い。出会ってきた先生、全てにそういった悪いイメージを持ったわけではないが、大多数の先生にはいいイメージを持っていない。しかし、この本を書いている水谷先生は私の持っていたイメージとは全く正反対の先生である。
彼は横浜の夜間高校に勤めている先生である。彼の日課は夜中の９時まで仕事をした後、部活の顧問を１０時３０分までやり、そのあと夜の町を回り、ピンクチラシや風俗の立て看板を片づけたり、街角にたむろする若者たちに声を掛けたりすることを１２年間も続けている。時には「なかなか家に帰らない子供、または事情があって家に帰れない子供がいれば、その子供に付き添い、翌朝まで話し込む」（本文Ｐ３９）そうだ。それだけでなく、午前中は講..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[生命倫理教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432113501@hc05/5436/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hiromi0521]]></author>
			<category><![CDATA[hiromi0521の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 17 Jan 2006 15:16:33 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432113501@hc05/5436/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432113501@hc05/5436/" target="_blank"><img src="/docs/983432113501@hc05/5436/thmb.jpg?s=s&r=1137478593&t=n" border="0"></a><br /><br />まえがき
　生命倫理については、大学１年の頃から興味を持っていた。そのため一般教養や演習でも履修してきた。また、生命倫理と同時に、教職科目にも興味を持ち、大学１年から教職コースの履修に励んだ。大学４年次には教育実習も経験し、実際の教育現場[356]<br />まえがき
生命倫理については、大学１年の頃から興味を持っていた。そのため一般教養や演習でも履修してきた。また、生命倫理と同時に、教職科目にも興味を持ち、大学１年から教職コースの履修に励んだ。大学４年次には教育実習も経験し、実際の教育現場に触れることで、ますます教育にも興味を抱き、今回「生命倫理教育」について取り上げることとする。来年度から教鞭をとる私自身にとって大変興味深い分野であるためである。
子どもの問題行動が取り上げられるたびに、学校教育の課題が指摘されている。そして、一学級内の人数削減、ティームティーチングの導入、不登校の児童・生徒への対応、「こころの教育」の強調、文部科学省によるスクール・カウンセラーの学校現場への派遣、カリキュラム・授業時間の削減などが思案される。
このなかで私は「こころの教育」に注目し、その中で「生命倫理教育」をすすめていっては、という疑問を投げかけた。そこで、生命倫理教育の登場から、実践、今後の展望を考えていくこととする。
今現在の日本は、諸外国の就学率よりもはるかによく、教育のいきとどいた国となった。しかし、日本の子どもたちの様子は、すべてが善い人間に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[中学家庭科学習指導案（保育・幼児）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431963501@hc05/5252/]]></link>
			<author><![CDATA[ by リリパス]]></author>
			<category><![CDATA[リリパスの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Jan 2006 19:15:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431963501@hc05/5252/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431963501@hc05/5252/" target="_blank"><img src="/docs/983431963501@hc05/5252/thmb.jpg?s=s&r=1137233752&t=n" border="0"></a><br /><br />中学の家庭科の保育についての指導案の作成例です。＜題材設定の理由＞　幼児の観察や遊び道具の製作などの実践的・体験的な学習を通して幼児に関心をもたせ、子どもが育つ環境としてより良い家庭や家族の人間関係について考えさせることにより、家庭[352]<br />中学家庭科学習指導案
１）日時：平成20年6月30日　水曜日　第3校時
２）指導学級：２年5組　（男子1８名、女子1８名）
３）教室・場所：２年5組教室
４）教科書：『新しい技術・家庭』　家庭分野　（東京書籍）
５）指導者：○○　○○
６）題材名：Ｂ　ともに生きるわたしたち
第1章　わたしたちの成長と家族
７）題材設定の理由
幼児の観察や遊び道具の製作などの実践的・体験的な学習を通して幼児に関心をもたせ、子どもが育つ環境としてより良い家庭や家族の人間関係について考えさせることにより、家庭や家族の基本的な機能や重要性を理解させることをねらいとしている。また、消費者としての自覚を高めるとともに、環境に配慮して主体的に生活を営む能力と家族や地域社会の一員として課題をもって生活をよりよくしようとする態度を育てる。
　これらの内容の指導に当たっては、小学校家庭科で学習した「家庭生活と家族」・「物や金銭の使い方と買い物」・「家庭生活の工夫」に関する基礎的な知識と技能を基盤にして、適切な題材を設定し、相互に有機的な関連を図り、総合的に展開出来るよう配慮する。
８）題材の目標
　（1）自分の成長と家族..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[保健]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432454301@hc05/5225/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tatsuya]]></author>
			<category><![CDATA[tatsuyaの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Jan 2006 14:11:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432454301@hc05/5225/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432454301@hc05/5225/" target="_blank"><img src="/docs/983432454301@hc05/5225/thmb.jpg?s=s&r=1137215513&t=n" border="0"></a><br /><br />?　書名　
　『ひきこもりと家族トラウマ』　服部雄一　NHK出版　2005　8月10日
?　内容の要旨
　国内で100万人いると言われている「ひきこもり」。その原因は、人間関係の基本である親子関係のゆがみ、いじめ、友人の裏切りなどから[318]<br />①　書名　
　『ひきこもりと家族トラウマ』　服部雄一　NHK出版　2005　8月10日
②　内容の要旨
　国内で100万人いると言われている「ひきこもり」。その原因は、人間関係の基本である親子関係のゆがみ、いじめ、友人の裏切りなどからくる人間不信であるといわれている。しかし人間不信であるという安易な結論づけに留まらず何故人間不信が起こったのかという本質に迫っていく。
　また、『ひきこもり＝本人の甘え』、もしくは『ひきこもり＝親の甘やかし』と言われがちであるが、現実には本人の甘えや親の甘やかしが原因ではないと本書は語っている。この、『甘やかし』という表現の裏側に隠された本質を見つめることによって何故日本にだけひきこもりが存在しているのかを紹介しているのが本書の要旨である。
③私の考え
　私が何故この本を選んだかというと、ひきこもりに興味があったからです。私は、ひきこもりという症状は表面に出てきていなくても現代社会に生きる人間ならば大なり小なり抱えている心の不安であると考えていました。私の考えがあっているか、どうかを確認する意味と、ひきこもりについて新しい知見を手に入れるためにこの本を選択..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[生徒指導論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431275401@hc06/5224/]]></link>
			<author><![CDATA[ by shunyai]]></author>
			<category><![CDATA[shunyaiの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Jan 2006 13:50:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431275401@hc06/5224/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431275401@hc06/5224/" target="_blank"><img src="/docs/983431275401@hc06/5224/thmb.jpg?s=s&r=1137214224&t=n" border="0"></a><br /><br />◇生徒指導の目的
　生徒指導は、すべての児童・生徒を対象にして、現実生活へのよりよい適応、個性の慎重、自己の所属する集団生活の向上を目指し、将来における社会生活のなかで、最大限の社会的自己実現が達成されるように指導・援助する大切な教育活動[356]<br />生徒指導論レポート
生徒指導の目的
生徒指導は、すべての児童・生徒を対象にして、現実生活へのよりよい適応、個性の慎重、自己の所属する集団生活の向上を目指し、将来における社会生活のなかで、最大限の社会的自己実現が達成されるように指導・援助する大切な教育活動である。こうした点から、児童・生徒の人格の発達、自我の形成、個性の育成や、行動理解、行動変容に関する諸理論を取り上げ、学校生徒指導に役立てることが大切である。
　また、現在の学校教育においては、各教科・道徳活動は主として集団指導の形態において行われるのが一般的である。教育指導は個別指導だけでは、その教育効果を十分に期待することはできない。この個別指導とあわせて集団しどうが重要である。集団の力、集団の相互作用によって教育の成果や生産性を高めることが必要で、そのためには、集団指導の理念も明らかにしておかなくてはならない。また、教育相談や進路相談に関する理論も紹介し、児童生徒の発達的、開発的援助、問題解決にかんする援助、治癒的援助を行っていくことが生徒指導、進路指導を実践していく上で必要不可欠である。
生徒指導の理念
生徒指導は一人ひとりの児..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[インターネット教育論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431275401@hc06/5223/]]></link>
			<author><![CDATA[ by shunyai]]></author>
			<category><![CDATA[shunyaiの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Jan 2006 13:48:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431275401@hc06/5223/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431275401@hc06/5223/" target="_blank"><img src="/docs/983431275401@hc06/5223/thmb.jpg?s=s&r=1137214088&t=n" border="0"></a><br /><br />　今、世界中で情報化が進んでいます。インターネットを使って、家にいながら世界中の情報をホームページから手に入れられたり、電子メールでいろいろな人と情報のやりとりができるようになりました。今後ますますこのような動きはどんどん進んでいくでしょう[360]<br />　インターネット教育論　
課題レポート：インターネットと教育
今、世界中で情報化が進んでいます。インターネットを使って、家にいながら世界中の情報をホームページから手に入れられたり、電子メールでいろいろな人と情報のやりとりができるようになりました。今後ますますこのような動きはどんどん進んでいくでしょう。そうなると、インターネットが使えるとことや、情報活用能力はこれからの社会で必要な力となっていきます。
「情報活用能力」とは情報をじょうずにあつかえるようになることのことです。しかし、あくまで情報そのものをじょうずにあつかうことで、コンピュータなどの機器をじょうずにあつかうことではありません。つまり..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[戦前における社会運動の進展]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/5078/]]></link>
			<author><![CDATA[ by junskymaker]]></author>
			<category><![CDATA[junskymakerの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 13 Jan 2006 10:14:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/5078/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/5078/" target="_blank"><img src="/docs/983431203101@hc06/5078/thmb.jpg?s=s&r=1137114881&t=n" border="0"></a><br /><br />知識層
1918/12/23 黎明会発足、吉野作造、福田徳三、森戸辰夫、「中央公論」と連携〜大9
新人会、民人同盟会、社会科学・思想研究の学生組織の呼び水
1918/12	東京帝国大学の学生により新人会が組織さる
後マルクス主義化、[304]<br />社会運動の進展
知識層
1918/12/23 黎明会発足、吉野作造、福田徳三、森戸辰夫、「中央公論」と連携～大9
新人会、民人同盟会、社会科学・思想研究の学生組織の呼び水
1918/12 東京帝国大学の学生により新人会が組織さる
後マルクス主義化、三・一五事件検挙、帝大当局解散命令、後非合法活動
1919/2 早稲田大学弁論部を中心に民人同盟会結成&rarr;半年後分裂、建設者同盟
同月 新人会の学生を中心に東京府下の学生普選デモ
普通選挙期成同盟会、日比谷野外音楽堂で国民大会
労農層、無産政党
友愛会結成、鈴木文治
大日本労働総同盟友愛会に改称
日本労働総同盟に改称
1920/5 労働組合同盟会結成、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[子どもと学校]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431164101@hc06/5010/]]></link>
			<author><![CDATA[ by zzangyha]]></author>
			<category><![CDATA[zzangyhaの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 12 Jan 2006 17:12:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431164101@hc06/5010/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431164101@hc06/5010/" target="_blank"><img src="/docs/983431164101@hc06/5010/thmb.jpg?s=s&r=1137053574&t=n" border="0"></a><br /><br />　日本で漫画の本以外、初めて一冊の本を読んだ。日本の本は難しいから読めないと自分に今まで甘いすぎだった。ところで冬休みの課題として先生から指定してもらったなん冊かの本のなかで一冊を選んで感想文を書くことだったから苦手でしたくないけどしなきゃ[360]<br />「教える」こと「育つ」こと
～「子どもと学校」(河合準雄)を読んだ後～
日本で漫画の本以外、初めて一冊の本を読んだ。日本の本は難しいから読めないと自分に今まで甘いすぎだった。ところで冬休みの課題として先生から指定してもらったなん冊かの本のなかで一冊を選んで感想文を書くことだったから苦手でしたくないけどしなきゃならない、私にはなかなか終らない難しい課題だった。
本を手に入れることもなかなか大変だった。私の手のなかに入ったのは冬休みの終わりぐらいで、図書館からもらった瞬間、「ほっと」する時間もなし、急いで読み始まった。
私がなんでいろんな本のなかで借りやすい他の本を選ばなくてこの本に執着ではない執着をしたかというと、日本に来て今までいろんな体験をし、今からも新しいことを体験する可能性がいっぱいあるが、唯一、体験してみなかったし、できることもないのがある。それは、小・中・高等学校の生活である。私は制服を着ている学生を見るといつも気になってしまう。
または、最近はニュースをみると、毎週あちこちから子どもと関連した問題が起こって社会問題になっているのである。これは、子どもが被害者になったり、時に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[英語科学習指導案　Genius Lesson4 Part3]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432274701@hc05/4918/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yummy7272003]]></author>
			<category><![CDATA[yummy7272003の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 12 Jan 2006 01:01:17 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432274701@hc05/4918/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432274701@hc05/4918/" target="_blank"><img src="/docs/983432274701@hc05/4918/thmb.jpg?s=s&r=1136995277&t=n" border="0"></a><br /><br />(3)指導過程
学習活動	指導上の注意事項	時間	板書事項
１．導入
(１)口頭導入今日は日本人と英語圏の人の、誘いの断り方の違いを勉強します。	
２．本文の内容理解
(１)テープ聴取 When English speaker w[272]<br />英語科学習指導案
１．単元　Genius English Course１，Lesson4，&rdquo;Don&rsquo;t Work Too Hard.&rdquo;
　　＜対話文、日常会話、文化比較、国際理解＞
２．単元の目標
日本語と他言語との表現の違いについて比較し、興味を持たせ、理解させる。
次に掲げる言語材料の用法を理解・習得させる。
現在完了形（完了・結果、継続、経験）
関係代名詞what
形式主語のit
the way&hellip;
a way of doing
３．指導の計画
　　第１時　Dialog (p.39)　　　　　
　　第２時　Part１(p.40-p.41,l.3)
　　第３時　Part2 (p.41,l.4..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[資本主義確立期の教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/4893/]]></link>
			<author><![CDATA[ by junskymaker]]></author>
			<category><![CDATA[junskymakerの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 11 Jan 2006 22:39:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/4893/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/4893/" target="_blank"><img src="/docs/983431203101@hc06/4893/thmb.jpg?s=s&r=1136986795&t=n" border="0"></a><br /><br />＜初期議会と教育＞
1885(明治18) 内閣制度確立
憲法草案審議
1889(明治22)/2/11 大日本帝国憲法発布
1890(明治23) 第1回総選挙、11/29 帝国議会開会
民党過半数、基盤は地方有力者(耕作農民の幅広い[260]<br />資本主義確立期の教育
＜初期議会と教育＞
1885(明治18) 内閣制度確立
憲法草案審議
1889(明治22)/2/11 大日本帝国憲法発布
1890(明治23) 第1回総選挙、11/29 帝国議会開会
民党過半数、基盤は地方有力者(耕作農民の幅広い支持)
歳出予算を切り詰めて地租軽減を図る 「政費削減・民力休養」
帝国大学予算大幅に削減、第一、第三を除く高等中学の予算全廃
帝国大学・高等中学批判 
義務教育に対する国家の財政援助の要求
民党、大日本教育会など、義務教育の授業料廃止を要求
1890(明治23)/5 伊沢修二、全国教育者大会開催、国立教育社結成、国庫補助要望の議論を起こす
1892(明治25)/8 国立教育期成同盟会結成、小学校教育費国庫補助運動開始
主意書「第一 国立教育とは公費を以て国民一般に必須の教育を受けしむるを云ふ 第二 国立教育の目的を達するの第一着として小学校教育補助金を国庫より支出する法律を制定せられん事を帝国議会に請願すべし」
同年12月 請願署名を帝国議会に提出、採択
&darr;
第2次伊藤内閣文相井上毅
「文政の基本大綱」を閣議に提出、国庫補助法案の立案を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[近代家族と近代学校のかかわり]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431277601@hc06/4842/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hikaritti]]></author>
			<category><![CDATA[hikarittiの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 11 Jan 2006 13:38:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431277601@hc06/4842/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431277601@hc06/4842/" target="_blank"><img src="/docs/983431277601@hc06/4842/thmb.jpg?s=s&r=1136954333&t=n" border="0"></a><br /><br />課題?近代家族と近代学校について、両者のつながりが分かるように社会史的な観点を用いて整理し、その特徴を明らかにせよ。
　近代家族と近代学校、この二つのものをつなぐのは「子ども」である。両者の誕生には、「子ども」の存在が大きく関わっている。[354]<br />課題①近代家族と近代学校について、両者のつながりが分かるように社会史的な観点を用いて整理し、その特徴を明らかにせよ。
　近代家族と近代学校、この二つのものをつなぐのは「子ども」である。両者の誕生には、「子ども」の存在が大きく関わっている。
「子ども」というものは中世では、「小さな大人」とみなされており、「子ども期」に相当する期間は、「一人で自分の用を足すにはいたらない期間」に切り詰められていた。身体的に大人とみなされると、すぐに子どもは大人たちと一緒にされ、仕事や遊びをした。また、当時は乳幼児死亡率が高く、一部の子どもだけが生き残ればよしとして多数の子どもをもうけていたため、乳幼児は人口に含まれていなかった。
親から子どもへの愛は、「無垢さよりも、その将来性ゆえ」に存在し、子育ても、病気や死の回避を目的として行われていたのであり、それ以上の「教育的」配慮に由来して行われているのではなかった。
「子ども」という概念が登場したのは近代になってからである。近代になって子ども観が変わった。子どもの中に「可愛がりの感覚」が見出され、その純粋さ、ひょうきんさゆえに、大人にとって楽しさとくつろぎのも..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[学歴社会と高学歴化の進行]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432102901@hc05/4787/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yutakan0323]]></author>
			<category><![CDATA[yutakan0323の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 10 Jan 2006 16:28:45 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432102901@hc05/4787/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432102901@hc05/4787/" target="_blank"><img src="/docs/983432102901@hc05/4787/thmb.jpg?s=s&r=1136878125&t=n" border="0"></a><br /><br />　学歴社会とは「社会における社会的・職業的地位などの配分の基準として学歴が重視される社会」を示す言葉である。企業社会の下では、他者との競争による効率性・利潤の追求が行なわれる。雇用者が、より能力のある労働者を雇用する必要があるのは当然のこと[360]<br />学歴社会と高学歴化の進行
　学歴社会とは「社会における社会的・職業的地位などの配分の基準として学歴が重視される社会」を示す言葉である。企業社会の下では、他者との競争による効率性・利潤の追求が行なわれる。雇用者が、より能力のある労働者を雇用する必要があるのは当然のことで、その判断基準として学歴が用いられることが多いということだ。
明治時代に維新政府は各分野における優れた人材を必要とし、またそれを質的にも量的にも安定して供給できる機構を求めた。それまでは身分制度の下で子どもの進路が決定されてきたが大改革の時期であった明治時代にそのシステムは機能しない。そこで各方面のリーダーを養成するシステムとして..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ペスタロッチーの教育学]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432102901@hc05/4783/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yutakan0323]]></author>
			<category><![CDATA[yutakan0323の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 10 Jan 2006 16:09:06 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432102901@hc05/4783/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432102901@hc05/4783/" target="_blank"><img src="/docs/983432102901@hc05/4783/thmb.jpg?s=s&r=1136876946&t=n" border="0"></a><br /><br />　「世界の教育者」と言われるペスタロッチーは1746年にスイスのチューリッヒで医師の子として生まれた。ペスタロッチーは六歳で父を失い、母と忠実な手伝い人によって育てられたが、母は宗教的情操の豊かな人であり、彼はその感化を大きく受けたと言われ[352]<br />ペスタロッチーの教育学（直観の原理など）
「世界の教育者」と言われるペスタロッチーは1746年にスイスのチューリッヒで医師の子として生まれた。ペスタロッチーは六歳で父を失い、母と忠実な手伝い人によって育てられたが、母は宗教的情操の豊かな人であり、彼はその感化を大きく受けたと言われている。
彼は法律学の研究をしていたが、ルソーの『エミール』を読んで田園生活に感ずるところがあり、1768年ブルックに農場を作って、ノイホーフと名づけた。彼のノイホーフにおける７年間の農業生活は失敗に帰したが、このノイホーフにおいて、1770年長男ヤコブが生まれると、その教育に大きな注意を払って育児日記を作った。その観..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[いじめ予防のための講話]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432365101@hc05/4771/]]></link>
			<author><![CDATA[ by zimazima]]></author>
			<category><![CDATA[zimazimaの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 10 Jan 2006 03:34:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432365101@hc05/4771/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432365101@hc05/4771/" target="_blank"><img src="/docs/983432365101@hc05/4771/thmb.jpg?s=s&r=1136831664&t=n" border="0"></a><br /><br />　まず、みなさんに聞きたいと思います。いじめとはどんなものだと思いますか？いじめとは、相手が嫌がることをすることです。例えば相手をぶつこと、悪口を言うこと、噂を広めること、仲間はずれにすること、物をとったり隠したりすることなどがたくさん挙げ[360]<br />いじめ予防のための講話
-両者の立場から-
　まず、みなさんに聞きたいと思います。いじめとはどんなものだと思いますか？いじめとは、相手が嫌がることをすることです。例えば相手をぶつこと、悪口を言うこと、噂を広めること、仲間はずれにすること、物をとったり隠したりすることなどがたくさん挙げられます。もちろんこれらのことはしてよいことではありません。では、みなさんは何故いじめが起きると思いますか？いじめの一例を出して考えてみましょう。
　ある中学生は、学校でみんなから無視され、近づくだけで「汚い」呼ばわりされていました。その子は新学期から転入してきた子で、方言の違いがあるというだけで異種扱いされていました。その後もどんどんいじめはエスカレートしました。あること無いことを噂され、朝登校すれば靴がない、体育着がない、体育館履きがないのは当たり前の毎日・・・。
　こんな日常をどう思うでしょう？いじめが起きた時、当然ですがいじめる人といじめられる人がいますね。これはいじめる人が悪いのでしょうか？それともいじめられる方が悪いのでしょうか？もしこの中に「いじめられる人」が悪いと思っている人がいたら、これか..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[いじめの背景]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432225501@hc05/4746/]]></link>
			<author><![CDATA[ by reportsan]]></author>
			<category><![CDATA[reportsanの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 09 Jan 2006 13:28:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432225501@hc05/4746/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432225501@hc05/4746/" target="_blank"><img src="/docs/983432225501@hc05/4746/thmb.jpg?s=s&r=1136780902&t=n" border="0"></a><br /><br />?	本人の要因
対人困難性（人とうまくつき合えない）&larr;小さいころから他人とつき合いをした経験があまりない
耐性欠如／欲求不満耐性欠如（いやなことには我慢できない・つらいことは耐えられない）&larr;小さいときから親や先生に大事にされ、そんなにひ[348]<br />いじめの背景
いじめ（社会病理現象）の原因
本人の要因
対人困難性（人とうまくつき合えない）&larr;小さいころから他人とつき合いをした経験があまりない
耐性欠如／欲求不満耐性欠如（いやなことには我慢できない・つらいことは耐えられない）&larr;小さいときから親や先生に大事にされ、そんなにひどい目に逢ったことがない。
欲求不満状態の亢進（欲求不満状態が高じている）&larr;平等志向が非常に強く、一番恵まれた条件の子どもを基準にして比べてしまう、子どもにねだられた親の態度に一貫性がない、購買意欲をそそる宣伝
自己中心性（自分さえ良ければいい・自分のことしかあまり考えない）&larr;自分と自分の子ども中心にしか物事を考えられない..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[教師の仕事のミクロとマクロ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431261501@hc06/4714/]]></link>
			<author><![CDATA[ by makipeko]]></author>
			<category><![CDATA[makipekoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 07 Jan 2006 21:15:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431261501@hc06/4714/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431261501@hc06/4714/" target="_blank"><img src="/docs/983431261501@hc06/4714/thmb.jpg?s=s&r=1136636110&t=n" border="0"></a><br /><br />　教師は「ただ子供が好き」という感覚だけでできるものではないと思う。幅広い教養があり、しかり方に矛盾がなく、平等に生徒１人１人を見なければならない。それに、頼りになり、教科指導に自分なりの方針を持って取り組んでいる人であるべきだ。言葉で言う[360]<br />教師の仕事のミクロとマクロ
　教師は「ただ子供が好き」という感覚だけでできるものではないと思う。幅広い教養があり、しかり方に矛盾がなく、平等に生徒１人１人を見なければならない。それに、頼りになり、教科指導に自分なりの方針を持って取り組んでいる人であるべきだ。言葉で言うのは簡単だが、実際行動にうつすとなると難しい。
　教師の仕事のミクロな部分。それは個々の生徒とのコミュニケーションの多い関係を保つことだと考える。これが教師のやりがいを構成するとともに、職業的専門性の発揮が求められる場所でもある。
例えば、教師の発言は生徒にとってはとても重く感じられる。というのは、生徒は教師があらゆる面で優れていると思うことが多いからだ。私も教師は人間的にも，教えるということに対しても優れていなければならないと思う。だからこそ，やりがいのある仕事でもあると思うが，努力が非常に必要であると思う。もし教師が授業中に根拠もなしに暴言を吐いたら・・・ある生徒はそれをうのみし、その発言内容を正当なものとして記憶してしまう。ある生徒はそれを親に話し、時々マスコミを騒がせるような教師の暴言事件として扱われる可能性もある..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国際化に対応する教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431415401@hc05/4035/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bd20028]]></author>
			<category><![CDATA[bd20028の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 14 Dec 2005 01:29:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431415401@hc05/4035/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431415401@hc05/4035/" target="_blank"><img src="/docs/983431415401@hc05/4035/thmb.jpg?s=s&r=1134491399&t=n" border="0"></a><br /><br />　この六月、私は三週間、教育実習生として母校の中学校に行かせて頂いた。教師を志すに当たり、私がそこで得たものは生涯の原点となる貴重な経験の数々だった。生徒一人一人と向き合うことの難しさ、また、その大切さ、生徒と接するに当たってはまず、こちら[360]<br />国際化に対応する教育
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　この六月、私は三週間、教育実習生として母校の中学校に行かせて頂いた。教師を志すに当たり、私がそこで得たものは生涯の原点となる貴重な経験の数々だった。生徒一人一人と向き合うことの難しさ、また、その大切さ、生徒と接するに当たってはまず、こちらが誰よりも真剣であらねばならないこと。数え上げればきりがないだろうが、三週間で私が学んだことは生涯に渡って忘れることのない、黄金に輝き渡る珠玉の財産となった。今回のレポートのテーマは「国際化に対応する教育」ということだが、実習先での私の経験を少々お話させて頂きたい。
　それは、幾人..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[私のスポーツプログラム]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431417201@hc05/4016/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mutumi]]></author>
			<category><![CDATA[mutumiの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 13 Dec 2005 22:00:38 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431417201@hc05/4016/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431417201@hc05/4016/" target="_blank"><img src="/docs/983431417201@hc05/4016/thmb.jpg?s=s&r=1134478838&t=n" border="0"></a><br /><br />2004年度　群馬大学体力測定結果
	上体起こし	長座体前屈	握力平均	反復横跳	立ち幅跳	12分間走
平均	23.8回	50.1cm	26.7kg	48.0点	175.9cm	2043.0m
Ｉ	25回	62cm	22kg	47点	[210]<br />2004年度　群馬大学体力測定結果
上体起こし 長座体前屈 握力平均 反復横跳 立ち幅跳 12分間走 平均 23.8回 50.1cm 26.7kg 48.0点 175.9cm 2043.0m Ｉ 25回 62cm 22kg 47点 166cm 2080m 　　　平均値を下回っているもの
⋆平均＝女性平均
この体力測定の結果は、私の得意・不得意を見事に表しています。私はどちらかというと、短距離走より長距離走の方が得意です。だから12分間走では平均値に達しています。また、中学生の頃は体操部に所属していたので、柔軟性には少し自信があります。しかし高校時代の体力測定では、長座体前屈は63cmだったので、自己記録を下回ってしまったことが悔やまれます。なので、普段の生活の中に柔軟やストレッチをする時間を設定して、柔軟性の維持を図るべきだと考えています。そして上体起こしも、高校時代には28~29回の記録を出していたので、こちらも悔しい結果になってしまいました。腹筋も意識しなければ鍛えられないので、毎日少しずつでも、腹筋を鍛えていく必要があります。
　次に、平均値を下回っているものに注目します。平均値..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[教育心理学]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431417201@hc05/4015/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mutumi]]></author>
			<category><![CDATA[mutumiの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 13 Dec 2005 21:57:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431417201@hc05/4015/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431417201@hc05/4015/" target="_blank"><img src="/docs/983431417201@hc05/4015/thmb.jpg?s=s&r=1134478652&t=n" border="0"></a><br /><br />　『テレビ番組で暴力シーンを数多く見た子供は、あまり見ない子供と比べ、人をたたいたり、髪の毛を引っ張るなど暴力を振るなど暴力を振るう確率が高いことが調査結果で分かった』と新聞記事にあるように、ドラマや映画で殴りあうシーンがあったり、テレビ番[360]<br />教育学部　障害児教育専攻　04143003　井上　睦
『テレビ番組で暴力シーンを数多く見た子供は、あまり見ない子供と比べ、人をたたいたり、髪の毛を引っ張るなど暴力を振るなど暴力を振るう確率が高いことが調査結果で分かった』と新聞記事にあるように、ドラマや映画で殴りあうシーンがあったり、テレビ番組が子供に与える影響は非常に高いと考えられる。
現在、核家族化・両親の共働き・兄弟数の減少・地域の治安の悪化などが原因で、子供が外で遊ばず家の中で一人あるいはごく少人数で過ごす時間が昔と比べて増えている。やはり一人で過ごす時間にやることは限られてきてしまうので、以前よりテレビに接する時間は自然と増えてしまう。テレビに接する時間が多く、テレビ番組の中には殴りあうシーンや殺しあうシーンなどがあるということが、暴力を振るう確率が高いといった子供に様々な影響を及ぼしてしまっているのではないか。しかし、記事に『放送界はゴールデンタイムに青少年に配慮した番組を放送するなど対策をとっている』とあるように、放送する側もただ番組を作って放送するだけではないことが分かる。確かに朝・昼・夜の家庭でテレビを見そうな時間帯に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[私の教育観]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431477301@hc05/3731/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sm7ru6g]]></author>
			<category><![CDATA[sm7ru6gの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 08 Dec 2005 15:01:40 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431477301@hc05/3731/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431477301@hc05/3731/" target="_blank"><img src="/docs/983431477301@hc05/3731/thmb.jpg?s=s&r=1134021700&t=n" border="0"></a><br /><br />１，あなた自身の「教育論」を明示しなさい
　教育とは子供たちがこれから望ましい社会の一員となれるように成長を促すために、大人たちが子供たちに対して学習面、そして生活面などのあらゆることについて働きかける行為であり、そうすることで子供たち一[356]<br />１，あなた自身の「教育論」を明示しなさい
　教育とは子供たちがこれから望ましい社会の一員となれるように成長を促すために、大人たちが子供たちに対して学習面、そして生活面などのあらゆることについて働きかける行為であり、そうすることで子供たち一人一人が本来持っている能力をより良く伸ばそうとし、それを試みる行為であると考えます。そして私は人を育てるのは周りの環境だとも思うので、子供たちを望ましい社会の一員として成長させることができるようにするために、よい環境を整備する事はやはり周りにいる大人の大切な役目の一つであると考えます。私の考える教育したりされたりするために「よい環境」と言うのは互いに助け合ったり、いい意味で時には競争したりしていくことで、そこから子供たちが多くのことを学び取りながら自由に成長していくことができるような環境なのではないかと思います。そうしていく中で一人一人が自分らしさを見つけることができるようにすることが教育だと考えます。
２，教師になった時、生徒はどう育ってほしいと考えますか
　私はこれからの将来を担っていく子供たちには望ましい社会の一員となれるように育ってもらいたいと..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[平和研究]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431570701@hc05/3728/]]></link>
			<author><![CDATA[ by domdom802]]></author>
			<category><![CDATA[domdom802の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 08 Dec 2005 01:27:12 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431570701@hc05/3728/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431570701@hc05/3728/" target="_blank"><img src="/docs/983431570701@hc05/3728/thmb.jpg?s=s&r=1133972832&t=n" border="0"></a><br /><br />　私は、国連での途上国に対する情熱やいろんな困難や挫折を伴いながらもdevelopment workerとしての学ぼうとする姿勢や信念に感動しました。また、いつもの大学での講義での生徒に学ばせるという姿とちがい、先生自身が途上国のことについ[324]<br />平和研究
私は、国連での途上国に対する情熱やいろんな困難や挫折を伴いながらもdevelopment workerとしての学ぼうとする姿勢や信念に感動しました。また、いつもの大学での講義での生徒に学ばせるという姿とちがい、先生自身が途上国のことについて学んでいるといういつもとちがった姿がうかがえた。先生の国連での仕事での姿はいつも堂々と教壇に立って講義している姿とは想像しがたいものだった。しかしこういった困難を乗り越えてきたからこそ今の先生の姿があるのだと思う。こういった視点からでもいろいろな貴重な体験談があり、とても私にとってためになったと思う。
私はこの学びという観点からこのレポートで教育について述べていきたいと思う。ところで日本は途上国に開発援助をしているがその開発援助は一方通行であると思う。私は日本においても途上国から学ぶべきものがたくさんあると思う。いままで教育と発展の関係は経済、社会発展のための手段として捉えられてきた印象が強いが、これからは教育そのものが目的であり、開発の一部として捉えなければならないと思う。つまり、教育、学習というのは人間の基本的人権であることに加え、人間..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[今までの体育教育に関しての考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431509001@hc05/3595/]]></link>
			<author><![CDATA[ by saka14i]]></author>
			<category><![CDATA[saka14iの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 03 Dec 2005 13:07:00 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431509001@hc05/3595/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431509001@hc05/3595/" target="_blank"><img src="/docs/983431509001@hc05/3595/thmb.jpg?s=s&r=1133582820&t=n" border="0"></a><br /><br />　今まで私は、小学校、中学校、高校と、計１２年間学校体育の授業を受けてきた。この経験を基に、現在の体育教育を検討したい。（保健の授業については言及しない）
　学校体育は、私の経験から考えると小学校は、年代に合わせて主に体を実際に動かす事を[356]<br />今まで私は、小学校、中学校、高校と、計１２年間学校体育の授業を受けてきた。この経験を基に、現在の体育教育を検討したい。（保健の授業については言及しない）
学校体育は、私の経験から考えると小学校は、年代に合わせて主に体を実際に動かす事を重視した内容で授業が構成されている。具体的に言えば低学年では、鬼ごっこなど普段の遊びの延長のような内容が多く、高学年になるにつれ、実際の競技を簡易ルールで行う、といった具合である。そして中学校では、教科書が専門的な物になっており、各競技の概論的な授業から始まり、基礎、応用段階、そして実際のゲームへと進んでいく段階的な授業になっている。最後に高校の授業であるが、私の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ニート（ＮＥＥＴ）とは何か]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/3429/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tonbo789]]></author>
			<category><![CDATA[tonbo789の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 26 Nov 2005 02:57:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/3429/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431631501@hc05/3429/" target="_blank"><img src="/docs/983431631501@hc05/3429/thmb.jpg?s=s&r=1132941467&t=n" border="0"></a><br /><br />1．はじめに
　読売新聞のニート予備軍の子供達が増加しているという記事を見て、競争意識の低下した子供がニートと呼ばれる人たちの予備軍になっているという懸念があることを知りました。この記事を見て、初めてニートという言葉を知った私はそもそもニー[356]<br />ニート（ＮＥＥＴ）とは何か
はじめに
　読売新聞のニート予備軍の子供達が増加しているという記事を見て、競争意識の低下した子供がニートと呼ばれる人たちの予備軍になっているという懸念があることを知りました。この記事を見て、初めてニートという言葉を知った私はそもそもニートとはどういう人たちのことを言うのか気になったので、このことについて発表することにしました。
ニートとは何か
　ニートとは「Not in Education ,Employment or Training」の略で学校にも行かず、働いてもいない、職業訓練にも参加していない若者を意味して、フリーターでも失業者でもない人たちです。厚生労働省が２００４年９月に発表した労働経済白書で初めてニートの数を集計した結果、５２万人に達していることが分かりました。ただ実際にはもっと多いとの指摘もあります。１５歳～３４歳の約２％に相当し１０年で１．６倍に増加しました。ニートは四つに分類することが出来ます。一つは非行型、二つ目はひきこもり型、三つ目は自己実現追求型、四つ目は自信喪失型です。非行型は中卒、高校中退が多く、親も豊かとは言えないケースで、ひ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ＯＤＡ見聞録&minus;インドネシア&minus;]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431618101@hc05/3425/]]></link>
			<author><![CDATA[ by minowa]]></author>
			<category><![CDATA[minowaの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 25 Nov 2005 20:01:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431618101@hc05/3425/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431618101@hc05/3425/" target="_blank"><img src="/docs/983431618101@hc05/3425/thmb.jpg?s=s&r=1132916481&t=n" border="0"></a><br /><br />　ＯＤＡという言葉さえあまり知らなかったというのが本当のところです。ＯＤＡということを知ったのはある国会議員が国会で、新聞で賑わせていた頃でした。外務省のホ&minus;ムペ&minus;ジを検索しているときに偶然にも「ＯＤＡ民間モニタ&minus;募集」という記事を見つけま[360]<br />ＯＤＡ民間モニタ－として　インドネシアを訪れて
ＯＤＡという言葉さえあまり知らなかったというのが本当のところです。ＯＤＡということを知ったのはある国会議員が国会で、新聞で賑わせていた頃でした。外務省のホ－ムペ－ジを検索しているときに偶然にも「ＯＤＡ民間モニタ－募集」という記事を見つけました。簡単に応募できるようだったので早速応募しました。その時には、まさか自分が行けるようになるとは思ってもいませんでした。今回、インドネシアを訪れたのは群馬県からの２名を含めて、山形、福島、新潟、東京在住の方々を会わせて１０名でした。
インドネシアは日本の５倍の面積と人口は約２億人で中国、インド、アメリカについで世界第４位です。イスラム教徒が９割を占めていますが、イスラム教は国教ではない。通貨はルピアという単位でだいたい７０ルピアが１円でした。
物価は安いのか高いのかよくわかりませんでした。
　【宿泊先のホテルから写したインドネシアの風景】　
インドネシアに対して日本は
有償資金協力として　９９１億６５００万円
無償資金協力として　　７４億５０００万円
技術協力として　　　　１００億６５００万円　　　　　..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[怒りを遷す]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/3302/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bestinme]]></author>
			<category><![CDATA[bestinmeの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 20 Nov 2005 22:36:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/3302/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/3302/" target="_blank"><img src="/docs/983432297001@hc05/3302/thmb.jpg?s=s&r=1132493768&t=n" border="0"></a><br /><br />　「怒りを遷す」ということにおいて、現代社会が抱えている最も深刻な出来事の一つは、「少年犯罪」である。ここ数年において少年犯罪率は高くなるばかりだ。これからのこうした事態に備えて日本の学校の教育のあり方や家庭のあり方について検証していく必要[360]<br />「怒りを遷す」ということにおいて、現代社会が抱えている最も深刻な出来事の一つは、「少年犯罪」である。ここ数年において少年犯罪率は高くなるばかりだ。これからのこうした事態に備えて日本の学校の教育のあり方や家庭のあり方について検証していく必要があると思われる。
ごく最近の事件に関して言うと、東京・町田市で女子高校生が殺害された事件がある。被害者への一方的な思いが形を変え、殺害に至った。加害者である少年は、至って普通の少年であると聞くが、物静かな少年であるとも聞く。最近はこのような性格を持った少年犯罪が増えてきている。他人を思いやる気持ちを忘れ、殺人行為をしないと自分を表現できないのか、と遺憾に思う..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[京エコロジーセンターの環境教育への改善提案（英文）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431698601@hc05/3264/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hiyohiyo]]></author>
			<category><![CDATA[hiyohiyoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 19 Nov 2005 14:44:42 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431698601@hc05/3264/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431698601@hc05/3264/" target="_blank"><img src="/docs/983431698601@hc05/3264/thmb.jpg?s=s&r=1132379082&t=n" border="0"></a><br /><br />1. Problems - from audit observation -
1-1 Financial aspect
The whole running cost of MIYAKO ecology center is from En[120]<br />Problems - from audit observation -
Financial aspect
The whole running cost of MIYAKO ecology center is from Environmental agency at Kyoto city government.
Budgets for MIYAKO ecology center in 2004 is 180,103,000 yen1). It was reduced from one in 2003 (192,056,000 yen) for almost 10,000,000 yen1). MIYAKO ecology center is operated by Kyoto city environmental program association, which is an extra-governmental body of Kyoto city2). So there is a problem that, in fact, the Kyoto city government is..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[命の教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432388301@hc05/3185/]]></link>
			<author><![CDATA[ by fearless]]></author>
			<category><![CDATA[fearlessの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 15 Nov 2005 22:50:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432388301@hc05/3185/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432388301@hc05/3185/" target="_blank"><img src="/docs/983432388301@hc05/3185/thmb.jpg?s=s&r=1132062654&t=n" border="0"></a><br /><br />　人間はこの世に生を受けて死を迎えるまでに、数多くの事を学ぶ。環境や歴史背景など様々な事情による個人差があるが、その中でも命について考える事は最も重要である。考え、学ぶ事の根源には生きるという事、死ぬという事が存在しているからである。講義の[360]<br />『私にとってのデスエデューション(命の教育)とは』　　　　　　　　
人間はこの世に生を受けて死を迎えるまでに、数多くの事を学ぶ。環境や歴史背景など様々な事情による個人差があるが、その中でも命について考える事は最も重要である。考え、学ぶ事の根源には生きるという事、死ぬという事が存在しているからである。講義の中で「命の教育」に関わるいくつかの内容に触れ、自分なりに分析、考察していった。結論から先に述べる。私にとってのデスエデューション、すなわち「命の教育」とは、命の尊さを感じ、私たちが生きている現実（いま）を大事にするという事である。
現代社会は人の心が蝕まれている社会である。その様相は近年の犯罪..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[思春期の人工妊娠中絶]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431757301@hc05/3089/]]></link>
			<author><![CDATA[ by cattyann320]]></author>
			<category><![CDATA[cattyann320の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Nov 2005 15:51:35 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431757301@hc05/3089/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431757301@hc05/3089/" target="_blank"><img src="/docs/983431757301@hc05/3089/thmb.jpg?s=s&r=1131691895&t=n" border="0"></a><br /><br />身体的危険
　中絶手術を受ける１０代は、大人の女性と比較して中絶中に頚管裂傷になる可能性が２倍あります。（★２）
１回目の妊娠を中絶すれば、乳癌になる可能性が３０〜５０％高くなることが研究によって示されています。（★２）
など、具体的[348]<br />健康教育論
タイトル「思春期の人工妊娠中絶」
初めに
現在、２０歳未満の人工妊娠中絶が急激に増えている（図１）このレポートでは、特に十代の人工妊娠中絶の問題点をあげ、その対処法について自分の考えを書いていくことにする。
図１（★１）　年齢別人工妊娠中絶の年次推移　　　　
身体的危険
中絶手術を受ける１０代は、大人の女性と比較して中絶中に頚管裂傷になる可能性が２倍あります。（★２）
１回目の妊娠を中絶すれば、乳癌になる可能性が３０～５０％高くなることが研究によって示されています。（★２）
など、具体的に１０代での中絶の身体的危険を示す証拠は論文として発表されている。しかしながら、実際にこのような危険を認識している人はごく少数であろう。実際自分もこの論文を読むまでは、なんとなく危険な気がする、程度の認識しかしていなかった。学校教育などを見ても、あまりこのような事実をはっきり示している場合はまれである。より一層、危険についての教育が必要ではないだろうか。
精神的危険
大人になって中絶をした女性と比較して、１０代で中絶をした女性は、 
自殺をする可能性が２～４倍高い。 
精神的な問題を発症しや..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[今、教師として働くとはどういうことか？]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431930301@hc05/3080/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ba029023]]></author>
			<category><![CDATA[ba029023の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 11 Nov 2005 14:19:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431930301@hc05/3080/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431930301@hc05/3080/" target="_blank"><img src="/docs/983431930301@hc05/3080/thmb.jpg?s=s&r=1131686397&t=n" border="0"></a><br /><br />　教員として働くとは、人と人との関わりの中で柔軟に対応していくことです。赤田先生は3つのエピソードからそれを教えてくださいました。
　まず、1つ目のエピソードについて考えたことについて述べたいと思います。「教員は確固たる理念を持って行動す[352]<br />「今、教員として働くとはどういうことか」
　教員として働くとは、人と人との関わりの中で柔軟に対応していくことです。赤田先生は3つのエピソードからそれを教えてくださいました。
まず、1つ目のエピソードについて考えたことについて述べたいと思います。「教員は確固たる理念を持って行動すべきである」教員を目指す者は皆、心得ているでしょう。しかし、実際に自分自身が教員という立場で生徒と向き合った時、本当に理念や理想を基準に動くのでしょうか。また、シュミレーションしていたように動くことがのでしょうか。赤田先生は父親から虐待をうけている子供たちが助けを求めて来た時に理想に基づいて行動されました。しかし、学年主..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[子どもの「個人差」について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432240601@hc05/3038/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ケイユウ]]></author>
			<category><![CDATA[ケイユウの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 10 Nov 2005 23:40:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432240601@hc05/3038/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432240601@hc05/3038/" target="_blank"><img src="/docs/983432240601@hc05/3038/thmb.jpg?s=s&r=1131633632&t=n" border="0"></a><br /><br />（１）遺伝と環境について
  子育てに関する教えとして、｢三つ子の魂百まで｣といわれる。これを受けて『三歳までが勝負』などという書名の本があるほどである。また、「氏か育ちか」というような表現で、昔から一般の人々の生活の中でも、しばしば問われ[354]<br />　子どもの「個人差」について述べなさい。
　（１）遺伝と環境について
子育てに関する教えとして、｢三つ子の魂百まで｣といわれる。これを受けて『三歳までが勝負』などという書名の本があるほどである。また、「氏か育ちか」というような表現で、昔から一般の人々の生活の中でも、しばしば問われてきている問題がある。心理学的には、家系・家柄を表す「氏」というのは遺伝のことであるし、「育ち」という環境のことであると考えることができる。人間の発達を規定する条件として、この遺伝と環境との問題は、心理学において活発に論議されてきたテーマである。
　この論議について、エンドラー(N.S.Endler)は、およそ３つの立場に分けることができるとしている。
　第１は、「遺伝か環境か」のいずれか一方を二者択一的に主張する立場である。遺伝説(生得説)を主張したのは、カリカック家の家系調査を行なったゴッダード(H.H,Goddard)らであり、一方、環境説(後天的獲得説)を主張したのは、「遺伝なき心理学」を説いたクオ(Z.Y.Kuo)らである。
　しかし、このようにいずれか一方のみを強調する立場は、実証的な問題解決の結論..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[規範とサンクションについて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431711601@hc05/3002/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kanenashi]]></author>
			<category><![CDATA[kanenashiの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 10 Nov 2005 17:40:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431711601@hc05/3002/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431711601@hc05/3002/" target="_blank"><img src="/docs/983431711601@hc05/3002/thmb.jpg?s=s&r=1131612044&t=n" border="0"></a><br /><br />例えばズボンのポケットに両手を入れて歩くことはあっても、ワイシャツの胸ポケットに両手を入れて歩く人はほとんどいない。なぜかと聞かれても理由を明確に説明できない。しかしながら大多数の人間が「そうだ」と認識している。それを規範と呼ぶ。こうした規[360]<br />規範とサンクションについて
　　　　　　　
例えばズボンのポケットに両手を入れて歩くことはあっても、ワイシャツの胸ポケットに両手を入れて歩く人はほとんどいない。なぜかと聞かれても理由を明確に説明できない。しかしながら大多数の人間が「そうだ」と認識している。それを規範と呼ぶ。こうした規範を定義した人物は主に二人で、TパーソンズとGCホーマンズである。それぞれ彼らは次のようにその規範を定義した。（今回はバランスの関係上パーソンズのみにその言及を留めるが）定義；Tパーソンズ「規範とは、望ましいと見なされた具体的なコースの、将来の行為をそのコースへと同調させるための指令を伴った、言葉による記述である。規範の例は、『兵士はその上官のその上官の命令に従わねばならない』」と述べている。すなわちこれは自分の意見とは別に、主として自分よりも社会的地位が上位であるものが決めたルールに従った方が無難だ。と考えるコードを言っているのであろう。
このように、「一般的には、理由が明確ではないが、大多数によって『暗黙の了解』として処理されるもの」を規範とするならば、逆にある特定の集団にしか用いられない規範もある。例..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[Lesson１　Continuing　Educationを日本語で要約]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432240601@hc05/2989/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ケイユウ]]></author>
			<category><![CDATA[ケイユウの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 09 Nov 2005 22:16:15 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432240601@hc05/2989/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432240601@hc05/2989/" target="_blank"><img src="/docs/983432240601@hc05/2989/thmb.jpg?s=s&r=1131542175&t=n" border="0"></a><br /><br />日本では、大学教育が若者のためだけにあります。キャンパスにいるほとんどの学生は、18歳から24歳の間にいます。めったに教師でない限り、あなたは教室でもっと年上の誰にも会うことができません。(したがって、イシハラシンタロウの妻が32歳のときに[346]<br />　Lesson１　Continuing　Educationを日本語で要約し、アメリカ大学教育について述べなさい。
　（１）Lesson１　Continuing　Educationの和訳
　生涯教育について
　日本では、大学教育が若者のためだけにあります。キャンパスにいるほとんどの学生は、18歳から24歳の間にいます。めったに教師でない限り、あなたは教室でもっと年上の誰にも会うことができません。(したがって、イシハラシンタロウの妻が32歳のときに慶応義塾大学で勉強することが決定した時に、それはすべての主な書物の中に大見出しで報じられました。)
　アメリカでは、大学が年齢にかかわらず皆に開放されています。日本の社会が生涯の雇用の概念に基づいている一方、私たちアメリカ人は、生涯教育のシステム、あるいは現在成人教育と呼ばれるものを発展させました。若さは、もはや教育を受けるための優先条件ではありません。また、年齢ももはや制限ではありません。
　アメリカのキャンパスは、それらの30代、40代、50代、60代および70代、(この人達は1つの理由あるいは、他の理由のために学校へ戻る決心をした)などの人..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[理想の教師象]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431930301@hc05/2837/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ba029023]]></author>
			<category><![CDATA[ba029023の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 04 Nov 2005 00:19:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431930301@hc05/2837/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431930301@hc05/2837/" target="_blank"><img src="/docs/983431930301@hc05/2837/thmb.jpg?s=s&r=1131031141&t=n" border="0"></a><br /><br />１. 恩師について
私が、今回レポートを書くにあたってインタビューを行った恩師は、高校時代、担任ではありませんでしたが、3年間にわたって授業を持ってくださった先生です。意欲と情熱を持って日々熱心に教育実践等に取り組んでいるということで優秀[350]<br />『恩師から学んだこと、そして理想の教師象について』
恩師について
私が、今回レポートを書くにあたってインタビューを行った恩師は、高校時代、担任ではありませんでしたが、3年間にわたって授業を持ってくださった先生です。意欲と情熱を持って日々熱心に教育実践等に取り組んでいるということで優秀教員の一人として表彰もうけておられる先生です。なぜ恩師の中でもこの先生を選んだのかというと、私は高校2年から3年生にかけてプレゼンテーションの発表大会に参加するためにベンチャービジネスについての研究を行っていたのですが、消極的でクラスでも目立たなかった私に先生が声をかけてくださったことがきっかけでグループ研究を行うようになり、自分を変えることができたこと。そして、朝夜問わず、休日にも熱心に私たちの為に指導してくださる先生の姿に感銘を受け、私もこの恩師のような教師になりたいと思うようになったことからです。以下にインタビュー内容及び私の理想の教師象について述べていきたいと思います。
２．インタビュー内容について
　私は商業の教師になりたいので、今回のインタビューでは商業教育に関する面を重点的にインタビューしまし..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ジェンダーの視点で家族や教育を見たときにどのような課題が浮き彫りになるか？また今後はどのような態度を]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431930301@hc05/2833/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ba029023]]></author>
			<category><![CDATA[ba029023の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 03 Nov 2005 23:48:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431930301@hc05/2833/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431930301@hc05/2833/" target="_blank"><img src="/docs/983431930301@hc05/2833/thmb.jpg?s=s&r=1131029316&t=n" border="0"></a><br /><br />『ジェンダーの視点で家族や教育を見たときにどのような課題が浮き彫りになるか？また今後はどのような態度をとっていくべきか？』
１．はじめに
　性と一言で言ってもその意味合いは様々です。例えば、セックスとすると生物学的な性。身体的なもの。実[352]<br />『ジェンダーの視点で家族や教育を見たときにどのような課題が浮き彫りになるか？また今後はどのような態度をとっていくべきか？』
１．はじめに
　性と一言で言ってもその意味合いは様々です。例えば、セックスとすると生物学的な性。身体的なもの。実際は男と女とインターセックス（両性具有など男女どちらかに分化していない）の存在などを表します。そして、 ジェンダーというと社会的、文化的につくられている性。生物学的な性差を根拠として男女の違いを強調し、二分化して考えさせる点を問題とし、そうしたとらえ方は社会的文化的につくられているといった意味を指しています。今回は後者であるジェンダーに関して、私たちの生活に身近な家庭と学校のなかから問題点を考えていきたいと思います。
２．家族の中のジェンダー
　「男は仕事、女は家庭」という通年は、今、確実に揺らいでいます。しかしながら、「女は家庭」「家事は女の仕事」といった理念の影響力はいまだ根強く、社会メカニズムも、この理念に沿って動いている。雇用機会均等法が施行されているにもかかわらず就職や昇進で大きな男女格差が生じるのは、女性個人の意思や能力よりも「女」というカテ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[人間性とは何か]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432155401@hc05/2738/]]></link>
			<author><![CDATA[ by gen34054]]></author>
			<category><![CDATA[gen34054の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 31 Oct 2005 15:19:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432155401@hc05/2738/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432155401@hc05/2738/" target="_blank"><img src="/docs/983432155401@hc05/2738/thmb.jpg?s=s&r=1130739586&t=n" border="0"></a><br /><br />ここでは、「人間性」という言葉の持つ意味について検討した上で、その人間性に内包されると考えられる「社会性」ないし「社会力」といったものを、簡略ではあるが自分なりに考察してみたい。
　小学館の『日本国語大辞典第二版』によれば、「人間性」とは[356]<br />「人間性とは何か」
　ここでは、「人間性」という言葉の持つ意味について検討した上で、その人間性に内包されると考えられる「社会性」ないし「社会力」といったものを、簡略ではあるが自分なりに考察してみたい。
　小学館の『日本国語大辞典第二版』によれば、「人間性」とは、「人間の本性。人間としての生まれつきの性質。人間である以上、いかなる思想の持ち主でも、生まれつき持っている性質。」とある。ここでは人間性というものが後天的にいかなる変化を遂げていくものなのか（ないしは先天的かつ普遍的なものなのか）についての言及はなされていない。ただ、いかなる人間であれ、必ず持ちうるものであると表記されているのである。これはすなわち、人間特有のものとして「動物性」と対比されるものと言ってよいであろう。一方で、講談社の『日本語大辞典』によれば、「①人間としての本性。人間らしさ。人間に特有の本性。②人間だけがもつ当為・理想。ヒューマニズム。」とある。この①は前述の定義と大きな差異はないように思う。しかし②に注目すると「人間性」というものの本質が見えてくるように感じるのである。
　それについて考える前に、「社会性」、「..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ベルリンフィルと子どもたちを観て]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431835101@hc05/2513/]]></link>
			<author><![CDATA[ by cheshire]]></author>
			<category><![CDATA[cheshireの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 20 Oct 2005 00:27:12 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431835101@hc05/2513/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431835101@hc05/2513/" target="_blank"><img src="/docs/983431835101@hc05/2513/thmb.jpg?s=s&r=1129735632&t=n" border="0"></a><br /><br />『ベルリンフィルと子どもたち』という映画が昨年末から日本で公開されている。この映画は、２００２年に名門ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督兼首席指揮者に就任したサイモン・ラトルが、初めて取り組んだ大プロジェクトのドキュメンタリーとし[360]<br />　　　
「教育とはどのようなことか」
～映画《ベルリンフィルと子どもたち》を観て～
　　　
『ベルリンフィルと子どもたち』という映画が昨年末から日本で公開されている。この映画は、２００２年に名門ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督兼首席指揮者に就任したサイモン・ラトルが、初めて取り組んだ大プロジェクトのドキュメンタリーとして作られている。
それはオーケストラが演奏するストラヴィンスキーのバレエ曲「春の祭典」に合わせて、それまでダンス経験のない２５０名の子どもたちが舞台に挑むというベルリンフィルの教育プログラムだった。東西ドイツの合併で貧富の格差が拡大し、しかも世界各地から移民や難民が流れ込んでくる大都会ベルリン。そこで言葉も文化も異なる世界２５の国からやってきた子どもたちは６週間のダンスレッスンを受け、世界最高のオーケストラと共演するのだ。
　映画はこのプロジェクトの準備段階からスタートし、指揮者ラトルや振付師ロイストン・マルドゥームを始めとする関係者、自分たちの意思とは無関係にダンサーとしてこのプロジェクトに駆り出された子どもたちのインタビューを交えながら進行していく。そこで..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[振付家：ロイストン・マルドゥーム]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431835101@hc05/2512/]]></link>
			<author><![CDATA[ by cheshire]]></author>
			<category><![CDATA[cheshireの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 20 Oct 2005 00:19:20 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431835101@hc05/2512/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431835101@hc05/2512/" target="_blank"><img src="/docs/983431835101@hc05/2512/thmb.jpg?s=s&r=1129735160&t=n" border="0"></a><br /><br />Royston Maldoom

1943年生まれ。英国ロイヤル・バレエ団の映画に魅了されて本格的なダンス・レッスンをはじめ、22歳という遅めのスタートを切る。ロイヤル・バレエ団やアルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンス・スクールで学ん[310]<br />ロイストン・マルドゥーム　　
Royston Maldoom
1943年生まれ。英国ロイヤル・バレエ団の映画に魅了されて本格的なダンス・レッスンをはじめ、22歳という遅めのスタートを切る。ロイヤル・バレエ団やアルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンス・スクールで学んだ後、１つの作品を仕上げる中で、振付けの魅力に気付き、振付家となる。
ロイストンは、数々のプロフェッショナルなダンス・カンパニーと仕事をするかたわら、20年にわたってダンス・ユナイテッドのような、年齢や能力、文化的背景が異なる人々が一緒に踊るというダンス・プロジェクト的カンパニーにおいても指導を行ってきた。手掛けてきたものの中にはバルカン紛争時のザグレブで少数民族が集まったプロジェクトや、南アフリカの多文化プロジェクト等がある。紛争中のリトアニアやクロアチア、ボスニアのダンス・プロジェクトにも関わっている。
1995年エチオピアでは、当時追放されていたストリートチルドレンが出演するカール・オルフのバレエ曲《カルミナ・ブラーナ》の舞台を大使や政府高官の前で大成功させ、「アートは、コミュニケーションだ」という持論をもとに振付家とし..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[家庭科の授業へ関心を高めるための教育改善]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432138701@hc05/2448/]]></link>
			<author><![CDATA[ by jackjack]]></author>
			<category><![CDATA[jackjackの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 15 Oct 2005 17:50:12 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432138701@hc05/2448/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432138701@hc05/2448/" target="_blank"><img src="/docs/983432138701@hc05/2448/thmb.jpg?s=s&r=1129366212&t=n" border="0"></a><br /><br />?はじめに
私たちが生きていくために必要な「衣・食・住」に関して、必要最低限の事を中学・高校で学んだ家庭科の授業などで学び、実践したはずである。しかし、授業内容を活かす現場は多々あるのにも関わらず自分も含め活かせない、活かしきれない場合が[354]<br />家庭科の授業へ関心を高めるための教育改善
はじめに
私たちが生きていくために必要な「衣・食・住」に関して、必要最低限の事を中学・高校で学んだ家庭科の授業などで学び、実践したはずである。しかし、授業内容を活かす現場は多々あるのにも関わらず自分も含め活かせない、活かしきれない場合が多い。自分の考える家庭科の授業へ関心を持ち、実生活で活かせる授業を提案したい。
家庭科の授業の現実
出身高校に協力していただき２００４年６月１０日の「家庭基礎　学習指導案」を提供してもらった（５～７枚目に添付）。
２年生は主に「食」について学ぶようで、私が学んだ家庭科の先生と同じ先生であるため、高校の同級生１０人（アンケート対象者は女子校のため女子学生のみで、回答が偏らないように栄養士と家庭科教師を目指す人が２人を含む）に家庭科の授業の印象についてアンケートをとった。ただし、２年次の授業（「食」について）のみとしました。
質問１は「家庭科の授業で一番印象深かったことは？」
結果は
●●がフライパンを空だきして火が上ったこと（６人）
先生が教室に入った蜂を倒したこと（２人）
調理自習のコンクールで学年１位だったこと..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[家庭基礎の内容把握４　〜食生活の管理と健康〜]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431963501@hc05/2287/]]></link>
			<author><![CDATA[ by リリパス]]></author>
			<category><![CDATA[リリパスの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 29 Sep 2005 15:05:50 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431963501@hc05/2287/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431963501@hc05/2287/" target="_blank"><img src="/docs/983431963501@hc05/2287/thmb.jpg?s=s&r=1127973950&t=n" border="0"></a><br /><br />（４）食事を計画することの意義
　家族１人１人が健康で充実した生活を送るためには、各個人のライフステージにみあった食事を計画して実行することが大切である。食事は１人１人に適した量や質に留意して、計画したい。
　
?栄養素の種類と機能及び各ラ[352]<br />家庭基礎の内容把握４
～食生活の管理と健康～
（２）家族の生活と健康
ア．食生活の管理と健康
　　　
栄養・食品・調理・食品衛生などに関する基礎的な知識と技術を習得させ、家族の食生活を健康で安全に営むことができるようにする。
　
（内容の構成及びその取扱い）
アについては、栄養・食品・調理の関連を図って扱うようにすること
家族の栄養と食事、食品と調理、食生活の安全と衛生などに関する基礎的な知識と技術を、実験・実習を中心とした学習活動を通して習得させ、家族の食生活を健康で安全に営むことが出来るようにする。
　ここでは、栄養・食品・調理について、個別の学習になるのではなく、家族の食生活を健康で安全に営むために活用出来るように、関連を図って扱うようにする。
ア）．家族の栄養と食事
教科書　P．５８～P．６４　食生活をみつめる・P．６５～P．７２　食品を栄養的にみる
①家族が健康な食生活を営むためには、栄養的にバランスのとれた食事が重要であることを認識させる。
朝食をきちんと食べよう
　朝食は、睡眠中に下がった体温をあげ、脳やからだにエネルギーを供給するという、目覚まし時計のような役割を果たす..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[いじめ問題について社会福祉の立場から問題解決の方向性]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432240601@hc05/1748/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ケイユウ]]></author>
			<category><![CDATA[ケイユウの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 27 Jul 2005 19:15:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432240601@hc05/1748/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432240601@hc05/1748/" target="_blank"><img src="/docs/983432240601@hc05/1748/thmb.jpg?s=s&r=1122459324&t=n" border="0"></a><br /><br />｢いじめ｣が重大な教育問題であることは言うまでも無い。それは単に、いじめの被害者に不当な苦痛を与えるという点で問題があるだけではなく、教育の部分的な失敗(欠陥)を意味することでもあり、さらには、教育が前提にする人間関係の歪みを示すという点で[356]<br />&ldquo;いじめ&rdquo;の問題について社会福祉の立場からあなたなりに問題解決の方向性を論じなさい。
１,&ldquo;いじめ&rdquo;の問題について
｢いじめ｣が重大な教育問題であることは言うまでも無い。それは単に、いじめの被害者に不当な苦痛を与えるという点で問題があるだけではなく、教育の部分的な失敗(欠陥)を意味することでもあり、さらには、教育が前提にする人間関係の歪みを示すという点でも、重大な教育問題であるといえる。
｢いじめ｣について文部省は次のように定義している。
自分より弱いものに対して一方的に、
身体的･心理的な攻撃を継続的に加え、
相手が苦痛を感じているもの、
としている。
また、警察庁によると、｢単独もしくは複数で、特定の人もしくは特定のグループに対して、身体に対する攻撃や、言葉による脅かし、嫌がらせ、仲間はずれ、無視などで、心理的な圧迫を反芻して加えること｣と規定している。
文部省はいじめの実体を公表した際に、このような児童･生徒のいじめの原因、背景として、次の様なことが考えられると述べている。
①過度の受験戦争の中で、学校の評価も単一の尺度で計られる傾向があること。１人ひとりの個性･特性を伸長し、豊..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[地域社会と学校教育の連携と課題についての]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432221401@hc05/1733/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mai24th]]></author>
			<category><![CDATA[mai24thの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 27 Jul 2005 17:18:20 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432221401@hc05/1733/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432221401@hc05/1733/" target="_blank"><img src="/docs/983432221401@hc05/1733/thmb.jpg?s=s&r=1122452300&t=n" border="0"></a><br /><br />今回演習を行なった真狩村は、羊蹄山のふもとにあり、とても自然豊かな農村であるが、人口は少なく、交通機関も乏しい小さな村である。しかし、真狩村は｢小さいけれど日本一輝いている村｣をスローガンに掲げ、特に教育に関して力を入れ、今の都会のように地[360]<br />　地域社会と学校教育の連携と課題についてのレポート　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　今回演習を行なった真狩村は、羊蹄山のふもとにあり、とても自然豊かな農村であるが、人口は少なく、交通機関も乏しい小さな村である。しかし、真狩村は｢小さいけれど日本一輝いている村｣をスローガンに掲げ、特に教育に関して力を入れ、今の都会のように地域と学校と家庭とが分断されることなくしっかりとつながっており、地域ぐるみで子どもたちを育てる、地域に根ざした特色のある教育実践が精力的に行なわれている。地域、学校、家庭、どれかに偏りがちな現代社会において、そこには理想的な連携があった。
　「もしも、この地球の上に子どもがいなかったら、大人ばかりで、としよりばかりで、おとなはみんなむっつりとなり、としよりはみんな泣き顔となり、地球はすっかり色をうしない、つまらない土くれとなるでしょう」
この詩は、最後に訪問した御保内小学校の教頭が引用したものである。子どもとは宝であり、希望である。未来を背負う子どもたちはあらゆる可能性を秘めた、生き生きとした生命体である。しかし真狩村のような..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[最近の数学教育の動向について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432155401@hc05/1701/]]></link>
			<author><![CDATA[ by gen34054]]></author>
			<category><![CDATA[gen34054の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 27 Jul 2005 11:50:50 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432155401@hc05/1701/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432155401@hc05/1701/" target="_blank"><img src="/docs/983432155401@hc05/1701/thmb.jpg?s=s&r=1122432650&t=n" border="0"></a><br /><br />　『小学校学習指導要領解説算数編』によれば、算数の目標は次のようになっている。「数量や図形についての算数的活動を通して、基礎的な知識と技能を身に付け、日常の事象について見通しをもち筋道を立てて考える能力を育てるとともに、活動の楽しさや数理的[360]<br />　『小学校学習指導要領解説算数編』によれば、算数の目標は次のようになっている。「数量や図形についての算数的活動を通して、基礎的な知識と技能を身に付け、日常の事象について見通しをもち筋道を立てて考える能力を育てるとともに、活動の楽しさや数理的な処理のよさに気付き、進んで生活に生かそうとする態度を育てる」。この教育的特長を端的に表すのには、「ゆとり教育」と「問題解決型学習」という表現が最適であろう。これは無論、昨今の中央教育審議会（中教審）答申を鑑みれば算数科教育のみならず、他教科にも当てはまるものであろう。しかし、こうした国家的規模での教育方針の転換に際して、習熟度別学習やＴ・Ｔ指導などといった独自の対策をいち早く導入したという点で、数学教育は評価されて然るべきである。したがって以下では、近年の算数教育の代表的特長として、①ゆとりの中での基礎・基本の確実な定着と、②個に応じた指導という二点を取り上げたうえで論じていきたい。なぜなら、この二点が、現行の学習指導要領が目指す「生きる力」、すなわち「確かな学力」を育てる学習指導を進めていくために必要不可欠なものだと考えるからである。
　まず、ゆ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[個別指導塾の仕事にみるその意義と課題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432155401@hc05/1699/]]></link>
			<author><![CDATA[ by gen34054]]></author>
			<category><![CDATA[gen34054の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 27 Jul 2005 11:40:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432155401@hc05/1699/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432155401@hc05/1699/" target="_blank"><img src="/docs/983432155401@hc05/1699/thmb.jpg?s=s&r=1122432028&t=n" border="0"></a><br /><br />私は、教育に携わる者として、近年の教育産業を取り巻く環境を考えるうえで、人々からの興味関心が高く、一方で社会的マイナスイメージも依然として拭い切れぬ立場にある「塾」というものについて調べてみたいと感じた。昨今の教育問題を考えてみても、学校教[360]<br />１，はじめに
　私は、教育に携わる者として、近年の教育産業を取り巻く環境を考えるうえで、人々からの興味関心が高く、一方で社会的マイナスイメージも依然として拭い切れぬ立場にある「塾」というものについて調べてみたいと感じた。昨今の教育問題を考えてみても、学校教育に求められる課題は増大し続けており、その補助的手段となるべき塾産業の役割は無視できない存在になっている。国家的教育社会のなかにおいて、塾産業は、教育を金儲けに使おうとしていると長年批判されてきたが、もはや両者は協力体制に転換しつつある。本稿ではその中でも、近年では、かつての主流の指導形式であった集団指導に取って代わりつつある、「個別指導型の学習塾」に焦点を当てたうえで、学校と塾との在り方の比較も行ってみようと考えた。
　今回、個別指導型の塾を調査対象とするにあたってご協力頂いたのは、現在京都市内に１店舗を構えて小中学生を主な対象として進学指導を行っている「Ｋ塾（仮称）」である。私自身、現在この塾でアルバイトとして仕事に関わらせて頂いているため、インタビューを行い易いと考えたのも一つの動機であった。本稿では、まず2節で塾業界全体を含め..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[特別活動について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432231401@hc05/1614/]]></link>
			<author><![CDATA[ by avx28993]]></author>
			<category><![CDATA[avx28993の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 26 Jul 2005 19:51:33 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432231401@hc05/1614/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432231401@hc05/1614/" target="_blank"><img src="/docs/983432231401@hc05/1614/thmb.jpg?s=s&r=1122375093&t=n" border="0"></a><br /><br />特別活動には色々な活動、行事が含まれると共に、特別活動の役割については色々なことが挙げられる。私自身あまり意識することはなかったが、小学校から高等学校までの12年間を通して学級活動、生徒会活動、様々な学校行事などずいぶん多くの時間を特別活動[356]<br />　特別活動には色々な活動、行事が含まれると共に、特別活動の役割については色々なことが挙げられる。私自身あまり意識することはなかったが、小学校から高等学校までの12年間を通して学級活動、生徒会活動、様々な学校行事などずいぶん多くの時間を特別活動で過ごしてきたことになり、その中で学んできたこともたくさんある。特別活動の思い出については印象の薄いもの、強く印象に残っているものと様々だが、やはり修学旅行、文化祭や体育祭など大きな集団で行うものに強い印象が残っている。行事が大きいものになればなるほど関わる人数も増え、それにかける時間や苦労も大きくなり、その分その行事が終わった時の感動が心に残るからだろう。
　特別活動の目標においては、望ましい集団活動を通して心身の発達、個性の伸長を図ること、社会の一員としての自主的、実践的な態度を育てること、人間としての生き方の自覚を深め、自己を生かす能力を養うことが挙げられている。小学校、中学校、高等学校を経ていくごとに少しずつ目標は高いものとなってはいくが、その目指すことには基本的に変わりはない。ここで私が最も大切だと思っていることは、特別活動は「望ましい」..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[学級崩壊]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432201901@hc05/1410/]]></link>
			<author><![CDATA[ by shiori]]></author>
			<category><![CDATA[shioriの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 23 Jul 2005 13:18:06 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432201901@hc05/1410/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432201901@hc05/1410/" target="_blank"><img src="/docs/983432201901@hc05/1410/thmb.jpg?s=s&r=1122092286&t=n" border="0"></a><br /><br />学級崩壊とは、授業中にいたずらをする、立ち歩く、注意に反抗する、無断で教室を出ていくなど、小、中学校で授業が成立しないことである。
なぜこうなってしまったのかについては、さまざまな意見がある。
少子化の時代、親によって過干渉、過保護に育[352]<br />実態調査
学級崩壊とは、授業中にいたずらをする、立ち歩く、注意に反抗する、無断で教室を出ていくなど、小、中学校で授業が成立しないことである。 なぜこうなってしまったのかについては、さまざまな意見がある。 少子化の時代、親によって過干渉、過保護に育てられ、兄弟喧嘩や、泣かされたりする事が少なくなったからか、また、学校の教師の力量不足か、それとも自由化、個性化の教育改革によって自由教育と、放任教育をはき違えているかなど、考えられる原因は、たくさんある。
これらの原因を考察するために以下、授業づくりネットワーク　１）で特集された上條晴夫氏のレポートをできるだけ原文のまま紹介する。ただしここでは教室の変化のようすに焦点を合わせて月別の点描を重ねる。
学級崩壊レポート－「６割」の子どもたちの感覚－
【３月】&hellip;チューニングを心がける！
　○３月下旬。転勤先が決まった。転勤先の校長と話して、校長から、どうも特別の仕事の依頼がくるような感じがした。帰宅後、知り合いの先生にたずねると、昨年度「学級崩壊」した5年生（新6年生）の持ち手がいないとのこと。覚悟した。 　○久しぶりの学級担任である。春休み中に準..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[豊かさの条件]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432409601@hc05/1198/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kazakura]]></author>
			<category><![CDATA[kazakuraの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 19 Jul 2005 22:40:40 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432409601@hc05/1198/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432409601@hc05/1198/" target="_blank"><img src="/docs/983432409601@hc05/1198/thmb.jpg?s=s&r=1121780440&t=n" border="0"></a><br /><br />＜要約＞
日本の子ども達は、将来に希望を持てない不安な大人達の姿を見ながら、それゆえに安定した地位を求めて激しい競争にさらされている。「楽しい子ども時代」と表現するのに相応しい大多数のドイツの子ども達の生活と、いじめや受験戦争に疲れ、規則[356]<br />＜要約＞
日本の子ども達は、将来に希望を持てない不安な大人達の姿を見ながら、それゆえに安定した地位を求めて激しい競争にさらされている。「楽しい子ども時代」と表現するのに相応しい大多数のドイツの子ども達の生活と、いじめや受験戦争に疲れ、規則と宿題に押し潰され、子どもなのにいつも忙しく、子どもらしい目の輝きを失っている、日本の子ども達の「楽しくない子ども時代」は、国際社会で日本を代表する社会現象とみなされている。そして、学校をもっと人間的な環境にして、子どもが競争にあおられて勉強するのでなく、自分のペース、自分の意欲で学べる環境にしなければならない。
ドイツでは、小学校から大学まで月謝はタダ。一クラスの子どもの数は20人前後。ギムナジウムではもう少し多いところもあるが、中学からは生徒も親も職員会議に参加して、学校の規則やカリキュラムづくりに生徒達の意見が取り入れられている。子どもこそ教育の主人公なのだから、考えてみればそれは当たり前のことだ。教師は指導要領や教科書を参考にはするが、あくまでも生徒の興味と理解に寄り添って、教師自身の教材研究の成果も活かしながら魅力的な授業を進める。教科書だけ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国語の授業について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432402101@hc05/1180/]]></link>
			<author><![CDATA[ by syamo10]]></author>
			<category><![CDATA[syamo10の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 19 Jul 2005 20:23:30 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432402101@hc05/1180/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432402101@hc05/1180/" target="_blank"><img src="/docs/983432402101@hc05/1180/thmb.jpg?s=s&r=1121772210&t=n" border="0"></a><br /><br />自分が今まで受けてきた国語の授業を振り返ってみると、小学校ではグループ授業、中学校ではグループ授業と普通の講義型授業が半々ずつ、高校では講義型授業が主だったものだった。当時は教師に言われるがままグループならグループで、普通の授業なら普通の授[360]<br />自分が今まで受けてきた国語の授業を振り返ってみると、小学校ではグループ授業、中学校ではグループ授業と普通の講義型授業が半々ずつ、高校では講義型授業が主だったものだった。当時は教師に言われるがままグループならグループで、普通の授業なら普通の授業でその意義など考えることもなく授業を受けてきたが、大学に入ってグループ授業の大切さ、個々にそれぞれが授業を聞くという体制の意義が、自分なりにわかってきたような気がする。その考えたことについて、以下に示していく。
まず、グループ授業について。自分が受けてきたグループ授業は、ときどき紙芝居を作ったり、またあるときは本を作ったりということもしたが、主に５、６人で班になって机をくっつけて、教師が出した問いをみんなで考え、そして意見をまとめて代表者が発表する、というものだった。この授業はクラス全員対一人ではなく、グループの中の個人個人で意見を言い合える点に利点があると考える。普通の授業の場合だと、中にはみんなの参考となるような良い考えを持っていても、発表するのが恥ずかしい、または否定されるのが嫌だ、などの理由で、手を挙げて意見を出すことの出来ない子もいる。し..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[道徳の指導案]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432207501@hc05/1139/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yuji19831105]]></author>
			<category><![CDATA[yuji19831105の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 19 Jul 2005 04:48:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432207501@hc05/1139/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432207501@hc05/1139/" target="_blank"><img src="/docs/983432207501@hc05/1139/thmb.jpg?s=s&r=1121716139&t=n" border="0"></a><br /><br />主題名：個性の尊重1‐（5）差別のない社会4‐（4）
主題設定の理由
○本主題の指導内容は、差別・障害・個性について考えてもらいこの現代社会での差別がまだあるかどうか考えてもらい、それは何かを考える。また障害のせいで不便なことはなにか、[344]<br />道徳学習指導案
　　　　　　　　　　指導者
学年：中学2年生を対象とする。
主題名：個性の尊重1‐（5）差別のない社会4‐（4）
資料：これがぼくらの五体満足　49「差別について思うこと」52「そのままの左手が、ぼくにとっては一番」54「オレはこの言葉はぜ～ったい使わない」55「ぼくにとっては生まれた時の形が五体満足」56「わたしの気持ちを伝いたくて」
主題設定の理由
○本主題の指導内容は、差別・障害・個性について考えてもらいこの現代社会での差別がまだあるかどうか考えてもらい、それは何かを考える。また障害のせいで不便なことはなにか、それを助けるために何ができるかを考えてもらいたい。
○誇りを持って生きることは、自分を大切にした生き方をすることである。自分だからこそできる生き方をしようと考え、さらに周囲から自分の存在が必要だと認められたときより強く生きる力を持つことができるのである。この時期の児童は自我意識や他人意識が強くなり、自分を見つめる力・相手をみる力がついてくる。自分を見つめ、自分自身の個性を伸ばしていってほしいと考える。また相手の気持ちを理解し、相手を思いやる心を育てる。
○こ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[現代日本の教育課題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432238901@hc05/1110/]]></link>
			<author><![CDATA[ by gyaban]]></author>
			<category><![CDATA[gyabanの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 18 Jul 2005 21:33:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432238901@hc05/1110/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432238901@hc05/1110/" target="_blank"><img src="/docs/983432238901@hc05/1110/thmb.jpg?s=s&r=1121689984&t=n" border="0"></a><br /><br />現代日本の教育課題は大きく家庭・地域に分けて論じることが出来る。
家庭における教育は、乳幼児期の親子の絆の形成に始まる家族とのふれあいを通じ、基礎的な資質や能力に関わるすべての教育の出発点である。しかし、近年の都市化、核家族化等に伴う地域[356]<br />平成16年度2学期　通信指導レポート
科目名：家庭・学校と地域社会（&lsquo;04)　
問現代日本の教育課題　
　現代日本の教育課題は大きく家庭・地域に分けて論じることが出来る。
家庭における教育は、乳幼児期の親子の絆の形成に始まる家族とのふれあいを通じ、基礎的な資質や能力に関わるすべての教育の出発点である。しかし、近年の都市化、核家族化等に伴う地域の人間関係の希薄化等により、子育ての知恵を得る機会 が乏しくなっており、家庭教育に対する親の自覚の不足、親の過保護・過干渉、放任などが見られ、家庭の教育力の向上を図ることが大きな課題となっ　ている。
　核家族世帯は年々増加し、３世代世帯の割合は減少している。また、少子化傾向も一段と進んでいる。核家族化の進行に伴い、祖父母世代からの子育ての経験や知恵の伝承が困難になっている。また、他人の家庭に干渉しない風潮等のもとで、身近なところで子育ての相談や支援を得る機会が減少する一方、多様な子育てに関する情報が氾濫しており、このような状況のもとで、親の子育ての悩みや不安は増加している。その結果、孤立感を深めた母親が育児ノイローゼなどに陥り、わが子に危害を加える..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[道徳教育の歴史的変遷について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432270301@hc05/949/]]></link>
			<author><![CDATA[ by nayu0909]]></author>
			<category><![CDATA[nayu0909の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 14 Jul 2005 21:22:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432270301@hc05/949/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432270301@hc05/949/" target="_blank"><img src="/docs/983432270301@hc05/949/thmb.jpg?s=s&r=1121343777&t=n" border="0"></a><br /><br />道徳教育思想の起源は古く、西洋において紀元前5世紀に求めることができる。古代の道徳教育思想として「徳の教師」と自称するソフィストたちが、すぐれた市民になるための徳を授けようとした。プロタゴラスとソクラテスの論争は道徳教育の本質について考える[358]<br />「道徳教育の歴史的変遷について述べよ。」
道徳教育思想の起源は古く、西洋において紀元前5世紀に求めることができる。古代の道徳教育思想として「徳の教師」と自称するソフィストたちが、すぐれた市民になるための徳を授けようとした。プロタゴラスとソクラテスの論争は道徳教育の本質について考える手がかりを与えた。「徳は教えられるか」という問題から、ソクラテスは、徳は教えうるものではなく徳を教える教師もなく、徳を教える方法もないとした。反するプロタゴラスは世の中の人々の憤りや懲罰や叱責が存在するという事実に注目し、徳は教えられると主張した。
プロタゴラスが主張する道徳教育は三段階で行われ、第一は家庭での躾、第二は教師の元での学習を通じての教育、第三は社会の中での学びである。これに対しソクラテスは子供ではなく青年を対象とし、永遠不滅の徳の理論を求めることを目標に掲げた。
ソクラテスの弟子プラトンは、子供の道徳的成長を発達段階的にとらえ、子供が理性的になるまではプロタゴラス的立場を、理性的になればソクラテス的立場を、それぞれ採用するという考えを示した。プラトンは人間の精神を理性・気概・欲望の三つに分け、そ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[単語テストのあり方]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/933/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bestinme]]></author>
			<category><![CDATA[bestinmeの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 14 Jul 2005 13:56:39 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/933/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/933/" target="_blank"><img src="/docs/983432297001@hc05/933/thmb.jpg?s=s&r=1121316999&t=n" border="0"></a><br /><br />今日の英語教育の問題の一つとして単語があげられている。つまり、学生達は文法ばかり習得し、肝心の英会話で使いこなせないということだ。わたしは、単語は文法をやれば次第に覚えていくだろうと考えていた。というのは私自身文法こそ英語の原点であり、これ[360]<br />　今日の英語教育の問題の一つとして単語があげられている。つまり、学生達は文法ばかり習得し、肝心の英会話で使いこなせないということだ。わたしは、単語は文法をやれば次第に覚えていくだろうと考えていた。というのは私自身文法こそ英語の原点であり、これなしには英語を語れるはずがないとまで考えていた。しかし、そのような考えは学生達に英語を教えていて見事に打ち砕かれた。それはもともと英語嫌いな学生に文法など覚えさせても覚えられるはずがないのに加えて単語も覚えるはずがないのだ。そうすると当然の如く長文は読めるようになるわけがない。高校入試の長文は単語さえわかっていれば内容はつかめるように作られているのである。私はすぐに対応策に出た。授業毎回に単語テストを出すようにした。単語テストの出し方については別な機会に述べるとする。実は中学生全員に対して単語テストを実施させたほうがいいのだ。本来ならば文部省の考え方が甘すぎる。何故中学一年でbe動詞など習うのだろうか。今時の小学生は&rdquo; My name is ～. &rdquo;などといえるはずである。小学生のときに多くbe動詞について習っとけば中学になって一般動詞の混同も少し..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[基本的な形容詞と副詞について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/870/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bestinme]]></author>
			<category><![CDATA[bestinmeの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 12 Jul 2005 02:13:06 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/870/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432297001@hc05/870/" target="_blank"><img src="/docs/983432297001@hc05/870/thmb.jpg?s=s&r=1121101986&t=n" border="0"></a><br /><br />Please give me something hot to drink.

この文の訳は、「わたしに何かあったかい飲み物をください（わたしに何か飲むためのあったかいものをください。）。」である。形容詞は次にくる名詞を修飾しているはず[276]<br />現代の中学英語教育で欠落しているのがある。それは形容詞と副詞である。この用法と覚えないと文の骨格ともいえる主語と動詞の肉付けができなくなり、結果として英作文が作ることができなくなる。ということで、今回は中学生、それも特に全くといっていいほど品詞の世界を拒んできた学生達のために作った基本的な形容詞と副詞の違いについて説明していくことにする。
　形容詞・・・１．次にくる名詞を修飾する。
　　　　　　　２．主語の状態・性質を説明する。
　副詞・・・基本的に名詞以外を修飾する（特に動詞を修飾する）。
おそらくこれだけいったのでは理解しにくいだろう。例文を出して説明する。まず形容詞からだ。
　a. I am a happy man.
b. I am happy.
これらの文にある両方のhappyは形容詞である。まず、a.のほうから説明することにする。この文の訳は、「私は幸せな男です。」というのはすぐにわかると思うだろう。このhappy「幸せな」は次にくる名詞manを修飾している。これが次にくる名詞を修飾する形容詞である。次にb.の方を説明しよう。つまり、主語の状態・性質を説明するほうである。では..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[福祉と教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432334701@hc05/865/]]></link>
			<author><![CDATA[ by なかじ]]></author>
			<category><![CDATA[なかじの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 12 Jul 2005 01:50:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432334701@hc05/865/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432334701@hc05/865/" target="_blank"><img src="/docs/983432334701@hc05/865/thmb.jpg?s=s&r=1121100637&t=n" border="0"></a><br /><br />日本では、「高校生までの学力は日本人のほうがアメリカ人よりも高い。しかし、大学卒業時になるとそれが逆転し、アメリカ人のほうが日本人よりも総合的に高くなる」とよく言われる。現にアメリカ人の数学力は先進国で最低レベルである。数学は、アジアの高度[360]<br />　「日米の教育制度の差異と真に能力を伸ばす教育について述べよ。」
　日本では、「高校生までの学力は日本人のほうがアメリカ人よりも高い。しかし、大学卒業時になるとそれが逆転し、アメリカ人のほうが日本人よりも総合的に高くなる」とよく言われる。現にアメリカ人の数学力は先進国で最低レベルである。数学は、アジアの高度経済成長を支えてきた基盤である。マイクロソフト社の社員の半数がインド人であるのも、彼らの数学力が世界一だからである。日本人の数学力は学力低下が言われ始めている今日でも、先進国でトップクラスである。また、アメリカのノーベル賞受賞者は180人以上と2位以下を100人以上突き放している。しかし、その多くが移民の人とその子孫である。では、なぜ「学力逆転が起きる」といわれるのか。日米の教育制度の違いを初等教育も含めて考えていく。
　〈日本の教育〉
　今、日本の教育では「ゆとり教育」が進められている。これは、子供にゆとりを持たせ、様々なことを考え、経験させ、総合的な学習をすることにより人間性を養うことを目的としている。しかし、目的とは裏腹に、子供は家に閉じこもり、ゲームなどをする時間にあてている..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[教育問題の社会学]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432282501@hc05/842/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hideaki2214]]></author>
			<category><![CDATA[hideaki2214の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 10 Jul 2005 01:15:06 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432282501@hc05/842/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432282501@hc05/842/" target="_blank"><img src="/docs/983432282501@hc05/842/thmb.jpg?s=s&r=1120925706&t=n" border="0"></a><br /><br />　私が本論を記述するに際して感じたのは、教育学的・啓蒙的な言説の無能さであるが、言説の生産と再生産にいかにコミットするかによって他者との落差を生み出し「位置」を消費して快楽を見出せるのならば、「自分の身体を売るのはやめなさい」といった保護者[360]<br />教育問題の社会学　期末レポート
　　　　　　　　　　　　
Ⅰ、本論を記述するに際して
本講義では教育に関する問題を、社会学的に、すなわち「現実は社会的に言語によって構築される」という構築主義的な見地に立って考察してきた。本論では、90年代半ばに問題化した女子高校生の性的逸脱現象（「ブルセラ、援助交際」という言葉に代表される）を社会学的に分析した宮台真司の著書『制服少女たちの選択』を読み、その現象が問題化したプロセスやロジックを整理したうえで、そこに欠落していたと思われる論点を補足したいと考えている。現象を具体的に論じる前に、構築主義的な視座で論じることで考えられうる陥穽を指摘したいと思う。構築主義は、発話者あるいは言説を作り出す者の客観性や専門性に疑義を差し挟み、社会問題の相対化を起こした点で、逸脱や規範からの乖離を固定的に見る本質主義に効果的に対抗してきたと言えるだろう。しかし、言説実践が問題を生み出すということ、及びその言説の発信者がどういう立場にあるのかということ、それらが重要であるとしても、言説至上主義的に考察するべきではないということを指摘したい。すなわち言説の発生以前に言語..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[自立と自律　‐家庭教育‐]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432323401@hc05/680/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bulan119]]></author>
			<category><![CDATA[bulan119の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 01 Jul 2005 00:32:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432323401@hc05/680/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432323401@hc05/680/" target="_blank"><img src="/docs/983432323401@hc05/680/thmb.jpg?s=s&r=1120145573&t=n" border="0"></a><br /><br />人は完全に、まったく一人では絶対に生きていけないと思う。家庭教育が必要な時期の子供では両親やそのほかの家族による助けや、周囲の人とのふれあいがなければ精神的に自立していくことは難しいだろう。
そのような人が自立していく上で重要な時期に、両[356]<br />私における自立と自律について考える
‐家庭環境の主たる機能は子供の社会のよりよい促進を図ることにある‐
人は完全に、まったく一人では絶対に生きていけないと思う。家庭教育が必要な時期の子供では両親やそのほかの家族による助けや、周囲の人とのふれあいがなければ精神的に自立していくことは難しいだろう。
そのような人が自立していく上で重要な時期に、両親やそのほかの家族などからさまざまな家庭教育を受けて、子供は成長し、精神的にも社会的にも自立した大人になっていくのだと思う。
さて、私は現在19歳と半年の人生を家族や周囲の多くの人々に、支えられ、競い合い、時にはいがみ合い、過ごしてきた。19歳といえばもう大人である。
自分で物事を把握し考え、行動できなければいけない歳になってきているのだ。
人によって違うところだが、私は経済的な面ではまだまだ両親に支えられ大学にも「いかせて頂いている」ような状態だ。しかし、ここまで曲がりなりにも人並みの自我や自己がある人間に育つことができてきたようだ、と思っている。
両親や私を育ててくれた周囲に感謝しなければいけない。
本来、これは中学生から高校生前後の年代の自立状..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[新たに展開する核問題：人類は核と共存できるか]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432338401@hc05/611/]]></link>
			<author><![CDATA[ by atmosphere]]></author>
			<category><![CDATA[atmosphereの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 25 Jun 2005 23:40:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432338401@hc05/611/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432338401@hc05/611/" target="_blank"><img src="/docs/983432338401@hc05/611/thmb.jpg?s=s&r=1119710441&t=n" border="0"></a><br /><br />原爆が絶対悪ならば、その製作者も絶対悪なのだろうか。勿論、製作者が全ての責任を負っているとは思わない。しかし、原爆による人体への被害を考えると、そしてその被害に遭った人々を思うと、にっこりと笑って「そういう事もあるよね」などとは、地球がひっ[360]<br />新たに展開する核問題：人類は核と共存できるか
私は以前、『インフィニティー 無限の愛(96米)』という映画を観た事がある。一人の物理学者の半生を描いたもので、その名の通り主人公と結核にかかってしまう女性の恋愛物映画である。ここで登場する科学者こそ、「マンハッタン計画」と呼ばれたアメリカの原爆開発のメンバーで、後にノーベル物理学賞を受賞したリチャード・ファインマンなのだ。原爆開発の裏事情を細かに取り上げているという口コミが興味深かったので観たのだが、映画自体は平凡で目にとまったのは、(彼女の入院している)病院に漢字の習字が飾ってあった事くらいだった。彼、リチャード・ファインマンはとてもユニークな..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[家庭科の内容とイメージのギャップに関する分析]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432402101@hc05/208/]]></link>
			<author><![CDATA[ by syamo10]]></author>
			<category><![CDATA[syamo10の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 27 May 2005 21:02:14 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432402101@hc05/208/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432402101@hc05/208/" target="_blank"><img src="/docs/983432402101@hc05/208/thmb.jpg?s=s&r=1117195334&t=n" border="0"></a><br /><br />1．ギャップが起こる原因
?「調理」「裁縫」は、一番生活と結びついているから
?「調理」「裁縫」は、教わらないとわからないことだから
２．分析　
?について
　　一つ目の原因として考えられるのは、「裁縫」と「調理」が家庭科の授業内[332]<br />家庭科の内容とイメージのギャップに関する分析
1．ギャップが起こる原因
　　①「調理」「裁縫」は、一番生活と結びついているから
　　②「調理」「裁縫」は、教わらないとわからないことだから
２．分析　
①について
　　一つ目の原因として考えられるのは、「裁縫」と「調理」が家庭科の授業内容の中でも、一番生活と深く結びついているものだからです。家庭科ではよく「衣・食・住」という言葉を耳にしますが、この中の「衣」は「裁縫」と関係があるし、「食」は「調理」と関係していると言えます。特に「食」の「調理」は、私たちが生きていく上で欠かせないものです。もしこれが欠けてしまったら、私たちは食べるものが家庭内で作..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[リーダシップ論レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432409501@hc05/193/]]></link>
			<author><![CDATA[ by megumo]]></author>
			<category><![CDATA[megumoの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 22 May 2005 00:23:35 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432409501@hc05/193/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432409501@hc05/193/" target="_blank"><img src="/docs/983432409501@hc05/193/thmb.jpg?s=s&r=1116689015&t=n" border="0"></a><br /><br />このレポートではマネジャーとリーダーの違いに関して述べてみたい。私が思うに、マネジャーとは「ものごとを正しく行う者」であり、リーダーとは「正しいことを行う者」である。つまり、正しいことを行うことができる判断力や思考力を持ち合わせた者（リーダ[360]<br />「リーダーシップ論」　レポート
　　　　
このレポートではマネジャーとリーダーの違いに関して述べてみたい。私が思うに、マネジャーとは「ものごとを正しく行う者」であり、リーダーとは「正しいことを行う者」である。つまり、正しいことを行うことができる判断力や思考力を持ち合わせた者（リーダー）が、ものごとを正しく行うことができる行動力や実行力を持ち合わせた者(マネジャー)に的確な指示と機会を与えることで、タスクは確実に成功するのである。もちろん、リーダー自身にも行動力や実行力が必要なことは言うまでもないが、何よりも周囲の人間に対して明確な指針を示せることが何よりも大事なのだろう。
しかし、現在の日本に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[通学路ではなく通学エリアという提案]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432409501@hc05/191/]]></link>
			<author><![CDATA[ by megumo]]></author>
			<category><![CDATA[megumoの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 22 May 2005 00:06:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432409501@hc05/191/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432409501@hc05/191/" target="_blank"><img src="/docs/983432409501@hc05/191/thmb.jpg?s=s&r=1116688007&t=n" border="0"></a><br /><br />「子どもの参画を進めていくうえで一番大切なことは何か」と考えた時に、まずは子どもの日常を知り、その日常の中でより良く変えていけるものを探すことが大切だという結論に至った。そして実際に小学校に通っている子どもたちの日常を覗いてみたところ、最近[360]<br />　　　通学路から通学エリアへ
　　　　～子どもの参画～
　はじめに
「子どもの参画を進めていくうえで一番大切なことは何か」と考えた時に、まずは子どもの日常を知り、その日常の中でより良く変えていけるものを探すことが大切だという結論に至った。そして実際に小学校に通っている子どもたちの日常を覗いてみたところ、最近では「学校への往復＋習い事への往復」という生活パターンが非常に多く、図書館や公園などの遊び場に日常的に足を運ぶことはあまりないということがわかった。そこで私たちは、忙しい現代の子どもにとって最も日常的な遊び場や交流の場となっているのは「道」ではないのかと考え、その中でも子どもが毎日通る道である「通学路」をテーマにして子どもの参画を考えてみようと思ったのである。
この通学路とは、その名の通り子どもたちが学校に行く時に通る道のことである。しかし、これは一般的に親や教師などの大人によって通るべき道を定められているものであり、そこに子どもの意思は反映されていない。今回のレポートではこのような現状を深く探るとともに、大人と子どもの両者の手でより良い通学路を作り上げていける道はないのか、実際に「..]]></description>

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			<title><![CDATA[社会教育と留学経費]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432429501@hc05/119/]]></link>
			<author><![CDATA[ by drakoon151]]></author>
			<category><![CDATA[drakoon151の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 29 Apr 2005 20:36:36 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432429501@hc05/119/" target="_blank"><img src="/docs/983432429501@hc05/119/thmb.jpg?s=s&r=1114774596&t=n" border="0"></a><br /><br />新しい教育与件が用意されて実施すると言ってもすべての国民に選抜の機会が菌などするように帰るために一番先に政府の教育財政を確保することが一番重要な門一番のだ。 「70年には国民総生産(GNP)対政府予算の割合が16.7%、国民総生産(GNP)[324]<br />社会教育
新しい教育与件が用意されて実施すると言ってもすべての国民に選抜の機会が菌などするように帰るために一番先に政府の教育財政を確保することが一番重要な門一番のだ。 「70年には国民総生産(GNP)対政府予算の割合が16.7%、国民総生産(GNP)台教育部予算の割合は2.9%、政府予算対教育部予算の割合が17.6%を占めたが、96年現在はそれぞれ16.8%、4.0%、24.0%を占めている。教育部予算教育費及び義務校の教育費の割合は70年に教育部予算で教育職占める割合が96.4%であったし、教育部予算で義務教育費の占める割合は76.6%であったし、教育費に義務教育費が占める雨率は79.4%であったが、&#039;97年現在はそれぞれ95.3%、64.6%、 67.8%を占めている。
教育部所管歳入予算は70年に47億4千4百万ウォンだったが、97年現在は6兆2千2百8億4千5百万ウォンで増加した。教育部所管歳出予算は70年に8百10億8千6百万ウォンだったが、97年現在は18兆2千8百7十6億8百万ウォンに達する。地方教育財政歳入及び歳出予算銀行&#039;70年に7百3十9億6千4百万ウォンだったが、..]]></description>

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