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		<title>タグ“政治学”の公開資料</title>
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		<description>タグ“政治学”の公開資料</description>
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		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[常任理事国入りと憲法解釈]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431505701@hc05/3749/]]></link>
			<author><![CDATA[ by komasen333]]></author>
			<category><![CDATA[komasen333の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 09 Dec 2005 17:34:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431505701@hc05/3749/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431505701@hc05/3749/" target="_blank"><img src="/docs/983431505701@hc05/3749/thmb.jpg?s=s&r=1134117292&t=n" border="0"></a><br /><br />日本の常任理事国入りの必要性やリスクについて考察。


【　目次　】

　〇　はじめに

　〇　本論
　　　　・　外務省の主張
　　　　・　元国連職員、吉田康彦の見解
　　　　・　元外務官僚、浅井基文の見解
　　　　・[316]<br />「常任理事国入りと憲法解釈」
はじめに
安全保障理事会（安保理）。それは国際連合（国連）の中にあって、国際の平和と維持に関して最も重要な責任を持つ機関である。常任理事国５カ国（「Ｐ５」/アメリカ・フランス・イギリス・中国・ロシア）と選挙で選ばれる非常任理事国１０カ国（任期２年、連続再選不可）で構成され、議決の際は１５か国中９カ国以上の賛成が必要となる。この際、常任理事国５カ国すべてが反対（拒否権行使）しないのが条件になる。なお、賛否を示したくない場合は「棄権」という選択肢もある（これは拒否権行使にはあたらない）。第二次世界大戦の「戦勝国」かつ核保有国である常任理事国のメンバーは不動であり、５カ国のうち１カ国でも拒否権を行使すれば決議案が採択されないという特権を持っている点に関して、かねてから大国に権限が集中し過ぎているなどという批判があり、安保理改革の必要性が指摘されてきた。そこで、これまでも何度か安保理改革の議論は持ち上がったが、各国の利害や思惑が複雑に交錯し、改革の実現は程遠いものと思われてきた。しかし２００３年、アメリカが安保理の議決を経ずにイラク戦争へ突入したのを契機として、９..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本政治再生へ向けての私論&minus;「リーダーシップ」と「住民運動」という観点から&minus;]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431331301@hc05/5278/]]></link>
			<author><![CDATA[ by imomusikaiko]]></author>
			<category><![CDATA[imomusikaikoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Jan 2006 22:06:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431331301@hc05/5278/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431331301@hc05/5278/" target="_blank"><img src="/docs/983431331301@hc05/5278/thmb.jpg?s=s&r=1137243992&t=n" border="0"></a><br /><br />１、はじめに
　１２月５日、読売新聞ホームページにて興味深い記事を目にした。日本経団連の奥田碩会長は、５日の記者会見で、最近の株高も関連して「日本全体がバブル期のような雰囲気を持ってきた。」と述べ、さらに、「日本全体の拝金主義的傾向」を指[356]<br />　１、はじめに
１２月５日、読売新聞ホームページにて興味深い記事を目にした。日本経団連の奥田碩会長は、５日の記者会見で、最近の株高も関連して「日本全体がバブル期のような雰囲気を持ってきた。」と述べ、さらに、「日本全体の拝金主義的傾向」を指摘し、「前回のバブルの轍を踏まないように国民全体が行動しなければならない。」と警告している（注１）。1990年のバブル経済の崩壊後、日本は平成不況という出口の見えないトンネルに迷い込んで久しい。けれども、ようやく今、良くも悪くも変革の時期を迎えているのではないだろうか。現在、我々に必要なものは何か。我々に求められているものは何か。「リーダーシップ」「住民運動」の２つのキーワードに焦点を当てて考察したい。
　２、今、求められる「リーダーシップ」
「リーダーシップ」という言葉には明確な定義が存在しないように思われる。「集団の方向性を定め動かすこと」だろうか。「人にモチベーションを与え目的を実行させること」だろうか。マイケル・ユシーム氏は「リーダーシップとは結果を変える行為だ」と述べている。ユシーム氏いわく、「リーダーシップは必然的に、失敗した戦略の方向転換..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「笑い」とイデオロギー]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431331301@hc05/5274/]]></link>
			<author><![CDATA[ by imomusikaiko]]></author>
			<category><![CDATA[imomusikaikoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Jan 2006 21:49:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431331301@hc05/5274/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431331301@hc05/5274/" target="_blank"><img src="/docs/983431331301@hc05/5274/thmb.jpg?s=s&r=1137242950&t=n" border="0"></a><br /><br />１、はじめに
　イデオロギーとは何か。
　一般的には「世界や人間について人々が抱く、体系的な信念・観念」
　とされているが、統一的な定義はないようだ。ただの壁の染みだとか、魚の模様だとかが「人の顔だ」と誰かが主張すれば、なるほど顔に見[348]<br />１、はじめに
イデオロギーとは何か。
一般的には「世界や人間について人々が抱く、体系的な信念・観念」
とされているが、統一的な定義はないようだ。ただの壁の染みだとか、魚の模様だとかが「人の顔だ」と誰かが主張すれば、なるほど顔に見えてくる。これもある意味簡単なイデオロギーの例といえる。このイデオロギーの形成に大きく関与するものとして、鷲田(1985)は「言語」を挙げている。「言語の分析なしにイデオロギー的生産を、そして意識の生産を十全かつ基本的に解明することは不可能である(p.154)」という。しかし言語外のもの、例えば「笑い」もまた同様に、イデオロギー的社会構造の中では強い影響力を持っていると思われる。言語よりももっと無意識のうちに表れるものであるため、より心理的な面が率直に反映されているのではないだろうか。ここで言う「笑い」とは、うれしいときや楽しいときのそれではなく、アイロニー的な、批判的な意味を持ったものである。
　人はどのようなときに、なぜ笑うのか。そして、それはイデオロギーとどのように関係しているのか。事実性のないイデオロギーから抜け出すことは、果たして可能なのか。
　２、イ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[地方財政]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431142101@hc06/5192/]]></link>
			<author><![CDATA[ by jampan310]]></author>
			<category><![CDATA[jampan310の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Jan 2006 03:29:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431142101@hc06/5192/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431142101@hc06/5192/" target="_blank"><img src="/docs/983431142101@hc06/5192/thmb.jpg?s=s&r=1137176977&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめにとテーマの背景
　平成12年4月に地方分権一括法が施行され、地方自治代が自己責任の下に独自の政策を立案・実行できるようになった。
　このことを受けて、杉並区は法定外目税として「すぎなみ環境目税」条例を制定し、前駆を上げてレジ袋の[346]<br />地方財政レポート
レジ袋税について
はじめにとテーマの背景
　平成12年4月に地方分権一括法が施行され、地方自治代が自己責任の下に独自の政策を立案・実行できるようになった。
このことを受けて、杉並区は法定外目税として「すぎなみ環境目税」条例を制定し、前駆を上げてレジ袋の削減、マイバック持参運動に取り組んでいる。
　当初、「レジ袋税構想」として示された動きは、区民の中に賛否両論の議論を巻き起こし、いったんは区議会で継続審議になり、６ヶ月の審議の末に可決したものである。しかし、マスコミ報道を含めた様々な議論は、レジ袋問題に対する区民の関心を高め、区が条例成立後もそのレジ袋削減運動の推移などを判断したこともあって、レジ袋削減、マイバック持参運動、多くの区民、業者、団体が力をあわせることになったものである。
　この運動は、現在の大量生産、大量消費の使い捨て文化を見直し、環境にやさしい生活スタイルにしていこうとする運動である。慣れている生活スタイルを変えることは難しいことだが、地球環境問題の深刻さや、ごみの処理の困難化などといった環境問題を背景としているため、この運動の広がりが期待されている。
..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[マスメディアが政治に与える影響]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/5068/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kibayashi]]></author>
			<category><![CDATA[kibayashiの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 13 Jan 2006 00:30:33 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/5068/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431157801@hc06/5068/" target="_blank"><img src="/docs/983431157801@hc06/5068/thmb.jpg?s=s&r=1137079833&t=n" border="0"></a><br /><br />■テーマ設定の動機
　マスメディアは新聞やテレビなどの形で存在しており、近年急速に普及したインターネットもマスメディアの一つということができる。私自身政治に関する情報を見聞きするのはすべてといっていいくらいマスメディアを介してのものである[356]<br />「マスメディアが政治に与える影響」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
■テーマ設定の動機
　マスメディアは新聞やテレビなどの形で存在しており、近年急速に普及したインターネットもマスメディアの一つということができる。私自身政治に関する情報を見聞きするのはすべてといっていいくらいマスメディアを介してのものである。もはやそれは当たり前になりすぎていることではあるが、元々は別のものであるはずである。そこで今回はその「マスメディア」が政治に与える影響についてスポットをあててみることにする。
■現代における「マスメディア」の位置
　まず、現代において「マスメディア」がどのような位置に存在しているかについて考える。
　そもそもマスメディアが存在しなかった時代には政治権力と大衆は隔絶されており、両者相互を通じ合わせる媒介はほとんど存在しなかった。独裁制をとっていたならなおさらである。しかしその後マスメディアや普通選挙制の確立などにより両者は除々に密接に関係するようになってきた。現代においては大衆の自主性を尊重する民主政治では大衆に十分な情報を提供するために使用される。（また独裁体制..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[近代日本の政治の歴史]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/4892/]]></link>
			<author><![CDATA[ by junskymaker]]></author>
			<category><![CDATA[junskymakerの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 11 Jan 2006 22:34:42 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/4892/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431203101@hc06/4892/" target="_blank"><img src="/docs/983431203101@hc06/4892/thmb.jpg?s=s&r=1136986482&t=n" border="0"></a><br /><br />憲法発布後10年
藩閥勢力‐「超然主義」「超然内閣」
政党ではなく藩閥が一致協力して天皇にかわって国政の責に任ずる
初期議会期
「超然内閣」vs「民党」
憲法第67条 議会の予算審議権の制限の問題 政府vs衆議院
明治24/5/[306]<br />近代日本の政治の歴史
憲法発布後10年
藩閥勢力‐「超然主義」「超然内閣」
政党ではなく藩閥が一致協力して天皇にかわって国政の責に任ずる
初期議会期
「超然内閣」vs「民党」
憲法第67条 議会の予算審議権の制限の問題 政府vs衆議院
明治24/5/6 第一次松方内閣
民党「政費節減・民力休養」に対抗し積極政策
第二次伊藤内閣
1893/2 「和協の詔勅」
日清戦争後、政府、政党との提携を求め始める(政党と政府の利害の一致？)
1896(明26)/4 自由党総理板垣退助の内務大臣就任
明治29 第二次松方内閣
進歩党と提携、党首大隈重信外相主任
保守系官僚グループの反発(元老山県有朋)
1900(明33)/9 伊藤系官僚グループと自由党(憲政党)が合同、立憲政友会
進歩党(憲政本党)は野党
第二次松方内閣、地租増徴案に反発
進歩党は同内閣と提携を断絶&rarr;総辞職
1898(明31)/1/12 第三次伊藤内閣
増税案&rarr;自由党離れる
自由党、進歩党合同、憲政党に(6月)(衆議院の3分の2近く)
増税案不可能に、伊藤内閣総辞職
6/30 第一次大隈内閣
日本初の政党内閣
酒税大幅増徴(軍拡の代償..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「グローバル化」のもとでの国家・政治の役割と意義]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431251601@hc06/4804/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tennistennis]]></author>
			<category><![CDATA[tennistennisの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 10 Jan 2006 23:17:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431251601@hc06/4804/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431251601@hc06/4804/" target="_blank"><img src="/docs/983431251601@hc06/4804/thmb.jpg?s=s&r=1136902628&t=n" border="0"></a><br /><br />　近年のコミュニケーションや交通手段の飛躍的発達は、国境を越えた、人々の経済活動や文化交流などを盛んにしている。インターネットの普及によって、さまざまな情報は瞬時に世界に伝達され、各家庭に届き、新たな事態を引き起こす。国家はもはやこのような[360]<br />「グローバル化」のもとでの国家・政治の役割や意義について、近代以降の国家・政治と比較しながら説明せよ
　近年のコミュニケーションや交通手段の飛躍的発達は、国境を越えた、人々の経済活動や文化交流などを盛んにしている。インターネットの普及によって、さまざまな情報は瞬時に世界に伝達され、各家庭に届き、新たな事態を引き起こす。国家はもはやこのような活動や情報の流れを押しとどめることはできない。「国境を越え、人簿と野に津上生活が地球的規模で展開される、ヒト・モノ・カネ。情報の往来の上に成り立つ」グローバル化という形をとって急激に変化する世界にあって、どのような組織、統治機構や政府、政治が仏ようとされるのか、新しいガバナンスの形が問われている。そこで、近代以降の国家。政府の発展の歴史をたどりながら考えたい。
　そもそも、国家は、絶対主義の時代、軍隊・警察といった物理的暴力装置を独占し、官僚機構を備えた権力機構として誕生した。この国家は、市民革命を経て近代市民国家として発展して行った。近代国家の機能は、自由放任主義、経済的自由主義の考え方に基づき、財産権の保障を中核とする法秩序の維持、治安確保、外交..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[What Prime Minister Koizumi intended to achieve through Israel visit]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431410901@hc05/4726/]]></link>
			<author><![CDATA[ by nephe35]]></author>
			<category><![CDATA[nephe35の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 08 Jan 2006 13:41:33 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431410901@hc05/4726/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431410901@hc05/4726/" target="_blank"><img src="/docs/983431410901@hc05/4726/thmb.jpg?s=s&r=1136695293&t=n" border="0"></a><br /><br /> I write the reasons that Prime Minister Koizumi visits Israel now from 
various aspects and I intend to write their pu[120]<br />What Prime Minister Koizumi intended to achieve through Israel visit
I write the reasons that Prime Minister Koizumi visits Israel now from 
various aspects and I intend to write their purpose, goals, and aim．
The visit reason that is thought most is that the Japanese government is going to appeal to world countries for the posture that Japan participates in a Palestinian peace negotiation positively inside and out．Prime Minister Koizumi talk together with Chairperson Israeli Prime Minister Shar..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ Qualities and Traits politicians should have]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431410901@hc05/4713/]]></link>
			<author><![CDATA[ by nephe35]]></author>
			<category><![CDATA[nephe35の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 07 Jan 2006 19:43:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431410901@hc05/4713/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431410901@hc05/4713/" target="_blank"><img src="/docs/983431410901@hc05/4713/thmb.jpg?s=s&r=1136630609&t=n" border="0"></a><br /><br />　I intend to describe two qualities and traits about what needs to become a politician in Japan and to succeed in fulfil[122]<br />Qualities and Traits politicians should have
I intend to describe two qualities and traits about what needs to become a politician in Japan and to succeed in fulfilling his or her job. 
First point is the characteristics to interest a person. To get these, I think that activity power and expression power through words are necessary. I thought that activity power and conversation power were necessary to charm a person.
Second point is the roles or functions that politicians should play. I think t..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[主要国の政治システムについて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431254601@hc06/4691/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 司法書士]]></author>
			<category><![CDATA[司法書士の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 07 Jan 2006 12:11:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431254601@hc06/4691/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431254601@hc06/4691/" target="_blank"><img src="/docs/983431254601@hc06/4691/thmb.jpg?s=s&r=1136603483&t=n" border="0"></a><br /><br />＜主要国政治システム概論＞
　現代民主主義国家を支える基本的な政治原理は、立憲主義、法治主義、権力分立制などである。
　立憲主義（constitutionalism）とは、国家の根本組織法である憲法に従って統治がなされることを意味する。[318]<br />政治学レポート
＜主要国政治システム概論＞
現代民主主義国家を支える基本的な政治原理は、立憲主義、法治主義、権力分立制などである。
立憲主義（constitutionalism）とは、国家の根本組織法である憲法に従って統治がなされることを意味する。
法治主義とは＜法の支配＞を原則とし、統治者も被統治者も等しく法により規制され、法の枠内における行動が容認され正当化されることをいう。国家の政治組織も法により規定されていることはいうまでもなく、かかる＜法の支配＞が確立されている国家を法治国家という。
権力分立制とは、政府の権力を複数の独立した機関に分割し、その相互間に抑制と均衡(checks and Balances)の原則を働かせ政治権力の集中と暴走を防止しようとする政治原理である。通常、立法(Legislature),行政(Executive),司法(Judiciary)の三権に政治権力を分散させることから三権分立主義といわれ、立法権は議会（国会）に、行政権は内閣あるいは大統領に、司法権は裁判所におのおの帰属する。もっとも現実の政治において三権はおのおの完全に独立したものではなく、深く絡..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[議院内閣制度（日本）と大統領制度（米国）を比較して]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431351101@hc05/4379/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ayanoko]]></author>
			<category><![CDATA[ayanokoの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 26 Dec 2005 22:59:15 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431351101@hc05/4379/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431351101@hc05/4379/" target="_blank"><img src="/docs/983431351101@hc05/4379/thmb.jpg?s=s&r=1135605555&t=n" border="0"></a><br /><br />　「議員内閣制」と「大統領制」この二つは、どちらも、「立憲民主主義」を「権力分立」という方法を使ってそれぞれ現実化させた政治体制である。
　この二つの代表的な政治体制を、「日本の議院内閣制」と「アメリカの大統領制」に絞って考えてみる。二国[356]<br />「議員内閣制」と「大統領制」この二つは、どちらも、「立憲民主主義」を「権力分立」という方法を使ってそれぞれ現実化させた政治体制である。
この二つの代表的な政治体制を、「日本の議院内閣制」と「アメリカの大統領制」に絞って考えてみる。二国の議院内閣制と大統領制を比べる際、まず私は「首相」と「大統領」の違いに着目した。
日本の場合、「首相」とは「内閣総理大臣」のことを指す。
議院内閣制では、「行政府」のトップである内閣総理大臣を「立法府」である議会からの指名によって決定する。この指名の制度は典型的な代議制（間接民主制）である。なぜなら、議会を構成する議員は、国民の投票によって選ばれているので、多少理論に傾いてしまうが、国民は間接的に首相を選ぶことになるのである。
一方のアメリカ合衆国の大統領制について考えてみる。
アメリカの大統領制はモンテスキューの唱えた「三権分立」を理想として作られている。 そのため、前記した日本の議会と首相の関係とは大きく異なり、アメリカでは、立法府である議会と行政府のトップである大統領とは互いに責任を負わず、大統領は国民の直接的な選挙で選出されるのだ。
大統領制と議員..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[軍縮と軍備管理]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431329301@hc05/4351/]]></link>
			<author><![CDATA[ by shm667]]></author>
			<category><![CDATA[shm667の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 26 Dec 2005 19:13:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431329301@hc05/4351/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431329301@hc05/4351/" target="_blank"><img src="/docs/983431329301@hc05/4351/thmb.jpg?s=s&r=1135592033&t=n" border="0"></a><br /><br />　軍縮と軍備管理についてキーワードを用いて書くというのが課題なので、課題の図書を参考に私なりにまとめてみました。
１、	軍縮とは
?（『軍縮』＝ディスアーマネント）の背景
　かつて領土の拡大や植民地の獲得が国益の中心的な部分を占めてい[344]<br />軍縮と軍備管理について
軍縮と軍備管理についてキーワードを用いて書くというのが課題なので、課題の図書を参考に私なりにまとめてみました。
軍縮とは
ⅰ）（『軍縮』＝ディスアーマネント）の背景
かつて領土の拡大や植民地の獲得が国益の中心的な部分を占めていた時代には、他国の侵略のためや、他国からの侵略に対する防衛のため、さらには他国に対する威嚇、脅迫という意味でも軍事力は大きな意味をもっていた。
ⅱ）軍縮の始まり
２０世紀に入り２度の世界大戦を経験した国際社会には国際連盟規約（1919）や不戦条約（1928）など侵略戦争を抑えようとする動きが高まり、1945年には国連憲章により武力の行使や威嚇は原則的に禁止された。それに伴い紛争解決の方法として、非軍事的手段が重視されるようになった。
軍事管理とは
ⅰ）『軍事管理（＝アームズコントロール）』の定義
軍事管理という言葉は定義がない。１９４０年代末以降、東西冷戦構造のもとで軍備誇張競争が進み、軍縮の実現はますます困難になるという現実があった。このような中で50年代末から『軍縮』にかわって使われるようになった概念のことで、
現実的に軍縮が実現できな..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[中国の政治を知る]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431410901@hc05/4343/]]></link>
			<author><![CDATA[ by nephe35]]></author>
			<category><![CDATA[nephe35の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 26 Dec 2005 16:33:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431410901@hc05/4343/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431410901@hc05/4343/" target="_blank"><img src="/docs/983431410901@hc05/4343/thmb.jpg?s=s&r=1135582427&t=n" border="0"></a><br /><br />　建国直前に制定され、臨時憲法の役割を果たした「中国人民政治協商会議共同綱領」、一九五四年に制定された「中華人民共和国憲法」と現行の「憲法」のいずれも、中国共産党の指導による、人民代表大会制度が中国の基本的な中国統治制度であると明確に規定し[360]<br />政治学基礎概念
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＜中国の統治制度＞
建国直前に制定され、臨時憲法の役割を果たした「中国人民政治協商会議共同綱領」、一九五四年に制定された「中華人民共和国憲法」と現行の「憲法」のいずれも、中国共産党の指導による、人民代表大会制度が中国の基本的な中国統治制度であると明確に規定している。「憲法」の規定によると、中国共産党の指導する多党合作と政治協商制度は中国政治制度の重要な一部である。四〇数年来、この制度は不断の改革と完全なものにすることを通じて、広く人民大衆の支持を得、実践の中でますます強固になった。　中国人民代表大会制度は資本主義国家の権力分立制度と異なり、ソ連が十月革命後に樹立したソビエト制度とも異なり、中国的特色のある社会主義の人民民主制度である。「中華人民共和国憲法」は、「中華人民共和国は労働者階級が指導し、労働者と農民の同盟を基礎とする人民民主専制の社会主義国家である(１)」、「中華人民共和国の一切の権力は人民に属する(２)」と規定している。中国のように国土が広く、人口が多く、五十六もの民..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本がモスクワオリンピック参加を断念した理由〜国際政治的力学の観点から〜]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431330501@hc05/4332/]]></link>
			<author><![CDATA[ by jjkururinpa]]></author>
			<category><![CDATA[jjkururinpaの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 26 Dec 2005 15:25:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431330501@hc05/4332/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431330501@hc05/4332/" target="_blank"><img src="/docs/983431330501@hc05/4332/thmb.jpg?s=s&r=1135578329&t=n" border="0"></a><br /><br />序章
　日本は太平洋戦争に負けてアメリカの手下になったのだろうか。私はこの疑問を小学校で第2次世界大戦以降の歴史を習った頃から感じていた。なぜならば日本政府がアメリカ政府の意向に反した外交政策を打ち出すことは無いように思えたからだ。今日、[354]<br />日本がモスクワオリンピック参加を断念した理由
～国際政治的力学の観点から考える～
序章
　日本は太平洋戦争に負けてアメリカの手下になったのだろうか。私はこの疑問を小学校で第2次世界大戦以降の歴史を習った頃から感じていた。なぜならば日本政府がアメリカ政府の意向に反した外交政策を打ち出すことは無いように思えたからだ。今日、日本とアメリカ合衆国は戦後のGHQ占領時代を経て緊密な関係を保ちつづけている。日本にとってアメリカは核を含めた防衛力を提供してくれる軍事大国であり多量の加工製品を買ってくれる貿易相手である。アメリカにとって日本は東アジアへの軍事・政治拠点であり大量の穀物製品を売る貿易相手でもある。なにより戦後の両国の人的交流を経て日本とアメリカは友人となった。毎年多くの日本人がハワイなど多くのアメリカ領土を訪れているしアメリカの大学に留学する日本人学生の数も増えている。一方で、日本に在住するアメリカ人の数も増えた。太平洋戦争という悲しい喧嘩を体験した日米は相互理解が深まり友好国になったのだ。
だが仮にこの「緊密な関係」がアメリカ政府と日本政府の主人と奴隷といった「上下関係」から来ているの..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[政治と金]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431508301@hc05/4288/]]></link>
			<author><![CDATA[ by タツ]]></author>
			<category><![CDATA[タツの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 24 Dec 2005 00:47:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431508301@hc05/4288/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431508301@hc05/4288/" target="_blank"><img src="/docs/983431508301@hc05/4288/thmb.jpg?s=s&r=1135352864&t=n" border="0"></a><br /><br />概要
　現代、政治とカネは密接な関係にあります。政治をするためには、お金が必要で、政治によって莫大な予算が組まれています。その政治をするのは国会議員です。国会議員の給与、秘書給与などの支出は我々の税金から出ているし、予算も税金から支出され[356]<br />政治と金
概要
　現代、政治とカネは密接な関係にあります。政治をするためには、お金が必要で、政治によって莫大な予算が組まれています。その政治をするのは国会議員です。国会議員の給与、秘書給与などの支出は我々の税金から出ているし、予算も税金から支出されています。国会議員は日本を良くするために議論し、そこで決まったことを実行するために予算を組み、道路を整備したり、新幹線を通したりしているのですから、日本国民の税金を使うのは当たり前の事といえるでしょう。しかし私も含め多くの人は、どこにいくら使ったかなど具体的に知っているのはほんの一部に過ぎません。知らない部分には秘書給与の水増し請求などの個人のポケットに入っている〝カネ〟もあると思います。
政治家の金の流れ
　政治家は多額のお金を持っています。では、それはどこから出てくるのでしょう？もちろん、国会議員としての給与もあります。それもけっこうな額になるはずです。しかしそれだけでは政治家の活動資金としては少ないです。そこで政治家はパーティー収入や献金という形でカネを集めます。
まず、パーティー収入とは、政治家がパーティーを主催します。ですが、政治家..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 日本の政治]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431508301@hc05/4287/]]></link>
			<author><![CDATA[ by タツ]]></author>
			<category><![CDATA[タツの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 24 Dec 2005 00:45:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431508301@hc05/4287/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431508301@hc05/4287/" target="_blank"><img src="/docs/983431508301@hc05/4287/thmb.jpg?s=s&r=1135352709&t=n" border="0"></a><br /><br />概要
　現代の日本の政治は、たいへん複雑になっていると思います。有事法制や郵政民営化などのように私たち国民がなんとなく分かった気になっていますが、よくよく考えると本当に利益はあるのだろうかと疑問に思ってしまうことが多々あります。それならま[356]<br />日本の政治
概要
現代の日本の政治は、たいへん複雑になっていると思います。有事法制や郵政民営化などのように私たち国民がなんとなく分かった気になっていますが、よくよく考えると本当に利益はあるのだろうかと疑問に思ってしまうことが多々あります。それならまだしも政治家個人の利益となってしまったり、一時の話題集めのためだけのようなものあったりします。&ldquo;治安こそ福祉&rdquo;とはよくいったもので、その名のもとに全国では監視カメラが設置され警察の捜査に役立っています。この現状も人権を無視したものではないのかと疑問に思います。ここでは、憲法改正と地方分権についての意見を述べたいと思います。
憲法改正
　憲法改正で一番の焦点と言えばやはり第９条についてだと思います。９条の改正は今の段階では難しいと思います。私自身、改正が必要なのかわかりません。それ以上に、&ldquo;無邪気なエリート&rdquo;つまり二世、三世議員が海外派兵をもっとしてアメリカに気に入られようとしているのではないかとさえ思います。そこまでではないにしても、有事法や国民保護法が成立した今、第９条を改正しては攻撃されれば戦争になってしまいそうで恐い気がします。有事法制..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国際政治経済]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431709401@hc05/4020/]]></link>
			<author><![CDATA[ by red]]></author>
			<category><![CDATA[redの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 13 Dec 2005 22:48:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431709401@hc05/4020/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431709401@hc05/4020/" target="_blank"><img src="/docs/983431709401@hc05/4020/thmb.jpg?s=s&r=1134481689&t=n" border="0"></a><br /><br />◆?問題意識
　国家（政府）と企業（または産業界）の関係は、どのように変化しつつあるか。
またそれはなぜか。
◆?事例について
　講義の中で述べられた「ハイテク通信分野は国家の存続にかかわる分野（通信主権）で、国家と企業の関係が密接[340]<br />国際政治経済
◆①問題意識
国家（政府）と企業（または産業界）の関係は、どのように変化しつつあるか。
またそれはなぜか。
◆②事例について
講義の中で述べられた「ハイテク通信分野は国家の存続にかかわる分野（通信主権）で、国家と企業の関係が密接である。そのため外資への制限も厳しい。」を受けて、考察するのに適した分野ではないかという着想を持ちました。
　個人的にも、現在バイトで通信分野の仕事に触れている関係である程度の知識もあり、新聞などを読んでいても通信分野の情報についつい目が行ってしまうということがあるので、事例として通信分野を選ぶことにしました。
◆③現状分析
　 通信分野では１９８５年ごろまで「電電公社」が国営企業として独占状態を保ち、固定電話のインフラ整備（電信柱や電話線の設置など）を全国的に進めてきた。今話題の「電話加入権（税抜７２０００円）」はこのインフラ敷設を進める上で自己資金による整備では加入希望者の増加に追いつかなかったため、加入者に負担の一部を求めたものである。
　 このように現在使われている通信関連のインフラ設備が電電公社によるものであったため、電電公社が民営化して..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[郵政民営化とは]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431434401@hc05/3930/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ふぁるけ]]></author>
			<category><![CDATA[ふぁるけの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 13 Dec 2005 01:53:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431434401@hc05/3930/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431434401@hc05/3930/" target="_blank"><img src="/docs/983431434401@hc05/3930/thmb.jpg?s=s&r=1134406389&t=n" border="0"></a><br /><br />・選んだ理由
　２００５年１０月１４日、郵政民営化関連法が可決、成立したが、民営化することで何がどのように変わるのか、また自分達にメリット・デメリットはあるのかなど、わからない事があったので調べようと思った。
・郵政民営化の基本的な仕事[352]<br />郵政民営化とは
・選んだ理由
　　　２００５年１０月１４日、郵政民営化関連法が可決、成立したが、
　　　民営化することで何がどのように変わるのか、また自分達にメリット
　　　デメリットはあるのかなど、わからない事があったので調べようと思った。
・郵政民営化の基本的な仕事
郵便業務：切手、ハガキなどの売りさばき、手紙・ハガキ・小包（ゆうパック）の集配
郵便貯金業務：郵便貯金、郵便振替、郵便為替、国庫金、反則金収容、国民年金、宝くじ販売、投資信託など
簡易保険業務：簡易保険
&darr;今後・・・
２００７年１０月に政府出資の持ち株会社と４つの事業会社に分社化
（２００５年１０月１５日　朝日新聞）
なぜ民営化しようとしているか
日本国民の個人金融資産の４分の１にあたる約３５０兆円が郵貯と簡保に集まっている。そして当該資金は国際などを通じて採算性の低い公共事業に流れている。公的金融の入口となる郵政を民営化すれば、集めた資金が民間に流れ、結果的に経済の活性化につながるため。
民営化することで生じるメリット・デメリット
◆メリット◆
公務員の削減
郵政職員の数は常勤２８万人、非常勤１０万人の計３８万人であ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[マニフェストは何をもたらすか&minus;英国モデルに学ぶ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431437201@hc05/3845/]]></link>
			<author><![CDATA[ by jpak1983]]></author>
			<category><![CDATA[jpak1983の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 11 Dec 2005 20:51:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431437201@hc05/3845/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431437201@hc05/3845/" target="_blank"><img src="/docs/983431437201@hc05/3845/thmb.jpg?s=s&r=1134301913&t=n" border="0"></a><br /><br />１．はじめに
　政治家に会った時に、自分はよく二つの質問をする。その一つが「これからの日本人にとって何が最も必要か」というものである。
　もちろん、この問いには正解など存在しない。しかしこの答えには、その政治家の危機意識や問題意識が端的[352]<br />論文　
テーマ『マニフェストは何をもたらすか－英国モデルに学ぶ』
目次
１．はじめに
２．マニフェストとは
３．英国における選挙制度
４．英国マニフェストサイクルモデル
５．日本におけるマニフェスト・サイクル
６．おわりに
１．はじめに
政治家に会った時に、自分はよく二つの質問をする。その一つが「これからの日本人にとって何が最も必要か」というものである。
もちろん、この問いには正解など存在しない。しかしこの答えには、その政治家の危機意識や問題意識が端的に表れると思っている。そして問いに対する自分の中での答えは、
「自ら考え、決めること」である。何故か。
先進国に追いついて、列強から日本を守るという至上命題を抱えて近代化を果たした明治・大正・昭和初期の時代。
敗戦のショックから立ち上がり、平和を享受しつつ右肩上がりの経済成長を果たしてきた昭和中後期の時代。
そして高度成長期が終わり、いよいよ一国平和主義では立ち行かなってきたという危機感の中で、何か目指すべきものを求めつつも、答えを得られていないのが、現代の平成と呼ばれる時代である。安定していても何とはなしに不安定感を感じるのは、目指すべ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[The modern nation-state]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431725001@hc05/3733/]]></link>
			<author><![CDATA[ by Chesirecat]]></author>
			<category><![CDATA[Chesirecatの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 08 Dec 2005 15:35:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431725001@hc05/3733/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431725001@hc05/3733/" target="_blank"><img src="/docs/983431725001@hc05/3733/thmb.jpg?s=s&r=1134023752&t=n" border="0"></a><br /><br />I chose this statement. &ldquo;The modern nation-state is linked to two primary concepts: sovereignty and nationalism. Find ex[122]<br />The modern nation-state
Individual Activity
Outline
・Explain about two concepts
・For examples : Introduce the nation-states
・The Westphalia
・French 
・Conclusion
I chose this statement. &ldquo;The modern nation-state is linked to two primary concepts: sovereignty and nationalism. Find examples of each in operation in international politics today and explain how each provides a cornerstone for contemporary international politics.&quot;
First I explain about two primary concepts which it is called sovereignty..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[２０世紀〜二項対立の世紀〜]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431709401@hc05/3621/]]></link>
			<author><![CDATA[ by red]]></author>
			<category><![CDATA[redの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 04 Dec 2005 02:03:03 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431709401@hc05/3621/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431709401@hc05/3621/" target="_blank"><img src="/docs/983431709401@hc05/3621/thmb.jpg?s=s&r=1133629383&t=n" border="0"></a><br /><br />　国際政治経済の観点から２０世紀を分析してみると、それは二項対立の世紀であったといえるのではないだろうか。政治体制・経済体制・思想など、２０世紀以前に作り出された二項対立が近代化の名の下に２０世紀以前は「蚊帳の外」であったアジアや南米などの[360]<br />２０世紀
～二項対立の世紀～
国際政治経済の観点から２０世紀を分析してみると、それは二項対立の世紀であったといえるのではないだろうか。政治体制・経済体制・思想など、２０世紀以前に作り出された二項対立が近代化の名の下に２０世紀以前は「蚊帳の外」であったアジアや南米などの「非欧米」の国々にも（望む望まざるはあったであろうが）広がりを見せ、非常に多くの国家・アクターがこの二項対立に組み込まれていった時代であったといえる。
◎民主主義&hArr;独裁
◎自由経済&hArr;計画経済
◎資本主義&hArr;社会主義
以上が、国際政治経済の視点からみた主な二項対立の軸であり、２０世紀にはこれらが大きな要因となって二つの世界大戦や東西の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[平和のための軍縮と軍事管理について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431711601@hc05/3329/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kanenashi]]></author>
			<category><![CDATA[kanenashiの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 22 Nov 2005 13:22:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431711601@hc05/3329/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431711601@hc05/3329/" target="_blank"><img src="/docs/983431711601@hc05/3329/thmb.jpg?s=s&r=1132633361&t=n" border="0"></a><br /><br />　軍縮に関する各種の条約が締結していくなかで、未だ完全なる軍縮はなされていない。その理由は大きく二つあり、まず武器の売買には個人的利益が伴うという理由が挙げられ、次に、核兵器などに規定してみると国家間の外交上の問題が絡むという理由からである[360]<br />軍縮と軍備管理について
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
軍縮に関する各種の条約が締結していくなかで、未だ完全なる軍縮はなされていない。その理由は大きく二つあり、まず武器の売買には個人的利益が伴うという理由が挙げられ、次に、核兵器などに規定してみると国家間の外交上の問題が絡むという理由からである。この二つの理由付けを行った上で、和田修一氏の述べる「軍縮と軍備管理」の意義について述べていきたい。
　まず両者の定義づけから行ってみたい。軍縮とは文字通り軍の規模を縮小することである。具体的にはそのことにより世界を平和へと導こうとするも..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[真なる豊かさとは]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432243301@hc05/3322/]]></link>
			<author><![CDATA[ by syokudou]]></author>
			<category><![CDATA[syokudouの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 22 Nov 2005 00:08:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432243301@hc05/3322/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432243301@hc05/3322/" target="_blank"><img src="/docs/983432243301@hc05/3322/thmb.jpg?s=s&r=1132585689&t=n" border="0"></a><br /><br />　日本は経済大国として各国から呼ばれて久しい。それはもう私が生まれる前からである。生まれた瞬間から経済大国である我が国、日本に生まれた私には、今のこの日本の現状は真なる豊かさに沿っていると言えるのか･･･という疑問が湧いてきていた。そこで今[360]<br />真なる豊かさとは
日本は経済大国として各国から呼ばれて久しい。それはもう私が生まれる前からである。生まれた瞬間から経済大国である我が国、日本に生まれた私には、今のこの日本の現状は真なる豊かさに沿っていると言えるのか･･･という疑問が湧いてきていた。そこで今回の機会にぜひ真の豊かさについて考えたい。実例から考えるほうが明解なため、日本を題材に考えたいと思う。
わが身に問う。日本は本当に豊かなのかどうかと。
まずは、社会全体から考えていく。日本人は「活力ある社会」等の言葉を好んで使うと私は考える。これは政府や経団連等を見ればよく分かることである。活力ある社会を構築していくにはやはり生活基盤がしっかりとしていなければいけないと考える。なぜなら、生計を立てることがいつも不確実なことに左右されてしまうと、生活の予定さえ立たないであろう。例えば、重度の障害を持った人が活力ある行動をするには、やはりしっかりとした看護や支援（バックアップ）が必要不可欠である。看護や支援があることで、不安無く行動ができるのである。こういった生活基盤なるものが日本には十分に備わっているだろうか。
私には十分備わっているよ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[台湾ポストコロニアルの身体]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431673101@hc05/3296/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hallowed]]></author>
			<category><![CDATA[hallowedの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 20 Nov 2005 19:47:16 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431673101@hc05/3296/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431673101@hc05/3296/" target="_blank"><img src="/docs/983431673101@hc05/3296/thmb.jpg?s=s&r=1132483636&t=n" border="0"></a><br /><br />　私は、丸山哲史氏が書いた「台湾、ポストコロニアルの身体」を読んだ。この本では、小説や映画なども通じて、台湾が近現代史において、日本の植民地支配の結果であるともいえる、複数の記憶や複数の言語が台湾社会に書き込まれていく過程を考え、今日の台湾[360]<br />私は、丸山哲史氏が書いた「台湾、ポストコロニアルの身体」を読んだ。この本では、
小説や映画なども通じて、台湾が近現代史において、日本の植民地支配の結果であるともいえる、複数の記憶や複数の言語が台湾社会に書き込まれていく過程を考え、今日の台湾の文化や社会、更にはアイデンティティーがどのように形成されていったかを考えていこうとしており、またそれらを考えることにより、現代の日本と台湾との関係、更には日本とアジアとの関係のあり様を照らしていこうとしている。この本ではまず、授業中にも見た映画「非情城市」について取り上げている。「非情城市」は、台湾が中華民国に復帰した直後、台湾民衆が国民党に叛旗を翻し、その結果多くの台湾人が虐殺された1947年の二・二八事件を初めて正面から取り上げた作品としてよく知られているが、この作品ではまた、現代まで続く1945年以前からの台湾住民である本省人と、それ以降にやってきた台湾住人である外省人との間のエスニック的な対立の起源（内省人と外省人を分けている1945年という区分を成立させた主役は、内省人としては植民地支配者であり、外省人としては抗日戦争の相手であったかつて..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[政治と社会]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431673101@hc05/3294/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hallowed]]></author>
			<category><![CDATA[hallowedの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 20 Nov 2005 19:33:11 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431673101@hc05/3294/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431673101@hc05/3294/" target="_blank"><img src="/docs/983431673101@hc05/3294/thmb.jpg?s=s&r=1132482791&t=n" border="0"></a><br /><br />　私はこのレポートで東京裁判について書こうと思う。東京裁判は正式名称を「極東国際軍事裁判」といい、昭和21年から23年まで2年間にわたり、東京の市ケ谷陸軍士官学校跡で開かれた。この裁判では、昭和六年に勃発した満州事変以降、太平洋戦争終戦に至[350]<br />政治と社会
　
　私はこのレポートで東京裁判について書こうと思う。東京裁判は正式名称を「極東国際軍事裁判」といい、昭和21年から23年まで2年間にわたり、東京の市ケ谷陸軍士官学校跡で開かれた。この裁判では、昭和六年に勃発した満州事変以降、太平洋戦争終戦に至るまでの日本軍の行動を侵略であるとみなし、「平和に対する罪」「人道に対する罪」「殺人と通例の戦争犯罪」の3つに分類された55項目の訴因に基づき、真珠湾攻撃時の首相であった東條英機元首を筆頭に、いわゆる「Ａ級戦犯」と呼ばれた計28名が「重大戦争犯罪人」として審理された。この裁判では、判事は戦勝国11カ国（戦争時独立していなかったフィリピンとインドを含む）から1名ずつ任命され、オーストラリアのウェップ判事が裁判長に選ばれた。そしてこの裁判の結果は米、英、ソ連、中国等6カ国の判事が下した有罪とする判決が多数派として通り戦争の首謀者は有罪となった。しかし、残りの5カ国の判事はこれと異なる意見書を提出しており、そのうち4カ国の判事が裁判の不当性を指摘して、被告人の減刑を主張した。特に、判事の中で唯一国際法の学位を持っていたインドのパール博士は、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[外形標準課税]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432012301@hc05/3144/]]></link>
			<author><![CDATA[ by blue]]></author>
			<category><![CDATA[blueの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 12 Nov 2005 23:07:50 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432012301@hc05/3144/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432012301@hc05/3144/" target="_blank"><img src="/docs/983432012301@hc05/3144/thmb.jpg?s=s&r=1131804470&t=n" border="0"></a><br /><br />（問）仮にある地方自治体で景気低迷により既存の税金では税収の増加が見込めず、国からの交付金や補助金も期待できない。しかし、住民からの福祉や教育を充実にしてほしいとの要望がある。そこで地方財政を確保するために、資産規模や従業員数といった外形的[360]<br />　　（問）仮にある地方自治体で景気低迷により既存の税金では税収の増加が見込めず、国からの交付金や補助金も期待できない。しかし、住民からの福祉や教育を充実にしてほしいとの要望がある。そこで地方財政を確保するために、資産規模や従業員数といった外形的な基準に基づき一律に設定した成立によって課税する特定の法人に対する外形標準課税導入する必要があるか否か？？
&rarr;私は、外形標準課税を導入するのを支持します。なぜなら、地方自治体とはその住民に一定の住み易い環境をつくる義務があるのです。その上で住民からの福祉と教育の充実させる要求があったらそれに応じて行うべきだと思います。現在日本は中央である国を筆頭に地方を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[集団とエリートの理論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2901/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 06 Nov 2005 14:27:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2901/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2901/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2901/thmb.jpg?s=s&r=1131254866&t=n" border="0"></a><br /><br />集団とエリートの理論　　　
集団の噴出
必ずしも順調に機能しない大衆民主政に対して、1910年代から20年代にかけて、さまざまな代替案が提出されるようになるが、その内容は、議会民主政が比較的順調に運営されていたイギリスのようなところと、[340]<br />集団とエリートの理論　　　
集団の噴出
必ずしも順調に機能しない大衆民主政に対して、1910年代から20年代にかけて、さまざまな代替案が提出されるようになるが、その内容は、議会民主政が比較的順調に運営されていたイギリスのようなところと、遅れて議会制度が整ったロシアやドイツなどでは、きわめて対照的な方向を示した。
　イギリスではハロルド・ラスキらが、当時勢力を増しつつあった労働組合などの団体に国家と同等の地位を認めることで、国家主権を制限すべきであるという「政治的多元主義」を唱えた。
「政治的多元主義」 国家のみが人間にとって本質的な共同体である保障がない以上、種々の集団に人間のいろいろな面を代表させるという議論である。 
コール「ギルド社会主義」構想 議会の代わりに、消費者・生産者といった人間の諸側面を個別に代表する「ギルド」組織がそれぞれ地区単位で形成され,それらが集まって全国的な組織にまで統合される。そして、全国レベルで利害関係の調整がなされるというのである。 
　こうしたイギリスの議論は、代表を機能的に分化させ、より一層多元的にすることで、民主政を再建しようとする議論である。マル..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ホッブズの政治思想]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2900/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 06 Nov 2005 14:25:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2900/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2900/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2900/thmb.jpg?s=s&r=1131254701&t=n" border="0"></a><br /><br />ホッブズの政治思想
　政治学の革新　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
 トーマス・ホッブズは、ピューリタン革命の嵐の中で政治運動から距離をおきつつ、他の追随を許さない卓越した理論活動を通して、主著「リバァイアサン」に代表されるよう[350]<br />ホッブズの政治思想
　政治学の革新　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
トーマス・ホッブズは、ピューリタン革命の嵐の中で政治運動から距離をおきつつ、他の追随を許さない卓越した理論活動を通して、主著「リバァイアサン」に代表されるように政治学の革新を行った。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　&darr;
　　この革新性は、決して個々の政治的主張に限られるものではなく、彼の学問全般
　　にわたるものである。
　たとえば、ホッブズはデカルト (Descartes 1596－1652)の刺激を受けあらゆる学問における厳密性を実現しようとした。
またベーコン（Francis Bacon 1561-1626）に従い、学問を自己目的的な活動と考えずに人類の進歩や生活条件に役立つべきものとしてとらえた。
　　　ホッブズは何か究極の原因や至高の存在との関係で事物を考察するような「伝統的　　　　　　　　
　　　思考様式」を批判し、も..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ロックの政治思想]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2899/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 06 Nov 2005 14:22:39 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2899/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2899/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2899/thmb.jpg?s=s&r=1131254559&t=n" border="0"></a><br /><br />ロックの政治思想
自然法と所有権
　ジョン・ロック・・・近代政治原理の生みの親として知られている。自然学者であり、またイギリス経験論の定式者として政治理論に限らず多くの領域において１７世紀から１８世紀への橋渡しをした重要な思想家であった[352]<br />ロックの政治思想
自然法と所有権
　　ジョン・ロック・・・近代政治原理の生みの親として知られている。自然学者であり、またイギリス経験論の定式者として政治理論に限らず多くの領域において１７世紀から１８世紀への橋渡しをした重要な思想家であった。
自然法と所有権
　　ロックの政治論の出発点は、ホッブズと異なり、自然権ではなく自然法である。
　　　自然法・・・万物の創造者たる神が人間の従うべき規則として人間に示したものであり、人間は無条件にそれに義務づけられている。
　　　ロックは他方で経験主義の哲学者としてあらゆる生得観念を否定し、自然法は人間　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
の側での能動的な認識行為によって初めて獲得されるものと考えた。
　　ロックはホッブズと同様、政治社会以前の自然状態を設定する。
　　　ロックのいう自然状態とは各人が自然法の範囲内で、他人に依存することなく、自らの肉体や所有物を自ら適当と考える仕方で処理し、行動する自由な状態である。　　　　　　　
　　&rarr;他人に依存しないといわれていることからも知られるように、各人は自由で..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[保守主義の政治思想　バーク]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2898/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 06 Nov 2005 14:19:11 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2898/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2898/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2898/thmb.jpg?s=s&r=1131254351&t=n" border="0"></a><br /><br />保守主義の政治思想
バーク
　政党と代表制
　　バーク・・・政党や代表概念の最初の定式者
　　　　1770年　『現在の不満の原因を論ず』
　　｢政党とは、全員が一致するある特定の原理に基づき、一致団結して国民的利益増進しようとして[332]<br />保守主義の政治思想
バーク
　政党と代表制
　　バーク・・・政党や代表概念の最初の定式者
　　　　1770年　『現在の不満の原因を論ず』
　　｢政党とは、全員が一致するある特定の原理に基づき、一致団結して国民的利益増進しようとして統合した人間集団である｣
　　　ブリストルの演説&rarr;議員とは選挙区の人々の意向にかかわらず、全体の利益に奉仕する任務を負っている。
　　★これらの命題はその後議会制の原理として流布することになったが、それらは元
来彼の政治観と不可分に結びついていた。
　о政党の定義
　　　名誉革命以来の王権と議会との抑制均衡関係を回復するために、議員の団結を
　　正当化することを目的としており、彼にとって政党はこの連関において1つの手
段であった。&rarr;政党を議会制の不可欠の要素とは考えておらず、擁護者でもない。
　о議員を選挙区から外し、全体の利益の奉仕者とする見解
　　　彼は政治が民衆の動きを敏感に捉え、民衆のために権力が行使されるべきであ
　　ると考えたが、民衆自身が自ら権力を行使したり、彼らが代表者を監視すること
　　ではなかった。&rarr;選挙権拡大に対する極めて消極的な態度が出..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ヘーゲル政治思想]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2897/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 06 Nov 2005 14:16:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2897/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2897/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2897/thmb.jpg?s=s&r=1131254188&t=n" border="0"></a><br /><br />ヘーゲル
〜人倫の体系〜
フランス革命とそれに続くナポレオン戦争は旧体制の原理に理論的打撃を与えると共に、
フランスのナショナリズムの反響として各地のナショナリズムを刺激することとなった。
ドイツにおいては、政治的統一と新たな国家統[344]<br />ヘーゲル
～人倫の体系～
フランス革命とそれに続くナポレオン戦争は旧体制の原理に理論的打撃を与えると共に、
フランスのナショナリズムの反響として各地のナショナリズムを刺激することとなった。
ドイツにおいては、政治的統一と新たな国家統合のモデルへの強い原動力となった。
ヘーゲルの政治哲学はフランス革命に体現される近代の原理とナショナリズムを終始一貫念頭に置きつつ、新しい政治体制の構想を示そうとするものであった。
彼は国家の目的を、個々人の利益の実現を究極の目的とした結合体とする見方を何よりも問題にする。こうした考えは国家をもっぱら人間の必要に根差した外面的なものとし、そこでは人間と国家との内面的絆は確立されることはない。
ヘーゲルは国家についての議論は個と全体との統一的把握を可能にする理性や人倫の立場に立脚しなければならないとし、この立場からすれば国家（民族）の中での共同生活こそは、ほかのいかなる生活よりも人間の真実の自由の実現であると考えられる。
かくして理性の立場からする限り、国家を個人の権利や自由の実現のための手段とする議論は根本的に誤ったものとなる。バークは個人の自由を伝統と慣習..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[アリストテレス]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2896/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 06 Nov 2005 14:13:48 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2896/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2896/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2896/thmb.jpg?s=s&r=1131254028&t=n" border="0"></a><br /><br />アリストテレス
ポリスと家
実践の学
　・学問研究の方法
　　プラトンの影響を受けながらも、事物の変化や運動に関心を向ける。
　　　プラトン　　　　万物の秩序づけを哲学と善のイデアによって行おうとした。
　　　アリストテレス　万[336]<br />アリストテレス
ポリスと家
実践の学
　・学問研究の方法
　　プラトンの影響を受けながらも、事物の変化や運動に関心を向ける。
　　　プラトン　　　　万物の秩序づけを哲学と善のイデアによって行おうとした。
　　　アリストテレス　万物の秩序づけは経験に傾斜していると考えた。
この違いは
　　　彼が独自の形而上学に基づいて四つの原因についての考察を行ったためである。
・学問の分類
「それ以外の仕方においてあることのできないもの」
理論学・・・数学、自然学、神学
　　　　「それ以外の仕方においてあることのできるもの」
　　　　　倫理学・・・人間の良き行いにかかわる
　　　　　実践学・・・政治学、家政学
　　　　　制作学・・・変化する素材を使って一定の作品を作り出す
　　　　このうち、政治学は実践学の一つであるが、それは理論学のように厳密な知識を与えるものではなく、具体的な状況の中で良い行いをするための実践的能力、思慮を培うことを目標にする学問であった。
　　　　こうした学問の分類は近代まで欧州の学問の共通の基盤であった。
　・政治と倫理との結合関係
　　　人間の行為の目的は善の実現であり、最高..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[マキャベリの政治思想]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2895/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 06 Nov 2005 14:11:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2895/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2895/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2895/thmb.jpg?s=s&r=1131253861&t=n" border="0"></a><br /><br />マキアヴェッリの政治思想
ルネサンスとマキアヴェッリ
近代政治思想の歩みは、古典古代および中世キリスト教世界の政治学を批判し、解体するところから始まる。
ヨーロッパ近代の出発点とされる二つの精神的運動、『ルネサンス』と、『宗教革命』は[348]<br />マキアヴェッリの政治思想
ルネサンスとマキアヴェッリ
近代政治思想の歩みは、古典古代および中世キリスト教世界の政治学を批判し、解体するところから始まる。
ヨーロッパ近代の出発点とされる二つの精神的運動、『ルネサンス』と、『宗教革命』は、上記の点で注目されるべきものだった。
要は、ルネサンスと宗教革命は、中世的世界と対決した。
Q：どういうふうに対立したのか？
A：古代の文献を採用することにより対立した。
　　　　　&darr;
　　具体的に言うと、
ルネサンス：主として古代ギリシア－ローマの文献を自らの権威として持ち出す。
宗教革命　：聖書という、伝統と権威とに満ちた文書から出発。
上記の下線部三ヶ所の理由から、ルネサンスと宗教革命は「古代の伝統の繰り返し」という側面が見られる。
また、それと同時に、新たな展開と発展がそこから出てくることになる。
ルネサンス
有名なのはイタリア・ルネサンス（代表的な人物：レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ）。
スイスの歴史家J.ブルクハルトが著書『イタリアにおけるルネサンス文化』の中で「芸術品としての国家」「個人の発見」「人間と世界の発見」といったテーゼに..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[シャン・ボダンの『国家論』]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2894/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 06 Nov 2005 14:07:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2894/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2894/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2894/thmb.jpg?s=s&r=1131253671&t=n" border="0"></a><br /><br />シャン・ボダンの『国家論』
 シャン・ボダンは宗教戦争に苦しむフランスを眼前に見ながら思索を進める一方、プラトン、アリストテレス以来の政治学の一大革新をその主著である『国家論』に託す。
&darr;
彼は主権という新しい概念を導入しながら伝統的[346]<br />シャン・ボダンの『国家論』
シャン・ボダンは宗教戦争に苦しむフランスを眼前に見ながら思索を進める一方、プラトン、アリストテレス以来の政治学の一大革新をその主著である『国家論』に託す。
&darr;
彼は主権という新しい概念を導入しながら伝統的な政治社会概念を再定義しようした。彼によれば「国家とは、多くの家族とそれらの間で共通の事柄についての主権を伴った政治のこと」としている。これは、国家の構成単位を家族に求め、その正しい政治を国家の本質とするのは政治学の伝統に即したものである。
主権とは国家の絶対にして永続的権力である。永続的権力とは他によって期間を制限されることのない、始原的権力であることを意味し、絶対的とは国内において臣下による拘束を受けず、また外部の権力から自由であることを意味する。
また主権とは具体的には立法権、外交権、人事権などという形で現れる。その性格は彼によれば「他人の同意を得ることなく、全ての人々または個人に法を与える権限」としている。法とは全ての臣民に対し、一般的事柄について与えられた「主権者の命令」である。　　　　　　　　　　　　　　　
&darr;
ジャン・ボダンは主権論の中で法を「..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会契約と政治]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2893/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 06 Nov 2005 14:04:49 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2893/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2893/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2893/thmb.jpg?s=s&r=1131253489&t=n" border="0"></a><br /><br />社会契約と政治、主権、宗教
社会契約と政治社会
人間と蟻、蜂とを同列におき、両者を政治的動物と考える伝統を批判
人間&hellip;名誉と威厳を求めて互いに闘い続ける。
自らの理性の力を誇り、公共の問題についても自分の識見を譲らず、混乱と内戦を生[344]<br />社会契約と政治、主権、宗教
社会契約と政治社会
人間と蟻、蜂とを同列におき、両者を政治的動物と考える伝統を批判
人間&hellip;名誉と威厳を求めて互いに闘い続ける。
自らの理性の力を誇り、公共の問題についても自分の識見を譲らず、混乱と内戦を生み出す。
「善をあたかも悪のように、悪をあたかも善のように示すことができる者」がおり、他人を惑わし、社会的混乱を生み出すこともできる。
蟻と蜂&hellip;名誉と威厳を求めて闘い続けるということはない。
共通の利益と私的利益が一致している。
理性を用いることなく言語も使用しない。
&darr;つまり
政治社会が自然なものでなく、人間が一定の行為によって作り出した人工物である点にある。自由で平等の各人の間の契約（社会契約）による政治社会の樹立が図られる。
&darr;
すべての人々がそのすべての権力と強さとを一人の人間、または一つの合議体に与えること、すなわちその一人の人（または合議体）を代理人（parson）とし、自らをこの代理人の諸行為の本人（author）とし、この代理人の判断に従うという内容。
この社会契約は、政治社会の樹立を目標としながら、実際には第三者に授権する契約（第三者のため..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[政体論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2892/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 06 Nov 2005 14:02:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2892/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2892/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2892/thmb.jpg?s=s&r=1131253330&t=n" border="0"></a><br /><br />各政体の性格
国政&hellip;多数支配の中でよい政体、配分的正義
王政・貴族政&hellip;徳（品性）のある人物に権力を与える。
寡頭制&hellip;富者に権力を与える。つまり、政治に参加するためには一定の財力がいる。悪い政体
民衆政&hellip;自由人に権力を与える。全てに自[344]<br />政体論
　国政の権力分配の基準&hellip;配分的正義（公民の範囲、権限のあり方、人事の決定の仕方）
　理想のポリス&hellip;論理的卓越性に焦点を合わせるが、現実には様々な形で配分的
　　&rarr;どのような国政が望ましいかという議論に発展
国政論&hellip;支配者の数と統治の内容の是非を組み合わせる議論&rarr;やや形式的な議論
アリストテレスの政体論&hellip;異質な要素を含む&rarr;極めて複雑な構成
六政体論
支配するもの 状態 一人の支配 少数の支配 多数者の支配 良い政体（支配） 王政 貴族政 国制 悪い政体（支配） 僭主政 寡頭制 民衆政 
各政体の性格
国政&hellip;多数支配の中でよい政体、配分的正義
王政・貴族政&hellip;徳（品性）のある人物に権力を与える。
寡頭制&hellip;富者に権力を与える。つまり、政治に参加するためには一定の財力がいる。悪い政体
民衆政&hellip;自由人に権力を与える。全てに自由人に権力を与える。全ての自由人に平等な政治参加できるが、その中で多数を占めるもの特に貧しいものに権力が与えられる。悪い政体
僭主政&hellip;王政、貴族政を転倒させたもの。自らの利益のために支配する最悪の政体。
　理想のポリス論のための政体&hellip;王政、貴族政&rarr;ギリシャの現実にあまり..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[アウグスティヌスの政治思想]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2891/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 06 Nov 2005 13:58:38 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2891/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2891/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2891/thmb.jpg?s=s&r=1131253118&t=n" border="0"></a><br /><br />アウグスティヌスの政治思想
【歴史哲学】
　アウグスティヌス＝歴史哲学理論の形成に貢献した思想家の一人。
　歴史哲学・・・人間の歴史をある特定の視点から通観して、その歴史に対して解釈・評価を下すこと。
アダムとイヴの神からの離反
[340]<br />アウグスティヌスの政治思想
　【歴史哲学】
　　アウグスティヌス＝歴史哲学理論の形成に貢献した思想家の一人。
　　　歴史哲学・・・人間の歴史をある特定の視点から通観して、その歴史に対して解釈・評価を下すこと。
　　　　　　　　　　　アダムとイヴの神からの離反
　　　　堕罪から始まる人類の歴史の諸現象の中に神の意志が初めから終わりに至るまで貫徹していることを確信しつつ、人間行為の中に相対的ではあるが一定の意義と価値を見出す&rarr;政治権力観に現れる。
　　　　神の命令を破り堕罪することによって、人間自ら小さな神となって他者を支配す
る欲望が生まれた&rarr;政治権力の成立契機
　　　　&rarr;政治権力は、平和と秩序を維持する故に、一定枠内でキリスト教の立場から正当化される&rarr;堕罪した人間に対する「罰と罪の矯正」として意味される。
　【国家観】
　　　アウグスティヌスの国家は人間社会における秩序維持のための強制力とみなされる。
ポリスを倫理的共同体であり善と正義の実現形態とするプラトンとアリストテスの国家観や正義をギヴィタスの不可欠の構成原理としたキケロの国家観とは異なる。
(国家強盗団説)
　国家成立の契機が..]]></description>

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			<title><![CDATA[J.S.ミル]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2890/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 06 Nov 2005 13:55:37 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2890/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2890/thmb.jpg?s=s&r=1131252937&t=n" border="0"></a><br /><br />J.S.ミル
　19世紀前半のイギリスの自由主義思想を代表するのは、「最大多数の最大幸福」というスローガンを掲げて多くの領域での改革を目論む功利主義であった。自然権や社会契約に政府の根拠を求めるのではなく、快楽の増進に政府の正当性の根拠を[344]<br />J.S.ミル
　19世紀前半のイギリスの自由主義思想を代表するのは、「最大多数の最大幸福」というスローガンを掲げて多くの領域での改革を目論む功利主義であった。自然権や社会契約に政府の根拠を求めるのではなく、快楽の増進に政府の正当性の根拠を求めるこのグループは、改革のためには権力の集中を擁護し、投票権の拡大による議会の改革の必要を説いた。人間の啓蒙可能性と諸々の利益の調和への素朴な信念に支えられて、彼らは諸利益の深刻な対立や「多数者の専制」がその中から登場するとは考えなかった。その意味で功利主義は政治理論の最も重要な論点を見落としているといわざるを得ない。
功利主義の再検討
　J.S.ミルはこうした政治論の世界において育った。しかし彼は当時のロマン主義的傾向に影響を受けつつ、功利主義の伝統を彼独自の方向に転換させていった。彼の「功利主義」は一方で幸福の基準として快楽の存在を挙げ、幸福の実現を善の基準であるとするベンサム的テーゼを承認する。しかし快楽はすべて同一のレベルにあるのではなく、その間に質的相違があるという観点を述べる。「満足した愚者であるよりも、不満足なソクラテスである方が優れて..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[自由主義の政治思想]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2889/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 06 Nov 2005 13:52:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2889/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2889/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2889/thmb.jpg?s=s&r=1131252757&t=n" border="0"></a><br /><br />フランス革命は民衆の政治参加の持つ激しいダイナミズムを白日の下に明らかにした。
そして、アメリカにおいて見られた「多数者の専制」のような、平等の名の下に自由を制限する傾向を受けて、自由の擁護を表面に掲げるさまざまな自由主義の流れが出てきた[356]<br />自由主義の政治思想
フランス革命は民衆の政治参加の持つ激しいダイナミズムを白日の下に明らかにした。
そして、アメリカにおいて見られた「多数者の専制」のような、平等の名の下に自由を制限する傾向を受けて、自由の擁護を表面に掲げるさまざまな自由主義の流れが出てきた。
自由主義はその意味でジャコバン主義や社会主義との対立を一つの課題にしている。
それは例えば、政治への参加を自由の本質とするルソー的・古代的考えと、私的活動における活動に自由の本質を見るロック的・近代的考えと峻別するコンスタンの主張となって現れた。
しかし、この「政治からの自由」に力点を置く場合でも、それを維持するためには、権力分立で十分あるのか、「政治からの自由」を維持するためには何らかの形での「政治への自由」が必要ではないか、といった問題が出てくる。
しかも自由主義は人間自由に力点を置く限り、保守主義のように伝統・慣習・身分制に依存するわけにはいかない。
以下、「多数者の専制」の意味を問い直しつつ、大衆の政治参加の下で自由を維持する政治体制がいかにして可能かを、19世紀を代表する政治理論家、トクヴィルに即して見てみる。
ａ ト..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[都市づくりと都市景観]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431852001@hc05/2765/]]></link>
			<author><![CDATA[ by masaayufuka]]></author>
			<category><![CDATA[masaayufukaの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 01 Nov 2005 05:18:26 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431852001@hc05/2765/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431852001@hc05/2765/" target="_blank"><img src="/docs/983431852001@hc05/2765/thmb.jpg?s=s&r=1130789906&t=n" border="0"></a><br /><br />都市景観とは、都市を構成する自然や人工的に作られた施設などについて、視覚に映る都市の風景のことだが、広い意味では、都市の様々な活動や市民生活を反映した雰囲気、文化的香り、親しみなど視覚以外にも幅広いものである。つまり都市景観は、市民生活や文[360]<br />都市づくりと都市景観
　都市景観とは、都市を構成する自然や人工的に作られた施設などについて、視覚に映る都市の風景のことだが、広い意味では、都市の様々な活動や市民生活を反映した雰囲気、文化的香り、親しみなど視覚以外にも幅広いものである。つまり都市景観は、市民生活や文化によって形成されるもので、本来は都市の個性の表現でありえる。
　個性のある都市は魅力のある都市であり、魅力のある都市ではそこに住む市民のまちに対する愛着心、連帯感が芽生え、魅力のある都市には更なる活力が生まれる。また、外部の人々にも魅力あるものとしてイメージを高める。よって都市景観を整備することは、都市に個性を持たせると同時に、まちの人々の薄れてしまった愛着心や連帯感を取り戻す為にも重要な課題だと考える。
　しかし戦後の日本では、急速な経済成長の過程のなかで新しい工業地帯が数多く造成され高速道路や新幹線も建設され始めた。１９６３年の建築物の高さ制限を撤廃後は、超高層ビルの時代をむかえ都心に密集していった。また住宅地も都市の中心から郊外へと急速に追いやられていった。国や自治体の計画的な都市づくりや景観形成のルールが生まれなかっ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[リサイクル社会と市民意識]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431852001@hc05/2763/]]></link>
			<author><![CDATA[ by masaayufuka]]></author>
			<category><![CDATA[masaayufukaの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 01 Nov 2005 05:01:52 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431852001@hc05/2763/" target="_blank"><img src="/docs/983431852001@hc05/2763/thmb.jpg?s=s&r=1130788912&t=n" border="0"></a><br /><br />戦後の高度成長時代の中で、日本は大量生産大量消費の社会を築きあげてきた。この大量生産大量消費社会によって生み出された廃棄物は増加の一途をたどり、私たちの生活環境を脅かしかねない大きな原因の一つとなっているのである。一人一人のだすゴミの量は小[360]<br />リサイクル社会と意識
戦後の高度成長時代の中で、日本は大量生産大量消費の社会を築きあげてきた。この大量生産大量消費社会によって生み出された廃棄物は増加の一途をたどり、私たちの生活環境を脅かしかねない大きな原因の一つとなっているのである。一人一人のだすゴミの量は小さなものであるかもしれないが、各市町村・都道府県、より大きな観点から地球規模で考えてみると、とても大きな問題であると言える。
　では何故、大量生産大量消費社会が問題であるのだろうか。地球上にある資源に限りがある事はもちろんであるが、不要になった廃棄物、すなわちゴミの埋め立て地も限界が近くなっているのである。そのため、消費生活の主である市民には、焼却処分をして埋め立てているごみを分別収集し、可能な限りのリユース、リサイクル、焼却するゴミを減らす努力を強いられる事になるのだが、日本の社会において廃棄物の発生者と排出者である企業や市民の問題に対する意識が低いのではないかと考える。
　リサイクル先進国であるドイツ国民と日本人とのリサイクルに関しての比較調査で興味深いものがあった。地球の環境問題に関して危機感をもっているか？との回答に危機..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[自治体合併の考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431852001@hc05/2762/]]></link>
			<author><![CDATA[ by masaayufuka]]></author>
			<category><![CDATA[masaayufukaの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 01 Nov 2005 04:54:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431852001@hc05/2762/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431852001@hc05/2762/" target="_blank"><img src="/docs/983431852001@hc05/2762/thmb.jpg?s=s&r=1130788474&t=n" border="0"></a><br /><br />平成１５年４月１日現在、全国で２、５３１の市町村が合併協議会の設置や研究会の開催などで検討を始めている。今回の大合併では住民投票などにより住民の意思表示の権限が与えられた地域もあるため、過去の大合併の際とは異なり、何らかの新しい展開が期待出[360]<br />自治体合併の考察
平成１５年４月１日現在、全国で２、５３１の市町村が合併協議会の設置や研究会の開催などで検討を始めている。今回の大合併では住民投票などにより住民の意思表示の権限が与えられた地域もあるため、過去の大合併の際とは異なり、何らかの新しい展開が期待出来る。このレポートでは、過去における大合併の際に生じたメリット・デメリットを検証し、今後の参考になるような指標を得ることを目的とする。
　研究の方法は、既往の論文から市町村合併のメリットと問題点を整理し、今回との相違点を探るとともに、今回の合併の流れに至るまでの過程や必要性を調べる。それを踏まえて今年誕生した「さいたま市」をケーススタディの対象として、そのメリット・デメリットを考察する。
合併のメリット・デメリットは以下のものが考えられる。
地方交付税交付金は国が必要と認める歳出と歳入の差額がマイナスになる自治体に対して、その差額を補うために配分される交付金であり、小規模自治体ほど依存度を高める傾向がある。とりわけ、人口１０万人未満の市町村に対する地方交付税の配分加算措置である「段階補正」については、１９９８年度からその見直しが開始..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「わが国選挙行政の問題点」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431852001@hc05/2553/]]></link>
			<author><![CDATA[ by masaayufuka]]></author>
			<category><![CDATA[masaayufukaの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 22 Oct 2005 05:17:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431852001@hc05/2553/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431852001@hc05/2553/" target="_blank"><img src="/docs/983431852001@hc05/2553/thmb.jpg?s=s&r=1129925847&t=n" border="0"></a><br /><br />＜はじめに＞
　日本は、世界でも有数の官僚国家・行政国家であり、先進的ハイテクノロジーとともに、先進的な行政が行われているといっても過言ではない。しかし、古い法律や縦割り行政の枠組みで、非能率や時代遅れの面も、少なからず残っているが日本の[356]<br />わが国選挙行政の問題点
＜はじめに＞
　日本は、世界でも有数の官僚国家・行政国家であり、先進的ハイテクノロジーとともに、先進的な行政が行われているといっても過言ではない。しかし、古い法律や縦割り行政の枠組みで、非能率や時代遅れの面も、少なからず残っているが日本の行政であると言える。選挙行政には特にこういった時代遅れの面が強く残っている。その一番の要因は、現在の公職選挙法に、１９２５年の選挙法の影が強く残存していることにある。これには選挙運動を規制する多くの規定が置かれ、これが現行の選挙法の元になっており、古い選挙法のしがらみを引きずっているものが少なくなく、時代遅れの様相を出している。こうした制度面の立ち後れを考え直さなくてはならないだろう。
＜現状＞
　日本の選挙行政における問題点は大きく分けて、選挙権の問題、選挙啓発の問題、選挙運動規制の問題、選挙公営の問題の４つに分類できる。以下で日本の選挙行政における問題点についてみていきたいと思う。
＜選挙権＞
　選挙権とは、投票する権利、あるいは選挙人としての資格を指す言葉である。日本においては、１８８９年の明治憲法とともに制定された衆議院..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[介護保険]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431852001@hc05/2552/]]></link>
			<author><![CDATA[ by masaayufuka]]></author>
			<category><![CDATA[masaayufukaの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 22 Oct 2005 05:11:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431852001@hc05/2552/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431852001@hc05/2552/" target="_blank"><img src="/docs/983431852001@hc05/2552/thmb.jpg?s=s&r=1129925513&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに
　２０００年４月、介護保険制度が施行された。介護保険制度がスタートする以前から、各自治体によって充実度もバラバラであった福祉の制度が、この保険制度によって改善されたのだろうか。その答えは、依然として自治体の方針や取り組みによって[356]<br />介護保険
はじめに
　２０００年４月、介護保険制度が施行された。介護保険制度がスタートする以前から、各自治体によって充実度もバラバラであった福祉の制度が、この保険制度によって改善されたのだろうか。その答えは、依然として自治体の方針や取り組みによってサービスの充実度も、高齢者・介護者にとっては不公平感を拭えないのが現状であると言える。レポート作成を通じてまだ未成熟であるこの制度の問題点について知識を深めていきたいと思う。
現状・背景
　まず日本の高齢化の現状について見て行く。日本の高齢者人口は１９６０年代後半から上昇し始め、１９８５年には１０％台、そして現在の高齢者人口の割合は１７．２％で、約２２００万人にも達している。一般的に、高齢者人口の比率が全人口の７％を超えたときを高齢化社会、１４％を超えたとき高齢社会、２０％を超えたとき超高齢社会と呼ばれる。日本は１９７０年に高齢化社会になり、１９９４年には高齢社会となった。その期間はたったの２４年であり、フランス１１５年、スウェーデン８５年、イギリス４７年と世界と比較すると日本の高齢化が例をみない速度で進行しているのがわかる。また、高齢者を前..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[社会主義の政治思想]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2476/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 02:01:16 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2476/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2476/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2476/thmb.jpg?s=s&r=1129395676&t=n" border="0"></a><br /><br />社会主義思想の誕生
　保守主義が文明社会を貴族主義的リーダーの下に従属させ、その弊害を矯正しようとするのに対して、文明社会のあり方そのものに疑問を持ち、その否定を唱える社会主義が登場してくる。
それは豊かな文明社会の持つ暗い面、（貧困、[352]<br />社会主義の政治思想　　　　　　　　　　
社会主義思想の誕生
　保守主義が文明社会を貴族主義的リーダーの下に従属させ、その弊害を矯正しようとするのに対して、文明社会のあり方そのものに疑問を持ち、その否定を唱える社会主義が登場してくる。
それは豊かな文明社会の持つ暗い面、（貧困、不平等の広範な存在、資本家と労働者との階級対立）を主張する。また、このことが人間の道徳的・政治的発展にとって大きな阻害となっていることを主張する。
サン・シモン
彼は18世紀以来の産業社会の到来に注目した。
■　歴史の動向 軍事的段階&rarr;&rarr;&rarr;&rarr;&rarr;産業的段階へと向かっている ■　社会の中核となる 身分的秩序の人々（旧来）&rarr;&rarr;&rarr;産業活動に従事する人々（今） 
旧来の身分的秩序に代わって産業活動に従事する人々がいまや社会の中核になりつつある。
反身分制的産業社会は人間に対する人間の支配を含まない、基本的に平等でもっぱら人間による物の管理に尽きるものとして描かれている。この偉大な進歩は、現実には自由放任主義や個人主義（エゴイズム）のためにまだ実現されていない。これと対決するためには、新しい社会秩序を作らなければならない。
そ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[モンテスキューの政治思想]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2475/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 01:58:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2475/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2475/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2475/thmb.jpg?s=s&r=1129395517&t=n" border="0"></a><br /><br />法の社会学と政体論
　イギリスがピューリタン革命を経験し、自然法や自然権、社会契約に基づいて近代政治思想の確立に邁進していた頃、フランスはルイ十四世の絶対王政の下、王権神授説の支配下にあった。かって内乱をなくし、平和を実現する為に呼び出さ[356]<br />モンテスキューの政治思想。
法の社会学と政体論
　イギリスがピューリタン革命を経験し、自然法や自然権、社会契約に基づいて近代政治思想の確立に邁進していた頃、フランスはルイ十四世の絶対王政の下、王権神授説の支配下にあった。かって内乱をなくし、平和を実現する為に呼び出された王権神授説は、今やそれ自身自己目的化し、それとともに、この体制についての疑問が１７世紀後半から提起されるようになった。王権の絶対化は倫理的問題を生み出したし、かって独立性の誇っていた貴族の廷臣化は彼らの存在意義を問う結果となった。さらに、商業の発達は古い社会秩序の絆を緩め、古い社会秩序に対抗して王権が｢合理的｣な体制の担い手になるのを期待する論調も混じるようになった。初期啓蒙思想はこうした体制問題への応答をめぐって展開される事となった。この王権化の絶対化の主張に対しては、かねてから、中世の｢法の支配｣の理念に発する抵抗の試みが高等法院を中心にして続けられてきた。こうした伝統を継承しつつ、他方で新しい体制問題を念頭において「法の支配」と政治的自由を理論的に追い求めたのがボルドー高等法院長にして文人としても名高い(Monte..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[イギリスの文明社会論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2474/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 01:55:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2474/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2474/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2474/thmb.jpg?s=s&r=1129395313&t=n" border="0"></a><br /><br />文明社会の明暗
文明社会では、
生産活動は専門化、細分化され、それぞれ濃密な相互依存関係をもつ(分業と結合)。
社会階層は生産を軸として考察され、資本家、労働者、地主といった階級が中心。
文明社会は生産力の高度な発展とその増大に裏打[340]<br />イギリスの文明社会論
新しい社会のイメージ
フランスの思想家たちの注目した文明社会は、イギリスにおいてより徹底した形で興味と分析の対象となった。
マンデヴィル（Ｍａｎｄｅｖｉｌｌｅ　１６７０－１７３３）
著書『蜂の寓話，または私人の悪徳，公共の利得』
人間の自己愛という悪徳こそが商業社会繁栄の源泉である。人間は自己愛に支配された存在であり、その特質は自己愛を社会という形で組織したことにある。政治は自己愛の組織化を可能にし、自己愛は名誉の追及という形式で政治を支えた。政治は社会的統合と財産の安全、富の追求、学芸や技術の発展を可能にし、文明社会を生んだ。
単純に個人が自己愛を満たすだけではなく、相互にそれを満たすための社会的ネットワークが発生する。
公共の利益は個人の倫理的向上を要求するという、ギリシア以来の大前提が疑問に付されることとなった。
スコットランド啓蒙・・・商業社会としての文明社会の性格をより体系的、多面的に考察したスコットランドの知識人たち。
研究分野　　　道徳哲学　文明人の生活
　　　　　　　文明社会史　文明社会の発展
　　　　　　　国民経済学　文明人の生産活動
彼らは文明..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[フランス啓蒙と文明社会]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2473/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 01:52:45 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2473/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2473/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2473/thmb.jpg?s=s&r=1129395165&t=n" border="0"></a><br /><br />・自己愛と文明社会
これまで神に向けられてきた関心は経験と感覚の世界へと向けられるようになり、宗教的伝統への仮借ない批判、人間の生活についての感覚主義や唯物主義が、イギリスを凌駕するような形ですすめられたフランス。このことを象徴的に示して[356]<br />文明社会論と政治思想
フランス啓蒙と文明社会
・自己愛と文明社会
これまで神に向けられてきた関心は経験と感覚の世界へと向けられるようになり、宗教的伝統への仮借ない批判、人間の生活についての感覚主義や唯物主義が、イギリスを凌駕するような形ですすめられたフランス。このことを象徴的に示しているのが、ヴォルテールのパスカル批判であった。
パスカルは人間の自然的能力、理性の不確実性との避け難い自己分裂の姿を容赦なく描きだし、人間の原罪の自覚の中から神と信仰への無条件の帰依を説いた。
しかし、ヴォルテールは「常識的な人間理性｣の立場から、人間性こそが社会生活と幸福の不可欠の前提である、と反論を加える。たとえば、人間の罪深さを象徴する利己心こそは人間の社会生活の絆であり、自己愛や利己心なくして他人への愛はあり得ない。パスカルの称賛する自己省察は行動を本質とする人間にはふさわしくない生活態度であるとした。
こうして原罪のあかしとされてきた人間の情念は幸福な社会生活を可能にするものであると評価された。
　また、ヴォルテールはロックの自然法に関心を示し、自然法の名の下に自由や財産、宗教的寛容を擁護した。し..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[キリスト教と政治]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2472/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 01:49:00 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2472/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2472/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2472/thmb.jpg?s=s&r=1129394940&t=n" border="0"></a><br /><br />キリスト教と政治
・キリスト教の普遍性
キリスト教・・・普遍性を志向する宗教。
キリスト教の教義
?人類全体の罪からの解放(真の自由)
?神からの聖霊がすべての人々に注がれていること
?神の前にすべての人々は兄弟であること
・[322]<br />ヨーロッパ・キリスト教世界の成立
中世の政治世界
・政治文化の諸原理　
キリスト教・・・政治文化の基礎をなす諸原理の一つとなった。
ヨーロッパ文明の基礎を構成するもの
ゲルマン人の慣習
ギリシア哲学
ローマの法律・政治の原理と制度
キリスト教(ラテン語で聖書と教義が記述されたラテン・キリスト教)
四つの構成要素は、ヨーロッパ文化の中に育った哲学、宗教、芸術などの多くの人間の営みを規定しているが中世政治の思想と制度は源泉をさかのぼって分別してみると四要素が強く複雑に絡み合っている。
・政治権力の正当性
支配の仕方
　もっとも粗暴な形・・・物理的強制力・武力でもって支配者は被支配者たちを黙らせ、支配意思を貫徹させて社会を秩序付けようとする方法。
&uarr;
この方法は支配者に多大なエネルギーとコストを強いるゆえに、もっとも稚拙な支配のあり方である。
最も洗練された形・・・支配者と被支配者を含めた政治的共同体の中にすべての人々が信奉する共通の価値意識(キリスト教)が存在して特定の「権威」が成立し、その「権威」に人々が服従することで人間集団が社会的に秩序づけられるあり方。
&uarr;
この「権威」に対して人々..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[トマス・アクィナス]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2470/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 01:42:58 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2470/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2470/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2470/thmb.jpg?s=s&r=1129394578&t=n" border="0"></a><br /><br />目的論的秩序
トマス・アクィナスの神学・哲学・・・普遍的世界とコスモロジーを理論化することにある。
理論の中核&rarr;キリスト教教義、キリスト教（アウグスティヌス思想）とアリストテレス哲学を融合させて神学を構築。
トマスの理論的意図・・・神[348]<br />トマス・アクィナス
目的論的秩序
トマス・アクィナスの神学・哲学・・・普遍的世界とコスモロジーを理論化することにある。
理論の中核&rarr;キリスト教教義、キリスト教（アウグスティヌス思想）とアリストテレス哲学を融合させて神学を構築。
トマスの理論的意図・・・神が創造した宇宙内のすべての存在を唯一の最高存在としての神に向けて秩序づけ、この秩序内の全存在と神との関連性を問うこと。
目的論的秩序・・・すべての存在は低次の存在からより高次の存在へと階層的秩序を構成し、前者は自己固有の目的を内在させつつ、後者の目的のために存在する秩序。したがってすべての存在はなんらかの形で間接的にではあれ、最高存在としての神..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ウイリアム･オッカム＆公民議会運動　]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2469/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 01:39:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2469/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2469/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2469/thmb.jpg?s=s&r=1129394399&t=n" border="0"></a><br /><br />公会議主義の政治思想
・公会議主
公会議主義の理論
?教会はキリストの身体であり、その真の首はキリストである。教皇の地位は首なるキリストに従属する。
?教会は普遍的な存在であり、キリストから与えられたその根源的権威はすべての信仰者の[340]<br />ウイリアム･オッカム
・唯名論
　オッカムの哲学によると、真に実在している物事は特殊的･個別的なもののみであって、それらは直感によって認識される。「普遍」は単に概念記号としてのみ妥当し、普遍的事物なるものは存在しない。
　さらにオッカムは、13世紀のスコラ神学者によって達成された神学と哲学の統合、信仰と理性の調和を否定し両者を分離させるものであった。
世俗的権力の独立
オッカムの理性出発点
　人間は自らの支配者を選ぶ自然的権利を所有するという考え
　　　　　　　　　&darr;
　人々からなる共同体は自らの自由意志で支配者を定め、自発的に服従する
また、オッカムは他方で非キリスト教徒でも正統的支配権が存在していた事実を指摘
　　　　　　　　　　&darr;
　　　世俗政治権力の独立性を論証した。
公民議会運動　｢世の中の終わり｣の始まり
a.政治史･時代状況
・ローマ教会の権威の衰退
「公会議主義者」が問題にしたのは、全教会の権威が皇室一人に属するのか、それとも公会議に属するのかというものであった。そして、公会議が教会統治において最高にして最終の審議･判定の権限と能力を有すると主張した。
　　　　　　　　..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ルターとカルヴァン]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2468/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 01:36:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2468/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2468/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2468/thmb.jpg?s=s&r=1129394196&t=n" border="0"></a><br /><br />ルターとカルヴァン
中世政治理論の最大の争点の一つ&rarr;ローマ教皇権に代表\される宗教的・霊的権威と世俗の権力との関係をどう考えるかにあった。
・ルターと政治権力
１５１７年、免罪符を弾劾する９５条からなる命題を公表したルターは人間の救済[346]<br />宗教改革と政治思想の展開
ルターとカルヴァン
中世政治理論の最大の争点の一つ&rarr;ローマ教皇権に代表される宗教的・霊的権威と世俗の権力との関係をどう考えるかにあった。
・ルターと政治権力
１５１７年、免罪符を弾劾する９５条からなる命題を公表したルターは人間の救済について次のような議論を展開した。人間は自己愛の故に自らの力によって救済に至ることは出来ない。人間が義とされるのは、キリストを通して示されているような人類に対する神の無限の愛と恩寵によってのみである。そのために、人間のなすべきことはただ一つ、神の愛と恩寵とを一途に信ずることであり、こうした信仰によってのみである。
　この議論は、当然人間の内面と神との直接的関係に救済の問題を還元し、それまで両者の関係を媒介していた教会は不要となる。そして各人の霊的権威は平等となる。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　&darr;
万人は等しく司祭となり、神の言葉を伝えるものとして聖書のみが拠り所とされた 　しかし
このことは決して教会概念の消滅を意味しなかった。彼は万人司祭主義の理念から、その内面において信仰を持つ人々から成る一つの不可視的・霊的教会を導き出..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ザ・フェデラリスト]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2467/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 01:34:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2467/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2467/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2467/thmb.jpg?s=s&r=1129394053&t=n" border="0"></a><br /><br />独立を達成した旧植民地は極めて豊かな連合関係を形成していたが、やがて各州間の争いに加えて各州内での深刻な利害の対立が見られるようになり、かつて人々を公共の利益へと向かわせた古代的共和主義は後退し、貪欲と利益とが政治の舞台を彩ることになった。[360]<br />『ザ・フェデラリスト』
大きい共和国と派閥
独立を達成した旧植民地は極めて豊かな連合関係を形成していたが、やがて各州間の争いに加えて各州内での深刻な利害の対立が見られるようになり、かつて人々を公共の利益へと向かわせた古代的共和主義は後退し、貪欲と利益とが政治の舞台を彩ることになった。
1787年フィラデルフィアで連邦憲法制定会議が開催された。
当時憲法制定は社会契約と考えられ、人民は憲法案に対する批准投票を行う権利を持っていた。
批准投票に影響を与えるべく多くの賛否両論が巻き起こったが、ハミルトン、マディソン、ジェイの手になる『ザ・フェデラリスト』は代表的な憲法弁護論であった。
マディソンは「..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[アメリカ独立革命]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2466/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 01:30:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2466/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2466/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2466/thmb.jpg?s=s&r=1129393834&t=n" border="0"></a><br /><br />アメリカ独立革命は、一方でイギリスからの独立であったと共に、自らのうちに憲法という形で、政治制度を確立する作業でもあった。
独立期のアメリカ政治思想を支配したのは、ロック的個人主義よりも伝統的共和主義であった。
ここでいう共和主義とは、[352]<br />アメリカ独立革命と政治思想
アメリカ独立革命は、一方でイギリスからの独立であったと共に、自らのうちに憲法という形で、政治制度を確立する作業でもあった。
独立期のアメリカ政治思想を支配したのは、ロック的個人主義よりも伝統的共和主義であった。
ここでいう共和主義とは、王権に反対するのみならず、かつてハリントンやモンテスキューの共和主義政体論、ルソーの「社会契約論」に見られた古典的共和主義であった。
「独立宣言」は「正当な権力は被冶者の同意に由来する」としているが、この原則は議論の局面がイギリス王との関係からアメリカ内部の政治体制の創設が問題になるにつれて、当初支配的であった支配契約服従説は後退し、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ハリントン]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2465/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 01:25:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2465/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2465/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2465/thmb.jpg?s=s&r=1129393529&t=n" border="0"></a><br /><br />ハリントンと共和主義
ピューリタン革命は、政治思想と共に優れた政治理論家を生み出してきた。
有名なのが、ホッブス、ジェームズ・ハリントンである。彼は、共和主義者である。
共和主義の出発点は、「古代の知恵」と「近代の知恵」の区別にある。[348]<br />ハリントンと共和主義
ピューリタン革命は、政治思想と共に優れた政治理論家を生み出してきた。
有名なのが、ホッブス、ジェームズ・ハリントンである。彼は、共和主義者である。
共和主義の出発点は、「古代の知恵」と「近代の知恵」の区別にある。
・「古代の知恵」（理論家；ハリントン、マキャヴェッリ）
「古代の知恵」が実現されるのは、政治家社会が共通の利益という原則に従っている場合であり、古典的には、古代ギリシアのポリス、共和政ローマがそれに該当する。
「近代の知恵」（理論家；ホッブス）
「近代の知恵」の世界とは少数の人間が人々を従属させ、私的利益に従って統治する状態であって、共和政ローマの没落以来、封建..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[水平派]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2464/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 01:22:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2464/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2464/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2464/thmb.jpg?s=s&r=1129393324&t=n" border="0"></a><br /><br />独立派の中から、近代民主主義思想の諸原理を掲げた水平派、平等派と呼ばれるグループが分かれてきた。
独立派の掲げた議会主権、制限君主制、課税額を基準にした議席配分などに対し、水平派は抽象的原理から導き出した新しい主張をぶつけた。その際に水平[356]<br />水平派
独立派の中から、近代民主主義思想の諸原理を掲げた水平派、平等派と呼ばれるグループが分かれてきた。
独立派の掲げた議会主権、制限君主制、課税額を基準にした議席配分などに対し、
水平派は抽象的原理から導き出した新しい主張をぶつけた。その際に水平派は「人民協約」という文書を持ち出した。
＊水平派の主張の核心・・・人間は神によって理性を与えられた自由で平等な存在であり、不可侵の権利(自然権)を持っており、何人たりとも奪うことはできない。その意味で人は生まれながらにして、人間としてもつ権利、人権が認められる。
　　　　　　　　　　　　　　　￬
　これらの権利の観念は、これまでの権利(特権)とは異..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ミルトン]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2463/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 01:18:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2463/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2463/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2463/thmb.jpg?s=s&r=1129393081&t=n" border="0"></a><br /><br />ピューリタン革命は、
王権神授説を掲げる王権側と、コモン・ローと特権を維持しようとする議会グループ（エトワード・コークなど）の長期にわたる対決の中から生じた。
この課税問題をめぐる大権と特権との対決という中世以来の議会に、国教会とカルヴ[352]<br />ミルトンと独立派
ピューリタン革命は、王権神授説を掲げる王権側と、コモン・ローと特権を維持しようとする議会グループ（エトワード・コークなど）の長期にわたる対決の中から生じた。
この課税問題をめぐる大権と特権との対決という中世以来の議会に、国教会とカルヴィニスト（ピューリタン）という対立が加わり、絶対王政と共に国教会制が争点として取りあげられるに至った。
革命は、
大権と特権とのバランスの回復から議会による大権事項の掌握そして議会主権へと進んでいく。
（それと並行して）
国教の中身をカルヴィニズムに変える。
国教制そのものの解体を試みる。
国王の処刑共和国の成立が唱えられる中、国家のあり方、議会..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[政治学]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2462/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 01:13:00 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2462/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2462/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2462/thmb.jpg?s=s&r=1129392780&t=n" border="0"></a><br /><br />序　政治思想史へのアプローチ
(1)「政治思想史」History of Political Theory 
Political Theory とは何か Political Science(経験的科学を指向) との違い規範の学としての政治[214]<br />政治学
序　政治思想史へのアプローチ
(1)「政治思想史」History of Political Theory 
Political Theory とは何か Political Science(経験的科学を指向) との違い
規範の学としての政治哲学
二つの大きな問いかけ 「権力はいかにして正統なものたりうるか」(正統性論)
「権力はいかに組織されるべきか」(組織論)
(2)Discipline としての「政治思想史」の成立
1920年代 democracyの規模的拡大(普通選挙制)のなかで
Democracyが現実のものとなった段階で、それを有効に機能させるための理論を模索
新しい政治哲学の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[モンテスキュー]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2461/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 01:09:15 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2461/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2461/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2461/thmb.jpg?s=s&r=1129392555&t=n" border="0"></a><br /><br />モンテスキューは政治的自由を可能にするさまざまな条件を検討する。イギリスにおける思想・表現の自由の確立、名誉や人身財産を保護する手続きの存在、政治活動などがそうしたなか注目される。それとトモにモンテスキューが興味深かったのが、商業（経済活動[360]<br />政治学
　モンテスキューは政治的自由を可能にするさまざまな条件を検討する。イギリスにおける思想・表現の自由の確立、名誉や人身財産を保護する手続きの存在、政治活動などがそうしたなか注目される。それとトモにモンテスキューが興味深かったのが、商業（経済活動）の持つ政治的意味への関心である。商業は習俗を穏健にし、征服や軍事的栄光ではなく平和を愛好させ人間性を満足させるとともに文明化を進める武器であった。商業活動は、権力を介さない自由な物品、貨幣の流通を生み出した結果、専制権力が人々を統制するのに大きな限界が生じ、のみならず権力が自らの財政的基盤を固めるために商業活動の反映に依存せざるを得なくなった点に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[プラトン]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2460/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Oct 2005 01:05:19 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2460/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/2460/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/2460/thmb.jpg?s=s&r=1129392319&t=n" border="0"></a><br /><br />治思想史上の屈指の古典。
この作品全体を貫くテーマは「正義とは何か」であるが、「正義とは強者の利益に他ならない」といった当時のさまざまな制議論を批判・検討した上でプラトンの自説が展開されている。まずプラトンは正義とは人間の魂の一定の状態に[356]<br />１.プラトン
a　ポリスの政治学－政治イメージの原型－
ヨーロッパの政治思想についての理解にとって最も重要なのは、その政治についての見解であり、この見解はギリシアの政治論において初めて自覚的に展開され、構成に継承された。ギリシアやローマの政治論が久しく古典としての位置を占めることとなったのはこのためである。ギリシア人が自らの治体制の特質を自覚したのはペルシャとの比較においてであり、ペルシャ戦争はそうした自覚を高める上で重要な役割を果たした。
ペルシャの政治体制&rArr;多数の人間が恐怖と鞭によって一人の人間(王)に服従する体制。いわば、一人の主人に多くの奴隷が従属しているに等しいもの(・デスポティズム)
一人の人間だけが自由
ギリシアの政治体制(ポリス)&rArr;(nomos)の下に団結した自由人の共同体としてイメージされる
若干の人間が自由(奴隷は除く)
したがって、後者においては、支配服従関係はあくまでこの共同体を前提にし、法に即したものであり、決して前者のように特定人物への服従がすべてではなかった。この違いは決して量的なものだけではなく、後者は自由な人間が互いにひとつの政治共同体を形成するのに対..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[郵政民営化]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432201901@hc05/2416/]]></link>
			<author><![CDATA[ by shiori]]></author>
			<category><![CDATA[shioriの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 14 Oct 2005 19:15:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432201901@hc05/2416/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432201901@hc05/2416/" target="_blank"><img src="/docs/983432201901@hc05/2416/thmb.jpg?s=s&r=1129284953&t=n" border="0"></a><br /><br />郵政民営化
少し長い記事ですが引用させていただきました。

「小泉首相が改革の本丸と位置づける郵政民営化関連６法が１４日午後の参院本会議で自民、公明の与党の賛成多数で可決、成立した。

通常国会で同法案に反対・棄権した自民党議員の[340]<br />郵政民営化関連法が可決・成立
郵政民営化
少し長い記事ですが引用させていただきました。
「小泉首相が改革の本丸と位置づける郵政民営化関連６法が１４日午後の参院本会議で自民、公明の与党の賛成多数で可決、成立した。 通常国会で同法案に反対・棄権した自民党議員の大半は賛成に回った。これにより国営の日本郵政公社は２００７年１０月に解散し、郵便、郵便貯金、簡易保険の郵政３事業は民営化した４つの事業会社に分割して引き継がれる。今後、金融、物流業界などに大きな影響を与えることが予想される。 参院本会議の採決は記名投票で行われ、自民、公明両党など賛成１３４票、民主、共産、社民党など反対１００票で可決された。前..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ニューディール政策の概要と効果]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431957301@hc05/2271/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ＫＥＮ]]></author>
			<category><![CDATA[ＫＥＮの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 23 Sep 2005 04:23:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431957301@hc05/2271/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431957301@hc05/2271/" target="_blank"><img src="/docs/983431957301@hc05/2271/thmb.jpg?s=s&r=1127417026&t=n" border="0"></a><br /><br />「ニューディール」とは「新規まきなおし」の意味であり、１９２９年にはじまった世界恐慌に対し、１９３３年からフランクリン・ルーズベルト大統領の行った一連の政策のことを指す。大企業や銀行を援助し、農産物を買い上げて農民を保護し、また、労働者の生[360]<br />ニューディール政策
「ニューディール」とは「新規まきなおし」の意味であり、１９２９年にはじまった世界恐慌に対し、１９３３年からフランクリン・ルーズベルト大統領の行った一連の政策のことを指す。大企業や銀行を援助し、農産物を買い上げて農民を保護し、また、労働者の生活を保障するとともに、テネシー渓谷開発公社（ＴＶＡ）の地域開発事業など公共投資の増加による私的資本の投資への刺激と失業対策を行い、景気の回復をはかろうとした。
　そこで、少し世界恐慌について触れておきたい。１９２０年代におけるアメリカ合衆国の「アンバランスな繁栄」は、１９２９年１０月２４日にニューヨークのウォール街の株式大暴落に端を発する..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[医療・年金制度等の問題に関する考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432226001@hc05/1995/]]></link>
			<author><![CDATA[ by cow2005]]></author>
			<category><![CDATA[cow2005の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 30 Jul 2005 18:00:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432226001@hc05/1995/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432226001@hc05/1995/" target="_blank"><img src="/docs/983432226001@hc05/1995/thmb.jpg?s=s&r=1122714013&t=n" border="0"></a><br /><br />消極的賦課方式論とは積立方式に切り替えていこうとすると二重の負担が発生するために賦課方式でやるしかないというものである。これに対して、現役時代から老後までの超長期の経済社会変動は、大きく、かつ、予測不可能であり、年金問題、老後の生活保障の問[360]<br />社会保障論レポート―医療・年金制度等の問題に関する考察
医療1
V・R・フュックス「医療経済学の将来」のなかで、フュックスが、若き医療経済学者にアドバイスしていることを400字程度で説明しなさい。
V・R・フュックスは、本書において医療経済学の果たすべき二つ役割―行動科学と医療政策・医療サービスの学問領域―について述べている。そしてその観点から、若き医療経済学者に以下の助言を呈している。第一に、既存の主流の経済学のみに頼ることなく自己の理論的・実証的研究成果をそこにフィードバックすることで、高い能力を維持することだ。第二に、経済学のみならず医療技術と制度について学ぶことだ。第三に、膨大な理論や技法から妥当性のあるものを選りだし、真に重要なものを身につけるというスマートな学び方をすることだ。第四に、同時期に政治スタッフと研究者の兼業を試みてはいけない、ということだ。これは、それぞれに必要とされる能力と美徳が並存できるものではないからである。第五に、研究者としての三つの美徳―誠実、勇気、忍耐―を磨くことである。これは、自己のデータや方法の限界を直視し、果敢に既存の理論を打ち砕く研究に取り組..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[イギリス労働党の変遷]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/1993/]]></link>
			<author><![CDATA[ by go55go]]></author>
			<category><![CDATA[go55goの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 30 Jul 2005 17:56:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/1993/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/1993/" target="_blank"><img src="/docs/983432257401@hc05/1993/thmb.jpg?s=s&r=1122713819&t=n" border="0"></a><br /><br />トニー・ブレアが率いる労働党は、２００１年の総選挙で大勝利を勝ち取った。１９９７年の総選挙では、新鮮なイメージを持つ若い党首ブレアが英国内だけではなく、世界的な注目を浴びた。前メージャー保守党政権から引き継いだ好景気を継続させることに成功し[360]<br />トニー・ブレアが率いる労働党は、２００１年の総選挙で大勝利を勝ち取った。１９９７年の総選挙では、新鮮なイメージを持つ若い党首ブレアが英国内だけではなく、世界的な注目を浴びた。前メージャー保守党政権から引き継いだ好景気を継続させることに成功し、その政権運営と経済政策は手堅く、評価されている。
それでは、現在のこの労働党の源泉なるものを辿っていこう。 １８９３年ジェームズ・ケア・ハーディが、ブラッドフォードで世界初の本格的労働者政党独立労働党を結成する。この独立労働党と、１８８４年に結成されたマルクス主義的な社会民主連盟、ウェッブ夫妻、バーナード=ショーらが結成した漸進的な福祉国家の建設をめざすフェビアン協会等が集まって１９００年にマクドナルドを委員長とする労働代表委員会が発足された。この委員会は、産業労働者の利益を守るため、下院に議席を獲得することを目標発足されたもので、１９０６年の総選挙では５１名立てた候補者のうち３０名が当選、労働党として成立した。第一次世界大戦中、一部の有力議員は、アスキース内閣やロイド・ジョージ内閣で大臣にも任命された。
１９１８年に生産、流通等の国有化を党の綱領..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本における昨今の年金改革議論について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432226001@hc05/1992/]]></link>
			<author><![CDATA[ by cow2005]]></author>
			<category><![CDATA[cow2005の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 30 Jul 2005 17:55:31 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432226001@hc05/1992/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432226001@hc05/1992/" target="_blank"><img src="/docs/983432226001@hc05/1992/thmb.jpg?s=s&r=1122713731&t=n" border="0"></a><br /><br />現在、国会を中心として各方面で年金改革の議論がなされている。しかし前述の通り、年金の正確な理解がなされた上での議論は少ないのが現状である。まずは、現在行われている年金改革議論の要旨をあげてみたいと思う。
まず「世代間扶養」と「世代間公平性[356]<br />社会保障論
「日本における昨今の年金改革議論について」
Ⅰ．日本の年金制度について　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
昨年の総選挙以来、年金制度に関する議論が沸き起こり、世論の関心も日に日に増してきている。しかし年金体系とその全体像を理解するには多くの困難がつきまとい、有識者の中でも間違った理解の元で議論がなされ、そこから発信される年金に対する不安が国民世論に伝播し、年金の信頼が大きく揺らいでしまっているのが現状である。そこで、ここでは年金を正しく理解し、現在の議論の問題点や、日本の年金制度の実情は本当に不安材料の多いものなのかを検証する。
まず日本の年金体系についてまとめたい。年金には以下の三つの大きな柱がある。まず、日本の年金は国民全員がその職業の有無や種類にかかわらず年金制度に組み込まれるという国民皆年金の理念を持つ。1961年に旧国民年金制度が確立した当時、国民皆年金が成立したが、全国民すべてを一括対象とした制度はなかったために、産業構造の変化などによって財政基盤の脆さが露呈し、その結果、加入している制度によって負担の不公平..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[靖国問題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/1991/]]></link>
			<author><![CDATA[ by go55go]]></author>
			<category><![CDATA[go55goの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 30 Jul 2005 17:55:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/1991/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/1991/" target="_blank"><img src="/docs/983432257401@hc05/1991/thmb.jpg?s=s&r=1122713718&t=n" border="0"></a><br /><br />　本書には、政治家や学者というより、宗教家の書いた論文が多い。このことが本書の論調にきわめて大きな影響を与えている。彼らは、信仰の大切さや切実さというものを誰よりも知っている。だからこそ政教分離の原則や内面の自由の原則を大切にする理由が痛い[360]<br />筆者はこの小論で、菅原伸郎編著『戦争と追悼　靖国問題への提言』（八朔社、２００３年）を参考に、靖国問題について論じようと思う。本書は、菅原信郎、廣橋隆、幸日出男、児玉暁洋、本多静芳、池田行信、稲垣久和らによる論考からなっているが、基本的に全ての論者が、首相の靖国神社に対する公式参拝に反対している。その理由としては以下が、もっとも大きなもののようである。「靖国神社は１９５２年以降、宗教法人格に基づく宗教法人として存在してきた。自らが申請して宗教団体であることを宣言してきたのである。神職らが祭司を日々厳かにつとめてもいる。そうである以上、日本国憲法第２０条、第８９条に照らして、国は特別な待遇を与えてはならないはずである。国家護持や公式参拝が許されるはずはない。（中略）今改めて思い起こしてもらいたいのは、この社会には神社神道以外の信仰を持つ人たちが大勢いることだ。（中略）そうした思想や信仰の自由を無視しないでもらいたい」（ⅲからⅳ頁）。そして、以下のように続く。「２００１年春、首相に選ばれたばかりの小泉氏は靖国神社に参拝した。国内外から猛反発を受けると、どこまで本気だったかは分からないが、『..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[政・官癒着の構造]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/1977/]]></link>
			<author><![CDATA[ by go55go]]></author>
			<category><![CDATA[go55goの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 30 Jul 2005 15:49:58 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/1977/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/1977/" target="_blank"><img src="/docs/983432257401@hc05/1977/thmb.jpg?s=s&r=1122706198&t=n" border="0"></a><br /><br />政と官の関係。この言葉を聞いて、どうしてもネガティブなイメージが先に浮かんできてしまうのは私だけではないだろう。政と官のいただけない関係の一例として、少々長いが以下に　ジャパンタイムズの記事を引用する。
　『自民党の鈴木宗男衆議院議員によ[356]<br />政と官の関係。この言葉を聞いて、どうしてもネガティブなイメージが先に浮かんできてしまうのは私だけではないだろう。政と官のいただけない関係の一例として、少々長いが以下に　ジャパンタイムズの記事を引用する。
　『自民党の鈴木宗男衆議院議員による外務省への圧力行使疑惑に関する調査で、政治家と官僚の恐るべき癒着の構造が明らかになった。3月4日発表の報告書によると、外務官僚は｢影の外相｣のように振舞う鈴木氏の指示通り舞台裏で動いていたという。氏は自らの選挙区の企業に公共事業を斡旋して権力の階段を上った。それには政治的影響力に屈して行政の規則を曲げた公僕が一役かっている。国民の利益を無視した政治家と官僚の癒着は今に始まったことではないが、これが外務省で起こったことには驚く。 
1999年当時内閣官房副長官を務めていた鈴木氏は、国後島の宿泊施設｢友好の家｣建設工事の入札に干渉し、入札参加を自分の選挙区である根室管区の企業に限るよう外務省に要請した。外務省は入札参加資格を｢根室での工事実績がある企業｣に限定することを決定した。 　
報告書は｢鈴木議員は入札企業の決定に深く関与した｣と結論づけ、国会議員..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[行政立法についての考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/1970/]]></link>
			<author><![CDATA[ by go55go]]></author>
			<category><![CDATA[go55goの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 30 Jul 2005 15:23:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/1970/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432257401@hc05/1970/" target="_blank"><img src="/docs/983432257401@hc05/1970/thmb.jpg?s=s&r=1122704584&t=n" border="0"></a><br /><br />行政立法、この言葉は第二次大戦後田中二郎博士によって初めて用いられたものであると見られ、「行政権が、法条の形式をもって一般抽象的・仮言的定めをすること」であるとされてきた。そしてそのなかには「法規命令」と「行政規則」が含まれるとされている。[360]<br />行政立法、この言葉は第二次大戦後田中二郎博士によって初めて用いられたものであると見られ、「行政権が、法条の形式をもって一般抽象的・仮言的定めをすること」であるとされてきた。そしてそのなかには「法規命令」と「行政規則」が含まれるとされている。しかし近年「行政規則」は行政法上の法源とは考えられていないこと、また「行政規則」は議会立法の授権が無くとも行政機関が定立できることから憲法四十一条の用いる「立法」概念との整合性を欠くとして行政立法をいわゆる「法規命令」だけに限定して考える説もある。
しかしこの様な議論は、抽象的・一般的規律の発令は議会だけに留保され授権の方法でのみ行政に委任できるという前提から出発しており、多様な形で存在する行政立法とりわけ公共政策の手段としての法律を具体化するという行政立法の現実の機能を無視した議論である。つまり、行政立法も法律に基づいて為される行政行為と同様に法律によって授権された行政機関がその政策目的の具体化のために行なう活動の一つに過ぎない。その様に考えるならば「法規命令」と「行政規則」を区別する実益は乏しい。なぜならば現実に「法規命令」の内でもいわゆる「執行..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[真珠湾攻撃に関するレポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1928/]]></link>
			<author><![CDATA[ by laughmaker]]></author>
			<category><![CDATA[laughmakerの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 30 Jul 2005 02:52:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1928/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1928/" target="_blank"><img src="/docs/983432158301@hc05/1928/thmb.jpg?s=s&r=1122659543&t=n" border="0"></a><br /><br />941年12月７日、日本軍はハワイの真珠湾に奇襲をかけた。今回ビデオを見たことで、この事件、及びこれによって始まった太平洋戦争において、｢情報｣というものが、どのように働いたかについて考えた。翌12月8日には、宣戦布告がされると共に、｢情報[344]<br />　
1941年12月７日、日本軍はハワイの真珠湾に奇襲をかけた。今回ビデオを見たことで、この事件、及びこれによって始まった太平洋戦争において、｢情報｣というものが、どのように働いたかについて考えた。翌12月8日には、宣戦布告がされると共に、｢情報宣伝方策大綱｣が組織されて、国内世論の指導・国外宣伝の推進にあたったという事実を始めて知って、改めて、いかに情報の扱いが、政治にとって重要であるかを感じた。
当時の日本海軍の司令官長であった山本五十六は、開戦反対の立場であったが、アメリカと戦うのであれば開戦冒頭の真珠湾攻撃が不可欠との信念で、真珠湾攻撃を指揮した。実際、その後戦況はしばらくの間日本側に有利に働いた。この、真珠湾攻撃が、日米どちらにとっても、開戦のきっかけになったのは確かであるが、この、一見自然な流れに見受けられる開戦の裏には、巧みな情報操作があったのである。日本は、宣戦布告もされていない状況で、日曜日の朝に奇襲するといった戦法をとっておいて、国内に向けた大義名分としては、｢アメリカ側から追い詰められて、やむを得ず開戦する｣とした。アメリカの情報機関は日本の暗号を解読していたとさ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[Is Japan an international country?]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432236301@hc05/1542/]]></link>
			<author><![CDATA[ by serendipity]]></author>
			<category><![CDATA[serendipityの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 26 Jul 2005 00:19:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432236301@hc05/1542/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432236301@hc05/1542/" target="_blank"><img src="/docs/983432236301@hc05/1542/thmb.jpg?s=s&r=1122304742&t=n" border="0"></a><br /><br />We often hear the word &quot;International.&quot; If you look up the word in a dictionary, you will find its meaning as having rel[120]<br />Is Japan an International Country?
We often hear the word &quot;International.&quot; If you look up the word in a dictionary, you will find its meaning as having relationships with other countries or so. Today, Japan has a lot of problems which are not only domestic but also related to foreign countries. In other words, Japan has many relationships with other foreign countries. But can we say that &quot;Japan is an international country&quot; only in this sense written in a dictionary? I think that the word &quot;intern..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[人口政治学の授業の感想]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1518/]]></link>
			<author><![CDATA[ by heartheart]]></author>
			<category><![CDATA[heartheartの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 25 Jul 2005 21:12:20 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1518/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1518/" target="_blank"><img src="/docs/983432307901@hc05/1518/thmb.jpg?s=s&r=1122293540&t=n" border="0"></a><br /><br />今年1年間先生の授業を通して、人口政治についての考え方が大きく変わりました。去年の初めには人口の統計的な問題についての学問だろうという漠然としたイメージしか頭には無かったのですが、実は食糧問題や女性の人権問題、資源の問題やODAに至るまで様[352]<br />人口政治学の授業の感想
今年1年間先生の授業を通して、人口政治についての考え方が大きく変わりました。去年の初めには人口の統計的な問題についての学問だろうという漠然としたイメージしか頭には無かったのですが、実は食糧問題や女性の人権問題、資源の問題やODAに至るまで様々な形で私たちの将来の生活に深く影響を与える学問である事が分かりました。この事は今後世界がどの様に変化していくのか考える上で重要な知識になると思います。
まず人口問題へのアプローチの方法について、私にはマクロ的取り組みの方法しかイメージが有りませんでした。したがってミクロ的取り組みへのパラダイムシフトにより、さまざまな活動が末端レベル..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[田中角栄について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1325/]]></link>
			<author><![CDATA[ by heartheart]]></author>
			<category><![CDATA[heartheartの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 22 Jul 2005 10:56:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1325/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1325/" target="_blank"><img src="/docs/983432307901@hc05/1325/thmb.jpg?s=s&r=1121997362&t=n" border="0"></a><br /><br />昭和４２年に佐藤栄作の後継として総裁選に出馬し、日中国交回復の政策協定を結び福田湯に差をつけ勝ち総理に就任した。英雄待望論に基づく停滞気分を変えてくれるであろう期待から支持率６２〜６３パーセントでスタートした。キャリア官僚で秘密主義の佐藤内[360]<br />田中角栄
昭和４２年に佐藤栄作の後継として総裁選に出馬し、日中国交回復の政策協定を結び福田湯に差をつけ勝ち総理に就任した。英雄待望論に基づく停滞気分を変えてくれるであろう期待から支持率６２～６３パーセントでスタートした。キャリア官僚で秘密主義の佐藤内閣とは対照的に叩き上げ開放性を持つ角栄は「今太閤」と呼ばれる人気があった。当時角栄は５４歳と若かった。彼は行動力・実行力がある慎重性を欠き、「コンピューター付ブルドーザー」と呼ばれ、政治力はあったが、金集めにまつわるスキャンダルが危うかった。総理就任後すぐに日中国交回復交渉に着手し、日中国交回復で田中人気が起こった。また明治発展から取り残されてきた裏日本を発展させるため日本全国鉄道、高速道路で結ぶ日本列島改造計画を行うために大型予算を作り公共投資を行ったが土地問題、つまり用地確保の為に買占めにより土地ブームが起こりインフレで不況になった。今の不良債権の発端である。さらに１９７３年の第４次中東戦争でアラブが石油戦略をして産油量を減らして輸出を削減したため、日本は使節団を派遣し日本の窮状を訴え、日本への削減は途中でやめられたが、オイルショックが..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ウェーバーにおける学問と政治]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432250301@hc05/1312/]]></link>
			<author><![CDATA[ by stake1212]]></author>
			<category><![CDATA[stake1212の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 22 Jul 2005 01:11:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432250301@hc05/1312/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432250301@hc05/1312/" target="_blank"><img src="/docs/983432250301@hc05/1312/thmb.jpg?s=s&r=1121962296&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに
　マックス・ウェーバー（Max Weber, 1864〜1920）は、社会科学の方法論として「価値自由」（Wertfreiheit）という言葉を用いた。これは、社会科学が研究対象に関わる際に、価値判断と経験的な科学が区別されるこ[294]<br />「ウェーバーにおける学問と政治の関係」
はじめに
　マックス・ウェーバー（Max Weber, 1864～1920）は、社会科学の方法論として「価値自由」（Wertfreiheit）という言葉を用いた。これは、社会科学が研究対象に関わる際に、価値判断と経験的な科学が区別されることを要請したものである。このレポートでは、なぜ学問が「価値自由」でなければならなかったのか、「価値自由」な学問は研究対象である政治とどのような関係をもつのか、について検討することで、ウェーバーにおける学問と政治の関係について考察する。
ウェーバーにおける学問
　ウェーバーが「価値自由」という言葉を用いた当時、ドイツの学者や学生は、学問と政治の関係をどのように考えていたのだろうか。それに対してウェーバーはどのように考えていたのだろうか。
　当時、政治を対象とする学問の内で主流をなしていたのは、国民経済学ないし国家学であり、さらにそれはシュモラーを中心とする「社会政策学会」のメンバーによって代表されていた。彼らは、当時の社会問題（労働者階級の社会状態の改良）の解決のため、様々な政策の提言を行っていた。このことから、彼..]]></description>

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			<title><![CDATA[佐藤栄作について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1308/]]></link>
			<author><![CDATA[ by heartheart]]></author>
			<category><![CDATA[heartheartの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 21 Jul 2005 23:37:17 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1308/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1308/" target="_blank"><img src="/docs/983432307901@hc05/1308/thmb.jpg?s=s&r=1121956637&t=n" border="0"></a><br /><br />高度経済にひずみをなくすのが政治家という考えのした、「社会開発」と「安定成長」スローガンに支持勢力を結集し１９６４年１１月総理の座についた。
　佐藤は、情報通で「早耳の佐藤」と呼ばれた。また現場を持つということは人を動かす、労組との関係を[356]<br />佐藤栄作
高度経済にひずみをなくすのが政治家という考えのした、「社会開発」と「安定成長」スローガンに支持勢力を結集し１９６４年１１月総理の座についた。
　佐藤は、情報通で「早耳の佐藤」と呼ばれた。また現場を持つということは人を動かす、労組との関係をうまくするということであり現場を持つ鉄道官僚出身からか人事の才に長けていた。野心を持つものをうまく使い、田中角栄や福田を競わせた。内閣改造を、組閣を含め９回を行ったことから分かるように自派閥のみならず自民党全体にバランスにも目配りした。人事の際には無理をせず、７対３の状況を待つ、作る「街の政治」、「時」を政治の要素に考えた。
　長期政権理由としてまず日本経済が好景気で経済成長期の時代に恵まれたことがあげられる。また政治手法もその１つといえる。佐藤の政治手法は党内に敵を作らないことであり、自分の政権を脅かす政権に反対する反主流派を作らず、つかず離れずの非主流派にする。そのために反主流派にも党役員人事の際にしかるべきそれぞれの派閥の意向を汲みポストを与え、派閥均衡人事を行い派閥のバランスをとり、党内の不満を抑える。佐藤は政治基盤として参議院にも目..]]></description>

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			<title><![CDATA[日本の政治家について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1301/]]></link>
			<author><![CDATA[ by heartheart]]></author>
			<category><![CDATA[heartheartの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 21 Jul 2005 22:12:17 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1301/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1301/" target="_blank"><img src="/docs/983432307901@hc05/1301/thmb.jpg?s=s&r=1121951537&t=n" border="0"></a><br /><br />●	日本政治家について

・	吉田茂
＜昭和２１年５月２２日第一吉田内閣発足＞
☆	憲法公布
　　農地改革法・労働三法・教育基本法・独占禁止法等戦前の封建制度を否定する戦後改革諸法を作る
　　＜昭和２３年１０月１５日第二次吉田内[330]<br />日本政治家について
吉田茂
＜昭和２１年５月２２日第一吉田内閣発足＞
憲法公布
　　農地改革法・労働三法・教育基本法・独占禁止法等戦前の封建制度を否定する戦後改革諸法を作る
　　＜昭和２３年１０月１５日第二次吉田内閣発足＞
　　少数与党で政権は不安定で内閣不信任案が通り、国会解散
　　＜昭和２４年２月１６日第三次吉田内閣発足＞
　　佐藤栄作・池田雄人ら官僚政治家を積極的に登用
　「インフレ終息宣言」を出し「終戦の終了」をアピール
　　経済重視主義
　　GHQによる経済安定九原則
ドッジライン
直接税を中心とする税制改革
１ドル＝３６０円の固定相場制への移行
昭和２６年９月８日　サンフランシスコ..]]></description>

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			<title><![CDATA[首相と政治基盤について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1236/]]></link>
			<author><![CDATA[ by heartheart]]></author>
			<category><![CDATA[heartheartの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 20 Jul 2005 20:19:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1236/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1236/" target="_blank"><img src="/docs/983432307901@hc05/1236/thmb.jpg?s=s&r=1121858367&t=n" border="0"></a><br /><br />世論とは、世間、世の中における大多数の人が持っている意見のことであり、民の声、人心を反映しているものである。国民＝主権者であり民主主義の基本、その国の方向付けの最終選択権を持つのであり、その国民の声＝世論にそう政治を行なうことが為政者の心構[360]<br />世論と首相
世論とは、世間、世の中における大多数の人が持っている意見のことであり、民の声、人心を反映しているものである。国民＝主権者であり民主主義の基本、その国の方向付けの最終選択権を持つのであり、その国民の声＝世論にそう政治を行なうことが為政者の心構えである。新聞・ラジオ・映画によりマスコミュニケーションは発展し、選挙権の拡大により国民世論は数量化された。票は議席であり、投票をパイプに国民の声を数にして政治に反映される。いわば国民は最大の政治基盤である。その政治に影響を与えるの世論に政治家からの働きかけが世論操作であり、操作のためのパフォーマンスにより好印象をどうもってもらうかが重要である。..]]></description>

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			<title><![CDATA[首相の権限]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1235/]]></link>
			<author><![CDATA[ by heartheart]]></author>
			<category><![CDATA[heartheartの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 20 Jul 2005 20:10:05 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1235/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1235/" target="_blank"><img src="/docs/983432307901@hc05/1235/thmb.jpg?s=s&r=1121857805&t=n" border="0"></a><br /><br />☆	戦前
・	総理の選ばれ方：明治憲法に総理、内角についての記述はなく、大老・長老政治化が時期首相を誰にするかと天皇に伝え、天皇が組閣の命令（大命降下）し首相を任命
・	総理の権限の支え：天皇の信任
・	総理の位置付け：明治憲法５５条[340]<br />現代宰相論
＜首相の権限＞
戦前
総理の選ばれ方：明治憲法に総理、内角についての記述はなく、大老・長老政治化が時期首相を誰にするかと天皇に伝え、天皇が組閣の命令（大命降下）し首相を任命
総理の権限の支え：天皇の信任
総理の位置付け：明治憲法５５条が定めているように天皇の輔弼
総理の地位：天皇の信任があれば誰でもよく、明治憲法下では総理は各大臣との首班とされ、憲法上総理大臣は国務大臣の１人に過ぎない扱い。首班とは、同輩中の主席ということであるので首相は大臣の首を切れないため、内閣は閣内不一致でよくつぶれた。
戦後
総理の選ばれ方：憲法１０３条に明文化され、国民が国会議員を選び、国会の多数派により..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[政策形成の特徴]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432197901@hc05/1213/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yosiboo]]></author>
			<category><![CDATA[yosibooの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 20 Jul 2005 12:05:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432197901@hc05/1213/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432197901@hc05/1213/" target="_blank"><img src="/docs/983432197901@hc05/1213/thmb.jpg?s=s&r=1121828751&t=n" border="0"></a><br /><br />国家安全保障政策とは、いかなる国家目標を掲げようとも自国の国益を擁護および促進することを目的とする。アメリカは建国以来、さまざまな国際情勢の変化を経験し、そのたびに国家安全保障政策の転換をはかってきた。
　2002年９月、ジョージ・Ｗ・ブ[348]<br />　国家安全保障政策とは、いかなる国家目標を掲げようとも自国の国益を擁護および促進することを目的とする。アメリカは建国以来、さまざまな国際情勢の変化を経験し、そのたびに国家安全保障政策の転換をはかってきた。 　2002年９月、ジョージ・Ｗ・ブッシュ大統領は、２1世紀の米国の世界戦略とも言うべき、｢アメリカ合衆国の国家安全保障戦略｣を発表した。この新しいドクトリンもまた、激変する国際環境の影響を受けたものに他ならない。｢ブッシュ・ドクトリン｣とは、広義には2000年の大統領選挙時からその政権任期中のブッシュ大統領の国家安全保障政策全般を指し、狭義には2002年９月にホワイトハウスから発表されたブッシュ大統領の国家安全保障政策の指針｢国家安全保障戦略｣の代名詞であるとされる。
また「思いやりのある保守主義」をスローガンにして登場したブッシュ政権だが、その「思いやり」はまったく国内向けで、対外関係では狭隘な国益追求を中心に据えた保守反動的な本質をあらわにしつつある。その行動を規定しているのは、クリントン政権時代の政策を批判的に見直すという姿勢であり、父親・ブッシュが犯した過ちを繰り返さないとい..]]></description>

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		<item>
			<title><![CDATA[world population highlights2004」及び「world population date sheetについて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1204/]]></link>
			<author><![CDATA[ by heartheart]]></author>
			<category><![CDATA[heartheartの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 19 Jul 2005 23:13:50 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1204/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1204/" target="_blank"><img src="/docs/983432307901@hc05/1204/thmb.jpg?s=s&r=1121782430&t=n" border="0"></a><br /><br />今回最も印象に残ったことは、人口問題を取り巻く環境は、常に変化しているということです。先進国と発展途上国に差異があるのはもちろんですが、発展途上国間においても繁殖率が低下している国とそうではない国とに分かれており、発展途上国の間でさえ、HI[356]<br />「world population highlights2004」及び「world population date sheet」についてのレポート
今回最も印象に残ったことは、人口問題を取り巻く環境は、常に変化しているということです。先進国と発展途上国に差異があるのはもちろんですが、発展途上国間においても繁殖率が低下している国とそうではない国とに分かれており、発展途上国の間でさえ、HIVの感染率などはアフリカとアジアの間では大きく異なっています。人口問題はより複雑になり学者の間でも今後を予測するのは難しいのだと実感しました。
　人口の分布においては都市部に人口が集中する「都市化」する傾向が世界全体の国々に見られます。郊外から都市部へ移動すると、各家庭の教育レベルに賃金収入、福利厚生のサービスを受ける機会などが向上するように思われていても、貧困層においては全く生活レベルが良くなっていないことは、なかなか中流層の多い日本では実感しづらいのではないかと思いました。ただ今後日本においても収入の二極化が進むことや不法移民の流入などから、一部都市のスラム化が懸念されています。したがって都市化が進み..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[シンポジウム（講演会）に参加しての感想]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1197/]]></link>
			<author><![CDATA[ by heartheart]]></author>
			<category><![CDATA[heartheartの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 19 Jul 2005 22:35:38 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1197/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1197/" target="_blank"><img src="/docs/983432307901@hc05/1197/thmb.jpg?s=s&r=1121780138&t=n" border="0"></a><br /><br />まず今回のシンポジウムの前に有森裕子さんのインド偵察報告と加藤シズエ賞の授賞式があったのですが、全体の人口問題へのアプローチを考える前にリクノダクティブ・ヘルス・ライツの見直しと向上のために具体的にどのような活動が有るかということを知ること[360]<br />シンポジウム（講演会）に参加しての感想
まず今回のシンポジウムの前に有森裕子さんのインド偵察報告と加藤シズエ賞の授賞式があったのですが、全体の人口問題へのアプローチを考える前にリクノダクティブ・ヘルス・ライツの見直しと向上のために具体的にどのような活動が有るかということを知ることができました。人口問題へのマクロ的取り組みからミクロ的取り組みへのパラダイムシフトによってどのような活動が末端レベルで行なわれているのかを知る上で、とても有意義だったと思います。
副題が「人口問題とODAを考える」であったことから、今回はODAから人口問題に対する国家のマクロ的投資戦略についてより深く理解するのかと思っ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[経済市場]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432239001@hc05/1173/]]></link>
			<author><![CDATA[ by jackbauwer]]></author>
			<category><![CDATA[jackbauwerの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 19 Jul 2005 18:54:43 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432239001@hc05/1173/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432239001@hc05/1173/" target="_blank"><img src="/docs/983432239001@hc05/1173/thmb.jpg?s=s&r=1121766883&t=n" border="0"></a><br /><br />１、企業の投資行動と銀行融資
現在の経済市場では、設備投資が競争での成否の鍵となっている。投資をする際に、企業は将来の事業展開を視野に入れた複数の投資計画をたて、それぞれについて各期の収益を予想し、収益性の程度を評価する。最適な投資という[356]<br />１、企業の投資行動と銀行融資
現在の経済市場では、設備投資が競争での成否の鍵となっている。投資をする際に、企業は将来の事業展開を視野に入れた複数の投資計画をたて、それぞれについて各期の収益を予想し、収益性の程度を評価する。最適な投資というのは、この予想が正しく耐用期間が終わる時に負債が完済されるだけでなく、余剰も生じており、この場合、企業は適切な規模と内容の投資を行ったことになる。しかし、その逆に、予想が収益を下回ると負債が残り、投資の失敗となり、不適切であったといえる。
企業が、設備投資を計画し、そのための資金を銀行からの借り入れによって賄うケースがほとんどである。銀行にとって、融資は最重要な収入資源であるから、高収益が期待される投資案件であるほど、融資に積極的になる。しかし、情報の非対称性という問題が起こってくるのである。企業は、出きるだけ好条件で融資を受けたいがために、有利な情報だけを提示する。銀行が企業の情報のみを頼りに融資案件を選別し、融資額を決定すると、正しい情報を隠さず提示した優良企業は融資を受けられず、都合の良い情報のみを提示した問題のある企業は、融資を受けられるといっ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[豊島産業廃棄物事件について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432373401@hc05/1081/]]></link>
			<author><![CDATA[ by matudasigoto]]></author>
			<category><![CDATA[matudasigotoの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 18 Jul 2005 19:32:58 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432373401@hc05/1081/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432373401@hc05/1081/" target="_blank"><img src="/docs/983432373401@hc05/1081/thmb.jpg?s=s&r=1121682778&t=n" border="0"></a><br /><br />香川県の豊島の産業廃棄物処理政策を事例として取り上げ、ここに関わる参加者とその利害関係の内容について述べる。これは、1975年から2000年に至るまで「産業廃棄物処理業者」と「香川県」、特に「県知事」、そして「住民」の間で争われた事件である[344]<br />１
香川県の豊島の産業廃棄物処理政策を事例として取り上げ、ここに関わる参加者とその利害関係の内容について述べる。これは、1975年から2000年に至るまで「産業廃棄物処理業者」と「香川県」、特に「県知事」、そして「住民」の間で争われた事件である。
75年、「豊島総合観光開発株式会社」は、有害産業廃棄物処理場建設の許可申請を行う。それに対し「住民」は、環境破壊と農漁業への悪影響を懸念した。そして、豊島の有権者ほぼ全員の反対署名を集め、県に提出した。「豊島観光」は、住民や担当公務員への暴行、脅迫を行い、反対運動を阻止した。「香川県知事」は豊島に訪れ、豊島観光の正当性を訴えたうえに、〝住民の心は灰色だ〟という発言を行った。さらに、県議会が住民の中止要請を受け入れたにもかかわらず、県知事は建設許可の方針を貫徹した。
その後、住民と事業者の裁判の和解により、事業内容は〝ミミズの養殖〟に変更された。しかし、「豊島観光」は徐々に無許可のまま有害廃棄物の取り扱いを始めた。87年、喘息患者が現れ、翌年には喘息による死亡者が出た。これを契機に、88年、海上保安庁は、豊島観光経営者を廃棄物処理法違反で検挙し..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[政治学科ゼミ選考（志望理由）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1047/]]></link>
			<author><![CDATA[ by heartheart]]></author>
			<category><![CDATA[heartheartの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 17 Jul 2005 08:07:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1047/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432307901@hc05/1047/" target="_blank"><img src="/docs/983432307901@hc05/1047/thmb.jpg?s=s&r=1121555247&t=n" border="0"></a><br /><br />私が法学部を志望したのは、ただ何となく「法律を知っていたら、これから先、便利そう。」とか「マスメディアが発信する娯楽番組において法律がいとも簡単に面白く見えた」といった安易な考えからでした。しかし、入学後まもなく私は&lsquo;法律学の難しさ&ldquo;にぶつ[360]<br />志望理由
私が法学部を志望したのは、ただ何となく「法律を知っていたら、これから先、便利そう。」とか「マスメディアが発信する娯楽番組において法律がいとも簡単に面白く見えた」といった安易な考えからでした。しかし、入学後まもなく私は&lsquo;法律学の難しさ&ldquo;にぶつかりました。なぜなら、高校の勉強とは全く違い論理性を問われる事が非常に多く、ただ単に特定の法律用語を暗記して事例に当てはめるだけではなく、その背景や経緯等も全て理解した上で、出来るだけ矛盾が無いように説明しなければなりませんでした。この事実に気が付いた時、私は政治学科の分野が如何に大事かと言う事を認識しました。なぜなら法律の勉強をすればするほど政治的・社会的な問題点に直面し、それを解決する為に様々な議論が為されてきたかを実感してきたからです。個人的にもNGOやNPOのボランティア、国際協力に関する授業など如何に公共の役に立てるかを主に学びたかった事もあり、むしろ社会学科に転科してしまおうかと悩んだ時期も有りました。しかし法律を学ぶ事で社会の仕組みを逆に学ぶ事もできると考えた為、とりあえずは法科の授業を中心に勉強し、政治の興味のある授業を取り..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「民主主義において、主権者である我々は、自らの政治指導者との間にどのような関係を構築すべきか」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432245801@hc05/905/]]></link>
			<author><![CDATA[ by gorilla]]></author>
			<category><![CDATA[gorillaの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 13 Jul 2005 16:02:03 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432245801@hc05/905/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432245801@hc05/905/" target="_blank"><img src="/docs/983432245801@hc05/905/thmb.jpg?s=s&r=1121238123&t=n" border="0"></a><br /><br />民主主義国家日本の現状を考えると、我々主権者である国民の選挙によって選ばれた国会議員によって、更に選ばれた国家の指導者と我々主権者との距離がかけ離れでおり、国民の求めるよりよい社会をとの叫びは全く聞き入れられず、政治は何をやろうとしているの[360]<br />「民主主義において、主権者である我々は、自らの政治指導者との間にどのような関係を構築すべきか」
民主主義国家日本の現状を考えると、我々主権者である国民の選挙によって選ばれた国会議員によって、更に選ばれた国家の指導者と我々主権者との距離がかけ離れでおり、国民の求めるよりよい社会をとの叫びは全く聞き入れられず、政治は何をやろうとしているのか、日本は今後どのような道をあゆもうとしているのかが全く見えず、政治家や指導者は何をポリシーとしているのかがわからない。それどころか、国民の期待とは反対に政治家同士の闇の駆け引き、権力闘争、官僚主導政策などが表面化し、それが政治不信となっている。そこで現状からの変化のみを求め、今までが悪かったから、指導者が変われば何かが変わり、よりよい社会がくるとの期待を持つ。しかし、現実は同じことの繰り返しであり、国民の中に政治不信を越えたなんともいえない閉塞感がただよってくる。
しかし、今日では小泉政権の誕生により７０％以上の国民が指示するように、何かの期待感がもたれている。戦後の政党政治が始まって以来の現象ではないか。
世界に遅れをとらない積極的な外交、紛争・戦争解..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[市町村合併について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432368701@hc05/801/]]></link>
			<author><![CDATA[ by abc1234]]></author>
			<category><![CDATA[abc1234の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 08 Jul 2005 17:25:35 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432368701@hc05/801/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432368701@hc05/801/" target="_blank"><img src="/docs/983432368701@hc05/801/thmb.jpg?s=s&r=1120811135&t=n" border="0"></a><br /><br />市町村合併には主に３つの目的・手段

市町村合併には主に３つの目的・手段があると思う。１つは、地方分権の推進である。現在では小規模自治体が多く、中央政府に依存せざるを得ない。そこで、市町村合併によって自治体に一定の規模を持たせて自治力を[352]<br />「　市町村合併について　」
地方分権の推進が叫ばれている昨今、地方行政の基盤強化や広域的な対応の必要性から、市町村合併に注目が集まっている。今回の平成の大合併でも以前と変わらず、住民投票や意思調査などを行わずに合併に踏み切った市町村があった。合併などの住民の関心が高く生活に大きな変化をもたらしかねない決定においては自治体がメリット・デメリットを含めた情報を広く提供し、例え反対が予想される場合であっても粘り強く説得し住民の理解と協力を得た上での合併でないといけないと思う。また、現時点ではメリットではあるはずのものが、数年後にはデメリットに変わっている可能性もないとは言えない。メリットを十分に生かし、業務の効率化、コストの削減を進めると共により一層の計画的な行政運営が必要である。
市町村合併には主に３つの目的・手段があると思う。１つは、地方分権の推進である。現在では小規模自治体が多く、中央政府に依存せざるを得ない。そこで、市町村合併によって自治体に一定の規模を持たせて自治力を強化する必要がある、というのが政府の言い分である。つまり、地理的・財産的規模を大きくすることであると考えられる。２つ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[J・Sミルの自由主義]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432368701@hc05/697/]]></link>
			<author><![CDATA[ by abc1234]]></author>
			<category><![CDATA[abc1234の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 02 Jul 2005 23:31:48 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432368701@hc05/697/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432368701@hc05/697/" target="_blank"><img src="/docs/983432368701@hc05/697/thmb.jpg?s=s&r=1120314708&t=n" border="0"></a><br /><br />J・S・ミル（ジョン・スチュアート・ミル）は一八〇六年五月二十二日イギリス・ロンドンで、九人の子供の長男として生まれ、三歳でギリシア語、八歳ではラテン語を習得した。父、ジェームズ・ミル（功利主義学派）の相続人となるため特別教育を受け、三十歳[356]<br />「　J・S・ミルの自由主義　」
＜紹介＞
J・S・ミル（ジョン・スチュアート・ミル）は一八〇六年五月二十二日イギリス・ロンドンで、九人の子供の長男として生まれ、三歳でギリシア語、八歳ではラテン語を習得した。父、ジェームズ・ミル（功利主義学派）の相続人となるため特別教育を受け、三十歳以後に続々と発表された。彼によれば、人間はあるモデルに従って組み立てられ、また前もって定められた命令に忠実に服従するような単なる機械ではなく、自己の内面的な力に従って自由に成長・発展する樹木のようなものなのである。実際、彼は自主・独立の個人の価値をきわめて高く評価し、個性ないし人格とは、「個人の諸能力の発展」、すなわち「自己発展」にほかならないと主張する。ミルにとっては、自由は道徳的に成熟した人格者の固有の特性であり、それ自体、道徳的に善であった。
＜報告書・コメント＞
・「多数者は、政府の権力を自己の権力と感じ、また政府の意見を自分たちの意見と感ずることをまだ習得していない。多数者が実際このように感ずるならば、個人の自由は恐らく、それがすでに世論からの侵略に犯されているのと同様に政府からの侵略にも犯されるで..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[18歳選挙権の是非]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/luckchan/643/]]></link>
			<author><![CDATA[ by luckchan]]></author>
			<category><![CDATA[luckchanの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 29 Jun 2005 17:04:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/luckchan/643/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/luckchan/643/" target="_blank"><img src="/docs/luckchan/643/thmb.jpg?s=s&r=1120032277&t=n" border="0"></a><br /><br />世界的に見て18歳選挙権は実現されているのだろうか。日本民主青年同盟の調査によると、現在１８歳選挙権は、世界的には常識のものであるとのことである。世界１９１か国中、すでに１４４か国で１８歳選挙権（一部は１５〜１７歳）が実施されており、サミッ[356]<br />地球市民レポート 
１）日本における１８歳選挙権の是非 
はじめに自分の意見を述べると、18 歳選挙権は当然のものであり、早急な改正をし、実
施すべきであると思う。 
課題レポートの記述にもあったが、日本も批准した国連の「子どもの権利条約」にある
「子ども」の定義が、「１８歳未満」となっているのにも関わらず、１８歳、つまりおとな
になっても選挙権が認められないというのはおかしいと思う。 
世界的に見て 18 歳選挙権は実現されているのだろうか。日本民主青年同盟の調査による
と、現在１８歳選挙権は、世界的には常識のものであるとのことである。世界１９１か国
中、すでに１４４か国で１８歳選挙権（一部は１５～１７歳）が実施されており、サミッ
ト参加国の中を見ても、実施していないのは日本だけとなっている。このように世界全体
の視点から日本を見たとしてもサミットに参加するような先進国でありながら未だに18 歳
選挙権を与えていないことに疑問を感じる。 
なぜ日本の選挙権は 20 歳からなのか。元をたどっていくことによって次のようなことが
分かった。現在の満 20 歳以上の選挙権を定める公職選挙法は..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[平成１２年 中央省庁再編について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432374901@hc05/629/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ぶーにゃん]]></author>
			<category><![CDATA[ぶーにゃんの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 28 Jun 2005 01:27:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432374901@hc05/629/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432374901@hc05/629/" target="_blank"><img src="/docs/983432374901@hc05/629/thmb.jpg?s=s&r=1119889652&t=n" border="0"></a><br /><br />行政の官僚制は、資本主義が確立した西欧で、企業が効率的経営を目的に官僚化したのを基に、国家行政の効率化・合理化のために確立された。そのため、この制度は合理性、迅速な業務処理能力は有してはいるが、反面、組織の硬直性、融通がきかない非人間性、横[360]<br />「現代政治学入門」レポート
平成１２年 中央省庁再編について
　行政の官僚制は、資本主義が確立した西欧で、企業が効率的経営を目的に官僚化したのを基に、国家行政の効率化・合理化のために確立された。そのため、この制度は合理性、迅速な業務処理能力は有してはいるが、反面、組織の硬直性、融通がきかない非人間性、横柄な官僚主義的態度などの欠陥も持ち合わせてしまっている。
　日本では、明治時代に官僚制の形成が行われた。1869年に最初の省である大蔵省と外務省が創始された。大蔵省は税制をつくり、財政基盤を築き、外務省は当時の西欧列強と対等な外交を行うことを目的に設置された。その後1885年に内閣制が創始され、大日本帝国憲法の制定、帝国議会がつくられた。1893年には、高官養成のために帝国大学法学部がつくられ、高等文官試験の開始によって、高官を試験で選抜するシステムがつくられた。
　敗戦後、明治憲法下では「天皇の臣」という身分であった官僚は、国民に対して「公僕」である公務員となり、そのあり方が改められた。さらに、地方にも知事を派遣し、国内の国務全てを総括し、警察権力を掌握し天皇大権の支えとなっていた内務..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[地域研究におけるアジア・中国]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/598/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ちゆう]]></author>
			<category><![CDATA[ちゆうの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 24 Jun 2005 23:23:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/598/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/598/" target="_blank"><img src="/docs/983432340601@hc05/598/thmb.jpg?s=s&r=1119623024&t=n" border="0"></a><br /><br />アジアや中国における地域研究は、日本も属しているアジアの研究であるために、非常に重要なものであるとともに、ともすれば安易になりがちである。（中略）さて、その地域を研究するにあたってやはり重要視されるべきなものは現地言語をマスターした上での現[360]<br />地域研究におけるアジア・中国
アジアや中国における地域研究は、日本も属しているアジアの研究であるために、非常に重要なものであるとともに、ともすれば安易になりがちである。さらにアジア・太平洋戦争における日本の侵略（自民党の政治家や右翼や日本遺族会が何といおうが、侵略であることは疑い得ない。それをきちんと認めた上で改めてアジア・太平洋戦争とは何だったのかを考える必要がある）の過去の存在から、現地の人々の反発もあり、及び腰になることも場合によっては考えられる。また、日本人は、たとえば長年の歴史を誇る中国文化に対する尊敬やあこがれを持つ一方、明治維新以後、アジアでもっとも早く工業化に成功したこともあって、脱亜的考え、すなわちアジア諸国を蔑視してしまうこともある。これでは研究がうまく行くはずもなく、双方の不信が増すのみである。研究の際にはこのような古くからある日本人の考えに偏る危険は排除せねばならないだろう。
さて、その地域を研究するにあたってやはり重要視されるべきなものは現地言語をマスターした上での現地調査であることは言うまでもない。日本国内で考えるとつい日本の尺度や、研究者自らの価値判断や論..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[いかに日本の開戦が導かれたか]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/597/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ちゆう]]></author>
			<category><![CDATA[ちゆうの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 24 Jun 2005 23:19:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/597/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/597/" target="_blank"><img src="/docs/983432340601@hc05/597/thmb.jpg?s=s&r=1119622749&t=n" border="0"></a><br /><br />Ｃ・ソーンが『米英にとっての太平洋戦争』第1章で、「だが英米両国の政府上層部には、日本はアメリカやイギリスの有する潜在的な力に挑戦するほど愚かではないと信じこんでいる人びとがいた」と述べているように、英米陣営では「日本は攻撃してくるわけはな[358]<br />いかに日本の開戦が導かれたか
　
Ｃ・ソーンが『米英にとっての太平洋戦争』第1章で、「だが英米両国の政府上層部には、日本はアメリカやイギリスの有する潜在的な力に挑戦するほど愚かではないと信じこんでいる人びとがいた」と述べているように、英米陣営では「日本は攻撃してくるわけはない」と思いこんでいる節があった面は否めない。その一因には自信とアジアへの差別があったことはソーンが述べている通りであろう。ところが日本、特に日本軍上層部は戦争をする気でいたのである。現在、冷静に見れば日本とアメリカが戦争して日本が勝てるとは到底思えないのであるが、この時期になぜ日本は対連合国開戦に至ったのであろうか。
　日中戦争が泥沼化し、中国を支援するアメリカを中心に、日本への経済制裁が強まり、アメリカ、イギリス、中国、オランダのＡＢＣＤ包囲網が作られると、日本は石油や鉄等の資源が急速に不足しはじめた。そこで、近衛文麿内閣は、1941年7月に陸軍の主張する南部仏印進駐により資源を獲得しようとした。この結果アメリカは7月25日に在米日本資産凍結令、8月1日に石油全面禁輸という強硬な報復措置に出たのであるが、近衛首相も..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[モロッコにおける西欧列強の動きについて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/596/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ちゆう]]></author>
			<category><![CDATA[ちゆうの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 24 Jun 2005 23:16:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/596/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/596/" target="_blank"><img src="/docs/983432340601@hc05/596/thmb.jpg?s=s&r=1119622569&t=n" border="0"></a><br /><br />19世紀の帝国主義の進展からおこった西欧列強による世界分割は、文字どおり全世界の土地を西欧の強国が分け合って植民地にするもので、特にアフリカは、独立していた国が少なかったことから、西欧列強の格好の分割対象になった。モロッコはアフリカの中でも[356]<br />外交史レポート
モロッコにおける西欧列強の動きについて
はじめに
19世紀の帝国主義の進展からおこった西欧列強による世界分割は、文字どおり全世界の土地を西欧の強国が分け合って植民地にするもので、特にアフリカは、独立していた国が少なかったことから、西欧列強の格好の分割対象になった。モロッコはアフリカの中でも北側に位置し、北大西洋・地中海に面していることから重要な拠点として各国の注目が集まった。そして一歩先に関心を持ったフランスに遅れてきた強国・ドイツが反発する、という形でモロッコの問題は展開し、モロッコ問題は第一次世界大戦勃発の引き金の一つとも言えよう。このレポートでは、二度にわたるモロッコ事件をはじめとしたモロッコの動きを通して、フランスとドイツを中心とした西欧列強の外交政策・外交戦略について述べたいと思う。
１ モロッコ事件にいたるまで
１－１ モロッコ前史
元々モロッコはキリスト教国ではなく、イスラム教の国であり、預言者モハメッドの娘ファーティマの子孫であるシェリフと呼ばれるサルタン達によって、中途でアフリカ北部原住民のベルベル王朝になった時期（11、12世紀）もあったが、受け継が..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[インターネットによる地方観光情報の発信について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/595/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ちゆう]]></author>
			<category><![CDATA[ちゆうの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 24 Jun 2005 23:07:15 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/595/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/595/" target="_blank"><img src="/docs/983432340601@hc05/595/thmb.jpg?s=s&r=1119622035&t=n" border="0"></a><br /><br />観光は直接的・間接的に地域の経済効果への大きな影響を及ぼす。そのことから、地方自治体は、観光産業の育成・振興を重要な地域活性化施策と位置付けている。
その中で観光情報を以下に他地域の人に提供するか、ということについては、パンフレットからマ[356]<br />インターネットによる地方観光情報の発信について
観光は直接的・間接的に地域の経済効果への大きな影響を及ぼす。そのことから、地方自治体は、観光産業の育成・振興を重要な地域活性化施策と位置付けている。
その中で観光情報を以下に他地域の人に提供するか、ということについては、パンフレットからマスコミ媒体への広告、そしてインターネットにまで広がっている。
その中でも、インターネット、その中でもＷＷＷ（ウェブサイト／ホームページ）による観光情報発信は多くの地方自治体で注目され、いくつかの地方自治体では先進的な試みもなされている。パソコン普及率、また、インターネット利用率が急速に多か待ていることから、広告等よりも金銭コスト的に負担の小さいインターネットによる情報発信は効率が良いことが理由として挙げられよう。
このインターネット環境に着目した地方自治体の効果的な観光情報発信であるが、都道府県及び政令指定都市では、全ての自治体がＷＷＷによる観光の情報発信を行っている。市区町村ではまだ全体に占める登録団体数は少ないが、今後、着実に増えていくものと思われる。観光協会による発信もあるだろう。しかしながら、現在..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佐々木毅著『現代アメリカの保守主義』（岩波書店）レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/593/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ちゆう]]></author>
			<category><![CDATA[ちゆうの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 24 Jun 2005 22:57:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/593/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/593/" target="_blank"><img src="/docs/983432340601@hc05/593/thmb.jpg?s=s&r=1119621443&t=n" border="0"></a><br /><br />アメリカの保守主義について、特に強調されたいのは、宗教から生まれているものだと思われる。というのも、アメリカはキリスト教による規定が強い世界であり、保守主義というものもそこから生まれているからである。
「新大陸上陸」を果たしたピューリタン[356]<br />佐々木毅著『現代アメリカの保守主義』（岩波書店）
＜要約＞（４００字&times;４）
第１章 現代アメリカ保守主義の世界
第２次大戦後の保守主義の興隆は、１９４０年代後半から５０年代にかけての共産主義の拡大に対するもの、６０年代の政治・文化的動きへの抵抗、７０年代の経済の低下に対する再生を求めるものの３段階に分けられる。
保守主義は８０年代の分析により、共和党エスタブリッシュメント、オールドライト、新保守主義者、ニューライト、キリスト教ニューライトの５つのグループに分けられる。
アメリカの保守主義者は日本などの伝統的文化を尊び秩序を支持するものと違って、自由の強調、小さな政府の主張、中間的関係の重要性を強調する経済中心的・唯物主義的性格を帯びたものである。
第２章 保守主義の理念
下院議員のケンプは、アメリカの経済や、自己の努力と才能でチャンスをつかむという「アメリカの夢」の再現のため、小さな政府による経済成長を主張した。
キリスト教ニューライトでテレビ伝道師のフォルウェルは、７０年代のアメリカの内なる道徳的頽廃＝麻薬・同性愛・人工中絶等との戦闘的対決を試み、アメリカの再生は道徳的・宗教的なもの..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[自衛隊派遣の是非]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/586/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 24 Jun 2005 11:37:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/586/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/586/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/586/thmb.jpg?s=s&r=1119580654&t=n" border="0"></a><br /><br />国内外で、イラク戦争に対する賛否が問われています。自衛隊の派遣への賛否は、それと連動した重要な議論の課題となっています。根本的な疑問というのが、日本は事実、イラク占領当事者の一員として自衛隊を派遣しているのに、その日本人が、その是非の議論を[360]<br />自衛隊派遣の是非
国内外で、イラク戦争に対する賛否が問われています。自衛隊の派遣への賛否は、それと連動した重要な議論の課題となっています。根本的な疑問というのが、日本は事実、イラク占領当事者の一員として自衛隊を派遣しているのに、その日本人が、その是非の議論を避けて「隊員の無事と家族の支援」が出来るものかということです。派遣された以上は、送り出す方としてはその無事を願うことは当然だと思っています。 　でも「隊員の無事を願い、留守の家族を支援する」ことは、自衛隊がイラクに派遣されている事実があってはじめて成り立つ行為です。自衛隊の派遣が前提になっているのです。もちろん自衛隊が派遣されていなければ、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[『日本政治の対立軸』まとめ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432373401@hc05/532/]]></link>
			<author><![CDATA[ by matudasigoto]]></author>
			<category><![CDATA[matudasigotoの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 21 Jun 2005 23:20:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432373401@hc05/532/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432373401@hc05/532/" target="_blank"><img src="/docs/983432373401@hc05/532/thmb.jpg?s=s&r=1119363647&t=n" border="0"></a><br /><br />『日本政治の対立軸』は、戦後から今日に至るまでの政局とその課題を解明するにあたり、特に「政策対立軸の変遷と消失」に焦点を当てて論じられている。
戦後から続いてきた「五五年体制」下での政策対立軸は、1989年の冷戦終焉によって崩れ去った。具[348]<br />１．著書のテーマ
　『日本政治の対立軸』は、戦後から今日に至るまでの政局とその課題を解明するにあたり、特に「政策対立軸の変遷と消失」に焦点を当てて論じられている。
戦後から続いてきた「五五年体制」下での政策対立軸は、1989年の冷戦終焉によって崩れ去った。具体的には、戦後の「安保防衛問題」が、40年以上の間、日本の政策対立軸であったが、長期にわたり続いた対立軸は、冷戦の終焉を契機としてその意味が薄れ、事実上、防衛問題をめぐる政策対立や政党支持は消滅したのである。
　防衛問題の対立軸が日本政治を規定してきた最中、新たな対立軸を用いて既存政権に対抗した新政党があった。しかし、それが新対立軸の定着という形で結実することはなかった。
その後、防衛問題が対立軸でなくなったとき、政界は新たな対立軸を生み出すことができなかった。その時期は、93年に始まる「政界再編」に重なり、再編実現の障害となった。それでも、五五年体制下の新党が掲げた「新自由主義」をさらに明確な理念として、様々な政党が対立軸形成を目指した。
著者は、対立軸が不在の状況下では、政党の方向性や有権者の政党支持の指標が曖昧になり、政策本位..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「現代デモクラシーとマスメディアの日本政治における関係と今後の課題」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432373401@hc05/528/]]></link>
			<author><![CDATA[ by matudasigoto]]></author>
			<category><![CDATA[matudasigotoの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 21 Jun 2005 23:12:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432373401@hc05/528/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432373401@hc05/528/" target="_blank"><img src="/docs/983432373401@hc05/528/thmb.jpg?s=s&r=1119363174&t=n" border="0"></a><br /><br />現代デモクラシーにおけるマスメディアの役割・問題点を、特に政治の観点から列挙し、両者の密接な関係性を示す。さらに、メディアの情報は、本来何を目的として発信され、社会にどのような影響を及ぼすべきなのかを考え、そこから今後のマスメディアと市民と[360]<br />大 衆 化 と 政 治
「現代デモクラシーとマスメディアの日本政治における関係と今後の課題」
法学部政策科学科４年２組
２００１４２１０７０　松田 和浩
　このレポートでは、現代デモクラシーにおけるマスメディアの役割・問題点を、特に政治の観点から列挙し、両者の密接な関係性を示す。さらに、メディアの情報は、本来何を目的として発信され、社会にどのような影響を及ぼすべきなのかを考え、そこから今後のマスメディアと市民との付き合い方を、メディア・リテラシーという視点を元に述べる。
（１）現代デモクラシーにおけるマスメディアの役割
　マスメディアは、情報を提供する機能を持つが、その機能は現代社会において様々な役割を担っている。この役割については、三つの要素が挙げられる。
現代社会におけるデモクラシーは、マスデモクラシーとも呼ばれ、社会だけではなく、それに関わっているメディアも大規模なものになっている。普通平等選挙においても、その膨大な有権者数に対して候補者の政策を伝えるために、マスメディアは不可欠なものである。
　このような政治の情報を市民に伝えるという役割は、現代デモクラシーを形成するうえで、マ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[もし四国が独立したら]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/478/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happyabc]]></author>
			<category><![CDATA[happyabcの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 21 Jun 2005 01:34:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/478/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432357601@hc05/478/" target="_blank"><img src="/docs/983432357601@hc05/478/thmb.jpg?s=s&r=1119285272&t=n" border="0"></a><br /><br />憲法草案：前文：この憲法は国の基本法であるから忠実に従い国民が主体の国家形成をしなければならない。
四国国民は日本から独立し、四国国民のよる新国家を形成することに誇りを持ち、新国家に利益をもたらすよう努力精進しなければならない。
また平[352]<br />政治学概論レポート：「もし四国独立をしたら」
独立するに至った経緯：２０５&times;年、石油がそこをつき世界各国が新たな天然資源を探し
求めていた。そんな中、四国政府は瀬戸内海に石油に代わる燃料
を発見した。四国政府と日本政府との間でその利益の獲得権を争
うことになったため、利益を独占するために日本から独立する
ことにした。
憲法草案：前文：この憲法は国の基本法であるから忠実に従い国民が主体の国家形成をし
なければならない。
四国国民は日本から独立し、四国国民のよる新国家を形成することに誇
りを持ち、新国家に利益をもたらすよう努力精進しなければならない。
また平和な安定した秩序の下においても、政策はこの憲法の枠の中で政
治的対立を統合して決定される。
第一条： わが国は国家作用を立法、司法、行政の三権に分け、各々を担当する機関を分立独立させ、相互に牽制させて、人民の政治的自由を保障しようとする自由主義的な統治組織原理に基づいて国家を運営する。
第二条：表現の自由、集会の自由の規制は、必要最小限にとどめることとする。
第三条：内閣総理大臣は、議会の同意なしには法律の効力を停止したり、法律の適用を..]]></description>

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			<title><![CDATA[民主党について（未納問題）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432368701@hc05/310/]]></link>
			<author><![CDATA[ by abc1234]]></author>
			<category><![CDATA[abc1234の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 16 Jun 2005 18:47:13 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432368701@hc05/310/" target="_blank"><img src="/docs/983432368701@hc05/310/thmb.jpg?s=s&r=1118915233&t=n" border="0"></a><br /><br />民主党の顔と言われた管直人代表であったが、年金未納問題で「未納三兄弟」と街頭演説をしながら、実は自分も年金が未納の時期があったと発覚し、党からの批判も出て代表の座を辞任させざるを得なくなった。そのため、小沢一郎氏が後任を引きづくかと思いきや[360]<br />民主党について
民主党の顔と言われた管直人代表であったが、年金未納問題で「未納三兄弟」と街頭演説をしながら、実は自分も年金が未納の時期があったと発覚し、党からの批判も出て代表の座を辞任させざるを得なくなった。そのため、小沢一郎氏が後任を引きづくかと思いきや、強制加入以前の任意加入期間中の未加入を理由に代表を辞退した。任意加入期間は、自分自身に加入するかしないかの意思決定権があるので、逆に取り上げるほうが問題だと思う。
民主党の新代表には岡田克也氏が選ばれた。国民年金未加入・保険料未納問題の責任を取って辞任した菅直人前代表の後を継ぎ、幹事長からの順当な昇格とも言える。まず取り組むべきは、一連の年金問題で生じた党内の混乱を速やかに解消し、傷ついた信頼を回復することだ。果たして、雨降って地固まるだろうか。その上で基本方針を固め、政府、自民党に対する構えをきちっと取る必要があるのではないかと考える。追及型の菅氏、剛腕の小沢氏に比べ、岡田氏は迫力に欠けるのは否めない。菅直人前代表が辞任を表明した後、岡田氏も有力な後継候補だった。しかし年金改革法案に関する与党との修正合意の当事者として、合意をめぐ..]]></description>

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			<title><![CDATA[商店街の再生に向けて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432373401@hc05/299/]]></link>
			<author><![CDATA[ by matudasigoto]]></author>
			<category><![CDATA[matudasigotoの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 14 Jun 2005 19:50:47 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432373401@hc05/299/" target="_blank"><img src="/docs/983432373401@hc05/299/thmb.jpg?s=s&r=1118746247&t=n" border="0"></a><br /><br />現在のところ、全国の商店街は危機的状況にある。特に地方都市の商店街においては、その疲弊ぶりが顕著である。疲弊した商店街の様子は、閑散とし、空き店舗が目立っており、そのことが、消費者の足を遠ざけるという悪循環になっている。つまり、空き店舗が増[360]<br />現在のところ、全国の商店街は危機的状況にある。特に地方都市の商店街においては、その疲弊ぶりが顕著である。疲弊した商店街の様子は、閑散とし、空き店舗が目立っており、そのことが、消費者の足を遠ざけるという悪循環になっている。つまり、空き店舗が増加し、不振に陥った商店街では、その魅力が欠けていき、後継者も不足していくのである。また、商店街内の結束が薄く、全体的な活動や方針決定がなされていないことも多い。さらに、そのことが商店街自体の雰囲気を暗くしてしまい、活気が薄れ、消費者も魅力を感じなくなるのである。
このような悪循環は、20年ほど前から見られ始めた。その理由は、消費者行動の変化である。これは、モ..]]></description>

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			<title><![CDATA[韓国民主主義の理念]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432429501@hc05/118/]]></link>
			<author><![CDATA[ by drakoon151]]></author>
			<category><![CDATA[drakoon151の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 28 Apr 2005 23:01:46 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432429501@hc05/118/" target="_blank"><img src="/docs/983432429501@hc05/118/thmb.jpg?s=s&r=1114696906&t=n" border="0"></a><br /><br />民主主義は人類が見付けた普遍的理念として今日多い国家たちが採択している。これはその国家の歴史と伝統の中で固有した民主的遺産を掘り出してこれを受け継いで培養発展させる同時に先進民主国家の共通的な民主主義遺産との調和をはかることでその国家の発展[360]<br />韓国民主主義の理念
民主主義は人類が見付けた普遍的理念として今日多い国家たちが採択している。これはその国家の歴史と伝統の中で固有した民主的遺産を掘り出してこれを受け継いで培養発展させる同時に先進民主国家の共通的な民主主義遺産との調和をはかることでその国家の発展はもちろん人間の尊厳を最大限で具現させるためだ。 しかし2次大戦で連合国が勝利することで私たちは日帝の残酷な植民地で民族的解放を迎えたが南北の分断で新しい民族的試練に直面しなければならなかった。特に解放以後米軍政 3年は我が民族の意思とは無関係にUNを背景でアメリカの国家利益と世界戦略によって成り立ったから、 はじめから歪曲の要素を持っていた。特にアメリカが「大韓民国」の建国を主導して自由民主主義体制を取り入れながら民主主義の基本理念である「自由」に内包された構成員の「自律的意思」を排除して外形的な制度化に重点を置いたので去る50余年の間韓国民主主義列行的運営の可能性がはじめから内在していたと言うでしょう。だから1948年制憲国会が樹立されて第1共和国が出帆した以来第6共和国に至るまで韓国のでは限りない民主と反民主の対立という陣痛..]]></description>

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