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		<title>タグ“政治分析”の公開資料</title>
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		<description>タグ“政治分析”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[政治分析]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/938427119006@hc15/122949/]]></link>
			<author><![CDATA[ by midorichan]]></author>
			<category><![CDATA[midorichanの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 14 Dec 2015 09:47:42 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/938427119006@hc15/122949/" target="_blank"><img src="/docs/938427119006@hc15/122949/thmb.jpg?s=s&r=1450054062&t=n" border="0"></a><br /><br />早稲田/社会科学/政治分析/中間レポート　です。Ａ+評価。[79]<br />政治分析 B中間レポート
テーマ：三酔人経綸問答
　三酔人経綸問答は1887年(明治20年)、中江兆民によるものである。この本は3人の酔っ払いの対談という形式をとりながらも、内容は当時の政治を画期的に理解し分析の枠組みともいえるものを構築した。そして、それは現代の政治を分析する際にも大いに役立つものである。
　では、最初に3人の登場人物を紹介したい。1人目は南海先生で、生まれついての大酒飲みで、政治論議が好きな人物だ。2人目は洋学紳士。全身に洋装をまとい理論を愛す哲学者である。最後の3人目は豪傑君だ。屈強そうで快活、冒険好きな人物である。ストーリーは南海先生の家を洋学紳士・豪傑君が訪ね、政治論議を行うことから始まる。論議が始まると、洋学紳士と豪傑君が理論的に対立し、最後に南海先生が自らの意見でもってまとめることでこの問答が終了する、というようになっている。
　それでは各々の主張を見ていきたい。まずは洋学紳士からだ。洋学紳士によると、民主・平等の制度はさまざまな制度のなかでも最も完全なものであり、全ての国がいずれこの制度を採用するにちがいない。日本のような弱小国は列強に軍備で追いつくはず..]]></description>

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			<title><![CDATA[政治学原論（１分冊）～Ｄ．イーストンの脱行動論革命～]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430395101@hc06/12246/]]></link>
			<author><![CDATA[ by minminmin]]></author>
			<category><![CDATA[minminminの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 26 Dec 2006 21:32:23 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430395101@hc06/12246/" target="_blank"><img src="/docs/983430395101@hc06/12246/thmb.jpg?s=s&r=1167136343&t=n" border="0"></a><br /><br />　Ｄ.イーストンはアメリカの政治学者で、彼の提唱した脱行動論とは、行動論的政治学を反省し、その問題点と新しい革命への課題を次のように指摘した。
1技術よりも実質が優先すべきである。もし一方を犠牲にしなければならないとしたら、研究の用具を精緻[354]<br />　Ｄ.イーストンはアメリカの政治学者で、彼の提唱した脱行動論とは、行動論的政治学を反省し、その問題点と新しい革命への課題を次のように指摘した。
1技術よりも実質が優先すべきである。もし一方を犠牲にしなければならないとしたら、研究の用具を精緻化することよりも、現代の緊急な社会問題にとって妥当であり意味のあることの方がずっと重要である。
2行動科学には、経験的保守主義のイデオロギーが内在している。事実の叙述と分析にのみ自己を限定することは、そのもっともな広範なコンテキストでこうした事実を妨げることにほかならない。
3行動論的研究は、現実との接触を失わざるを得ない。行動論的研究の核心は抽象と分析である。そしてこれが非情な現実を包み隠す働きをしている。
4価値の研究とその構成的展開は、政治研究から消し去ることのできない部分である。科学は反対の主張があるにもかかわらず、評価的には中立的ではあり得ないし、またそうであったことはない。それゆえわれわれの知識の限界を理解するためには、知識がそれに基づいている価値的前提と、この知識がそのために利用され得る選択肢のことを意識する必要がある。
5各専門分野に..]]></description>

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