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		<title>タグ“心理臨床”の公開資料</title>
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		<description>タグ“心理臨床”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[聖徳：病院臨床心理学課題４「興味を持った各論の特徴を呼べよ。小児臨床、老人臨床の特徴」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/935268977013@hc16/134468/]]></link>
			<author><![CDATA[ by キャサリン2525]]></author>
			<category><![CDATA[キャサリン2525の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 09 Jul 2018 16:34:05 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/935268977013@hc16/134468/" target="_blank"><img src="/docs/935268977013@hc16/134468/thmb.jpg?s=s&r=1531121645&t=n" border="0"></a><br /><br />Ｓ評価。ほぼ1600字。論述的に非常に読みやすく的確にまとめられている、との講評を頂いています。[136]<br />1 
第四課題 Ｓ評価 
興味を持った各論のうち 2 つ挙げ、それぞれの心理臨床の特徴を説明せよ。 
「小児科における心理臨床」、「心理臨床から見た老人」についてそれぞれの心理臨
床の特徴を述べる。 
まず、「小児科における心理臨床」である。 
小児科は、年齢で区分されるという意味において極めて特殊であり、その年齢が乳児、
幼児、児童・小児期、思春期、青年期と異なった問題群を孕んだ多様な時期が一緒に
なっているということも特殊である。疾患も複雑多岐にわたり、そのカバーする範疇
はどの科も及ばぬほどの幅の広さを持っている。その幅の広さゆえに関わりをもつ
人々も看護師をはじめ、保母・教師、児童相談..]]></description>

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			<title><![CDATA[カウンセリングとは何か]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430823801@hc06/128261/]]></link>
			<author><![CDATA[ by fwjb7]]></author>
			<category><![CDATA[fwjb7の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 20 Feb 2017 22:15:48 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430823801@hc06/128261/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430823801@hc06/128261/" target="_blank"><img src="/docs/983430823801@hc06/128261/thmb.jpg?s=s&r=1487596548&t=n" border="0"></a><br /><br />河合隼雄は、「カウンセリングとは何か」という問いに対して、セラピストが自身の考え方を押しつけたり、説得したりするのではなくて、クライエントの気持ちを受け入れていく中で、クライエント自身の自主性、クライエント自身の考え、クライエント自身の体験[360]<br />「カウンセリングとは何か」
河合隼雄(1998)は、著書『カウンセリング入門』のなかで、カウンセリングとはセラピストが自身の考え方を押しつけたり、説得したりするのではなくて、クライエントの気持ちを受け入れていく中で、クライエント自身の自主性、クライエント自身の考え、クライエント自身の体験というものを大切にしながら、その人が変化していくのを助けることであると述べている。昨今、教育現場でも「カウンセリングマインド」という言葉が浸透し、教師一人ひとりが教育相談の考え方を持ち、受容的・共感的態度で子どもと接することが求められるようになった。自分も学校現場で子どもの話を聴いて、一人ひとりの思いを大切にするようには努めてきたつもりではあったが、本書を通して人の話を「聴くこと」の難しさを痛感し、改めて自身の行いを振り返る機会となった。以下に、自分は人の話を聴いていないと気づいた点をいくつか挙げてみたい。
第1に、自分は相手から悩みを打ち明けられたときに、その問題解決にばかり注意がいくという点である。本書では、女子生徒どうしのいざこざを聞いた教師が、それを何とか解決しようと頭をひねるも、実はその翌日に..]]></description>

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			<title><![CDATA[「子どもと悪」について考える]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430823801@hc06/128260/]]></link>
			<author><![CDATA[ by fwjb7]]></author>
			<category><![CDATA[fwjb7の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 20 Feb 2017 22:04:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430823801@hc06/128260/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430823801@hc06/128260/" target="_blank"><img src="/docs/983430823801@hc06/128260/thmb.jpg?s=s&r=1487595884&t=n" border="0"></a><br /><br />日本の教育現場では、子どもの良さや可能性を伸ばすなど、とかくポジティブな面ばかりが強調されるからである。どうにかして「よい子」をつくり、子どものネガティブな側面は排除すべきものとして指導を行うことで、教師たちは「悪」から目を背けてきたように[360]<br />「子どもと悪」について考える
日本の教育現場では、子どもの良さや可能性を伸ばすなど、とかくポジティブな面ばかりが強調される。どうにかして「よい子」をつくり、子どものネガティブな側面は排除すべきものとして指導を行うことで、教師たちは「悪」から目を背けてきたように思われる。河合隼雄(1997)は、そのような教育のあり方に警鐘を鳴らし、大人がもう少し悪と辛抱強くつきあうことによって、子どもともっと生き生きとして豊かな人生をともに味わうことができると述べている。そして、悪の持つ「創造性」という側面に着目して、いくつか例を挙げて説明している。一部、自己の体験とも絡めて考察したい。
第一に、個性の顕現としての視点である。友達と遊ばずにひとり読書に明け暮れる子ども、ひとりで外で砂遊びをしたがる子ども。教師はこのような子どもを集団内に入れ込むために努力する。それは皆と同じに行動できないのは、集団の秩序を乱す「悪」と考えるからである。個性や創造性を伸ばすと言いながら、じつはそれらを「悪」として排除しようとする矛盾を日本の教育は抱えているように思える。教師をはじめ大人たちは、時に自らの価値判断を脇に置き、..]]></description>

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