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		<title>タグ“御伽草子”の公開資料</title>
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		<description>タグ“御伽草子”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[異文化研究の発展_ファンタジーの主人公はは何故成長しなければならないのか]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431274701@hc06/14807/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mogura]]></author>
			<category><![CDATA[moguraの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 10 Nov 2007 11:45:56 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431274701@hc06/14807/" target="_blank"><img src="/docs/983431274701@hc06/14807/thmb.jpg?s=s&r=1194662756&t=n" border="0"></a><br /><br />異文化研究の発展
日本文化と成長しないファンタジー
はじめに
ファンタジーの分類
日本的御伽草子
西洋的ファンタジー
新御伽草子
まとめ
はじめに
「むかしむかし、あるところに&hellip;」で始まれば、「めでたしめでたし」で終わる昔話がある。この法則[342]<br />異文化研究の発展
日本文化と成長しないファンタジー
はじめに
ファンタジーの分類
日本的御伽草子
西洋的ファンタジー
新御伽草子
まとめ
はじめに
「むかしむかし、あるところに&hellip;」で始まれば、「めでたしめでたし」で終わる昔話がある。この法則があるのは、読者の側と、気持ちのいい物語であるための約束された暗黙のルールがあるからだろう。
では、ファンタジーではどうだろうか。これまで多くの人を魅了してきたファンタジーにも、ある一定のルールがあり、その土台がしっかりしているからこそ、安心して享受できると考えられる。多くのルールはあるだろうが、今回はその中で、&rdquo;成長&rdquo;を取り上げる。
ファンタジー作品の結末には、いわゆる「めでたしめでたし」のハッピーエンドと、万事解決ではないが、なるべくしてそうなったトゥルーエンド（あくまでバッドエンドではない）があるが、いずれも主人公の成長が伴っている。成長するのは心だけではない。経済的に成長（成功）することもたびたびある。単にファンタジーと言っても不思議なことが起こるだけではいけないのは何故か、いつからそうなってしまったのか、日本に伝わる御伽草子から、現在のファ..]]></description>

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			<title><![CDATA[『鉢かづき』の継子譚性を考える]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430633501@hc06/7694/]]></link>
			<author><![CDATA[ by wachifield]]></author>
			<category><![CDATA[wachifieldの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 23 Mar 2006 15:50:37 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430633501@hc06/7694/" target="_blank"><img src="/docs/983430633501@hc06/7694/thmb.jpg?s=s&r=1143096637&t=n" border="0"></a><br /><br />一、はじめに
『鉢かづき』は継子譚に含まれているが、『落窪物語』に代表されるような継子譚とは様相をことにしていると思う。それは継母から鉢かづきに対する虐待があまり行われていないことに原因があるのではないだろうか。そして、むしろ継子譚という[356]<br />一、はじめに
『鉢かづき』は継子譚に含まれているが、『落窪物語』に代表されるような継子譚とは様相をことにしていると思う。それは継母から鉢かづきに対する虐待があまり行われていないことに原因があるのではないだろうか。そして、むしろ継子譚というよりも、長谷寺に関する観音霊験譚の色合いが強いのではないだろうか。以上のことをテーマに掲げ、『鉢かづき』をみていきたいと思う。
二、『鉢かづき』の鉢について
鉢かづきが母に臨終間際にかぶせられた「鉢」に対する解釈にはさまざまなものがある。「鉢」はこの物語の鍵であることは間違いないことであり、「鉢」の検証をなくして、物語を読み解くことは難しいので、ここでは「鉢」に関してみていくことにする。
はじめに「鉢」が物語の中で具体的にどんな働きをしたかをまず確認する。鉢かづきが実家を追われる直接的な原因は鉢かづきの実母の墓前での独白を継母が偽って父親に告げることに由来するものであるが、それ以前から継母は鉢かづきのことをよく思ってはいなかった。その主な原因は「鉢」にあると竹内康子氏は指摘している。それは鉢かづきは鉢をかぶっているがために笑いの対象になったからである。..]]></description>

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			<title><![CDATA[文学史における御伽草子の意義]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431519401@hc05/3536/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tomatro]]></author>
			<category><![CDATA[tomatroの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 02 Dec 2005 12:06:15 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431519401@hc05/3536/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431519401@hc05/3536/" target="_blank"><img src="/docs/983431519401@hc05/3536/thmb.jpg?s=s&r=1133492775&t=n" border="0"></a><br /><br />一、お伽草子以前
　日本の物語の祖は、『源氏物語』の「絵合巻」にもあるように『竹取物語』である。その後、十一世紀初頭に物語文学の最高傑作である『源氏物語』が現れる。しかし以後、物語文学は退廃の一途をたどっていく。鎌倉時代になると、「公家が[356]<br />文学史における御伽草子の意義
一、お伽草子以前
日本の物語の祖は、『源氏物語』の「絵合巻」にもあるように『竹取物語』である。その後、十一世紀初頭に物語文学の最高傑作である『源氏物語』が現れる。しかし以後、物語文学は退廃の一途をたどっていく。鎌倉時代になると、「公家が公家の世界を描き、そうして公家が読み書き鑑賞したもので、平安期から鎌倉時代におけるまで主要人物は殆ど公家に限られていた」と国文学資料館市古貞二館長が示すとおり、王朝物語を模倣した擬古物語である。また、イジメなどの描写が露骨に描かれており、武家社会の勧善懲悪がここにも反映していることが明らかである。そのような擬古物語から、まず公家物お伽草子が生まれた。お伽草子は古雅の体裁と内容とがよく釣り合っており、子女の読み物としてふさわしいと考えられたために、享受者が増えていったものだと思われる。
二、お伽草子の内容における分類
　そのような時代を経て、室町時代後期から江戸時代前期にかけてお伽草子が出現することになった。その史的背景について、市古館長が『中世小説の研究』という著書の中で指摘している。以下は私なりにまとめてみたものである。ま..]]></description>

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