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		<title>タグ“建築”の公開資料</title>
		<link>https://www.happycampus.co.jp/public/tags/%E5%BB%BA%E7%AF%89/</link>
		<description>タグ“建築”の公開資料</description>
		<language>ja-JP</language>
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		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[【評価S】2024年芸術教養講義３]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/industrialmetal/153315/]]></link>
			<author><![CDATA[ by industrialmetal]]></author>
			<category><![CDATA[industrialmetalの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 30 Mar 2024 05:53:33 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/industrialmetal/153315/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/industrialmetal/153315/" target="_blank"><img src="/docs/industrialmetal/153315/thmb.jpg?s=s&r=1711745613&t=n" border="0"></a><br /><br />評価S
素点90点

『災害や再開発を経てもなお残った宗教施設』

序論：
自分が体験したことのある空間について、その特徴や意味、問題意識を論じるということについて、「日本橋浜町・浜町神社」と「ウィーン・ヴィルギル礼拝堂」を選んだ。それぞれの空間の特徴を述べた上で共通点、相違点、意味づけをしていきたい。

本論:
浜町神社の特徴:
東京・日本橋浜町に鎮座する神社で、トルナーレという大きな複合ビルの敷地にある神社である。正式な創建年代は不明だが、天明年間（1781-89年）に島津家下屋敷庭内の守護神として「島津稲荷大神」を祀っていたのが始まりとされている。関東大震災や戦災などで何度も焼失したが、町の住民たちによって再建され、昭和28年に「浜町神社」と改称された。ご祭神は倉稲魂神（うかのみたまかみ）で、五穀豊穣や商売繁盛などのご利益があるとされる。境内には陶栄神社という陶器で飾られた祠があり、埴安大神や陶器の祖とされる加藤姓の2柱を祀っている。

ヴィルギル礼拝堂の特徴:
ウィーンの中心にあるシュテファン大聖堂の真下にある地下礼拝堂で、地下鉄駅の構内から入ることができる。1220～30年ご..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【愛知産業大学 造形学部 建築学科】建築施工学①【合格レポート】【品質保証】]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/917927756994@hc22/152864/]]></link>
			<author><![CDATA[ by オドーア]]></author>
			<category><![CDATA[オドーアの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 20 Jan 2024 14:25:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/917927756994@hc22/152864/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/917927756994@hc22/152864/" target="_blank"><img src="/docs/917927756994@hc22/152864/thmb.jpg?s=s&r=1705728302&t=n" border="0"></a><br /><br />問題
&darr;
鉄筋コンクリート工事におけるコンクリートの品質管理と施工上の留意点についてレポートする。
※ JASS5を参考にコンクリートの種類や材料、コンクリートの品質管理方法、運搬方法や打込みについてのポイントを理解しレポートする。[334]<br />建築施工学①

　このレポートでは、鉄筋コンクリート工事におけるコンクリートの品質管理と施工上の留意点についてまとめる。
　まずはコンクリートの品質管理の留意点として以下の三点を挙げる。第一に、使用する材料の検査である。鉄筋コンクリート工事において使用するコンクリートの材料は、日本工業規格に適合しているかどうかを確認してから使用しなければならない。補足しておくと、日本工業規格とは鉱工業品の品質の改善、性能・安全性の向上、生産効率の増進等のため、工業標準化法に基づき制定される日本の国家規格のことである。そして、日本工業規格ではコンクリートの生成に用いる材料はセメントと骨材（砂利・砂・砕石・砕砂等）と水と混和材料（化学混和剤・高炉スラグ微粉末等）フライアッシュのみに限定している。つまり、それ以外の材料を用いたコンクリートの使用は規格違反ということである。そのため、使用する材料の検査を綿密に行う必要がある。第二に、暑中時におけるコンクリート管理である。ここでの暑中時とは、コンクリート打込み時の気温が25度以上である時のことを指す。暑中時のコンクリートには様々な問題点が生じやすい。例えば、セン..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[文化遺産]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/148381/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sengoro]]></author>
			<category><![CDATA[sengoroの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 12 May 2022 10:31:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/148381/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/148381/" target="_blank"><img src="/docs/930858578376@hc18/148381/thmb.jpg?s=s&r=1652319082&t=n" border="0"></a><br /><br />文化遺産
ユネスコが登録する世界遺産は、その特質に応じて「文化遺産」「自然遺産」「複合遺産」に分類
されている。この項目では、そのうち「文化遺産」について扱う。
2021年の第44回世界遺産委員会拡大会合終了時点では、文化遺産は897件登録されている。
文化遺産として登録されるためには、登録基準に照らして「顕著な普遍的価値」を有することを世
界遺産委員会で認められることが必要となる。委員会での審議に先立ち、ICOMOSが調査を行い、
登録にふさわしいかどうかの勧告を行う。
文化遺産としての登録基準は以下のとおりである。
(1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
(2)
ある期間を通じてまたはあ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[民法4(債権各論)_請負契約の所有権／A評価合格／中央大学法学部通信教育課程]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957500395108@hc09/147945/]]></link>
			<author><![CDATA[ by Sacrifice]]></author>
			<category><![CDATA[Sacrificeの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 25 Mar 2022 16:11:17 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957500395108@hc09/147945/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957500395108@hc09/147945/" target="_blank"><img src="/docs/957500395108@hc09/147945/thmb.jpg?s=s&r=1648192277&t=n" border="0"></a><br /><br />文字数：2千文字(2,000文字)程度
課題レポートです。
中央大学法学部通信教育課程のほか、他大学の法学部、文系学部の法律系科目等の書き方の例として、参考にお使いください。（このままの引用はおすすめしません）
参考文献は文末です。[329]<br />1.請負契約における目的物の所有権の帰属
　まず、注文者と請負人の間でなされた建築請負契約については、材料提供者が誰であるかによって見解が異なっている。判例は、①注文者が材料の全部または主要部分を提供した場合は、所有権は原始的に注文者に帰属する(大判昭和7.5.9民集11-824)、②請負人が材料の全部または主要部分を提供した場合には、請負人が所有権を取得し、引渡しによって注文者に移転する(大判大正3.12.26民録10-861)、③請負人が材料を提供しても、特約があれば竣工と同時に注文者の所有物となる(大判大正5.12.13民録２０巻１２０８頁)、④注文者が代金の全部または大部分を払っている場合は、目的物の完成と同時に所有権が注文者に帰属する旨の特約があったものと推認され、特段の事情のない限り、建物の所有権は完成と同時に原始的に注文者に帰属する（大判昭和18.7.20民集22-660、最判昭和44.9.12判時572-25）、という一定の見解を示している。これらより、判例は所有権の帰属について、材料の提供者や代金の支払いを基準としているといえる。

2.学説
　しかし、材料提供者が請..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[イスラムの建築美]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933836483725@hc17/129555/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hiro45678]]></author>
			<category><![CDATA[hiro45678の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 30 May 2017 00:04:42 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933836483725@hc17/129555/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/933836483725@hc17/129555/" target="_blank"><img src="/docs/933836483725@hc17/129555/thmb.jpg?s=s&r=1496070282&t=n" border="0"></a><br /><br />宗教は、人間の生活・風土・気候に深く関わるものであるが、それは建築も同様である。建築は、人類誕生以来の永きに渡って我々の生活に密着し、風土や気候の影響を受けてきた。そうであるならば、建築と宗教が深く関係していることは必然である。
　建築は[356]<br />イスラムの建築美 
１．はじめに 
宗教は、人間の生活・風土・気候に深く関わるものであるが、それは建築も同様である。建築は、人類誕生
以来の永きに渡って我々の生活に密着し、風土や気候の影響を受けてきた。そうであるならば、建築と宗教が
深く関係していることは必然である。 
建築は、信仰を支える空間を作り出してきた。モスク、マドラサ（イスラム諸学を学ぶ寄宿学校）。宗教活
動の場が数多く作られた。また同時に建築は、美意識の表出の場でもあった。「宗教的な美しさ」と言われる
様に、仏教、キリスト教、イスラム教など、それぞれが、それぞれに「よし」とする美しさの概念がある。そ
して、その概念は、建築物や工芸品、装飾方法に色濃く現れる。イスラム教徒の住む社会では、人々は、同じ
教えの下で同じ世界観を持ち、同じ社会の仕組みの下で長年に渡って社会生活を営んできた。いうなれば、イ
スラム教を中心にした一種の共同体であるが、そのイスラム教を通じて様々なものを共有する過程で、美しさ
に対する共通意識も形成されていったのではないだろうか。 
本レポートでは、イスラム建築とイスラム教の関わりを主に「美」の観点から考察していく。 
２．イスラム建築とは 
イスラム建築の場合、イスラム教徒のための建築すべてを指す場合が多い。すなわち、イスラム教徒が作っ
たり、使ったり、あるいは、イスラム教徒のための建築をすべて含んで、イスラム建築と呼ぶ。よって、店屋
や旅館、邸宅、宮殿などもイスラム建築のひとつである。モスクなどの宗教建築に限ってイスラム建築と呼ぶ
わけではないのだ。 
３．イスラム建築と美 
イスラムの聖典コーランは、偶像崇拝を禁じている。立体であろうと平面であろうと、像として神の姿形を
表現し、それを神とみなして崇めることは行われていない。また、ムハンマド自身が日常生活の中で語った言
葉やその行動についての証言をまとめたハディースにおいては、動物の絵を描くことが神に対する罪深い行
為だとして非難されている。つまり、人間は神のように生命を吹き込んで生物を作り出すことができないのに、
その行為を身の程もわきまえずに模倣した、とされるのである。建築などの装飾において、偶像や人物・動物
の表現が避けられるのは、これらの宗教的な背景があるからである。その結果、写実的な絵画・彫刻は発達せ
ず、モスクやコ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[H27年　司法試験・行政法答案]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960151950503@hc09/122315/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lawyer-business]]></author>
			<category><![CDATA[lawyer-businessの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 22 Oct 2015 00:15:39 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960151950503@hc09/122315/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960151950503@hc09/122315/" target="_blank"><img src="/docs/960151950503@hc09/122315/thmb.jpg?s=s&r=1445440539&t=n" border="0"></a><br /><br />H27　司法試験行政法
第１　設問１
１　考えられる訴訟
　Xが本件命令が発せられることを「事前に」阻止するために提起すべき「抗告訴訟」は、本件命令の差止めを求める訴え（行政事件訴訟法（以下略）３条７項）である。
　以下、訴訟要件を満たすか検討する。
２　訴訟要件の検討
（１）要件
「差止めの訴え」の訴訟要件は、①処分の蓋然性、②「重大な損害」（３７条の４第１項）、
③「他に適当な方法」がないこと、である。
（２）本件
　①Ｙ市長は、本件命令という「処分」を発する予定であり、その蓋然性がある。
　②「重大な損害」は３７条の４第２項より、損害の性質・程度及び処分の内容・性質を勘案して、損害の回復が困難か判断する。具体的には、取消訴訟における執行停止制度（２５条）によっても回復できないような損害が「重大な損害」となる。
　本件において、Ｙ市では消防法１２条２項の移転命令を出す際には、公表を行っている。かかる公表がなされるとＸは顧客の信頼を失うという損害を被る。一旦本件命令がなされ、公表されてしまうと顧客の信頼を回復することは困難であるから、取消訴訟における執行停止をもってしても回復できない..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[民法Ⅳ　分冊１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949422223542@hc12/115008/]]></link>
			<author><![CDATA[ by E90320]]></author>
			<category><![CDATA[E90320の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 20 Aug 2014 23:12:25 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949422223542@hc12/115008/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/949422223542@hc12/115008/" target="_blank"><img src="/docs/949422223542@hc12/115008/thmb.jpg?s=s&r=1408543945&t=n" border="0"></a><br /><br />日本大学　民法Ⅳ（科目コード0135）合格レポート(一回）
課題：「会社の定年退職をまじかに控えた甲は、定年退職後に喫茶店を開業しようと考え～～/乙がとりうる手段、その法的根拠について検討されたい。」

※当レポートは、参考程度としてお使い[342]<br />賃貸借は、貸主が、あるものの使用及び収益を借主にさせることを約束し、借主がこれに対して、その賃料を支払うことを約束することによって効力を生ずる諾成・有償・双務契約である。
　本課題において、契約の成立の問題から考えると「契約」とは申込みと承諾の意思表示により成立するが、今回の場合、甲からの申込みの意思表示はないものと考えられ、賃貸借の予約ともとり難い。しかし、甲が乙に面談し、自身がテナントを借りるうえでのレイアウトを示し、度重なる面談を重ねた行為は乙に対して過度な信頼を抱かせたと評価できる上、内容も具体的であったと推測される。乙は甲が賃貸借契約をしてもないのに電力業者や建築業者との契約を成立させるわけにはいかないはずだが、甲の行為により乙に過大な期待を抱かせたことによって電力業者や建築業者との契約を成立させたことは否定できず、これにより乙に生じた損害を賠償すべき責任があり、甲は乙に対する契約準備段階における信義則上の注意義務に違反したと考えられる。契約締結の段階またはその準備段階における契約締結を目指す一方当事者の過失のことを契約締結上の過失といい。貸主である甲は、乙が喫茶店を開くう..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[箱庭療法を実施する際の解釈における留意点]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947936720408@hc12/114865/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 7230na]]></author>
			<category><![CDATA[7230naの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 14 Aug 2014 12:16:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947936720408@hc12/114865/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947936720408@hc12/114865/" target="_blank"><img src="/docs/947936720408@hc12/114865/thmb.jpg?s=s&r=1407986217&t=n" border="0"></a><br /><br />箱庭療法を実施する際の解釈における留意点
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
Ⅰ．箱庭療法とは
箱庭療法とは、表現療法（芸術療法）と言われる心理療法の一つである。ロンドンにおいてローエンフェルトによって、1929年に、子どものための心理療法の一手段として考案されたものである。その後彼女に教えをうけたカルフはユングの分析心理学の教えを導入して、スイスにおいて、これを成人にも効果のある治療法として発展させた。河合はユング研究所に留学中、カルフに教えを受け、わが国に紹介するとともに、1965年から、天理大学と京都市カウンセリングセンターでこの技法を用いることになった。その後治療例も多く、わが国においても非常に有効な技法として発展しつつある。
Ⅱ．技法について
技法は砂の入った箱に玩具棚から適当に玩具を選んで、何らかの表現をさせるものである。砂箱は57cm（縦）&times;72cm（横）&times;7cm（高さ）で、外側は黒く、内側を青く塗ってある。この箱の大きさは、箱を腰のあたりに置いた時、大体、視界のなかに入る程度という点を考慮して、ローエンフェルトが考えたものである。また、箱の内側を青く..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[京都を他の都市と比較する]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/944274535529@hc14/110299/]]></link>
			<author><![CDATA[ by たびがら]]></author>
			<category><![CDATA[たびがらの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 05 Feb 2014 15:41:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/944274535529@hc14/110299/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/944274535529@hc14/110299/" target="_blank"><img src="/docs/944274535529@hc14/110299/thmb.jpg?s=s&r=1391582501&t=n" border="0"></a><br /><br />観光都市である京都が他の都市と比較しても歴史的建造物や文化遺産などが数多く現存していることに起因するようである。観光資源である歴史的な建築物を残すため、京都は景観と現代的な建築との関係性を守るさまざまな取り組みがなされていたのである。この取[360]<br />行政と市民からみる京都らしさ
筆者が京都にまで通学するようになり、まず驚いたのが建築物の違いである。高層ビルなどがなく、町家を改装したカフェやレストランなど京都らしさを感じるものが数多く存在する。中でも、一番衝撃的だったのはファーストフード店やコンビニエンスストアなどの看板の色使いやサイズの違いであった。これは、観光都市である京都が他の都市と比較しても歴史的建造物や文化遺産などが数多く現存していることに起因するようである。観光資源である歴史的な建築物を残すため、京都は景観と現代的な建築との関係性を守るさまざまな取り組みがなされていたのである。この取り組みは行政による拘束力を伴った法的根拠にも由来している。例えば、京都市は、国によって「文化財保護法」「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法(古都保存法)」といった施策と併せ、「国際観光文化都市」の指定を受けている。京都市独自の景観条例は、2005年の景観法施行を背景として実行力を伴う形になったのではないか。以降、賛否両論の議論が続きながらも、条例による規制は年々厳格化していることからも明らかである。今では、無秩序的であった屋外広告..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[窓にみるヨーロッパの影響]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947083145354@hc13/102063/]]></link>
			<author><![CDATA[ by koko122]]></author>
			<category><![CDATA[koko122の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 17 Mar 2013 13:11:05 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947083145354@hc13/102063/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947083145354@hc13/102063/" target="_blank"><img src="/docs/947083145354@hc13/102063/thmb.jpg?s=s&r=1363493465&t=n" border="0"></a><br /><br />窓にみるヨーロッパの影響
簡単な本文の説明 
窓から日本が受けたヨーロッパ文化の影響を述べていきたいと思う。日本の窓の変化の歴史を、大きく開国以前、明治時代、近代の三つに分けて述べていく。その中で、窓の役目を開放性と光の捉え方を中心に考慮していきたい。最後には現代の日本人の窓に対する考えの変化と実情を述べる
　そもそも窓というものは、原来煙だしの役目を負っていた。しかし、季節、風土、社会環境などの影響を受けて、その役目、構造を変化させてきた。そして、日本の窓とヨーロッパの窓は建築の構造、用いられる材料からも根本的な違いが見られる。 『日本語の「まど」は「間戸」あるいは「間処」であるという。一方英語の窓「window」はwind＋ow、すなわち「風の目」に原意があるとされる。』（　1　） つまり、日本の建築は古くから木を用いており、その構造は柱をたてて上を梁でつなぎ、屋根を架けて内部空間を確保した開放的な構造になっている。そして、「まど」はヨーロッパのように風を通すことを役割とはせず、むしろ日本の「まど」は壁の一種としての役割を果たすことになる。『明障子を建てた「まど」は、壁面の穴ではなく、むしろ光る壁と感じられる。』（　1　）外と内を区切り、外部から内部を隠すことなどが、根本的な役割である。そして、開かれた時の「まど」は家のうちから、外の庭の景色を思う存分眺めることができるようになっており、庭と家の一体性を作り出している。閉ざされた「まど」は和紙で作り上げられた特徴を思う存分生かすように、外からの強い光を柔らかにし、内部に明と暗を作り出す（図　開放的な日本間と障子　）。一方でヨーロッパの建築はレンガや石などが建築材料のメインで、壁は分厚く重厚で丈夫な構造になっている。また、気密性が高く防犯に優れている。ゆえに、窓というものは景色を眺めるためではなく、弱点となる可能性があるので最小にして必要最低限に風通しを行うのが役目である。また、小さければ保温や保冷に優れて機能的である。しかし、小さな窓は暗い室内に光を導入しにくい。よって、教会の小さなステンドグラスの風景に見られるように、ヨーロッパの窓はその小さな面積から光を効率的に取り入れるように配置と設計を考慮している。ゆえに、ヨーロッパの窓はしばし高い位置にある。（図　ウィーンの聖パウロ教会　）。 
このように、もともと..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[地理学　東京の建築について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950770991853@hc12/90382/]]></link>
			<author><![CDATA[ by なかまるし]]></author>
			<category><![CDATA[なかまるしの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 09 Feb 2012 18:08:49 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950770991853@hc12/90382/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950770991853@hc12/90382/" target="_blank"><img src="/docs/950770991853@hc12/90382/thmb.jpg?s=s&r=1328778529&t=n" border="0"></a><br /><br />日本の光と闇～建築基準法～
まず本レポートは、光と闇をそれぞれ、一般によく知られていること、一般によく知られていないことと定義付けて以下を論じる。
東京駅から少し歩けば分かることではあるが、東京都には高層ビルが多数存在している。今回光として扱うのは、この「東京に高層ビルが多数存在する」という事実であり、逆に闇として扱うのは、「なぜ高層ビルが多数存在し得るのか」という疑問である。これは、東京が日本国の中心という概念的なものではなく、それが許されている理由の言及である。
容積率
建築基準法では、結果的に建物の高さを決めているものを容積率という。容積率とは、建造物の延べ床面積の敷地面積に対する割合の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[木の話（改定1108月）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950735996077@hc12/89663/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hirmic]]></author>
			<category><![CDATA[hirmicの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 19 Jan 2012 22:17:05 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950735996077@hc12/89663/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950735996077@hc12/89663/" target="_blank"><img src="/docs/950735996077@hc12/89663/thmb.jpg?s=s&r=1326979025&t=n" border="0"></a><br /><br />木は、我々日本人の底辺の位置づけと思ってます。その樹種が---自分の勉強のためです。ご指摘とアドバイスが頂ければ幸いです。[178]<br />日本の主な樹種と木材　 Ｈ・Ｂ 
１) すぎ 【杉・椙】 Japanese cedar スギ科スギ属の常緑針葉樹　　学名： Cryptomeria japonica 
【親しみ深く清楚。植林№1】 
● 古代から現代まで、日本人が最も多く利用している木。　弥生時代の登呂遺跡から杉の柱が多数発見されている。 
○分布： ● 日本特産の代表的な樹種で、本州北部から南は屋久島まで生育。人工植栽は北海道南部にまで及び、その量は第一位である。　 
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 人工造林地‐‐‐‐‐吉野（奈良）・日田（大分）・天竜（静岡）・飫肥（宮崎）・智頭（鳥取）・尾鷲（三重） 
○木材面： ● 心材　＝＝淡い紅色（赤心）～赤褐色～黒褐色（黒心）。 辺材　＝＝　白色。 
　　　　 木理は通直。肌目粗い　&rarr;&rarr;　飾り気の無い材質　＝＝日本人の文化思想　&rarr;　共通した表現によく利用される。 
　　　　 「清貧の思想」　＝　「清楚で慎ましやかな生き方」と一致。　人の美意識を研ぎ澄ます感覚を覚醒させる要素を持っているか？ 
○特徴： ● 気乾比重0.38　＝　やや軽軟　＝＝＝　加工性良好、乾燥容易、割裂性良好　&rarr;&rarr;　〔用途〕杉の天井材 
　　　　 ● 水に比較的強い　＝＝　外壁の板、建具材（杉戸）、古代からの造船用材 
　　　　　 ＊軽量、耐水である為に、古代から造舟用に------『日本書記』に杉等の木の事が記載されている 
　　　　 ● ほのかな香の有る木　＝　【木香】（きが）　&rarr;&rarr;　〔用途〕酒樽、味噌樽醤油樽漬物樽。 
　　　　　 ＊杉の香と酒は微妙な関係　＝＝＝　樽の内側に赤太（心材）、外側に白太（辺材）、その変り目が香る元。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 
　　　　　 ＊香りが、食欲をそそる　&rarr;&rarr;　〔用途〕杉の割りばし 
　　　　 ● 耐朽性・保存性　＝＝　赤太&rarr;高い、白太&rarr;低い-----だから　建具材等に良く使われる 
　　　　 ● 飫肥杉（オビスギ）　&rarr;&rarr;　今でも船舶用（弁甲材）に利用されている-----油が多い故 
　　　　 ● 床柱　＝＝　磨き丸太・絞り丸太・関西を中心に鎌倉時代より　&rarr;&rarr;　　白さ＝禅文化＝武家造と相乗　&rarr;&rarr;　清貧 
　　　 ● パルプ用材としては不適　＝＝　黒心の漂白が難点 
● 太古の昔より水土中..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[＜明星大学通信教育部＞754初等国語科教育法１単位目]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955814953635@hc10/85680/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ma2juky]]></author>
			<category><![CDATA[ma2jukyの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 07 Sep 2011 15:26:33 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955814953635@hc10/85680/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955814953635@hc10/85680/" target="_blank"><img src="/docs/955814953635@hc10/85680/thmb.jpg?s=s&r=1315376793&t=n" border="0"></a><br /><br />問　第５学年に、文章表現の技能を習得させるうえで必要なことを、自ら「文章」を書き、かつ、以下について論述する。講評　a 多様に c 共生では抽象的。自分なりに言いたいことを具体的に３　概説的になっている。具体的にわかりやすい文章とするこ[346]<br />２　a 取材メモ：　ベッドタウン・新興住宅地・建築ラッシュ・おしゃれな店・農地・豊年祭り・高齢化・後継者・荒地・介護施設・貸農園・家族・交流
ｂ　町の特色の整理：ベッドタウンであるが、もともとは農業を中心としてきた町である。ｃ　世代間のギャップあはるが、それぞれの工夫で協力し、共生していく可能性のある町ｄ　①地理的条件：交通機関があること・ベッドタウンであること・駅前の様子・建築ラッシュであること②不足している施設がまだあること③古くから農業を営んできた人たちは伝統を守って生きていること④農村部では高齢化が進み、農業の後継者がいないこと。⑤農村部では荒地を貸農園とし始めたこと。⑥生きがいや趣味で貸農園を借りる人が増え始めたこと。⑦新しく町に来た人と元々農業をやっていた人たちの間交流が始まったことに。e　中心地に通勤する人たちの様子を書いた後、農業を営む人たちの様子を対比させながら、そこにある世代間のギャップを伝え、双方が共生していく道を探りつつあることを知らせる文とする。
３「私の住んでいる町」私の住んでいる町は中心地に近いベッドタウンである。市そのものにはそれほど産業がなく雇用もあま..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[民法４（債権各論）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952056942926@hc11/85043/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ririy]]></author>
			<category><![CDATA[ririyの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 19 Aug 2011 22:44:16 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952056942926@hc11/85043/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952056942926@hc11/85043/" target="_blank"><img src="/docs/952056942926@hc11/85043/thmb.jpg?s=s&r=1313761456&t=n" border="0"></a><br /><br />建築請負契約において完成した建物の所有権は、完成時において注文者・請負人のいずれに帰属するかを論じなさい。[159]<br />請負契約とは、請負人がある仕事を完成することを約し、注文者がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを内容とする、諾成・双務・有償契約である（民法６３２条）。雇用、委任と共に労務給付契約の一種であるが仕事の完成を目的とする点に違いがあり、その仕事を第三者に請け負わせることも認められる。また、請負契約の目的が物の製作である場合、請負人は完成した目的物を注文者に引き渡さなければならない。よって、建物の建築請負契約の場合、請負人は完成した建物を注文者に引き渡す義務を負う。このとき、完成した建物の所有権は完成時において注文者・請負人のいずれに帰属するかという問題が生ずる。
　請負契約による製作物の所有権帰属については、特約や代金の支払いがない限り、材料の供給者が誰であるかによって決まる。何故なら、わが国は材料主義を原則としており、全部又は主たる材料を提供した当事者が製作物の所有権を原始取得するとされるからである。しかし、わが国は古来からの慣習で建物は土地に付合しないとし、独立の不動産としての存在が認められている。したがって、注文者が主たる材料を提供した場合は、原始的に注文者に所有権が帰属するこ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「倫教塔」夏目漱石ーその一度の空想と現実ー]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958553359470@hc09/82234/]]></link>
			<author><![CDATA[ by madoka0710]]></author>
			<category><![CDATA[madoka0710の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 10 Jun 2011 15:57:17 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958553359470@hc09/82234/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958553359470@hc09/82234/" target="_blank"><img src="/docs/958553359470@hc09/82234/thmb.jpg?s=s&r=1307689037&t=n" border="0"></a><br /><br />「倫教塔」夏目漱石ーその一度の空想と現実ー[63]<br />本書の出だしで、漱石は、「まるで御殿場の兎が急に日本橋の真中へ抛り出されたような心持ちであった。表へ出れば人の波にさらわれるかと思い、家に帰れば汽車が自分の部屋に衝突しはせぬかと疑い、朝夕安き心はなかった。この響き、この群集の中に二年住んでいたら吾が神経の繊維もついには鍋の中の麩海苔のごとくべとべとになるだろうとマクス・ノルダウの退化論を今さらのごとく大真理と思う折さえあった。」と記しているから、当時の倫敦は漱石が生まれ育った東京以上の大都市だったのであろう。
また、漱石が自分を「御殿場（ごてんば）の兎（うさぎ）」と表わして、江戸から明治に激変した日本が世界の中に投げ出され彷徨っている様子と、漱石が倫敦の中を彷徨っていることを重ね合わせ、当時の日本の姿は倫敦にいる漱石の姿でもあったのであろう。
そして、「無論汽車へは乗らない、馬車へも乗れない、滅多な交通機関を利用しようとすると、どこへ連れて行かれるか分らない。この広い倫敦を蜘蛛手十字に往来する汽車も馬車も電気鉄道も鋼条鉄道も余には何らの便宜をも与える事が出来なかった。」とのことから、交通網の発達していたことが分かる。
　漱石が，「着後..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[沖縄の歴史]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953907108190@hc11/78485/]]></link>
			<author><![CDATA[ by YKK]]></author>
			<category><![CDATA[YKKの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 02 Feb 2011 00:28:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953907108190@hc11/78485/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/953907108190@hc11/78485/" target="_blank"><img src="/docs/953907108190@hc11/78485/thmb.jpg?s=s&r=1296574104&t=n" border="0"></a><br /><br />先日、図書館で「琉球・沖縄写真絵画集成」というシリーズの図書を見つけた。合わせて五冊で、私はその第一巻の「かつて沖縄は独立国であった」に引き付けられた。主な内容は原始琉球から正式に王国の統一と成立を経て、中国の清朝への朝貢までの歴史、及び琉球独自の文化と風俗である。一度この本を読んで、かなり感心されたところが多い。いろいろな挿絵を通じ、詳しく紹介されている琉球王国の歴史と文化は驚くほど数多くて、詳しいである一方、今までまったく聞いたことがない内容もたくさん載られている。
琉球王国は、１３７２年に中国の明によって独立国として承認されてから、１８７９年に日本国家に併合されるまで、既に５００年あまり..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本大学通信教育部　新英作文Ⅱ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/954933945750@hc10/71657/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ruppan0525]]></author>
			<category><![CDATA[ruppan0525の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 22 Sep 2010 21:18:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/954933945750@hc10/71657/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/954933945750@hc10/71657/" target="_blank"><img src="/docs/954933945750@hc10/71657/thmb.jpg?s=s&r=1285157924&t=n" border="0"></a><br /><br />英作文Ⅱ
Theme：the connection of human beings and nature
はるか昔から、日本人は人間と自然のつながりを大切にしてきた。
The Japanese has been treasuring the connection of human being and nature from a long time ago.
すなわち、それは包括的で、生態学的な視点である。
That is to say, it is the view of comprehensive and ecological.
したがって、日本の風習とは、人間と自然の関係性を尊重したものである。
Therefore, the Japanese custom is the one that the relation between human being and nature was esteemed.
第１に、日本の風習には「活」の特色がある。
First, there is the trait of &quot;alive&quot; in the Japanese custom.
例えば、法隆寺の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[事例研究　行政法 １－５　ラブホテル建築規制条例]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429692801@hc06/68663/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sana1005]]></author>
			<category><![CDATA[sana1005の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 21 Jun 2010 03:31:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429692801@hc06/68663/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429692801@hc06/68663/" target="_blank"><img src="/docs/983429692801@hc06/68663/thmb.jpg?s=s&r=1277058668&t=n" border="0"></a><br /><br />１－５　ラブホテル建築規制条例（構成メモ）
風営法による規制：風俗営業（パチンコ店等）には許可制を、性風俗特殊営業（ラブホテルやテレクラ等）には届出制を置く。　風営法が性風俗特殊営業を届出制としたのは、その特性から許可制が適切ではないとされたからであり、規制を緩和する趣旨ではない。　店舗型性風俗特殊営業であるラブホテルは、風営法によって、営業可能なエリアが定められている（法２８Ⅰ―一定の施設の周辺２００ｍでの営業禁止、法２８Ⅱ―都道府県条例に禁止できる地域を定めることを授権）
市町村条例による規制：市町村は、風営法によって禁止区域を定める権限を授権されていない　&rarr;風営法上はラブホテルではないが、実質的にはラブホテルであるようなホテルを市町村が規制しようとする　&rarr;条例を独自に制定しなければならない　
※条例が風営法や旅館業法と抵触しないかという論点は本問では触れない（２－４参照）
本件条例の仕組み：風営法の規制対象に入らないラブホテルを対象とする（本件条例２Ⅰ②かっこ書）　&rarr;本件条例でいうラブホテルにあたると、その建設が一定の地域で予定されているときは、市長の同意が得られない（本件条例４..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[民法4（債権各論）第3課題　建築請負契約において完成した建物の所有権は、完成時において注文者・請負人のいずれに帰属するかを論じなさい。 　合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958776133122@hc09/68586/]]></link>
			<author><![CDATA[ by cs3000952]]></author>
			<category><![CDATA[cs3000952の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 17 Jun 2010 14:11:39 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958776133122@hc09/68586/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958776133122@hc09/68586/" target="_blank"><img src="/docs/958776133122@hc09/68586/thmb.jpg?s=s&r=1276751499&t=n" border="0"></a><br /><br />民法４（債権各論）第3課題
建築請負契約において完成した建物の所有権は、完成時において注文者・請負人のいずれに帰属するかを論じなさい。
　請負（632条）とは、当事者の一方（請負人）がある仕事を完成することを約し、相手方（注文者）がその仕事の結果に対して報酬を与えることを約する契約である。請負人は、仕事完成義務と目的物受け渡し義務を負う。仕事完成義務とは、仕事を完成する義務であるが、特約があるか、または仕事の性質上請負人自身が、しなければその目的を達成し得ない場合を除いて、請負人自ら仕事を完成しなくともよい。履行補助者を使用することはもちろん、履行代行者として下請人を使用してもよい。完成した目的物の所有権が注文者に帰属するときは、引き渡しは単なる占有の移転にすぎないが、これに対し、目的物の所有権が請負人に帰属するときは、引き渡しによって所有権が注文者に移転することになる。
ゆ完成した建物の所有権は、完成時において、誰に帰属するかという問題は、材料の供給形態を基準として制作物の所有権の帰属を決めるとされている（最判平5.10.9）。具体的には、注文者が材料の全部または主要部分を供給した場..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本における集合住宅計画の変遷]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430476201@hc06/67620/]]></link>
			<author><![CDATA[ by corin]]></author>
			<category><![CDATA[corinの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 20 May 2010 21:07:49 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430476201@hc06/67620/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430476201@hc06/67620/" target="_blank"><img src="/docs/983430476201@hc06/67620/thmb.jpg?s=s&r=1274357269&t=n" border="0"></a><br /><br />日本における集合住宅計画の変遷第四章の説明と現在の事例研究。晴海団地およびこれからの集合住宅に求められるものとは。[171]<br />日本における集合住宅計画の変遷 &sect;４　高層化の夢 晴海高層アパート
１．経緯と時代背景 ２．特徴と生活 ３．晴海高層アパートが問いかけるもの
*
住宅供給が住宅需要を上回る
公団標準設計（LDK型の登場）
石油ショック
人口の都市集中が鈍る
1973年
「団地族」が流行語
第一次マンションブーム
西長堀アパート
東京都人工一千万人突破
晴海団地高層アパート
1958年
コープオリンピア
1964年
日本住宅公団発足
東急代官山アパート
家庭電化時代の幕開け
公営住宅にDK型導入
テレビ放送本格化
住戸不足420戸
W.W.Ⅱ終戦
1945年
高級高層アパートが主流だった時代、都市居住の定住住宅としての高層集合住宅を実現しようと試みた実験的な意味合いの強い高層集合住宅建設事業である。
このような時代の、都市勤労者向けの高層集合住宅の試みであり、その入居階層を中産階級にまで広げたいという想いもあった。また、人々の集合化、協同化により、共同施設を造って生活内容を向上することができるだろうという期待の中で建設された。
晴海高層アパート
　　用途　共同住宅
　所在地　東京都中央区晴海（1997年..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[大学は都市である]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430476201@hc06/67619/]]></link>
			<author><![CDATA[ by corin]]></author>
			<category><![CDATA[corinの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 20 May 2010 21:05:58 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430476201@hc06/67619/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430476201@hc06/67619/" target="_blank"><img src="/docs/983430476201@hc06/67619/thmb.jpg?s=s&r=1274357158&t=n" border="0"></a><br /><br />大学は都市であるという仮説に基づいて、都市とは何かという視点から検証する[108]<br />「大学は都市である」
なぜ、都市に住もうとするのか。
なぜ、大学に行こうとするのか。
「大学は都市である」という仮説に対して、人の持つエネルギーという観点から大学の在るべき姿について考えてみたい。― ここでいうエネルギーとは、不特定多数の群衆が創り上げる都市空間の状況や、他者との関わりの中で生まれる意欲、モチベーションのことである ―
都市では、多種多様な人が何かしらの目的を持って（放浪していることもあるが） 一定のタイムリズムの中で生活している。通勤ラッシュや昼食の賑いなど、人を中心にした様々なものの流れは都市の風景を創りだしている。都市は、人・モノ・カネが動いてこそ、都市として活気付いてい..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[Luis Barragan Morfin]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430476201@hc06/67618/]]></link>
			<author><![CDATA[ by corin]]></author>
			<category><![CDATA[corinの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 20 May 2010 21:02:30 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430476201@hc06/67618/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430476201@hc06/67618/" target="_blank"><img src="/docs/983430476201@hc06/67618/thmb.jpg?s=s&r=1274356950&t=n" border="0"></a><br /><br />Luis Barraganについて[25]<br />Luis Barragan Morfin 
プリツカー賞受賞。
1980
自宅で逝去。 86歳。
1988
高速道路の中央分離帯にサテライト・タワーを設計。 （ 彫刻家マティアス・ゲーリッツとの共同作業）
1957
ヒラルディ邸を設計（～77年）。
1975
ニューヨーク近代美術館で個展が企画された。
1976
グアダラハラで住宅を中心に設計活動を展開。
1927
クリスト邸。ゴンザレス・ルナ邸。
1929
数ヶ月間、ニューヨークに滞在の後、 2度目のヨーロッパ旅行へ。フランスでは建築家ル・コルビュジエの講座に出てモダニズム建築を学ぶ。 
1931 
インターナショナル・スタイルに則った住宅を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[商法（商）　商法（商行為法）　商事留置権は不動産についても成立するのか]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/959040017808@hc09/67497/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ikkhsy1979]]></author>
			<category><![CDATA[ikkhsy1979の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 19 May 2010 12:51:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/959040017808@hc09/67497/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/959040017808@hc09/67497/" target="_blank"><img src="/docs/959040017808@hc09/67497/thmb.jpg?s=s&r=1274241106&t=n" border="0"></a><br /><br />A銀行は不動産会社のBに土地を担保に１０億円を融資し、抵当権設定登記を経由した。
その後、Bはその土地にビルの建築を請負業者のCに請負代金８億円で発注した。
Cは建築に着工したが、Bが破産宣告を受けたため工事を中止した。建築中の建物は外形がほぼ完成した状態で、Cがこれを万能板で囲い施錠していた。
A銀行の抵当権の実行に基づく競売手続が開始されたが、Cは土地に対して商人間の留置権が生じていると主張した。
　裁判所は、評価額から商事留置権の被担保債権額を控除して土地の最低売却価格を決定し、A銀行に配当されるべき剰余金はないとして、競売手続を取り消すことができるか。

１、本問は、１）そもそも商事留置権は不動産についても成立するのか、２）更に、土地についても商事留置権が成立するのかという側面から検討する。
　１）商法５２１条によれば、商人間においてその双方のために商行為となる行為によって生じた債権が弁済期にあるときは、債権者は、その債権の弁済を受けるまで、その債務者との間における商行為によって自己の占有に属した債務者の所有する物を留置することができるとされる。
　ここで同条に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[請負の重要問題（請負と同時履行の抗弁権、相殺の効力、請負契約の解除、損害賠償、瑕疵の内容、引換給付判決、既判力の客観的範囲）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/67294/]]></link>
			<author><![CDATA[ by left]]></author>
			<category><![CDATA[leftの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 May 2010 10:17:42 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/67294/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/67294/" target="_blank"><img src="/docs/962877421286@hc08/67294/thmb.jpg?s=s&r=1273972662&t=n" border="0"></a><br /><br />請負の重要問題（請負と同時履行の抗弁権、相殺の効力、請負契約の解除、損害賠償、瑕疵の内容、引換給付判決、既判力の客観的範囲）
参考判例
１　最判平成9年2月14日（判時1598号65頁）
２　最判平成9年7月15日（判時1616号65頁）
３　最判平成14年9月24日（判時1801号77頁）
４　最判平成15年10月10日（判時1840号18頁）
５　最判平成19年7月6日（判時1984号34頁）
１（１）同時履行の抗弁権
趣旨：双務契約の当事者間の公平を図り、不必要な争いを未然に防ぐ
　　　相手の債務の履行を担保する機能もあり、この点では留置権と類似
&darr;
もともと双務契約上の債権債務関係に認められるもの
but当事者間の公平という点において、それ以外にも認めてもよい（準用or類推適用）
&darr;
請負関係において634条2項後段は533を準用
これにより注文者を保護し、売買契約における代金減額請求に類する結果を実現させようとする
（２）同時履行の関係に立つ範囲
634条1項後段の文理上、金額の多寡にかかわらず、全額について同時履行関係みとめられる。
∵仮に、見合う額での範囲しか認められない..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[施工管理レポート―防火・防災について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430476201@hc06/65386/]]></link>
			<author><![CDATA[ by corin]]></author>
			<category><![CDATA[corinの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 01 Apr 2010 16:35:17 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430476201@hc06/65386/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430476201@hc06/65386/" target="_blank"><img src="/docs/983430476201@hc06/65386/thmb.jpg?s=s&r=1270107317&t=n" border="0"></a><br /><br />施工管理レポート
施工の講義を受けて、いかに安全を意識して建てているかということを知った。建物は、雨風から私たちを守ってくれるだけではなく、地震や火災時においても構造体として安全であることが求められる。また、火災時に安全に建物外へ避難するためには、躯体としての安全性だけでなく、煙害についても考えなければならない。煙と有毒ガスは避難の際の視界不良、呼吸困難、意識不明をきたすからだ。
内装材料に可燃性のものを使っていると、火災による温度の上昇に伴って可燃性ガスが徐々に蓄積され、火元の規模が一気に拡大して壁や天井に燃え広がり、部屋全体が炎に包まれる現象が起こる。フラッシュオーバーを防ぐために、建築物には出火防止、火炎の成長遅延、煙・有毒ガス防止、倒壊防止、延焼防止を計画しなければならない。建物の不燃性、防火性能、耐火性能を構成しているのが防火・耐火材料である。
耐火性能とは、火災による建築物の倒壊および延焼を防止するために主要構造部分に必要な性能である。これに対して準耐火性能は、通常の火災による延焼を抑制するために主要構造部分に必要とされる性能で、火災終了後の倒壊防止までは求めていない。
材..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[民法答案　請負契約の瑕疵担保責任]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960151950503@hc09/65174/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lawyer-business]]></author>
			<category><![CDATA[lawyer-businessの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 26 Mar 2010 21:42:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960151950503@hc09/65174/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960151950503@hc09/65174/" target="_blank"><img src="/docs/960151950503@hc09/65174/thmb.jpg?s=s&r=1269607329&t=n" border="0"></a><br /><br />民法答案
問題
建築業者であるAはBとの間で、請負代金3000万円で甲建物（住宅ではないものとする。）を建築する契約を締結し、甲建物を完成して、請負代金全額の支払いと引き換えにBに引き渡した。Bは、甲建物を3ヶ月くらい使用した後に、都合によって甲建物をCに代金2500万円で売却する契約を締結し、代金全額の支払いと引き換えにCに引き渡した。それから3ヶ月ほどして、Cは甲建物が傾いていることに気が付いた。
　甲建物の傾きは、建築業者Aが施行の際にミスをしたことが原因であった。その傾きが、修補の費用として300万円を要するほどの場合と、2500万円を要するほどの場合があるものとして、以下の問題に答えよ。
問1：　CはBに対して、甲建物の修補または甲建物の修補費用相当額の損害賠償を請求することができるか。なお、BC間における売買契約の締結当時、Cは甲建物に傾きがあることを知らず、知らないことにつき過失がなかったものとする。
問2：　Cから苦情を言われたBは、Cとの間で甲建物の売買契約を合意解除し、受け取った代金全額をCに返還した。この場合、BはAに対し、どのような請求をすることができるか。
解..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国立マンション訴訟]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/62427/]]></link>
			<author><![CDATA[ by binkanboy]]></author>
			<category><![CDATA[binkanboyの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 24 Jan 2010 02:10:42 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/62427/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/62427/" target="_blank"><img src="/docs/983430219101@hc06/62427/thmb.jpg?s=s&r=1264266642&t=n" border="0"></a><br /><br />国立マンション訴訟　
　『国立マンション訴訟』は、1999年に国立市の「大学通り」沿いに高層マンションの建設計画が持ち上がって以来、地域住民、国立市、東京都、明和地所によって、訴訟が相次いだ。これからその争点を示し、最後に私の考える、景観に関する本質を述べていく。
まず、国立マンション訴訟の経過を以下に示す。
１．国立マンション訴訟の経過
1999/7/22 
明和地所、東京海上火災保険から90億2000万円で用地を取得 
1999/12/3 
明和地所、東京都多摩西部建築事務所に建築確認申請 
2000/1/5 
東京都多摩西部建築事務所が建築確認 
2000/1/31 
国立市議会・本会議、地区計画改正条例案を可決 
2000/2/24 
明和地所、東京地裁に、地区計画・地区計画改正条例の無効確認を求める訴訟を提起 
2001/3/29 
地域住民ら、東京地裁に、建物の高さ２０mを超える部分の撤去を求める民事訴訟を提起 
2001/4/28 
明和地所、東京地裁に、国立市らに4億円の損害賠償を求める民事訴訟を提起 
2002/2/14 
東京地裁、明和地所の地区計画・地区計画改正条..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[保険海商法論述回答]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958625605991@hc09/62051/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hahahawing]]></author>
			<category><![CDATA[hahahawingの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 18 Jan 2010 14:51:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958625605991@hc09/62051/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958625605991@hc09/62051/" target="_blank"><img src="/docs/958625605991@hc09/62051/thmb.jpg?s=s&r=1263793907&t=n" border="0"></a><br /><br />責任開始条項　保険料の適時の支払を確保し、保険制度を円滑に運営できるようにするために、各種の保険条約において、保険者の責任を保険料の支払にかからしめているものが多い。これは保険約款における責任開始条項といい、その適法性については異論はないが[360]<br />責任開始条項　保険料の適時の支払を確保し、保険制度を円滑に運営できるようにするために、各種の保険条約において、保険者の責任を保険料の支払にかからしめているものが多い。これは保険約款における責任開始条項といい、その適法性については異論はないが、責任開始条項がある保険契約において、保険者が保険契約者の保険料不払を理由として保険契約を解除した場合、保険者は契約解除の時までの既経過保険料を請求できるか否かについては、学説によると見解も違う。学説の多数は、責任開始条項説に従っている。この見解によると、約款の規定は、保険料の支払があるまでは保険者の責任は開始しない旨を定めた規定であると解され、従って、保険料の不払を理由とする契約の解除は保険者の責任開始の解除となり、解除は溯及効を生じ、契約も溯及的に消滅し、保険者は既経過保険料を取得できないということになる。しかし、約款の規定を、保険料の支払があるまでは保険者の責任が開始しない趣旨に解すると、保険料支払遅滞の場合、遅滞期間だけ保険期間が短縮されるか、保険期間の終期が先に延びることになるかのいずれかである。そして、前者であるとすると、保険期間を一年と..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[障害者の「自立」に必要な社会環境とは何か述べよ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428477901@hc07/60620/]]></link>
			<author><![CDATA[ by seira]]></author>
			<category><![CDATA[seiraの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 10 Dec 2009 20:00:38 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428477901@hc07/60620/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428477901@hc07/60620/" target="_blank"><img src="/docs/983428477901@hc07/60620/thmb.jpg?s=s&r=1260442838&t=n" border="0"></a><br /><br />「障害者の「自立」に必要な社会環境とは何か述べよ。」
【1.自立生活（Independent Living:IL）】
　従来「自立」といえば、当然のように「自ら生計を立てること」と思われていた。この考え方に従えば、重度の障害のある人たちに自立はなかったといってよい。そして、そのような障害者は、保護の対象であり、指導されるべき人であり、当然に「従うべき人たち」であった。この認識を真っ向から打ち破ったのが自立生活運動であった。それは、人としての尊厳を問う運動でもあった。
　人は誰で主体的に生きる権利をもっており、障害があるがゆえに主体的に生きることができないとする考えは本質的に間違っており、どんなに重い障害があっても主体的に生きることは可能だというのが自立生活運動の中心的思想である。ここでは、何よりも自立に関する概念が重要となる。どんなに援助を受けていても差し支えなく、どんなに介護を受けていても何ら差し支えない。政府から年金を受け、日々の生活では全面的な介護に頼っていても、何時に起き、何を食べ、どこに行くか、などは自分で決めるというのが自立であ　る。「自らの判断と決定により主体的に生き、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[耐火構造の建造物と焼損の意義]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960151950503@hc09/59953/]]></link>
			<author><![CDATA[ by lawyer-business]]></author>
			<category><![CDATA[lawyer-businessの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 28 Nov 2009 19:25:14 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960151950503@hc09/59953/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960151950503@hc09/59953/" target="_blank"><img src="/docs/960151950503@hc09/59953/thmb.jpg?s=s&r=1259403914&t=n" border="0"></a><br /><br />～耐火構造の建造物と「焼損」の意義～
問題：Xは、人の現存する地下4階地上15階建てのビル地下2階にある塵芥処理場で、同所に集積された塵芥に火を放って燃え上がらせたが、右塵芥処理場が耐火構造であったため、火力により、同所の内壁表面モルタルの剥離・脱落および天井表面に吹き付けてあった石綿の損傷・剥離などの焼損を与えた。
知識まとめ
〈問題の所在〉
鉄骨・鉄筋・コンクリート等の難燃性建材を使用した不燃性耐火建造物の場合、従来の独立燃焼説の基準によると、既遂とされる事態は発生しないが、建造部分の重要部分の効用が害されたり、人の生命・身体に具体的危険を生じさせたりする場合が生ずる。
　そこで、焼損という事態を経ずして、しかし、建物内に人々に現実的な危険が生じた場合、放火罪の既遂として処罰できるか。
〈見解〉
・・・判例（東京地判S59/6/22など）は独立燃焼説を維持している。
①　新効用喪失説　～独立燃焼説と効用喪失説の併用説～
　&hellip;建造物の種類で区別。
　　(a)木造住宅の場合は独立燃焼説を用いる。
(b)不燃性建造物については、媒介物の火力により、コンクリート壁が崩落するなど建造物の一..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[判例百選民法Ⅱ（最高裁S41.12.23最高裁S44.6.24)]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/58669/]]></link>
			<author><![CDATA[ by left]]></author>
			<category><![CDATA[leftの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Nov 2009 16:22:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/58669/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/58669/" target="_blank"><img src="/docs/962877421286@hc08/58669/thmb.jpg?s=s&r=1258183356&t=n" border="0"></a><br /><br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[○&times;クイズ（平成14年度重要判例解説）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430772801@hc06/57254/]]></link>
			<author><![CDATA[ by willzamurai]]></author>
			<category><![CDATA[willzamuraiの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 05 Nov 2009 18:14:30 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430772801@hc06/57254/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430772801@hc06/57254/" target="_blank"><img src="/docs/983430772801@hc06/57254/thmb.jpg?s=s&r=1257412470&t=n" border="0"></a><br /><br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[建物譲渡特約付借地権契約書]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/52577/]]></link>
			<author><![CDATA[ by left]]></author>
			<category><![CDATA[leftの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 16 Jul 2009 00:13:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/52577/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/52577/" target="_blank"><img src="/docs/962877421286@hc08/52577/thmb.jpg?s=s&r=1247670812&t=n" border="0"></a><br /><br />建物譲渡特約付借地権契約書
貸主である○○○○を甲、借主である○○○○を乙として、甲乙間において別紙物件目録の①記載の土地（以下単に「本件土地」という。）の貸借に関し、次のとおり借地借家法第２４条に規定する建物譲渡特約付借地権契約を締結す[356]<br />建物譲渡特約付借地権契約書
貸主である○○○○を甲、借主である○○○○を乙として、甲乙間において別紙物件目録の①記載の土地（以下単に「本件土地」という。）の貸借に関し、次のとおり借地借家法第２４条に規定する建物譲渡特約付借地権契約を締結する。
（目的）
第１条　甲は乙に対し、本件土地を賃貸し、乙はこれを借り受け、賃料を支払うことを約した。
（使用目的）
第２条１　乙は、本件土地上に別紙物件目録の②記載の建物（以下単に「本件建物」という。）を建築し所有することができる。
　　　　２　乙が本件土地建物につき、増築をし又はこれを改築するときは、事前に甲の書面による承諾を得なければならない。
　　　　３　乙が前項に違反したときは、甲は何らの催告なしに、この契約を解除することができる。
（期間）
第３条　本契約の賃貸借期間は平成○○年○○月○○日から平成○○年○○月○○日までの３０年間とする。
（賃料）
第４条１　本件土地の賃料は、１平方メートル当たり月額○○○○円とし、乙は、毎月末日限り翌月分の賃料を甲に対し持参又は送金して支払う（振込料は乙の負担とする）。
２　乙が第１項の金員を支払わず、ま..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[判例百選第5版90事件　法定地上権最高裁平成9年2月14日判決]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958751985469@hc09/52081/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kingkingking]]></author>
			<category><![CDATA[kingkingkingの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 06 Jul 2009 20:52:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958751985469@hc09/52081/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958751985469@hc09/52081/" target="_blank"><img src="/docs/958751985469@hc09/52081/thmb.jpg?s=s&r=1246881122&t=n" border="0"></a><br /><br />最高裁判所平成9年2月14日第三小法廷判決百選5版90事件
事案の概要
Y1所有
　　　　建物
土地
　　　　　営業譲渡に基づく譲り渡し　　　　　共同根抵当権設定
　　　　　　　　X　　　　　　　　A
①Aは昭和50年7月29日、Y1から本[308]<br />最高裁判所平成9年2月14日第三小法廷判決百選5版90事件
事案の概要
Y1所有
　　　　建物
土地
　　　　　営業譲渡に基づく譲り渡し　　　　　共同根抵当権設定
　　　　　　　　X　　　　　　　　A
①Aは昭和50年7月29日、Y1から本件土地と旧建物に共同担保として極度額600万円の根抵当権の設定を受けた。
②Y1は、Aの了解を得て旧建物を取り壊した。
　平成元年2月13日滅失登記、目録から抹消
③旧建物の担保評価額の推移(建物滅失後の更地としての評価)
　平成元年8月29日　　　1億円
　　　同年10月20日　1億4000万円
　平成2年10月25日　1億8000万円
　平成3年04月1..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[民法　所有権（添付、区分所有）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/51268/]]></link>
			<author><![CDATA[ by left]]></author>
			<category><![CDATA[leftの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 17 Jun 2009 00:53:11 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/51268/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/51268/" target="_blank"><img src="/docs/962877421286@hc08/51268/thmb.jpg?s=s&r=1245167591&t=n" border="0"></a><br /><br />所有権（添付、区分所有）
【基本的確認事項】
1　動産添付
動産の附合（243条、244条）
所有者を異にする数個の動産が結合して、損傷せずに分離することができなくなったり、あるいは分離に過分の費用を要する場合をいい、その合成物の所有権は主[338]<br />所有権（添付、区分所有）
【基本的確認事項】
1　動産添付
動産の附合（243条、244条）
所有者を異にする数個の動産が結合して、損傷せずに分離することができなくなったり、あるいは分離に過分の費用を要する場合をいい、その合成物の所有権は主たる動産の所有者に属する（243）
　付合した動産の主従を区別できない場合は、付合の当時の価格割合による共有となる（244）　　
動産の混和（245条）
　液体が混ざり合うようにもとの物の識別ができなくなった場合で、動産の付合の規定が準用される
動産の加工（246条1項但書、2項）
　他人の木材に彫刻家が彫刻を施した場合のように、工作を加えた場合で、加工物の所有権は材料の所有者にあるのが原則
2　不動産の附合（242条）：不動産に従として付合した物の所有権を取得する
例外：附合しない場合（242条但書）
権原によって物を付属させた場合、その付属させた物の所有権を失わない
借家人による増改築
　　　　増改築部分は原則として建物に附合する
　　　　増改築の費用を最終的に借家人か家主かどちらが負担するのかの問題となるが、これは借家契約の解釈の問題であって附..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[都市との関わりにおいて建築が今後どうあるべきか]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/959403819283@hc09/45499/]]></link>
			<author><![CDATA[ by on_my_way_home]]></author>
			<category><![CDATA[on_my_way_homeの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 22 Apr 2009 19:42:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/959403819283@hc09/45499/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/959403819283@hc09/45499/" target="_blank"><img src="/docs/959403819283@hc09/45499/thmb.jpg?s=s&r=1240396972&t=n" border="0"></a><br /><br />「都市と関わりにおいて、建築がこれからどうあるべきか」
1都市をどう捉えるか
2高密度・効率化―人口の集積は必要か―
3経済は敵か
4都市のモラル
5単体の建築が都市の中で共生していくにはどうしていったらよいか
「都市と関わりに[326]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ロマネスクとゴシックの教会]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429326001@hc06/41847/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ウタ]]></author>
			<category><![CDATA[ウタの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 11 Apr 2009 20:40:30 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429326001@hc06/41847/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429326001@hc06/41847/" target="_blank"><img src="/docs/983429326001@hc06/41847/thmb.jpg?s=s&r=1239450030&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに
　ローマの街を眺め、数ある建築物の中でまず目に飛び込んでくるのが、教会の高い鐘楼であり、クポーラである。サンタ・マリア・イン・コスメディン教会、サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ聖堂、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂等の鐘楼、[358]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[行政法各論レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/959855799895@hc09/37525/]]></link>
			<author><![CDATA[ by boukensya]]></author>
			<category><![CDATA[boukensyaの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 01 Mar 2009 00:39:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/959855799895@hc09/37525/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/959855799895@hc09/37525/" target="_blank"><img src="/docs/959855799895@hc09/37525/thmb.jpg?s=s&r=1235835574&t=n" border="0"></a><br /><br />（設題）
１　予算と予備費の関係について述べよ
２　都市計画で建築制限がなされた者は、損失補償を求め得るか
（解答）
設題１について
予算は、一般的・実質的には、一定期間における収入支出についての予測的算定を意味するが、制度的・形[340]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[外国史　第一設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/kazuki/36245/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kazukichan]]></author>
			<category><![CDATA[kazukichanの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 10 Feb 2009 00:31:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/kazuki/36245/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/kazuki/36245/" target="_blank"><img src="/docs/kazuki/36245/thmb.jpg?s=s&r=1234193507&t=n" border="0"></a><br /><br />「秦の天下統一の意義を述べよ。」
紀元前247年に即位した政は、李斯を丞相として国力増強に努めた。
そして、紀元前223年に秦の最大の敵であった楚を滅亡させ、紀元前221年に中国を統一して、自らを始皇帝と称した。
これが秦の天下統一で[330]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ミース・ファン・デル・ローエ -とバートランド・ゴールドバーグの言葉と作品の関係]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960414501337@hc08/33015/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kikoku]]></author>
			<category><![CDATA[kikokuの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 30 Dec 2008 10:37:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960414501337@hc08/33015/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960414501337@hc08/33015/" target="_blank"><img src="/docs/960414501337@hc08/33015/thmb.jpg?s=s&r=1230601047&t=n" border="0"></a><br /><br />Their Words in Their Works: Bertrand Goldberg and Ludwig Mies van der Rohe 
The architecture of Bertrand Goldberg and Lu[120]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[金属材料の引張試験]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960764477549@hc08/29305/]]></link>
			<author><![CDATA[ by archi_pad]]></author>
			<category><![CDATA[archi_padの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 15 Nov 2008 02:31:27 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960764477549@hc08/29305/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960764477549@hc08/29305/" target="_blank"><img src="/docs/960764477549@hc08/29305/thmb.jpg?s=s&r=1226683887&t=n" border="0"></a><br /><br />金属材料の引張試験
（JISZ2241）
目的
鉄筋の引張試験により求められた強度性状より、試験体の鋼材の機械的性質を知り、
鉄筋の規格を推定する。
試験体
　　２－１．　試験体の形状・寸法
引張試験の試験体は異形鉄筋を規定寸[316]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[耐震偽装問題の原因と対策]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960764477549@hc08/29304/]]></link>
			<author><![CDATA[ by archi_pad]]></author>
			<category><![CDATA[archi_padの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 15 Nov 2008 02:21:16 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960764477549@hc08/29304/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960764477549@hc08/29304/" target="_blank"><img src="/docs/960764477549@hc08/29304/thmb.jpg?s=s&r=1226683276&t=n" border="0"></a><br /><br />耐震偽装事件の原因と対策
はじめに
２００５年１１月、建築業界はもちろん日本国中を揺るがした「耐震偽装事件」が発覚。建築物の自重や荷重、地震等の外力に対する強度の計算結果を記した「構造計算書」に、改ざんがあることが判明した。
地震列島[348]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ニューヨーク建築]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/24413/]]></link>
			<author><![CDATA[ by binkanboy]]></author>
			<category><![CDATA[binkanboyの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 21 Sep 2008 19:57:39 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/24413/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/24413/" target="_blank"><img src="/docs/983430219101@hc06/24413/thmb.jpg?s=s&r=1221994659&t=n" border="0"></a><br /><br />ニューヨーク建築
人種と文化が混在し，常に世界の最先端を疾走するニューヨーク。訪れる人を魅了し，圧倒する多くの建築物。ニューヨークがどのようにして現在の姿に至ったのか街の変化や建築様式の変化を交えながら論じたいと思う。
初期のニューヨーク
[354]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ピクトリアルターン]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961624826514@hc08/22860/]]></link>
			<author><![CDATA[ by soyo]]></author>
			<category><![CDATA[soyoの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 08 Aug 2008 10:12:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961624826514@hc08/22860/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961624826514@hc08/22860/" target="_blank"><img src="/docs/961624826514@hc08/22860/thmb.jpg?s=s&r=1218157971&t=n" border="0"></a><br /><br />Pictorial turn、21 世紀の芸術について 
映像表現の多様化と先鋭化 
今日、映像表現がさまざまなツールを利用して可能になったことで、これまで以上に芸術にお
いて視覚的な要素を取り入れた創造物が増加している。このことにより視覚[316]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[バウハウスの功績について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961624826514@hc08/22859/]]></link>
			<author><![CDATA[ by soyo]]></author>
			<category><![CDATA[soyoの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 08 Aug 2008 10:11:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961624826514@hc08/22859/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961624826514@hc08/22859/" target="_blank"><img src="/docs/961624826514@hc08/22859/thmb.jpg?s=s&r=1218157870&t=n" border="0"></a><br /><br />バウハウスの功績について 
新しい社会を象徴する典型的な形態を創造できる人材の育成 
1919 年 4月ワイマール共和国にてヴァルター・グロピウスが発足させたバウハウスは「造
形活動の最終目標を建築」とし、審美的なレベルでの生活の向上を具体[336]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「バリアフリー」と町の景観について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/aya/22817/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 樺音]]></author>
			<category><![CDATA[樺音の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 03 Aug 2008 22:17:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/aya/22817/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/aya/22817/" target="_blank"><img src="/docs/aya/22817/thmb.jpg?s=s&r=1217769441&t=n" border="0"></a><br /><br />バリアフリーとは、「バリア（障壁）」と「フリー（自由な、開放された、除去する）」を組み合わせた造語で、一般的には障害者が利用する上での「障壁がない」という意味で使われる。バリアフリーは、特に日本において広く普及し、発展・拡大解釈されている用[360]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[森ビル]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962108411631@hc08/21768/]]></link>
			<author><![CDATA[ by genmr]]></author>
			<category><![CDATA[genmrの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 12 Jun 2008 15:25:58 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962108411631@hc08/21768/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/962108411631@hc08/21768/" target="_blank"><img src="/docs/962108411631@hc08/21768/thmb.jpg?s=s&r=1213251958&t=n" border="0"></a><br /><br />私が考える最も印象に残った街は、古都京都です。
~~~~~[76]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[阪神淡路大震災の被害の事例について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963236992865@hc08/19091/]]></link>
			<author><![CDATA[ by susie]]></author>
			<category><![CDATA[susieの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 02 Feb 2008 22:13:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963236992865@hc08/19091/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963236992865@hc08/19091/" target="_blank"><img src="/docs/963236992865@hc08/19091/thmb.jpg?s=s&r=1201957981&t=n" border="0"></a><br /><br />阪神・淡路大震災の被害の事例について
○被害状況
　1995年1月17日午前5時46分その地震は発生した。震源地は淡路島北部。ﾏｸﾞﾆﾁｭｰﾄﾞ7.2。数字を聞いただけでも想像を絶する程の規模であったことは言うまでもない。死者5502人、倒[322]<br />阪神・淡路大震災の被害の事例について
○被害状況
　1995年1月17日午前5時46分その地震は発生した。震源地は淡路島北部。ﾏｸﾞﾆﾁｭｰﾄﾞ7.2。数字を聞いただけでも想像を絶する程の規模であったことは言うまでもない。死者5502人、倒壊家屋数約20万余棟、被災世帯数約40万余という大きな被害を出した。直下型地震であり、建築物に対する多くの被害のほとんどがピロティ形式の建築物だったと言える。他に老朽化木造家屋の倒壊と鉄筋コンクリート造共同住宅1階又は中間階に被害が集中している。
　また木造住宅では上写真を見てわかるように火災による倒壊も多かった。そのため火災による被害は木造住宅、中小の工場..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[モダニズム建築とは]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963236992865@hc08/19090/]]></link>
			<author><![CDATA[ by susie]]></author>
			<category><![CDATA[susieの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 02 Feb 2008 21:48:17 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963236992865@hc08/19090/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963236992865@hc08/19090/" target="_blank"><img src="/docs/963236992865@hc08/19090/thmb.jpg?s=s&r=1201956497&t=n" border="0"></a><br /><br />モダニズム建築とは何か
　
モダニズム建築とは何か。これを語る上で、これまでの西洋建築なくしては語れない。時代の流れ・移り変わりとともに建築は変化してきた。特に建築は、その時代の社会性に強く影響されている。社会があって建築があるといっても過[356]<br />モダニズム建築とは何か
　
モダニズム建築とは何か。これを語る上で、これまでの西洋建築なくしては語れない。時代の流れ・移り変わりとともに建築は変化してきた。特に建築は、その時代の社会性に強く影響されている。社会があって建築があるといっても過言ではない。これらを踏まえてまず「モダニズム」について考えていきたい。
　「モダニズム」の原義は現代主義・近代主義といったような意味がある。建築の世界では「新開拓者」といった意味がある。この「新開拓者」が指すものは合理主義という言葉が当てはまる。モダニズム建築は「合理性」を追求したところに特徴があるのだ。なぜ合理性を追求したのか。時代の流れを見ながら考えてい..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[アール・ヌーボーと日本の関係]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963298394482@hc08/18876/]]></link>
			<author><![CDATA[ by aquas120]]></author>
			<category><![CDATA[aquas120の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 30 Jan 2008 02:19:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963298394482@hc08/18876/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963298394482@hc08/18876/" target="_blank"><img src="/docs/963298394482@hc08/18876/thmb.jpg?s=s&r=1201627184&t=n" border="0"></a><br /><br />アール・ヌーボーと日本の関係アール・ヌーボーとは、フランス語で「アール（Art）＝芸術」、「ヌーボー（Nouveau）＝新しい」を指し、「新しい芸術」ということを意味している。この名は、美術商サミュエル・ビングがパリにオープンした店の名前[338]<br />アール・ヌーボーと日本の関係
アール・ヌーボーとは、フランス語で「アール（Art）＝芸術」、「ヌーボー（Nouveau）＝新しい」を指し、「新しい芸術」ということを意味している。この名は、美術商サミュエル・ビングがパリにオープンした店の名前ラ・アールヌーボー(Le Maison de L&#039;Art Nouveau)がもとになっている。この芸術運動（スタイル）は、1890年代から1910年代頃にかけて、フランスを中心に興りヨーロッパ全土へ、そしてアメリカや日本などさまざまな国へと普及していった芸術様式である。木や草などの植物、虫や海の波など、自然界のもつ曲線をモチーフとしている。その形は流れるような綺麗なラインや美しい装飾に特徴が表れている。その様子はエクトール・ギマールが施工した、地 
～地下鉄入り口～ 下鉄駅入り口や彼自身の家のデザインから伺うことができる。これは熟練された技術者の手作業による複雑で高度なデザインと作成技術に支えられているのである。
ではアール・ヌーボーがなぜ生まれてきたのか。それは当時の古い状況の中にあった。１９世紀は歴史や美術史といった学問が発達し、過去の造形美術の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[中国黄土高原農村の暮らし]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963706316596@hc07/16704/]]></link>
			<author><![CDATA[ by rubyred]]></author>
			<category><![CDATA[rubyredの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 28 Dec 2007 13:13:15 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963706316596@hc07/16704/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963706316596@hc07/16704/" target="_blank"><img src="/docs/963706316596@hc07/16704/thmb.jpg?s=s&r=1198815195&t=n" border="0"></a><br /><br />中国黄土高原
農村の暮らし
行政単位
　中国の行政単位は日本とは異なり、なかでも、市の下に県がくるのはなかなかなじめません。私たちの緑化協力の拠点である環境林センターと霊丘自然植物園の所在地を例に、説明してみましょう。このふたつの住所を国名[354]<br />中国黄土高原
農村の暮らし
行政単位
　中国の行政単位は日本とは異なり、なかでも、市の下に県がくるのはなかなかなじめません。私たちの緑化協力の拠点である環境林センターと霊丘自然植物園の所在地を例に、説明してみましょう。このふたつの住所を国名から順に書くと、つぎのようになります。
（環境林センター）中華人民共和国－山西省－大同市－南郊区－平旺郷－平旺村－果園。
（霊丘自然植物園）中華人民共和国－山西省－大同市－霊丘県－上寨鎮－南庄村－流黄水。
　「省」のレベルでは、北京、天津、上海、重慶といった直轄市と少数民族地域の自治区が省に代わることがあります。また、最近では周辺の農村部を含めて範囲を拡大し..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[都市公共施設特論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428549501@hc07/15417/]]></link>
			<author><![CDATA[ by henannan]]></author>
			<category><![CDATA[henannanの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 29 Nov 2007 13:06:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428549501@hc07/15417/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428549501@hc07/15417/" target="_blank"><img src="/docs/983428549501@hc07/15417/thmb.jpg?s=s&r=1196309215&t=n" border="0"></a><br /><br />都市公共施設特論
――中村先生
　中村先生が講義で話した内容について、なぜ道路が必要なのか？という話が印象が深刻に残っている。道路がなかったら、家が建てられない、道路の下はガスや水など通している。道路は町内の人の交流の場所である。
一般に「[354]<br />都市公共施設特論
――中村先生
　中村先生が講義で話した内容について、なぜ道路が必要なのか？という話が印象が深刻に残っている。道路がなかったら、家が建てられない、道路の下はガスや水など通している。道路は町内の人の交流の場所である。
一般に「道路」とは、一般公衆の通行の用に供せられる道をいいますが、道路法の適用を受ける「道路法上の道路」とは、一般交通の用に供せられる道で、その種類が法定されており、トンネル、橋、渡船施設等と一体となってその効用を全うする施設又は工作物及び道路の附属物で当該道路に附属して設けられているものを含んだものをいいます。
道路法上の道路は、道路法の規定に基づき、路線の指定又は認定が行われ、同法により新設、改築、維持、修繕、災害復旧その他の管理が行われます。高速自動車国道、一般国道、都道府県道及び市町村道の四種類に区別されます。
道路には、公道や私道と呼ばれているものがあります。一般に、公道とは所有者(管理者）が国、都あるいは区などの道をいい、私道とは所有者が個人などの道をいいます。
一方、建築基準法でいう「道路」には、公道や私道という分類に関係なく、次のものをいいま..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[債権各論レポート(請負)]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432356401@hc05/14663/]]></link>
			<author><![CDATA[ by wady0202]]></author>
			<category><![CDATA[wady0202の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 08 Nov 2007 19:03:14 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432356401@hc05/14663/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432356401@hc05/14663/" target="_blank"><img src="/docs/983432356401@hc05/14663/thmb.jpg?s=s&r=1194516194&t=n" border="0"></a><br /><br />請負（請負人の仕事完成義務）
①請負とは、当事者の一方（請負人）がある仕事の完成を約し、相手方（注文者）がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約する契約をいう（632条）。請負は、諾成・双務・不要式の契約である。
②請負人は、請負契約の[350]<br />請負（請負人の仕事完成義務）
①請負とは、当事者の一方（請負人）がある仕事の完成を約し、相手方（注文者）がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約する契約をいう（632条）。請負は、諾成・双務・不要式の契約である。
②請負人は、請負契約の成立により適当な時期に仕事に着手し、契約に定められた仕事を完成させる義務を負うのであるが、請負契約の目的物が物の製作である場合（建物建築を例にとる）に、その物の引渡し前における所有権の帰属はどうなるかが問題となる。
　この点、材料供給等の事情を問わず、完成によって不動産になったときに、原始的に注文者に帰属すると解する説もあるが、注文者が建築材料の主要部分を供給したとき、建物の所有権は原始的に当然注文者に帰属し、請負人が自己の材料で注文者のために注文者が権利を持つ土地の上に建築したときは、その所有権はまず請負人が取得し、引渡によって初めて注文者に移転すると解する。材料を自己の出捐によって供給した者に所有権の帰属を認めるのが、最も当事者の合理的意思に合致するし、請負人が出捐して家屋を完成させた場合、請負人には請負代金債権の確保の必要があり、一旦請負人に所..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[アントニオ・ガウディ&minus;その奇才性&minus;]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428391401@hc07/14442/]]></link>
			<author><![CDATA[ by chachtchoch]]></author>
			<category><![CDATA[chachtchochの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 11 Oct 2007 08:55:26 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428391401@hc07/14442/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428391401@hc07/14442/" target="_blank"><img src="/docs/983428391401@hc07/14442/thmb.jpg?s=s&r=1192060526&t=n" border="0"></a><br /><br />アントニオ・ガウディ―その奇才性―
１．はじめに
アントニオ・ガウディ・イ・コルネット(Antonio Gaud&iacute; y Cornet　1852－1926)、の建築は奇抜で、独創的である。また、ガウディが生きた時期のスペインの建築は、モロッコ[293]<br />アントニオ・ガウディ―その奇才性―
１．はじめに
アントニオ・ガウディ・イ・コルネット(Antonio Gaud&iacute; y Cornet　1852－1926)、の建築は奇抜で、独創的である。また、ガウディが生きた時期のスペインの建築は、モロッコなどからのイスラム建築の影響や、ロマネスク様式やゴシック様式といった伝統的なヨーロッパ建築の影響の両方を受けていると考えられ、興味深い。また、ガウディの活躍した時代は、カタルーニャ文化復興の運動が起こった時期でもある。そこで、彼の歴史、彼の斬新な建築アイデアの背景を追っていきたいと思う。
２．アントニオ・ガウディの生涯
ガウディは1852年6月25日、スペインのカタルーニャ地方（Catalu&ntilde;a）のレウス市（Reus）で生まれた。彼の父親、フランシスコ・ガウディ・セーラ（Francisco Gaud&iacute; Serra ,1813‐1906）は、代々続いてきた銅板加工器具の職人で、ガウディ独特の空間構成の基本には、父から受け継いだこの銅板加工のセンスが生かされていたのかもしれない。幼い頃、慢性の関節リウマチに苦しんでいた彼は、普通に学校へ通うことができなか..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ル・コルビュジェ展]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429023001@hc07/13893/]]></link>
			<author><![CDATA[ by jo_dam]]></author>
			<category><![CDATA[jo_damの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 26 Jun 2007 04:09:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429023001@hc07/13893/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429023001@hc07/13893/" target="_blank"><img src="/docs/983429023001@hc07/13893/thmb.jpg?s=s&r=1182798569&t=n" border="0"></a><br /><br />美術館レポートを書くに当たって、六本木の森美術館で開催されていた「ル・コルビュジェ展」に足を運びました。六本木ヒルズという日本で最も有名な建物の一つであるその外観や内装に興味があり、以前から見に行く機会を伺っていた建物であったことと、BRU[354]<br />美術館レポートを書くに当たって、六本木の森美術館で開催されていた「ル・コルビュジェ展」に足を運びました。六本木ヒルズという日本で最も有名な建物の一つであるその外観や内装に興味があり、以前から見に行く機会を伺っていた建物であったことと、BRUTASやhhstyle、TASCHENの1000CHAIRSなどからミッドセンチュリー家具の存在と、その文明的普遍性すら感じさせるデザインを知り、家具デザイナーとしてのル・コルビュジェに多大な関心があったというのがその理由です。
ル・コルビュジェ展のコンセプトははっきりと言葉として明言されてはいませんでしたが、もし僕がつけるならば「作品を通じてル・コルビュジェを知る」です。
展示されていた作品群は、20代から発表されていた絵画や、建築の元となったような彫刻作品から、計数十にも及ぶサンピエール寺院などの代表的な建築物の模型とその設計図、彼が提唱した集合住宅と最後に住んだといわれる小屋の原寸大模型、グラン・コンフォートをはじめとした代表的な家具、アトリエの復元と彼が実際に使っていた道具や家具、彼が編集長として発行していた雑誌など、カテゴリーとしても多岐に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[配合設計]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429222601@hc07/13025/]]></link>
			<author><![CDATA[ by opctfan]]></author>
			<category><![CDATA[opctfanの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 03 Feb 2007 11:39:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429222601@hc07/13025/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429222601@hc07/13025/" target="_blank"><img src="/docs/983429222601@hc07/13025/thmb.jpg?s=s&r=1170470342&t=n" border="0"></a><br /><br />1. 配合設計の基本方針
　コンクリートの配合設計とは、均質、所要の強度、耐久性、水密性、ひび割れ抵抗性、鋼材を保護する性能および作業に適するワーカビリティーをもったコンクリートが、経済的に得られるように、セメント、水、骨材および混和材料の[352]<br />1. 配合設計の基本方針
　コンクリートの配合設計とは、均質、所要の強度、耐久性、水密性、ひび割れ抵抗性、鋼材を保護する性能および作業に適するワーカビリティーをもったコンクリートが、経済的に得られるように、セメント、水、骨材および混和材料の割合を定めることである。
配合の選定には次の条件を満足する必要がある。
作業が可能な範囲で単位水量はできるだけ少なくする。
打ち込みに支障がない範囲で、粗骨材はできるだけ最大寸法の大きいものを用いる。
十分な強度と耐久性を備える。
水密清華要求される場合は水密な配合とする。
2. 配合設計の順序と方法
　コンクリートの配合設計は、原則として図4-1に示す順序で行う。なお、このレポートでは、主として土木学会コンクリート標準示方書の方法に準じる。
実際に使用するコンクリート材料の配合設計に必要な物理的性質を十分に調査し、その結果を用いて試験配合を選定する。
示方書又は責任技術者によって指示される配合で、一般にコンクリート1m3をつくるときに用いる材料の量すなわち単位量で示し、骨材は表面乾燥飽水状態であり、細骨材はすべて5mmふるいを通るもの、粗骨材はすべ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 建築からみた地球環境]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430171301@hc06/9230/]]></link>
			<author><![CDATA[ by gienrofy]]></author>
			<category><![CDATA[gienrofyの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 28 Jun 2006 16:41:38 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430171301@hc06/9230/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430171301@hc06/9230/" target="_blank"><img src="/docs/983430171301@hc06/9230/thmb.jpg?s=s&r=1151480498&t=n" border="0"></a><br /><br />20世紀の物質文明の発達は、人間を中心とした快適な生活空間をもたらした。しかし、地球規模の環境問題が顕在化している今、その原因は、現代人が1日または、一生のかなりの時間を過ごしている建築環境にも深く関わっているのではないかと思う。つまり、4[352]<br />20世紀の物質文明の発達は、人間を中心とした快適な生活空間をもたらした。しかし、地球規模の環境問題が顕在化している今、その原因は、現代人が1日または、一生のかなりの時間を過ごしている建築環境にも深く関わっているのではないかと思う。つまり、45億年の地球環境の変化と生命の歴史が密接な関わりをもっているように、生命が周りの環境に定義される部分が多い。そして、1日のかなりの時間を過ごす建築環境が私たちの情報発信を左右する部分も大きいということである。そのため、私は建築から見た地球環境について考えていこうと思う。
　今日の日本の建築は、大部分が25~30年で建て替えられている。しかし、建築物の寿命が短..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[  川越という都市景観]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9147/]]></link>
			<author><![CDATA[ by binkanboy]]></author>
			<category><![CDATA[binkanboyの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 22 Jun 2006 04:22:00 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9147/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9147/" target="_blank"><img src="/docs/983430219101@hc06/9147/thmb.jpg?s=s&r=1150917720&t=n" border="0"></a><br /><br />1.蔵作りの町並み
　川越の町並みの歴史&minus;明治26年の大火で１／３以上を焼失したまちの復興にあたり、江戸文化の影響を受けていた川越商人は東京にならい、耐火建築である土蔵造りを採用。明治40年（1907）ごろまでに蔵作りの町並みが形成された[336]<br />川越という都市景観
1.蔵作りの町並み
　川越の町並みの歴史－明治26年の大火で１／３以上を焼失したまちの復興にあたり、江戸文化の影響を受けていた川越商人は東京にならい、耐火建築である土蔵造りを採用。明治40年（1907）ごろまでに蔵作りの町並みが形成された。大正時代になると、洋風外観の建物が多く建てられるようになり、以後伝建築に決定された地区および、その周辺には各時代の特色を反映した建築物が共存するようになった。
　その特徴として間口が狭く奥行きの長い敷地が並ぶ。多くの建物は通りに面した場所では軒を連ねているが、それぞれ中庭を持ち、商業としての家屋と住宅としての家屋の2面性を備えている。主に家の四面を土や漆喰で塗った構造である土蔵造りの建物が並ぶ。大火で焼失した経験を生かし、耐火建築となっている。この地域は観光地となっていることもあり、建物としては飲食店や物販、博物館など様々な用途で利用されている。住宅としても使用されているが、今回それを実際に確認することはできなかった。
　また蔵作りの町並みが保全されるようになったのは、昭和40年代後半から市民による蔵造りの保存運動が始まりである。..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[都市計画レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9135/]]></link>
			<author><![CDATA[ by binkanboy]]></author>
			<category><![CDATA[binkanboyの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 22 Jun 2006 03:27:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9135/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9135/" target="_blank"><img src="/docs/983430219101@hc06/9135/thmb.jpg?s=s&r=1150914448&t=n" border="0"></a><br /><br />１１月２０日に行われた討論では都会に住むべきか田舎に住むべきかの２つに大きく分かれた。私は後者の側に立って討論に参加し、周りの意見を聞いていた。始めに良いレポートを書いた人の発表があった。それを聞いていると専攻によって着目している点が大きく[360]<br />住宅地計画レポート
　１１月２０日に行われた討論では都会に住むべきか田舎に住むべきかの２つに大きく分かれた。私は後者の側に立って討論に参加し、周りの意見を聞いていた。始めに良いレポートを書いた人の発表があった。それを聞いていると専攻によって着目している点が大きくことなっていた。都市計画を専攻している学生は住む地域、対象をマクロにとらえてレポートしていた。しかし建築を専攻している学生は地域ではなく住む家そのもの、対象をミクロ的にとらえたレポートであった。
　我々は郊外に住むべきであると考えている。それについて討論後茨城県を他の用事もあり、そのついでに回ったのだがそれについて考えたことがある。人は都心の混沌とした場所より郊外のニュータウンのような場所に住むべきだと前回のレポートで言及した。住居とは精神と肉体を休める場所である。都心で職場の近くに住むと、近すぎて精神を休める暇もないだろう。またコミュニティも作ることが出来ない。郊外だと帰宅時間がある。その間に職場と住居の精神を分けることが出来る。コミュニティや通勤時間についてはもちろん様々な意見はある。
　その郊外の新興住宅地を訪ねた。場所は..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 東京の都市成立の歴史と現在の交通問題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9127/]]></link>
			<author><![CDATA[ by binkanboy]]></author>
			<category><![CDATA[binkanboyの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 22 Jun 2006 02:54:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9127/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9127/" target="_blank"><img src="/docs/983430219101@hc06/9127/thmb.jpg?s=s&r=1150912476&t=n" border="0"></a><br /><br />私は現代の都市問題について、具体例として日本の首都東京を考えてみようと感じました｡まず始めに、近代から現在にかけての、都市計画の行われ方の変容を考えて、次に現代の東京の都市問題について考えました｡
　日本で近代的な都市整備が行われるように[356]<br />　
東京の都市成立の歴史と現在の交通問題
　私は現代の都市問題について、具体例として日本の首都東京を考えてみようと感じました｡まず始めに、近代から現在にかけての、都市計画の行われ方の変容を考えて、次に現代の東京の都市問題について考えました｡
　日本で近代的な都市整備が行われるようになったのは、明治維新によって、日本が近代的な国家に向かって歩みだした時からであった｡明治５年に東京が大火に襲われたこともあり、その後の明治２１年に市区改正条例が公布され、完璧なものではないが、都市計画が制度として明確に定められた｡この条例の制定によって、都市全体について計画や事業のあり方が定められた｡しかし、市区改正条例による都市整備の計画は長期的な計画であったため、短期的な修正が求められ、また社会情勢の変化もあり、主として市街鉄道敷設のための中心部の道路整備にとどまった｡
　第一次世界大戦から、日本の産業が急激に発展し、人や工業の都市集中が盛んになった｡そのために、計画的な整備の必要性が高まり、大正８年に市区改正条例に代わって都市計画法と市街地建築物法が制定された｡これによって、建築と都市についての本格的な..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ GISを用いたリスクマネジメント]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9111/]]></link>
			<author><![CDATA[ by binkanboy]]></author>
			<category><![CDATA[binkanboyの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 21 Jun 2006 20:48:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9111/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9111/" target="_blank"><img src="/docs/983430219101@hc06/9111/thmb.jpg?s=s&r=1150890493&t=n" border="0"></a><br /><br />GISというのはGeographic Information Systemの略で、一般的に言えば、「地理情報を取り扱う情報システムの総称」だが、分かり易く言えば&quot;コンピュータで地理的な情報(図形的なものと場所の属性を数値化したものがある)を[290]<br />GISを用いたリスクマネジメント
　GISを用いたリスクマネジメントの事例を挙げ，その内容とそれが安全・安心な社会にどのように役に立つか考察する。
　GISというのはGeographic Information Systemの略で、一般的に言えば、「地理情報を取り扱う情報システムの総称」だが、分かり易く言えば&quot;コンピュータで地理的な情報(図形的なものと場所の属性を数値化したものがある)を取り扱う技術&quot;のことである。身近な例では、最近、急速に普及したカーナビゲーションシステムもG I S技とG P S (専用の人工衛星からの電波をとらえることによって自分の位置を計測するシステム:Global Positioning System)技術の融合によって成り立っている。阪神・淡路大震災ではG I Sは、地震によって倒壊した家屋瓦礫の撤去を住民が公共団体に申請する際の申請窓口での情報管理に使われたり、建築物の被災状況や避難所の位置・人数等の変遷の分析など、実務・研究分野の様々なところで利用された。G I Sの技術そのものは以前からあり、先進的な地方公共団体、特に財務・都市計画部局等で利用されてい..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 新都市開発]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9107/]]></link>
			<author><![CDATA[ by binkanboy]]></author>
			<category><![CDATA[binkanboyの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 21 Jun 2006 17:47:36 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9107/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430219101@hc06/9107/" target="_blank"><img src="/docs/983430219101@hc06/9107/thmb.jpg?s=s&r=1150879656&t=n" border="0"></a><br /><br />１：東京の一極集中を解決するために
　高度経済成長、オリンピックと1960年代は日本も戦後の貧しさから抜け、大きく成長していった時期である。そのころ、東京の人口も年々増え続け、1962年には1000万人を超え、首都高速、新幹線、モノレール[332]<br />１：東京の一極集中を解決するために
　高度経済成長、オリンピックと1960年代は日本も戦後の貧しさから抜け、大きく成長していった時期である。そのころ、東京の人口も年々増え続け、1962年には1000万人を超え、首都高速、新幹線、モノレールなどあらゆる都市インフラが整備された。そうした東京の状況は、東京への人口集中を助長し、交通問題、住居不足などの都市問題を生んだ。
　このような東京の過密や一極集中を防ぐために、政府は1956年に首都圏整備委員会を設置し、東京都内にある大学や官公庁を東京から100km圏内のある場所に移して東京の人口を削減し、残された土地を有効利用し過密問題を解決しようとする「研究学園都市構想」を提案した。
２：筑波に新都市が開発された経緯
　首都圏整備委員会は、その候補地の条件として
首都圏内の東京からおよそ70kmから100km離れている
3000ha以上の土地
として、富士山麓、赤城山麓、那須高原、筑波山麓の4つが候補としてあがった。しかし、その中から筑波地区が選ばれた理由として
東京に近く、本省へ日帰り可能であった。
　筑波は東京から約60kmと他の候補地よりも近..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ なぜ、教会建築はバジリカ式と集中式ばかりなのか？]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430447001@hc06/8262/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happy1223]]></author>
			<category><![CDATA[happy1223の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 07 May 2006 00:05:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430447001@hc06/8262/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430447001@hc06/8262/" target="_blank"><img src="/docs/983430447001@hc06/8262/thmb.jpg?s=s&r=1146927951&t=n" border="0"></a><br /><br />１．イントロダクション
教会建築には古くから二つの形式が使われた。それはバジリカ式と集中式である。バジリカ式は長方形の形をして、入って一番奥に、奥に司祭などの聖職者が説教や儀式を行う場所があり、彼らの儀式や説教がよく見えるよう、学校の教室[356]<br />なぜ、教会建築はバジリカ式と集中式ばかりなのか？
１．イントロダクション
教会建築には古くから二つの形式が使われた。それはバジリカ式と集中式である。バジリカ式は長方形の形をして、入って一番奥に、奥に司祭などの聖職者が説教や儀式を行う場所があり、彼らの儀式や説教がよく見えるよう、学校の教室のように参拝者の座席が並べられている。日本の教会建築の多くはこの形式をとっている。集中式は正方形で、その中心に儀式や礼拝の中心となる講壇などがおかれる。また、十字の真ん中の天井にドームがかかっていることも特徴的だ。これ以外にも教会の聖堂や洗礼所の形が長い歴史の中で考え出されてもおかしくはないと思うのだが、近代前までの教会建築はほぼすべてこれらの形式に当てはまっている。しかし、どれも同じというわけではなく、基礎的な平面計画こそ似ているが、それぞれ、ドームの大きさ、側廊の数や大きさ、天井の高さやデザイン、装飾など二つと同じものがない。基本的な構造を「継承」しつつ、それぞれの建築家や職人たちが個性ある教会を「創造」しているのだ。
　　　　　　　　　集中式　　　　　　　　　　　　　　バジリカ式
２．バジリカ式と..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[建築学]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430631701@hc06/7779/]]></link>
			<author><![CDATA[ by limewire]]></author>
			<category><![CDATA[limewireの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 03 Apr 2006 20:57:33 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430631701@hc06/7779/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430631701@hc06/7779/" target="_blank"><img src="/docs/983430631701@hc06/7779/thmb.jpg?s=s&r=1144065453&t=n" border="0"></a><br /><br />　基礎条件の探求
　住宅を計画する際に求められることは、過去のいろいろな条件に関連をもっているので、建築家はこの条件を把握しておかなければならない。そのためには、まず住居が歴史的にみてどのように発展してきたのかを知り、また、現況がどうなって[358]<br />建築学
　基礎条件の探求
　住宅を計画する際に求められることは、過去のいろいろな条件に関連をもっているので、建築家はこの条件を把握しておかなければならない。そのためには、まず住居が歴史的にみてどのように発展してきたのかを知り、また、現況がどうなっているのかを知る必要がある。それを知ることで創造的提案がしばしば陥る空想的架空性を指摘するのに役立つ。しかし、この現況が具体的解決案の全てではないので、これを正しく評価して条件を決めなければならない。また、建築家の決める条件は来るべき時代を正確に見通し、それに対応できるものでなければならない。
　以上において住宅は大量に存在するので、統計学を用いて調査される。その結果、地方的に顕著な定型化を示していることがわかり、この型への集中に関する諸条件の探求や複雑高次の相関関係の解明にたいしても「型」の把握は最も有力な手段となる。
　居住方式の定立
　基礎条件の探求はつぎの諸事項を明らかにする。
国民的住居水準の過去の遺産と現況、住居状態を規定する政治的・経済的諸条件
気候的条件、建築の構造・材料的条件とそれとの関連、その相互影響
以上の上にうちたてられ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[建築構造計画レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431363101@hc05/4281/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 635ooo000]]></author>
			<category><![CDATA[635ooo000の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 23 Dec 2005 22:31:43 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431363101@hc05/4281/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431363101@hc05/4281/" target="_blank"><img src="/docs/983431363101@hc05/4281/thmb.jpg?s=s&r=1135344703&t=n" border="0"></a><br /><br />（１）建築概要
名称　せんだいメディアテーク
設計　伊東豊雄設計事務所
構造　佐々木睦朗構造計画研究所
敷地面積　　 3,948,72?
建築面積　　 2,933,12?
延床面積　　21,682,15?
階数　地下１階〜8階[270]<br />建築構造計画レポート
（１）建築概要
名称　せんだいメディアテーク 設計　伊東豊雄設計事務所 構造　佐々木睦朗構造計画研究所 敷地面積　　 3,948,72㎡ 建築面積　　 2,933,12㎡ 延床面積　　21,682,15㎡ 階数　地下１階～8階：鉄骨造　
地下２階：鉄筋コンクリート 工期　　1997年12月～2000年8月 このせんだいメディアテークは
地区図書館、市民ギャラリー、映
像センターと視聴覚障害者の情報
センターという４つの異なる企画
の混合体である。
１階は、カフェとショップ、閉
じることも可能な多目的イベント
スペースであるオープンスクエア
がある。２階は全館のアクセスイ
..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[家の構造や家具の転倒防止について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431704201@hc05/3326/]]></link>
			<author><![CDATA[ by makomako]]></author>
			<category><![CDATA[makomakoの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 22 Nov 2005 00:47:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431704201@hc05/3326/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431704201@hc05/3326/" target="_blank"><img src="/docs/983431704201@hc05/3326/thmb.jpg?s=s&r=1132588057&t=n" border="0"></a><br /><br />＝家の構造について＝
・家の形
家の形は地震の力が建物全体を平均に伝わるような単純な形が最も良く、凸凹の多い建物または大きな部屋（24畳程度）のある建物は、地震に対して弱くなるので避けた方がよい。
・壁の量及び配置
壁は、多ければ多[340]<br />構造デザイン論（２）レポート
家の構造や家具の転倒防止について
＝家の構造について＝
家の形
家の形は地震の力が建物全体を平均に伝わるような単純な形が最も良く、凸凹の多い建物または大きな部屋（24畳程度）のある建物は、地震に対して弱くなるので避けた方がよい。
壁の量及び配置
壁は、多ければ多いほど良いが、建物全体につり合いよく、4隅に設けることが大切である。建物の一部にかたよって設けると、ねじれが生じて局部的に弱い箇所ができ、被害がそこに集中する恐れがある。
また、隅角部には壁を設けることが大切であり、壁のついていない独立した柱を設けることは極力避けた方がよい。
金物の使用
建物がゆれても、柱..]]></description>

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			<title><![CDATA[内断熱と外断熱の利点と欠点]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431689001@hc05/3316/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 9953521030h]]></author>
			<category><![CDATA[9953521030hの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 21 Nov 2005 22:07:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431689001@hc05/3316/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431689001@hc05/3316/" target="_blank"><img src="/docs/983431689001@hc05/3316/thmb.jpg?s=s&r=1132578424&t=n" border="0"></a><br /><br />　まず、「外断熱」の利点と欠点について述べていきたいと思う。外断熱とは、簡単にいえば、建物全体を断熱材で覆ってしまう断熱方法である。（下図参照）　またそれは　コンクリート造のような蓄熱性の高い物質に断熱を施す場合の呼び方であり、木造のように[360]<br />内断熱と外断熱の利点と欠点　
　まず、「外断熱」の利点と欠点について述べていきたいと思う。外断熱とは、簡単にいえば、建物全体を断熱材で覆ってしまう断熱方法である。（下図参照）　またそれは　コンクリート造のような蓄熱性の高い物質に断熱を施す場合の呼び方であり、木造のように蓄熱性のほとんどないものへの断熱では外張断熱と呼んで区別されている。
　　　　　　　　　　　　　　 
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　外断熱
　では外断熱の利点はどこにあるのだろうか。外断熱の一番の利点は、熱を蓄える蓄熱層があるということである。それは例えば、冬の寒い日に室内の暖房スイッチを切ったとする。内断熱の場合、断熱材の室内側には内壁しかないので、スイッチを切ったと同時に室温は下がり始める。それに変わって外断熱の場合は断熱材の内側は柱等の構造材があり、その内側に室内がある。その構造材が熱を蓄える蓄熱体となり蓄えている熱を少しずつ室内に放出するため、室内の温度がなかなか下がらないのである。また、窓もドアも十分に断熱したコンクリート外断熱住宅では、壁・天井・床の温度差が小さくなり、暖かさの感じ方が強くなる。反対..]]></description>

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			<title><![CDATA[ゴシック建築の流れ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432214201@hc05/1922/]]></link>
			<author><![CDATA[ by wdodgy]]></author>
			<category><![CDATA[wdodgyの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 29 Jul 2005 23:31:54 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432214201@hc05/1922/" target="_blank"><img src="/docs/983432214201@hc05/1922/thmb.jpg?s=s&r=1122647514&t=n" border="0"></a><br /><br />ゴシック建築は始まりがはっきりしておらず、12世紀の中頃、シュジェの指導によってサン・ドニ修道院の増改築がなされ、それでゴシックの様式が完成したとされている。ゴシック様式はその後、たちまちフランス・ドイツを始めとしてイタリアを除くヨーロッパ[356]<br />ゴシック建築について
☆ゴシック建築の流れ
ゴシック建築は始まりがはっきりしておらず、12世紀の中頃、シュジェの指導によってサン・ドニ修道院の増改築がなされ、それでゴシックの様式が完成したとされている。ゴシック様式はその後、たちまちフランス・ドイツを始めとしてイタリアを除くヨーロッパ全域に広まった。シュジェは神聖な光に包まれた新しい空間を目指しました。「もっとも光り輝く窓からの驚嘆すべき、絶え間無い光が内部の美しさに染み渡り、教会堂全体が光り輝く」と述べている。同時代人であるシトー修道院の聖ベルナーナが禁欲的な空間を求め、建物を飾る黄金や宝石を攻撃したのに対し、シュジェはきらきらとした空間を追求して、未曾有の建物を実現した。
ちなみに、サン・ドニ修道院はキリスト教世界と建築空間が劇的に結びついた世界の始まりとされている。　
このように思想と芸術が一体となった劇的な内部空間を創造してきた。そして、構造と意匠が一体となったデザインという意味では現代では「ハイテク」と呼ばれる現代建築スタイルとの共通点が見られる。
ゴシックという名称は、ローマ人は軽蔑をこめてつけたもので、北部のゲルマン人、中..]]></description>

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			<title><![CDATA[フランク王国]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432221101@hc05/1440/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 02a1113]]></author>
			<category><![CDATA[02a1113の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 24 Jul 2005 20:14:47 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432221101@hc05/1440/" target="_blank"><img src="/docs/983432221101@hc05/1440/thmb.jpg?s=s&r=1122203687&t=n" border="0"></a><br /><br />まず、フランク王国の成立から見ていくことにする。フランク族はゲルマン民族の一部だった、ゲルマン民族大移動が行われ、フランク族はいくつかの支族に分かれ、ライン川の東岸、中、下流に定住し、四世紀頃にはライン川を越え北ガリア地方へと進出していった[360]<br />　　　　　　　　　　　＜フランク王国の盛衰とその文化＞ 　　　　　　　　　　　　　　　１Ｂ０３０１８２－８　江里口　雄介
　　まず、フランク王国の成立から見ていくことにする。フランク族はゲルマン民族の一部だった、ゲルマン民族大移動が行われ、フランク族はいくつかの支族に分かれ、ライン川の東岸、中、下流に定住し、四世紀頃にはライン川を越え北ガリア地方へと進出していった。ここで注目すべき点は、ほかのゲルマン諸族が原住地を離れ大移動したのに対し、フランク族は原住地を確保しつつ、移動は短距離しか行わなかったという点である。地盤をかためつつ、無駄なリスクを負わないことで、以後の発展につながっていくのである。ゲルマン人はそもそもローマ帝国で異端とされたアリウス派（３２５年に異端とされる）を信仰していたが、４８１年にフランク族を統一し「メロヴィング朝」を創始したクローヴィスが臣下約３０００人とともに正統のアタナシウス派に改宗し、この改宗が功を奏し、というよりクローヴィスが陰謀と奸計を得意とした点から見ると、計画的であったのだろうが、ローマ系出身者、ローマ教会と提携し力を伸ばすことができた。以後フランク..]]></description>

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