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		<title>タグ“存在論”の公開資料</title>
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		<description>タグ“存在論”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[存在論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428998701@hc07/13142/]]></link>
			<author><![CDATA[ by oyuuo2005]]></author>
			<category><![CDATA[oyuuo2005の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 06 Feb 2007 14:22:26 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428998701@hc07/13142/" target="_blank"><img src="/docs/983428998701@hc07/13142/thmb.jpg?s=s&r=1170739346&t=n" border="0"></a><br /><br />哲学概論II
●西洋哲学（Philosophy）●
古代ギリシア、スコラ哲学、イギリス経験論、ドイツ観念論など、ヨーロッパで興った 哲学 のことで、またはその流れを汲む哲学のことです。語源はギリシャ語のphilosophia「知への愛」。東[306]<br />哲学概論II
●西洋哲学（Philosophy）●
古代ギリシア、スコラ哲学、イギリス経験論、ドイツ観念論など、ヨーロッパで興った 哲学 のことで、またはその流れを汲む哲学のことです。語源はギリシャ語のphilosophia「知への愛」。東洋哲学と対置されます。その西洋の考え方の中でも存在論について考えたいと思います。
●存在論●
はじめに・・・・
コップを手で持ちました。水が入っているので、冷たいと感じました。また激しく上下したので、水が犬に掛かってしまいました。犬は水でビショビショです。
では、本当の本当に、犬は水でビショビショでしょうか。この目で見たので本当だ、と私たちは思うでしょう。では、本当に水は冷たかったのでしょうか。肌で感じたので確かだ、と思うでしょう。では、本当に水は、コップは存在しているのでしょうか。経験で、感情で、感覚で、「確かに存在している」と、私たちは普通考えるでしょう。しかし、もし、気がつかないうちに、私たちの体は機械に入れられ、電気信号を体に送られ、あたかもバーチャルの世界を本当の世界だと思い込まされていたら、どうでしょう。私たちが直接あてに出来るものは、こ..]]></description>

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			<title><![CDATA[ 教師の行為論・存在論について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430463001@hc06/10046/]]></link>
			<author><![CDATA[ by miki0107]]></author>
			<category><![CDATA[miki0107の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 27 Jul 2006 04:31:05 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430463001@hc06/10046/" target="_blank"><img src="/docs/983430463001@hc06/10046/thmb.jpg?s=s&r=1153942265&t=n" border="0"></a><br /><br />　１．「見守る」
　生徒は主に学校や家庭といった生活に密着している場所で、様々な経験を通じて人と共に成長していき、その成長の過程で成功や失敗を繰り返しながら、より大人に近づいていくと言える。そのような成長過程において、生徒自身が問題につま[356]<br />「教師の行為論・存在論について」
１．「見守る」
　生徒は主に学校や家庭といった生活に密着している場所で、様々な経験を通じて人と共に成長していき、その成長の過程で成功や失敗を繰り返しながら、より大人に近づいていくと言える。そのような成長過程において、生徒自身が問題につまづいて、壁にぶつかることもある。そのような時、教師は保護者のように子供を庇うでもなく、危険から守ってあげるのでもなく、ただ「見守る」ことを必要とされているのではないかと私は思う。
　なぜなら、私は失敗も大事な経験だと考えるからである。教師や保護者といった大人は、生徒よりも年齢を重ねている分、冷静で慎重な考え方をする。大人から見れば、子供が平均台の上をふらふら危なげに歩いているような人生に思えることもあるだろう。しっかりと安定した道を歩いてほしいと望む親も少なくない。しかし、道は１つとは限らない。平均台から落ちてから新たな道が拓くことも在る。挫折や失敗から学ぶこともあり、また、
その失敗の壁を乗り越えられた時自信がつき、成長できたと感じられるようになる。
　教師に求められているものとして、生徒の自主性を育てることがある。こ..]]></description>

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