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		<title>タグ“多言語”の公開資料</title>
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		<description>タグ“多言語”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[EUにおいて多言語の問題はどのように克服され得るか]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430407701@hc06/12070/]]></link>
			<author><![CDATA[ by このは]]></author>
			<category><![CDATA[このはの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 15 Dec 2006 09:15:08 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430407701@hc06/12070/" target="_blank"><img src="/docs/983430407701@hc06/12070/thmb.jpg?s=s&r=1166141708&t=n" border="0"></a><br /><br />「ＥＵにおいて多言語の問題はどのように克服され得るか。」
　ヨーロッパの統合を考えるとき、言語の問題は避けては通れない。かつてヨーロッパには共通の宗教であるキリスト教があり、それに関連してラテン語という共通の言語が聖職者や知識人の間で用いら[358]<br />「ＥＵにおいて多言語の問題はどのように克服され得るか。」
　ヨーロッパの統合を考えるとき、言語の問題は避けては通れない。かつてヨーロッパには共通の宗教であるキリスト教があり、それに関連してラテン語という共通の言語が聖職者や知識人の間で用いられていた。しかし現在、ヨーロッパは狭い地域に小さな国がひしめき合っており、各人はそれぞれ「母語」を持っている。統一通貨ユーロを導入したのと同じ発想で、単一言語制を導入しようとする単純な考えは非現実的である。
　EUでは現在、「言語の尊重を通じて加盟国の文化の多様性を尊重する」という大原則に基づいて多言語主義をとっている。しかし翻訳・通訳の問題がある現実派否め..]]></description>

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			<title><![CDATA[図書館における多文化サービスについて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431519401@hc05/3619/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tomatro]]></author>
			<category><![CDATA[tomatroの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 04 Dec 2005 01:14:32 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431519401@hc05/3619/" target="_blank"><img src="/docs/983431519401@hc05/3619/thmb.jpg?s=s&r=1133626472&t=n" border="0"></a><br /><br />１、はじめに
　日本における図書館は、国家の歴史的事業を保管するための文書の記録館として捉えられてきた。これは古代中国の考え方をそのまま真似たものであった。しかし戦後、アメリカ式図書館法が導入され、日本でもようやく図書館は〈市民のための施[356]<br />図書館における多文化サービス
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
１、はじめに
　日本における図書館は、国家の歴史的事業を保管するための文書の記録館として捉えられてきた。これは古代中国の考え方をそのまま真似たものであった。しかし戦後、アメリカ式図書館法が導入され、日本でもようやく図書館は〈市民のための施設〉と定義づけられるようになる。今日の公共図書館は「利用者を中心とした動的な知識の集合体で、その存在と発展は母体機構の制約と影響を受ける」ものである。（１）つまり今日の日本の図書館は利用者の知的要求に対し、その要求に応えることで発展してきたのだ。
　しかし近年、外国人労働者の増加により、日本でもその母体機構が多様になってきている。それに伴い、図書館では他文化サービスという新しいサービスを受け入れ始めた。そこで、各国の多文化サービスが現在抱えている問題点を通し、日本における多文化サービスのあり方について考えてみる。
２、アメリカ・カナダ・ドイツにおける多文化サービスの問題と対策
「多文化サービスと一口に言っても、その民族的構成や各マイノリティの背景、彼らへの対応は国や時代により..]]></description>

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			<title><![CDATA[『多言語話者の内省』：多言語話者としてコミュニケーション上問題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431978601@hc05/2279/]]></link>
			<author><![CDATA[ by love you]]></author>
			<category><![CDATA[love youの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 27 Sep 2005 11:49:52 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431978601@hc05/2279/" target="_blank"><img src="/docs/983431978601@hc05/2279/thmb.jpg?s=s&r=1127789392&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに
香港には多言語話者が多いである。もちろん、大部分多言語話者は、母語の広東語と標準中国語を第一言語として、英語を第二言語として学ぶ。私は、大学生のとき、日本語を勉強して始めた。韓国語も大学に卒業したあとで始めた。小さいがらずっと勉[356]<br />『多言語話者の内省』：多言語話者としてコミュニケーション上問題
はじめに
香港には多言語話者が多いである。もちろん、大部分多言語話者は、母語の広東語と標準中国語を第一言語として、英語を第二言語として学ぶ。私は、大学生のとき、日本語を勉強して始めた。韓国語も大学に卒業したあとで始めた。小さいがらずっと勉強していた広東語、中国語（母は台湾人のおがけで）と英語しか流暢に話せない私、日本語と韓国語でコミュニケーション上問題が多いと思う。このエーセイは、多言語話者として、内省しながら、コミュニケーション上問題を討論して、アドバイスをする。
コミュニケーションということは、意志の伝達をはかることである。つもり、言語だけではなく、非言語のことも含むことである。個人の背景にある文化を意識していて、話し言葉への感情の込め方である 。
文法上の問題
コミュニケーションというは、文法は第一歩である。文法は必ず能力で、正確に流暢に表現するようである。現実に応用する際、間違いなく、正しい言葉を選ぶ。
両語三文として多言語話者の私、よくある問題は、文法上の問題である。特に、中国語、英語と日本語は、違い言語のモデル..]]></description>

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			<title><![CDATA[多言語主義をめぐる問題と今後の日本]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1938/]]></link>
			<author><![CDATA[ by laughmaker]]></author>
			<category><![CDATA[laughmakerの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 30 Jul 2005 09:43:59 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1938/" target="_blank"><img src="/docs/983432158301@hc05/1938/thmb.jpg?s=s&r=1122684239&t=n" border="0"></a><br /><br />現在は、情報化やグローバル化が急速に進んでいる時代であることは間違いない。メディアの発展と拡大する市場経済は、確実に地球を小さなものとし、インターネットは、その流れを決定的なものにしている。こうしたグローバル化の実現は、たしかに積極的に捉え[360]<br />2005年度　言語社会学　
多言語主義をめぐる問題と今後の日本
現在は、情報化やグローバル化が急速に進んでいる時代であることは間違いない。メディアの発展と拡大する市場経済は、確実に地球を小さなものとし、インターネットは、その流れを決定的なものにしている。こうしたグローバル化の実現は、たしかに積極的に捉えるべき点も多いのだが、一方で、世界を画一化した方向に向かわせる懸念も持たれている。中でも、少数言語の消滅という問題はシリアスだ。メディアそのものの影響力が飛躍的に巨大化している今、言語＝文化の多様性が危ういものになっている。インターネット社会というものは、いうまでもなく英語を中心とした社会である。これも手伝って、英語を世界の普遍言語のように扱い、世界の言語をひとつに統一しようという「英語帝国主義」＝｢一言語主義（モノリンガル）｣の流れがある。「英語帝国主義」の影響はすでに世界各地に及んでいる。しかし、一方で、人々の国境を超えた移動が激しくなっている今だからこそ、均質性を目指す強制である単一言語国家ではなく、多様なものの共生という新しい社会統合の形が求められている。つまり、世界全体において..]]></description>

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