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		<title>タグ“多文化主義”の公開資料</title>
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		<description>タグ“多文化主義”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[「ニューカマー」の子どもたちの母語保持について考える［東京学芸大学・教育学部・評価A］]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/6803/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kenjiro55]]></author>
			<category><![CDATA[kenjiro55の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Feb 2006 09:31:51 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430795301@hc06/6803/" target="_blank"><img src="/docs/983430795301@hc06/6803/thmb.jpg?s=s&r=1139963511&t=n" border="0"></a><br /><br />第１章：授業内容の要約　バイリンガルは、モノリンガルの社会に合わせることを要求されるために、最大限に自分の言語能力を開花させることができない。そのため、言語能力が劣るとか、自己確立が困難であるとか、誤解されやすい。しかし、実際にはそんなこ[358]<br />「ニューカマー」の子どもたちの母語保持について考える
第１章：授業内容の要約
　バイリンガルは、モノリンガルの社会に合わせることを要求されるために、最大限に自分の言語能力を開花させることができない。そのため、言語能力が劣るとか、自己確立が困難であるとか、誤解されやすい。しかし、実際にはそんなことはない。世界にはマルチリンガルの国はいくらでもあるし、その国の人々もきちんと自己確立できている。
　Cumminsによれば、第二言語は既に獲得している第一言語に依存して発達するのであり、逆に言えば、母語が不完全な状態で第二言語を獲得しようとすると、セミリンガルになってしまう可能性があるということである。
　アメリカ（イリノイ州の事例）では、１９８０年代までは多文化主義で、維持型のバイリンガル教育を行ってきたが、予算の問題が出てきたのと、英語一本で教育を行ったほうが学力が上がるとの考え方から、今では英語の習得を目指すことを大前提にした、移行型バイリンガル教育を行っている。ここでは、母語保持は目的としていない。しかし、長期的に見ると、母語を大事にすることに意味があるかもしれず、この点ではまだ未知数で..]]></description>

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			<title><![CDATA[幼児教育がもつ日本の国際化への可能性]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430758501@hc06/6747/]]></link>
			<author><![CDATA[ by xgofvy]]></author>
			<category><![CDATA[xgofvyの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 14 Feb 2006 15:51:05 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430758501@hc06/6747/" target="_blank"><img src="/docs/983430758501@hc06/6747/thmb.jpg?s=s&r=1139899865&t=n" border="0"></a><br /><br />１．	はじめに
　第二次世界大戦が終結してから約60年が経過し、帝国主義の時代から冷戦を経て、人々の生活は大きく変わった｡その変化は、科学技術の発達や家電の普及などといった物質的な変化のみならず、私たちの心のあり方自体が変わったといえるだ[350]<br />｢幼児教育がもつ日本の国際化への可能性｣
はじめに
　第二次世界大戦が終結してから約60年が経過し、帝国主義の時代から冷戦を経て、人々の生活は大きく変わった｡その変化は、科学技術の発達や家電の普及などといった物質的な変化のみならず、私たちの心のあり方自体が変わったといえるだろう。｢ヒト｣｢モノ｣｢カネ｣｢情報｣が国境を越える、とよく言われるように、町には情報があふれ、1時間前に地球の裏側で起こった出来事を、今、知ることができる。そして近年の、特に日本における一番の変化は、町を行き交う外国人が増えたことではないだろうか。5・6年前までは、繁華街はともかく住宅街を歩いている外国人は好奇の目にさらされるものだった。しかし、現在では外国人が隣に住んでいても珍しくなくなった。このような状況に際し、私たち日本人も彼らと共に生きていくためにどうすればいいか考え、変わっていかなければならない。
一言で｢変わる｣といっても、排他的な島国に日本住む私たちにとって外国人を隣人として受け入れるのはかなり難しい。なぜならこれは、日本人の意識や考え方にかかわる変化だからだ。しかし、難しいからといってこの世界的な国..]]></description>

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			<title><![CDATA[イギリスの幼稚園における多文化主義教育の現状と問題点]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430758501@hc06/6746/]]></link>
			<author><![CDATA[ by xgofvy]]></author>
			<category><![CDATA[xgofvyの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 14 Feb 2006 15:44:09 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430758501@hc06/6746/" target="_blank"><img src="/docs/983430758501@hc06/6746/thmb.jpg?s=s&r=1139899449&t=n" border="0"></a><br /><br />１．	はじめに
　｢多文化教育｣1970年代にバンクスによって初めて用いられたこの言葉は、さまざまな文化的背景をもつ人々が暮らす社会･国において、どのような方法で教育を施していくべきかについての理論と実践をさす。その対象はカナダのように一[346]<br />｢イギリスの幼稚園における多文化主義教育の現状と問題点｣
はじめに
　｢多文化教育｣1970年代にバンクスによって初めて用いられたこの言葉は、さまざまな文化的背景をもつ人々が暮らす社会･国において、どのような方法で教育を施していくべきかについての理論と実践をさす。その対象はカナダのように一つの国家の中に複数の文化圏が存在する国や、移民を受け入れによってできたエスニックマイノリティを抱える国などさまざまである。国際化が進む今日の世界では、特に都市部で違った文化をもつ人がおりまざって暮らしており、多文化教育を考えることはどの国においても避けられないものになってきた。帝国主義の時代に覇権国家として圧倒的な力をもち、多くの植民地を有していたイギリスもその例外ではない。むしろ、エスニックマイノリティを抱える多文化教育の先駆けとして、他国をリードしてきたとも言えるだろう。1970年代半ばにそれまでの同化主義から一転して、多元主義をとりはじめたイギリスでは、その政策を大きく転換させてから30年、現在はどのような状況にあるのだろうか。
　私は、長い大学の夏休みを利用してイギリスに滞在した。ホームステイ..]]></description>

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			<title><![CDATA[カナダ・オーストラリアにおける「多文化主義」について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431336301@hc05/5510/]]></link>
			<author><![CDATA[ by marierock]]></author>
			<category><![CDATA[marierockの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 19 Jan 2006 23:01:37 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431336301@hc05/5510/" target="_blank"><img src="/docs/983431336301@hc05/5510/thmb.jpg?s=s&r=1137679297&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに
　「多文化主義」を辞書で引くと、「一社会に複数の文化が対等な関係で共存することをよしとする考え方。他民族国家における民族間関係の一モデルでもある」とある。関根政美の『多文化主義の到来』によると、カナダやオーストラリアで「多文化主[356]<br />　　　　　カナダ・オーストラリアにおける「多文化主義」について
はじめに
　「多文化主義」を辞書で引くと、「一社会に複数の文化が対等な関係で共存することをよしとする考え方。他民族国家における民族間関係の一モデルでもある」とある。関根政美の『多文化主義の到来』によると、カナダやオーストラリアで「多文化主義」の有効性が認識され始めたのは1970年代であった。また、「その後、英国、スウェーデン、その他のヨーロッパでも程度に差こそあれ、移民・難民、外国人労働者あるいは周辺地域民族集団の統合策として導入されている」とある(42-43)。そこで、この「多文化主義」をいち早く取り入れたカナダとオーストラリアに焦点を当て、一章ではカナダにおける、二章ではオーストラリアにおける、「多文化主義」の誕生や歴史的背景について述べる。さらに三章では、両国の類似点に、四章では相違点について述べていく。
一章：カナダにおける「多文化主義」の誕生と歴史的背景
　西川長夫らによる『多文化主義・多言語主義の現在：カナダ・オーストラリア・そして日本』（以下『多文化主義・多言語主義』）のカナダの章の「カナダの多文化主義の意味..]]></description>

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