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		<title>タグ“地域研究”の公開資料</title>
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		<description>タグ“地域研究”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[area studies-report]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958671980916@hc09/52534/]]></link>
			<author><![CDATA[ by iyeyasu]]></author>
			<category><![CDATA[iyeyasuの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 15 Jul 2009 05:55:10 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958671980916@hc09/52534/" target="_blank"><img src="/docs/958671980916@hc09/52534/thmb.jpg?s=s&r=1247604910&t=n" border="0"></a><br /><br />－中間レポート－
１．国民国家
　　　　　２．開発主義＜開発体制＞
国民国家（Nation－State）
序論
韓国人である自分が留学という形で日本という国で滞在していることとして、自分は韓国国民として日本と韓国の両国で認められて[318]<br />－中間レポート－
１．国民国家
　　　　　２．開発主義＜開発体制＞
国民国家（Nation－State）
序論
韓国人である自分が留学という形で日本という国で滞在していることとして、自分は韓国国民として日本と韓国の両国で認められている。国民を必要とする考え方から始まった国民国家には「国民」という要素が必ず必要になる。
国民国家の概念において現在も様々な研究が進められているが、本レポートでは国民国家の形成や定義、自分が考えた「国民国家の概念」をまとめてみたい。
　
２．　本論
　　　　　　　
　　　　　　　　国民国家の形成は国民国家の起源である国民主義（Nationalism）が台頭したのは１９世紀
ヨーロッパであり、「これは国家が国民のためだけに存在すべきである」という概念を基にした政治的な思想である。 
　　　　　　　一方、国民国家の特徴とは何か。西川長夫の「日本型国民国家の形成」『幕末・明治の国民国家形成と文化変容』（新曜社、1995）に三つの特徴が箇条書きされているので多少長くなるが、以下に引用してみたい。
「第一に、国民国家と呼ばれているものは、原理的には、国民主権と国家主権に..]]></description>

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			<title><![CDATA[ 地域統合・協力論　東アジアＦＴＡについて]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431094101@hc06/7864/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mitarai226]]></author>
			<category><![CDATA[mitarai226の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 11 Apr 2006 01:48:22 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431094101@hc06/7864/" target="_blank"><img src="/docs/983431094101@hc06/7864/thmb.jpg?s=s&r=1144687702&t=n" border="0"></a><br /><br />　東アジア共同体を形成するにあたって、まず経済面・政治面においても主導的役割を担うのは、まちがいなくＡＳＥＡＮ＋３の＋３とされる、日本、中国、韓国であるだろう。今回はこの３カ国それぞれにおける問題を個別に見ていき、東アジアにおける政治共同体[360]<br />東アジア共同体について
　東アジア共同体を形成するにあたって、まず経済面・政治面においても主導的役割を担うのは、まちがいなくＡＳＥＡＮ＋３の＋３とされる、日本、中国、韓国であるだろう。今回はこの３カ国それぞれにおける問題を個別に見ていき、東アジアにおける政治共同体の可能性を論じてみたい。
　ＥＣからＥＵへと、ヨーロッパにおける共同体は経済的共同体から、ついには統一通貨を発行し、統一法を協議するまでに至った政治共同体へと長年の歳月を費やして今日に至る。ＮＡＦＴＡもまた、北米参３カ国間の自由貿易のための連帯であって、地域統合のプロセスは、まず最初に経済的連帯からスタートするのが基本である。東アジアにおいては、東南アジア主要国で構成されるＡＳＥＡＮに、日本・中国・韓国の３カ国を足したＡＳＥＡＮ＋３間の間で、個別にＦＴＡ交渉が展開されている。よく言われることだが、ＡＳＥＡＮ＋３として、ひとつの経済共同体を形成・自由貿易圏が存在しているというよりも、ＡＳＥＡＮと日本、ＡＳＥＡＮと中国、ＡＳＥＡＮと韓国といったＡＳＥＡＮに三本柱が独立して、くっついていると言ったところだろうか。しかし、広く東アジア..]]></description>

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			<title><![CDATA[アメリカの一国主義と文化多元主義の二面的相関関係]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430758501@hc06/6760/]]></link>
			<author><![CDATA[ by xgofvy]]></author>
			<category><![CDATA[xgofvyの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 14 Feb 2006 16:20:08 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430758501@hc06/6760/" target="_blank"><img src="/docs/983430758501@hc06/6760/thmb.jpg?s=s&r=1139901608&t=n" border="0"></a><br /><br />１．	はじめに
　2002年9月11日世界中を震撼させた同時多発テロ事件が起きた。それは史上まれに見るアメリカ本土に対する攻撃であった。同時多発テロは、近年京都議定書への不参加などアメリカの外交政策に一貫して存在してきた一国主義に対するイ[340]<br />『アメリカの一国主義と文化多元主義の二面的相関関係』
はじめに
　2002年9月11日世界中を震撼させた同時多発テロ事件が起きた。それは史上まれに見るアメリカ本土に対する攻撃であった。同時多発テロは、近年京都議定書への不参加などアメリカの外交政策に一貫して存在してきた一国主義に対するイスラム勢力の蜂起であり、世界貿易センタービルというアメリカの覇権経済の象徴に対しての攻撃であり、さまざまな意味を持つ。本来なら、攻撃によってアメリカ合衆国の自己中心的な考え方に気づいてそれを見直し、一国主義を改めても良いはずであったのだが、彼らはむしろテロを絶対悪とみなし、一国中心主義的な態度を強めていった。その結果行われたのが、アフガニスタンへの空爆とイラク戦争である。もちろん、反戦を唱える人も多くいたが、根拠が不明確な戦争であるにもかかわらず、これらの戦争に対し、メディアにあおられた合衆国国民の多くは戦争へと突き進んでいく連邦政府を支持した。しかし、2004年5月頃から、回復しないイラクの治安とアメリカ軍兵の死亡者の増加を受け、メディアや国民感情は政府不支持へと傾いてきたという。国民の愛国心にある種の..]]></description>

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			<title><![CDATA[地域研究におけるアジア・中国]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/598/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ちゆう]]></author>
			<category><![CDATA[ちゆうの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 24 Jun 2005 23:23:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/598/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432340601@hc05/598/" target="_blank"><img src="/docs/983432340601@hc05/598/thmb.jpg?s=s&r=1119623024&t=n" border="0"></a><br /><br />アジアや中国における地域研究は、日本も属しているアジアの研究であるために、非常に重要なものであるとともに、ともすれば安易になりがちである。（中略）さて、その地域を研究するにあたってやはり重要視されるべきなものは現地言語をマスターした上での現[360]<br />地域研究におけるアジア・中国
アジアや中国における地域研究は、日本も属しているアジアの研究であるために、非常に重要なものであるとともに、ともすれば安易になりがちである。さらにアジア・太平洋戦争における日本の侵略（自民党の政治家や右翼や日本遺族会が何といおうが、侵略であることは疑い得ない。それをきちんと認めた上で改めてアジア・太平洋戦争とは何だったのかを考える必要がある）の過去の存在から、現地の人々の反発もあり、及び腰になることも場合によっては考えられる。また、日本人は、たとえば長年の歴史を誇る中国文化に対する尊敬やあこがれを持つ一方、明治維新以後、アジアでもっとも早く工業化に成功したこともあって、脱亜的考え、すなわちアジア諸国を蔑視してしまうこともある。これでは研究がうまく行くはずもなく、双方の不信が増すのみである。研究の際にはこのような古くからある日本人の考えに偏る危険は排除せねばならないだろう。
さて、その地域を研究するにあたってやはり重要視されるべきなものは現地言語をマスターした上での現地調査であることは言うまでもない。日本国内で考えるとつい日本の尺度や、研究者自らの価値判断や論..]]></description>

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			<title><![CDATA[地域研究の文化主義的アプローチ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432373401@hc05/520/]]></link>
			<author><![CDATA[ by matudasigoto]]></author>
			<category><![CDATA[matudasigotoの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 21 Jun 2005 22:47:52 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432373401@hc05/520/" target="_blank"><img src="/docs/983432373401@hc05/520/thmb.jpg?s=s&r=1119361672&t=n" border="0"></a><br /><br />地域研究において、その大きな立場・思考として、学際的認識と総合的認識とが存在する。このうち総合的認識は、研究対象を全体像として体系化するために、政治・経済・宗教など、内部の様々な要素とその関連性を探るものである。その過程で重要なことは、研究[360]<br />　地域研究において、その大きな立場・思考として、学際的認識と総合的認識とが存在する。このうち総合的認識は、研究対象を全体像として体系化するために、政治・経済・宗教など、内部の様々な要素とその関連性を探るものである。その過程で重要なことは、研究者の視点から対象を見るのではなく、内部の論理によって説明・分析することである。その際に用いられるのが、「文化主義的アプローチ」である。
　文化主義的アプローチとは、対象を文化のフィルターを通して理解する分析方法である。つまり、対象地域で起こった事象などを分析する際、その因果関係を対象内部における文化の性格や価値観の中から見出すのだ。
研究者が自身の属する社会以外を研究する場合、両者の社会間には、必ず歴史・地理・宗教・一般的常識などといった文化の相違が存在する。そのため、文化主義的アプローチを意識せずに研究を行うと、様々な事柄の意味合いや影響、またその事柄自体を、研究者自身の尺度で認識することになる。この認識は、その事象をさらに評価・判断しようという作用を持つ。これに対し、文化主義的アプローチでは、分析結果を対象地域の尺度や文化の文脈に求めるため、全..]]></description>

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