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		<title>タグ“国際社会学”の公開資料</title>
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		<description>タグ“国際社会学”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[マス・コミュニケーション概論夏季課題レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956711508104@hc10/64653/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tokisuke]]></author>
			<category><![CDATA[tokisukeの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 12 Mar 2010 21:08:46 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956711508104@hc10/64653/" target="_blank"><img src="/docs/956711508104@hc10/64653/thmb.jpg?s=s&r=1268395726&t=n" border="0"></a><br /><br />マス・コミュニケーション概論夏季課題レポート
ヒトと他の生物の決定的違いを鑑みるとき、さまざまな事象が思い浮かんでは消えていくが、やはり道具を作り操れるということ、二足歩行であること、そして何より言語能力を有していることであろう。これらわれわれ人類特有の事柄は、われわれ人類の「進化」のキーポイントを握っている。これらキーポイントを考察し探求せずには、人類の進化の過程という深遠なる謎は、永遠にわれわれの前から姿を隠し続けるであろう。
さて、言語能力の話である。今現在、一説によると全世界には約６８００語もの言語が存在しているという。数からみれば、英語や日本語などはホモ・サピエンスという種においてほんの6800分の1に過ぎないということになる。もっとも、大航海時代以降、世界各地でかなりの数の自然民族が「文明化」されたり、絶滅したりしているのは明白なので、大航海時代以前は今よりもはるかに多数の言語が存在していたと推定される。
言語はわれわれ人類にとってなくてはならないものだ。しかしその言語の始まりを正確に特定することは至極至難である。言語は「化石ならない」からだ。考古学ではこういった場合、ソフ..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[家族社会学特講　レポート課題 障害者家族を生きる]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956711508104@hc10/64654/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tokisuke]]></author>
			<category><![CDATA[tokisukeの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 12 Mar 2010 21:08:47 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956711508104@hc10/64654/" target="_blank"><img src="/docs/956711508104@hc10/64654/thmb.jpg?s=s&r=1268395727&t=n" border="0"></a><br /><br />家族社会学特講　レポート課題
批評対象
土屋葉2002「障害者家族を生きる」勁草書房
　「障害者家族を生きる」と銘打たれた文献であるが、その内容・結論は障害者家族だけにとどまらず、現代家族に対するひとつの「家族」のあり方を提示している。著者は本の中で繰り返し実用的な視点、当事者たちの視点が障害者家族を論じるうえで欠けてきたと主張し、この欠けてきた「経験」という主観的視点を取り入れることに挑戦していると宣言する。文献は序章と終章、そして7つの章から成り立っていて、障害者家族にまつわる、障害者たちの脱家族運動から、障害者家族研究の系譜、障害者にまつわる社会制度、障害者に対する社会や家族からの見られ..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[現代社会論特講 夏季課題レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956711508104@hc10/64655/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tokisuke]]></author>
			<category><![CDATA[tokisukeの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 12 Mar 2010 21:08:47 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956711508104@hc10/64655/" target="_blank"><img src="/docs/956711508104@hc10/64655/thmb.jpg?s=s&r=1268395727&t=n" border="0"></a><br /><br />現代社会論特講夏季課題レポート
　ユダヤ人は頭が良いらしい。
頭が良いというのは、人生において何事も機動力があるということだ。
最近書店をめぐると、どうもユダヤ人の思考法を取り扱った書籍が目に付いて仕方がない。
アメリカは数パーセントのユダヤ人に牛耳られているという有名な言説から始まって、日本人のユダヤ人への憧れというものを感じる。あの「ストイックな生き方」をすると言われるユダヤ人のイメージが日本人の不全感を煽るのだろうか。
かく言う私もユダヤ人の思考法についてとうとうと語り綴っている本を手にとったことがある。それらによれば、彼らは人生の勝利者とやらになるための生き方を幼いころから叩き込まれる..]]></description>

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			<title><![CDATA[現代日本文学　読書 『ＴＶピープル』]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956711508104@hc10/64656/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tokisuke]]></author>
			<category><![CDATA[tokisukeの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 12 Mar 2010 21:08:47 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956711508104@hc10/64656/" target="_blank"><img src="/docs/956711508104@hc10/64656/thmb.jpg?s=s&r=1268395727&t=n" border="0"></a><br /><br />現代日本文学（７）
『ＴＶピープル』
　私が何故『ＴＶピープル』を選んだのか。『ＴＶピープル』という表題に、ものすごい毒気と揶揄を感じたからだ。『ＴＶピープル』。まるで現代人の代名詞みたいではないか。このネーミングセンスには脱帽するしかない。
　『ＴＶピープル』の内容は、私の感じた毒気や揶揄で満たされているものではなかった。題名だけで思考が先行して想像を膨らませてしまっていたので、少々面食らったというのが本心だ。
　面食らったといえば、擬音がとても印象的で強烈だった。タルップク・シャウス、タルップク・シャウスというのは何とはなしに時計の秒針が時を刻む音だと共感できたが、そのほかは駄目だ。ちょっ..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[国際社会学　後期期末レポート課題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956711508104@hc10/64657/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tokisuke]]></author>
			<category><![CDATA[tokisukeの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 12 Mar 2010 21:08:47 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956711508104@hc10/64657/" target="_blank"><img src="/docs/956711508104@hc10/64657/thmb.jpg?s=s&r=1268395727&t=n" border="0"></a><br /><br />国際社会学　後期期末レポート課題
グローバル化と声高に歌われる昨今、もはや珍しいことでもなんでもない言葉としてグローバル化は日常に溶け込んでいる。しかし私達のグローバル化とはイコール欧米化なのであって、私たちの間には日本や韓国を除くアジアという世界において、そこに進出すれば一攫千金を狙えるビジネスチャンスがあるかもしれない程度の認識しか確立しておらず、もっぱら経済のことしか頭にない。
日本は外国人に対して閉鎖的である、という。しかしそれは経済の面ではあまり当てはまらないのではあるまいか。息せき切って必死に開かれた市場、グローバル・スタンダードを目指しているわが日本であるが、それが良しにつけ悪しきにつけ日本の閉鎖的な態度を変えていく契機になりつつある。カルロス・ゴーンなどは有名だが、今までの日本の企業が外国人をトップにおいて経営改善を図るなど、考えもよらなかった。それでも諸外国にしてみれば、いまだに農業を筆頭に閉鎖的なのだろう。こと経済以外の面、すなわち政治的な側面に視点を移すと、難民の受け入れ問題や政治家の談合など、閉鎖的といわれる体質はさらに強くなっていく。
最近の北朝鮮報道の加熱ぶ..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[現代社会における構造性と流動性―移民現象からの考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53378/]]></link>
			<author><![CDATA[ by camsa10]]></author>
			<category><![CDATA[camsa10の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 00:42:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53378/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53378/" target="_blank"><img src="/docs/958518609389@hc09/53378/thmb.jpg?s=s&r=1249141373&t=n" border="0"></a><br /><br />現代社会における構造性と流動性―移民現象からの考察
はじめに
　現代のグローバル社会において、「移民」は大きな社会的現象となっており、その様相・形態はますます多様化している。「移民」は、文字通り人の移動を指すことから「流動」的な現象であり、[356]<br />現代社会における構造性と流動性―移民現象からの考察
はじめに
　現代のグローバル社会において、「移民」は大きな社会的現象となっており、その様相・形態はますます多様化している。「移民」は、文字通り人の移動を指すことから「流動」的な現象であり、既存の社会構造を変えつつあるが、一方現代においては移民現象自体がネットワーク化しある種の固定されたコミュニティ化、つまり「構造」化しているという二重性を持つ。
「移民」という構造の中で、多様でそれ自体流動的な、移民を希望する人々はどのように個性や自己実現を志向・実現し、また同時にどのように構造によって「疎外」・規定されていくのだろうか。以下では現代移民の特色を概観した上で、その「構造性」と「流動性」の諸作用について検討しながら、社会学の諸理論を参考に考察していきたいと思う。
1、現代移民現象の特徴―「流動性」
　最初に、「流動性」と「構造性」を持つようになった現代の「移民」現象の特色について、従来の移民の比較しながら概観していきたい。
　まず、現代的な移民の「流動性」特徴は以下の三点で説明できるだろう。第一に、従来の市場経済メカニズム的な認識に基づく..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国際社会学　試験模範解答（ナチスにおけるエスニシティ理論とは／世界システム視角の三層構造）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/20418/]]></link>
			<author><![CDATA[ by left]]></author>
			<category><![CDATA[leftの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 15 Mar 2008 23:25:21 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/962877421286@hc08/20418/" target="_blank"><img src="/docs/962877421286@hc08/20418/thmb.jpg?s=s&r=1205591121&t=n" border="0"></a><br /><br />国際社会学　試験模範解答（ナチスにおけるエスニシティ理論とは／世界システム視角の三層構造）
問１
問題文の事実に示されたナチ指導層の民族観・他民族支配政策は、主として２つのエスニシティ理論に関連する。まずは、その理論に伍していくかたちで[352]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ ウルリッヒ・ベックを読んで]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431673101@hc05/6208/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hallowed]]></author>
			<category><![CDATA[hallowedの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 03 Feb 2006 05:02:05 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431673101@hc05/6208/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431673101@hc05/6208/" target="_blank"><img src="/docs/983431673101@hc05/6208/thmb.jpg?s=s&r=1138910525&t=n" border="0"></a><br /><br />　現代社会は非常に様々なリスクが我々の周りに満ち溢れている。例えば、日本でも多くの人が集まるところでの大規模テロはいつ発生してもおかしくない状況であるし、先日は一旦輸入が再開されたアメリカ産牛肉から危険部位が見つかったということで再び輸入停[360]<br />ウルリッヒ・ベックを読んで
　現代社会は非常に様々なリスクが我々の周りに満ち溢れている。例えば、日本でも多くの人が集まるところでの大規模テロはいつ発生してもおかしくない状況であるし、先日は一旦輸入が再開されたアメリカ産牛肉から危険部位が見つかったということで再び輸入停止となってしまった。そこでまずウルリッヒ・ベックの「世界リスク社会論」に書かれていた、彼の社会学理論の中心でもある「リスク」ないし「リスク社会」といったことについて考えていきたいと思う。ベックによればリスク社会とは、前近代、産業化を中心とした第一の近代化の後に訪れ、第一の近代化が行き詰まり、環境問題の解決などの第一の近代化を反省する必要が生まれ、リスクが政治的・社会学的対立の焦点となる段階に至る「第二の近代化」と呼ばれる時代において、一方で人々は身分や地域の拘束から解き放たれるが、それによって行為の拠り所となるような規範が失われてしまい、すべての責任やリスクは個人に降りかかるようになる、といった近代化の変容によってリスクの制御が不可能になることにより訪れるとされる。そしてこの「リスク」とはベックによれば、そのようなリスクは..]]></description>

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