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		<title>タグ“国民国家”の公開資料</title>
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		<description>タグ“国民国家”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[社会学（近代化のグローバリゼーションによる変化、第１の近代から第２の近代へ）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933623106078@hc17/133189/]]></link>
			<author><![CDATA[ by マイメロ3w]]></author>
			<category><![CDATA[マイメロ3wの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 14 Mar 2018 11:11:00 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/933623106078@hc17/133189/" target="_blank"><img src="/docs/933623106078@hc17/133189/thmb.jpg?s=s&r=1520993460&t=n" border="0"></a><br /><br />現代社会は、西欧を起源とする近代社会の延長線と言われている。ここでいう近代とは１６世紀以降、西欧で発達した社会のことである。他の社会を変貌させたこの西欧近代は日本社会もその強い影響を受けた。西欧近代は強力な浸透力を持っており無縁な世界はほと[360]<br />　現代社会は、西欧を起源とする近代社会の延長線と言われている。ここでいう近代とは１６世紀以降、西欧で発達した社会のことである。他の社会を変貌させたこの西欧近代は日本社会もその強い影響を受けた。西欧近代は強力な浸透力を持っており無縁な世界はほとんど存在しないほどである。日本近代は歴史も文化も異なっていたが、この西欧近代をもっとも受け止めた国と言われている。西欧近代は。現在の社会の始まりであり、軸となっているが、「十六世紀ごろから、ルネッサンスの発展、近代的市場の拡大、宗教改革などに象徴される初期近代（＝近世）がはじまり、やがて科学革命、近代国家の発展、近代産業の成立、市民革命をへて、十八世紀中葉から本格的な近代が始動する。これが「第一の近代」のはじまり」（注１）とあるように近代社会の構造的特質はこの西欧近代の延長線上で確立した。
近代社会は複数の要素からなる社会である。その要素とは、①資本主義、②産業主義、③近代国家、④個人主義、⑤科学主義、である。これらの要素は１６世紀から１８世紀のうちに徐々に形成されていった。
　資本主義とは生産手段を資本家・企業者の階級が所有し、自分たちの利益追求..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[塩川伸明『民族とネイション』要約]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952915701744@hc11/82077/]]></link>
			<author><![CDATA[ by arietti]]></author>
			<category><![CDATA[ariettiの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 05 Jun 2011 11:10:05 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952915701744@hc11/82077/" target="_blank"><img src="/docs/952915701744@hc11/82077/thmb.jpg?s=s&r=1307239805&t=n" border="0"></a><br /><br />最高評価でした。[24]<br />「塩川伸明『民族とネイション』」
序　本稿の目的
　最近の日中韓においての歴史認識問題等を論じる際には頻繁に民族、エスニシティ、国民国家、ナショナリズムといった言葉が用いられる。
しかしながら、それらの言葉の意味、定義又は相互関係は非常に複雑である。この点、それらの言葉は異なった事柄でありながら、何らかの共通性及び関連性を持つのではないかとも考えられる。それらの言葉の複雑さの原因として、一方では、人々の日常生活による「大衆の観点」と、他方ではハイ・ポリティクスによる「政治エリートの観点」が交錯するという性格に起因すると考えられる。
よって本稿ではこれらの言葉の多様な事柄の相互関係を解釈・定義することを目指し、それらの言葉を理論及び歴史的な観点から考察する。
第1章　理論からの考察
　上記一連の概念は時代や論者により異なる意味を込めて使われた。このように多様な言葉遣いがされている現状がある限り、日本語の語感に沿い一定の幅を持った用語法を探求する必要がある。その用語法を以て、本稿では諸概念の議論をする。
1　エスニシティ
　エスニシティの特徴としては、国家・政治との関わりを考慮せずに血縁・..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[民族について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/79121/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yamakou]]></author>
			<category><![CDATA[yamakouの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 14 Feb 2011 01:24:26 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/79121/" target="_blank"><img src="/docs/983429521201@hc06/79121/thmb.jpg?s=s&r=1297614266&t=n" border="0"></a><br /><br />民族について
「民族」の概念は、一体何をもって「民族」とするのかが、宗教、言語、風俗など多岐にわたっており、しかもそれぞれが複雑に絡まりあって存在している。
　ある国の「国籍」を所有していれば（重国籍、無国籍の場合はその限りではないが）、好むと好まないとに限らず、意識的にせよ便宜的にせよ、その人はその国の「国民」とみなされる。
　「国民」に関して言えば、「国民」とは「想像の共同体」であると指摘したベネディクト・アンダーソンが思い浮かぶ。彼は、「国民とはイメージとして心に描かれた想像の政治共同体である－そしてそれは、本来的に限定され、かつ主権的なもの（最高の意思決定主体）として想像される」1
ベネディクト・アンダーソン『増補・想像の共同体　ナショナリズムの起源と流行』（白石さや・白石隆訳.NTT出版.1997）
　また、彼の言葉を引用している西川長夫の『国境の越え方』2
　西川長夫『増補・国境の越え方－国民国家論序説－』（平凡社ライブラリー.2001）
　多民族国家の例を引くまでもなく、「国民」は一般に雑多な文化を担う集団の集まりであるから、「国民」がある単一な文化の基礎的な集団でありえないことは誰の目にも明らかだろう。ある人間が&times;&times;人と呼ばれるのは、その国の国籍を有することが唯一の条件であって、その文化的な内容は問われない。またベネディクト・アンダーソンがいみじくも定義したように「国民とはイメージとして心に描かれた想像の政治的共同体」であって、心に描き出されたような「国民」が現実に存在するわけではない」(西川：286p)
　ここで述べられていることからわかることは次のことである。つまり、「国籍」を所有しているという唯一の条件によって様々な人々がひとつの「国民」として統合されているが、その一方でその統合された「国民」というイメージで雑多である「国民」ひとりひとりを規定することができない、ということである。
　西川は、「国民」として「○○人」と呼ばれうる唯一の条件が「国籍」を有することであると述べているが、「国籍」は先ほどまでも見てきたように、「国家の所属員の資格」であるとともに国家への忠誠心（allegiance）というかたちでアイデンティティを誘起する源泉である面が一方ではありながらも、「上」から機会主義的に操作されうるものである。アンダーソンや西川がいうように..]]></description>

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			<title><![CDATA[国際文化振興委員会]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960618176802@hc08/35708/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kant4850]]></author>
			<category><![CDATA[kant4850の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 30 Jan 2009 15:41:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960618176802@hc08/35708/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960618176802@hc08/35708/" target="_blank"><img src="/docs/960618176802@hc08/35708/thmb.jpg?s=s&r=1233297706&t=n" border="0"></a><br /><br />私は国際文化振興会の創設のあらすじと誕生の話である。さらに、国際文化振興会の対外事業や今までの文化交流活動について、述べていた。草創時期から戦後の発展時期までの様々な様態で文化活動をし続けていることについて考察している。
　まず、国際文化交[358]<br />]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[政治学概論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960618176802@hc08/31109/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kant4850]]></author>
			<category><![CDATA[kant4850の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 02 Dec 2008 00:38:11 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960618176802@hc08/31109/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960618176802@hc08/31109/" target="_blank"><img src="/docs/960618176802@hc08/31109/thmb.jpg?s=s&r=1228145891&t=n" border="0"></a><br /><br />政治学概論
　憲法は一つの国として、国民の権利と義務を定めた法律である。それに、世界中さまざまな国の憲法は実質的な効力があるといわれる。しかし、昔から近代にかけて、憲法が定めた国いっぱいあったのに、実際憲法の中で、民主主義という概念と思想を[358]<br />]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[現代の歴史的位相]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960846083458@hc08/28648/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happy365days]]></author>
			<category><![CDATA[happy365daysの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 05 Nov 2008 18:51:03 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960846083458@hc08/28648/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960846083458@hc08/28648/" target="_blank"><img src="/docs/960846083458@hc08/28648/thmb.jpg?s=s&r=1225878663&t=n" border="0"></a><br /><br />１．はじめに 
　私たちが今生きている21世紀初頭は、どのような特徴を持った時代なのか。また、今後どのような方向に向かっていくのか。現代国際社会の歴史的位相に関するこうした問いについて考えるときは、その前にある近代社会、特に20世紀と比較[346]<br />]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[フランス共和国と欧州連合の枠組み下での市民権の関係]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432196501@hc05/6016/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sugiyama]]></author>
			<category><![CDATA[sugiyamaの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 31 Jan 2006 09:17:59 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432196501@hc05/6016/" target="_blank"><img src="/docs/983432196501@hc05/6016/thmb.jpg?s=s&r=1138666679&t=n" border="0"></a><br /><br />　今回のレポートのテーマとして、フランス共和国と欧州連合の枠組みの下での市民権の関係について取り上げたいと思う。この講義で扱った問題の多くは欧州統合という流れの中ではっきりしてきたフランス共和国独特の問題である。それについてさまざまな角度か[360]<br />フランス研究入門　レポート
今回のレポートのテーマとして、フランス共和国と欧州連合の枠組みの下での市民権の関係について取り上げたいと思う。この講義で扱った問題の多くは欧州統合という流れの中ではっきりしてきたフランス共和国独特の問題である。それについてさまざまな角度から考えて生きたいと思う。
T.H.マーシャルによれば、市民権は3種類の権利に分類される(2)。18世紀に出現した市民的権利（civil rights）、19世紀に出現した政治的権利（political rights）、20世紀に発展した社会的権利（social rights）である。今までフランスで実現されてきたこれらの市民権はフランス共和国という枠組みの中でのものであった。それがEU基本権憲章の中でこの市民権に関する部分の邦訳、1997年の国籍法改正の骨子を下記に抜粋した。
EU基本権憲章
第1章　尊厳　第１条　人間の尊厳
　　人間の尊厳は侵すことを許さない。それは尊重され、擁護されなければならない。
第3章　第２０条　法の前での平等
　　人はすべて、法の前で平等である。
第２２条　文化的、宗教的、言語的な差異 
　　ＥＵ..]]></description>

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			<title><![CDATA[ドイツ統一]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431882401@hc05/3191/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kana609]]></author>
			<category><![CDATA[kana609の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 16 Nov 2005 00:58:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431882401@hc05/3191/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431882401@hc05/3191/" target="_blank"><img src="/docs/983431882401@hc05/3191/thmb.jpg?s=s&r=1132070281&t=n" border="0"></a><br /><br />　ドイツ帝国は、フランス革命とは対照的に上からの革命により統一が成されました。なぜドイツの近代化は、イギリス、フランスに比べ時間がかかったのでしょうか。
　その原因の一つとして、ドイツが歴史的に各領邦に分かれて存在し、共通の国民意識に欠け[356]<br />ドイツ帝国は、フランス革命とは対照的に上からの革命により統一が成されました。なぜドイツの近代化は、イギリス、フランスに比べ時間がかかったのでしょうか。
その原因の一つとして、ドイツが歴史的に各領邦に分かれて存在し、共通の国民意識に欠けていたために一つの国家としてまとまりにくかった、ということがあります。ここの住民たちは、1871年に統一されるまで、一度も共通の国民を形成することはなかったのです。
では逆に、そのように共通の意識に欠けていたドイツ人たちが、どのようにして国民意識を養っていったのでしょうか。統一の様子を大きな視点から見ていきたいと思います。多少これまでの発表と重なる部分もあるかと思いますが、19世紀を概観するつもりになって、聞いてください。
まず、私たちが「ドイツ」と呼んでいる、この名称について軽く触れておきたいと思います。
ゲルマン人の言語を指して言われていた「ドイツの」（Deutsch）という単語自体は、かなり昔からありました。ただし、当初ドイツ人と見なされていたのは、この帝国の支配貴族だけでした。このため、15世紀頃にはその支配階層に関連付けられて「ドイツ国民の神聖ロ..]]></description>

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