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		<title>タグ“国文学基礎講義”の公開資料</title>
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		<description>タグ“国文学基礎講義”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[【日大通信】国文学基礎講義・合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918152662935@hc22/148475/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sss_rose]]></author>
			<category><![CDATA[sss_roseの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 18 May 2022 04:58:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918152662935@hc22/148475/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/918152662935@hc22/148475/" target="_blank"><img src="/docs/918152662935@hc22/148475/thmb.jpg?s=s&r=1652817524&t=n" border="0"></a><br /><br />国文学基礎講義 合格レポートです。
参考用としてご使用ください。[93]<br />序論
　平成三十年二月十四日、文部科学省は令和四年度の入学生から適用される高校の学習指導要領改訂案を公表した。学習指導要領は時代に合わせて十年に一度の割合で改定され続けており、令和四年度の学習指導要領の改定案では、高校の国語の科目名が大きく変わる。具体的には、これまでにあった「国語総合」「現代文A」「現代文B」「古典A」「古典B」がなくなり、その代わりに、「現代の国語」「言語文化」「論理国語」「文学国語」「古典探求」が新設される。現在、学習指導要領に基づき、高等学校で使用されているほとんどの教科書では、「万葉集」が取り上げられている。万葉集は、編者や成立年代、どういう意図でつくられたのかも不明だが、全二十巻からなり、約四五〇〇首の和歌が収められた現存する日本最古の歌集である。万葉集の読み方は、奈良時代から平安時代初期にかけては「マニエフシフ/マンエフシフ」平安時代から鎌倉時代にかけては「マンエウシウ」室町時代には「マンヨウシュウ（マンニョウシュウ）」のように、時代によって異なっている。教科書で使用されている歌集の読み方が時代によって変化するのと同様、学習指導要領が時代に合わせて改定されるとともに、教科書の内容も検討していく必要があると私は考え、その具体的な内容を「小学館　新編日本古典文学全集」「笠間書院　訳文万葉集」をもとに「大修館書店　国語総合」「筑摩書房　国語総合」の教科書に焦点を当てて、講義での内容をベースに私なりの見解を述べていく。

本論
　まず、「大修館書店　国語総合」の教科書では、作品の動機や主題、成立事情などを歌の前書きとして漢文で記した、本来あるべきはずの題詞が挿入されておらず、また、歌の末にある左注も題詞と同様に省略されている。その理由として、同じ「和歌」という単元のなかで取り上げられている古今和歌集、新古今和歌集に形を合わせて統一させたことが考えられるが、それでは万葉集の歌の本質が伝えきれないのではないだろうか。次にそれぞれの歌に着目して第一に、額田王が詠んだ「万葉集巻第一　雑歌　国歌大観八番」を見ていく。
「小学館　新編日本古典文学全集」
　　額田王の歌
・熟田津に　船乗りせむと　月待てば　潮もかなひぬ　今は漕ぎ出でな
　　右、山上憶良大夫の&hellip;　ただし、額田王の歌は、別に四首あり。

「笠間書院　訳文万葉集」
　　額田王の歌
・熟田津に　..]]></description>

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			<title><![CDATA[【日大通信】国文学基礎講義]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918152662935@hc22/148468/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sss_rose]]></author>
			<category><![CDATA[sss_roseの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 18 May 2022 04:49:43 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/918152662935@hc22/148468/" target="_blank"><img src="/docs/918152662935@hc22/148468/thmb.jpg?s=s&r=1652816983&t=n" border="0"></a><br /><br />国文学基礎講義合格レポートです。
「教材化されている万葉歌について評価すべき点と改善すべき点をそれぞれ述べなさい。」
参考用としてご使用ください。[215]<br />講義で取り上げた教材化されている万葉歌について評価すべき点と改善すべき点をそれぞれ述べなさい。

序論
現在の高等学校学習指導要領（文部科学省、平成三十年告示）では、「現代の国語」と「言語文化」の二つの科目は、すべての高校生が履修する共通必履修科目として設定されている。「現代の国語」は、実社会、実生活に生きて働く国語の能力を育成する科目として、「言語文化」は、上代から近現代につながる我が国の言語文化への理解を深める科目として設定されている。その学習指導要領に基づき、現在の高等学校で使用されているほとんどの教科書では「万葉集」が取り上げられている。万葉集はいつの頃、だれの手によって成立したかは未詳だが、八世紀中頃までに成立したとみられ、全二十巻からなり、約四五〇〇首の和歌が収められた日本に現存する最古の和歌集とされている。ところが、高等学校で使用されている教科書では約四五〇〇首の中から数首の和歌しか収録されていない。さらに、その教材の内容に関しても不十分と思われる点や、不適切と思われる点がみられる。一方で、高校生にとって理解しやすいように工夫していると思われる点もみられる。今回は、「小学..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学基礎講義_課題1]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/920554918266@hc21/147488/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kz355]]></author>
			<category><![CDATA[kz355の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 03 Feb 2022 17:59:06 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/920554918266@hc21/147488/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/920554918266@hc21/147488/" target="_blank"><img src="/docs/920554918266@hc21/147488/thmb.jpg?s=s&r=1643878746&t=n" border="0"></a><br /><br />2019～2022年度版の合格レポートです。
参考にどうぞ。[73]<br />１．序文
　風土記とは、奈良時代において地方から朝廷に向けて提出された地誌的な報告書のことである。本稿では、現存する風土記の特色を概略的に確認しつつ、風土記の成立事情と編纂意義について検討する。
２．現存する風土記の概要
　現代には、出雲・常陸・播磨・豊後・肥前の五つの風土記が文献として残されている。ここではそれらの風土記の特徴や内容について大まかに触れる。
2.1出雲国風土記
　出雲国とは現在の島根県東部にあたる地域で、五つの風土記のうち、唯一完全な形で残されているものである。その構成は、序文ともいえる総記に始まり、各郡の記述を経て巻末記で締めくくられている。また、国土の大きさや郷、寺社などの位置関係の記述に方位と数値が多く用いられており、この記述方式について、国文学者の荻原千鶴は「そうした数理性が、出雲国風土記の記述全体に、現実的な信憑性を与える役割をはたしている」 と述べている。
2.2常陸国風土記
　常陸国は現在の茨城県の大部分と福島県の一部に相当する地域である。この風土記は古老相伝の旧聞異事、すなわち地域に伝わる伝承がその内容のほとんどを占めている。
2.3播磨国風土記
　播..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【日大通信】2019～2022　国文学基礎講義　分冊2]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/926362783876@hc19/138614/]]></link>
			<author><![CDATA[ by knk2]]></author>
			<category><![CDATA[knk2の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 16 Oct 2019 10:43:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/926362783876@hc19/138614/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/926362783876@hc19/138614/" target="_blank"><img src="/docs/926362783876@hc19/138614/thmb.jpg?s=s&r=1571190181&t=n" border="0"></a><br /><br />2019～2022年度　国文学基礎講義　分冊2　合格レポートです。
丸写しは控え、参考程度にお使いください。 

井原西鶴の登場と時代背景、流行作家西鶴の活躍について説明しなさい。 

〈ポイント〉　 
十七世紀の上方における社[312]<br />2019～2022年度　国文学基礎講義　分冊2　合格レポート

井原西鶴の登場と時代背景、流行作家西鶴の活躍について説明しなさい。
〈ポイント〉　
十七世紀の上方における社会状況の中で西鶴を捉え、『好色一代男』の歴史的意義を考える。
〈キーワード〉　
「元禄時代」「出版」「悪所」「浮世草子」「画期性」
〈参考文献〉
　『西鶴を学ぶ人のために』谷脇理史・西島孜哉編（世界思想社一九九三年）
　『井原西鶴』（二十一世紀日本文学ガイドブック４）中嶋隆編（ひつじ書房二〇一二年）
　『浮世草子大事典』長谷川強監修（笠間書院二〇一七年）
 
1、井原西鶴という人物と活躍について
井原西鶴は、浮世絵の松尾芭蕉と浄瑠璃の近松門左衛門と共に元禄時代の三大家として国際的な評価を得た一人である。
江戸時代前期、経済の活性化と共に文芸も発達し優れた作品を多く残した文化を元禄文化という。
西鶴は寛永十九年に生まれ、大阪で活躍した。十五歳で俳諧を志し、二十一歳でプロの俳諧師になった。
俳諧活動の初まりは寛文6年刊の『遠近集』で三句入集したことである。当時は西鶴ではなく鶴永という号であった。
俳壇の表舞台に出たきっか..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学基礎講義　分冊１　2014　合格レポート　日大通信教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/111024/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yumeno]]></author>
			<category><![CDATA[yumenoの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Mar 2014 18:35:42 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/111024/" target="_blank"><img src="/docs/947055634295@hc13/111024/thmb.jpg?s=s&r=1394962542&t=n" border="0"></a><br /><br />課題　『古事記』において、根の堅洲国を訪問した大穴牟遅神に対して須佐能男命が、「おれ、大国主神と為り、亦、宇都志国玉神と為」れと言ったことは、何を意味するのか。神話にそって具体的に説明しなさい。
合格レポートです。参考程度にご利用ください。[358]<br />国文学基礎講義　分冊１　平成２５・２６年報告課題
&lt;『古事記』において、根の堅洲国を訪問した大穴牟遅神に対して須佐能男命が、「おれ、大国主神と為り、亦、宇都志国玉神と為」れと言ったことは、何を意味するのか。神話にそって具体的に説明しなさい。&gt;
　須佐能男命は、父伊耶那岐命から命じられた海原の統治を拒否して追放され、姉君の天照大御神に事の次第を申し上げるために、高天原に昇る。高天原世界の統治者である天照大御神と対立して、乱暴を働いたために、高天原からも追放されて再び地上に降りてくる。出雲国へ降り立った須佐能男命は、そこへ毎年やってくる八俣の大蛇を退治し、櫛名田比売との子供(神)を生む。その六世の孫が大国主神である。では、根の堅洲国を訪問した大国主神、別名大穴牟遅神に対して須佐能男命が「おれ、大国主神と為り、亦、宇都志国玉神と為」れと言ったことは何を意味するのかについて、次に述べていく。
　大国主神の生涯は、兄たち八十神によって課された試練をくぐることから始まる。この試練の中で、大国主神は二度死に生き返る。いずれの場合も母神が蘇生させ、迫害という試練をくぐりぬけた。
　根の堅洲国に行き着く..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学基礎講義　分冊２　2013　合格レポート　日本大学通信教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/105960/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yumeno]]></author>
			<category><![CDATA[yumenoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 24 Aug 2013 09:57:25 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/105960/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/105960/" target="_blank"><img src="/docs/947055634295@hc13/105960/thmb.jpg?s=s&r=1377305845&t=n" border="0"></a><br /><br />課題　室生犀星の「かげろうの日記遺文」にある「兼家は三つの扉の前を往反しながら、ついに、どのような果敢ない結論にすら達しないで、冴野を見まもっていた」ということの理由について説明しなさい。

合格レポートです。拙い文章ですが参考になれば幸い[356]<br />国文学基礎講義　分冊２　平成２５年報告課題
&lt;室生犀星の「かげろうの日記遺文」にある「兼家は三つの扉の前を往反しながら、ついに、どのような果敢ない結論にすら達しないで、冴野を見まもっていた」ということの理由について説明しなさい。&gt;
既に時姫と結婚している兼家は、歌才に長けた気高い女、紫苑の上と結婚する。しかし、兼家は第三の女、冴野に次第に心を奪われていく。冴野は町の小路に住む貧しい女でありながら、誇り高い時姫、才気溢れる紫苑の上とは全く違った魅力を放つ女であった。
では、「兼家は三つの扉の前を往反しながら、ついに、どのような果敢ない結論にすら達しないで、冴野を見まもっていた」とあるが、それは何故なのかについて説明する。まず、「三つの扉の前」を往反しているとは、扉を女に見立て、どの扉(女)を選べば良いか悩んでいると考えられる。そして、「果敢ない結論」とは、三人から一人を選ぶことと考えられ、兼家は誰か一人を選ぶことが出来ず、ただ「冴野を見まもっていた」ということになる。兼家自自身は、「自分一人が二人の女を不幸せにしていることを、稀らしく心に置いて、暗い気持ちであった。」とあるため、不幸にし..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学基礎講義　分冊２]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948871381302@hc12/99914/]]></link>
			<author><![CDATA[ by septem]]></author>
			<category><![CDATA[septemの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 10 Jan 2013 08:05:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948871381302@hc12/99914/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948871381302@hc12/99914/" target="_blank"><img src="/docs/948871381302@hc12/99914/thmb.jpg?s=s&r=1357772753&t=n" border="0"></a><br /><br />合格レポートです。
キーワードを全て使用し、まとめました。
参考程度にどうぞ。[113]<br />国文学基礎講義　分冊２
　『平家女護嶋』の「鬼界が嶋」の段において、近松が登場させた架空の女性「千鳥」は、どのような役割を果たしているか。作風の特色や島に流されていた三人の男性との関係などにも触れながら説明しなさい。
〈ポイント〉
　近松の作風の特色を考えながら、注釈書などを利用して内容を理解する。
〈キーワード〉
　○「海土人の恋とは大職冠、行平も」　○「真実の情けふかく哀れ知り」　○「鬼は都に有りけるぞや」　○「俊寛が乗るは仏の弘誓の船」
　『平家女護島』は、近松門左衛門によって作られ、『平家物語』や能『俊寛』を題材にした人形浄瑠璃である。物語の主な登場人物は、俊寛僧都、平判官康頼、丹波少将成経であり、さらに成経の妻となる「千鳥」という架空の女性が現れる。この千鳥は、物語においてどのような役割を果たしているのかについて俊寛の心情にも触れながら述べていく。
　物語の舞台は、都から海山越えてはるか遠い九州の、そのまた遠くの鬼界が島で、平家打倒の企てが露見して鬼界が島に流された俊寛、康頼、成経の三人は、鬼界が島に流されて早三年が経っていた。物語は成経が海女千鳥を妻に娶ることとなり、康頼と..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学基礎講義　分冊１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948871381302@hc12/99913/]]></link>
			<author><![CDATA[ by septem]]></author>
			<category><![CDATA[septemの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 10 Jan 2013 08:05:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948871381302@hc12/99913/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948871381302@hc12/99913/" target="_blank"><img src="/docs/948871381302@hc12/99913/thmb.jpg?s=s&r=1357772753&t=n" border="0"></a><br /><br />合格レポートです。
キーワードを全て使用し、まとめました。
参考程度にどうぞ。[113]<br />国文学基礎講義　分冊１
　『蜻蛉日記』において、兼家に対する作者の心は結婚前と後でどのように変化するのか。「越えわぶる」の歌、「思ふこと」の歌、「さだめなく」の歌に現れる女心の変化にも触れながら説明しなさい。
〈ポイント〉
　世間一般の男性とは少し違った求婚や結婚前後の歌のやりとりに注意。
〈キーワード〉
○「便なきこと」　○「声なかるしそ」　○「さしぐめるにのみあり」　「三夜しきりて見えぬ時あり」　○「心えで」
「なげきつつひとり寝る夜のあくるまはいかに久しきものとかは知る」の百人一首の歌で知られる『蜻蛉日記』は、作者藤原道綱母が一九歳の頃に兼家と結婚し、その二一年間の結婚生活を描いた日記である。兼家には正妻の時姫がおり、作者は藤原兼家の二番目の妻という立場から兼家の愛情を独占しようと苦悩したが、兼家に対する作者の心情は結婚前後でどのように変化していくのか述べていく。
　本作は作者が兼家から求婚されるところから始まるが、兼家からの求婚の意の伝え方は作者の父親に直接、真偽が定かではない形で仄めかしたことや、身分などの違いから作者は「便なきこと」と取り合わなかった。すると馬に乗った使者に..]]></description>

		</item>

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