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		<title>タグ“国文学史”の公開資料</title>
		<link>https://www.happycampus.co.jp/public/tags/%E5%9B%BD%E6%96%87%E5%AD%A6%E5%8F%B2/</link>
		<description>タグ“国文学史”の公開資料</description>
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		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

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			<title><![CDATA[【日大通信】国文学史・合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918152662935@hc22/154424/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sss_rose]]></author>
			<category><![CDATA[sss_roseの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 05 Feb 2025 23:17:27 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/918152662935@hc22/154424/" target="_blank"><img src="/docs/918152662935@hc22/154424/thmb.jpg?s=s&r=1738765047&t=n" border="0"></a><br /><br />国文学史 合格レポートです。
「文学史の意義について」
参考用としてご使用ください。[122]<br />【文学史の意義について】

　日本の文学史は、古くは7世紀にまでさかのぼることが出来る。それ以前は、中国大陸から漢字が伝わるまで、文字を持っていなかったため、口頭で伝えていた。浜島書店の「常用国語便覧」では物語・説話・史書に着目すると、西暦七百十二年の「古事記」や七百二十年の「日本書紀」から日本の文学史は始まっている。これら2つの作品を含め、奈良時代までの作品が上代文学と呼ばれており、詩歌の枠では万葉集が成立したとされている。また、現存する最古の日本漢詩集の「懐風藻」もこの上代文学に属している。
その後の平安時代794年から鎌倉幕府成立までのおよそ400年間の作品を中古文学といい、代表的な作品では「竹取物語」や「伊勢物語」、紫式部が書いたとされる「源氏物語」などがある。鎌倉幕府成立から、南北朝時代、室町時代、安土桃山時代を経て、江戸幕府成立までの作品を中世文学といい、「軍記物語」というジャンルが新しく誕生した。そのなかでも「平家物語」は最高傑作とされている。そのほかにも、随筆の「方丈記」や「徒然草」など、中学校や高校の教材でよく目にする作品が多くある。
徳川家康による江戸幕府創設から、..]]></description>

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			<title><![CDATA[日大通信2023-2024_国文学史Ⅰ（課題２）合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/909913370996@hc24/154300/]]></link>
			<author><![CDATA[ by マメスケ]]></author>
			<category><![CDATA[マメスケの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 28 Dec 2024 20:21:40 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/909913370996@hc24/154300/" target="_blank"><img src="/docs/909913370996@hc24/154300/thmb.jpg?s=s&r=1735384900&t=n" border="0"></a><br /><br />2023年度、2024年度の日本大学通信教育部における国文学史Ⅰ（課題２）の合格レポートです。
丸写しは控えて、参考にお使いください。[184]<br />日大通信2023~2024　国文学史Ⅰ（課題２）合格リポート
国文学史Ⅰ（M３０１００）

中世の文学における「和歌」について、歌人を一人ないし二人あげて、歌壇・文学史の流れの中でどのような位置付けにその歌人があるか説明しなさい。

〈ポイント〉
①取り扱っている歌人を取り巻く社会・歌壇・環境の背景についてまとめる。
②取り扱っている歌人の人間関係について触れる。
③歌人の歌風の特色を指摘し、文学史におけるその歌人の位置づけについて考える。
　
以上の三点を踏まえる（順番・構成は自由）。但し、特に③に比重を置いて記述すること。
〈キーワード〉
　「新古今時代」「御子左家、六条藤家」「千五百番歌合」「承久の乱」「京極派」

解答
本リポートでは、中世の歌人「藤原定家」の歌壇・文学史における位置づけについて説明する。
１．藤原定家の時代の社会背景、人間関係等
　藤原定家は、「新古今時代」における代表的な歌人である。狭義の新古今時代は、鎌倉時代初期に当たる、西暦1200年から新古今和歌集が完成した1210年までの約10年間を指す時代と言われている。この時期と、その前後において、日本の和歌文学..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日大通信2023-2024_国文学史Ⅰ（課題１）合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/909913370996@hc24/154299/]]></link>
			<author><![CDATA[ by マメスケ]]></author>
			<category><![CDATA[マメスケの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 28 Dec 2024 20:21:40 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/909913370996@hc24/154299/" target="_blank"><img src="/docs/909913370996@hc24/154299/thmb.jpg?s=s&r=1735384900&t=n" border="0"></a><br /><br />2023年度、2024年度の日本大学通信教育部における国文学史Ⅰ（課題１）の合格レポートです。
丸写しは控えて、参考にお使いください。[184]<br />日大通信2023-2024　国文学史Ⅰ（課題１）合格リポート

国文学史Ⅰ（Ｍ３０１００）

中古の文学の「日記と随筆」について、具体的な作品を一つないし二つあげて、その作品の文学史における位置づけを説明しなさい。

〈ポイント〉
①作品が生まれた時代の政治・文化・社会的背景についてまとめる。
②作者の立場（出自、階級・身分、性別など）がどのようなものか触れる。
③作品にどのような特色があるかを示し、文学史における作品の位置について考える。
以上の三点を踏まえる（順番・構成は自由）。但し、特に③に比重を置いて記述すること。

〈キーワード〉
「受領階級」「女房文学」「国風文化」「平安貴族」「摂関政治」

解答
本リポートでは、土佐日記及び蜻蛉日記の文学史における位置づけについて説明する。
１．土佐日記と蜻蛉日記が成立した時代の社会的背景
　『土佐日記』、『蜻蛉日記』が成立したのは、10世紀の平安時代中期である。当時は、摂関政治が成立し、藤原氏が朝廷で権力を有していた。この時代に、日本独自の文化である「国風文化」が発展した。それまでの日本の文書は、中国から伝わった「漢文体」によって記録さ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[明星大学　通信　PD2060　国文学史　2単位目2021年度合格]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/929393524740@hc18/149042/]]></link>
			<author><![CDATA[ by jonk]]></author>
			<category><![CDATA[jonkの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 17 Jul 2022 00:13:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/929393524740@hc18/149042/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/929393524740@hc18/149042/" target="_blank"><img src="/docs/929393524740@hc18/149042/thmb.jpg?s=s&r=1657984436&t=n" border="0"></a><br /><br />明星大学通信　国文学史　2単位目2021年度合格レポートです。参考にしていただければ幸いです。[131]<br />国文学史　2単位目　2021年度合格

＜レポート課題＞
上代から近世までの国文学の展開を、韻文中心に説明しなさい。


＜レポート本文＞
文学の誕生から、平安遷都の頃までの時代区分を上代という。日本列島では、紀元前三世紀ころから弥生文化が始まり、稲作の普及により社会集団が形成された。そして豊穣を祈念する祭りが始まり、神聖な詞章が生まれた。上代の歌謡は、このような祭りのうたに起源がある。うたは次第に形式が整えられ、宮廷歌謡や民謡として広まった。上代歌謡の多くは『古事記』や『日本書紀』に収められ、このような歌謡を記紀歌謡という。また歌謡から派生した和歌も独自の発展を辿ることとなる。和歌は、短句が五音、長句が七音に固定され、長歌、短歌などに定型化されていった。このような中でまとめられたのが『万葉集』である。編者は大伴家持らで、現存する最古の歌集である。ただし、数次の編集を経て大成したと考えられており、成立年などは明確ではない。また、この時代は中国文化の影響を強く受けており、漢詩の知識は官人の必須教養であったため、漢詩の創作が盛んであった。編纂された漢詩文をまとめたものには、『懐風藻』がある..]]></description>

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			<title><![CDATA[明星大学　通信　PD2060　国文学史　1単位目2021年度合格]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/929393524740@hc18/149041/]]></link>
			<author><![CDATA[ by jonk]]></author>
			<category><![CDATA[jonkの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 17 Jul 2022 00:13:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/929393524740@hc18/149041/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/929393524740@hc18/149041/" target="_blank"><img src="/docs/929393524740@hc18/149041/thmb.jpg?s=s&r=1657984436&t=n" border="0"></a><br /><br />明星大学通信　国文学史　1単位目2021年度合格レポートです。参考にしていただければ幸いです。[131]<br />国文学史　1単位目　2021年度合格

＜レポート課題＞
上代から近世までの国文学の展開を、散文中心に説明しなさい。


＜レポート本文＞
文学の誕生から、平安遷都の頃までの時代区分を上代という。日本列島では、紀元前三世紀ころから弥生文化が始まり、稲作の普及により社会集団が形成された。このような集団内で豊穣を祈念する祭りが始まり、そこで語られる神聖な詞章が生まれた。これが日本文学の誕生であり、さまざまな神話や歌謡となっていった。
　神話とは、共同体が統合され、国家が形成されていく中で再編・体系化されたものをさらにまとめ上げたものである。おもなものに、『古事記』『日本書紀』『風土記』がある。『古事記』は太安万侶が言明天皇から命を受け、稗田阿礼に誦み習ったものを撰録、編纂したものである。全三巻からなり、上巻が神代の物語である。『日本書紀』は、舎人親王編纂、神代から持統天皇までの歴史書である。『風土記』は元明天皇の命により、国ごとの地誌を編纂したものである。諸国の神話や伝承が中央政府の編集を経ずに記述されている。
　平安遷都から鎌倉幕府の成立頃までを中古という。藤原氏を中心とした貴族中心の文..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[2022年　明星大学　通信　国文学史　「優」合格レポート　2単位目]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918250081754@hc22/148325/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tanpopo_yama]]></author>
			<category><![CDATA[tanpopo_yamaの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 07 May 2022 00:13:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918250081754@hc22/148325/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/918250081754@hc22/148325/" target="_blank"><img src="/docs/918250081754@hc22/148325/thmb.jpg?s=s&r=1651850036&t=n" border="0"></a><br /><br />【課題】
上代から近世までの国文学の展開を、韻文中心に説明しなさい。

※丸写しで不合格になった方がいらっしゃいます。&rdquo;参考&rdquo;にしてください。[210]<br />国文学史
上代から近世までの国文学の展開を、韻文中心に説明しなさい。

まず、上代とは古代文学の前半期のことであり、日本文学が誕生してから奈良時代までの時代区分で
ある。中国から漢字が伝来するまで日本人は文字をもっておらず、口述によって神話や伝説、歌謡などを伝えてきた。これらの神話や伝説が文字として伝えられたのは、奈良時代の始め、８世紀初頭から中頃のことである。中国大陸から漢字が移入され、漢文と、自分たちの話し言葉に漢字を当てはめた万葉仮名が生まれ、奈良時代後期に大伴家持らにより「万葉集」が編纂された。
　「万葉集」は、一貫した方針のもとに一度に成立したものではない。制作年代は400年にわたるが、古代からの伝誦歌を除く大部分の歌は、舒明天皇以降の130年間に詠まれている。天皇・皇族から無名の庶民層に至るまでさまざまな階層の、当時の大和政権の支配の及んだほぼ全域ともいえる地域の、和歌４５００首を、全20巻に収録している。書名の由来は、万代に伝わる願いを込めたもの、多くの歌を集めた意など、古くから諸説あって確定しない。
隋・唐の文化が流入するにつれて、宮廷貴族の間で漢詩文の作成が盛んになり..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[2022年　明星大学　通信　国文学史　「優」合格レポート　1単位目]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918250081754@hc22/148324/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tanpopo_yama]]></author>
			<category><![CDATA[tanpopo_yamaの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 07 May 2022 00:13:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918250081754@hc22/148324/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/918250081754@hc22/148324/" target="_blank"><img src="/docs/918250081754@hc22/148324/thmb.jpg?s=s&r=1651850036&t=n" border="0"></a><br /><br />【課題】
上代から近世までの国文学の展開を、散文を中心に説明しなさい。

※丸写しで不合格になった方がいらっしゃいます。&rdquo;参考&rdquo;にしてください。[213]<br />国文学史

①	上代から近世までの国文学の展開を、散文を中心に説明しなさい。

まず、上代とは古代文学の前半期のことであり、日本文学が誕生してから奈良時代までの時代区分で
ある。中国から漢字が伝来するまで日本人は文字をもっておらず、口述によって神話や伝説、歌謡などを伝えてきた。これらの神話や伝説が文字として伝えられたのは、奈良時代の始め、八世紀初頭から中頃のことである。
稗田阿礼が誦み習ってきた帝紀（天皇の系譜など）、本辞（諸氏に伝わる神話など）を、元明天皇の命により、太安万侶が筆録し、和銅5年に「古事記」として記したのが初めである。古事記は、3巻からなり、上巻は神話、中・上巻に初代神武天皇から33代推古天皇までの事跡を記す。中国大陸から漢字が輸入され、それによって成立し、遣隋使によって中国大陸から文化的に大きな影響を受けた。序文は漢文で書かれているが、それ以外の部分は、漢字の音と訓とを混ぜ合わせた変体漢文である。特に人名や歌などは一字一音の「万葉仮名」で書かれ、仮名発明以前の表記の工夫がしのばれる。
「日本書紀」は日本で最初の勅撰歴史書である。編者は舎人親王を中心とし、神代・神武天皇..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学史I 課題2]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918718919053@hc22/147819/]]></link>
			<author><![CDATA[ by powertower2013]]></author>
			<category><![CDATA[powertower2013の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 18 Mar 2022 01:21:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918718919053@hc22/147819/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/918718919053@hc22/147819/" target="_blank"><img src="/docs/918718919053@hc22/147819/thmb.jpg?s=s&r=1647534081&t=n" border="0"></a><br /><br />国文学史I課題22019～2022年度リポート課題A評価のレポートです丸写しはさけて、レポート作成の際の参考資料としてお使いいただけますと幸いです。このご時世で色々と大変だとは思いますが、教員免許取得できるよう一緒に頑張りましょう[323]<br />【課題】
第二の転換期(十三世紀)を特徴づける文化の三点を要約して説明しなさい。
また、その中の「貴族の反応」として藤原定家を取りあげて、反応について説明しなさい。

【リポート本文】
１３世期の転換期を象徴する変化として「新興の宗教とそれぞれの階層の人々との関わり方の変化」と、「激動の社会の変化に取り残された貴族階級の変化」、「文化の聴き手の変化」という3点がある。以上の3点を中心に第二の転換期について説明する。
そもそも前提として、13世紀は二重政府による混迷の時代であった。日本という一つの国の中に武家が統治する幕府と、公家が統治する朝廷が存在するという、実質的な二重政権により、社会はその構造の変化を求められた。そして文化や宗教にも変化の波は訪れた。
第一の変化として、現行の秩序が崩壊し、人々の頼るべき支柱が失われていく中で、末法思想という仏教的思想が新たに生まれた。信仰により現世に救いを求める平安仏教とは違い、来世に救いを求めるという超越的な思想方向を持った末法思想は鎌倉仏教として確立された。その鎌倉仏教の一翼を担っていた法然の浄土宗、そしてその派生系である親鸞の浄土真宗は、地方..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学史I 課題1]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918718919053@hc22/147818/]]></link>
			<author><![CDATA[ by powertower2013]]></author>
			<category><![CDATA[powertower2013の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 18 Mar 2022 01:21:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918718919053@hc22/147818/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/918718919053@hc22/147818/" target="_blank"><img src="/docs/918718919053@hc22/147818/thmb.jpg?s=s&r=1647534081&t=n" border="0"></a><br /><br />国文学史I課題12019～2022年度リポート課題A評価のレポートです丸写しはさけて、レポート作成の際の参考資料としてお使いいただけますと幸いです。このご時世で色々と大変だとは思いますが、教員免許取得できるよう一緒に頑張りましょう[323]<br />【課題】
大陸文化の「日本化」の結果は、その後の文化や文学に決定的な意味を持った。その最初の転換期としての九世紀の「日本化」の意味は、和歌の領域に、また和歌を通しての美意識の変遷に最も鮮やかに表れていると言われる。『万葉集』と『古今集』を比較して、どのように表れたのか説明しなさい。

【リポート本文】
今の日本人の美的意識に繋がる、9世紀の大陸文化の「日本化」は、和歌を通しての美意識の変遷に最も著しく表れた。今回はその変遷を、「万葉集」と「古今和歌集」を用いて、その歌集の内容を「題材」、「恋への美意識」「時間の概念」の観点から比較し、9世紀の「日本化」の表れを説明したい。
まず9世紀の「日本化」において念頭に置くべき点としては、和歌の正当性が公に認められた、という点である。8世紀編纂の万葉集は勅撰ではなかったが、9世紀編纂の古今和歌集は勅撰の和歌集となった。つまり、9世紀に和歌の文化的立ち位置が明らかに向上したことから、9世紀の「日本化」の意味を語るにあたり、和歌集から日本人の文化的美意識の変遷を読み解くことに必然性はある。
そんな「万葉集」と「古今和歌集」の流れにおいて第一に特徴的な..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学史II 課題２]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918718919053@hc22/147817/]]></link>
			<author><![CDATA[ by powertower2013]]></author>
			<category><![CDATA[powertower2013の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 18 Mar 2022 01:21:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918718919053@hc22/147817/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/918718919053@hc22/147817/" target="_blank"><img src="/docs/918718919053@hc22/147817/thmb.jpg?s=s&r=1647534081&t=n" border="0"></a><br /><br />国文学史II2019～2022年度リポート課題2の合格レポートです丸写しはさけて、レポート作成の際の参考資料としてお使いいただけますと幸いです。このご時世で色々と大変だとは思いますが、教員免許取得できるよう一緒に頑張りましょう。ちなみに蟹工[338]<br />【課題】
下の問すべてに答えなさい。
1「マルクス主義」が日本の文学に与えた影響について、テキスト内容を整理しながら説明しなさい。
2小林多喜二・宮本百合子・中野重治、いずれか一名の小説を1つ読んで、その特徴を指摘しながら自分の考えを記しなさい。

【リポート本文】
文学界におけるマルクス主義のそもそもの始まりは、1900年代の日本資本主義による経済膨張の時期に遡る。日本資本主義の膨張により日本の中での貧富の差は拡大の一途を辿っていく中で、日本共産党主導のもと、一部の人々に広まった思想があった。それこそが、ロシアの共産主義的思想から生まれた、マルクス主義であった。資産家は独占する富を国民に平等に分配すべきという思想のこのマルクス主義は、都会の文学者の中にも急速に広まっていった。そのマルクス主義の影響を受け、「蟹工船」の作者小林多喜二を筆頭としたプロレタリア文学者が生まれた。プロレタリア文学者達はマルクス主義を、貧富の差が拡大する資本主義国日本の社会構造を解釈するツールとして活用し、その解釈を踏まえ、文学を通して自己表現を行うようになった。
マルクス主義が文学に与えた影響は3点ある。まず..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[国文学史II 課題1]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918718919053@hc22/147816/]]></link>
			<author><![CDATA[ by powertower2013]]></author>
			<category><![CDATA[powertower2013の資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 18 Mar 2022 01:21:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/918718919053@hc22/147816/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/918718919053@hc22/147816/" target="_blank"><img src="/docs/918718919053@hc22/147816/thmb.jpg?s=s&r=1647534081&t=n" border="0"></a><br /><br />国文学史II2019～2022年度リポート課題1の合格レポートです丸写しはさけて、レポート作成の際の参考資料としてお使いいただけますと幸いです。このご時世で色々と大変だとは思いますが、教員免許取得できるよう一緒に頑張りましょう。[320]<br />【課題】
以下の問すべてに答えなさい。

1日本の「自然主義」に関してテキストの内容に即して整理したうえで、その特徴を説明しなさい。
2国木田独歩・徳田秋声・正宗白鳥・永井荷風・有島武郎、いずれか一名の小説を1つ読んで、その特徴を指摘しながら自分の考えを記しなさい

【リポート本文】
日本で生まれた自然主義とは、作者周辺に展開する現実世界をあるがままに小説に描く、という文学観のことであった。
自然主義が生まれた背景としては、島崎藤村や田山花袋、徳田秋声ら一部の文学家が、旧来の伝統的価値観である家族という概念から、個人を解き放ちたいという欲求を持っていたからである。しかし当時の江戸文化的前近代価値観が根付いていた社会において、その欲求を適切に表現し、正当化する手段と理論はなかった。その状況を変える嚆矢となったのが、キリスト教的価値観や、あらゆる美化を否定し、「真実」を描くことに注力したゾラのような写実的な外国文学等、西洋文化の近代的価値観の流入である。その西洋小説の文学観に影響を受けた坪内逍遥作の「小説神髄」が、「小説の主脳は人情なり、世態風俗これに次ぐ」という写実主義の重要性を提起した..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[2019～2022_国文学史_分冊1_リポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/923401750707@hc20/144100/]]></link>
			<author><![CDATA[ by こなまる]]></author>
			<category><![CDATA[こなまるの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 04 May 2021 18:37:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/923401750707@hc20/144100/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/923401750707@hc20/144100/" target="_blank"><img src="/docs/923401750707@hc20/144100/thmb.jpg?s=s&r=1620121048&t=n" border="0"></a><br /><br />合格レポートです。ぜひご活用ください。レポート執筆頑張ってください。[102]<br />国文学史I リポート課題　分冊1
八世紀末の平安遷都から、十世紀初にかけては、これまでの大陸文化から「日本化」へ変遷されていった時期であり、特に九世紀に決定的な確立を遂げたとされている。これにより、政治・経済・社会・言語・美学など様々な領域で、日本的なものが確立され、その型や傾向の一部分はほとんど平安時代の末まで維持されるとともに、ある部分については、江戸時代まで残され、またある部分については今日まで維持されてきた。逆にその九世紀以前に確立されてきたものは、今日には原型を留めていないものが多いと考えられている。そして、その「日本化」が最も鮮やかに表れているのが和歌の文化であると言える。ここで、代表的な和歌集である『万葉集』と『古今集』を比較しながら、この和歌に関する「日本化」について、九世紀以前と九世紀以後でどのように変化していったのかどうかを考えたい。まず、奈良時代に編纂されたと言われている『万葉集』に関してだが、この頃は大陸の様式や文化を多く取り入れていたこともあり、漢字の使用が基本となっている。対して、『古今集』は九〇五年に成立しており、先述したような「日本化」が決定されている時..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【日大通信】2019～2022年度　国文学史Ⅱ課題１（分冊１）合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/925081940634@hc20/139988/]]></link>
			<author><![CDATA[ by minatos]]></author>
			<category><![CDATA[minatosの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 12 Mar 2020 21:25:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/925081940634@hc20/139988/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/925081940634@hc20/139988/" target="_blank"><img src="/docs/925081940634@hc20/139988/thmb.jpg?s=s&r=1584015937&t=n" border="0"></a><br /><br />課題内容：文学的近代の成立について述べ、代表的な作家とその作品について解説せよ。
「良い内容のレポート」との講評を頂きました。
キーワードを全て使っています。原稿用紙レイアウトです。
2019年度までの使用教材「日本文学史」（おうふう[340]<br />日本の「近代」は外発的に開花した。夏目漱石は『現代日本の開花』の中で、日本の近代化（西欧化）が必ずしも望ましいものではないが日本国存続のためにはやむを得ない、という認識を持っていた。それは近代文学における〈個〉と〈私〉の構造にも表れている。

日本の近代文学は、写実主義文学である坪内逍遥の『小説神髄』によって実質的に出発し、二葉亭四迷が発表した『浮雲』は、日本の近代小説の始まりと言われている。

次々と現れた文学流派が短命で消えていったのちに、明治40年代の自然主義文学が〈個の表現として大きな反響を呼ぶに至り、島崎藤村『破戒』と田山花袋『蒲団』により、その日本独自の性格、すなわち事実や真実の根拠を科学や実証ではなく自己の「主観」に求め、ありのままの〈個〉を告白する文学、が決定的なものとなった。坪内逍遥が主宰した文芸雑誌『早稲田文学』（明治24年創刊）は自然主義文学の拠点となった。

藤村の『蒲団』は、主人公の内面的な感情の動きの暴露＝告白、大胆で露骨な〈個〉の表現と評されている。私小説の始まりとされる作品でもある。

花袋の『破戒』は、戒めを破ること=告白が大きなテーマとなっている。〈..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【日大通信】2019～2022年度　国文学史Ⅱ　分冊2]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/926362783876@hc19/139774/]]></link>
			<author><![CDATA[ by knk2]]></author>
			<category><![CDATA[knk2の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 22 Feb 2020 08:46:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/926362783876@hc19/139774/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/926362783876@hc19/139774/" target="_blank"><img src="/docs/926362783876@hc19/139774/thmb.jpg?s=s&r=1582328816&t=n" border="0"></a><br /><br />2019～2022年度　国文学史Ⅱ　分冊2　合格レポート です。
丸写しは控え、参考程度にお使いください。

戦前と戦後の戦争文学について述べ，代表的な作家とその作品について解説せよ。 
〈ポイント〉 
・戦前：戦争文学の流行 [312]<br />国文学史Ⅱ　分冊2

戦前と戦後の戦争文学について述べ，代表的な作家とその作品について解説せよ。
〈ポイント〉
・戦前：戦争文学の流行
・兵隊三部作と従軍記の特徴
・戦時下の表現の特徴
・戦後：戦争体験と小説表現の関係
〈キーワード〉
・表現と検閲
・国策
・新日本文学と近代文学
〈参考文献〉
　『日本近代文学大事典（全６巻）』，『講座昭和文学史　第３巻　抑圧と解放』（有
精堂出版，1988 年）　

昭和12年、日中戦争の開始前後は直接間接に戦争に関わった文学が流行し、｢日本回帰｣｢日本的なるもの｣｢東洋精神｣などの言葉が飛び交うようになった。近代化を疑い始め、西欧を超越しようとする傾向が見られた。リアリズム文体を可能にするためには｢現実｣が確固たるものとして見えること、つまり〈私〉自体が安定していることであった。
大正末から様々な方法意識の文学が現れたのはこの＜私＞が不安定になり浮遊したからであると言える。昭和12年7月以降、戦争に直接参加した兵隊が描いた文学と文学者が従軍記者として戦地に赴き報告した文学の2系列の戦争文学が増えた。前者の代表作は火野葦平の『麦と兵隊』で「祖国愛」を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【日大通信】2019～2022年度　国文学史Ⅱ　分冊１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/926362783876@hc19/139773/]]></link>
			<author><![CDATA[ by knk2]]></author>
			<category><![CDATA[knk2の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 22 Feb 2020 08:46:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/926362783876@hc19/139773/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/926362783876@hc19/139773/" target="_blank"><img src="/docs/926362783876@hc19/139773/thmb.jpg?s=s&r=1582328815&t=n" border="0"></a><br /><br />2019～2022年度　国文学史Ⅱ　分冊1　合格レポート です。
丸写しは控え、参考程度にお使いください。

文学的近代の成立について述べ，代表的な作家とその作品について解説せよ。
〈ポイント〉
・日本の自然主義文学と言文一致体の[320]<br />国文学史Ⅱ　分冊1

文学的近代の成立について述べ，代表的な作家とその作品について解説せよ
〈ポイント〉
・日本の自然主義文学と言文一致体の関係
・島崎藤村と田山花袋の作品の特徴
・反自然主義とは何か
・雑誌・新聞メディアとの関係
・私小説の系譜（大正期まで視野に入れること）
〈キーワード〉
・「個」と「私」
・夏目漱石・森鴎外
・白樺派・新感覚派
・『早稲田文学』『スバル』『新思潮』
〈参考文献〉
　『日本近代文学大事典（全６巻）』，『岩波講座　日本文学史』第12 巻（岩波書店，
1996 年）


明治維新後、西洋の思想や文化を取り入れる文明開化が推進され、文学において言文一致運動がおこった。日本語の書き言葉は、それまで重きをおかれていた漢文の伝統から切り離され、明治中期には現代の日本語の書き言葉に直接連なる文体が確立した。第二次世界大戦の敗北の後、日本語の表記は全国規模のメディアの発達によって、現代仮名遣い・新字体化という改革が行われた。
夏目漱石は大正3年に『私の個人主義』という講演を行い、個人主義に「一種の淋しさ」を禁じえないという、＜個＞の確立と「淋しさ」を述べた。
明治末..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学史　課題2]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930578652443@hc18/138011/]]></link>
			<author><![CDATA[ by おもち]]></author>
			<category><![CDATA[おもちの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 26 Jul 2019 16:47:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930578652443@hc18/138011/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930578652443@hc18/138011/" target="_blank"><img src="/docs/930578652443@hc18/138011/thmb.jpg?s=s&r=1564127233&t=n" border="0"></a><br /><br />平成31年-平成32年度における日本大学の国文学史　課題2合格レポートです。
拙い文ですが、お役に立てれば幸いです。[161]<br />国
文
学
史Ⅰ
課
題2
中
世
文
学
に
お
け
る
軍
記
物
語
の
時
代
背
景
、
発
生
と
展
開
、
特
色
に
つ
い
て
説
明
し
な
さ
い
。 
キ
ー
ワ
ー
ド
&rarr;
「
戦
乱
の
史
実
」「
盛
衰
興
亡
」「
仏
教
思
想
」「
異
本
」 
軍
記
物
語
と
は
、
歴
史
を
題
材
と
し
た
物
語
文
学
す
な
わ
ち
歴
史
物
語
に
戦
乱
の
史
実
と
脚
色
を
加
え
た
も
の
で
あ
る
。
平
安
時
代
に
最
古
の
軍
記
物
語
と
い
わ
れ
る
『
将
門
記
』
が
描
か
れ
た
が
、
合
戦
記
録
の
域
を
出
ず
、
文
学
と
し
て
の
形
態
を
完
成
さ
せ
た
の
は
鎌
倉
時
代
に
入
っ
て
か
ら
で
あ
る
。 
中
世
前
期
に
誕
生
し
た
と
見
ら
れ
る
『
保
元
物
語
』
『
平
治
物
語
』
『
平
家
物
語
』
な
ら
び
に
承
久
の
乱
を
題
材
と
し
た
『
承
久
記
』
は
「
四
部
合
戦
状
」
と
呼
ば
..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学史　課題1]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930578652443@hc18/138010/]]></link>
			<author><![CDATA[ by おもち]]></author>
			<category><![CDATA[おもちの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 26 Jul 2019 16:47:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930578652443@hc18/138010/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930578652443@hc18/138010/" target="_blank"><img src="/docs/930578652443@hc18/138010/thmb.jpg?s=s&r=1564127233&t=n" border="0"></a><br /><br />平成31年-平成32年度における日本大学の国文学史　課題1合格レポートです。
拙い文ですが、お役に立てれば幸いです。[161]<br />国
文
学
史Ⅰ
課
題1
女
房
文
学
の
時
代
的
背
景
と
女
流
作
家
た
ち
の
特
色
に
つ
い
て
、
具
体
的
な
作
家
名
や
作
品
を
あ
げ
て
説
明
し
な
さ
い
。 
キ
ー
ワ
ー
ド
&rarr;
「
摂
関
政
治
」
「
宮
廷
文
化
」「
平
仮
名
」「
平
安
京
」 
女
房
文
学
と
は
平
安
時
代
中
期
に
発
展
し
た
、
朝
廷
や
上
流
貴
族
に
仕
え
る
女
性
使
用
人
で
あ
る
「
女
房
」
に
よ
っ
て
描
か
れ
た
文
学
作
品
を
指
す
。
様
式
は
日
記
・
随
筆
・
物
語
な
ど
に
渡
り
、
表
記
は
平
仮
名
で
な
さ
れ
て
い
る
。
平
仮
名
は
漢
字
表
記
の
拘
束
か
ら
自
由
だ
っ
た
た
め
、
女
性
を
中
心
に
普
及
し
た
。
女
房
文
学
が
興
隆
し
た
の
は
、
摂
関
政
治
の
隆
盛
に
あ
る
。
摂
関
政
治
と
は
娘
を
天
皇
家
に
入
内
さ
せ
、
皇
子
を
次
の
天
皇
と
し
、
自
身
は
外
祖
父
と
な
り
政
治
の
実
権
を
掌
握
す
る
政
治
体
制
で
あ
る
。
優
秀
な
女
房
を
持
ち
、
子
女
に
優
れ
た
教
育
を
施
す
こ
と
は
、
天
皇
の
歓
心
を
買
う
こ
と
に
繋
が
る
た
め
、
宮
廷
内
で
の
女
性
の
地
位
や
重
要
性
が
高
ま
っ
た
。 
女
房
文
学
の
皮
切
り
と
な
っ
た
の
は
、
藤
原
道
綱
母
に
よ
る
『
蜻
蛉
日
記
』
で
あ
る
。
そ
れ
ま
で
日
記
は
男
性
貴
族
に
よ
る
事
務
的
・
実
用
的
な
漢
字
の
記
録
と
い
う
位
置
づ
け
で
あ
っ
た
。
そ
の
よ
う
な
中
で
登
場
し
た
本
作
は
女
性
に
よ
る
仮
名
散
文
と
し
て
歴
史
に
残
る
も
の
で
あ
る
。
題
材
は
、
多
情
な
夫
に
嫁
い
だ
作
者
の
結
婚
生
活
の
苦
し
み
や
悩
み
を
語
り
つ
く
し
た
自
伝
的
回
想
で
あ
る
。
当
時
の
婚
姻
制
度
に
よ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学史Ⅱ　分冊2]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930578652443@hc18/135468/]]></link>
			<author><![CDATA[ by おもち]]></author>
			<category><![CDATA[おもちの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 28 Sep 2018 16:35:30 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930578652443@hc18/135468/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930578652443@hc18/135468/" target="_blank"><img src="/docs/930578652443@hc18/135468/thmb.jpg?s=s&r=1538120130&t=n" border="0"></a><br /><br />H29-30年度の日本大学　国文学史Ⅱ　分冊2の合格レポートです。
拙い文ですが、参考になれば幸いです。[141]<br />国文学史Ⅱ 分冊２ 
新感覚派の文学作品の特性について述べ、代表的作家とその作品について解説せよ。 
ポイント&rarr;小説表現への革新運動、「現実」への態度、私小説への反発、関東大震災の影響 
キーワード&rarr;文芸時代、擬人法と意識の流れ、横山利一、川畑康成 
大正後期から昭和初期にかけて、さまざまな文学運動が起こった。新感覚派の誕生もそ
の一つであり、横光利一・川端康成らを中心とした 14 名が、大正 13 年に雑誌「文芸時代」
を創刊した。その後、文芸批評家の千葉亀雄が彼らグループを指して「新感覚派の誕生」
と評したことが起源とされている。新感覚派の特徴は、小説に擬人法・比喩・倒置・意識
の流れといった様々な技法を用い、小説表現の革新を目指すものである。この革新は、私
小説への批判を含有している。私小説は、事実をありのままに描写するリアリティを主張
している。すなわち、人々の共同意識が強固となって構成された「現実」と〈私〉の関係
性が安定している際、私小説のリアリズムが成立する。これに対してこの時代の若者らは、
関東大震災以降の近代化により「抽象的観念的存在」へと変化していった。その結果、〈..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学史Ⅱ　分冊1]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930578652443@hc18/135467/]]></link>
			<author><![CDATA[ by おもち]]></author>
			<category><![CDATA[おもちの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 28 Sep 2018 16:35:30 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930578652443@hc18/135467/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930578652443@hc18/135467/" target="_blank"><img src="/docs/930578652443@hc18/135467/thmb.jpg?s=s&r=1538120130&t=n" border="0"></a><br /><br />H29-30年度の日本大学　国文学史Ⅱ　分冊１の合格レポートです。
拙い文ですが、参考になれば幸いです。[143]<br />国文学史Ⅱ 分冊１ 
自然主義文学の特性について述べ、代表的作家とその作品について解説せよ。ポイント&rarr;
日本の自然主義文学の成立、ヨーロッパ文学の影響、告白の形式、雑誌・メディアとの関
係 キーワード&rarr;早稲田文学、告白と暴露、島崎藤村、田山花袋 
自然主義とはナチュラリズムの訳である。19 世紀後半にフランスのエミール・ゾラが定
義した学説が始まりとされており、ロマン主義文学への反発を根底に、人間の一生を社会
的環境・生物学的遺伝から構築し、客観的に描写しようとするものである。日本の自然主
義は、明治 30 年代の小杉天外・永井荷風らによるゾライズムを契機に、30 年代末から 40
年代に島崎藤村や田山花袋らを中心に興隆した。日本特有の自然主義の性格として、技巧
を排した客観的な描写と自己告白への要求を含有し、視野を個人の身辺に限定した観照の
リアリズムが決定的なものとなっている。 
明治 39 年に島崎藤村より発表された『破戒』は自然主義文学として圧倒的な評価を得た。
本作は、被差別部落出身の青年が社会の不合理に疑念を抱き苦悩する社会小説である。ま
た、藤村は作家として苦悩する&lt;私&gt;..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【明星合格レポート】【2017-2015年】 【PD2060】【国文学史】1.2単位セット　一行25字]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/937299340856@hc16/130938/]]></link>
			<author><![CDATA[ by K.tanaka]]></author>
			<category><![CDATA[K.tanakaの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 11 Oct 2017 18:54:45 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/937299340856@hc16/130938/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/937299340856@hc16/130938/" target="_blank"><img src="/docs/937299340856@hc16/130938/thmb.jpg?s=s&r=1507715685&t=n" border="0"></a><br /><br />明星大学通信教育学部で一回目で合格できたレポートです。皆様のお役に立てれば幸いです。1.2単位セット販売です。仕事や教採対策でお忙しいと思います。レポート張ってください！（4月前に資料を一斉削除する可能性がありますので、他の人とかぶりにくい[352]<br />国文学史
【レポート課題一単位目】
上代から近世までの国文学の展開を、散文中心に説明しない。
　日本の文学が発生してから、平安京に都が遷るまでの時期を上代という。文学の始まりは、口承文学であり、伝説や神話などが信仰を基に語り継がれていった。四世紀頃に漢字が伝来し徐々に広がりをみせ、それまで、口承で伝えられてきた内容が文字によって表されるようになる。そして、日本最古の書物となる『古事記』が成立する。
　『古事記』は、稗田阿礼が天武天皇の勅で誦習した帝紀と旧辞を、太安万侶が元明天皇の勅に撰録した歴史書である。内容は、神話、伝説、説話の三つに分類することができ、物語的に書かれている。
　『古事記』成立八年後に、舎人親王が元正天皇の命によって、太安万侶らと編集した神話・歴史書である『日本書紀』が成立する。また、諸国から撰進された地誌『風土記』、仏教説話集である『日本霊異記』が成立する。
　歴史区分上の平安時代の文学である中古文学では、仮名で書かれた新しい物語文学が登場する。ジャンルには、非現実な要素を含み写実的な要素が希薄な伝奇物語や歌を中心に短い物語が集まり物語が形成された歌物語などがある。伝奇物語には、日本最古の物語である平安初期に成立した『竹取物語』や十世紀後半に成立した『宇津保物語』や『落窪物語』などがあり、歌物語には、十世紀前半ごろに成立したとされる『伊勢物語』や『大和物語』などがある。
　伝奇物語と歌物語の両方の性格を受け継ぎ、十一世紀の初頭に書かれた紫式部の『源氏物語』が出現する。『源氏物語』はその長さや質から、それまでの作品とは一線を画する大作であり、物語文学の成熟の到来とされている。これ以後、物語文学は衰退し、鎌倉時代では、御伽草子などの短編やキリシタン文学などが登場しただけである。
　また、中古時代では、日記と随筆が数多く書かれている。現存最古の仮名日記である紀貫之の『土佐日記』や女流の仮名日記で最古となる右大将道綱の母の『蜻蛉日記』、それに続いて書かれた紫式部の『紫式部日記』、和泉式部の『和泉式部日記』、菅原孝標の女の『更級日記』、清少納言が書いた一条朝を代表する傑作『枕草子』などがある。
　その他のジャンルには説話集と歴史物語がある。代表的な作品として、巨大な説話集『今昔物語集』、平安時代後期に一般の物語のように仮名で記された歴史物語『栄華物語』..]]></description>

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			<title><![CDATA[■【2019-13】【明星大学】【国文学史】過去問と回答例　※2019年4月の試験でも出題済！]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945317737954@hc13/108990/]]></link>
			<author><![CDATA[ by syogo_1002]]></author>
			<category><![CDATA[syogo_1002の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 18 Dec 2013 13:17:43 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945317737954@hc13/108990/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945317737954@hc13/108990/" target="_blank"><img src="/docs/945317737954@hc13/108990/thmb.jpg?s=s&r=1387340263&t=n" border="0"></a><br /><br />明星大学 教育学部 通信課程において、科目終了試験に出題された問題の一覧、およびその回答例、ヒント集です。私が受けた会場だけではなく，全国の試験問題が網羅されております。

2015年8月17日現在,

・2015年4月～8月に行われた全国[320]<br />国文学史　科目終了試験
１．国文学史における神話・伝説の展開について考察せよ。　
日本の文学が発生してから平安京に都が遷った、大和・奈良時代までを上代と呼ぶ。この頃の書物には神話、伝説が記載されている。神話とは、自然界や人間界で起こったさまざまな出来事を神々の行為に帰して物語ったものである。伝説とは、祖先の人たちの活躍や大きな出来事を回顧して、その地域の自然物や事件と結びつけながら、そこに英雄・佳人としての理想的な人物像を作り上げて語られるものである。日本においてそれが見られるものは、太安万侶筆録の『古事記』である。古事記は三巻構成で、上巻には天地創造などの神話、下巻には歴史が書かれている。その後、舎人親王や太安万侶らが『日本書紀』を編集した。一巻と二巻は神話、三巻以降は歴史が書かれており、六国史の最初の書である。さらに、史書と並行して地誌『風土記』が編集され、地方の地理的状況、伝説などが記載された。
２．国文学史における和歌の展開について考察せよ。　
文字をもたなかった頃、古代人の間で謡われた歌謡を「上代歌謡」という。歌詞と共に音楽や身振りや舞踏を伴わないながらうたうものである。上代歌謡とは主として『古事記』や『日本書記』に採録された歌指し、それらを「記紀歌謡」と呼ぶ。集団のなかで生まれ歌い継がれてきた歌謡は、やがて詠む歌・記載される歌・創作歌へと進展し、専門的な歌人もあらわれて、和歌の時代が到来した。こうした和歌を集大成したのが日本最古の歌集『万葉集』であり、大伴家持を経て完成された。歌数は約４５０首にものぼり、長歌・短歌・旋頭歌の三体に別れ、さらに雑歌・相聞・挽歌に三分類される。地方の民衆の歌を集めた東歌や防人歌もある。記載は万葉仮名を用いている。万葉集における代表歌人は、額田王、長歌形式の完成者の柿本人麻呂、山部赤人、山上憶良、大伴家持である。
中古には国風化の傾向が現れ始め、仮名文字が普及し和歌が開花した。その一つのあらわれが、歌人が二組に分かれて優劣を競う歌合が行われた。このような風潮の中で醍醐天皇によって紀友則、紀貫之、凡河内躬恒、壬生忠岑に勅命が下り、『古今和歌集』が編纂された。六歌仙・撰者らの歌をおよそ千首あまり収めており、紀貫之の仮名序と紀義望真名序の二つの序文をもつ。また、四譜と呼ばれる宮中の内侍所などの神前で演奏される「神楽歌」、雅楽の曲..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[★明星大学 国文学史 PC2060 科目試験対策　過去問合格解答例]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/120025/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ぎゃぷらん]]></author>
			<category><![CDATA[ぎゃぷらんの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 30 Apr 2015 22:34:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/120025/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/120025/" target="_blank"><img src="/docs/941640410589@hc14/120025/thmb.jpg?s=s&r=1430400891&t=n" border="0"></a><br /><br />ご覧いただきありがとうございます。レポートの内容等で不明点等ありましたらご質問ください。(2020/01追記)

明星大学　PC２０６０国文学史　科目試験対策の過去問および解答例です。
かれこれ2回試験に落ち、苦戦しました。3回目にや[322]<br />★★★国文学史　PD2060★★★
1.過去問回答例
★国文学史における神話・伝説の展開について考察せよ。(2014上半期) 上代の頃の書物には神話、伝説が記載されている。 神話とは、自然界や人間界で起こった様々な出来事を神々の行為に帰して物語ったものである。
伝説とは、祖先の人たちの活躍や大きな出来事を回顧して、その地域の自然物や事件と結びつけながら、そこに英雄・佳人としての理想的な人物像を作り上げて語られるものである。 日本においてそれが見られるものは、天武天皇の命で稗田阿礼が暗誦（あんじゅ）し、太安万侶が筆録した『古事記』である。古事記は三巻構成で、上巻には天地創造などの神話、下巻には歴史が書かれている。その後、舎人親王や太安万侶らが『日本書紀』を編集した。一巻と二巻は神話、三巻以降は歴史が書かれており、六国史の最初の書である。さらに、史書と並行して地誌『風土記』が編集され、地方の地理的状況、伝説などが記載された。
★国文学史における和歌の展開について考察せよ。(2014上半期) 短歌はすでに七世紀の半ば頃から、日本の詩の形として完成した。 大伴家持によって編集された「万葉集」は、日本最古の歌集としてまた短歌の原点として有名である。「万葉集」には当時の天皇から柿本人麻呂・山上憶良といった歌人、そして庶民までの約4500もの歌が収められている。 平安時代には、日本最初の勅撰和歌集である『古今集』、鎌倉時代には『新古今和歌集』が編集され短歌の文化は頂点を極めた。 その後、戦国・江戸時代を経て明治まで短歌の文化は衰えることなく継承され、明治から戦前にかけては、正岡子規・与謝野晶子といった優れた歌人達が登場し数々の名作を残している。現在でも短歌は根強い人気を保っており『サラダ記念日』で有名な俵万智などの歌人が活躍している。
★国文学史における能、狂言と浄瑠璃、歌舞伎の展開について考察せよ。(2014上半期) 能、狂言、浄瑠璃、歌舞伎は現在では「世界無形遺産」に指定されている伝統的な芸術である。
&rArr;能と狂言 能と狂言であるが、この2つを合わせて「能楽」と言う。 能は600年の歴史がある日本最古の歌舞劇である。 古代の日本に、シルクロードを経て伝来した、散楽という芸能に由来し、平安時代になると、猿楽として日本中に広まった。これが能楽の直接の母体であった。また、農耕行事..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[明星大学　PD2060&nbsp; 国文学史　課題２]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/942828138823@hc14/118409/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tkazu]]></author>
			<category><![CDATA[tkazuの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 01 Feb 2015 23:02:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/942828138823@hc14/118409/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/942828138823@hc14/118409/" target="_blank"><img src="/docs/942828138823@hc14/118409/thmb.jpg?s=s&r=1422799322&t=n" border="0"></a><br /><br />合格済レポート例
課題２
「上代から近世までの国文学の展開を、韻文中心に説明しなさい。」
・時代別に要点をしぼって説明しています。わかりやすくまとめております。

参考文献：乾安代・櫻井武次郎・新間一美・西島孜哉・毛利正守『日本古[340]<br />＜上代＞文字をもたない頃に古代人に謡われていた歌謡と、漢字伝来後の筆録時代に入ってからも謡われたと推定されるうたを上代歌謡、または古代歌謡という。（毛利正守『日本古典文学史』1987）代表的なものは歌垣で、宗教儀礼から次第に遊楽的行事へと変化し、恋愛歌謡の基礎となった。上代歌謡は『古事記』『日本書記』に収録されているものが中心で記紀歌謡という。内容も恋愛歌謡や生活全般と多岐にわたっている。その後上代歌謡は、専門的な歌人の出現とともに、和歌へと発展していく。その集大成が『万葉集』で、大伴家持らによって編纂された。作品には万葉仮名が駆使されており、雑歌・相聞・挽歌の三つに大きく分類され、東歌や防人歌も含まれる。代表歌人には、第一期の額田王ら皇室歌人、修辞法や長歌・短歌の形式も整えた第二期の柿本人麻呂、第三期の山部赤人・大伴旅人・山上憶良ら、第四期の大伴家持や湯原王が挙げられる。同時に和歌に関する評論もおこり、最古の歌論書として『歌経標式』もつくられた。また、渡来人や漢籍の伝来により、近江朝期に漢詩文の制作が盛んとなり、『懐風藻』が最古の漢詩集として成立した。
＜中古＞中古文学の第一期（８世..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[★明星大学 国文学史 PD2060 １，２単位目セット 2014合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/117695/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ぎゃぷらん]]></author>
			<category><![CDATA[ぎゃぷらんの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 04 Jan 2015 18:58:31 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/117695/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/117695/" target="_blank"><img src="/docs/941640410589@hc14/117695/thmb.jpg?s=s&r=1420365511&t=n" border="0"></a><br /><br />ご覧いただきありがとうございます。レポートの内容等で不明点等ありましたらご質問ください。(2020/01追記)

明星大学　PD２０６０ 国文学史 2単位分　レポートです。
ぜひ参考になさってください。
※2014.2013年度に対[298]<br />【課題１】 上代から近世までの国文学の展開を、散文中心に説明しなさい。
日本の文学の誕生以降、平安京に都が遷った奈良時代までの時代区分を上代と呼ぶ。 漢字が伝来するまで文字を持たなかった日本人は、口述によって神話や伝説を伝えてきた。 いわゆる口承文学である。 人々の生活には儀礼や呪術が深く根づいていた。 これらの神話や伝説が文字として伝えられたのは、奈良時代の初め、天武天皇の命で稗田阿礼が暗誦した帝紀を太安万侶が撰録し、「古事記」として記したのが初めである。 中国大陸から朝鮮半島を経由して漢字が輸入され、それによって成立し、遣隋使によって中国大陸から文化的に大きな影響を受けたものでもある。 「古事記」は、 現存する日本最古の歴史書であり、神代から推古天皇までの系譜や事件などを歌謡や説話、神話を基に書かれている。 「古事記」の表記には、純粋の漢文体で書かれた序文のほか、漢字の音訓を交えた変則の漢文体で書かれたものもある。
「日本書紀」も「古事記」と同様に歴史書であるが、「古事記」とは異なり、国の定めた正式な歴史書(国の正史)である。 時代を大和朝廷にさかのぼり天皇を中心とする律令国家体制の歴史を叙述することによって、 その権威を国内外に知らしめる意味で書かれた歴史書である。
「風土記」と いう各国庁が報告した公文書も編集された。 これは、各地の物産や土地の肥沃状態、地名の由来や旧聞伝承などが寄せられたものであり、また「古事記」や「日本書紀」には無い地方独特の神話や伝説、歌謡などが収録されているため、見聞史料として貴重なものであった。
9世紀から12世紀の平安時代を中古時代と呼ぶが、中古時代の初期、遣唐使による大陸との往来が盛んになるにつれて、唐風の文化が尊重されるようになった。 貴族の間では漢詩文が流行し、9世紀の前半は空前の隆盛期に迎えた。 その後、唐が衰えると、唐風文化に変わって再び国風文化への自覚が高まった。 続いて、かな文字の発明と普及に伴って、和歌とともに、散文もかな文字で記されるようになり、物 語がかな仮名で書き表された。 物語では作り物語であり「源氏物語」絵合の巻で「物語の出で来はじめの祖」とあるように、 日本最初のかなによる物語である「竹取物語」。 歌物語では、「伊勢物語」あり、これは六歌仙の一人である在原業平に関する小話を、業平の身近の人が綴った..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学史Ⅱ　分冊１ 2014　合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/116862/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yumeno]]></author>
			<category><![CDATA[yumenoの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 13 Nov 2014 17:26:54 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/116862/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/116862/" target="_blank"><img src="/docs/947055634295@hc13/116862/thmb.jpg?s=s&r=1415867214&t=n" border="0"></a><br /><br />課題　近世文学は写本文化から出版文化時代の文学ともいわれる。大量出版された文学作品の影響(長所・短所)について記しなさい。
合格レポートです。参考程度にご利用ください。[246]<br />国文学史Ⅱ　分冊１　平成２５・２６年報告課題
&lt;近世文学は写本文化から出版文化時代の文学ともいわれる。大量出版された文学作品の影響(長所・短所)について記しなさい。&gt;
　従来の文学と近世文学を比べて一番大きな相違は、印刷文化の出現を挙げることができる。西欧の活字印刷術が日本にもたらされたのは、天正十八年(一五九〇)イタリアの宣教布アレッサンドロ=ワリニヤニによるという(新村出『南蛮文学概観』。)翌天正十八年、この印刷機によって、『サントスの御作業の内抜書』が肥前国高来郡の加津佐の学林で刊行された。以降、天草・長崎等で印刷出版が行われる。いわゆる天草版と呼ばれるものである。これとほとんど同じ頃に日本に輸入されたもう一つの印刷技術が朝鮮系統のものである。これは豊臣秀吉の朝鮮の役の時に持ち帰ったものであるが、実際に活用されたのは後陽成天皇勅版の『古文孝経』の印刷であった。
　近世以前、書写本や肉筆画は最も限られ高値であり、庶民には無縁であったが、印刷という大量複製技法の向上により、おびただしい数の出版物が生み出され、価格も江戸庶民が容易に手に出来るまでに下がり、さらには参勤交代で上京した下級..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学史Ⅱ　分冊２　2014　合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/114911/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yumeno]]></author>
			<category><![CDATA[yumenoの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 18 Aug 2014 12:13:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/114911/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/114911/" target="_blank"><img src="/docs/947055634295@hc13/114911/thmb.jpg?s=s&r=1408331589&t=n" border="0"></a><br /><br />課題　自然主義文学の特性について述べ、代表的作家とその作品について解説せよ。
合格レポートです。参考までにご利用ください。[181]<br />国文学史Ⅱ　分冊２　平成２５年・２６年報告課題
&lt;自然主義文学の特性について述べ、代表的作家とその作品について解説せよ。&gt;
　文学史上の通念として、明治四〇年代の自然主義文学に対して、小杉天外、永井荷風らによる三〇年代中葉の意識的にゾライズムに立った文学を、前期自然主義文学と称している。明治四〇年代の自然主義文学は、ただの自然主義か、あるいはヨーロッパ自然主義の影響の濃い前期のそれに対して、日本独自の要素を多く持つため、日本自然主義と称したりする。
　フランスの作家、エミール・ゾラは、クロード・ベルナールの実験医学の方法に学んだ、「実験小説論」(一八八〇)で科学的な実験と観察による小説の手法を提唱し、自然主義の中心的理論となった。日本におけるゾラの紹介は、早く中江兆民の仏人ヴェロンの美学書邦訳『維氏美学』(明一六)に始まり、文学者による本格的な紹介、批評は森鴎外の「小説論」（『読売新聞』明二二）がその嚆矢であったが、ゾラの本格的な需要は三〇年代に入ってからである。日清戦争後の文壇において従来の硯友社風写実小説が否定され、より切実に人生や社会を反映した作品が、深刻小説や観念小説、さらには..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【2013】【明星大学】【国文学史】合格レポート(1・２単位)]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945317737954@hc13/109013/]]></link>
			<author><![CDATA[ by syogo_1002]]></author>
			<category><![CDATA[syogo_1002の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 18 Dec 2013 17:34:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945317737954@hc13/109013/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945317737954@hc13/109013/" target="_blank"><img src="/docs/945317737954@hc13/109013/thmb.jpg?s=s&r=1387355693&t=n" border="0"></a><br /><br />２０１３年度の明星大学 教育学部 通信教育課程における、レポート課題の合格レポートです。特に指摘もなく、高評価で１回目で「合格」の評価をいただきました。皆様のお役に立てれば幸いです。

※　２０１３年度のレポート課題と、２０１４年度のレポー[352]<br />●国文学史：１単位目
【２０１３年度：課題１】上代から近世までの国文学の展開を、散文中心に説明しなさい。（２０１２年度と同一）
　日本の文学が発生してから平安京に都が遷った、大和・奈良時代までを上代と呼ぶ。この頃の書物には神話、伝説や逸話が記載されている。日本においてそれが見られるものは、太安万侶筆録の『古事記』である。古事記は三巻構成で、上巻には天地創造などの神話、下巻には歴史が書かれている。古事記成立の８年後、舎人親王らが『日本書紀』を編集した。一巻と二巻は神話、三巻以降は歴史が書かれており、六国史の最初の書である。さらに、史書と並行して地誌『風土記』が編集され、地方の地理的状況、伝説や説話などが記載された。
　平安時代、平安遷都が行われてから鎌倉幕府成立までを中古と呼ぶ。９世紀頃、仮名で書かれた新しい物語文学『竹取物語』が登場した。竹取物語のように、非現実的な要素を含み、写実的要素の稀薄な物語を「伝奇物語」と呼ぶ。後には『宇津保物語』や『落窪物語』が書かれた。
伝奇物語とならび「歌物語」という物語文学も生まれた。歌物語は、比較的短い地の文に数首の歌が加わって１段を形成し、代表作品は『伊勢物語』である。伊勢物語は、物語の中に在原業平の歌が多く用いられている。そのほか『大和物語』や『平中物語』がある。伝奇物語と歌物語の両方の性質を受け継ぎ、総合的な内容をもって作られたのが、紫式部の『源氏物語』である。全５４帖からなる長編物語だが、歌物語の性質もあるため、歌が重要な働きをしている。９世紀に仮名が発明されると、日記にも仮名を用い、現存最古の仮名日記『土佐日記』が紀貫之によって書かれた。作者を女性に仮託した体裁で書かれているのが特徴である。その後最古の女流仮名日記『蜻蛉日記』が右大将道綱の母によって書かれ、紫式部の『紫式部日記』、和泉式部の『和泉式部日記』、菅原孝標の女の『更級日記』も誕生した。わが国初の随筆文学は清少納言の『枕草子』に始まる。随筆とは自分の見聞・体験・感想などを、思うままに書き付けたものである。平安後期には仮名で書かれた歴史書も登場し、最古のものは『栄華物語』で、藤原道長に栄華を賛美した、歴史順に記述する編年体で書かれた歴史物語である。
鎌倉・室町時代の約４００年間のことを中世と呼ぶ。この時期は多くの内乱が起こり、人々は救いを仏教に求め、無常観が流..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学史Ⅰ分冊２　2012　合格レポート　日本大学通信教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/102096/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yumeno]]></author>
			<category><![CDATA[yumenoの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 20 Mar 2013 19:59:16 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/102096/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/102096/" target="_blank"><img src="/docs/947055634295@hc13/102096/thmb.jpg?s=s&r=1363777156&t=n" border="0"></a><br /><br />課題　吉田兼好の生涯と『徒然草』の成立や特徴について説明しなさい。

合格レポートです。
拙い文章ですが、参考になれば幸いです。[186]<br />国文学史Ⅰ　分冊２　平成２３・２４年報告課題
&lt;吉田兼好の生涯と『徒然草』の成立や特徴について説明しなさい。&gt;
　吉田兼好の生誕は、はっきりとは確認されていないが、兼好の諸活動を勘案すると、弘安六年前後とされている。兼好が久我家の分かれである堀川家の具守の家司であり、その関係で六位蔵人として後二条帝に出仕、やがて左兵衛佐に任ぜられたであろうとする見解が現在最も有力な説である。家司は、公家社会にあって、ブレーン・トラスト的な存在であり、学問をはじめ、有職故実、芸事など万般に通暁した能力を要求される。『徒然草』にみえる、あの多方面にわたる豊富な記事や知識への異常な関心は、この家司としての兼好と緊密に結びあったところに生じたものとみなされる。
　その後、左兵衛佐の家司兼好は出家遁世を遂げ、遁世後は、関東に下向した時期をはさみ、二条為世門の和歌四天王として歌壇で活躍し、『続千載集』以下の直勅撰集歌人となっている。現存する彼の和歌は、『兼好自撰家集』のほか、勅撰集、私撰集などに散在するのを集成して、三三〇余首ある。
　現在兼好の生存を確認しうる最後の資料は、『後普光園院殿御百首』であり、この百首..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学史Ⅰ　分冊１　2012　合格レポート　日本大学通信教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/102095/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yumeno]]></author>
			<category><![CDATA[yumenoの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 20 Mar 2013 19:59:16 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/102095/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/102095/" target="_blank"><img src="/docs/947055634295@hc13/102095/thmb.jpg?s=s&r=1363777156&t=n" border="0"></a><br /><br />課題　漢詩文の盛行から和歌文学の興隆となった原因や条件、さらに興隆によって成立した作品の特徴について説明しなさい。

合格レポートです。
拙い文章ですが、参考になれば幸いです。[258]<br />国文学史Ⅰ　分冊１　平成２３･２４年報告課題
&lt;漢詩文の盛行から和歌文学の興隆となった原因や条件、さらに興隆によって成立した作品の特徴について説明しなさい。&gt;
　九世紀後半、都良香、菅原道真などの漢詩人が和歌を詠ずるようになった。漢詩人即歌人の出現は、政治的、公的、外来的な律令制的な世界に、私的、心情的、国風的な意識が芽生え、台頭しはじめたことを示す。「漢才」に対する「和魂」の意識が芽生え、それは、一方では漢詩文そのものの現実化、国風化への接近をいみするが、同時に和歌という伝統的な国風文化の復興をものがたる。
　九世紀後半から十世紀にかけての時期は、政治的には律令体制から摂関体制への変質を、文化的には唐風外来文化への移行を、文学的には漢詩文の盛行から和歌の台頭発展を用意する、古代後期における大きな転換時期である。
　十世紀初頭、紀貫之らにより『古今和歌集』の勅撰は、矢進外来文化である「漢詩」に対抗できる国風文化「和歌」の文芸性を確立したものであり、以後の和歌文学の隆盛、和歌文学こそ古代後期の仮名文学全般の母胎であり推進力である。
　『万葉集』の成立以後、和歌は漢詩文に圧されて、貴族社会..]]></description>

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			<title><![CDATA[国文学史1　分冊１　紀貫之の功績]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956954074165@hc10/91828/]]></link>
			<author><![CDATA[ by masquerade]]></author>
			<category><![CDATA[masqueradeの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 25 Mar 2012 22:58:40 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956954074165@hc10/91828/" target="_blank"><img src="/docs/956954074165@hc10/91828/thmb.jpg?s=s&r=1332683920&t=n" border="0"></a><br /><br />紀貫之は、平安時代前期の歌学者で『古今集』の選者、『土佐日記』の作者であるほか、後の時代の藤原公任の『三十六人撰』にて和歌の名人36人として選ばれた三十六歌仙のうちの一人でもある。
紀貫之の生きた平安時代前期は、文学の上で漢詩・漢文が公的な学問として重んじられる一方で、漢字をもとに作られた和製文字である仮名が誕生し、当初は女性が使う文字とされていたが、やがて公的な場で歌合などが楽しまれるようになっていった時代である。日本固有の文化である和歌や仮名文学が漢文と同じ地位に押し上げられ栄えるのと同時に、文化の上では中国風文化から国風文化への転換がおこり優美・繊細かつ貴族的な文化が栄える土台が作られた。
　その丁度転換期である延期（九百一～九二三）の時代、醍醐天皇の名により最初の勅撰和歌集『古今集』が編纂された。選者は紀貫之、紀友則、凡河内躬恒、壬生忠岑らである。その中には平安時代初期の歌も含まれ、「読人しらずの時代」から六歌仙時代、撰者らの時代までの約百四十年間の名歌千百首が集められている。古今集のうちで一番数が多いのは撰者らの時代の歌であるが、それらは、万葉集時代や六歌仙時代の歌風と比べて..]]></description>

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