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		<title>タグ“古典”の公開資料</title>
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		<description>タグ“古典”の公開資料</description>
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		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[電子軌道]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/150508/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sengoro]]></author>
			<category><![CDATA[sengoroの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 05 Jan 2023 11:24:06 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/150508/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/150508/" target="_blank"><img src="/docs/930858578376@hc18/150508/thmb.jpg?s=s&r=1672885446&t=n" border="0"></a><br /><br />電子軌道
電子軌道でんしきどう、英: electron
orbitalとは、電子の状態を表す、位置表示での波動関数のことを指す。電子軌道は単に「軌道」
と呼ばれることもある。
20世紀初頭にジャン・ペラン、長岡半太郎、アーネスト・ラザフォードらは独立に原子核の周りを
電子が運動するという原子模型を提唱した。
ラザフォードの模型はラザフォード散乱の実験結果をよく説明したが、説明困難な事象もいくつか
知られていた。例えば古典力学によれば原子核の周りを運動する電子は電磁波を放出せねばならず
、電子は速やかにエネルギーを失って原子核へ衝突すると予測されるが、実際には原子は安定に存
在することができ、模..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[古典]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/148767/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sengoro]]></author>
			<category><![CDATA[sengoroの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 16 Jun 2022 10:43:38 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/148767/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930858578376@hc18/148767/" target="_blank"><img src="/docs/930858578376@hc18/148767/thmb.jpg?s=s&r=1655343818&t=n" border="0"></a><br /><br />古典
古典こてんは、古い書物、形式のこと。また、長く時代を超えて規範とすべきもののこと。
英語のcl..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【評価A】学習・言語心理学_設題１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/922258141056@hc21/143031/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 東京福祉大通信_イスクさん]]></author>
			<category><![CDATA[東京福祉大通信_イスクさんの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 27 Jan 2021 19:39:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/922258141056@hc21/143031/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/922258141056@hc21/143031/" target="_blank"><img src="/docs/922258141056@hc21/143031/thmb.jpg?s=s&r=1611743958&t=n" border="0"></a><br /><br />東京福祉大学通信心理学部でA判定をもらった「学習・言語心理学」のレポートです。【設題】「古典的条件づけ」と「オペラント条件づけ」とについて、それぞれ何かを日常的な具体例を挙げながら簡単に述べ、両者の類似点と相違点をまとめよ。[334]<br />【設題１】
「古典的条件づけ」と「オペラント条件づけ」とについて、それぞれ何かを日常的な具体例を挙げながら簡単に述べ、両者の類似点と相違点をまとめよ。

　「古典的条件づけ」と「オペラント条件づけ」とは、ともに学習の一形態である。条件付けとは、学習を生じさせるための操作、および学習過程そのものであり、学習とは「経験によって生じる比較的永続的な行動変化の背後にある心的過程」（1）と定義される。本レポートでは「古典的条件づけ」と「オペラント条件づけ」について、それぞれの日常的な具体例を挙げながら両者の類似点と相違点をまとめる。

1、古典的条件付け
　古典的条件付けとは、1つの出来事の後に別の出来事が起こることを関連づける学習であり、19世紀後半にロシアの生理学者パブロフによって発見された。パブロフは犬を被験体として、メトロノームの音に後続して餌を与える実験を行なった。当初犬は餌に対して唾液を分泌していたが、やがて音を聞くだけで唾液を分泌するようになり、メトロノームの音に対して唾液を流すという新しい反応を学習した。実験における餌のような生得的に強い反応を引き起こす刺激を無条件刺激、無条件刺..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[学習言語心理学]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/922776925841@hc20/142855/]]></link>
			<author><![CDATA[ by JhAM]]></author>
			<category><![CDATA[JhAMの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 15 Jan 2021 20:42:37 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/922776925841@hc20/142855/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/922776925841@hc20/142855/" target="_blank"><img src="/docs/922776925841@hc20/142855/thmb.jpg?s=s&r=1610710957&t=n" border="0"></a><br /><br />設題：古典的条件づけとオペラント条件づけとについて、それぞれ何かを日常的な具体例を挙げながら簡潔に述べ、両者の類似点と相違点をまとめよ。に関するレポートです。
指摘：適切にまとめられており具体例がとても良く説明できている。しかし、類似点相[356]<br />「古典的条件づけ」と「オペラント条件付け」とについて、それぞれ何かを日常的な具体例を挙げながら簡潔に述べ、両者の類似点と相違点をまとめよ

【序論】人は、生まれてから死ぬまで様々な行動をとるが、それは成長とともに学習され、いくつものパターンを形成していくものとなる。その中には、乳児期の反射のように消失するものもあれば、歩行や会話など一度学習されれば生涯保持されるものもある。行動には、生物的に個体差のない、遺伝的に生まれつき生体に備わった性質である生得的行動と、状況に応じ、異なった行動をとる過去の経験によって習得した習得的行動とが存在するとされる。また、学習とは、経験によって生じる比較的永続的な行動の変化とされ、英会話や運動技能のように外から目に見える場合もあれば、知識や価値観のように直接目に見えない場合もある。このような、生得的行動と学習に伴う習得的行動を理解するための理論に、古典的条件づけやオペラント条件付けが存在する。今回、この二つの理論を身の回りに見られる状況等を踏まえて、その類似点や相違点について述べる。
【本論】まず、古典的条件づけについて述べる。人は、何かを食べる時に唾液が..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学：M5103京都と文学（古典）の科目最終試験の解答（2020年3月受験&rarr;3月末合格）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/928064624649@hc19/140120/]]></link>
			<author><![CDATA[ by テツヤ]]></author>
			<category><![CDATA[テツヤの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 02 Apr 2020 11:05:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/928064624649@hc19/140120/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/928064624649@hc19/140120/" target="_blank"><img src="/docs/928064624649@hc19/140120/thmb.jpg?s=s&r=1585793159&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学：M5103京都と文学（古典）の科目最終試験の解答です。
2020年3月受験で3月末に86点で合格しました。
科目コードが違っても同一設題ならば対応可能です。
文章の構成など参考にしていただければと思います。
できるだけわか[318]<br />・「治承の辻風」の内容をまとめた上で、鴨長明の視点を指摘、分析せよ。
　
　治承の辻風は、治承４年４月に起こった。方丈記には『また、治承四年卯月のころ、中御門京極のほどより、大きなる辻風おこりて、六条わたりまでに吹ける事侍りき。』と述べている。
　治承４年というのは1180年のことで、４月に辻風が起こり、京都の町は大きな被害を受けた。この年は、５月26日に以仁王が平家追討の旗揚げをし、それにより都が混乱に陥る。中々動かなかった源頼朝が８月17日に、伊豆で軍事行動を起こした。その間の、６月２日に、平清盛は強引に都を福原に移した。この年は、このようなことが、慌ただしく春から夏にかけて起こった。
　..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学：M5103京都と文学（古典）の第１設題リポート（2020年2月提出&rarr;2月末受理）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/928064624649@hc19/139811/]]></link>
			<author><![CDATA[ by テツヤ]]></author>
			<category><![CDATA[テツヤの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 27 Feb 2020 09:03:58 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/928064624649@hc19/139811/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/928064624649@hc19/139811/" target="_blank"><img src="/docs/928064624649@hc19/139811/thmb.jpg?s=s&r=1582761838&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学：M5103京都と文学（古典）の第１設題リポートです。
2020年2月提出で2月末に受理されました。
科目コードが違っても同一設題ならば対応可能です。
フィードバックでは「作者である鴨長明の経歴をおさえられている。『方丈記』の[326]<br />M5103　京都と文学（古典）
『方丈記』は、「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。世の中にある、人と栖と、またかくのごとし。」で始まる。
レポートでは、まず著者である鴨長明という人物や『方丈記』についてまとめよ。
その上で、この「世にある、人と栖と、またかくのごとし」という言葉をキーワードとして、京の「人」や「栖」（建物）を、鴨長明が『方丈記』の中で、どのように捉えているかを考察せよ。その際、鴨長明自身の「方丈」での生活の描写なども参考にする事。

１．	著者  鴨長明について
鴨長明は、京都の下鴨神社の神官、鴨長継の次男として生まれた。父長継が死去した後、神官の職を継ぐ望みも次第に薄れ、歌道や管弦の芸道修行に精進し、和歌を俊恵に、琵琶を中原有安に学んだ。３０代で初めて『千載集』に入集し、勅撰歌人の栄誉を受けた。その後、多くの歌合に出詠し、専門歌人として活躍した。後鳥羽院の恩顧で和歌所の寄人となった。地下人として選ばれたのは、長明と藤原秀能の２人だけであった。強く望んでいた河合社の禰宜の官を同族の鴨祐兼に阻まれ、失意のうちに出家した。後に、大原に隠棲し、さらに日野に移り、『方丈記』を書いた。他には、歌論書『無名抄』、仏教説話集『発心集』なども著書としてある。

２．	方丈記について
建暦２年（1212年）成立。『方丈記』という書名は、日野山に広さ一丈（約３ｍ）四方の草庵を建て、そこで書いたことによる。災厄を記した前半と、日野の外山での草庵生活を述べた後半から成る随筆である。漢文訓読調の和漢混交文で、対句が多用されており、リズミカルである。数多い比喩も的確で、特に災害描写はリアルで臨場感にあふれている。前半は、『ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。』という文で始まり、安元の大火、治承の辻風、福原への遷都、養和の飢饉・疫病、元暦の大地震という５つの災厄が具体的に記されている。大火で京の都の３分の１が焼かれ、辻風で多数の家屋が倒壊し、４００年続いた都が突然遷され、飢饉で４万人以上が死んだ後、大地震が起こり、京都は壊滅的であった。この惨状を目のあたりにした長明は、万物は常に変化し、永久不変なものは何ひとつとないと強く感じ、無常の世に生きる人間の悲劇を描写して、感慨を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[高校入試必修古文単語]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949820925404@hc12/122401/]]></link>
			<author><![CDATA[ by chikuta]]></author>
			<category><![CDATA[chikutaの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 01 Nov 2015 00:41:50 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949820925404@hc12/122401/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/949820925404@hc12/122401/" target="_blank"><img src="/docs/949820925404@hc12/122401/thmb.jpg?s=s&r=1446306110&t=n" border="0"></a><br /><br />※高校生の基本的事項の確認としても使えます。
※私自身が塾教室長兼講師として培った経験をもとに作成しましたので、参考文献・引用文献はありません。

高校入試では、一部の学校を除いて古文が一題出題されます。配点は２０点～２５点程度で、出[348]<br />高校入試　必修古文単語（全８５個）の使い方
※高校生の基本的事項の確認としても使えます。
１．はじめに
高校入試では、一部の学校を除いて古文が一題出題されます。配点は２０点～２５点程度で、出題パターンは、
〇解釈・現代語訳の問題&hellip;単語・反語表現など
〇助動詞の用法を問う問題&hellip;「けり・む」など
〇係り結びを問う問題
〇内容理解・内容把握の問題&hellip;５択が多い
が基本です。
限られた時間でスピーディに解くためには、基本的な古文単語を覚えておく必要があります。中学３年生にとっては英単語ほど重要と感じていないかもしれませんが、ここで覚えておくと、高校進学後も必ず役に立ちます。生徒は古文が苦手で、例年入試直前まで苦戦します。この古文克服のために、こういったプリントを作成しました。
私は毎年夏休み中から生徒に１枚ずつ配布&rarr;テストを実施しています。生徒は、テスト時には覚えていても時間が経つと忘れてしまっています。ですから２周するのがお薦めです。
２．プリントについて
プリントには、段階的学習として重要度別に
レベル１&hellip;３３個（中学基本レベル・教科書レベル）
レベル２&hellip;２４個（定期テスト・実力テストレベル）
レベル３&hellip;２８個（高校入試レベル）
と分けています。生徒の学年や学力に応じて適宜使用ください。
単語の意味は、高校入試でよく扱われるものを中心にして作成しています。また、「え～打消し」など構文的なものも含めています。
「ポイント」には、押さえておかねばならない点や注意事項、覚え方を入れていますので活用ください。
３．プリントの構成
①単語プリント&hellip;７枚
②単語テスト・解答&hellip;各１０枚
③歴史的仮名づかいテスト・解答&hellip;各１枚
高校入試　必修古文単語　　　その壱の壱　（全三十三個）
８
７
６
５
４
３
２
１
いみじ
　いはく
(いわく)
　いとど
　いと
ありがたし
あり
あまた
あはれ(なり)
単語
大変だ。（望ましくない場合に使う）すばらしい。（誉める場合に使う）
言う(こと)には。
ますます。いよいよ。
とても。非常に。
めったにない。珍しい。
ある・いる・存在する。
数多く・たくさん。
しみじみとした趣(がある)。
意味
胃みじかくて消化が大変だけどすばらしい消化力。
岩食いながら言うことには～
「いと」よりも度合いが強い。
糸がとても長い。ｖｅｒｙ
「有り難し」&rarr;有る..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国語学講義（分冊２）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952855190597@hc11/137103/]]></link>
			<author><![CDATA[ by けっけっ]]></author>
			<category><![CDATA[けっけっの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 13 Mar 2019 11:47:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952855190597@hc11/137103/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952855190597@hc11/137103/" target="_blank"><img src="/docs/952855190597@hc11/137103/thmb.jpg?s=s&r=1552445277&t=n" border="0"></a><br /><br />平安時代と、院政鎌倉時代以降の文献からそれぞれ一つずつ選び、本文を引用し、国語史的特色を説明しなさい。
本文の引用が正確になされ、個々の指摘も的確です。よくまとめられています。とお褒めを頂きました。[296]<br />国語学講義

0 314　分冊２

平安時代の文献『源氏物語』夕顔より国語史的特徴を説明する。

「..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[中央大学法学部通信教育課程　２０２０年　心理学 第２課題　評価B]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930129924854@hc18/134929/]]></link>
			<author><![CDATA[ by C'sf*ckin'idiot]]></author>
			<category><![CDATA[C'sf*ckin'idiotの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 12 Aug 2018 13:00:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/930129924854@hc18/134929/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/930129924854@hc18/134929/" target="_blank"><img src="/docs/930129924854@hc18/134929/thmb.jpg?s=s&r=1534046444&t=n" border="0"></a><br /><br />２０２０年度、中央大学法学部通信教育課程の心理学 第2課題です。一発合格でした。
課題内容『行動主義、認知主義、状況主義における「学習」の定義と基本的な考え方を説明しなさい。また、日常生活のおける自分自身の「学習」について、具体例を２つ以上[354]<br />私たち人間を含め動物は、行動という機能を使い環境の中で適応している。適応的な行動をするためのメカニズムは２つあり、ひとつは親から受け継いだ生得的なプログラムであり、もうひとつは生まれたあとに自分自身で手に入れたデータを処理して得た獲得的なものである。後者は学習とよばれる。心理学でいうところの学習には、教室や自宅での勉強という意味だけではなく、無意思により行っている経験による行動の変化の全てを含む。
学習心理学における主流思想に行動主義がある。行動主義では、学習とは端的に刺激に対する反応の結びと説明される。つまり学習は、与えられた刺激に対応させるべき反応を誘発し、その反応の生起の直後に報酬を与えるという条件付けによって形成されるものとされた。条件付けとは、もともと関係のなかった刺激と反応に結びつきを形成することを意味し、古典的条件付けとオペラント条件付けがよく知られている。
古典的条件付けは、学習の中でも最も単純な現象のひとつであり、ロシアの生理学者パブロフによって発見された。生理的反応を引き起こさないような刺激（中性刺激）を与えた後に、生理的反応を引き起こすような刺激（無条件刺激）を加..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[2017年度　Ａ判定合格済！漢文学　第2設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933924097412@hc17/132994/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yurichihi]]></author>
			<category><![CDATA[yurichihiの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 05 Mar 2018 22:13:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933924097412@hc17/132994/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/933924097412@hc17/132994/" target="_blank"><img src="/docs/933924097412@hc17/132994/thmb.jpg?s=s&r=1520255632&t=n" border="0"></a><br /><br />2017年度合格済み！高評価A判定です
複数参考文献を参照して丁寧に作成しています。
設題の留意点など、レポート設題の意図に沿った記述を目指し評価されています。
参考文献等記載あり！

レポート作成の一助としてください。[310]<br />日本人がいわゆる「漢文訓読」で中国の古典を読む場合の利点と
問題点について説明せよ。
　　「漢文訓読」とは、漢字、漢文についての読み方の一つ。音読(おんどく)の対で、倭読（和読）ともいう。次の二つの場合がある。一字一字の漢字について、その意味にあたる大和詞（大和言葉）で読むこと。訓読みともいい、「山」を「やま」、「川」を「かわ」と読む類である。このように、その字について定まった日本語の読みを「訓」という（対して、「サン〈山〉」「セン〈川〉」と読む類を音読みともいう）。訓は、中国語である漢文の日本語への翻訳の過程で、一字一字の読みとして定着したもので、『万葉集』の借訓仮名によって、奈良時代にはかなりの字について訓の成立していたことが知られる。訓読のもう一つの場合は、漢文を日本語の語法に従って読み下すことをいう。たとえば、『論語』の「有朋自遠方来、不亦楽乎」を「ともゑんぱうよりきたるあり、またたのしからずや」と読む類である。中国語の文章である漢文と日本語とは、言語の構造が異なっている。そのため、語順の差を返読で調整するために返点を付し、助詞・助動詞を補ったりするために、ヲコト点（乎古止点..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【明星合格レポート】【2017-2015年】 【PD3010】【古典文法】1.2単位セット　一行25字]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/937299340856@hc16/130940/]]></link>
			<author><![CDATA[ by K.tanaka]]></author>
			<category><![CDATA[K.tanakaの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 11 Oct 2017 18:54:46 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/937299340856@hc16/130940/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/937299340856@hc16/130940/" target="_blank"><img src="/docs/937299340856@hc16/130940/thmb.jpg?s=s&r=1507715686&t=n" border="0"></a><br /><br />明星大学通信教育学部で一回目で合格できたレポートです。皆様のお役に立てれば幸いです。1.2単位セット販売です。仕事や教採対策でお忙しいと思います。レポート張ってください！（4月前に資料を一斉削除する可能性がありますので、他の人とかぶりにくい[352]<br />古典文法
【レポート課題一単位目】
日本最古の漢詩集『懐風藻』を中心に、近江・奈良朝・平安初頭の古代漢文学の形成と展開についてまとめなさい。
　『懐風藻』（編者未詳）は、日本最古の漢詩集として、天平勝宝三年に編まれた。同書には、編者自らその編纂意図を述べた序文が、修辞を凝らした漢文で記されている。まず、その序文の内容から触れていきたい。
　その冒頭には、日本古代漢詩学の歴史を顧みて、次のように述べている。神武天皇が、天孫降臨の地、日向の高千穂から東征して、大和の橿原に宮を定めた建国草創の頃は、文化的に未開であった（漢文もまだ興らなかった）。応神朝の王仁や敏達朝の王辰爾ら、百済から来朝した人々による漢籍の教授によって、漸く儒教の教授の受容が始まり、学問が興っていた。しかし、聖徳太子は篤く仏教を崇信していたため、漢詩文の創作には関心が薄かった。それから、天智天皇の御世になって初めて、漢詩の創作も盛んになった、としている。天智天皇は、民を教化するには文、徳を身につけた立派な人物になるためには学を優先すべきと考え、近江朝には後の令制の大学寮に相当する「庠序」を建て、五礼を定めた。
　『懐風藻』序文には、その近江朝における漢文学の隆盛についても記しており、そこには、天皇と賢臣が漢詩を作った様子が描かれている。そこに見える思想として、儒教の究極的な理想とする政治のあり方である、文化の力によって自然と国が治まるという事がある。ここでの「文化」という言葉の、漢語としての本来の意味は、武力や刑罰を用いず、「文」によって人民を教「化」するという事であり、「文」とは、礼楽・制度・文芸などを総称する言葉ある。序文にある「風を調へ俗を化するは、文より尚もは莫く」の「文」も、学問や文芸を中心として、「五礼」「百度」などをも概念だったのである。
　次に『懐風藻』の内容を見ていきたい。『懐風藻』の巻頭には、「淡海朝大友皇子二首」が置かれている。この詩が冒頭に据えているのは、明らかに先に見た本書の序文と呼応して、近江朝漢文学を記念する意味があるのだろう。始めの一首目に挙げる。「皇明光日月　帝徳載天地　三才並泰昌　万国表臣義」。儒教者董仲舒の「天下相関思想」にもとづいて、天智天皇の政治が理想化され賛美されている。古代日本においても、支配階級の政治観の根底をなしていたものといってよい。
　さらに読み..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[徒然草の女性観]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933836483725@hc17/129559/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hiro45678]]></author>
			<category><![CDATA[hiro45678の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 30 May 2017 00:04:50 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933836483725@hc17/129559/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/933836483725@hc17/129559/" target="_blank"><img src="/docs/933836483725@hc17/129559/thmb.jpg?s=s&r=1496070290&t=n" border="0"></a><br /><br />徒然草。枕草子、方丈記とあわせて「日本三大随筆」と評される古典の名著である。誰しもその名を一度は耳にしたことがあるだろう。内容は知らないが、名前だけは知っている、そんな人も多かろう。
　教育の現場でも、古典学習の教材として多く用いられる。[356]<br />徒 
然 
草 
の 
女 
性 
観 
一
、
序 
文 
徒
然
草
。
枕
草
子
、
方
丈
記
と
あ
わ
せ
て
「
日
本
三
大
随
筆
」
と
評
さ
れ
る
古
典
の
名
著
で
あ
る
。
誰
し
も
そ
の
名
を
一
度
は
耳
に
し
た
こ
と
が
あ
る
だ
ろ
う
。
内
容
は
知
ら
な
い
が
、
名
前
だ
け
は
知
っ
て
い
る
、
そ
ん
な
人
も
多
か
ろ
う
。 
教
育
の
現
場
で
も
、
古
典
学
習
の
教
材
と
し
て
多
く
用
い
ら
れ
る
。
私
自
身
も
中
学
校
時
代
に
序
段
、「
徒
然
な
る
ま
ま
に
、
日
暮
ら
し
硯
に
向
か
ひ
て
、
心
に
う
つ
り
ゆ
く
由
無
し
事
を
そ
こ
は
か
と
な
く
書
き
付
く
れ
ば
、
あ
や
し
う
こ
そ
物
狂
ほ
し
け
れ
」
を
暗
唱
さ
れ
ら
れ
た
記
憶
が
あ
る
。
と
は
い
え
、
中
学
、
高
校
を
通
じ
て
学
ん
だ
徒
然
草
と
い
え
ば
、
思
い
起
こ
さ
れ
る
の
は
、
暗
唱
と
お
約
束
の
品
詞
分
解
。
扱
っ
た
段
も
、
全
二
百
四
十
三
段
の
う
ち
の
ほ
ん
の
一
握
り
で
あ
っ
た
。
故
に
、
古
典
文
学
と
し
て
と
い
う
よ
り
は
古
典
学
習
の
教
材
と
し
て
、
読
み
楽
し
む
と
い
う
よ
り
は
読
み
解
く
も
の
と
し
て
学
ん
で
き
た
の
で
あ
る
。
一
文
を
読
む
の
に
何
分
も
要
し
、
全
体
を
「
解
く
」
頃
に
は
憔
悴
し
き
っ
て
し
ま
う
。
こ
う
い
っ
た
教
育
を
六
年
間
み
っ
ち
り
受
け
て
き
た
ら
そ
れ
は
、「
古
典
は
つ
ま
ら
な
い
」
と
い
う
考
え
に
至
っ
て
も
致
し
方
な
い
の
で
あ
ろ
う
。 
更
に
、
限
ら
れ
た
授
業
時
間
の
中
で
、
時
間
の
掛
か
る
読
み
解
き
学
習
を
行
っ
て
い
れ
ば
、
必
然
的
に
扱
う
古
典
の
数
は
限
ら
れ
て
し
ま
う
。
徒
然
草
だ
け
を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[Z1308 教科教育法国語２　第二設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945369397040@hc13/127458/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 556049]]></author>
			<category><![CDATA[556049の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 01 Dec 2016 21:07:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/945369397040@hc13/127458/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/945369397040@hc13/127458/" target="_blank"><img src="/docs/945369397040@hc13/127458/thmb.jpg?s=s&r=1480594076&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学2016年度　教職　国語　書道　Ａ評価　参考に。[76]<br />教科教育法国語２　第二節題
「学習を構想することを主題として、「伊勢物語」所収「筒井筒」（23段）と「梓弓」（24段）を比較しながらそれぞれ教材分析をし、「比べ読み」を中軸とした読解単元を構想しなさい。」
　はじめに伊勢物語第二十三段、筒井筒の幼な恋の物語である。源氏物語の中で同様な幼ない者同士の恋としては、源氏の子息夕霧と同じ御殿で祖母に育てられた、雲井雁との幼な恋があり、その影響関係も常識的に指摘されていると思われるが、源氏にも伊勢物語初段の初冠男のイメージも宿されているとすると、初恋のイメージも引出されて来るし、帚木三帖にわたる奔放強引な中の品の女人遍歴、そしてそのバックにドラマトゥルギーで言えば、パラレリズムの手法で暗示されているらしい、上の品の女たちとの恋愛ないし情事、そして若紫巻自体にも若紫への恋着事件と同時進行で描かれる、藤壷との重苦しい極秘の、しかし不敵不逞な不倫の情事に、理性を忘れてのめり込む源氏の惑乱が、余りにも印象強く描かれる為、源氏にはあたかも情事ずれした蕩児であるかのようなイメージが、先入観として漂うせいか、若紫の君に恋着する源氏の若さはつい忘れられてしまうよ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[★明星大学 日本文法１ PD2020 １，２単位目セット 2016 2015 2014合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/123510/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ぎゃぷらん]]></author>
			<category><![CDATA[ぎゃぷらんの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 15 Feb 2016 22:29:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/123510/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/123510/" target="_blank"><img src="/docs/941640410589@hc14/123510/thmb.jpg?s=s&r=1455542995&t=n" border="0"></a><br /><br />ご覧いただきありがとうございます。レポートの内容等で不明点ありましたらご質問ください。(2020/01追記)

明星大学　PD２０２０ 日本文法１　2単位分　レポートです。
ぜひ参考になさってください。
※2016 2015 201[292]<br />◆PD2020　日本文法1
1単位目 古典文法において、用言の学習を指導する際の要点を、立場から説明しなさい。
用言の基本的な情報とともに要点であるが， まず、「用言」とは動詞・形容詞・形容動詞の3つの品詞の総称である。 機能として自立語で活用し、単独で述語になるもので， これらは， 動作・作用・存在の有無・状態・様子・性質などを表している。 自立語とは、それ一語で意味が分かり、単独で文節が作れる言葉を指しており，活用とは下に続く言葉によって、語形が規則的に変わることである。 まず「動詞」についてである。 動詞は，動作や存在を表す単語で「ウ段」で終わることが特徴である。 句点で文を終える時等，言い切る時に「ウ段」に活用する。 具体的な例として，「走る」「貸す」「蹴る」などが動詞である。 動詞の基本的な活用として，四段活用，上二段活用，下二段活用，上一段活用，下一段活用というものがある。 例えば「咲く」という動詞は四段活用である。咲か（ず），咲き（けり），咲く（。），咲く（こと），咲け（ば），咲け（。）と活用する。 活用しても変化が無い部分，語幹は「咲」であるが，活用する部分がア段音から順番にエ段の音まである動詞を四段活用という。 同様に，活用した場合終止形であるウ音を含め，イ音も活用に含める動詞を上二段活用と呼ぶ。 例えば「生く」という動詞である。活用は順番に，生き（ず），生き（けり），生く（。），生くる（こと），生くれ（ば），生きよ（。）と活用する。 活用した場合終止形であるウ音を含め，エ音も活用に含める動詞の場合は下二段活用と呼ぶ。例えば「受く」という動詞は四段活用である。受け（ず），受け（けり），受く（。），受くる（こと），受くれ（ば），受けよ（。）と活用する。 上一段活用と下一段活用は限られている。「ウ段」を中心と考えて，それぞれエ音とイ音のみ活用に含めており，前者は「干る・射る・鋳る・着る・似る・煮る・見る・居る・率る」，後者は「蹴る」のみが該当する。 以上の活用について，まず要点は「上一段」や「下二段」の名前の理屈を理解させることである。 「ウ段」を中心とした考え方であり，具体的に変化させて納得させることが大切であると思う。変格活用とは、数多い動詞の中で特殊な活用をする動詞のことであり、4種類ある。4種類とは，カ行変格活用から同様に・サ行・ナ行・ラ行..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[★明星大学 日本文法２ PD2030 １，２単位目 2016 2015 2014合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/122844/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ぎゃぷらん]]></author>
			<category><![CDATA[ぎゃぷらんの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 07 Dec 2015 23:03:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/122844/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/122844/" target="_blank"><img src="/docs/941640410589@hc14/122844/thmb.jpg?s=s&r=1449497008&t=n" border="0"></a><br /><br />ご覧いただきありがとうございます。レポートの内容等で不明点ありましたらご質問ください。(2020/01追記)
明星大学　PD２０３０ 日本文法２　2単位分　レポートです。
ぜひ参考になさってください。
※2016 2015 2014 [292]<br />PD2030 日本文法２
１単位目 古典文法において、敬語の学習を指導する際の要点を、国語科教員の立場から説明しなさい。
今回は古典文法において敬語の学習を指導する際の要点を，国語科教員の立場から述べていきたい。まず古典の敬語は3種類である。「尊敬語」，「謙譲語」，「丁寧語」であり，現代語と同じである。
古典文法の敬語を扱う上で「敬意の方向」は欠かすことが出来ない要素である。
通常，文は「主語」が「目的語」に「どう」する，のように書かれている。
古典文法では，この「どう」するという動詞に，使われている敬語によって敬意の方向が変わるものである。動作をする者が身分が高い場合，筆者（あるいは話し手。以後は筆者とする。）は，尊敬語を用いて敬意を払う。
　尊敬語は「誰が」に対する敬意である。動作の主体を高める表現であり，通常「お～になる」「なさる」などと訳す。具体例を挙げていく。「おはす」は「いる」の尊敬語で「いらっしゃる」という訳になる。「のたまふ・のたまはす」は「言う」の尊敬語で「おっしゃる」という訳になる。
　これに対し，動作をする者は身分が高くなく，その動作を受ける者が身分が高い場合，
筆者は，謙譲語を用いて敬意を払う。つまり，謙譲語は目的語である「誰に」に対する敬意なのである。動作を受ける人を高める表現であり。通常「～差し上げる」などと訳す。
謙譲語の例を挙げていく。「申す・聞こゆ」は「言う」の謙譲語であり「申し上げる」という訳である。「奉る・参る・参らす」は「やる」の謙譲語で「差し上げる」という訳である。
　身分関係と無関係に，「筆者&rarr;読者」，「話し手&rarr;聞き手」への敬意を払う語が丁寧語である。会話の聞き手や読者に対して丁寧に話す表現であり，「～です」「～ます」「～ございます」などと訳す。例として，「侍り・候ふ」がある。これらは「あり」や「をり」の丁寧語である。
　敬語とは，話題に上っている世界について，「第三者の立場にいる筆者」が動作をする者や受ける者の身分関係を考慮して使用する言葉ということになる。具体例も記載していく。次の文は，竹取物語の一節でかぐや姫に対しての，竹取の翁の台詞である。
「われ朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて知りぬ。」
この文の「おはする」の主語について，「おはす」は尊敬語であるため，
ここでは話し手である竹取の翁から，「おはする」の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[★明星大学 国語科教育法１ PD2080 ２単位分セット 2016 2015 2014合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/120202/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ぎゃぷらん]]></author>
			<category><![CDATA[ぎゃぷらんの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 09 May 2015 21:13:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/120202/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/120202/" target="_blank"><img src="/docs/941640410589@hc14/120202/thmb.jpg?s=s&r=1431173612&t=n" border="0"></a><br /><br />ご覧いただきありがとうございます。レポートの内容等で不明点等ありましたらご質問ください。(2020/01追記)

明星大学　PD２０８０ 国語科教育法１ 1.2単位分　レポートです。
ぜひ参考になさってください。
※2016 201[296]<br />★国語科教育法1 PD2080★
1単位目：国語科教育の目的について考察しなさい。
国語教育の目的について、文部科学省も学習指導要領で明確に記している。
以下は抜粋である。
「国語を適切に表現し的確に理解する能力を育成し，伝え合う力を高めるとともに，思考力を伸ばし心情を豊かにし，言語感覚を磨き，言語文化に対する関心を深め，国語を尊重してその向上を図る態度を育てる。」
これに関し、国語科以外でも扱うことが出来るものも含まれているように思える。
「伝え合う力を高める」、「思考力を伸ばし心情を豊かにし」、
という部分であるは。これらに関しては他の教科でも行える。
指導要領内の目的が各教科重複していることに間違い等あるわけはなく、むしろ重要な項目については各教科相乗効果を期待できるわけではあるが、ここは国語科特有の箇所にしぼって考察を試みたい。
「国語を適切に表現し的確に理解する能力」とは、言語能力全般であるが、具体的には、読解力・理解力・表現力・文章力、あるいはコミュニケーション能力などを指している。
それらの能力全般を身に着けることこそが国語の目的であると説明されている。
日本において「勉強の基本は、読み・書き・計算 」と言われているように、やはり国語が非常に重要な基礎だとされている。
「全ての学問の基礎である国語」とする話については、国語以外の教科についても教科書などに記載されているものが日本語であるためと、多くの日本人は思考する際に日本語を使用しているし、日本人同士伝え合う場合のツールも日本語である場合がほとんどである。
これらの事情を踏まえると、「国語」とは「母国語」、「日本語」の学習であるということになる。
「日本語」について学ぶことは、広く言えばほとんど全ての学問を修めることの土台であるし、生活を送る上での土台にもなると言うことができるわけである。
学習指導要領に記載されている国語科教育の目的について、
「伝え合う力を高める」とあるがこれに対しては少々納得がいかない部分であるので触れていきたい。昨今の時代の子どもたち、ならびに子どもを導く教師に求められる能力として必ずと言っていいほどあげられる能力の一つに「コミュニケーション能力」というものがある。
これ自体は当然横文字であるが、言い換えるなら「伝え合う力」になる。
この力を伸ばすことが国語科教育、つまり日..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【日大通信】漢文学1_分冊1]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943981993355@hc14/119048/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hyxxx]]></author>
			<category><![CDATA[hyxxxの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Mar 2015 17:28:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943981993355@hc14/119048/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/943981993355@hc14/119048/" target="_blank"><img src="/docs/943981993355@hc14/119048/thmb.jpg?s=s&r=1426321704&t=n" border="0"></a><br /><br />【日大通信】漢文学1 分冊1 合格レポートです。
H25-26年度課題「訓点および書き下し文（訓読）・漢文の基本文型について、実際の例文を挙げながら簡潔に説明しなさい」

「積極的に学習に取り組んでいることがわかるリポートです」との講評をい[334]<br />日本における「漢文」とは、『中国の古典文献・古典文を、ある特定の方法によって日本語として読み、理解できるように操作を加えたもの』とされている。
　では、その特定の方法である「訓点」「書き下し文（訓読）」「漢字の基本文型」のそれぞれについて、述べていくこととする。
「訓点」とは、中国の古典文を直接的に日本語として読むための符号である。訓点には、「返り点」と「送り仮名」の二つがある。
返り点には①レ点、②一・二点、③上・（中・）下点、④天・地（・人）点、⑤甲・乙（・丙・丁）点等の種類がある。各点の詳しい使い方は、以下の通りである。
レ点は、一字から一字に返るとき、つま
り直前に返るときに使う。読書（書を読む）、愛人（人を愛す）等である。
一・二点は、二字以上離れた文字から一
字あるいは二字以上の語に返るときに使う。
例えば (必ずしも書を読まず)は「不必読書のように書く。
上・（中・）下点は、②の一・二点では
足りないときに、それを挟んで使う。「不爲ニ児孫買美田」等である。なお、④天・地点、
甲・乙（・丙・丁）点は、「有鬻盾与矛者
のように、更にそれらを挟んで使う。
なお、返り点は「字と字..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ノーベル文学賞 受賞理由]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/944413471617@hc14/111803/]]></link>
			<author><![CDATA[ by happymatch]]></author>
			<category><![CDATA[happymatchの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 10 Apr 2014 11:01:26 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/944413471617@hc14/111803/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/944413471617@hc14/111803/" target="_blank"><img src="/docs/944413471617@hc14/111803/thmb.jpg?s=s&r=1397095286&t=n" border="0"></a><br /><br />川端康成
日本人の心情の本質を描いた、非常に繊細な表現による、彼の叙述の卓越さに対して。主著『雪国』
&nbsp;
大江健三郎
詩的な言語を用いて現実と神話の混交する世界を創造し、窮地にある現代人の姿を、見る者を当惑させるような絵図に描いた。主著『万延元年のフットボール』
&nbsp;
モーリス・メーテルリンク
多岐にわたる文学活動、特に戯曲の数々を評価して。豊かな想像力と私的な空想は、特に御伽話（おとぎばなし）の形を装いながらも、それぞれの作品が神秘的な方法で読者ひとりひとりの感性に訴え想像力を刺激する間、深い創造的発想を明らかにする。主著『青い鳥』
&nbsp;
ヘルマン・ヘッセ
古典的な博愛家の理想と上質な文章を例示..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[竹取物語絵巻から考える絵本「かぐや姫」の結末について【A評価】]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947547424134@hc13/108954/]]></link>
			<author><![CDATA[ by かずあい]]></author>
			<category><![CDATA[かずあいの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 16 Dec 2013 20:41:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947547424134@hc13/108954/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947547424134@hc13/108954/" target="_blank"><img src="/docs/947547424134@hc13/108954/thmb.jpg?s=s&r=1387194101&t=n" border="0"></a><br /><br />竹取物語絵巻から考える
絵本「かぐや姫」の結末について
現在、竹取物語は広く知れ渡っている。私自身も、幼い頃に「かぐや姫」というタイトルの絵本で初めて存在を知り、中学に入ってから「竹取物語」として詳細を学校の授業で教わった。その間、昔話を集めた本や、竹取物語を題材にした小説等も読んでいる。さて、そこでかぐや姫の内容を思い返してみると、私の知る「かぐや姫」の結末は「不死の妙薬を捨てた富士山から煙が立ち上る」というものである。しかし、そのシーンの絵を思い出そうとしても全く思い浮かばない。確認の為、子供向けのかぐや姫の絵本を買ってきて最後のページを見てみると、結末は私が知っているものではなく、かぐや姫が月へと帰っていくシーンで終わりとなっていた。
そこで、かぐや姫の内容を調べてみると、最後は以下のようになっていた
　かぐや姫が献上した不死の薬に、また壺を添えて、御使いの者にお渡しになった。勅使に対し、つきの岩笠という人を召して、駿河の国にあるという山の頂上に持っていくようお命じになった。そして、山の頂でなすべきことをお教えあそばした。すなわち、お手紙と不死の薬の壺を並べ、火をつけて燃やすよう..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「条件づけ」について述べよ。（A判定・1938文字）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953029499691@hc11/106638/]]></link>
			<author><![CDATA[ by サンキューで～す！]]></author>
			<category><![CDATA[サンキューで～す！の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 16 Sep 2013 15:41:40 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953029499691@hc11/106638/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/953029499691@hc11/106638/" target="_blank"><img src="/docs/953029499691@hc11/106638/thmb.jpg?s=s&r=1379313700&t=n" border="0"></a><br /><br />古典的条件づけ　オペラント条件づけ　無条件反応　条件反応　強化　シェイピング　正の強化子　負の強化子　正の罰　負の罰　逃避・回避条件づけ　学習性無力[222]<br />人はどのようにして行動のレパートリーを拡大し、その場に適した行動をするようになるのか。この問題における基本的な事実、法則を明らかにしようとするのが条件づけの研究である。条件づけには、古典的条件づけとオペラント条件づけがある。
　まず、古典的条件づけについて述べたいと思う。食物を口の中に入れると、食物が口の中の感覚器官を刺激し唾液が出てくる。口の中の食物に対する唾液反射は、生活体が生得的にもっている反応である。では食物が口に入らないと唾液は出ないのか。パブロフは、実験台の犬が、食物を見たり、実験者を見たりするだけで唾液を分泌する現象に注目した。食物や実験者から受ける視覚刺激は、本来唾液反射とは無関係なものである。したがってこの現象は犬にとって、繰り返し実験台に使われた経験から生じるようになったものだと考えられる。パブロフはこの実験によって、本来無関係であった刺激と反応の間に、新しい結合を形成する手続きを定式化した。これを古典的条件づけという。条件づけによって学習された反応は、特定の刺激によって生得的に無条件に引き起こされる反応である無条件反応に対して、一定の経験のもとに生じるという条件つ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[漢文学Ⅰ分冊2　2013　合格レポート　日本大学通信教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/104835/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yumeno]]></author>
			<category><![CDATA[yumenoの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 10 Jul 2013 18:25:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/104835/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/104835/" target="_blank"><img src="/docs/947055634295@hc13/104835/thmb.jpg?s=s&r=1373448308&t=n" border="0"></a><br /><br />課題　『楚辞』における屈原の心情を、実際に例文を挙げながら概観しなさい。

合格レポートです。
拙い文章ですが、参考になれば幸いです。[195]<br />漢文学Ⅰ　分冊２　平成２５年報告課題
&lt;『楚辞』における屈原の心情を、実際に例文を挙げながら概観しなさい。&gt;
　楚の国の先祖である帝高陽の遠い子孫(王族)として生まれた屈原。良い性格で才能にも恵まれ、前途洋々ある生まれの人物であった。水の流れのように時が過ぎ行き、年月は待ってくれないので、自ら奮起し努力し続けた。それにもかかわらず、春と秋とは代わる代わる訪れ、「美しい人も年老いて時勢に遅れてしまう」と、努力が報われず焦る。例、恐美人之遅暮、
　更に、駆けまわり努力し王を補佐するが、君主は屈原の胸中を知らず、逆に中傷を信じて怒り狂う。将来に期待して努力しても、結局うまくいかないことを香草に例えて表現している。例、哀衆芳之蕪穢、
　だんだんと老いが迫ってきて、良い評判が立たないかもと心配する。高潔に修養を重ね、かりにも私の心情がまことに美しくて、選りすぐりの妙所を守っているならば、「やつれて顔色が悪くなることぐらい、どうして悲しもうか」と、一念発起して努力する。例、長顑頷亦何傷、
　しかし、君主はついに人の心を察知してくれず、努力は必ず報われるという信念のもとに、ひたすら努力を続けたがその..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[漢文学Ⅰ分冊１　2013　合格レポート　日本大学通信教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/104834/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yumeno]]></author>
			<category><![CDATA[yumenoの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 10 Jul 2013 18:24:24 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/104834/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/104834/" target="_blank"><img src="/docs/947055634295@hc13/104834/thmb.jpg?s=s&r=1373448264&t=n" border="0"></a><br /><br />課題　訓点および書き下し文(訓読)・漢文の基本文型について。実際の例文を挙げながら簡潔に説明しなさい。

合格レポートです。
拙い文章ですが、参考にされば幸いです。[236]<br />漢文学Ⅰ　分冊１　平成２５年報告課題
&lt;訓点および書き下し文(訓読)・漢文の基本文型について、実際の例文を挙げながら簡潔に説明しなさい。&gt;
　訓点とは、中国の古典文を直接的に日本語として読むための符号で、返り点と送り仮名がある。返り点には、①レ点、②一・二点、③上・(中・)下点、④天・地点、⑤甲・乙(・丙)点がある。①レ点は、一字から一字に返るときに使う。例、読書、(書を読む。)②一・二点は、二字以上離れた文字から一字あるいは二字以上の語に返るときに使う。例、教弟子、(弟子を教う。)③上・(中・)下点は、一・二点では足りないときに、それを挟んで使う。④天・地点と⑤甲・乙点は、更にそれらを挟んで使う場合にのみ用いられる。例、有鬻盾与矛盾。(盾と矛とを鬻ぐ者あり。)
　次に、送り仮名は、基本的に歴史的仮名遣いではあるが、現代では現代仮名遣いも使用される。両者を混在させてはいけないが、どちらを使うかは読み手の主観に委ねられている。例、読書、仮名の部分が、それぞれ送り仮名である。
　中国の古典文を、訓点によって日本文に直したものを、「書き下し文」あるいは「訓読」という。例、愛人、(人を愛す。)..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[聖徳大学_通信教育_保育科＿文学レポート【S評価】]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947040287885@hc13/102112/]]></link>
			<author><![CDATA[ by NAIST]]></author>
			<category><![CDATA[NAISTの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 22 Mar 2013 12:30:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947040287885@hc13/102112/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947040287885@hc13/102112/" target="_blank"><img src="/docs/947040287885@hc13/102112/thmb.jpg?s=s&r=1363923059&t=n" border="0"></a><br /><br />課題：テーマ7　報復　「猿蟹合戦〔種類〕・かちかち山〔種類〕」
評価：S[102]<br />昔話は時代とともに変化し、また、様々な種類が存在する。しかし、その核心となるモチーフやメッセージは変わらずに語り継がれる。今回、その種類とメッセージについてまとめる。
種類について
①猿蟹合戦〔種類〕
「猿と蟹の寄合田」及び「猿の夜盗」では、寄合田や穂拾いといった共同耕作又は作業を行い、その後の収穫物をめぐる争いという農村生活を題材にしている。共同耕作を怠ったうえに、収穫物だけを独り占めしようとした者に対して共同制裁を加える内容であり、農村の共同耕作と収穫物の公平な分配、それを破る者への共同制裁という農村の掟がテーマとなっている。
一方、標準的「猿蟹合戦」では、柿の実を猿が奪い、蟹を殺すことが仇討の一つの要因となっている。これは農村の「猿蟹合戦」が都市へ持ち込まれた際、共同制裁という農村の掟から、仇討ちという武士の掟に変容したものと思われる。
a.蟹の協力者（共同制裁者）
共同制裁者は、爆発として栗、卵、どんぐり、とちの実、ぎんなん等、突刺として蜂、縫い針等、潤滑として、牛の糞、べた糞、こんぶ、味噌等、重圧として杵と臼、じょうば石等がある。身近な物が共同制裁者となっており、農村における..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国語学講義②]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/99275/]]></link>
			<author><![CDATA[ by レゲトニック]]></author>
			<category><![CDATA[レゲトニックの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 14 Dec 2012 10:39:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/99275/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/99275/" target="_blank"><img src="/docs/reggaetonique/99275/thmb.jpg?s=s&r=1355449174&t=n" border="0"></a><br /><br />奈良平安時代と院政鎌倉時代以降の文献から見出される国語史的特色（その時代らしさ）について[132]<br />平安時代の文献『源氏物語』「桐壺」より、【年月に添へて御息所の御ことをおぼし忘る
ゝ折なし。慰むやとさるべき人〃をまゐらせたまへど、なずらひにおぼさるゝだにいとかたき世かなとうとましうのみよろづにおぼし成ぬるに、先帝の四の宮の、御かたちすぐれたまへる聞こえ高くをはします、（中略）三代の宮仕へに伝はりぬるに、え見たてまつりつけぬを、后の宮の姫宮こそいとようおぼえてをひ出でさせ給へりけれ。ありがたき御かたち人になん」】
平安時代を代表するこの作品は、当時の口語を反映する会話文で成り立っている。「ひらがな」を用いた和文体が特徴的で、音韻に関しては、音便の発生が大きな特色である。
　まず、ウ音便については「ク」・「ヰ」・「グ」・「ガ」が「ウ」に転じるか、「ウ」の音節が挿入されたと考えられる点については、引用文から「疎ましう」と「いとよう」の「う」の部分、また「親しう」の「う」の部分が適合していると思われる。いずれも、「疎ましく」・「いとよく」・「親しく」の「く」が「う」に転用したものと考えられる。
　語彙に関しては、奈良時代には既に借用語として導入されていたとされる、平安時代における漢語の使用..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[中央大学 2011年度 西洋法制史 第三課題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948219509622@hc12/98640/]]></link>
			<author><![CDATA[ by nnncap]]></author>
			<category><![CDATA[nnncapの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 23 Nov 2012 22:17:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/948219509622@hc12/98640/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/948219509622@hc12/98640/" target="_blank"><img src="/docs/948219509622@hc12/98640/thmb.jpg?s=s&r=1353676671&t=n" border="0"></a><br /><br />古典法とユスティニアヌス法について[51]<br />西洋法制史　2011年度　第三課題　
古典法とユスティニアヌス法について
　古典法とは、2世紀の初葉から3世紀の中葉にわたる時代、ほぼ元首政に相当する時代のローマ法のことである。この時代には、元首の立法が確立され、その布告が法律として認められることにより、勅法という新たな制度が完成された。また、法学提要の著者ガイウス・ウルピアヌスのような著名な法学者が現れ、勅許解答権の制度によって他に類例をみない学説法としてのローマ法が生まれた。更に、法学の学派が2派同時に存在したため精密な法理論論争が展開され、多数の法学者による膨大な著作が記され、後生に多大な影響を与えた。そのような意味において、この時代はローマ法学が最も隆盛を極めた時代であった。その後、ディオクレティアヌス帝の時代には独裁君主制が確立され、次帝コンスタンティアヌス時代には、勅法は立法と分離して法律と呼ばれるようになり、学説法は旧法で、法律たる効力を有するに至った勅法は新法と呼ばれた。
　ユスティニアヌス法とは、東ローマの皇帝であるユスティニアヌス1世が編纂させたローマ法の法学である。ユスティニアヌス帝は軍事、文化の面で多大な功績を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[学習心理学　『「古典的条件づけ」と「オペラント条件づけ」とについて、それぞれ何かを日常的な具体例を挙げながら簡単に述べ、両者の類似点と相違点をまとめよ。』　課題レポートＡ判定]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956159808610@hc10/92820/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 健康運動指導士]]></author>
			<category><![CDATA[健康運動指導士の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 25 Apr 2012 14:32:40 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956159808610@hc10/92820/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956159808610@hc10/92820/" target="_blank"><img src="/docs/956159808610@hc10/92820/thmb.jpg?s=s&r=1335331960&t=n" border="0"></a><br /><br />学習とは、はっきり定義することは困難であるが「思考や行動によって得られた経験の結果、ものの見方や考え方、それから行動の仕方などが比較的永続的に適応的な変化をすること、あるいは突然の閃きによってそのような変化が起きること」といえる。一方、下等[360]<br />『「古典的条件づけ」と「オペラント条件づけ」とについて、それぞれ何かを日常的な具体例を挙げながら簡単に述べ、両者の類似点と相違点をまとめよ。』
　学習とは、はっきり定義することは困難であるが「思考や行動によって得られた経験の結果、ものの見方や考え方、それから行動の仕方などが比較的永続的に適応的な変化をすること、あるいは突然の閃きによってそのような変化が起きること」といえる。一方、下等動物の行動は、本能によって規定されている。本能とは、その生物の種によって定められる固定的な行動のパターンであって、学習によって改変することがほとんど不可能なものである。学習心理学は、人間やその他の動物における学習行動の法則を発見し、その法則を実際の社会生活に生かしていこうとする科学と言える。その法則の一部として条件づけが挙げられる。条件づけには、代表的なものとして、古典的条件づけとオペラント条件づけがある。前者は、ロシアのパブロフによって、脳の機能の研究を用いられた方法である。この方法は心理学において行動の成立を理解するための基本原理の一つとして導入された。古典的条件づけだけで人の行動のすべてを理解するには..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[西洋法制史　第１課題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958776133122@hc09/89006/]]></link>
			<author><![CDATA[ by cs3000952]]></author>
			<category><![CDATA[cs3000952の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 20 Dec 2011 01:45:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958776133122@hc09/89006/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958776133122@hc09/89006/" target="_blank"><img src="/docs/958776133122@hc09/89006/thmb.jpg?s=s&r=1324313102&t=n" border="0"></a><br /><br />１．ローマの共和政時代において、元首の地位が確立し官吏組織が整備されていくにつれ、市民の生きた声として新しい法を生み出す淵源であった告示は声を閉ざし、政務官の権限が縮小されていった。それに伴い、元来立法権を有するものではなかった元首が政務官と同様に告示を発するようになり、ハドリアヌス時代（2世紀初期）には元首が立法権を有することは疑いのないものとなった。こうして元首の命令、すなわち勅法は法律と同様の効力を有する事になり2世紀以降の法規範創造の主流を形成するようになった。
勅法には①告示、②訓令、③裁決、④指令がある。 告示とは、元首が告示権に基づいて発する告示で、他の政務官や市民に一定の行為を要求するものをいう。訓令とは、元首が統治を委任した官吏に対して与える、職務に関する命令をいう。裁決とは、特別審理手続き（元首にとって強い利害関係を有し、元首が積極的に介入しなければならない事件の手続き）において元首またはその官吏が下した判決をいう。指令とは、官吏または公法上の団体から元首の元に提出された伺いや私人からの請願に対する元首の解答をいう。
　２．学説法Iusとは法学者の見解のうち、法律と..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[英文学史（第１設題）Ａ判定]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955692620850@hc10/85192/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mayu6286]]></author>
			<category><![CDATA[mayu6286の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 22 Aug 2011 03:28:01 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955692620850@hc10/85192/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955692620850@hc10/85192/" target="_blank"><img src="/docs/955692620850@hc10/85192/thmb.jpg?s=s&r=1313951281&t=n" border="0"></a><br /><br />Ａ判定でした。[21]<br />「ロマン主義とは何か、またその担い手たちはどういう意味でロマン主義的なのかをそれぞれ述べよ。」
　ロマン主義とは、主として18世紀後半から19世紀にかけて行われたヨーロッパ、及びヨーロッパの影響を受けた諸地域の精神運動のひとつである。ロマン主義の「ロマン」とは、「ローマ帝国の（支配階級、知識階級ではなく）庶民の文化に端を発する」という意味である。ロマン主義の底流に流れているものは、古典主義の理性の厳しさや哲学原理の教条主義がしばしば無視した個人の根本的独自性の重視、自我の欲求による実存的不安といった特性である。ロマン主義は、それまで古典主義において軽視されてきたエキゾチスム・オリエンタリズム・神秘主義・夢などといった題材が好まれ、またそれまで教条主義によって抑圧されてきた個人の感情、憂鬱・不安・動揺・苦悩・個人的な愛情などを大きく扱った。この流れは道徳やキリスト教的倫理から文学を解放し、やがてこれは写実主義・自然主義へと継承された。
　1798年にウィリアム・ワーズワス（1770-1850）とサミュエル・ティラー・コウルリッジ（1772-1834）が共同で「抒情歌謡集」（Lyrical..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[西洋法制史]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952056942926@hc11/85026/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ririy]]></author>
			<category><![CDATA[ririyの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 19 Aug 2011 22:43:58 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952056942926@hc11/85026/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952056942926@hc11/85026/" target="_blank"><img src="/docs/952056942926@hc11/85026/thmb.jpg?s=s&r=1313761438&t=n" border="0"></a><br /><br />古典法とユスティニアヌス法について。[54]<br />古典法とユスティニアヌス法について
　古典法とは、古典時代（２世紀の初葉から３世紀の中葉にわたる時代、ほぼ元首政に相当する時代）のローマ法をいう。
　古典期前期、アウグストゥスは元首の立法権を確立し、解答権という独自の制度を導入した。解答権は主要な法学者に附与され、元首の権威を持って法的問題に解答することが許されたため、これらの者は法の精通者と呼ばれ特別な尊敬を受けた。また、サビヌス派とプロクルス派という２つの学派が同時に併存したため、精密な法理論の論争が展開され、多数の法学者による膨大な著作が著された。
古典期盛期になると、両派の学説は収斂し、折衷的見解を生み出すようになる。この時代、バトリアヌス帝の命によりユリアヌスが｢永久告示録｣を編纂し、これ以降の法務官は全てこれを用いることとなり法務官法はその発展を止めた。また、ガイウスの｢法学提要｣は訴権を軸に発達したローマ法のシステムを人法・物法・訴訟法の３編別にまとめることに成功するなどローマ法学は隆盛を極めた。
　古典期後期、この頃の法学者はいずれも元首に次ぐ地位である近衛長官の職にあって、帝国の体制そのものと化していた。中でも、ウル..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[枕草子とは]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/83189/]]></link>
			<author><![CDATA[ by BOOOOO]]></author>
			<category><![CDATA[BOOOOOの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 18 Jul 2011 17:47:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/83189/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/83189/" target="_blank"><img src="/docs/952871529578@hc11/83189/thmb.jpg?s=s&r=1310978822&t=n" border="0"></a><br /><br />『枕草子』と清少納言
　私は、以前から興味を持っていた清少納言の随筆『枕草子』について調べてみました。この『枕草子』は内容・形式が自由な三百段以上の章段から成る随筆で、清少納言が日々の思いを書き綴った作品です。そのため、清少納言の人柄や性格が随所に見られ、とても読みやすい作品だと思いました。では、この『枕草子』について見ていきたいと思います。
①作者～清少納言～について
　この『枕草子』の作者である清少納言は清原元輔の末娘として生まれます。父である清原元輔は第二の勅撰和歌集である『後撰和歌集』を撰集した「梨壺の五人」の一人であり、曽祖父にあたる清原深養父もまた勅撰集に入集するような名高い歌人です。清少納言はこのような歌人の家柄の中、父が老年の時の娘ということもあり、非常に可愛がられて育てられたようです。この清少納言は『枕草子』の中で歌はあまり得意ではないと記されていますが、当時の女性としては珍しい漢文の教養に優れていたようです。そして、清少納言が十六、七歳のとき橘氏の長男である橘則光と結婚し、翌年には長男則長を出産します。しかし、則長の出産後、父の清原元輔も亡くなり、清少納言と橘則光は..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[式子内親王の生涯]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/83135/]]></link>
			<author><![CDATA[ by BOOOOO]]></author>
			<category><![CDATA[BOOOOOの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 13 Jul 2011 15:09:08 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/83135/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/83135/" target="_blank"><img src="/docs/952871529578@hc11/83135/thmb.jpg?s=s&r=1310537348&t=n" border="0"></a><br /><br />式子内親王の生涯
　私は、この授業で式子内親王の「玉の緒よ　絶えなば絶えね　ながらへば　しのぶることの　弱りもぞする」という百人一首でもよく知られている歌が非常に印象強かったので、式子内親王について調べてみました。
　式子内親王は後白河上皇の第三皇女で、母は藤原季成女、高倉三位成子です。生まれた年は久しく不明とされていたのですが、久安五年（一一四九）と判明しました。式子は平治元年(一一五九)十月二十五日、十一歳で賀茂斎院に卜定され、嘉応元年（一一六九）七月二十四日病のため二十一歳で退下するまで約十年間奉仕しました。その後は生涯独身を通し、建仁元年（一二〇一）正月二十五日に五十三歳で没しました。
　この式子内親王には妙なうわさがあり、愚管抄には建久七年（一一九六）頃、後白河院の霊が藤原公時の家司橘兼仲の妻に憑いて「我祝へ　社作り　国寄せよ」と妖言したといわれ、式子内親王もこれに同意したとされ、洛外に追放される寸前になりました。しかし、これは結局人を惑わせる妖言であったとして、夫婦とも流罪になります。他にも、正治二年（一二〇〇）十月、春宮守成親王（順徳天皇）を式子が猶子にするという議が起こ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[『沙石集』における助詞ガの上接語]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956912323808@hc10/82662/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 東大生KOHKI]]></author>
			<category><![CDATA[東大生KOHKIの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 27 Jun 2011 18:59:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956912323808@hc10/82662/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956912323808@hc10/82662/" target="_blank"><img src="/docs/956912323808@hc10/82662/thmb.jpg?s=s&r=1309168744&t=n" border="0"></a><br /><br />古典日本語（古文、古代語）においては、助詞ガの用法に現代語と異なるものが多くあるのは知られていることである。たとえば、所有格としてのガは現代では「我が～」など特定のものに限られるが、古典日本語においては幅広く使われた。ノとの比較がしばしば問[360]<br />『沙石集』における助詞ガの上接語
　古典日本語（古文、古代語）においては、助詞ガの用法に現代語と異なるものが多くあるのは知られていることである。たとえば、所有格としてのガは現代では「我が～」など特定のものに限られるが、古典日本語においては幅広く使われた。ノとの比較がしばしば問題になり、従来、ノは尊、ガは卑などといわれたが、『沙石集』をテクストとして調査することにより、必ずしもそうとはいえないことがわかる（下記の結果を参照）。また、主格としてのガには、実は広義の係り結びと関係があったこともわかるのである。今回は、ガの上接語に注目して、その実態を調べた。
調査内容：『沙石集』におけるガの上接語
　（構文タイプは上接語との関連性でのみ扱う）
範囲　　：岩波書店『古典文学大系』p57~p131,p169~p225,p396~p462
理由　　：高僧伝から庶民生活、滑稽話に至るまで記されており内容が多様性に富んでいる上、具体論・抽象論ともに充実しており、ガの上接語の調査に適しているといえる。また、会話文が比較的多く、「古文」に擬したものであっても当時の言語の基層の影響を一定程度受けているものと考..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[カンディーﾄﾞ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958553359470@hc09/82304/]]></link>
			<author><![CDATA[ by madoka0710]]></author>
			<category><![CDATA[madoka0710の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 12 Jun 2011 21:13:28 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958553359470@hc09/82304/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958553359470@hc09/82304/" target="_blank"><img src="/docs/958553359470@hc09/82304/thmb.jpg?s=s&r=1307880808&t=n" border="0"></a><br /><br />カンディーﾄﾞ【薯】ヴォルテール[48]<br />主人公カンディードは大きな城の中で、城主の縁者として心根優しく成長する。人を疑うことを知らない彼は城の中で家庭教師であるバングロス師の教えを忠実に受け止め「この最善の可能世界においては、一切の事柄は善である」というライプニッツの楽天主義を信じて幸福に育った。しかしある日城の美しいキュネゴンド姫との抱擁を城主に見られて、楽園のような城を追い出され、カンディードの苦難の放浪の旅が始まる。
　フランスの小説家、劇作家、思想家であり、信教と言論の自由を求める合理主義の啓蒙思想家として活躍していたヴォルテールは18世紀当時の支配階級に受け入れられており、「この最善の世界においては、すべては最善に仕組まれている」というライプニッツの楽天主義を皮肉るためにこの本を書いたといわれていますが、しかし、彼に襲い掛かる多くの災難の前で「全ては善」と言い切るような形而上学的解決ではなく、現実的解決を求めようとしたヴォルテールの態度は責めきれるものではありません。『カンディード』は、現代の古典たりうるメッセージ性を強く遺しているように思われます。また、作者の考えを代弁する立場の登場人物は決まって自分の身分や教養..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[中世における日本の国民性]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/81706/]]></link>
			<author><![CDATA[ by BOOOOO]]></author>
			<category><![CDATA[BOOOOOの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 26 May 2011 21:57:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/81706/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/952871529578@hc11/81706/" target="_blank"><img src="/docs/952871529578@hc11/81706/thmb.jpg?s=s&r=1306414629&t=n" border="0"></a><br /><br />中世における日本の国民性
～『徒然草』の視点から～
　私は、現在、日本の古典文学について勉強しています。そのため、このレポートでは、中世である鎌倉時代に吉田兼好によって書かれた代表的な随筆である『徒然草』をもとに、古代から続く日本の国民的な要素について述べていきたいと思います。
　まず、日本という国は現在でも国民色が強く、他の国よりも民族的なつながりが大きいと感じます。しかし、私が古典文学と出会ってからは、古代は、現代とはまた違った日本の国民色を持っていたことがわかり、それらの国民色の影響が私たちの現代の国民色につながっていることがわかりました。それらの現代とは少し違った国民的な要素を『徒然草』から考えていきたいと思います。
　私が、この『徒然草』を読んで一番日本の国民性を表わしていると感じた部分は、『徒然草』の第137段の「花は盛りに」という段です。この137段の冒頭である「花は盛りに、月は隈なきを見るものかは。」という部分は『徒然草』の中でも良く知られた部分ですが、この段落で、吉田兼好は「桜の花は満開だけを見て、月は満月だけを見て楽しむものではなく、部屋の中でも見えない月のことを思..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[西洋音楽史　古典派について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957857365916@hc09/78716/]]></link>
			<author><![CDATA[ by tantakatan]]></author>
			<category><![CDATA[tantakatanの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 06 Feb 2011 21:05:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957857365916@hc09/78716/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957857365916@hc09/78716/" target="_blank"><img src="/docs/957857365916@hc09/78716/thmb.jpg?s=s&r=1296993952&t=n" border="0"></a><br /><br />大阪芸術大学　通信教育部
古典派について文献を参照してまとめたもの[97]<br />西洋音楽の歴史と理論
課題Ｂ　古典派を選択
参照文献　
・音楽史シリーズ4　古典派の音楽－R.G.ポーリィ・著　藤江効子・村井範子・訳
・西洋音楽史３　古典派の音楽－フリードリヒ ブルーメ (著) , 角倉 一朗・大崎 滋生 訳
・西洋音楽史大系 ３ 古典派の音楽 　　学研
・古典派音楽小史　グルックからベートーヴェンまで　ラシュトン 著　前田直哉 訳 
課題Ｂ　ルネッサンス、バロック、古典派、ロマン派（１９世紀）、または２０世紀のうちの１時代をとりあげ、その時代の概観を３種類以上の文献を参照してまとめてください。
古典派を取り上げて論じたい。「古典派」あるいは「古典主義」とはドイツ語の「Klassik（クラシック）」英語の「classicism（クラシシズム）」の訳である。日本では西洋の芸術音楽を総称して「クラシック音楽」などと呼ぶことも多いが、「classic（クラシック）古典的」などの語源は、ラテン語の「classicus」といわれ、もとは市民の６つの級の最上級を表していたことから、この言葉はさまざまな分野で「最上級のもの」を意味することになり、芸術の分野でも使われるようになった。古典派時代はバロック様式の後をうけて西ヨーロッパを中心に各地に展開した新しい様式であり、バロックとロマン派の間の１８世紀の時期である。細かく年代を言うと、一つの目安としてはバロック時代のバッハの死（1750年）からベートーヴェンの死(1827年)までの18世紀中頃から19世紀前半の音楽である。世界史的には「啓蒙思想」の時代で、徐々に宗教から「理性」重視の時代へ、そしてフランス革命（１７８９～９４）を経験する時代である。フランス革命は、それまでの絶対主義の社会から近代的な市民社会の成立を促すものであった。王侯貴族を中心とした社会構造が次第に豊かな中産階級の市民層の勢力にとってかわるにつれて、音楽活動をささえる社会層にも変化がみられるようになり、音楽家は特定の宮廷や教会に雇われるのではなく、レッスンの収入や楽譜の販売などフリーの芸術家としての音楽家が誕生した。古典派時代の音楽は、とくにすぐれた才能を発揮した４人の作曲家に代表されている。その４人の作曲家は　ハイドン　モーツァルト　ベートーベン　シューベルトである。古典派の特徴は明確な部分を持ち、部分間の明確な関係を持っており誇張すると..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[在原業平と二条后高子_1__&chi;_1_]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953920322851@hc11/78028/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ryo081193]]></author>
			<category><![CDATA[ryo081193の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 26 Jan 2011 03:36:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953920322851@hc11/78028/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/953920322851@hc11/78028/" target="_blank"><img src="/docs/953920322851@hc11/78028/thmb.jpg?s=s&r=1295980570&t=n" border="0"></a><br /><br />伊勢物語の一部について考察を加えたもの。[60]<br />在原業平と二条后高子
　　第三段　ひじき藻では主人公のおとこの、なんということはない恋、しかも歌を見れば、結構激しい恋について短く語られている。
　　
昔、おとこありけり。懸想じける女の下に、ひじきもといふ物をやるとて、
　　　思ひあらば葎の宿に寝もしなむ
　　　菱木物には袖をしつつも
（訳）昔、男がいた。思慕の情を寄せた女の下に「ひじき藻」というものを贈る、それにつけてこんな歌を詠んでやった。
　　　　（私をおもってくださる愛情がおありなら、荒れた家でも満足です。あなたと二人、袖を重ね引き敷いて、心温かにそこで共寝しましょう。）
　ひじき藻は引敷物（寝具）とかけているが、このような男の積極的な態度に対し相
手の女の対応については一言もない。
　ところが、明らかに誰かの注釈と思わせる最後の行が、スキャンダラスな匂いを醸
し出す。
　二条の后のまだ帝にも仕うまつり給はで、ただ人におはしましける時のことなり。
（訳）ところで、この女というのは二条の后のことで、后がまだ清和の帝の女御とし
てお仕えなさらず、雲上に上がらぬ並の人でいらした時のことだ。
「二条の后が、まだただ人でおられた時の話」..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学　文学概論　設題２（Ａ判定）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957236580345@hc09/75378/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kyokatt_912]]></author>
			<category><![CDATA[kyokatt_912の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 25 Nov 2010 10:27:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957236580345@hc09/75378/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957236580345@hc09/75378/" target="_blank"><img src="/docs/957236580345@hc09/75378/thmb.jpg?s=s&r=1290648424&t=n" border="0"></a><br /><br />具体的な作品を挙げながら文学の種類をジャンル別にまとめ、それぞれのジャンルの特徴について自分の考えを述べよ。[162]<br />『具体的な作品を挙げながら文学の種類をジャンル別にまとめ、それぞれのジャンルの特徴について自分の考えを述べよ。』
　文学の種類をジャンル別にまとめるにあたり、その基準を「視点」にしたいと思う。これは文学、たとえば小説を書くにあたり、どのような形式をとるかという問題である。どういう形の小説であれ、人や事物を誰かの目で描写する以上、そこには観察の有無だけがある。つまり「見る」と「見られる」関係をどう書き表すかということである。
一般に視点の形式はいくつかあり、大きく分けて、①一人称小説、②二人称小説、③三人称小説、④神の視点が挙げられる。
一人称小説
主人公の視点で語る形式、つまり大抵の場合において、「私」によって語られる作品である。日記・書簡体、もしくは私小説がそうであるし、一定の主人公を作った上で、その視点を通して物語が展開する、事件を追及するものもそうである。
梶井基次郎『檸檬』や、遠藤周作『海と毒薬』、などは一人称で描かれている。
書簡体といえば、私は『ゴッホの手紙』やラクロ『危険な関係』、日記体といえば『アナイス・ニンの日記』を思い出す。他にも、柳田国男『日本の伝説』や、沢木耕太..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[勅法Legesと学説法lus ( Ius )について考察しなさい。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960043870205@hc09/71530/]]></link>
			<author><![CDATA[ by persona]]></author>
			<category><![CDATA[personaの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 19 Sep 2010 00:07:26 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960043870205@hc09/71530/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960043870205@hc09/71530/" target="_blank"><img src="/docs/960043870205@hc09/71530/thmb.jpg?s=s&r=1284822446&t=n" border="0"></a><br /><br />1.勅法とは、元首の意思・命令で法律としての効力を有するものをいう。Leges(法律)とは後
述する経緯により勅法に付与された、総括的名称である。また、学説法 Ius とは、法学者の
見解のうち、法律としての効力を有するものをいい、法の運用・適用に必要とされた。 
2.(1)元首は本来、立法権を有せず、一般の政務官と同様に告示を発し、また、民会の委任
によって法律を制定する権利を有したに過ぎなかった。しかし、元首の地位が確立されてい
くと、元首が立法権を有することは疑いのないものとなった。かくして、元首の意思・命令す
なわち勅法は、法律と同一の効力を有するに至った。 
勅法には、①告示、②訓令、③裁決、④指令、という４つの形式がある。告示とは、元首が
告示権に基づいて発する告示で、他の政務官や市民に一定の行為を要求するものをいう。
訓令とは、元首が、統治を委任した官吏に対して与える、職務に関する命令をいう。裁決と
は、特別審理手続きにおいて元首またはその官吏が下した判決をいう。指令とは、官吏また
は公法上の団体から元首の元に提出されたうかがいや私人からの請願に対する、元首の解
答をいう..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[古典法とユニスティニアヌス法の関係について説明しなさい。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960043870205@hc09/71522/]]></link>
			<author><![CDATA[ by persona]]></author>
			<category><![CDATA[personaの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 18 Sep 2010 23:55:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960043870205@hc09/71522/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960043870205@hc09/71522/" target="_blank"><img src="/docs/960043870205@hc09/71522/thmb.jpg?s=s&r=1284821702&t=n" border="0"></a><br /><br />1.古典法とは、古典時代(2 世紀の初葉から 3 世紀の中葉にわたる、ほぼ元首制に相当する
時代)の法をいう。また、ユスティニアヌス法とは、ユスティニアヌスの命により編纂された法典
をいう。 
古典時代においては、独創的な法学者の存在と、勅許解答権制度の存在とが相まって、
学説法としてのローマ法が生まれた。また、2 派同時に併存する学派により、精緻な法理論
の論争が展開され、数多くの法学書が著された。ローマ法学が最も隆盛を極めた時代ともい
える。 
しかし、元首制の確立により、元首が立法権を有すると、皇帝の意思・命令すなわち勅法
が法律としての効力を有することとなった。そして、引用法によって効力を認められた学説以
外の学説は、裁判において引用することが禁じられ、ここに、学説法の発展は停止し、固定
化したのである。 
2.527 年、ユスティニアヌスは帝位につくと、ローマ帝国を 1 人の皇帝・1 つの教会・1 つの法
のもとに再現するという理想の実現のため、ゲルマン人の支配するところとなっていた北アフ
リカなどを奪還し、法典編纂事業に着手した。その経過は次の通りである。 
(1)528 ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[貨幣経済論分冊１　日大通信　合格]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/959269842037@hc09/70827/]]></link>
			<author><![CDATA[ by acidblack]]></author>
			<category><![CDATA[acidblackの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 30 Aug 2010 16:46:03 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/959269842037@hc09/70827/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/959269842037@hc09/70827/" target="_blank"><img src="/docs/959269842037@hc09/70827/thmb.jpg?s=s&r=1283154363&t=n" border="0"></a><br /><br />最初に貨幣の諸機能について述べる。貨幣には現実の商品流通の中で、様々な機能が付与されており、その機能は五つに分けて説明ができる。まず始めに、諸商品の価値表現の材料や価値の一般的尺度としての貨幣機能である価値尺度機能がある。商品は価格を通して質的に同等で量的に比較可能となるため、価格をもって市場に登場しなければならない。その結果、国家の法制化を通して金の一定量が価格の度量基準となり、貨幣名が定められることになる。第二の機能は、貨幣が商品流通の媒介者として、販売と購買を分離し媒介機能をもつ流通手段機能である。交換は商品と貨幣との流通であり、物々交換のように直接に欲望が対応しなければ交換が成立しない場合とは異なり、流通手段としての貨幣の媒介によって、全面的に社会化していくことになるのである。第三は価値保蔵機能であり、これは貨幣の価値が商品のようにその使用価値によって制限されていないことから生じるものである。このとき貨幣は、販売の自己目的化によって生じた蓄蔵が行われ、その蓄蔵された貨幣が貸付資本や高利貸資本として機能し、自己増殖欲、蓄財をもたらすことになる。第四は、取引の恒常化に伴う信用形成に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[生物・課題２ー学習の種類]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955202302863@hc10/70672/]]></link>
			<author><![CDATA[ by africa]]></author>
			<category><![CDATA[africaの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 20 Aug 2010 19:56:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955202302863@hc10/70672/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955202302863@hc10/70672/" target="_blank"><img src="/docs/955202302863@hc10/70672/thmb.jpg?s=s&r=1282301816&t=n" border="0"></a><br /><br />聖徳大学　生物　学習[30]<br />学習とは、環境の変化に応じた動物の行動の変化のことである。代表的な学習として、刷り込み、慣れ、古典的条件付け学習、道具的条件付け学習、試行錯誤、弁別学習、洞察学習、推理があげられる。
刷り込み
刷り込みとは、生まれてすぐの動物が、身近にあった動くものを無差別に親と認識し、永続的に愛着を寄せ追随することである。その対象はボールや人など、親とは全く異なるものに対しても追随反応を示す。
刷り込みを最も受けやすい時期を感受期と呼ぶ。誕生直後の動物は、新しいものに接近し探索する傾向があるが、時間とともに新奇な刺激を回避しようとする傾向が強まる。これが刷り込みの過程を妨げ、感受期が終了する要因である。感受期の終了後に刷り込みは起こらず、刷り込みは動物の生活史のごく初期の短い期間にのみ起こるのである。また刷り込みの効果は不可逆的で、一度刷り込みが生じると他の対象に転移することなく、交配相手を選択する際の性的選好にも影響を与えるのである。
慣れ
慣れとは、報酬や罰なしに刺激を繰り返し与えると、その反応が減少し、最終的に反応が消失することである。危険と思われる意味のある刺激に対しては、適切な防御行動によ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[これも仁和寺の法師]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960191261223@hc09/69409/]]></link>
			<author><![CDATA[ by あやか☆]]></author>
			<category><![CDATA[あやか☆の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 19 Jul 2010 23:48:00 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960191261223@hc09/69409/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960191261223@hc09/69409/" target="_blank"><img src="/docs/960191261223@hc09/69409/thmb.jpg?s=s&r=1279550880&t=n" border="0"></a><br /><br />【これも仁和寺の法師・まとめプリント】
※絶対になくさないこと！（全部覚えてくださいね♪）
（単語）
なら　　　「なる」ラ四・未
する　　　「す」サ変・体
遊ぶ　　　「遊ぶ」遊戯、娯楽を楽しむ　バ四・体
あり　　　「あり」ラ変・用
ける　　　「ける」〈過去の助動詞〉・体
酔ふ　　　「酔ふ」ハ四・用
入る　　　「入る」ある状態、境地に達する　ラ四・体
取り　　　「取る」ラ四・用
かづき　　「かづく」かぶる　カ四
たれ　　　「たり」〈完了の助動詞〉・已
舞ひ　　　「舞ふ」・ハ四
出で　　　「出づ」～て出る・補動ダ下二・用
限りなし　「限りなし」このうえもない　形ク・終
かなで　　「奏づ」舞を舞う　ダ下二・用
ことさめ　「ことさむ」しらける　マ下二・用
惑ひ　　　「惑ふ」途方にくれる　ハ四・用
欠け　　　「欠く」そこなわれる　カ下二・用
垂り　　　「垂る」したたる　ラ四・用
堪へがたし「堪へがたし」つらい　形ク・用
うちかけ　「うちかく」ちょっとかける　カ下二・用
率　　　　「率る」引き連れる　ワ上一・用
見る　　　「見る」マ上一・体
限りなし　「限りなし」このうえもない　形ク・終
けん　　..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[高名の木のぼりと言ひしをのこ　まとめ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960191261223@hc09/69408/]]></link>
			<author><![CDATA[ by あやか☆]]></author>
			<category><![CDATA[あやか☆の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 19 Jul 2010 23:47:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960191261223@hc09/69408/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960191261223@hc09/69408/" target="_blank"><img src="/docs/960191261223@hc09/69408/thmb.jpg?s=s&r=1279550879&t=n" border="0"></a><br /><br />【高名の木のぼりと言ひしをのこ・まとめプリント】
※絶対になくさないこと！（全部覚えてくださいね♪）
（単語）
言ひ　　　「言ふ」ハ行四段連用形（これ以降省略します。）　　　　
し　　　　「き」〈過去の助動詞〉・体
おきて　　「おきつ」指図する、命令する　タ下二・用
高き　　　「高し」形ク活用体・体
のぼせ　　「のぼす」のぼらせる　サ下二・用
切ら　　　「切る」ラ四・未
せ　　　　「す」〈使役の助動詞〉・用
いと　　　［副詞］たいへん、とても
危く　　　「危し」ク・用
見え　　　「見ゆ」ヤ下二・用
なく　　　「なし」ク・用
降るる　　「降る（おりる）」ラ上二・体
　なり　　　「なる」ラ四・用
..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本語学概論①]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956006966382@hc10/69044/]]></link>
			<author><![CDATA[ by roolrool]]></author>
			<category><![CDATA[roolroolの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 10 Jul 2010 01:10:41 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956006966382@hc10/69044/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956006966382@hc10/69044/" target="_blank"><img src="/docs/956006966382@hc10/69044/thmb.jpg?s=s&r=1278691841&t=n" border="0"></a><br /><br />「仮名遣い」について述べよ。
　&rArr;仮名遣いとは、国語を仮名で表す場合、どんな仮名を用いるかについての決まりである。仮名は平安初期に完成したといわれており、仮名で文字を綴る仮名文はこの時代に始まっている。平仮名・片仮名が用いられ始めた頃は、一つの音節に対して一つの仮名が対応していたため、仮名遣いの問題は起こらなかった。しかし、時間の経過とともに平安中期以降から音韻が変化し、「い・え・お」と「ゐ・ゑ・を」の音が同音となり、さらに語中・語尾の「は・ひ・ふ・へ・ほ」と「わ・ゐ・う・ゑ・を」の音が同音となったため、一つの音韻に対して二つないしは三つの仮名が存在する事態が生じた。さらに「は」行については文頭にある場合は「は」行の発音であるのに、文頭以外では「わ」行の転呼音で読まれるという複雑な使い分けが生まれた。こういった混乱の中で仮名遣いの整理の必要性が高まったのである。
１．定家仮名遣い
定家仮名遣いとは、平安時代後期の貴族藤原定家が記した歌論・拾遺愚草や下官集に始まる歴史的仮名遣いのはしりであり、仮名遣いの一種である。
藤原定家は自身の持つ古典（平安初期）と当時（平安後期）の文書（歌）を比べ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[百人一首]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955593150302@hc10/69029/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mela]]></author>
			<category><![CDATA[melaの資料]]></category>
			<pubDate>Fri, 09 Jul 2010 14:23:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/955593150302@hc10/69029/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/955593150302@hc10/69029/" target="_blank"><img src="/docs/955593150302@hc10/69029/thmb.jpg?s=s&r=1278652984&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに
　「長からむ心も知らず黒髪の乱れて今朝は物こそ思へ」　待賢門院堀川
この和歌の出典は、千載和歌集・巻第十三・恋歌三・八〇二であり、作者は待賢門院堀川である。作者の待賢門院堀川は、生没年未詳であるが、十二世紀中ごろの歌人である。また、この和歌も十二世紀中ごろに作られたと考えられる。
この和歌には縁語が多く含まれている。その中でも黒髪という言葉は、「長からむ」とも「乱れ」とも関わってきていることがわかる。
本レポートでは、和歌の中の言葉に出てくる髪という言葉について明らかにし、その時代における女性における髪の意味合いについて検証する。
本論
　髪とは頭髪のことであるが、人となりを象徴的に表すものでもある。また、古来は性別、年齢、身分、職業などによって髪型も決まっていたといわれる。
『角川古語大辞典』（一九八二、p.867）の「古代や中世の女子は垂髪で、特に平安時代の貴族・女房は身の丈にあまる黒髪をもって美人の資格とし、寝るときは打乱箱に入れるなどした。」とあるように、女性の長く豊かな黒髪は優れた女性の象徴であったといえるだろう。そのため、入念に手入れを行っていたという。
出家をす..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[音楽　クラシックの代表的作曲家と]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958530906990@hc09/68593/]]></link>
			<author><![CDATA[ by gacyapin]]></author>
			<category><![CDATA[gacyapinの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 17 Jun 2010 23:48:12 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958530906990@hc09/68593/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958530906990@hc09/68593/" target="_blank"><img src="/docs/958530906990@hc09/68593/thmb.jpg?s=s&r=1276786092&t=n" border="0"></a><br /><br />「クラシックの代表的作曲家と、クラシック音楽の保育・教育等の現場での活用方法について述べよ。」
1.　クラシックの代表的な作曲家と歴史
　17世紀から18世紀中期までにおける時代を西欧音楽の歴史では「バロック音楽の時代」
とされている。この時代に活躍した代表的な作曲家として、ヴィヴァルディー（1678～1741）とバッハ（1685～1750）の2人が挙げられる。
　ヴィヴァルディーは、ヴァイオリン音楽の先駆者であると同時に、近代の協奏曲形式の基礎を築き、バロック音楽の最高峰的存在として有名である。また彼は、「四季」のように標題と結びついた名曲を数多く作曲したことでも知られている。
　バッハは、バロック時代の音楽を頂点まで高め、後に音楽の父と呼ばれるようになった作曲家である。その傍ら教会に勤めながら音楽家として後世に残る数々の名曲を生み出した。例えば、「ロ短調ミサ」は宗教的な曲として有名であり、今もなお盛んに演奏されている。また、「トッカータとフーガ二短調」、「小フーガト短調」など有名であるが、古典派のソナタにも比すべき論理性と音楽性を持つフーガの巨匠としても名高い。さらに「平均律クラヴ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[中学国語「平家物語」学習指導案]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956085710987@hc10/66837/]]></link>
			<author><![CDATA[ by spoon]]></author>
			<category><![CDATA[spoonの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 11 May 2010 03:28:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956085710987@hc10/66837/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956085710987@hc10/66837/" target="_blank"><img src="/docs/956085710987@hc10/66837/thmb.jpg?s=s&r=1273516131&t=n" border="0"></a><br /><br />＊＊市立＊＊中学校　　国語科　学習指導案（細案）
１　授業日時　　　　---
２　授業学級　　　　**中学校　2年　2組（35名）
３　単元名・単元目標と単元計画
　単元名：古典を楽しもう
　単元目標：古人のものの見方や考え方をとらえる
単元計画（全6時間。段落ごとの時間の割り当ては目安だが、本文を4時間で終える。）
　　1時間目：導入―作品・琵琶法師・無常観・歴史的背景について
2時間目：本文1段落目（本時）
　　3時間目：本文2段落目
　　4時間目：本文3段落目
　　5時間目：本文4段落目
　　6時間目：まとめ―大河ドラマ「義経」のビデオ鑑賞・文法や表現のまとめ
４　使用教材
教科書&hellip;『新編　新しい国語２』東京書籍
資料集&hellip;『国語総合資料集』東京書籍
５　単元設定根拠
　　(１)　社会観
　　　今日のような情報化社会において、携帯電話を持つ中学生も増えた。コミュニケーションの手段がメールに偏ることは問題視される場合もある。しかし、メールという、短いながらも文章を作成する機会が増えているというプラスの見方もできる。
『平家物語』のような、リズム感や独特の言語表現の盛り込まれた「語り物..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[物理化学実験C-1]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956334162256@hc10/65671/]]></link>
			<author><![CDATA[ by deskpower]]></author>
			<category><![CDATA[deskpowerの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 11 Apr 2010 19:56:47 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956334162256@hc10/65671/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956334162256@hc10/65671/" target="_blank"><img src="/docs/956334162256@hc10/65671/thmb.jpg?s=s&r=1270983407&t=n" border="0"></a><br /><br />1[目的] 
二原子分子の赤外吸収スペクトルを測定し、分子の振動および回転エネルギーの変化を解
析することにより、核間距離や慣性モーメントなどの分子に固有の値を調べる。 
2[原理] 
分光学 1-1) 
回転エネルギー 
換算質量&mu;と二原子分子の核間距離ｒを用いると、慣性モーメントは次のようになる。 
I = &mu;r
2 
回転している分子に許容されるエネルギーは、 
回転エネルギー＝J(J+ 1)
h2
8&pi;2I Ｊ＝0,1,2,・・・ 式(２・１) 
となり、どんなＪの値においても、ある特定の方向に沿っての角運動量成分の値は量子化
される。それぞれのＪの値について、２Ｊ＋１個の回転状態がある。すなわちＪの値によ
って指定されたエネルギー準位は 2J+1 の縮退度をもつ。直線分子の回転状態のエネルギー
は回転定数 B を用いて、 
B=
h2
８&pi;2I
式(２・２) 
で表され、これより、回転エネルギー&epsilon;rotは次のようになる。 
&epsilon;rot = BJ(J+ 1) 式(２・３) 
直線分子の回転状態のエネルギーパターンは図２・２のようにな 
る。 
回転している分子は、その電気双極子を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国語科指導法Ⅱ課題２]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64663/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kosino]]></author>
			<category><![CDATA[kosinoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 13 Mar 2010 00:47:42 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64663/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64663/" target="_blank"><img src="/docs/958976010830@hc09/64663/thmb.jpg?s=s&r=1268408862&t=n" border="0"></a><br /><br />まず、国際化の中での古典教育の意義から考えたい。古典を初めて学習するものにとって、古典はまさに外国語と同じであるといえる。だが、逆に外国語と同じという考え方が国際化された世界に対応するには良いと考えることもできる。現在の日本語と異なる文法、語彙を持つ古典を学習することが英語などの外国語の学習の入り口になる可能性があると私は考える。
　現在、古典は受験に必要であるから学ぶのであって、それ以外何かの役に立つかといえば、研究者にならない限り、役には立たない。これは、文法中心の学校英語教育にも同じことが言えるだろう。しかし、英語の場合は基礎的な文法を知っていれば、その後の学習には役に立つ。英語をはじめとする外国語の習得は、国際化する今日の世界においては、キャリアアップや世界を広げるという意味で非情に重要な要素である。しかし、古典の場合は、文法を知っていることが直接国際化社会の中で役に立つかといえばそうではないだろう。では、古典教育はどのように国際化社会に貢献できるのであろうか。
　古典は異なった文法、語彙とそれが書かれた時代が現在と異なるという特徴を持つ。つまり、現在とは異なる考えを持つ人び..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[初等算数科ﾚﾎﾟｰﾄ]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956852437031@hc10/64230/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ChopinChopin]]></author>
			<category><![CDATA[ChopinChopinの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 24 Feb 2010 21:55:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956852437031@hc10/64230/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956852437031@hc10/64230/" target="_blank"><img src="/docs/956852437031@hc10/64230/thmb.jpg?s=s&r=1267016121&t=n" border="0"></a><br /><br />【初等算数科教育法】7551単位目：①：概数
概数の指導で必要な位や、けた数を示すには、どのように表現したらよいか。
具体例「13645」を使って、「百の位までの概数」と「上から2けたまでの概数」を述べよ。
(解説)
概数をとるときには、どの位までの概数をとるのか、指示のしかたには二通りの表現があることを指導する。
「&hellip;の位までの概数」
「上から&hellip;けたまでの概数」
《レポート本文》
「百の位までの概数」
「&hellip;の位までの概数」というのは、その&hellip;の位までが本来の値（残す値）であることを示している。そして、その一つ下の位の数を切り上げ、あるいは切り捨て、または四捨五入し概数を求めることである。
「13645」では、右から一、十、百、千、万の位であることから、ここでの百の位は、「6」になる。
「百の位までの概数」ということは、一つ下の位である、十の位「4」を四捨五入する。四捨五入で「4」は4以下であることから切り捨てられるので、求められる「百の位までの概数」は「13600」となる。
「上から2けたまでの概数」
「上から&hellip;けたまでの概数」というのは、左から数えて、&hellip;けたまでが本来の値（残す）であ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[論文：『李蛙伝』考――登場人物の性質・性格]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956912323808@hc10/63549/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 東大生KOHKI]]></author>
			<category><![CDATA[東大生KOHKIの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 03 Feb 2010 22:43:31 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/956912323808@hc10/63549/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/956912323808@hc10/63549/" target="_blank"><img src="/docs/956912323808@hc10/63549/thmb.jpg?s=s&r=1265204611&t=n" border="0"></a><br /><br />『李娃伝』は，唐代伝奇小説において恋愛を主題とした小説群，いわゆる（漢文には珍しくみえる）艶情類の中で優れた代表作とされている。ここでは，特に個性豊かなその登場人物に焦点をあて分析し，『李蛙伝』に隠れている構造を明らかにする。[339]<br />...... .
. ....... ... !&quot; #$. %&amp;&#039; ..( )*+.,- %./
012) -3 .4&amp; . 567) 89 :;&lt;0%.= 567) &gt;#?@AB 5
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dG0 .8 :Qv&#039;)d# .. &amp;AA 5.. )....]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学講義Ⅵ（現代）②]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/62688/]]></link>
			<author><![CDATA[ by レゲトニック]]></author>
			<category><![CDATA[レゲトニックの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 26 Jan 2010 12:09:14 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/62688/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/62688/" target="_blank"><img src="/docs/reggaetonique/62688/thmb.jpg?s=s&r=1264475354&t=n" border="0"></a><br /><br />日本の戦時下は、満州事変を発端に日中戦争で本格的になり、やがて太平洋戦争に突入するまでの昭和十年代を表す。人々の関心は次第に民族心を掻き立てられ、戦争へと興味を示していった。
　当初の文壇では、満州事変に無関心だった。マルクス主義文学やモダニズム文学が依然主流であった。また、民族主義・浪漫主義の源となる古典をこよなく愛するロマンチシズムが、古典文学の見直しを主張していた。保田与重郎は『コギト』を発行し、亀井勝一郎や中谷孝雄らが『日本浪漫派』を創刊することにより、その目的を鮮明なものとしていた。
そのような状況を一変させたのは、満州事変後の昭和一二年、北京郊外で発生した日中両国における軍事衝突であった。日本の強引な満州国建国が中国側の反発を買い、また国際的非難を浴びていた。これにより日本政府は戦線体制を強化し、国民にその緊張感を投げかけていった。文学界では、雑誌会社が戦地に文学者を派遣し執筆させた現地の状況報告が話題となり、新聞業界もこぞって戦地へ向かうようになった。
しかし、芥川賞を受賞したばかりの新人、石川達三の『生きている兵隊』が、本人と意図とは裏腹に描写の一部に問題があるとして..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[漢文]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/kose/62109/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kose]]></author>
			<category><![CDATA[koseの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 19 Jan 2010 21:09:22 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/kose/62109/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/kose/62109/" target="_blank"><img src="/docs/kose/62109/thmb.jpg?s=s&r=1263902962&t=n" border="0"></a><br /><br />漢文の書き下し文についてのプリント[51]<br />(1) 次の漢文を書き下し文に直しなさい。
。 
故。 
歳。 
疑心暗。 
人、天 
虎、虎。 
、。 
、。 
教ニ子。 
、 。 (2) 書き下したときに、□内の数字の順番になるように、例にならって返り点をつけなさい。
例　レ二一 　　　　　
　　　　　
　　　　　
　　　　　
　　　　　
　　　　　
　　　　　　
　　　　　　
　　　　　　　
　　　　　　　
　　　　　　　
　　　　　　　
　　　　　　　
　　　　　　　
　　　　　　　
　　　　　　　
　　　　　　　
　　　　　　　
(1)書き下し文
書を読む。
故郷を思ふ。
歳月は人を待たず。
疑心暗鬼を生ず。
人事を尽くして天命を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[歴史的かなづかい解答]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/kose/62108/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kose]]></author>
			<category><![CDATA[koseの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 19 Jan 2010 20:56:56 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/kose/62108/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/kose/62108/" target="_blank"><img src="/docs/kose/62108/thmb.jpg?s=s&r=1263902216&t=n" border="0"></a><br /><br />かなづかい（歴史的仮名遣い&rarr;現代仮名遣い）についての練習プリントの解答[105]<br />次の語をそれぞれ現代仮名遣いに直し、すべてひらがなでかきなさい
わらひ（笑ひ）&hellip;わらい
おもふ（思ふ）&hellip;おもう
なほる（直る）&hellip;なおる
かへりける（帰りける）&hellip;かえりける
こほりのつかさ（郡司）&hellip;こおりのつかさ
まはる（回る）&hellip;まわる
おもへど（思へど）&hellip;おもえど
かひな（腕）&hellip;かいな
いひ（言ひ）&hellip;いい
やすらひ（休らひ）&hellip;やすらい
つひに（遂に）&hellip;ついに
つどひて（集ひて）&hellip;つどいて
よばはりければ（呼ばはりければ）&hellip;よばわりければ
ぢいさま（爺様）&hellip;じいさま
づきん（頭巾）&hellip;ずきん
しづかさ（静かさ）&hellip;しずかさ
あひづ（合図）&hellip;あいず
あづき（小豆）&hellip;あずき
あぢ（味）&hellip;あじ
ゐなか（田..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[歴史的かなづかい]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/kose/62107/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kose]]></author>
			<category><![CDATA[koseの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 19 Jan 2010 20:56:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/kose/62107/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/kose/62107/" target="_blank"><img src="/docs/kose/62107/thmb.jpg?s=s&r=1263902213&t=n" border="0"></a><br /><br />かなづかい（歴史的仮名遣い&rarr;現代仮名遣い）についての練習プリント[96]<br />次の語をそれぞれ現代仮名遣いに直し、すべてひらがなでかきなさい
わらひ（笑ひ）&hellip;わらい
おもふ（思ふ）&hellip;おもう
なほる（直る）&hellip;なおる
かへりける（帰りける）&hellip;かえりける
こほりのつかさ（郡司）&hellip;こおりのつかさ
まはる（回る）&hellip;まわる
おもへど（思へど）&hellip;おもえど
かひな（腕）&hellip;かいな
いひ（言ひ）&hellip;いい
やすらひ（休らひ）&hellip;やすらい
つひに（遂に）&hellip;ついに
つどひて（集ひて）&hellip;つどいて
よばはりければ（呼ばはりければ）&hellip;よばわりければ
ぢいさま（爺様）&hellip;じいさま
づきん（頭巾）&hellip;ずきん
しづかさ（静かさ）&hellip;しずかさ
あひづ（合図）&hellip;あいず
あづき（小豆）&hellip;あずき
あぢ（味）&hellip;あじ
ゐなか（田..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「個人」と「社会」についての考察――フロム『自由からの逃走』を中心に]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53362/]]></link>
			<author><![CDATA[ by camsa10]]></author>
			<category><![CDATA[camsa10の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 00:42:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53362/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958518609389@hc09/53362/" target="_blank"><img src="/docs/958518609389@hc09/53362/thmb.jpg?s=s&r=1249141364&t=n" border="0"></a><br /><br />「個人」と「社会」についての考察――フロム『自由からの逃走』を中心に
序
　「個人」と「社会」の関係について、社会学者は多様な論を展開してきた。そしてそれらは各人の理論・思考過程の根本的な基礎を成していたといえるだろう。以下では、フロム[352]<br />「個人」と「社会」についての考察――フロム『自由からの逃走』を中心に
序
　「個人」と「社会」の関係について、社会学者は多様な論を展開してきた。そしてそれらは各人の理論・思考過程の根本的な基礎を成していたといえるだろう。以下では、フロムの『自由からの逃走』における「個人」と「社会」に関する論理に立脚しながら、その対比としてデュルケームの理論を、また宗教改革の捉え方の違いに注目して、ウェーバーの理論を取り上げ、考察していく。
　また、同時にフロムの主要テーマである「ナチズムの心理」の過程を、現在の新自由主義が席巻する日本社会の諸問題と関連付けながら検討していきたいと思う。
1. フロムの「個人と社会」像
　フロムは主著『自由からの逃走』にて、ドイツでのナチズムの例から、全体主義へと民衆が傾斜していく心理過程を分析したが、その根底には以下のような「個人」と「社会」に対する視角があった。
　彼は新フロイト派として、歴史というものは社会的には規定されない心理的な要素の結果であると説明したフロイトの立場に反対すると同時に、人間の意識を超越した社会の存在を想定するデュルケームの理論に否定的であった..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[中央大学　心理学第3課題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963251220945@hc08/52984/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mamesiba]]></author>
			<category><![CDATA[mamesibaの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 25 Jul 2009 10:08:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963251220945@hc08/52984/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963251220945@hc08/52984/" target="_blank"><img src="/docs/963251220945@hc08/52984/thmb.jpg?s=s&r=1248484112&t=n" border="0"></a><br /><br />レスポンデント条件付け（古典的条件付け）とはロシアの生理学者パブロフの条件反射として広く知られているもので、条件付け前の犬にメトロノームの音を聞かせても、定位反応は生じるが唾液は分泌されない。ところすぐ後に肉片（無条件刺激）をいれると、必ず[360]<br />レスポンデント条件付け（古典的条件付け）とはロシアの生理学者パブロフの条件反射として広く知られているもので、条件付け前の犬にメトロノームの音を聞かせても、定位反応は生じるが唾液は分泌されない。ところすぐ後に肉片（無条件刺激）をいれると、必ず唾液が分泌されるようになる（無条件反応）。条件付け後には、無条件刺激と条件刺激を対にして呈示するとメトロノームの音（条件刺激）を聞いただけで唾液分泌されるようになる（条件反応）。すなわちメトロノームの音（条件刺激）と唾液分泌の間に般化現象が起こり、条件刺激との類似性が高いほど唾液分泌（条件反応）の量が多くなる。ただし条件刺激に対して無条件刺激を与え、条件刺激と類似した刺激には無条件刺激を与えないように手続きを変更すると、分化が生じ、条件刺激に対してだけ条件反応をするようになる。また、条件付けの形成後、無条件刺激だけをあたえずに条件刺激だけを呈示し続けると条件刺激と条件反応の般化は抑制され、やがて条件反応を示さなくなるこれは消去と呼ばれる現象であるが、一定の休憩時間の後に再び条件刺激を呈示すると、自発的回復が生じ唾液の分泌量がある程度まで回復する。例え..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[琳派における主題と図様の継承について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958788988304@hc09/52046/]]></link>
			<author><![CDATA[ by machiko_32]]></author>
			<category><![CDATA[machiko_32の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 05 Jul 2009 22:17:00 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958788988304@hc09/52046/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958788988304@hc09/52046/" target="_blank"><img src="/docs/958788988304@hc09/52046/thmb.jpg?s=s&r=1246799820&t=n" border="0"></a><br /><br />琳派における主題と図様の継承について、「風神雷神図」などを中心に、宗達、光琳、抱一の作品を挙げて述べなさい。また主題や図像に見られる古典学習や文学性にも留意し、感じたことを述べなさい。[276]<br />　国宝「風神雷神図屏風」は、琳派を代表する絵師である俵屋宗達の代表作である。この作品は、一面に金箔が貼られた屏風に、右側から風を操りながら黒雲に乗った風神の姿、左側から力強く雷太鼓を打ち鳴らす雷神の姿が描かれている。屏風一面の金箔は平面的かつ装飾的であるが、無限性を秘めた立体的空間を感じさせる。また、銀泥と墨による「たらし込み技法」を用いて描いたと考えられる風神と雷神が乗っている黒雲は質量感に溢れ、金箔による空間感覚をより一層強調する。風神と雷神の表現を見ても、これは当時、極めて独創的であった。対をなす二つの神の姿を調和と均整を感じさせる白色と緑色で描いたことは、画家の並外れて優れた色彩感覚の表れである。
遠くインドや中国に由来する神々の姿を、古典絵巻などに想を得て描いたこの屏風が後世に与えた影響は甚大であり、完成からおよそ一世紀後に、俵屋宗達と同じく琳派を代表する絵師である尾形光琳が模本を作り、さらに幕末には、江戸で琳派を再興した酒井抱一が模作を残している。
　江戸文化最大の絵師の一人として高い評価を得ている琳派の絵師である尾形光琳が描いた「風神雷神図屏風」も、屏風絵の中でも重要視さ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[SeiyouHouseishi-04_(勅許解答権と引用権b20090401)]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962942425415@hc08/49611/]]></link>
			<author><![CDATA[ by marunire]]></author>
			<category><![CDATA[marunireの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 27 May 2009 00:28:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962942425415@hc08/49611/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/962942425415@hc08/49611/" target="_blank"><img src="/docs/962942425415@hc08/49611/thmb.jpg?s=s&r=1243351690&t=n" border="0"></a><br /><br />西洋法制史法 
勅許解答権と引用法について 
共和制末期のローマは、文化一般が華やかに栄え、帝政期に入るとトラヤーヌス帝、ハードリ
アーヌス帝、ピウス帝在位の時代（95A.D.-161A.D.）は法律学の全盛期であった。これは帝国の[314]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[古典文法 用言学習プリント 予習復習に]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963919000903@hc07/49211/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mustang69]]></author>
			<category><![CDATA[mustang69の資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 21 May 2009 14:34:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963919000903@hc07/49211/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963919000903@hc07/49211/" target="_blank"><img src="/docs/963919000903@hc07/49211/thmb.jpg?s=s&r=1242884044&t=n" border="0"></a><br /><br />《用言　～動詞・形容詞・形容動詞～》
　動詞・形容詞・形容動詞　は、すべて述語になるものである。述語とは
〈何がドウスル〉の〈ドウスル〉にあたる部分である。述語になることが
できる語を、古典文法では〈用言〉と言う。
例　花咲く。 ([340]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[音楽]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/959210223870@hc09/48391/]]></link>
			<author><![CDATA[ by non116]]></author>
			<category><![CDATA[non116の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 13 May 2009 22:47:25 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/959210223870@hc09/48391/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/959210223870@hc09/48391/" target="_blank"><img src="/docs/959210223870@hc09/48391/thmb.jpg?s=s&r=1242222445&t=n" border="0"></a><br /><br />「クラシックの代表的作曲家について」
クラシックとは直訳すると、古典音楽のことであるが、一般的には西洋の芸術音楽を指している。
クラシックは時代を経て形態が変化していった。なかでもバロック音楽からは、声楽から独立した形での器楽はこの時期[352]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[芥川龍之介『鼻』にみられる古典物語への改変と効果]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963328081542@hc08/36116/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bellfarm1195]]></author>
			<category><![CDATA[bellfarm1195の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 08 Feb 2009 18:48:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963328081542@hc08/36116/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963328081542@hc08/36116/" target="_blank"><img src="/docs/963328081542@hc08/36116/thmb.jpg?s=s&r=1234086482&t=n" border="0"></a><br /><br />古典物語を改変した芥川龍之介『鼻』にみられる人間の深層心理を、芥川龍之介に影響を与えた人物や同作者の作品、彼の古典文学に対する見解、など様々な概念や角度から詳しく分析し、深く掘り下げていく。 

芥川龍之介『鼻』

[あらすじ]池尾[338]<br />芥川龍之介『鼻』にみられる古典物語への改変と効果 
～人間の深層心理に迫る～ 
芥川龍之介『鼻』 
[あらすじ]池尾の高僧・禅智内供は、人並みはずれた長鼻の持ち主で、鼻ゆえ
に傷つく自尊心に苦しんでいる｡さまざまに手を尽くした末､ようやく鼻を縮
めるのに成功するが、前にも増して人々の冷笑を買う。ある夜､鼻は水気をふ
くんで元通りに長くなったが、内供の心はかえって晴ればれとする。 
この作品は「宇治拾遺物語」の「鼻長き僧の事」と「今昔物語集」の「池尾の禅珍内供
の鼻の語」を一応の典拠としているが、内容を大幅に改変して創作したものである。夏
目漱石の激賞をうけ、芥川の文壇登場のきっかけとなった。近代文学の古典の一つに数
えられる。 
Ⅰ．芥川の「鼻」における改変の効果とその理由なるべきもの 
[歴史物語：『今昔物語集』と『鼻』の比較] 
・『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』の内容：童が粥の中へ鼻を落とした話を中心にし
ている 
・：「鼻を粥の中へ落とした話は、当時京都まで喧伝された」とあり、「けれどもこ
れは内供にとって、決して鼻を苦に病んだ重な理由ではない」とある。 
&rarr;『鼻』のほうでは、童が粥の中へ鼻を落とした話は重要視されていないように思う。 
・『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』が客観的に内供を書いているのに対し、『鼻』では
内供の心理が細かくかかれている。 
・話の終わり方にも少し違いがあり、『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』が内供を嘲笑
するような愉快な終わり方であるのに対し、『鼻』では、「長い鼻を秋風にぶらつかせな
がら」と情緒的な終わりになっている。 
こうして見ていくと、私には『今昔物語集』・『宇治拾遺物語』と『鼻』の主人公である
禅智内供は、少し異なる印象を受ける。どの作品においても禅智内供は滑稽な人に見え
るが、前者の内供は滑稽な今昔話としての主人公であり、後者は読み手に同情さえ覚え
させる。 
論点）芥川龍之介に内容を大幅に改変された「鼻」はどのような効果をもつのか？ 
作者は何をテーマとし、伝えるべく改変に至ったのか？ 
① 効果その１：内供の鼻をコンプレックスとして描き出す 
・『今昔物語集』＝事象を追跡する。 
&rarr;人間の行為を描写するが，心理の分析には欠ける所がある。 
内供の心理については言及していない。 
・芥川龍之介「鼻」＝事象＋心理 ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[音楽とリズム]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430689501@hc06/23464/]]></link>
			<author><![CDATA[ by barutann]]></author>
			<category><![CDATA[barutannの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 07 Sep 2008 11:02:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430689501@hc06/23464/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430689501@hc06/23464/" target="_blank"><img src="/docs/983430689501@hc06/23464/thmb.jpg?s=s&r=1220752924&t=n" border="0"></a><br /><br />クラシックの代表的な作曲家について
　私が数あるクラシックの作曲家の中からベートーヴェンについて調べることにした。その理由は、ベートーヴェンの名前を知らない人はいないくらい最も有名な作曲家の1人で、耳が聞こえなくなっても曲作りを止めなかった[356]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[『落窪物語』における女君の年齢記述]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961627182739@hc08/22866/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mac_in_tosh]]></author>
			<category><![CDATA[mac_in_toshの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 09 Aug 2008 23:32:03 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961627182739@hc08/22866/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961627182739@hc08/22866/" target="_blank"><img src="/docs/961627182739@hc08/22866/thmb.jpg?s=s&r=1218292323&t=n" border="0"></a><br /><br />『落窪物語』において女君の年齢が具体的数字で記述されるのは一箇所のみである。
【資料一】左の大殿、待ち受けたまひて、対面したまひて、あるべきことども申した
まへど、なかなか、はじめよりも、はしたなく恥づかしうおぼえて、御いらへも、
をさをさ[354]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[英文学史　第一設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961951576417@hc08/22143/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ｍ１－７]]></author>
			<category><![CDATA[ｍ１－７の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 30 Jun 2008 16:44:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961951576417@hc08/22143/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961951576417@hc08/22143/" target="_blank"><img src="/docs/961951576417@hc08/22143/thmb.jpg?s=s&r=1214811892&t=n" border="0"></a><br /><br />『ロマン主義とは何か、またその担い手たちはどういう意味でロマン主義的なのかをそれぞれ述べよ。』
　最初に、ロマン主義について述べたい。ロマン主義は、今から２００年ほど前にヨーロッパで誕生したと言われている。その中身は、勃興した市民階級と激[356]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[芸術史概論：古代と中世の美術比較論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963400369997@hc08/17971/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ss_bmw_]]></author>
			<category><![CDATA[ss_bmw_の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 14 Jan 2008 23:54:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963400369997@hc08/17971/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963400369997@hc08/17971/" target="_blank"><img src="/docs/963400369997@hc08/17971/thmb.jpg?s=s&r=1200322463&t=n" border="0"></a><br /><br />ピエタ」を選んだ。「瀕死のガリア人」は紀元前200年の少し前に、侵入者ガリア人に対する戦勝を記念してペルガモンで造られた青銅製の像である。ここに載せた図76は、ローマ時代にそれを大理石で模刻したものである。この像の容貌や乱れた剛毛には人種的[350]<br />ピエタ」を選んだ。「瀕死のガリア人」は紀元前200年の少し前に、侵入者ガリア人に対する戦勝を記念してペルガモンで造られた青銅製の像である。ここに載せた図76は、ローマ時代にそれを大理石で模刻したものである。この像の容貌や乱れた剛毛には人種的な特徴が注意深く表現されている。首に巻いた首飾りもケルト族のもう一つの特徴である。さらに、この像には英雄的裸体表現が見られ、ガリア人の苦痛が写実的に表現され、かなりの威厳とパトスを保っている。このように、彫刻として表現されていることからも、ガリア人は取るに足りぬ敵とみなられてはいなかったことがわかる。また、ここでは死への過程が、きわめて具体的に肉体に表現され..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[1-11調和振動子]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963584058917@hc07/16610/]]></link>
			<author><![CDATA[ by spicy]]></author>
			<category><![CDATA[spicyの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 26 Dec 2007 17:25:11 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963584058917@hc07/16610/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963584058917@hc07/16610/" target="_blank"><img src="/docs/963584058917@hc07/16610/thmb.jpg?s=s&r=1198657511&t=n" border="0"></a><br /><br />調和振動子
軽い気持ちで書き始めたのだが、つい長くなってしまった。
目的
　「時間に依存しない方程式」の形を学んだばかりでもあるし、慣れるために簡単な例を紹介しておこう。　前に、微分方程式の解には離散的なエネルギー値だけが許される場合がある[354]<br />調和振動子
軽い気持ちで書き始めたのだが、つい長くなってしまった。
目的
　「時間に依存しない方程式」の形を学んだばかりでもあるし、慣れるために簡単な例を紹介しておこう。　前に、微分方程式の解には離散的なエネルギー値だけが許される場合があるという話をしたが、その状況がここで出てくる。　そのような制限が生じる理屈を知っておくのも面白い。 
　それに今回の話は、応用範囲がとても広い。　現実的な問題への応用だけでなく、理論上の応用もある。　なるべく最短で最先端へ近付きたいのだが、どうしても避けて通れないところである。　まぁ、今はあまり深読みをしなくてもいいから、軽い気持ちで楽しんでもらえれば、と思う。 
　必要になった時にまたじっくり読み返せばいいのだから。
解くべき式
　理想的なバネにつながれて振動する物体の運動を「調和振動」と呼ぶ。　高校の物理で習い始める「単振動」というのは、「１次元のみの単純な調和振動」を略して「単振動」と呼んでいるのである。　調和振動を起こすような系を「調和振動子」と呼ぶ。　調和振動は変位に比例した復元力が働く時に起きる。 
　これはフックの法則と呼ばれている式であ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[情報の歴史]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/queensms/15636/]]></link>
			<author><![CDATA[ by チュアー]]></author>
			<category><![CDATA[チュアーの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 06 Dec 2007 11:38:07 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/queensms/15636/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/queensms/15636/" target="_blank"><img src="/docs/queensms/15636/thmb.jpg?s=s&r=1196908687&t=n" border="0"></a><br /><br />情報の歴史、 次のひとコマは グーテンベルグの活版印刷術が情報革命をもたらした、というのが、古典的なメディア論の発見だとしたら、実は調べてみたらこのようなパラダイム転換的な出来事は人間の知的活動の歴史の中で何度も起きていた、というのが最近の[356]<br />情報の歴史、 次のひとコマは グーテンベルグの活版印刷術が情報革命をもたらした、というのが、古典的なメディア論の発見だとしたら、実は調べてみたらこのようなパラダイム転換的な出来事は人間の知的活動の歴史の中で何度も起きていた、というのが最近のメディア研究の成果のようだ。 例えば、Michael E. Hobart and Zachary S. Schiffman（1998）Information Ages: Literacy, Numeracy and the Computer Revolutionは、古代メソポタミアにおける文字の誕生から、前世紀中葉の電子式コンピュータの実現までを振り返り、人間が何を情報としてきたか、そして情報とともにあった哲学の対象が何であったかを知るための見取り図である。 さて、人文学的な意味での情報は、人間の「ことば」という活動と深く結びついている。そのことばは、人間がとらえた外的世界の事象と心的世界における想起との具体的な結びつきを解放した。ことばを媒介にすることで、人間は「今ここ」に現前しない事象や、過去の記憶を対象にすることができるようになったのだが、著者..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[三四郎（夏目漱石）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428421901@hc07/14387/]]></link>
			<author><![CDATA[ by shakara]]></author>
			<category><![CDATA[shakaraの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 25 Sep 2007 13:42:48 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983428421901@hc07/14387/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983428421901@hc07/14387/" target="_blank"><img src="/docs/983428421901@hc07/14387/thmb.jpg?s=s&r=1190695368&t=n" border="0"></a><br /><br />「三四郎」を読んで
　時代を反映した小説を著してきた漱石は「三四郎」でも、明治の時代に対して警告を鳴らした。明治４２年に朝日新聞に連載された「三四郎」は、新聞小説がリアルタイムに情報を発信できるという特性を生かして、社会批評を客観的かつ冷静[358]<br />「三四郎」を読んで
　時代を反映した小説を著してきた漱石は「三四郎」でも、明治の時代に対して警告を鳴らした。明治４２年に朝日新聞に連載された「三四郎」は、新聞小説がリアルタイムに情報を発信できるという特性を生かして、社会批評を客観的かつ冷静に展開している。例えば広田先生が、日本について言う「亡びるね」という言葉。明治とともに生きてきた先生の漱石の分身としての言葉は、当時としてはかなり痛烈であり、その批評は現代にも通じる鋭さを持っている。
　熊本から上京した三四郎は新鮮な驚きをもって学問の世界や異色な人物に触れながら、次第に自己に目覚めていく。主人公を平凡な学生にすることで、文明開化後の社会の動..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[究極のモテ女とは&minus;源氏物語を中心に&minus;]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431025301@hc06/12716/]]></link>
			<author><![CDATA[ by pamplemousse]]></author>
			<category><![CDATA[pamplemousseの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 20 Jan 2007 02:03:26 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431025301@hc06/12716/" target="_blank"><img src="/docs/983431025301@hc06/12716/thmb.jpg?s=s&r=1169226206&t=n" border="0"></a><br /><br />はじめに
モテたい。他の誰よりも愛されたい。いつの時代も変わらず、誰もが一度は望むことだろう。そのために、私たちは努力をする。料理の腕を磨いたり、メイクを研究したり、ファッションに気を使ったり、派手な服装、立ち振る舞いをしたり。人間は本能的[358]<br />はじめに
モテたい。他の誰よりも愛されたい。いつの時代も変わらず、誰もが一度は望むことだろう。そのために、私たちは努力をする。料理の腕を磨いたり、メイクを研究したり、ファッションに気を使ったり、派手な服装、立ち振る舞いをしたり。人間は本能的に美しいものを求める。やはり、美しい女性は愛される、という考えが一般的だろう。しかし、さほど美しくなくても、常にモテモテで困る、という人もいれば、容姿端麗なのに、いつも愛されない、男に悩まされるという人もいる。それでは本当に「愛される女」になるためには一体何が必要なのだろう。容姿なのか？性格なのか？教養なのか？簡単そうにみえて難しく、なかなか答えのみえない問題だ。本稿では平安時代の代表的な恋愛小説「源氏物語」を中心に「モテる女」の秘訣を見いだし、現代と比較して、「究極のモテ女像」を作り上げていこうと思う。
第一章　「源氏物語」における「モテ女」とは―「雨夜の品定め」からみえる理想の女―
　&ldquo;愛される女、モテる女&rdquo;になるためにはどのような要素が必要なのだろうか。まず初めに、源氏物語の「帚木」の中で貴族の男性四人が女性論を展開していく「雨夜の品定め」を用..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[ 源氏物語-葵の上と源氏-]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431363901@hc05/10462/]]></link>
			<author><![CDATA[ by rasuta2525]]></author>
			<category><![CDATA[rasuta2525の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 13 Aug 2006 12:55:24 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431363901@hc05/10462/" target="_blank"><img src="/docs/983431363901@hc05/10462/thmb.jpg?s=s&r=1155441324&t=n" border="0"></a><br /><br />　葵の上は、光源氏の最初の正妻でありながら、この長い物語の中で出てくる場面が非常に少ない。それは、この二人が夫婦でありながらよそよそしく、源氏の足も遠のいてしまっていたことと、葵上が早くに亡くなってしまったせいであろう。
　左大臣という、[356]<br />　葵の上は、光源氏の最初の正妻でありながら、この長い物語の中で出てくる場面が非常に少ない。それは、この二人が夫婦でありながらよそよそしく、源氏の足も遠のいてしまっていたことと、葵上が早くに亡くなってしまったせいであろう。
　左大臣という、時の最高権力者の父と、皇族出身である母との間にただ一人の姫として生まれた葵の上は、珠のように大切にかしずかれて育った。
　源氏と葵の上が、夫婦なのによそよそしく、本心を隠して接するのは、子の育った環境ゆえ、おごり高ぶった気位を葵の上は持っていたからであった。源氏が、いかに帝の御愛子であろうとも、自分も宮腹の姫、同等の身分、育ちではないか、という気構えが初めからあった。さらに葵の上は源氏より四歳年長である。現時も確かに名前のとおり、光り輝くばかりの美しい容貌と才気を兼ね備えているが、葵の上もそれに負けない美貌と才気を持っているとしたら、夫である源氏が、あっちこっちで女を作って遊んでいることに嫉妬して恨み言を言うなんて、みっともなくてできないと思うのも当然である。
　源氏は葵の上と結婚するときも、恋し、慕っていたのは藤壺の宮だったが、葵の上はそのことを知っ..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[  現代制御理論と古典制御理論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429898001@hc06/10040/]]></link>
			<author><![CDATA[ by takken]]></author>
			<category><![CDATA[takkenの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 26 Jul 2006 19:29:12 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429898001@hc06/10040/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429898001@hc06/10040/" target="_blank"><img src="/docs/983429898001@hc06/10040/thmb.jpg?s=s&r=1153909752&t=n" border="0"></a><br /><br />古典制御理論
伝達関数と呼ばれる線形の入出力システムとして表わされた制御対象を中心に、周波数応答などを評価して望みの挙動を達成する制御理論である。1950年代に体系化された。代表的な成果物と言えるPID制御は、現在でも産業では主力である。[342]<br />古典制御理論
伝達関数と呼ばれる線形の入出力システムとして表わされた制御対象を中心に、周波数応答などを評価して望みの挙動を達成する制御理論である。1950年代に体系化された。代表的な成果物と言えるPID制御は、現在でも産業では主力である。
　
主な解析手法を以下に示す。
零点 (Zero)、極 (Pole)
一般に多項式が零となるような方程式の解を零点と呼ぶ。古典制御論では、伝達関数の分子多項式の零点を指す。次に述べる特性多項式の零点を極と呼ぶ。
特性多項式 (Characteristic Polynomial)、特性方程式 (Characteristic Equation)
伝達関数の分母多項式で、入出力応答を支配する。これを零とする方程式を特性方程式と呼び、その解を極と呼ぶ。極の実部の符号により安定性や収束性が、虚部によって振動特性などが判別できる。
ラウス-フルビッツ (Routh-Hurwitz) の安定判別法
特性方程式を解かずに、特性多項式の係数のみから安定性を判別する方法
閉ループ系 (Closed Loop System)
出力を引き戻し入力側で足し合わせて接続した系。..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 鬼と陰陽師]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430926101@hc06/7808/]]></link>
			<author><![CDATA[ by firsts]]></author>
			<category><![CDATA[firstsの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 06 Apr 2006 22:54:31 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430926101@hc06/7808/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430926101@hc06/7808/" target="_blank"><img src="/docs/983430926101@hc06/7808/thmb.jpg?s=s&r=1144331671&t=n" border="0"></a><br /><br />まず初めに目に付くのは鬼の登場の仕方である。『安義橋』では、鬼は女に化けて初めから橋の上にいた。『宇多郡』では、突如空が掻き曇り、空中から腕が現れて渡辺綱の髪を掴んで引きずり上げた。そして『羅城門』では、しるしの札を置いて綱が帰ろうとしたと[360]<br />『安義橋』・『宇多郡』・『羅城門』の鬼の違い
まず初めに目に付くのは鬼の登場の仕方である。『安義橋』では、鬼は女に化けて初めから橋の上にいた。『宇多郡』では、突如空が掻き曇り、空中から腕が現れて渡辺綱の髪を掴んで引きずり上げた。そして『羅城門』では、しるしの札を置いて綱が帰ろうとしたとき後ろから兜を掴まれ、振り返ると鬼がいた。
　第二には、目的達成の成否である。安義の橋に現れた鬼は、結果的に男を食い殺し、目的を果たしたが、宇多の郡の鬼は斬り落とされた自らの腕を奪い返しはしたものの、その後綱や頼光らの命を狙い、逆に討たれてしまった。また羅城門の鬼は安義の橋や宇多の郡の鬼と同じ手段、あるいは同じ目的で邸内に入り込んだにもかかわらず、首尾よく腕を奪い返して去った。ただし、この羅城門の鬼はその後、京を離れたらしい。結果的に言えば綱の勝ちに終わったともいえるだろう。
　また主役となる人物にも違いがある。『安義橋』で橋を渡ろうとした若い男は、酒の席での強がりを不本意ながら実践しなければならなくなった。そのため橋に着いた頃には既に心乱れ生きた心地がせず、橋の上にいた女を必要以上に恐れたのだが、逆に、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 怨霊について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430926101@hc06/7807/]]></link>
			<author><![CDATA[ by firsts]]></author>
			<category><![CDATA[firstsの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 06 Apr 2006 22:48:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430926101@hc06/7807/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430926101@hc06/7807/" target="_blank"><img src="/docs/983430926101@hc06/7807/thmb.jpg?s=s&r=1144331314&t=n" border="0"></a><br /><br />「京都異界実地調査」で早良親王が祭られている上御霊神社を調べてきたので、今回の授業レポートはその延長、怨霊について書くことにした。
平安時代の人々は御霊信仰を生活の規範にしていた。たとえば結婚式は大安の日に行い、友引の日は葬式をしないなど[356]<br />「京都異界実地調査」で早良親王が祭られている上御霊神社を調べてきたので、今回の授業レポートはその延長、怨霊について書くことにした。
平安時代の人々は御霊信仰を生活の規範にしていた。たとえば結婚式は大安の日に行い、友引の日は葬式をしないなど、いくつかの習慣は現代にも残っている。そもそも平安京は遷都直後から怨霊によって支配された都市だった。その代表格が、上御霊神社に祭られている桓武天皇の弟、早良親王である。それまでは、怨霊は自分を死に至らしめた人物や。生前強い恨みを持っていた人物にのみ祟るとされていた。しかし、平安京遷都まもなく天災や飢饉までもが怨霊の仕業だという考えが広まり始めた。さらに、怨霊は..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[『新古今和歌集』の和歌一首の評釈]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430721101@hc06/7081/]]></link>
			<author><![CDATA[ by dawn69]]></author>
			<category><![CDATA[dawn69の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 22 Feb 2006 23:59:34 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430721101@hc06/7081/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430721101@hc06/7081/" target="_blank"><img src="/docs/983430721101@hc06/7081/thmb.jpg?s=s&r=1140620374&t=n" border="0"></a><br /><br />【本文】
巻第十四　恋歌四
（題しらず）　（式子内親王）
一三〇九　今はただ心の外に聞くものを知らずがほなる荻のうはかぜ
【出典・他出】
出典・・・未詳。
他出・・・式子内親王集　三一七
　　　　　定家八代抄　巻第十四　恋歌四[332]<br />国文学購読Ⅲ（中世）レポート
『新古今和歌集』の和歌一首の評釈
【本文】
巻第十四　恋歌四
　　　　　　　　（題しらず）　　　　　　　　　　（式子内親王）
一三〇九　今はただ心の外に聞くものを知らずがほなる荻のうはかぜ
【出典・他出】
出典・・・未詳。
他出・・・式子内親王集　三一七
　　　　　定家八代抄　巻第十四　恋歌四
式子内親王（一一四九～一二〇一）五三歳。後白河天皇皇女。俊成に和歌を学んだらしく、『古来風体抄』も内親王に献じたものとされる。悲哀・孤独感に満ちた抒情的な歌を詠んだ。『千載和歌集』以下の勅撰集に入集。本作品の製作年は不明。
【語釈】
＊今は(連語)・・・・・・・・「今はこらまで」などの気持ちで、別離や断念の際に発する語。
＊心のほか[心外]・・・・・・気にとめていないさま。無関心。
＊ものを(接助)・・・・・・・逆説的な事柄を導く。「・・・のに」
＊知らずがほ[不知顔]・・・・・知っているのに知らないふりをすること。
また、そのような顔つき。知らん顔。「知らぬがほ」とも。当時「何がほ」の類は問題の用語とされたが千五百番歌合・千四百五十七番判で、慈円は「知らずがほ、こ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本古典文学の現代的意味　]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1929/]]></link>
			<author><![CDATA[ by laughmaker]]></author>
			<category><![CDATA[laughmakerの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 30 Jul 2005 02:55:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1929/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432158301@hc05/1929/" target="_blank"><img src="/docs/983432158301@hc05/1929/thmb.jpg?s=s&r=1122659704&t=n" border="0"></a><br /><br />今回、講義を受けて、私達の生活の中で、最も身近に使われている、言葉というものに対して、記号論の立場からアプローチしてみるという視点を持つことができたわけであるが、その集大成として、いろは歌について考えてみたい。いろは歌は、平安時代末期に流行[360]<br />日本古典文学の現代的意味　
　今回、講義を受けて、私達の生活の中で、最も身近に使われている、言葉というものに対して、記号論の立場からアプローチしてみるという視点を持つことができたわけであるが、その集大成として、いろは歌について考えてみたい。いろは歌は、平安時代末期に流行した、七五を四回繰り返す今様という歌謡形式に従って、日本語を構成する47文字すべてのかなを、一字一回ずつ使って作るという制約の下にもかかわらず、しっかりとした内容を持っているもので、日本の古典文学が最も誇るべき歌なのではないかと思う。いろは歌を記した現存最古の文書は1079年に書かれた「金光明最勝王経音義」であるが、作者は明らかになっていない。
いろはにほへと　ちりぬるを　わかよたれそ　つねならむ　うゐのおくやま　けふこえて　あさきゆめみし　ゑひもせす
というもので、当時は清濁の区別が無視されていたことを踏まえて、濁点を補って漢字かな混じりに直すと、
色は匂へど　散りぬるを　我が世誰ぞ　常ならむ　有為の奥山　今日越えて　浅き夢見じ　 　　酔ひもせず
となる。解釈してみたい。花は色鮮やかに咲いても、いずれは散りゆくものであ..]]></description>

		</item>

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