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		<title>タグ“古事記”の公開資料</title>
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		<description>タグ“古事記”の公開資料</description>
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		<webMaster>cs@happycampus.co.jp</webMaster>
		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[【2024年度対応】日本文学史 リポート2題＆試験解答7題セット]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/926032529572@hc19/139482/]]></link>
			<author><![CDATA[ by zinchenko]]></author>
			<category><![CDATA[zinchenkoの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 02 Feb 2020 16:32:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/926032529572@hc19/139482/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/926032529572@hc19/139482/" target="_blank"><img src="/docs/926032529572@hc19/139482/thmb.jpg?s=s&r=1580628738&t=n" border="0"></a><br /><br />【佛教大学 日本文学史
リポート２題＆科目最終試験6題セット】

参考資料:国語教育プロジェクト編著『原色シグマ新国語便覧―ビジュアル資料 【増強３訂版】』(文英堂,2019)

本資料は、これ一つで単位取得が目指せるよう作成した[318]<br />　上代、中古、中世、近世の文学の特質を、それぞれの時代の特性をふまえつつ、下記の諸作品を例にして具体的に説明せよ。
 〈古事記・万葉集・古今和歌集・女流日記（女性によって書かれた日記）・源氏物語・平家物語・徒然草・近世小説〉

はじめに

 古典文学は、上代、中代、中世、近世という時代区分に分けて考えることができる。本リポートは、諸作品(古事記・万葉集・古今和歌集・女流日記・源氏物語・平家物語・徒然草・近世小説)を例に出しながら、それぞれの時代の特性について具体的に説明していくものである。また、本リポートは、国語教育プロジェクト編著『原色シグマ新国語便覧 ビジュアル資料〔増補３訂版〕』(文英堂,2017)の内容をまとめたものである。

　1.上代

 弥生時代から平安京遷都までを文学史では上代と呼ぶ。共同体、小国分立の時期を経て大和政権による全国統一が成り、律令国家が成立した時代である。
　この時代の文学における大きな出来事としてはまず、口承文学の誕生が挙げられる。この時代の人々の安全や収穫は、自然現象によって大きく左右されていた。そこで、美しい言葉で神に祈ればその願いが実現するという言霊信仰があり、祭りの場で用いられる言葉が格調高く整えられ表現にも工夫が凝らされていた。こうした口承(口頭による伝承)によって誕生した文学が口承文学である。
　やがて、五世紀ごろ、漢字が伝来し、万葉仮名などの表記法が考え出され、神話や歌謡は文字によって書きとどめられるようになっていった。政権の安定と正当化を意図した大和政権は、諸国の氏族を皇室の配下に位置づける形で史書や地誌の編纂を行った。ここではその例として『古事記』を挙げたい。

　♢古事記

　　古事記は、上・中・下の三巻で構成された現存する最古の書物である。中には長短あわせて約百十種の歌が含まれており、その種類も様々だ。
　表記はすべて漢字であるが、序文は純粋な観文体、本文は漢字の音訓をまじえた変則の漢文体、歌謡は万葉仮名による一字一音式で記されており、語り継がれた国語を忠実に文章化しようとする努力がなされている。
　また、天皇の日本国支配の正当性を強調し、天皇制の下での国家統一を目指して編まれており、叙述的な文学の性格が強い。
　
　やがて、統一国家形成の過程で、都市生活を営むようになった人々は、共同体的なものから切り離さ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[古代文学　「別と比売の理由」(H)]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/932208939228@hc17/131685/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sirufa_x1]]></author>
			<category><![CDATA[sirufa_x1の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 04 Dec 2017 09:21:50 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/932208939228@hc17/131685/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/932208939228@hc17/131685/" target="_blank"><img src="/docs/932208939228@hc17/131685/thmb.jpg?s=s&r=1512346910&t=n" border="0"></a><br /><br />古代文学　小課題
『古事記』中の『国生み』における島々の名づけに関する考察
『古事記』中の『国生み』における島々の名づけに関する考察
１．はじめに
『古事記』は、稗田阿礼が暗唱する話を太安万侶が書きとめられたとされている、我が国最古の歴史書である。本論では、上巻で語られる『国生み』で伊邪那岐命と伊邪那美命間に誕生する十四の島に付けられた名前について三つの仮説を立て、考察する。
２．「性行為が神聖なものであると言うための理由作り」説
そもそも『古事記』の最初に登場する神である、「天之御中主神」「高御産巣日神」「神産巣日神」には性別はなかった。しかし、その後に登場する「宇比地邇神」「妹須比智邇神」「角杙神」「妹活杙神」「意富斗能地神」「妹大斗乃辨神」「於母蛇流神」「妹阿夜詞志古泥神」「伊邪那岐神」「伊邪那美神」にはそれぞれ性別の設定がある。特に「伊邪那岐神」と「伊邪那美神」は天つ神の命を持ってドロドロであった日本を「修理り固め成す」ために天の浮橋から矛を使ってオノゴロ島を作り、そこで日本を形成する島々を性交によって作ろうとするのである。
本来ならば、この二人（二柱）は「神」であるのだから、..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【武蔵野大学 合格レポート】ヤマトタケル東征伝承に関する一考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/932208939228@hc17/131681/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sirufa_x1]]></author>
			<category><![CDATA[sirufa_x1の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 03 Dec 2017 11:58:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/932208939228@hc17/131681/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/932208939228@hc17/131681/" target="_blank"><img src="/docs/932208939228@hc17/131681/thmb.jpg?s=s&r=1512269937&t=n" border="0"></a><br /><br />武蔵野大学での「古代文学研究B（現在の日本文学研究Ⅰ）」において課された期末レポートで、最高ランクのS評価をいただいたものになります。
S評価は難しそうに感じますが、この程度書けていればSなんだという指標になれば幸いです。
この他にも日[344]<br />ヤマトタケルノミコト東征伝承に関する一考察 
&sect;はじめに 
我が国最古の歴史書である「古事記」は、稗田阿礼の暗唱する話を太安万侶によって書きとめられたとされる。
本論では、中巻で語られるヤマトタケルの東征伝承に関して考察する。 
&sect; 問題設定 
そもそもヤマトタケルとは景行天皇の息子であり、登場する際は「オウス（小碓命）」という名前であった。
「ヤマトタケル」と呼ばれるようになるのはクマソ討伐の際に弟のクマソタケルが「大和に並びもない武勇の人
としてヤマトタケルと称える」と名前を献上してからである。このヤマトタケルは父親である景行天皇から気性
が荒いとして遠ざけられており、クマソタケル討伐後も休養期間をろくに与えられずに再び東征を父親から命じ
られたため、父親は自分が死んでほしいと思われているのではないかと叔母であるヤマトヒメに打ち明ける場面
がある。その後、命令通りに東征を進めるヤマトタケルであるが、いったい彼はどのような気持ちで東征の歩を
進めていたのだろうか。二つの仮説を立てて考察する。 
&sect;『我が身よりも「家」や「国」』 説 
古来より我が国では「家制度」というものが根付いてお..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[★明星大学 国文学史 PC2060 科目試験対策　過去問合格解答例]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/120025/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ぎゃぷらん]]></author>
			<category><![CDATA[ぎゃぷらんの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 30 Apr 2015 22:34:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/120025/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/120025/" target="_blank"><img src="/docs/941640410589@hc14/120025/thmb.jpg?s=s&r=1430400891&t=n" border="0"></a><br /><br />ご覧いただきありがとうございます。レポートの内容等で不明点等ありましたらご質問ください。(2020/01追記)

明星大学　PC２０６０国文学史　科目試験対策の過去問および解答例です。
かれこれ2回試験に落ち、苦戦しました。3回目にや[322]<br />★★★国文学史　PD2060★★★
1.過去問回答例
★国文学史における神話・伝説の展開について考察せよ。(2014上半期) 上代の頃の書物には神話、伝説が記載されている。 神話とは、自然界や人間界で起こった様々な出来事を神々の行為に帰して物語ったものである。
伝説とは、祖先の人たちの活躍や大きな出来事を回顧して、その地域の自然物や事件と結びつけながら、そこに英雄・佳人としての理想的な人物像を作り上げて語られるものである。 日本においてそれが見られるものは、天武天皇の命で稗田阿礼が暗誦（あんじゅ）し、太安万侶が筆録した『古事記』である。古事記は三巻構成で、上巻には天地創造などの神話、下巻には歴史が書かれている。その後、舎人親王や太安万侶らが『日本書紀』を編集した。一巻と二巻は神話、三巻以降は歴史が書かれており、六国史の最初の書である。さらに、史書と並行して地誌『風土記』が編集され、地方の地理的状況、伝説などが記載された。
★国文学史における和歌の展開について考察せよ。(2014上半期) 短歌はすでに七世紀の半ば頃から、日本の詩の形として完成した。 大伴家持によって編集された「万葉集」は、日本最古の歌集としてまた短歌の原点として有名である。「万葉集」には当時の天皇から柿本人麻呂・山上憶良といった歌人、そして庶民までの約4500もの歌が収められている。 平安時代には、日本最初の勅撰和歌集である『古今集』、鎌倉時代には『新古今和歌集』が編集され短歌の文化は頂点を極めた。 その後、戦国・江戸時代を経て明治まで短歌の文化は衰えることなく継承され、明治から戦前にかけては、正岡子規・与謝野晶子といった優れた歌人達が登場し数々の名作を残している。現在でも短歌は根強い人気を保っており『サラダ記念日』で有名な俵万智などの歌人が活躍している。
★国文学史における能、狂言と浄瑠璃、歌舞伎の展開について考察せよ。(2014上半期) 能、狂言、浄瑠璃、歌舞伎は現在では「世界無形遺産」に指定されている伝統的な芸術である。
&rArr;能と狂言 能と狂言であるが、この2つを合わせて「能楽」と言う。 能は600年の歴史がある日本最古の歌舞劇である。 古代の日本に、シルクロードを経て伝来した、散楽という芸能に由来し、平安時代になると、猿楽として日本中に広まった。これが能楽の直接の母体であった。また、農耕行事..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[【日大通信】国文学講義Ⅰ（上代）分冊１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943981993355@hc14/119137/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hyxxx]]></author>
			<category><![CDATA[hyxxxの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 21 Mar 2015 13:20:04 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943981993355@hc14/119137/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/943981993355@hc14/119137/" target="_blank"><img src="/docs/943981993355@hc14/119137/thmb.jpg?s=s&r=1426911604&t=n" border="0"></a><br /><br />【日大通信】国文学講義Ⅰ（上代）分冊1　 H25-26年度課題 合格リポートです。「紀記歌謡における反復法の起源とその理由について説明しなさい」

「丁寧に説明はされていますが、賛成でも反対でも、もっと自分の考えを述べてみましょう」との講評[338]<br />上代歌謡、特に記紀に記されたものに、反復、つまり繰り返しが多いことは、広く一般的に認められている事実である。例えば、
今はよ、今はよ、ああしやを。今だにも、吾子よ、今だにも、吾子よ（紀10）
訳：今はもう、今はもう、敵をすっかり討ち滅ぼしてしまった。今だけでも、わが軍よ、今だけでも、わが軍よ
これを見ても、どれだけ繰り返しが多いかが分かるだろう。では何故これほどにも反復が多いのだろうか。それは上代人の表現法の未熟と誦謡の必然性から来ていると思われる。表現法の未熟ということは、彼らの知性の貧困ということにも起因する。発表しようとする内部的感情や思想が多分にあっても、これをある一定の観念語に整理統合して、順序良く発表するだけの言語的表象能力をまだ持ち合わせていない。また、内部心情を表出すべきある種の観念が浮かんだとしても、それに関するいくつかの連想的観念が機械的に次々と見つからない限り、初めに見出した一つの観念にとらわれて、いつまでも同一観念語を繰り返しているに過ぎない。このことは幼児の言語操作を見てもわかることである。幼児の知性は薄弱であり、情意も決して豊富とはいえない。しかし年齢相当の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[★明星大学 国文学史 PD2060 １，２単位目セット 2014合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/117695/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ぎゃぷらん]]></author>
			<category><![CDATA[ぎゃぷらんの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 04 Jan 2015 18:58:31 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/117695/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/941640410589@hc14/117695/" target="_blank"><img src="/docs/941640410589@hc14/117695/thmb.jpg?s=s&r=1420365511&t=n" border="0"></a><br /><br />ご覧いただきありがとうございます。レポートの内容等で不明点等ありましたらご質問ください。(2020/01追記)

明星大学　PD２０６０ 国文学史 2単位分　レポートです。
ぜひ参考になさってください。
※2014.2013年度に対[298]<br />【課題１】 上代から近世までの国文学の展開を、散文中心に説明しなさい。
日本の文学の誕生以降、平安京に都が遷った奈良時代までの時代区分を上代と呼ぶ。 漢字が伝来するまで文字を持たなかった日本人は、口述によって神話や伝説を伝えてきた。 いわゆる口承文学である。 人々の生活には儀礼や呪術が深く根づいていた。 これらの神話や伝説が文字として伝えられたのは、奈良時代の初め、天武天皇の命で稗田阿礼が暗誦した帝紀を太安万侶が撰録し、「古事記」として記したのが初めである。 中国大陸から朝鮮半島を経由して漢字が輸入され、それによって成立し、遣隋使によって中国大陸から文化的に大きな影響を受けたものでもある。 「古事記」は、 現存する日本最古の歴史書であり、神代から推古天皇までの系譜や事件などを歌謡や説話、神話を基に書かれている。 「古事記」の表記には、純粋の漢文体で書かれた序文のほか、漢字の音訓を交えた変則の漢文体で書かれたものもある。
「日本書紀」も「古事記」と同様に歴史書であるが、「古事記」とは異なり、国の定めた正式な歴史書(国の正史)である。 時代を大和朝廷にさかのぼり天皇を中心とする律令国家体制の歴史を叙述することによって、 その権威を国内外に知らしめる意味で書かれた歴史書である。
「風土記」と いう各国庁が報告した公文書も編集された。 これは、各地の物産や土地の肥沃状態、地名の由来や旧聞伝承などが寄せられたものであり、また「古事記」や「日本書紀」には無い地方独特の神話や伝説、歌謡などが収録されているため、見聞史料として貴重なものであった。
9世紀から12世紀の平安時代を中古時代と呼ぶが、中古時代の初期、遣唐使による大陸との往来が盛んになるにつれて、唐風の文化が尊重されるようになった。 貴族の間では漢詩文が流行し、9世紀の前半は空前の隆盛期に迎えた。 その後、唐が衰えると、唐風文化に変わって再び国風文化への自覚が高まった。 続いて、かな文字の発明と普及に伴って、和歌とともに、散文もかな文字で記されるようになり、物 語がかな仮名で書き表された。 物語では作り物語であり「源氏物語」絵合の巻で「物語の出で来はじめの祖」とあるように、 日本最初のかなによる物語である「竹取物語」。 歌物語では、「伊勢物語」あり、これは六歌仙の一人である在原業平に関する小話を、業平の身近の人が綴った..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学講義Ⅰ(上代)　分冊２　2014　合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/113440/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yumeno]]></author>
			<category><![CDATA[yumenoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Jun 2014 11:38:49 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/113440/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/113440/" target="_blank"><img src="/docs/947055634295@hc13/113440/thmb.jpg?s=s&r=1402713529&t=n" border="0"></a><br /><br />課題　上代説話の六つの類型説話と農耕説話から一つ取り上げて、それぞれの特徴について説明しなさい。その時には「古事記・日本書紀・風土記」などを参考にして、それぞれの説話に一例ずつ具体的に示すこと。
合格レポートです。
参考程度にご利用ください[356]<br />国文学講義Ⅰ(上代)　分冊２　平成２５・２６年報告課題
&lt;上代説話の六つの類型説話と農耕説話から一つ取り上げて、それぞれの特徴について説明しなさい。その時には「古事記・日本書紀・風土記」などを参考にして、それぞれの説話に一例ずつ具体的に示すこと。&gt;
　説話という語は、狭義にいう場合には神話、伝説と並称されて、それらと並立する概念として使用されている。広義にいう場合には、神話、伝説をも含めて総括的意味に使用される。では、はじめに複数ある上代説話の中から、知名説話の特徴について説明する。
　知名説話とは、事物の起源を説明した伝承説話の一つであって、由来を説明することを主とした伝承説話の謂である。知名説話の知名説話たる由縁のものは、それが知名(ことば)を説話によって説明したものであるというところにある。つまり、知名説話の本領はその説話の内容のどのような要素が、知名という固有名詞と結び付けられているかにある。地名というものは、これを発生的に見れば必要によって土地に付けられた名称であり、もろもろの事物や事件を契機として生まれたものであるから、全ての知名は過去における出来事を背景とした歴史的な産物..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学講義Ⅰ(上代)　分冊１　2014　合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/113362/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yumeno]]></author>
			<category><![CDATA[yumenoの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 10 Jun 2014 18:58:49 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/113362/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/113362/" target="_blank"><img src="/docs/947055634295@hc13/113362/thmb.jpg?s=s&r=1402394329&t=n" border="0"></a><br /><br />課題  記紀歌謡における反復法の起源とその理由について説明しなさい。
合格レポートです。
参考までにご利用ください。[166]<br />国文学講義Ⅰ(上代)　分冊１　平成２５年・２６年報告課題
&lt;記紀歌謡における反復法の起源とその理由について説明しなさい。&gt;
　古事記および日本書紀に載るわが国上代の神話・伝説・説話の中に、それらと互いに関連性をもち、あるものは緊密に結びついたいくつかの歌謡がある。それらを総括して「記紀歌謡」と略称するのが一般とされている。では、「記紀歌謡」における反復法の起源とその理由について次に述べていく。
　上代歌謡・特に記紀に現れたものに、反復即ち繰返しが多いことは、一般に認められている事実であり、古代の謡い物の特徴である。一つ例を挙げると、「今はよ、今はよ、ああしやを。今だにも、吾子よ、今だにも、吾子よ(紀一〇)」がある。何故反復が多いのかについては、古来説をなすものが多いが、それらを要するに上代人の表現法の未熟と、誦謡の必然性から来ていると思われる。表現法の未熟ということは、また彼らの知性の貧困ということにも起因する。発表しようとする内部的感情や思想が多分にあっても、これをある一定の観念語に整理統合して順序よく発表するだけの言語的表象能力をまだ持ち合わせない。もしまた内部心情を表出すべきある..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学講義Ⅰ（上代）分冊２]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949690010456@hc12/112797/]]></link>
			<author><![CDATA[ by motuaruto]]></author>
			<category><![CDATA[motuarutoの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 20 May 2014 17:37:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/949690010456@hc12/112797/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/949690010456@hc12/112797/" target="_blank"><img src="/docs/949690010456@hc12/112797/thmb.jpg?s=s&r=1400575073&t=n" border="0"></a><br /><br />上代説話の六つの類型説話と農耕説話から一つ取りあげて、それぞれの特徴について説明しなさい。
　その時には「古事記・日本書紀・風土記」などを参考にして、それぞれの説話に一例ずつ具体的に示すこと。
ポイント　&rarr;通信教育教材をよく理解すること
キ[354]<br />平成２５・２６年度　国文学講義Ⅰ（上代）　分冊２
　上代説話の六つの類型説話と農耕説話から一つ取りあげて、それぞれの特徴について説明しなさい。
　その時には「古事記・日本書紀・風土記」などを参考にして、それぞれの説話に一例ずつ具体的に示すこと。
ポイント　&rarr;通信教育教材をよく理解すること
キーワード　&rarr;内容・性格・モチーフ・起源
参考文献　&rarr;『新編　日本古典文学全集』（小学館）『新日本古典文学大系』の古事記・日本書紀・風土記（岩波書店）
　上代説話の六つの類型説話「英雄説話」と農耕説話から「五穀の起源説話」について説明する。
　「英雄説話」について、ここでは主体が神であるか人であるかを問わずに扱う。英雄たるものは、衆にすぐれた武力と愛情とを持ち合わせ、それだけに花々しい行為の主体者となるものである。英雄説話のモチーフとしの行為は、あるものは国家建設のごとき国家的、集団的英雄行為となることもあり、またあるものは、怪物退治のごとき個人的英雄行為となる場合もある。
　英雄説話の具体例として、『天照大神と須佐之男命の誓約』を取り上げる。日本神話の上で、英雄と見なされるものは、天孫系の神々の中で..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[古事記]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943805000047@hc14/111614/]]></link>
			<author><![CDATA[ by mayumi10126]]></author>
			<category><![CDATA[mayumi10126の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 31 Mar 2014 23:42:12 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/943805000047@hc14/111614/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/943805000047@hc14/111614/" target="_blank"><img src="/docs/943805000047@hc14/111614/thmb.jpg?s=s&r=1396276932&t=n" border="0"></a><br /><br />古事記の一部分の単語調べの資料です。
大分詳しく調べて書いたので範囲が狭いのに分量が多めです。
●部分は出てこなかった漢字です。[188]<br />日本文化基礎演習Ⅰ・ⅢＣ
名前
　これから古事記に関するレポートを書いていく。
　まずは最初に書き下し文を書く。
「●、●貝比売岐佐宜集めて、蛤貝比売待ち承けて、母の乳汁と塗りしかば、麗しき荘夫に成りて出で遊行き。是に、八十神見、且欺きて山に率入りて、大樹を切り伏せ、茹矢を其の木に打ち立て、其の中に入らしむる即ち、其の氷目矢を打ち離ちて●ち殺しき。●、亦其の御祖、哭きつつ求むれば、見得る即ち、其の木をさきて取り出で活け、其の子に告げて言らししく、」
次に私の担当箇所に登場する神の名称、説明を書く。
　△は日本の神仏の辞典　大修館書店　編者　大島建彦　薗田稔　圭室文雄　山本節
　▲は日本神名辞典　神社新報社である。
・蛤貝比売(うむぎひめ・うむがいひめ)
△『古事記』上巻に所出。きさがいひめと共に、神産巣日神によって高天原から遣わされ、兄神たちの迫害により火傷を負って死んだ大穴牟遅神を復活させた二神のうち一神。ハマグリを表象する。現在の静岡県浜名郡舞阪町舞阪の岐佐神社、島根県松江市法吉(ほうき)町の法吉神社の祭神。(中嶋・池谷) 
▲蛤と神格化した神の義といふ。和名抄に海蛤の訓を宇無木乃加比と付す。兄弟の八十神たちのために、大きな焼き石の下敷きとなって殺された大穴牟遅神を、神産巣日神の命令の下、●貝比売と共に蘇生させた神。母の乳汁(赤貝の貝殻を粉末にしたものと蛤の汁を混ぜ、母乳状にしたものといふ)を塗って麗しき壮夫になり出させた、と記は伝へる。古代の治療法を反映してゐるものとされる。また、この母の乳汁の母の意が、説話上、蛤貝比売の蛤にも影響してゐるとも説かれる。出雲国風土記島根群法吉(ほうき)郷条には、神魂命の子である宇武比比売が法吉鳥(ほうきどり・うぐいすのことか)となって飛び渡ったのち、同地に鎮座した伝承を載せる。
・●貝比売(きさがひひめ)
△『古事記』上巻に所出。蛤貝比売と共に、神産巣日神によって高天原から遣わされ、兄神たちの迫害により火傷を負って死んだ大穴牟遅神を復活させた二神のうち一神。支佐加比売(きさかひめの)命と同一とされる。
▲赤貝を神格化した女神の義といふ。和名抄に● (赤貝の意)に木佐の訓をつける。一説に、赤貝の殻に刻(きさ・貝殻の年輪)があることによるといふ。記では、兄弟の八十神たちのために、大きな焼き石の下敷きとなって殺された大穴牟遅神を..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[国文学基礎講義　分冊１　2014　合格レポート　日大通信教育]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/111024/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yumeno]]></author>
			<category><![CDATA[yumenoの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 16 Mar 2014 18:35:42 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/111024/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947055634295@hc13/111024/" target="_blank"><img src="/docs/947055634295@hc13/111024/thmb.jpg?s=s&r=1394962542&t=n" border="0"></a><br /><br />課題　『古事記』において、根の堅洲国を訪問した大穴牟遅神に対して須佐能男命が、「おれ、大国主神と為り、亦、宇都志国玉神と為」れと言ったことは、何を意味するのか。神話にそって具体的に説明しなさい。
合格レポートです。参考程度にご利用ください。[358]<br />国文学基礎講義　分冊１　平成２５・２６年報告課題
&lt;『古事記』において、根の堅洲国を訪問した大穴牟遅神に対して須佐能男命が、「おれ、大国主神と為り、亦、宇都志国玉神と為」れと言ったことは、何を意味するのか。神話にそって具体的に説明しなさい。&gt;
　須佐能男命は、父伊耶那岐命から命じられた海原の統治を拒否して追放され、姉君の天照大御神に事の次第を申し上げるために、高天原に昇る。高天原世界の統治者である天照大御神と対立して、乱暴を働いたために、高天原からも追放されて再び地上に降りてくる。出雲国へ降り立った須佐能男命は、そこへ毎年やってくる八俣の大蛇を退治し、櫛名田比売との子供(神)を生む。その六世の孫が大国主神である。では、根の堅洲国を訪問した大国主神、別名大穴牟遅神に対して須佐能男命が「おれ、大国主神と為り、亦、宇都志国玉神と為」れと言ったことは何を意味するのかについて、次に述べていく。
　大国主神の生涯は、兄たち八十神によって課された試練をくぐることから始まる。この試練の中で、大国主神は二度死に生き返る。いずれの場合も母神が蘇生させ、迫害という試練をくぐりぬけた。
　根の堅洲国に行き着く..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[『古事記』～ヤマトタケルの悲劇～]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947515749504@hc13/100379/]]></link>
			<author><![CDATA[ by のんたそ]]></author>
			<category><![CDATA[のんたその資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 26 Jan 2013 12:31:57 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/947515749504@hc13/100379/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/947515749504@hc13/100379/" target="_blank"><img src="/docs/947515749504@hc13/100379/thmb.jpg?s=s&r=1359171117&t=n" border="0"></a><br /><br />『古事記』の倭建命の章を検討し、ヤマトタケルは、最後死して白鳥となって翔けていくが、「英雄であるはずのヤマトタケルはなぜ死なねばならなかったのか」という点について、ヤマトタケルの悲劇性を軸に論じたミニレポートです。[321]<br />景行天皇のとして生まれ、その「建く荒き情」をもって辺境をめぐり、全国平定に】貢献したヤマトタケルは、なぜ死ななければならなかったのか。
　ヤマトタケル説話は、小碓命の兄殺しから始まる。父景行天皇は、小碓命に、朝夕の大御食に出てこない兄大碓命を「泥疑教へ覚せ」と命じた。しかし、五日経っても大碓命が参上しないので、天皇は小碓命に、まだ教え諭していないのではないかと問うと、「すでに泥疑為」と答えた。不審に思った天皇が、「いかにか泥疑つる」と問うと、「朝けに厠に入りし時、待ち捕へてつかみひしぎて、その枝を引きかきて、薦に裏みて投げ棄てつ。」と平然と答えたのであった。それを聞いた天皇は、小碓命の「建く..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[佛教大学　通信　日本文学史　第１設題　A判定]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960057307006@hc09/95656/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yuuchi103]]></author>
			<category><![CDATA[yuuchi103の資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 06 Aug 2012 00:06:32 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960057307006@hc09/95656/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960057307006@hc09/95656/" target="_blank"><img src="/docs/960057307006@hc09/95656/thmb.jpg?s=s&r=1344179192&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信学部 R0112 日本文学史 第一設題「上代、中古、中世、近世の文学の特質を、それぞれの時代の特性をふまえつつ、下記の諸作品を例にして具体的に説明せよ。〈古事記・万葉集・古今集・女流日記(女性によって書かれた日記)・源氏物語・平[340]<br />上代、中古、中世、近世の文学の特質を、それぞれの時代の特性をふまえつつ、下記の諸作品を例にして具体的に説明せよ。
〈古事記・万葉集・古今集・女流日記(女性によって書かれた日記)・
源氏物語・平家物語・徒然草・近代小説〉
　大化の改新や壬申の乱を経て、政治的には強力な中央集権的律令制国家へと発展してしき、遣隋使、遣唐使を派遣し政治体制ばかりでなく漢字や仏教など多くの影響を中国から受けた大和から奈良時代が上代と呼ばれる時代であり、上代の文学で代表的なものが、古事記と万葉集である。
まず古事記の文学的意義は日本最古の書であること。そして国内の思想統一を目的とし、神話・伝承を重視した文学性豊かな史書ということである。内容は、上巻は神話、中・下巻は神武天皇から推古天皇を中心とした物語であり、序文以外は漢字の音を借用した変体漢文である万葉仮名で書かれ、仮名発明以前の表記の工夫が見受けられるという特質がある。
もうひとつの代表的な作品は現存する最古の歌集である万葉集。歌風は「ますらをぶり（男性風）」で、現実に密着した感動を具象的に表現。率直な実感を大胆素朴に表現する力強さが特徴の歌集である。現存する..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[R8103日本文学史1レポート（A判定）]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953888125099@hc11/90478/]]></link>
			<author><![CDATA[ by みすみす]]></author>
			<category><![CDATA[みすみすの資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 12 Feb 2012 17:42:42 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953888125099@hc11/90478/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/953888125099@hc11/90478/" target="_blank"><img src="/docs/953888125099@hc11/90478/thmb.jpg?s=s&r=1329036162&t=n" border="0"></a><br /><br />①上代、中古、中世、近世の文学の特質を、それぞれの時代の特性をふまえつつ、下記の諸作品を例にして具体的に説明せよ。
〈古事記・万葉集・古今集・女流日記（女性によって書かれた日記）・源氏物語・平家物語・徒然草・近世小説〉
　【上代】
　上代とは、都が大和（奈良）から平安京（京都）へ遷都されるまでの時代である。日本は、遣隋使や遣唐使により、漢字・漢籍・佛教などの文化の面でも多大の影響を受けることとなった。文化的所産を口から口と伝えていく口誦や語りに頼っていた口承文化から、文字による伝達・保存が可能な記載文学が誕生することとなったのである。その代表的な作品として、『古事記』が挙げられる。『古事記』は、現存する最古の書である。語り部の稗田阿礼が語る神話・伝承を、太安万侶が筆録したもので、国内の思想統一をねらいとし、神話、伝承を重視した文学性豊かな史書である。上巻は神話、中・下巻に初代神武天皇から三三代推古天皇までの事跡を記している。序文は漢文で書かれているが、それ以外の部分は、漢字の音と訓とを交ぜあわせた変体漢文である、特に人名や歌などは一字一音の「万葉仮名」で書かれたものとなっている。
また..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[R0112日本史文学史第１設題　A判定　合格レポート 2016年度対応]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962649622816@hc08/80900/]]></link>
			<author><![CDATA[ by relax]]></author>
			<category><![CDATA[relaxの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 28 Apr 2011 22:51:21 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/962649622816@hc08/80900/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/962649622816@hc08/80900/" target="_blank"><img src="/docs/962649622816@hc08/80900/thmb.jpg?s=s&r=1303998681&t=n" border="0"></a><br /><br />2016年も同じ設題です。
上代、中古、中世、近世の文学の特質を、それぞれの時代の特性をふまえつつ、下記の諸作品を例にして具体的に説明せよ。＜古事記・万葉集・古今集・女流日記（女性によって書かれた日記）・源氏物語・平家物語・徒然草・近世小説[350]<br />上代、中古、中世、近世の文学の特質を、それぞれの時代の特性をふまえつつ、下記の諸作品を例にして具体的に説明せよ。＜古事記・万葉集・古今集・女流日記（女性によって書かれた日記）・源氏物語・平家物語・徒然草・近世小説＞
第一章　　上代の文学
第一節　上代の文学の特性
　上代の文学は、口承文学から記載文学へと大きく発展した時代である。上代とは、四世紀後半に大和（現在の奈良県）を中心にして大和政権による国土の統一から、桓武天皇が７９４（延暦１３）年に都を平安京に遷都するまでの期間である。作品には古事記や日本書紀がある 。
第二節　古事記
　七一二（和銅五）年、元明天皇の命により稗田阿礼が読み習っていた帝紀、本辞を太安万侶が筆録したものである。序文は漢文で書かれており、それ以外は変体漢文である。特に人名や歌は「万葉仮名」でかかれている。内容は、上・中・下の三巻から成っており、上巻は岩戸神話や出雲神話などの天地開闢以来の神話が収められている。中・下巻は神武天皇から推古天皇までの天皇を中心とする物語で、倭建命の話が有名である 。
第三節　万葉集
　「ますらをぶり」と呼ばれる男性風の歌風である。現実に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本古代音楽の特質について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953345724321@hc11/80353/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sho-toku]]></author>
			<category><![CDATA[sho-tokuの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 04 Apr 2011 00:11:18 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/953345724321@hc11/80353/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/953345724321@hc11/80353/" target="_blank"><img src="/docs/953345724321@hc11/80353/thmb.jpg?s=s&r=1301843478&t=n" border="0"></a><br /><br />聖徳大学・通信教育
「言語と文化Ⅱ」第１課題第１設題。
※Ａ評価。末尾に参考文献記載。[125]<br />【課題】第1期の日本古代音楽の特質について、具体例を挙げて説明しなさい。（1600字）
第1課題　第1設題
第1期古代音楽（原始時代～4世紀頃）は、今と異なり宗教性や呪術的、神秘的なものと結びついていた。それらは、の記述において象徴的に見られる。古事記に記される楽器には「」「」「」「」があるが、そのうち「」は14例を数えることからも、重要な楽器であったことがうかがえる。
その琴の働きは、『古事記』「仲哀記」に記される。「天皇をかして、、に神のをひき。是にして」(天皇は神を招き寄せるためにお琴をお弾きなって、は神託を受ける庭にいて神のお告げを乞い求めた。すると、皇后が神懸りした)と記されるように..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[コリャードさんげろく語釈]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/78443/]]></link>
			<author><![CDATA[ by レゲトニック]]></author>
			<category><![CDATA[レゲトニックの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 01 Feb 2011 17:01:35 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/78443/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/reggaetonique/78443/" target="_blank"><img src="/docs/reggaetonique/78443/thmb.jpg?s=s&r=1296547295&t=n" border="0"></a><br /><br />2010年度国語学演習で取り扱った内容です。
担当範囲のみの詳細調査ですが、調査法において参考になると思います。

キリシタン文献の中でも、スペイン人宣教師のコリャードが綴った「懺悔」を記録した書で、
当時の口語を研究する上でも有効となる資[344]<br />～　語釈　～（18ぺ32行～20ぺ28行）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　広辞苑（岩波書店）／全訳古語辞典（旺文社）第五版
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　コリャード懺悔録（岩波書店）
○　奉行（ぶぎゃう）
【広】①上命を報じて公事・行事を執行すること。また、その担当者。（徒然）
　　　②武家の職名。政務を分掌して一部局を担当する者。
【古】①上の命によって事を行うこと。また、その人。（徒然）
　　　②武家時代の職名。一部局の長官。
　　　　鎌倉・室町時代は「評定衆（ひようじょうしゆう）」「引き付け衆」を、「公事（くじ）奉行人」という。
　
の
Ⅰ（格助詞）所有者を示す。「が」に比べ敬意をこめて使われることもある。
　Ⅱ室町時代以降の用法では並立助詞
　①物事を並べ挙げて問題にする。
　②ある活用語とその否定形とを重ねて上の語の意味を強める。
○せられた（せ￤られる）
　（尊敬の助動詞セルの未然形に尊敬の助動詞ラレルの付いたもの）五段動詞の未然形に接続して、極めて高い尊敬を表す。
○即ち（すなわち）（則ち）
　Ⅰ①（名）その時。即座。（万葉）　
Ⅱ①（副）即座に。ただちに。すぐに。（源氏）②そこで。そうして。（古事記）
○上られた（のぼられた）
　③京都で、北（内裏の方向）に向かって行くこと。（平家）
○へ（格助詞）（名詞「辺」から助詞化した語。現代語の発音は「エ」）
　③動作・作用の働きかける相手を示す。（平家）
○とも（接続助詞）
　①逆接の仮定条件を示す。たとい・・・しても。
○ども（共）
①複数化の接尾語。体言に添えてその語の表す物事が多くある意を表す。
　　謙譲、あるいは見下した意が加わることが多い。（古事記）
　②一人称の語に付き、へりくだった気持ちを表す。単数にも用いる。
○　の・す（乗す・載す）
【古】①載せる（源氏）　　②記載する。記録する。（徒然）
日記（にき）
【古】「　にっき」の促音「っ」が表記されない形で「にっき」に同じ。
自己の見聞による体験を、年月日を明らかにして書きとどめた記録。
上る（のぼる）
高いところに行く。（万葉）（日葡辞書）
使ひ（つかひ）
　【古】③神仏の使い。（【広】に同じ）特に、神仏の使いをするという動物。稲荷（いなり）の狐（きつね）、春日（かすが）の鹿（しか）など。
　狐&rarr;日本では人をだますと..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[作家作品上代認定試験]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64676/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kosino]]></author>
			<category><![CDATA[kosinoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 13 Mar 2010 00:47:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64676/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64676/" target="_blank"><img src="/docs/958976010830@hc09/64676/thmb.jpg?s=s&r=1268408875&t=n" border="0"></a><br /><br />上代文学の特質とはなにかということを『古事記』、『日本書記』、『出雲国風土記』そして『万葉集』を中心に考えたい。まず、それらの作品の表記方法について考える。これらの作品は基本的に全て漢字表記で書かれている。かな文字が発明されていない時代のことであるから当然であるが、その表記方法は全て統一されているわけではない。例えば『日本書記』では、変体漢文が用いられており、『古事記』、『出雲国風土記』も基本は変体漢文である。しかし、『古事記』の場合、固有名詞や、古語などの漢文で表記しづらい部分は、一字一音表記で記すという特徴がみられる。『万葉集』もこれらの作品と同様に、全文が漢字で表記され、題詞などは変体漢文で表記されているが、歌自体はすべて、万葉仮名という型式で表記されている。
　これらの作品の表記方法は変体漢文を基本としながらも、日本独自の固有名詞、古語、あるいは歌というものは、漢字を一字ずつ工夫してできる限りオリジナルの音に近いものにしようとしているという特徴が考えられる。漢字表記から、これらの作品を考えると、中国の文化、文学を享受しつつも、新たに日本独自の文学を創作しようとする過渡期に作ら..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本文学文化概説A1課題１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64672/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kosino]]></author>
			<category><![CDATA[kosinoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 13 Mar 2010 00:47:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64672/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64672/" target="_blank"><img src="/docs/958976010830@hc09/64672/thmb.jpg?s=s&r=1268408871&t=n" border="0"></a><br /><br />まず、大和政権成立以前の日本文化のあり方についてであるが、第一の特徴は、西日本の方が文化的な発展が早いという点である。例えば弥生式土器を見てみると、もっとも古い遠賀川式は北九州から瀬戸内海を経由して、伊勢湾にいたる地域で、中期のものでは、北九州で須玖式、近畿では櫛目式が、中部地方から関東にかけては、栗林式がそれぞれ発見されている。このように、北九州から近畿にかけての地域は中部以東に比べ、古い時期から弥生式土器が使用され、その種類も多様である。このような差異は、朝鮮半島との距離ということに由来する。当時は、中国を中心とする大陸が文化的に日本より発展しており、その文化が日本に流入することにより、古代日本は文化的に発展してきたからである。朝鮮半島のからの渡来人が北九州に上陸し、そこを基点として、東へと伝播していくという状態だったのである。
　また、青銅器の地域分布にも、この時代の文化的特徴が見られる。青銅器は縄文式土器と同様、朝鮮半島経由で日本に伝来したものである。伝来時期は紀元前二世紀といわれ、当初は武器として用いられていたが、後に祭祀用として用いられるようになる。その祭祀用青銅器が、北..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[作家作品研究上代課題２]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64665/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kosino]]></author>
			<category><![CDATA[kosinoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 13 Mar 2010 00:47:44 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64665/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64665/" target="_blank"><img src="/docs/958976010830@hc09/64665/thmb.jpg?s=s&r=1268408864&t=n" border="0"></a><br /><br />『風土記』は、『続日本紀』和銅六年甲子条
　　機内七道諸国・郡・郷、名著好字。其郡
　　内所生、銀銅彩色草木禽獣魚虫等物、具　　　
　　録色目。及、土地沃脊、山川原野名号所　　
　　由、又、古老相伝旧聞異事、載史籍言上。
という詔命があり、これを基に作成されたものである。
　この詔命の内容は①国・郡・里の地名を表記するのに好い漢字を使い二字で記すこと。②郡内で取れる物産品目を列挙すること。③土地がどの程度肥沃であるか。④どういう理由で山、川等の地名がつけられたか。⑤現在存在しない、あるいは変わった出来事を記載すること。の五つであり、それを記載した文書を提出することを要求している。
　『出雲風土記』は、十二条で構成されており、最も完本に近い状態で残されている。この『出雲国風土記』は、③の項目についてはその記載が僅か六箇所のみという例外があるが、一詔命に忠実に編纂されたといえる。そしてその一方で通道、里程数、神社、寺院、正倉、軍団、烽など、詔命にはない項目まで記載しているのが特徴である。そして、詔命に対応する項目についてであるが、①に関しては、例えば、意宇郡の母理郷の好字は文理、多伎郷の..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[作家作品研究上代課題１]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64664/]]></link>
			<author><![CDATA[ by kosino]]></author>
			<category><![CDATA[kosinoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 13 Mar 2010 00:47:43 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64664/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/958976010830@hc09/64664/" target="_blank"><img src="/docs/958976010830@hc09/64664/thmb.jpg?s=s&r=1268408863&t=n" border="0"></a><br /><br />『古事記』と『日本書紀』におけるヤマト
タケルと父の景行天皇との関係の相違を中心
にこの課題について考えてみたい。『古事記』
では征西の場面で、小碓命（ヤマトタケル）
が天皇に兄の大碓命の説得を命じられたが、
捕まえ手足をちぎり、こもに詰めてしまう。
このことから天皇はヤマトタケルの性格が荒
いことを恐れ、遠ざける様に、熊曽討伐に送
り出している。そして、帰還に際しては特に
記述はない。一方『日本書紀』においては、
十六歳のヤマトタケルを熊曽征伐に派遣する
とだけ、記述され、兄を殺害したという説話
は出ていない。さらに天皇は、ヤマトタケル
を征伐に派遣する前に、熊曽討伐を行なって
いる。そして、天皇はヤマトタケルの功績を
褒め、寵愛したとなっている。
　次に東征の場面であるが、『古事記』では、熊曽、出雲建の討伐を終え、帰還してすぐ、ヤマトタケルに東国十二道の平定を命じる。ヤマトタケルは、伊勢神宮で斎王をしていた叔母の倭姫命に天皇は私が死ぬことを望んでおられる。と泣いて訴えながら出征していく。一方『日本書紀』では、東征の指揮者にヤマトタケルは兄を推薦するが、兄は戦場を恐れ、逃げてしまう..]]></description>

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			<title><![CDATA[天皇「元首」論批判についての感想]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957586691839@hc09/59403/]]></link>
			<author><![CDATA[ by zenimaru]]></author>
			<category><![CDATA[zenimaruの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 23 Nov 2009 10:41:10 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/957586691839@hc09/59403/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/957586691839@hc09/59403/" target="_blank"><img src="/docs/957586691839@hc09/59403/thmb.jpg?s=s&r=1258940470&t=n" border="0"></a><br /><br />天皇を「元首」として扱おうと策を巡らす前に、私は、｢天皇とはなんなのか？」ということについて、その根本から考え直すべきだと思っている。それには、我々日本人は何時の時代から天皇家の支配下に置かれたかを知ることが大切とは言うものの、その天皇家の[360]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[日本文学史　第一設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960811353085@hc08/57103/]]></link>
			<author><![CDATA[ by p1205]]></author>
			<category><![CDATA[p1205の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 03 Nov 2009 14:10:02 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/960811353085@hc08/57103/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/960811353085@hc08/57103/" target="_blank"><img src="/docs/960811353085@hc08/57103/thmb.jpg?s=s&r=1257225002&t=n" border="0"></a><br /><br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[和歌形態について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/959541612001@hc09/55776/]]></link>
			<author><![CDATA[ by zbf32097]]></author>
			<category><![CDATA[zbf32097の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 29 Sep 2009 22:55:09 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/959541612001@hc09/55776/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/959541612001@hc09/55776/" target="_blank"><img src="/docs/959541612001@hc09/55776/thmb.jpg?s=s&r=1254232509&t=n" border="0"></a><br /><br />※設題１　和歌形態について具体的に述べよ。　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
まず初めに、五音と七音の句によって作られる歌を和歌といい、和歌にはさまざまな形態が存在している。それは、「長歌・片歌・旋頭歌・短[352]<br />]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[出雲国風土記２]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963209582921@hc08/19271/]]></link>
			<author><![CDATA[ by wagwag_65]]></author>
			<category><![CDATA[wagwag_65の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 06 Feb 2008 02:41:19 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963209582921@hc08/19271/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963209582921@hc08/19271/" target="_blank"><img src="/docs/963209582921@hc08/19271/thmb.jpg?s=s&r=1202233279&t=n" border="0"></a><br /><br />出雲国風土記については、現存する最古、そして唯一の完本の風土記であること以上には特に知識や印象を持ち合わせていなかった私であったが、この機に現代語訳を初めから終わりまで通読し、その内容の端緒に初めて触れることができた。八束水臣津野命の「八雲[360]<br />出雲国風土記については、現存する最古、そして唯一の完本の風土記であること以上には特に知識や印象を持ち合わせていなかった私であったが、この機に現代語訳を初めから終わりまで通読し、その内容の端緒に初めて触れることができた。八束水臣津野命の「八雲立つ」という言葉が登場する総記から幕を開けるこの出雲国風土記を読み進めて行くうちに、１３００年前の出雲の人々が、いかに自らの住む土地に神々が息づいているさまを感じ取り、そしてその神々のもたらした恩恵であり所産である植物や動物とのつながりを尊んでいるのかを、その文章から肌で感じていたような気がする。私が学んで、或いは教えられてきた歴史や地理というものは、単なる客観的な結果や年号、地名の暗記がほとんどだったが、遠い昔にこの一風土記に描かれ、今も変わらず出雲という土地が記憶している神々の言葉やふるまいとそれに伴う自然の成り立ち、そういった自然世界への人々の畏怖と尊敬、また人間と共に土地に住まうすべてのものとの調和を目指す精神、歴史や地理を学ぶ際にこういったものたちに思いを馳せる経験こそ、そのような学業を修めることの本質的な目的ではないかとも今は思える。
と..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[出雲国風土記]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963209582921@hc08/19261/]]></link>
			<author><![CDATA[ by wagwag_65]]></author>
			<category><![CDATA[wagwag_65の資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 06 Feb 2008 01:59:55 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/963209582921@hc08/19261/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/963209582921@hc08/19261/" target="_blank"><img src="/docs/963209582921@hc08/19261/thmb.jpg?s=s&r=1202230795&t=n" border="0"></a><br /><br />今回はじめてわたくしは出雲国風土記にふれ、土地の歴史、風土とはいかなるものか、その一端を知ることができた。ことばで表すのは大変に難しいので、正確には知ったのではなく漠然と感じたというべきかもしれない。たとえばこんな感じである。昔から人々がそ[360]<br />今回はじめてわたくしは出雲国風土記にふれ、土地の歴史、風土とはいかなるものか、その一端を知ることができた。ことばで表すのは大変に難しいので、正確には知ったのではなく漠然と感じたというべきかもしれない。たとえばこんな感じである。昔から人々がその土地と深くかかわりながら生活をおくり、そのなかで様々な物語が生まれ、土地の記憶として語り継がれてきた。歴史とは単なる年号の羅列でもなく、権力の覇者によるつじつまあわせの道具でもない。自然への畏怖、人々と土地との繋がりの香りこそが歴史であり、それは時に風土として認識されるものなのではないか。ひとつの風土記を読み終えた今、このように感じる。そして少し大げさに言うと、わたくしはこれまであまりにもそのような歴史に対して無関心であったのかもしれない。私たちが日々生活するこの土地は身じろぎもせず地上の出来事を見てきて、その様々な痕跡が記憶となって風土を形成し、整った形で今日まで保存されてきた。日本がその歴史上、他民族による侵略や人口構成の激変、国家の大規模な分裂を経てきたならば、今日のような形では、過去から連綿と続く風土を知ることは困難であったに違いない。弥生..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[神楽について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431047801@hc06/13754/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sirica]]></author>
			<category><![CDATA[siricaの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 28 May 2007 10:24:05 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431047801@hc06/13754/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431047801@hc06/13754/" target="_blank"><img src="/docs/983431047801@hc06/13754/thmb.jpg?s=s&r=1180315445&t=n" border="0"></a><br /><br />神楽について
神楽には御神楽と、里神楽があり、前者は宮廷での神楽、後者は民間での神楽と分けられることが多い。
御神楽次第を列挙すると、
人長式（開始の式）
庭日（燎）の歌
阿知女作法
採物の歌
　榊・幣（みてぐら）・篠（さき）・弓・劒・桙・[346]<br />神楽について
神楽には御神楽と、里神楽があり、前者は宮廷での神楽、後者は民間での神楽と分けられることが多い。
御神楽次第を列挙すると、
人長式（開始の式）
庭日（燎）の歌
阿知女作法
採物の歌
　榊・幣（みてぐら）・篠（さき）・弓・劒・桙・杓（ひさご）・葛・韓神
勧盃
和（倭）舞・散楽
阿知女作法
　大前張
　　宮人・木綿志天・難波潟・階香取・猪名野・我妹子
　小前張
　　薦枕・賊家小菅・磯良崎・篠波殖槻・
　星
　雑歌
　神上
である。
　採物の歌は神おろしの意味合いが含まれており、神楽の中で重要な要素を形作っているが、宮廷鎮魂などの、鎮魂祭儀とも深いかかわりを持つ。『古語拾遺』によれば、宮..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ 『古事記』と『日本書紀』考察]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430726601@hc06/9085/]]></link>
			<author><![CDATA[ by miyukich]]></author>
			<category><![CDATA[miyukichの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 19 Jun 2006 20:20:31 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430726601@hc06/9085/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430726601@hc06/9085/" target="_blank"><img src="/docs/983430726601@hc06/9085/thmb.jpg?s=s&r=1150716031&t=n" border="0"></a><br /><br />１　はじめに
　このレポートは、古事記と日本書紀の内容的相違や、両文献研究の歴史的変遷を示した『古事記と日本書紀』（神野志隆光著　講談社現代新書）を基に、本著の批評、そしてその批判の根拠となった事実の理由を考察したものである。
　このレ[352]<br />古事記と日本書紀
１　はじめに
　このレポートは、古事記と日本書紀の内容的相違や、両文献研究の歴史的変遷を示した『古事記と日本書紀』（神野志隆光著　講談社現代新書）を基に、本著の批評、そしてその批判の根拠となった事実の理由を考察したものである。
　このレポートの流れとしては、まず2章で本著を要約する。それをうけて3章では、本著の記述について否定を行う。そして否定した根拠となる歴史的事実がなぜそのようになったのかということを考察する。最後に4章で、3章に述べた私の主張を要約する。
２　本著の要約
　古事記、日本書紀ともに古代日本において書かれた文献である。その内容はどちらも天皇の世界がどのように成り立ったのかを語るものであるがその内容は２つの文献において相違が見られる。日本書紀においては世界の始まりから神武天皇までの概要は次のようになっている。
　当初世界は渾沌としたものであった。その中から天地が分かれ、様々な神が誕生しやがて、イザナキ・イザナミという２柱の神が誕生した。２柱は協同して大八洲の島々や山・川などを生み、日神（アマテラス）・月神・ヒルコ・スサノオを生む。スサノオは乱暴者でアマ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「黄泉の国」考察　『千と千尋の神隠し』と『古事記』の比較を中心に]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431331301@hc05/5272/]]></link>
			<author><![CDATA[ by imomusikaiko]]></author>
			<category><![CDATA[imomusikaikoの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 14 Jan 2006 21:39:51 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431331301@hc05/5272/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431331301@hc05/5272/" target="_blank"><img src="/docs/983431331301@hc05/5272/thmb.jpg?s=s&r=1137242391&t=n" border="0"></a><br /><br />一、はじめに
　二〇〇一年七月に封切られた『千と千尋の神隠し』は、あの『タイタニック』や、ジブリの人気作『もののけ姫』を上回る反響を呼び、二〇〇二年四月二十一日までに観客動員数二、三三三万人、興行収入三〇一億円という偉業を成し遂げた（久美[356]<br />　一、はじめに
二〇〇一年七月に封切られた『千と千尋の神隠し』は、あの『タイタニック』や、ジブリの人気作『もののけ姫』を上回る反響を呼び、二〇〇二年四月二十一日までに観客動員数二、三三三万人、興行収入三〇一億円という偉業を成し遂げた（久美・二〇〇四）。その内容はというと、十歳の少女・千尋が、トンネルの向こうの「不思議な世界」に迷い込み、そこで起こる多くの困難を乗り越え成長していくという、至ってシンプルな、ともすれば｢ありきたりな成長物語｣である。それがなぜ空前のブームを巻き起こすに至ったのだろう。おそらくそれは独創的な「世界観」にあるのではないだろうか。清水氏は言う、「このアニメには様々な解かなければならない謎や、絶対に解けないであろう謎が残されている」と（清水・二〇〇一）。そう、「千と千尋」の「不思議な世界」には謎が多い。一体あの世界は何であるのか。その問いに対する見解は様々である。清水氏（二〇〇一）は、トンネルは産道の隠喩であるとする「母体回帰」説を挙げているし、久美氏（二〇〇四）は「あの世界は千尋用に全てがお膳立てされた世界」だと述べている。
この問題について考える上で、注目すべ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[大国主神と大国主神に関する神話について]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432358501@hc05/616/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 円莉]]></author>
			<category><![CDATA[円莉の資料]]></category>
			<pubDate>Sun, 26 Jun 2005 21:42:53 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432358501@hc05/616/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432358501@hc05/616/" target="_blank"><img src="/docs/983432358501@hc05/616/thmb.jpg?s=s&r=1119789773&t=n" border="0"></a><br /><br />大国主神は国譲りで有名な神である。主に出雲神話に登場し、素盞鳴尊と大国主神の二柱を軸として出雲神話は展開する。大国主神は出雲大社の祭神であるが、出雲神話での神威が高く受け取られていたのか素盞鳴尊と混同されることが多い。このように大国主神と素[360]<br />大国主神と大国主神に関する神話について。
　大国主神は国譲りで有名な神である。主に出雲神話に登場し、素盞鳴尊と大国主神の二柱を軸として出雲神話は展開する。大国主神は出雲大社の祭神であるが、出雲神話での神威が高く受け取られていたのか素盞鳴尊と混同されることが多い。このように大国主神と素盞鳴尊が混同される理由の一つに、大国主神と素盞鳴尊が同じ血筋で結ばれているということがある。『古事記』によれば、大国主神は素盞鳴尊の七世にあたる子孫だと記している。『古事記』・『日本書紀』では、大国主神は天つ神である素盞鳴尊の子孫であるとしているが、神話の中では大国主神は国つ神として描かれている。
　大国主神は、他にも多くの名を持っている。『古事記』の中では大国主神が国土を統一する過程に沿って名前が変わっていく。まず大国主神はオオナムチノカミ（大穴牟遅神。『日本書紀』には大己貴命と明記）という名で登場する。すなわちこれが大国主神の本名と思われる。その後、大国主神は素盞鳴尊の助けを求めに根之堅州国に降りる。その時はアシハラノシコノオミコト（葦原色許男命）と明記されている。「しこお」は頑強な男を意味し、武神とし..]]></description>

		</item>

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