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		<title>タグ“印度哲学”の公開資料</title>
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		<description>タグ“印度哲学”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[Ｑ０５０７　レポート　インド哲学　第１設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933940365340@hc17/129330/]]></link>
			<author><![CDATA[ by シュリーマン]]></author>
			<category><![CDATA[シュリーマンの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 16 May 2017 16:58:08 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/933940365340@hc17/129330/" target="_blank"><img src="/docs/933940365340@hc17/129330/thmb.jpg?s=s&r=1494921488&t=n" border="0"></a><br /><br />私のレポートの多くは教科書とインターネットのみで作成しており、参考文献を用いたものは末に記載しております。評価はAが多く、不合格になったことはありませんので安心してください。
先輩・後輩・友人たちとレポートや試験のことを対策できる四年制大学[356]<br />ウッダーラカ・アールニとヤージュニヤ・ヴァルキヤのアートマン説について。
≪はじめに≫
　アリヤン人種がインドに移住して、最初に産出した文学がヴェーダであり、これは神聖な宗教上の知識を表し、さらにインド文化や知識の源泉としての聖典として機能する。ヴェーダは分野として４部から構成されており、その終の哲学的な部分を奥義書の意を持つウパニシャッド（ウパニシャド）といい、これこそがインド哲学の祖形であるといわれている。そして、ウパニシャッド哲学の主題として注目すべきは宇宙の本体に関する問題の討議であり、これにはブラフマンとアートマンの２つの原理が大きく関係している。
　ブラフマン（梵）は変化する宇宙の諸事情の中にあって、変化しない宇宙の根本原理である。一方のアートマン（我）は様々な在り方に生まれ変わる無限の生死を繰り返す自己にあって、変化しない真実の自己のことである。
ウパニシャッド哲学では、この宇宙の根本原理であるブラフマンと、自己の本体であるアートマンが同一であること（梵我一如）を体得すれば、輪廻を断ち切り、安らぎを得ることができると考えられていたのである。
≪アートマン≫
アートマンはバ..]]></description>

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			<title><![CDATA[印度哲学第二設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950915929819@hc11/91421/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ＊＊るか＊＊]]></author>
			<category><![CDATA[＊＊るか＊＊の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 10 Mar 2012 20:55:32 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950915929819@hc11/91421/" target="_blank"><img src="/docs/950915929819@hc11/91421/thmb.jpg?s=s&r=1331380532&t=n" border="0"></a><br /><br />2011年度印度哲学のA評価レポートです。
「第2設題：転変説、積集説、縁起説について」[118]<br />第2設題：転変説、積集説、縁起説について
参照：金倉圓照著『インド哲学史』、第12章－第17章
田中典彦著『印度哲学概論―学習の手引き―』、四、破邪－七、十二門論
現象つまり存在をどのように捉えるのか、という問題はインド哲学における中心的なテーマの一つとされている。ここでは転変説、積集説、縁起説という3つの説による存在の見方を取り上げる。
1．転変説
　転変説とは「現象世界のいっさいは一つの実在が展開・変化することによって生成する」、つまり根本原理の梵自体が現象世界へ展開する、という見方である。この説はおもにサーンキャ派(数論派)によって主張された。
　そもそも転変説は因中有果論とよばれる因と果の関係に関する説であり、インド思想の中では2つの異なった形式で認められている。これがすなわち転変説と仮現説である。転変説は先に示したとおり、ある結果が生ずる時、原因の結果への事実上の変化がある。例えば粘土から瓶が生じ、ミルクから乳飲料などの乳製品が生じるようにである。
一方、仮現説は不二一元論を主張したヴェーダーンタ派に認められる説である。これは原因の結果への変化はただ単に現れただけのものである..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[印度哲学第一設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950915929819@hc11/91420/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ＊＊るか＊＊]]></author>
			<category><![CDATA[＊＊るか＊＊の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 10 Mar 2012 20:55:29 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950915929819@hc11/91420/" target="_blank"><img src="/docs/950915929819@hc11/91420/thmb.jpg?s=s&r=1331380529&t=n" border="0"></a><br /><br />2011年度印度哲学のA評価レポートです。
「第一設題：ウッダーラカ・アールニとヤージュニア・ヴァルキヤのĀtman説について」[171]<br />第一設題：ウッダーラカ・アールニとヤージュニア・ヴァルキヤのĀtman説について
参照：金倉圓照著『インド哲学史』第1章－第4章
1．Ātmanとは何か
　アリヤン人種はインダス文明の栄えた後に、インドに侵入してきて原住民を支配した。そのアリヤン人種がインドに移住して最初に産出した文学がヴェーダである。ヴェーダの語は、もとは「知識」という意味であるが、とりわけ神聖な宗教上の知識をあらわし、さらに転じて知識の源泉として一定の聖典を表すものとなった。
ヴェーダの終に位する秘教密義の聖典であるウパニシャド(もとは「近くに座る」の意味)では、その哲学的主題として宇宙の本体に関する問題の討議があげられる。これは世界根源の探求、宇宙の統一的把握に対する古来の思索と密接な関係を持っている。ここで提示される宇宙の統一の原理はブラフマン（梵）と名づけられる。このブラフマンはもともと神秘的な威力を示す言葉で、マントラの知識を有するバラモンに内在し、諸神万物を背後から動かす力であると考えられた。
こうした思想の背景には、祭式の万能化とそれを司るバラモンの神聖化があげられる。時代の推移とともに、ヴェーダに端を..]]></description>

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			<title><![CDATA[印度哲学第一,第二設題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/950915929819@hc11/91419/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ＊＊るか＊＊]]></author>
			<category><![CDATA[＊＊るか＊＊の資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 10 Mar 2012 20:55:24 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/950915929819@hc11/91419/" target="_blank"><img src="/docs/950915929819@hc11/91419/thmb.jpg?s=s&r=1331380524&t=n" border="0"></a><br /><br />2011年度印度哲学のA評価レポート、設題１．２のセットです。
教科書を中心にまとめました。

第一設題：ウッダーラカ・アールニとヤージュニア・ヴァルキヤのĀtman説について

第2設題：転変説、積集説、縁起説について[299]<br />第一設題：ウッダーラカ・アールニとヤージュニア・ヴァルキヤのĀtman説について
参照：金倉圓照著『インド哲学史』第1章－第4章
1．Ātmanとは何か
　アリヤン人種はインダス文明の栄えた後に、インドに侵入してきて原住民を支配した。そのアリヤン人種がインドに移住して最初に産出した文学がヴェーダである。ヴェーダの語は、もとは「知識」という意味であるが、とりわけ神聖な宗教上の知識をあらわし、さらに転じて知識の源泉として一定の聖典を表すものとなった。
ヴェーダの終に位する秘教密義の聖典であるウパニシャド(もとは「近くに座る」の意味)では、その哲学的主題として宇宙の本体に関する問題の討議があげられる。これは世界根源の探求、宇宙の統一的把握に対する古来の思索と密接な関係を持っている。ここで提示される宇宙の統一の原理はブラフマン（梵）と名づけられる。このブラフマンはもともと神秘的な威力を示す言葉で、マントラの知識を有するバラモンに内在し、諸神万物を背後から動かす力であると考えられた。
こうした思想の背景には、祭式の万能化とそれを司るバラモンの神聖化があげられる。時代の推移とともに、ヴェーダに端を発した祭式が発達し、ついには人間の幸不幸は神々に支配されるのではなく、祭式の実行にかかっていると考えられるようになった。祭式を正しく実行することによって宇宙的現象を支配することができ、そのため祭式は万能であると考えられた。また、それを司るバラモンは神に等しい至上の存在とされ、ヴェーダに通暁しているバラモンは人間的神と目されるようになったのである。
神々に対する賛歌、祭詞、咒詞を包括するマントラは広義の「祈り」であるが、ブラフマンはそのような「祈りの力」である。ブラフマン(梵)はヴェーダの真髄についての解義であるブラーフマナにおいても、創造主プラジャーパティと同一視された。このようにしてブラフマンは次第に第一原理としての位置を高め独立の創造原理と考えられると同時にあらゆる実在の真髄と断定されるに至る。
しかし、ウパニシャドにおいてブラフマンの観念が大切なのは、それが最高原理としての位置を確定したというだけに終わるのではない。むしろ他の原理アートマン(我)と同一視され、梵我同一の自覚の下に、繰り返し宇宙の本体として思弁の対象にのぼらせられたところに、歴史上の重要性がある。アートマンはも..]]></description>

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			<title><![CDATA[印度哲学概論第２投題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951895556632@hc11/87499/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ふうたろう]]></author>
			<category><![CDATA[ふうたろうの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 05 Nov 2011 11:20:23 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951895556632@hc11/87499/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/951895556632@hc11/87499/" target="_blank"><img src="/docs/951895556632@hc11/87499/thmb.jpg?s=s&r=1320459623&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信課程「印度哲学概論」第2投題「転変説、積集説、縁起説について」。
A判定をいただいたレポートです。テキストがかなり難解なので、参考にしていただければ幸いです。[249]<br />転変説、積集説、縁起説について
現象界、すなわち存在をどのように見るかがインド哲学の中心のひとつと言える。以下、その立場に立って転変説、積集説、縁起説についてそれぞれ考察する。なおこの考察にあたって、金倉圓照(1974)『インド哲学史』の第６章および第11章～第17章を特に参照した。
（１）転変説について
　転変説とは、現象世界のすべては根本原理の梵自体が展開・変化して生成するとする説で、ヴェーダーンタ学派、サーンキヤ学派がその代表的な位置を占める。ヴェーダーンタ学派はバラモンの哲学学派（六学派）のひとつに数えられ、古典ウパニシャッドの研究をその旨とし、特にウパニシャッド思想の中心観念である梵の研究をその主題とした。成立は400年頃、開祖はヴァーダラーヤナである。ヴェーダーンタ学派では、梵とは世界の生・住・滅の起こる根源であると規定し、梵は宇宙の動力因であるとともに資料因であり、転変によって世界を生ずると主張することで、有神論的数論派が最高神を動力因とのみみる考えを反駁し、原子論のような他の世界起源説も否定した。すなわち、宇宙の根源であるところの梵から空風火水地が順に生まれ、また逆の順..]]></description>

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			<title><![CDATA[印度哲学概論第1投題]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951895556632@hc11/87498/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ふうたろう]]></author>
			<category><![CDATA[ふうたろうの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 05 Nov 2011 11:13:52 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951895556632@hc11/87498/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/951895556632@hc11/87498/" target="_blank"><img src="/docs/951895556632@hc11/87498/thmb.jpg?s=s&r=1320459232&t=n" border="0"></a><br /><br />佛教大学通信課程「印度哲学概論」第1投題「ウッダーラカ・アールニとヤージュニャ・ヴァルキヤのAtman説について」。
A判定をいただいたレポートです。テキストがかなり難解なので、参考にしていただければ幸いです。[299]<br />ウッダーラカ・アールニとヤージュニャ・ヴァルキヤのAtman説について
このレポートを作成するにあたって、金倉圓照(1974)『インド哲学史』の第1章～第4章を特に参照した。
（１）Atmanについて
　古代インド哲学において、ヴェーダ（アリヤン人種がインドに移住して最初に産出した文学で、もとは「知識」という意味であるが、とりわけ神聖な宗教上の知識をあらわし、さらに転じてこのような知識の源泉として一定の聖典を表すもの）の終に位する秘教密義の聖典ウパニシャッドでは、その主題として宇宙の本体に関する問題の討議が行われてきた。ここで提示される宇宙の統一原理はブラフマン（梵）と名づけられる。このブラフマンは神秘的な威力を意味し、もともとはマントラ（祈り）の知識を有する者であるところのバラモンに内在し、諸神万物を背後から動かす力と考えられた。これは人間の幸不幸は神々に支配されるのではなく、祭式の実行にかかっていると考えられるようになり、祭式を正しく実行することによって宇宙的現象を支配することができるので祭式は万能、それを司るバラモンは神に等しい至上の存在とされたことによる。また、ヴェーダの説明的..]]></description>

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