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		<title>タグ“労作教育”の公開資料</title>
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		<description>タグ“労作教育”の公開資料</description>
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			<title><![CDATA[全人教育研究Ⅱ「全人教育の方法としての労作教育の意義」【玉川大学】]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/951608480399@hc11/118481/]]></link>
			<author><![CDATA[ by hatosaburou]]></author>
			<category><![CDATA[hatosaburouの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 07 Feb 2015 18:47:30 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/951608480399@hc11/118481/" target="_blank"><img src="/docs/951608480399@hc11/118481/thmb.jpg?s=s&r=1423302450&t=n" border="0"></a><br /><br />※玉川大学通信教育部「全人教育研究２」平成22年度課題＜評価＞A（合格）
＜批評＞
あなたは主要な問題についてはとりあげておられます。
反対の合一という原理から発生する諸事情をキチンととらえ、
具体的な問題まで説明してあることは良い[338]<br />このレポートでは全人教育の方法としての労作教育の意義について述べる。まず、労作教育とは何かを簡単に理解するために、労作教育を概観する。そして、労作教育の軸となる、全人教育の根本的原理である反対の合一と宗教的な観点について説明することで、労作教育を根本的に理解する。次に、労作教育の具体的な内容を示し、以上をもって労作教育の意義を明らかにしたい。
まず、労作教育とはなにかを簡単に理解するために、労作教育を概観する。労作教育を簡単に言えば、実際にやってみる教育方法である。教科書をなぞるよりも、手や体を動かし身を持って体験・体感することの方が、気づくことや学ぶことが多い。「百聞は一見に如かず」だけれども、「百見も一行に如かず」である。労作教育は相反することを調和させていくという反対の合一という観点から、自分が行っている事の反対の事を体験することによって、他者のことを思いやる気持ちや感謝する気持ちを育てようとする教育方法である。
労作教育の具体的な内容の前に、軸となる全人教育の根本的原理である、反対の合一について説明する。労作教育は全人教育の方法のひとつであるから、もちろん、全人教育の根本原理で..]]></description>

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			<title><![CDATA[「全人教育論」第2分冊]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983432281101@hc05/74941/]]></link>
			<author><![CDATA[ by sakuragi]]></author>
			<category><![CDATA[sakuragiの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 22 Nov 2010 16:53:12 +0900</pubDate>
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			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983432281101@hc05/74941/" target="_blank"><img src="/docs/983432281101@hc05/74941/thmb.jpg?s=s&r=1290412392&t=n" border="0"></a><br /><br />レポート課題：小原國芳の人間観・教育観の特徴について論述し、全人とはどのような人間観であり、どのような現代的意義をもつのかを考察せよ。[201]<br />科目コード01101　「全人教育論」第2分冊
略題：小原國芳の人間観・教育観
　「全人教育」とは、玉川学園の創設者として知られる小原國芳によって提唱された教育理念である。「全人」とは全てにおいて調和のとれた完全な人格のことであり、小原は知育だけでなく徳育、体育も同様に重視した教育を目指した。では、全人教育という理念の構想は、小原の中でどのように培われてきたのであろうか。元となった様々な思想家たちの主張を追いながら、小原の考える「全人」について読み解いていくこととする。
小原の京都大学時代の恩師であった西田幾多郎は、小原に多大な影響を与えた哲学思想家である。西田は「善の研究」において、知識・道徳・宗教のすべてを純粋経験によって基礎づけた。西田によれば、人間が物事を知る時に主観と客観の区別はなく、人間の精神作用である知性作用・感情作用・意志作用は合一しているという。小原は西田のこの思想に大きな影響を受け、人間は精神作用のすべてをもって真の姿を把握することができるという考え方に行き着いた。
同じく京都大学時代の恩師である朝永三十郎も、小原に何度となく助言を与えた。朝永はヨーロッパに留学したの..]]></description>

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			<title><![CDATA[ペスタロッチーの教育学についての考察。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430040101@hc06/14586/]]></link>
			<author><![CDATA[ by bd]]></author>
			<category><![CDATA[bdの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 05 Nov 2007 14:05:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983430040101@hc06/14586/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983430040101@hc06/14586/" target="_blank"><img src="/docs/983430040101@hc06/14586/thmb.jpg?s=s&r=1194239159&t=n" border="0"></a><br /><br />ペスタロッチーの教育学（直観の原理など）について考察せよ
ペスタロッチーは子どもをどのように捉えていたのかというと、将来発展する素質が備わっていると考えていた。そして、その素質が子どもの内から発展するように助成するのが教育と考えていた。つま[358]<br />ペスタロッチーの教育学（直観の原理など）について考察せよ
ペスタロッチーは子どもをどのように捉えていたのかというと、将来発展する素質が備わっていると考えていた。そして、その素質が子どもの内から発展するように助成するのが教育と考えていた。つまり、子どもは生まれながらにして、真への認識、美の感情、善の力を有していると考え、これらの内的本性を子どもが自ら実現していくのを援助するのが教育であり、逆に内的本性に備わっていないものを、外部から押し付けることは教育とは言わないと考えている。この考え方から、子どもはすでに将来成長する能力を内的に有していると考え、子どもの内的素質を重視するという点で有機的で、自発的成長を促すという点で発生的なものとして教育を捉えている。
　このような基本的な教育方法の重要な柱として「直観の原理」がる。直観は全ての認識の基礎となるので教育方法は直観的である必要がある。そして、その直観はまだ曖昧な素材であり、概念的には不明瞭であるので、それを分離・結合して、秩序を与え、明瞭な概念にすることが求められる。よって、直観を原理とした教育方法は段階的なものとなる。
　この直観をペス..]]></description>

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