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		<title>タグ“功利主義”の公開資料</title>
		<link>https://www.happycampus.co.jp/public/tags/%E5%8A%9F%E5%88%A9%E4%B8%BB%E7%BE%A9/</link>
		<description>タグ“功利主義”の公開資料</description>
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		<copyright>Copyrightⓒ 2002-2026 AgentSoft Co., Ltd. All rights reserved</copyright>

		<item>
			<title><![CDATA[安楽死賛成論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/917109202312@hc22/155203/]]></link>
			<author><![CDATA[ by ゆりちゃんまん]]></author>
			<category><![CDATA[ゆりちゃんまんの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 02 Aug 2025 11:40:03 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/917109202312@hc22/155203/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/917109202312@hc22/155203/" target="_blank"><img src="/docs/917109202312@hc22/155203/thmb.jpg?s=s&r=1754102403&t=n" border="0"></a><br /><br />倫理学のレポートで、消極的安楽死と積極的安楽死を対置し分析したうえで、積極的安楽死を肯定するものです。
字数は全てで1204字程度です。[195]<br />1 はじめに
終末期医療の文脈で語られる安楽死には、治療や生命維持を中止して自然経過に任せる消極的安楽死と、医師が薬物を投与して死期を積極的に早める積極的安楽死の二形態がある。従来、両者の区別を正当化する議論は「行為／不作為」や「殺人／許容」といった抽象的枠組みに依拠しがちだった。しかし本稿では、患者が死に至る過程で被る総苦痛に注目し、一定の条件下では積極的安楽死こそが倫理的・医療的に妥当な選択肢となり得ることを主張する。

2 緩和医療の限界と苦痛の残余領域
オピオイド鎮痛や持続的深い鎮静の進歩によって、大半の身体的疼痛は管理可能になった。しかし末期がんや筋萎縮性側索硬化症の患者には、薬剤抵..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[幸福主義の代表的思想である、功利主義について、説明しなさい。]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933195464332@hc17/139057/]]></link>
			<author><![CDATA[ by rur1]]></author>
			<category><![CDATA[rur1の資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 24 Dec 2019 14:43:59 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/933195464332@hc17/139057/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/933195464332@hc17/139057/" target="_blank"><img src="/docs/933195464332@hc17/139057/thmb.jpg?s=s&r=1577166239&t=n" border="0"></a><br /><br />評価はBでした。
【参考資料】
・加藤尚武「現代倫理学入門」&lt;講談社　1997.2&gt;
・田上孝一「本当にわかる倫理学」&lt;日本実業出版社　2010.11&gt;
・赤林朗/児玉聡「入門・倫理学」&lt;勁草書房　2018.1&gt;
・児玉聡「功利主[286]<br />人は生まれた以上幸福に生きていきたいものである。幸福主義とは何かの行為を「善い」と「悪い」と評価する際に行為の帰結を重視し、その行為が人々の幸福に与える影響を重んじた思想である。その中で幸福主義を広く他者の幸福までも求める観点で考える思想である功利主義について説明する。
　功利主義の特徴の１つ目に帰結主義があげられる。帰結とは結果の事である。結果論と混同して考えられがちだが、決して結果論ではない。帰結主義の特徴は「Aを選ぶとこういう結果になるであろう。」という予測に基づき、行為が正しい事を評価するものだからである。決して事後を評価する結果論ではないのである。
２つ目に前述でも述べた様に幸福主義である。幸福主義は自由や真理にも価値を認め、それらが人々の幸福を増進するからだと考える。快が増える事が善いものであり、幸福である。苦痛や不快は悪いものであり、苦痛や不快を減らすような行為が正しい事、幸福に繋がると考える。
３つ目に総和最大化という考え方である。功利主義は一個人の幸福を最大化しようとするのではなく、人々の幸福を総和する考えである。掛け算などではなく、単純に足し算して最大になるようにし..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ムサビ　哲学　課題１　合格レポート]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/942884723944@hc14/115930/]]></link>
			<author><![CDATA[ by s-aor-i]]></author>
			<category><![CDATA[s-aor-iの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 22 Sep 2014 19:05:43 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/942884723944@hc14/115930/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/942884723944@hc14/115930/" target="_blank"><img src="/docs/942884723944@hc14/115930/thmb.jpg?s=s&r=1411380343&t=n" border="0"></a><br /><br />(1)教科書第4章をもとに、「功利主義」について簡潔に説明しなさい(300文字以上400文字以下)
　功利主義とは、18世紀、ジェエレミー・ベンサムが唱えた、人間の根本的な行動原理を快楽と苦痛と捉え、我々が何をすべきかは、快を求め、苦を避けることで決まるという思想である。利己主義とは異なり、自分の幸福だけではなく全ての幸福を目指している。
　彼の功利主義は二つの軸から成り立っており、
①最大多数の最大幸福：政治的・倫理的な正義の基準は，功利性によって決定される。
②快楽計算：快楽を量的に表現し，計算することができるとし、量的功利主義と呼んだ。
しかし，快を求め苦を避けるという事実を単純化し過ぎていること、もし快楽の追求が善ならば，すべての行為が正しくなってしまうこと、自分の幸福と他人の幸福の衝突をどう処理するのかということ、数量化され計算可能だと考えられた快楽の計算の実例を挙げていないなど、彼の功利主義には欠点があった。
　ミルは、ベンサムの量的功利主義や快楽計算を否定し，精神的快楽を重視する「質的功利主義」を主張する。
(2)教科書第4章をもとに、「カントの定言命法」について簡潔に..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[近代社会と功利主義]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961210869645@hc08/69344/]]></link>
			<author><![CDATA[ by julie-uki]]></author>
			<category><![CDATA[julie-ukiの資料]]></category>
			<pubDate>Mon, 19 Jul 2010 10:58:58 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/961210869645@hc08/69344/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/961210869645@hc08/69344/" target="_blank"><img src="/docs/961210869645@hc08/69344/thmb.jpg?s=s&r=1279504738&t=n" border="0"></a><br /><br />近代社会と功利主義
　私たちの生きる社会は近代社会である。この近代社会を規定する要素の一つとして、功利主義がある。本論では、倫理思想のなかでも近代社会と不可分の関係にあり、現代の私たちに多大な影響を与えている功利主義について検討する。そのためにまず、創始者であるベンサムやミルの議論を通して功利主義の原理をみていく。次いで、功利主義と近代社会の関係との関わりについて検討する。
功利主義は、「人間は誰でも自らの幸福を追求する」という前提から出発する。そのうえで幸福の実質を快楽とみなし、その快楽を有用なもの、効用を一切の価値の根底に据える。このような幸福を快楽のうちに認め、功利の原理を立て、それにもとづき道徳理論を基礎づけたのはベンサムである。
功利の原理とは、快楽と苦痛の増減によってそれぞれの行為の善悪を決める原理を意味する。すなわち、ベンサムは善悪の判断基準を、快楽と苦痛の増減、つまり「量」として捉え、より多くの快楽をもたらした行為を善とみなしたのである。したがって、行為の結果としての快楽と苦痛の計算、つまり「快楽計算」が正しい行為の基準、道徳的価値のモノサシになるのである。
また、ベン..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ロールズの正義論]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429036401@hc07/14183/]]></link>
			<author><![CDATA[ by marash]]></author>
			<category><![CDATA[marashの資料]]></category>
			<pubDate>Thu, 26 Jul 2007 23:37:29 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429036401@hc07/14183/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429036401@hc07/14183/" target="_blank"><img src="/docs/983429036401@hc07/14183/thmb.jpg?s=s&r=1185460649&t=n" border="0"></a><br /><br />課題２
２，ロールズについて著作を読み、正義論など彼の思想についてまとめなさい。
1971年、20世紀アメリカを代表する政治哲学者、道徳哲学者であるジョン・ロールズが『正義論』を発表した。当時のアメリカはまさに激動の時代であった。60年代を[340]<br />課題２
２，ロールズについて著作を読み、正義論など彼の思想についてまとめなさい。
1971年、20世紀アメリカを代表する政治哲学者、道徳哲学者であるジョン・ロールズが『正義論』を発表した。当時のアメリカはまさに激動の時代であった。60年代を揺るがした公民権運動、ベトナム反戦運動、学生反乱がそれぞれ《平等》《自由》《真理》という建国の理念―――「われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、そのなかに生命、自由および幸福追求の含まれることを信ずる」（1776年アメリカ独立宣言）―――の形骸化をラディカルに告発した直後であり、多くのアメリカ市民に正義を求める心が息づいていたのである。そのためか、『正義論』は予想をはるかに越えた広範な読者の関心を惹きつけた。当レポートでは、ロールズの正義論の集大成ともいえる『正義論』から彼の思想について考察する。
以下に『正義論』の概略をまとめる。
『正義論』の目次は以下の通りである。
第一部　理論
　第一章　公正としての正義
　第二章　正義の諸原理
　第三章　原初状態
第二部　諸制度
　第四章..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[ベンサム]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429223501@hc07/12493/]]></link>
			<author><![CDATA[ by 2manydjs]]></author>
			<category><![CDATA[2manydjsの資料]]></category>
			<pubDate>Sat, 06 Jan 2007 18:57:45 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429223501@hc07/12493/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429223501@hc07/12493/" target="_blank"><img src="/docs/983429223501@hc07/12493/thmb.jpg?s=s&r=1168077465&t=n" border="0"></a><br /><br />「善とは快楽のことである」という主張のもっともな点と問題点をそれぞれ検討したいと思う。まずはもっともな点を考えてみると、人々にとって快楽とは決して悪いことではなく、むしろ人々は快楽を好み、それを追求するのが自然といえると思う。そもそも、快楽[360]<br />「善とは快楽のことである」という主張のもっともな点と問題点をそれぞれ検討したいと思う。まずはもっともな点を考えてみると、人々にとって快楽とは決して悪いことではなく、むしろ人々は快楽を好み、それを追求するのが自然といえると思う。そもそも、快楽を欲しないひとはいないといえる。なぜならば、「生きる」という活動において、ひとびとは自らの最も愛すことがらに関して最大限の活動をするが、快楽はこういった活動を完璧たらしめ、したがってひとびとが追求しつつある「生」を完璧たらしめるのである。このように、ひとびとが生きるうえで快楽を追求するのも当然といえるのである。それゆえに、好ましいものは人々にとってよいことであるから、快楽は善といえるのである。ニコマコス倫理学第１０巻の第２章には、エウドクソスが快楽とは逆のものである苦痛という面からもこのことが言えるとしていて、つまり、苦痛とは万物にとって即時的に好ましからぬものであり、それの反対は好ましきものでなくてはならないとするというのである。また、「善とは快楽のことである」という意識が根底にある功利主義をベンサムの論に添う形で見ていくと、これは古くはエピキュロ..]]></description>

		</item>
		<item>
			<title><![CDATA[「功利主義の倫理と義務主義倫理の特徴（相違）と問題点について」]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/11636/]]></link>
			<author><![CDATA[ by yamakou]]></author>
			<category><![CDATA[yamakouの資料]]></category>
			<pubDate>Wed, 22 Nov 2006 12:41:13 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/11636/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983429521201@hc06/11636/" target="_blank"><img src="/docs/983429521201@hc06/11636/thmb.jpg?s=s&r=1164166873&t=n" border="0"></a><br /><br />「功利主義の倫理と義務主義倫理の特徴（相違）と問題点について」
１&hellip;功利主義の倫理
　まずはじめに功利主義の学説をおおまかに表すと、「我々人間が誰しも欲している幸福を道徳的に正しい行為の唯一の目的として認め、この目的を実現し、少なくともそれ[356]<br />　　　「功利主義の倫理と義務主義倫理の特徴（相違）と問題点について」
１&hellip;功利主義の倫理
　まずはじめに功利主義の学説をおおまかに表すと、「我々人間が誰しも欲している幸福を道徳的に正しい行為の唯一の目的として認め、この目的を実現し、少なくともそれを目指すかぎりにおいて行為に道徳的価値を認める」となる。ここで表されている幸福というものについて世間で最も流布しているのは「快楽」を幸福と見なす見解である。こうした見解は、ベンサムやミルが示した幸福の実質を快楽のうちに認め、この快楽の増幅を道徳的行為の目的としたことにつながっていった。そして、彼らが示した功利主義の原理とは、快楽を究極目的とし、その快楽の実現に対してどのような効用をもつかによって行為の道徳的価値をはかるというものであった。こうしたなか、功利主義にとって最も重要とされたのは「幸福の総計の最大量」である。幸福（快楽）を行為の善悪の判断基準とし、また、その行為が正しいものとなる基準としておいているものは、行為者個人の幸福ではなく関係者全部の幸福だ、としているのである。ここから、「最大多数の最大幸福」ということばが功利主義のスローガンと..]]></description>

		</item>
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			<title><![CDATA[功利主義の妥当性について &minus;シンガーの議論を事例に&minus;]]></title>
			<link><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431709401@hc05/4027/]]></link>
			<author><![CDATA[ by red]]></author>
			<category><![CDATA[redの資料]]></category>
			<pubDate>Tue, 13 Dec 2005 23:15:50 +0900</pubDate>
			<guid><![CDATA[https://www.happycampus.co.jp/docs/983431709401@hc05/4027/]]></guid>
			<description><![CDATA[<a href="https://www.happycampus.co.jp/docs/983431709401@hc05/4027/" target="_blank"><img src="/docs/983431709401@hc05/4027/thmb.jpg?s=s&r=1134483350&t=n" border="0"></a><br /><br />（１）	問題意識
　哲学の講義の中で再三にわたって取り上げられた功利主義の発想。特に最終講義での生命倫理との関連においては、うなずかざるを得ない場面もあり深く考えさせられました。
　また自身が学んでいる国際関係学の分野の議論においても、[350]<br />功利主義の妥当性について －シンガーの議論を事例に－
問題意識
哲学の講義の中で再三にわたって取り上げられた功利主義の発想。特に最終講義での生命倫理との関連においては、うなずかざるを得ない場面もあり深く考えさせられました。
また自身が学んでいる国際関係学の分野の議論においても、常に考えさせられるのが政策決定と功利主義的発想との関係です。戦争早期終結のための原爆投下や、開発独裁といった政策決定を議論するうえで功利主義の発想は欠かせず、かつ、いつまでも自分の中で納得し切れないものでありました。
以上のような問題意識から今回このレポートを書くにあたって功利主義的発想を取り上げ、特にレジュメにあったシンガーの議論を題材としてその妥当性を議論してみようと考えました。
功利主義についての客観論
2.1功利主義とは
功利主義（Utilitarismus）＝行為の結果を有用性の原理に従い評価する倫理学。
　　　　　　　　　　　　 行為の功利主義と規則の功利主義とがある
2.2功利主義の前提
利己主義的な幸福主義であるとして非難される快楽主義は、古代から近代への過程で社会倫理的な転回をとげて、功利主義と..]]></description>

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